連載小説
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第三話:魔物の夫(奮闘編)
「もっと低い位置から、そう、優しく入れるんだ」
「こ、こうですか」
「そうそう、大分上手になってきた。上手く入ったら、丁寧に動かすんだよ」
「優しく、丁寧に……。あ、破けてしまいました」
「まだちょっと力が強すぎるね。あと、入れる前に滑りがいいか確認しておいた方がいいよ。じゃないと失敗しやすいから。もう一度やってみよう」
 厨房の方を見ていると、ため息が自然と漏れてしまう。あっちは完全に男二人の世界になっていて、私は蚊帳の外だった。
 目の前の皿の上に置かれた、黄色と白と黒が斑に入り混じった焦げ臭い何か。
 熱したフライパンの上に油を引いて、卵を割って落とすだけ。目玉焼きは単純で簡単な料理のはずだ。それに黄身と白身が両方とも丸くなって目玉みたいに見えるから目玉焼きと言うのであって、つまりこれは目玉焼きじゃなくて、何だろうか。
「油はその程度でいいだろう。って、またそんな高い位置からフライパンに入れたら」
「す、すみません」
「あー、また黄身が崩れてしまった」
 私とシャルルが食堂の厨房にやって来たのは朝も早くの事だった。
 既に集まり始めていた旦那衆に、自分も朝ごはんの準備を手伝いたいと申し出たところまでは良かったのだが、シャルルの料理の腕は予想以上に酷かった。
 野菜を切れば皮一枚で全部繋がっている。炒め物をさせれば焦がす。どこの担当に行っても上手くいかず、最終的に落ち着いたのがスープを掻き回し続けるという役だった。
 それでもやる気だけは認めてもらえて、見かねた旦那の一人が朝食後に特訓をしてくれているのだが……。
 皿の上に積み重なった涙を流す目玉焼きの山がその結果だった。
 私はとりあえず食べる役目を仰せつかった。確かに少し焦げてて形も悪いけど、シャルルが作ってくれた卵焼きは美味しかった。うん、決して不味くは無い。でも、そろそろ食べるのが辛くなってきてしまっていた。
 いくら美味しくても同じものが続けば飽きてきてしまう。塩胡椒とかソースとかケチャップとか、ジパング産の醤油って言う調味料も試してみてはいるけどそれにも限界がある。お腹もいっぱいになってきちゃったし。
「そう、食べてくれる人の事を考えて、丁寧に」
「丁寧に……出来た!」
「良し、これなら上出来だ」
「やった。メアリー」
 はしゃぎながら駆け寄ってくるシャルルの手の中にはお皿に乗った綺麗な目玉焼きが収まっていた。白い綿雲の間から覗いた太陽のように、真ん丸の黄身が輝いてさえ見える。
「出来たよ。僕にも上手くできた」
「頑張ったね、シャルル」
 私は素直に凄いと思った。だって、私だったら絶対こんなに頑張り続けられない。途中で飽きて根を上げてるのが関の山だ。
「うん。文句のつけようも無い目玉焼きだ。と言っても、これは基礎中の基礎だからなぁ」
 料理を教えてくれていた旦那さんが、苦笑いをしながら私達の方を見ていた。
「これからも面倒見てあげたいところなんだけど、俺も他にもやらなきゃならない事もあってね。どうしたもんかなぁ」
「そう言えば、もうお昼だね」
「あ……。すみません、僕」
「いいって。俺も外に居た頃はただの警備兵だったし、料理も何もした事無くて君より下手くそだったんだから」
 確かに筋骨隆々で腕や顔にまで傷のある大男のエプロン姿と言うのは、改めて見てみると異様な物がある。中身はこんな風に気さくでいい人なんだけどね。
「俺の場合は自室でひたすら嫁の為に料理してるうちに上達したって感じかな。食料庫の中身は基本的に好きに使っていいって事になってるからね。
 あぁ、何か初めてまともな料理を食べさせてあげられた時の嫁の顔を思い出しちゃったよ」
 自室かぁ。夫婦部屋は基本的にそこだけで生活が成り立つようにはなっているから、私達の部屋でも料理は出来るはずだ。部屋が出来た時に台所もあるのは見たし。でも多分、使っていないから埃や蜘蛛の巣だらけだろうけど。
「なるほど。じゃあ僕も頑張ってみます! あの、でも行き詰ったら質問しに行ってもいいですか?」
「もちろんだよ。メアリーさんもいい旦那さんを見つけたね」
「へへ。そうでしょ?」
 彼はにやりと笑って、私にだけ聞こえる声で言った。
「もう二日酔いで寝てることも無くなったみたいだしね」
「ちょ、ちょっとぉ」
「え、何? 何ですか?」
 だめ。シャルルには聞かれたくない。いや、別に秘密にするほどの事じゃないかもしれないけど恥ずかしいよぉ。
「前はメアリーさんも旦那探しに必死だったって事さ。幸せにしてやんなよシャルル君」
「もちろんですよ」
 ぐっと拳を握りしめるシャルル。そう思うんなら料理なんていいからずっとベッドの上で抱きしめてて欲しいんだけどなぁ。


 その日からシャルルの特訓が始まった。
 焼き物、炒め物、煮物、スープ。
 シャルルの手料理が食べられるのはそれはそれで嬉しいものがあるのだけど、口移しで食べる事は嫌がられてしまうようになった。
「メアリーは焦げてても味がおかしくても何でも美味しいって言うじゃないか。それに僕もメアリーからの口移しだと何でも美味しく感じちゃうし……。
 僕はこんなのよりもっとおいしいものを食べさせてあげたいんだよ」
「ぶー。だったらシャルルが口移しで食べさせてよ。ほら、あーん」
「ま、まぁそれならいいか。じゃ、じゃあ、一口」
 美味しい事の何が悪いのか良く分からなかったけど、とにかく私は妥協案として彼からの口移しを要求することにした。
 まぁそれも常にと言うわけにはいかなかった。口移しから始まってベッドに行かずにいられなくなってしまう事も多かったから、シャルルが慎重になってしまったのだ。
 私としては歓迎しても困る事は何も無かったんだけどなぁ。


 料理を始めてから、シャルルの腕には少し筋肉が付いたみたいだった。背丈も少し伸びて、たくましくなった。見ているだけでもちょっとドキドキしてしまうくらい。
 毎日頑張っているおかげかシャルルの料理の腕も伸びてきていた。料理から焦げた味やえぐ味が減り、旨味やジューシーさが目立つようになった。
 大食堂に立つ旦那衆にも匹敵する。いや彼らの味だって超えるくらいに美味しい料理を作れるようになってきていた。
 今度また食堂で料理をする事になったらしい。お昼休みに旦那衆に味を見てもらうのだという。
 嫁としてはシャルルを応援したいという気持ちは強いけど、でも、これで味を認められたらシャルルはどうする気なんだろう。
 最近じゃベッドで隣にいる時間より台所に立つ彼の後姿を見守る時間の方が多くなってしまったし。シャルルの生き生きしている顔を見るのは嬉しいんだけど、何だか凄く寂しい。
 なんだかシャルルが遠くに行ってしまう気がして、時々怖くなる。


 彼が食堂で料理をするその日の朝。
 私は早起きして、客席に一番乗りして遠くから愛しい旦那様の姿を見守った。厨房の中に居たらきっと邪魔になってしまうだろうし、シャルルが集中できないだろうと思ったから。
 カウンター越しにシャルルの凛々しい顔が見える。てきぱきと厨房の中を動き回り、手際よく作業をこなしていく。
 前にあそこで手伝いをした時は言われたこともさえ出来なかったのに、今では周りの旦那さん達に見劣りしないくらいに働けている。それに、誰よりも格好いい。
「あ、メアリーちゃんだ。今日は早いんだね」
 誰かに声を掛けられて我に返る。いつの間にか周りが騒がしくなっていた。
 ジャイアントアント達が朝食を取り始めている。見惚れているうちに、そんなに時間が立っていたのか。
「メアリーちゃん? ご飯、食べないの?」
 朝食の乗ったトレイを置きながら、アンが私の向かいの席に着く。
「え、あ、アン?」
 焼きたてのパンの香ばしい匂いと、ポタージュスープから立ち昇る湯気が私のお腹の虫を目覚めさせる。食事の事なんてすっかり忘れてしまっていた。私も貰って来よう。
 うわぁ、ちょっと並んじゃってる。こんな事ならもっと早くご飯貰っておくんだったよ。
 厨房では相変わらずシャルルが生き生きと働いて汗を流していた。ご飯もいいけど、シャルルの汗も気になるなぁ。いい匂いがしそうで、すぐにでも抱きしめたいのに、手を伸ばしてもシャルルには届かない。
 私は急に不安になった。こうして並んでいると、私も他のジャイアントアントと同じようにしか見えないだろうし。シャルルはちゃんと私の事見ていてくれているのかな……。
「メアリー、ようやく来てくれたね」
 はっと顔を上げると、私が食事を受け取る番になっていた。手渡してくれているのは、もちろんシャルルだった。
 トレイを受け取るときに手と手が触れ合う。ちょっとしか触れないのが凄く不満なのに、どうしてこんなにたまらない気持ちになるんだろう。
「メアリーも食べてみて。あとで感想聞かせてね」
「あ、でも」
 そうだ。私が先に食べたら、二人でする食事が出来なくなっちゃう。
 戸惑う私の顔を見て、シャルルは私に顔を寄せて小さく囁く。
「二人の食事はあとでゆっくりしよう。だから、ね」
 あとで、ゆっくり。やだ、いつもしてる事なのにそんな風に言われたらなんか期待しちゃうよ。
「もー、二人とも僕らの事忘れて惚気てないでよぉ。まだ後ろで待ってるんだよー?」
「ご、ごめんなさい」
 後ろで何人かのジャイアントアント達がにやにや笑っていた。
「朝からお熱いねー。ごちそうさま」
「あら、じゃあ朝ごはんは食べないの? じゃああたしが」
「たたた食べないとは言ってないよ! シャルルさん僕にもご飯下さい」
 苦笑いしながら仕事を続けるシャルルに後ろ髪を引かれつつも、私は元の席に戻る。シャルルにはあとでしっかり愛してもらえばいい。今は、シャルルが認められようって頑張っているんだから、邪魔は出来ない。
 席に戻る。ちょっと時間がかかってしまったし、アンも半分くらいは食べ終わっているかと思ったのだけど。
「アン、食べて無かったの? どこか具合でも悪いの?」
「え? ち、違うよ。メアリーちゃんを待ってたの。一緒に食べた方が美味しいじゃない?」
 アンははにかむように笑った。ずっと待っててくれたなんて、ホントにもうこの子は外見も可愛い上に中身も可愛いんだから。
 私は席に着いてから、アンと自分のスープを交換した。
「冷めちゃっただろうし、ささやかだけど待っててくれたお礼」
「別にいいのに。でも、ありがと」
 私達はそろって手を合わせてから、朝ごはんに手を付けた。


 ジャイアントアント達の居なくなった食堂で、旦那衆がこれからの事について話し合っていた。
 シャルルもその輪に加わっている。何だか魔物が入り込めない雰囲気もあって、私はシャルルの後ろにちょこんと座っていた。
 結果として、シャルルの料理は旦那衆に認められていた。
 これならすぐに食堂で手伝ってもらいたい。むしろ俺の代わりに料理して欲しいくらいだ。とにかく美味いよ。などと言う声が次々に上がり、シャルルはもちろん私も誇らしい気持ちになった。
 でも、それと一緒に不安な気持ちも膨らんでいく。さっきまでは浮かれていられたけど、シャルルが食堂に入るって事は、今よりもっと一緒に居られなくなるって事だ。シャルルとの距離がどんどん開いていって、このままだと少しずつ私の知らない人になっていってしまうようで、少し怖い。
「どうするシャルル君。明日の朝からでも来てくれれば俺達は歓迎するけど」
 シャルルは顎に手を当てて難しい顔をしたあと、意外にも首を振った。
「もうちょっと考えさせてもらっていいですか? 少しやってみたいことがあるので」
「構わないよ。別にこれは強制じゃないし、あとから好きに入ったり抜けたりしたっていいからね」
「ありがとうございます」
 この時の私は、シャルルが私の気持ちに気付いて断ってくれたんだと思っていた。私だけの為に料理を作ってくれる気になったのかもしれないし、料理で二人の営みの時間が減ってしまう事に気が付いてくれたんだと、そう思っていたんだけど。
 そのあとすぐに自室に見慣れない食材が運び込まれていて、私は自分の考えが甘かったことを思い知らされた。
 私の悩みはまだまだ解消しそうにない。


「で、これは何なの」
「魔界の食材だよ。何とかこれを上手く料理したいんだ」
 シャルルは主任に頼んで取り寄せてもらっていたらしい魔界の紀行案内みたいな本を読んでは食材と見比べていた。
 著者はダークマターの女の子らしい。魔物なのに本を書くなんて、大した子だなぁ。
「上手く料理すれば普通の食事以上に元気が出たり、疲れが取れたり、持久力も付くと思ったんだけど、これは難儀しそうだなぁ」
「どうして? 普通に料理すればいいじゃない」
「それが出来れば楽なんだけどねぇ。ちょっと待ってて」
 彼は本をぱたんと閉じると、赤いかさに白の水玉模様のキノコを持って台所に行き、すぐに戻ってきた。
「食べてみて」
 お皿に乗ったキノコの素焼きを渡される。
 まぁ毒では無いだろうしと、一口食べてみる。軽く振られた塩がキノコ本来の柔らかな甘さと香りを引き立てている。もっちりした独特の歯触りで、食感もいい。焼き加減も絶妙で、香ばしさはあっても嫌な苦みは全然無かった。
 流石シャルルだ。
 気が付いたら二口目に噛り付いてしまっていた。あまりの美味しさに、なんだか頭までとろけてしまいそう。
「どうかな?」
「うん、おいしい」
 どんどん食べ進めるうちにすぐにまるまる一本食べ終えてしまう。
 もっと食べたいなぁ。キノコ、もっともっと食べたい。机の上にも色々置かれてるけど、そうじゃなくて、もっとおいしいキノコを私は知ってる……。
「マタンゴモドキって言うらしい。効果としては」
「ねぇ、シャルル」
 彼は何も言わず、ズボンのベルトを外した。もう言わなくても分かってくれるんだ。えへへ、じゃあズボンも下ろしちゃおっと。
 見つけた。世界一美味しい私だけのキノコ。でもまだちょっと小さいなぁ。私の口でいつもみたいに大きくしてあげなくちゃ。どうせなら口いっぱいに頬張りたいし。
「うっ。効果としては、相手の、その、おちんちんが欲しくてたまらなくなるんだ。これがちょっと問題かなぁと思って」
 お口で皮を剥いてあげて、さきっちょの方を舐める。すぐにいい匂いのする汁が出て来始めた。
 たまんない。口いっぱいに入れて、傘と柄の付け根のくびれた部分を舐めていると、さらにいっぱい汁を出しながら少しずつ大きくなってきた。
 柄は太く長く伸び、傘は充血してぷっくりと膨れ上がる。シャルルのキノコ。私の大好きなキノコ……。
「ねぇメアリー。聞いてる?」
「ぱはぁっ、聞いてるよぉ。何が問題なのぉ」
 柄を握りしめて上下に扱く。硬くって、とっても食べごたえたありそうだ。もう、下のお口からもよだれが垂れて来ちゃう。
「ああほら、腰布が汚れちゃうよ。ほら、脱がしてあげるから手を止めて」
「やぁだぁ。すぐ食べたいー」
「分かったから。ほらばんざいして、いい子だから」
 シャルルの手によって私はすぐに裸に剥かれてしまった。料理を始めてから確実に彼の手先は器用になった。脱がせてもらう以外にも身を持って体験してるから、よく分かる。
 白くて長いシャルルの指。傷跡や火傷も付いたけど、私の身体の事も前よりずっと良く知ってくれている。
「えへへ。じゃあ私も脱がしてあげるー」
 ズボンとパンツを下まで全部脱がせきって、それから八本の肢で彼の身体によじ登って、シャツも全部脱がせてあげた。これで二人ともすっぽんぽんだ。あとは、ふふ、食べるだけ。
「メアリーちょっと待ってまだ入れないで力抜けちゃうから」
「えー。じゃあ早くベッドまで運んでよー」
 シャルルは私を抱えて、危なげなくベッドまで歩いていく。逞しくなったなぁ。へへ、もう我慢できないや。入れちゃおっと。
「ちょっ、メアリー」
 あぁ、美味しいキノコが私の中で暴れまわってる。もう離さないもん。ずっとずっと味わうんだから。
 シャルルったら、膝がくがくさせちゃってそんなに気持ちいいんだ。堪えるような表情もとっても素敵だよ。
 シャルルは歯を食いしばりながらベッドの上に移動して、私を優しく横たえてくれた。私はさらに彼の身体を深く受け入れる事でそれに応える。根元まで、全部入った。
「メアリーの中、すごい。動いてないのに、うねって、食べられてる、みたいだ」
 恍惚に揺らぎつつも理性を保とうとしているせいで、シャルルの顔は苦しそうに歪んでいた。一緒に堕ちてしまえば楽になれるのに。でも、こういうところも嫌いじゃない。
「ねぇチューしてよシャルル。チュー」
「これで、分かったでしょ。魔界、産の、食べ物のッ、効果が」
「うん。凄いよこれ。分かったから早くチュー」
 ようやく彼の唇が私の口を吸ってくれる。舌を絡ませて、しっかり彼の舌にも私の味を染み込ませる。
 彼の腕が優しく私の背中に回されて、柔らかく抱き締められる。中からも外からも彼の暖かさが伝わってくる。
「時とっ、場合に寄らず、こんな風になっちゃうからね。どう料理した物か……」
「そんな事よりぃ。ずっとこうしていようよぉ」
「僕も、それ以外、考えられなくなってきたよ。いつもみたいに、は、激しくは無いけど、なんかすごく気持ち良くって、もうメアリーを離したくない」
「いいよぉ。離さないで、ギュッとしててぇ」
 背を撫でるシャルルの大きくて暖かい手。私は彼の胸に頬ずりしながら、八本の肢で腰にがっちりしがみついた。
 木漏れ日のような穏やかな快楽の中で、私達二人はお互いの気が棲むまでずっとそうやって抱き合い続けた。


「そんなわけで魔界産の食べ物の効果を身を持って理解できたと思うんだけど」
「なんか穏やかで気持ち良くて、幸せな時間だったなぁ」
 ベッドの上で、繋がり合ってさえいないものの私達はまだしっかりと抱き合ったままだった。キノコの効果は切れたみたいなのだけど、彼の体温から離れたく無かった。
 それに、彼も離してくれないし。えへへ。
「普通に料理したんじゃ駄目なの?」
「まぁメアリーと二人で食べる分にはいいんだけどさ、間違いがあったら困るし」
 間違いって、不味い料理を作ってしまうって事かなぁ。良く分かんないけど、でもこんな風になる食材だったんなら、シャルルにはいくらでも料理の勉強してもらって構わないや。
 でも良かった。全部私の考えすぎだったんだ。シャルルは『みんな』の役に立つ事より『私』との時間を取ってくれたんだ。
「ねぇメアリー。何とかこの食材を使った料理を考えようと思っているんだけど、付き合ってくれる?」
「私も料理の手伝いをするって事?」
「それもだけど、効果を身を持って試したり、さ」
 それって、今回みたいにずっと繋がり続けたり、この間の干しタケリタケのときみたいに強引にされたりするって事だよね。
「いいに決まってるよ。当たり前じゃない。むしろシャルルとこんな風になれるんだったら大歓迎だよ!」
 ほっぺたにキスして、首に腕を回してさらに強く密着する。もう、シャルルのせいで顔がにやけるのを止められないよぉ。
「本当にいいの? どういう効果があるか分からないし、君にひどい事しちゃうかもしれないし」
「もう、遠慮なんてしないでよ。シャルルがしてくれるんだったら、なんでも嬉しいもん」
 それに、シャルルのしてくれることに酷い事なんてあるわけないんだから。
「ありがとう。愛してるよメアリー」
 髪の間に指を入れて梳かれるように頭を撫でてくれる。なんだかくすぐったい気分。でもこういうのも悪く無いなぁ。


 それからの生活はなんだかんだ言って大変だったけど凄く満たされた時間だった。
 慣れない料理を手伝わされるのは性格的に面倒臭がりな私にとっては苦痛に感じる時もあったけど、二人で台所に立てるのは幸せだったし、二人で作った料理を一緒に食べるのも、空腹以外にも心が満たされるような気分だった。
 料理自体も美味しかったけど、その効果に翻弄されながらの交わりもとっても刺激的だった。
 食べた途端服を着ていられないくらい肌が敏感になってしまったり、シャルルの発射する精の量が驚くくらいに増えたり、二人の愛液がねばねばして抱き合ったまま離れられなくなってしまったり。
 毎日二人で新しい事に挑戦して、だけど二人で居る事だけは絶対変わらない。楽しくて幸せで、それだけで私は凄く満足していた。
 でもシャルルの研究心はそれだけでは収まらなかった。
 どんなに激しく交わり合えるような料理を作り出しても彼は満足せずに、色んな食材をつけ足したり、料理の仕方を考えてみたり。見ているこっちが心配になってしまうくらいだった。
 そして、最終的に研究に研究を重ねた結果として彼がようやくたどり着いたのは、驚くことに食べても営みにはほとんど影響を与えない料理だった。


「ようやく出来たよ、メアリーのおかげだ」
 彼の研究の結晶である料理を食べ終え、心地よい眠気に導かれるように移動したベッドで彼は私の身体を抱きしめる。
 私は嬉しい反面で戸惑ってもいた。
「でも、あのクリームシチューは何なの? ただ美味しいだけ?」
「美味しいというのは一番大事な要素だよ? でもそれだけじゃない。栄養満点だし、すぐにエネルギーに変わりやすい。働いている人にはうってつけの食べ物なんだ」
「そ、そうなんだ」
 働いている人にとっては?
「魔界豚の肉や睦びの野菜といった栄養豊富な物を、ホルスタウロスミルクで煮込んでいるんだ。これは一口食べるだけでもかなり元気になると思うんだ。疲れもすぐに吹っ飛んじゃうだろうし、でもそれでいて生理的な眠気は妨げない」
 確かにベッドに入った今は凄くリラックスできている。栄養剤とか飲むと元気になっても目が冴えちゃうけど、そういう感じでは無い。
 でも、なんだろう。なんか嫌な予感がする。
「考えてみれば、答えは最初から出てたんだ。あの日の魔界豚のカレー。あれが一番正解に近かったのに、すっかり忘れていたよ」
 シャルルは興奮覚めやらぬと言った感じで目を輝かせている。
「お昼ご飯にこれを食べられれば、みんなもっと頑張れると思わない?」
「みんなって?」
 何となく想像がついてしまうのが嫌だ。続きもあんまり聞きたくないけど、尋ねずにはいられなかった。
「働きに出ているみんなだよ。言って無かったっけ」
 聞いてないよぉ。
 確かに何か話が上手すぎると思ったんだよなぁ。あんなに働きたいって息巻いていたシャルルが、料理の腕が上がったくらいで満足するとは思えなかったもん。
 別に『私』が『みんな』よりないがしろにされてるとは思わないけど、でも、どうしようもなく落胆してしまう。
「これでようやく役に立てる。そうすればきっと……」
 シャルルは私に向かって笑いかける。そんな顔見せられたら、嫌だなんて言えないよ。
 もともとシャルルの事は応援するつもりではいたし、それに自分が役に立つって分かればきっとまた私だけに集中してくれるはずだし、……だよね。
「アンさんや現場主任にも食べてみてもらって、良ければ現場で調理させてもらいたいなぁ」
「うん。そうだね」
 それに多分今は何を言っても無駄だろうし。よっぽど料理が上手く出来て興奮しているんだろう。
「メアリーからも頼んでもらえないかな。最近アンさんとも会って無いでしょ? 久しぶりに一緒にご飯を食べるのもいいんじゃないかな」
「……うん、誘ってみるね」
 子どもみたいな夢中な顔を見せられては、私には断る事など出来なかった。
 私も人がいいなぁ。この巣の連中に似てきたのかなぁ。


 翌日、私は仕事終わりのアンを誘った。アンは一瞬戸惑うような表情を浮かべていたけど、話の内容を理解するなり満面の笑みを浮かべて私に抱きついてきた。
「やったぁ。久しぶりに一緒のご飯だね。メアリーちゃん」
 抱きついてきたアンの身体からはまだ雄の匂いはしてこなくて、私はちょっと申し訳ない気分になってしまった。
 現場主任の方は昼間あらかじめキリスに声をかけておいたから、そのうち二人でうちの部屋に来るだろう。
 アンを連れて自室の扉を開けると、バターで玉ねぎを炒めた香ばしくて甘い匂いが私達を出迎えてくれた。
「うわぁ、凄く美味しそうな匂い」
 アンははしゃぎながら、興奮に頬を染める。
「な、何か手伝った方がいいかな」
「いえいえ、お客さんは席について待っていてください」
 台所からシャルルの声が響く。そして声に続いて、エプロンで手を拭きながらシャルル本人が台所から出てきた。
「なんてね。アンさん、今日は突然だったのに来てくれてありがとう」
「いえ、あの。こちらこそ呼んでくれてありがとう」
 アンは真っ赤になってしどろもどろだ。このくらいで赤くなっちゃうなんて、なんていうか、恋人が出来ないのは男性そのものに免疫が無いからなんじゃないだろうか。
「てか、こっちまで出てきてて大丈夫なの? お鍋の方は?」
「今は弱火で煮込んでる最中だから、とりあえず大丈夫。お茶の準備をしてくるから、二人はおしゃべりでもしてなよ」
 そう言って再び台所に引っ込んでいくシャルル。忙しいなぁ。
 私はアンと向かい合って座り、机の上のクッキーを勧めた。
「シャルルさんって凄いね。料理も出来るし、気が利くし。こうやって、みんなの事考えてくれてるみたいだし」
 私としては『みんな』の事より『私』の事を優先して欲しいんだけどなぁ。
「まぁねぇ。でも、最初は目玉焼き一つまともに作れなかったんだよ?」
「そうなの? じゃあ相当頑張ったんだね」
「そりゃもう。寝る間もやる間も惜しんで料理してたよ。こっちは何か寂しくて」
「でも、それもメアリーちゃんの為だもんね。いいなぁ、私もシャルルさんみたいな素敵な旦那さんが欲しいなぁ」
 アンは机の上で手を組んで、視線を落としながら力なく笑う。
「私も毎日行進にも出てるんだけどね、男の人が気に入るのは別の仲間ばっかりなんだぁ」
 アンの声が小さく、か細くなっていく。
「原因は分かってるの。多分、私が」
「アン、口空けて」
 目をぱちくりさせながらも素直に従ってくれたアンの口の中にクッキーを無理矢理押し込んで口を閉じさせる。
「私はアンの事凄く可愛いと思っているし、気が利いて、将来の為にもいろいろ頑張ってて、私なんかより凄く素敵なお嫁さんになれるって思ってる。
 きっとアンが魅力的過ぎて、男の方が気後れしちゃってアンに手を出せずにいるんだよ」
「そうだよ。アンさんみたいな可愛くて働き者の女の子を、いつまでも男が放っておくわけない。休日にでも街に出てみたらどうかな? いい相手が見つかるかもしれないよ」
 シャルルがお茶を持って戻ってきて、柔和な笑顔で勧める。
「粗茶ですが。クッキーの味、どうですか?」
「ん、おいひいれふ」
「それは良かった。ね、メアリー」
 シャルルは含みのある視線を向けてくる。確かに私が初めて一人で作ったクッキーだったから味も不安だったけれど、そんな事言ったらばれちゃうじゃないか。
「え、これメアリーちゃんが作ったの?」
 ほら、思った通りだ。照れてしまって何て言っていいのか分からないよ。
「その、うん。シャルルの手伝いしてるうちに、私もたまには作ってみようかなって」
「すごい! いいなぁ。私もお料理の勉強しようかな」
「良かったら僕が教えようか?」
 え?
「いいんですか? で、でも」
 アンはなんだか申し訳無さそうな顔で私を見る。
 胸の中に暗くて冷たい嫌な感じが広がり始める。でも私は無理矢理それを押さえつけた。
「夫婦一緒に料理するのも楽しいし、アンも料理を覚えておくのもいいかもしれないよ」
 私は今、どんな顔をしているんだろう。とっさに答えてしまったけど、ちゃんと笑えているだろうか。
 本当の事を言うと、私とシャルルの巣の中には誰も入れたく無かった。例えそれが大好きなアンだとしてもだ。今日だって本当は気が進まなかった。
 主任はともかく、アンはまだ相手が居ない魔物だし、もしかしたらって言う事もあるから……。
 決してアンの事を嫌いなわけじゃ無い。アンの事は大好きだし、素敵な旦那さんを捕まえてほしいと思っているし、幸せになってほしいとも思っている。
 でも。でも……。
「ありがとう。ごめんね、なんかいつもメアリーちゃんには迷惑かけてばかりで」
「何言ってんの。昔は私の方が面倒見てもらってばっかりだったじゃない」
 そうだよ。朝起こしてもらったり、仮病で仕事をずる休みしても嫌な顔一つしないで心配してくれたり、ご飯やお風呂に誘ってくれたり、シャルルと一緒になってからもご飯を持ってきてもらったり。アンには世話になってばかりだったじゃないか。
 これまでの恩を考えれば、私の旦那様が料理を教えるくらいじゃ足りないくらいなんだから。むしろ私自身が恩返ししなきゃいけないくらいなんだから。
 それに、別にシャルルを取られるわけじゃないんだから。絵に書いたように純朴そのもののアンがシャルルに色目なんて使うわけないんだから。
 だから、大丈夫だ。これは当たり前の事だから、不安に思う事なんて何一つ無いんだ。
「あれは私がしたかっただけだから。でもありがと。メアリーちゃん大好き」
 それに……。断れないよ、こんな素直な笑顔見せられたら。
「もう、何よいきなり。シャルルも何笑ってるのよ」
「いや、仲が良くて羨ましいと思って。二人はよく似ているしね」
 似ている? 私達が?
 どういう事かと問いかけようとする私を遮るように、タイミングよく扉のノックが響き渡った。


 扉の向こうに居たのはキリスと主任の二人だった。
「少し遅れてしまったか。申し訳ない」
「準備に時間が掛かっちゃいまして、すみませんっした」
 匂いを嗅げば遅れてきた理由は何となく分かった。現場主任の身体からつんとした精の匂いがしている。キリスめ、我慢できなくて一回やってきたな。
「いいえ。無理言って来ていただいているのはこちらの方ですから。早速準備しますね」
 シャルルは早々と台所に席を立った。
 私は二人を部屋に案内し、お茶を淹れた。
 机には現場主任とキリス、頬を染めるアンと私が残される。私も手伝いに立とうかなぁと思ったのだが、アンに服の袖を掴まれて止められた。
 まぁ主任夫婦と自分だけってなったら、気まずいよねぇ。
「そう言えば、アンは魔宝石見つけたの?」
「え、あ、えっと、それもまだなんだよねぇ」
 適当に話を振るつもりで切り出したのだけれど、余計にアンを落ち込ませてしまった。しまったなぁ、何を言えばいいんだろう。私に鉱石の事は分からないし。
「何だ、魔宝石を探しているのか? なぜ今まで言わなかった」
 主任が話に乗って来たのが意外だったのか、アンはびくりと身を竦ませる。
「う、うん。あ、仕事はちゃんとしてるよ?」
「別に責めているわけじゃない。夫の為であるのならばむしろみんな手伝ってくれることだろう」
「それは、ありがたいけど遠慮しておくよ。姉さんたちの手を借りずに、自分で見つけたいから……」
 アンは、なんていうか本当に健気な子だ。そんなに自分一人で一生懸命にならずに、ちょっとくらいずるしたっていいと思うのに、いつだってまっすぐ一歩ずつ進んでいこうとする。私には無いものだ。
 と言うか、現場主任もアンの姉妹なんだよね。長髪や眼鏡と言う外見以外にも、落ち着いていてきびきびした主任と、ちょっと幼いけど面倒見のいいアンでは性格的にも全然違うからついつい忘れてしまう。
「アンらしいな。しかし助言くらいはさせてくれ。魔宝石はやはり魔界でしか取れないんだ。だから今の現場では見つけられない」
「え、そうだったの? じゃあ、どうすれば……」
「実は今、いくつかトンネル工事や道路整備の仕事の依頼が入っているんだがな、その中に魔界からの依頼もあるんだ。良ければ今度の下見に一緒に付いて来ないか」
「いいの!」
「もちろんだ」
「ありがとうお姉ちゃん」
 気遣う現場主任に、素直に喜ぶアン。なんか、羨ましいなぁこういうの。私にも姉妹や家族が居たらこんなやり取りをしたんだろうか。お姉ちゃんか、何か想像できないけど。
「いいっすねぇ、美人姉妹のやり取りって言うのも」
「キリスも一緒に来ないか? 魔界にはここらの人界には無い道具や、変わった服を扱っている店もあるし、過激な宿もあると聞く。たまには雰囲気を変えるのもいいだろう?」
「仕事の手伝いは出来ないっすよ」
「いいさ。お前との夜を考えるだけで仕事にも身が入るという物さ」
「たはは……」
 キリスは苦笑いを浮かべながら私とアンに申し訳無さそうな視線を向ける。
 普段もこんなやり取りしてるのかしら。まぁ、主任らしいと言えば主任らしいんだけど。
「メアリーはどうする?」
「え、私?」
 聞かれると思ってなかった。だって仕事もまともに行ってないんだから、数になんて入ってないと思っていた。
 今の話を聞いている限り、仕事はついでで遊びに行くような感じなのだろう。姉妹や夫婦が仲良く遊びに行くのに、赤の他人が付いていったって……。
「折角だけど、今回は止めておきます」
「そうか。残念だが、まぁ機会はまたあるだろうしな」
 これでいいんだ。私は一日中シャルルと繋がっていられればそれでいい。それだけが私の幸せなんだから。
 なんか、意識したら急におなかがしくしくし始めた。
 シャルル。シャルルに抱かれたい。今すぐこの場で強く抱き締めて、彼自身に私の寂しさの穴を埋めて欲しかった。
「お待たせしました。お口に合うといいんですが」
 いい匂いをさせながら、シャルルが料理を持ってやってくる。
 私は色んなものを飲み込んで立ち上がり、料理を配るのを手伝った。


 シャルルの料理は好評だった。
 本当だったら喜ぶべき事のはずなのに、私の心はなぜか冷め切っていた。
 現場まで調理道具を持って行って料理をしたいと言うシャルルの頼みも主任は二つ返事で了承してくれて、それから先はとんとん拍子で色々な事が決まっていった。
 昼食にいつも炊き出しが行えるかは分からないけれど、とりあえず明日から試してみようという事。調理に使う道具や材料は私とシャルルとアンで持っていくという事。
 調理用具の場所や材料の備蓄状況の確認も終わり、最後に集合時間を確認してその場はお開きとなった。
 アンも主任も凄く乗り気だった。キリスだけはつまらなそうな顔をしてたけど。……私もあんな顔してたのかな。
「どうしたの?」
 と二人きりになった部屋の中、ベッドの上でシャルルが私に尋ねてくる。
「何でもない」
 自分でも良く分からない。自分がどうしてこんな風になっているのか。
 シャルルが仕事場に行って料理をするのも、私がそれを手伝うのも、まるで他人事のように実感が湧かなかった。
 それなのに胸の中はやたらにざわざわしていた。
「びっくりしたでしょ。実は他のジャイアントアントの旦那さんにも話していたんだ、昼休みに炊き出ししないかって。
 仕事先でもお嫁さんを手伝いたいって言う旦那さんも結構居てさ。志願してくれてる人も居たんだけど、とりあえず言い出しっぺの僕が様子見って言う形に……。メアリー?」
 私は何も言わず、彼の口を唇で塞いだ。
 言葉よりも身体を交わしたかった。言葉じゃきっと伝わらない。身体じゃないと私の気持ちは伝わらない。
 夕食のクリームシチューの味がする。世界で一番おいしい彼の料理の味。主任が言葉を失うくらい、キリスが器を舐めようとするくらい、アンの笑顔が止まらなかったくらいに美味しい味。
 私だけしか知らなかったはずなのに。
 ああ、そうか。私のシャルルが作った料理を、私以外の人があんな美味しそうに食べていたから、だからこんなに胸が落ち着かないんだ。
 明日はシャルルの料理をみんなが食べる。シャルルを……。
 ふと、私の鼻がいつもと違う匂いを捉える。主任夫婦の匂い、アンの、相手を求めるジャイアントアントのフェロモンの、雌の匂い……。

 急に独りになったみたいに心細くなった。

 私はより深く彼の唇を吸う。舌を絡めて、歯茎を擦って、唾液絡め取り、自分のものと混ぜて、流し込む。
 シャツを脱がしながら、下の方も肢を器用に使って裸に剥いていく。そして服を脱がすなり糸を使ってベッドから動けないようにする。
 舌を擦り付けるたびに、硬く反り返った彼自身が前肢に触れる。ああ、そうだ。この逞しい精の匂いを放つモノにこそ、私の匂いをしっかりつけておかなければならない。
 彼の精の匂いをしっかり舐め取ったうえで、私の匂いを染み付かせておかなければならない。
「ぷはぁっ。メアリー、どうしたの? そんなに焦らなくったってまだ夜は」
 柔らかい唇の感触に未練を残しつつも、私は彼自身に顔を向ける。
「今日は寝かせないから。はむちゅっ。じゅるるるっ」
 先っちょに口づけしてから、喉の奥まで飲み込んでいく。
 最初から手加減なんかしない。激しく頭を上下に振りながら、頬の内側で隙間なく彼のものを包み込み、しゃぶり、吸い上げる。
 裏筋を丁寧に舌で舐め上げ、唇もすぼめて柔らかく締め付ける。
「ぅああっ。そんな、いきなり」
 濃厚なシャルルの味が口いっぱいに広がり、雄の匂いが鼻腔を突き上げて頭を蕩けさせる。
 口じゃ抑えられない。あそこに入れて、私の匂いをしっかり染み込ませなければ、この匂いは誤魔化せない。
 唾液でてらてらと光りながら反り返る彼の男根の上に腰をずらす。根元を握って、位置を合わせて、そして一気に腰を沈める。
「あああぁっ」
 私の穴を無理矢理押し広げながら彼が入ってくる。声が漏れてしまう。初めてした時よりずっと濃い味。彼が私の一番奥に擦り付けられる。それだけで腰が砕けて、身体から力が抜けそうになるけれど、必死で堪えた。
「くっ。メアリーせめて片手くらい」
 シャルルに髪を梳いてもらいたい。暖かい手で頬に触れて、胸も背中もお尻も、全身愛撫して欲しい。でも駄目。そんなことしたら決意が揺らいでしまう。
 八本の肢で彼の腰にしがみついて、必死になって腰を振る。彼が抜けていくたびに切なさで涙が出そうになり、彼が私の中を抉る度に頭がおかしくなりそうな程の快楽が全身を蕩けさせる。
 激しい水音の間から、シャルルの切なげな吐息が聞こえてくる。
「メアリー。僕、もうっ」
 シャルル自身が大きく跳ね上がり、塊みたいな濃くて大量の精が私の中心に叩きつけられる。
 息が出来ない。全身の皮膚に鳥肌が立つような、寒気のするような感触と共に、身体の中は一気に燃え上がる。私のあそこがまるで別の生き物になったみたいに、彼の脈動に合わせて一緒にぎゅうぎゅう締め付け、吸い上げる。
 おなかの中に、私の中に彼の精が満ちる。おなかからさざ波のように甘い感覚が広がる。
 でも、駄目。意識を手放しちゃ駄目だ。
 私は全身を痙攣させながら、両手で彼の肩を強く握りしめながら快楽に耐える。
 駄目なんだ。今日のうちにシャルルの精の匂いを消しておかないと、私のものだってしっかり印をつけておかないと。
 そうしなければ、もしかしたら明日ジャイアントアントの誰かが彼の事を雄だと見なしてしまうかもしれないから。
 もちろんシャルルと私が結婚しているのはみんな知っているけれど、中には既に誰かの夫になっている男に恋してしまう子だっているのだ。
 同じ種族でもあるという事で、お嫁さん同士も夫も納得して一夫多妻になっている夫婦もいる。この巣のジャイアントアント達は特に素直だからか、一対一にこだわるよりはみんなで幸せになれる方がいいという子も多かった。
 別にそれが悪い事だとは思わない。夫が嫁達をみんな愛していて、嫁達も互いに認めつつ夫を愛しているのであれば、一緒に居るのが一番幸せだと思う。
 でも、自分の身にそれが起きたらと思うと、怖くて怖くてたまらない。だってシャルルはこの巣の中でたった一人の本当の家族、アントアラクネである私が唯一嘘を吐かずに済む世界で一番大切な人なのだから。
 だから誰にも渡したくない。でも……。
 シャルルはとても素敵な男性だ。優しくて料理も出来る。おまけにインキュバス手前まで行っている。
 まだ相手を探している魔物がこんないい雄を見て何とも思わない事があるだろうか。ジャイアントアント達が絶対に彼に好意を抱かないとは限らない。
 誰かから好きだと告白されたら、優しいシャルルはどうするだろう。相手を泣かせるのが嫌で受け入れてしまうかもしれない。
 もしそうなったら? 柔順で真面目で可愛いジャイアントアントと、面倒臭がって働きたがらず気の向くままに交わりを求める私、彼はどちらを愛すだろう。
 そのうち彼のハーレムが大きくなって、ジャイアントアントばかりが愛されるようになったら?
 私は、捨て……。
「こんなんじゃぁ、終わらないよぉ? シャルルの精子はぁ、全部私のなんだからぁ」
 がくがくと震える体に鞭打って腰を上げる。私の中から、白くべたついた彼自身が現れる。
 ぷんと匂う濃くて深みのある精の匂いに力が抜けて、私はずるずると腰を下ろした。
 彼と私の敏感な肉と肉が、ゆっくりこすれて絡み合う。身体の震えを止められない。涙が溢れ出るのはきっと気持ちいいからだよね。
「ぜ、全部のみ、飲み込むんだからぁ。精巣まで吸い尽くしちゃうくらい、わたし、わたしぃ」
「め、メアリー。僕は、う、あ、あ、また出るっ」
 彼の精がまた私の胎内を染め上げる。感覚が壊れたみたいに快感しか感じない。身体の感覚が遠ざかる。彼の精の味、匂い、感触の中で溺れてしまいそうだった。
 蕩け落ちそうになる私の意識を、しかしアンの残した匂いが繋ぎ止める。
 嫌だ。捨てられたくない。もう独りになるのは嫌だ。
 そのためには彼が雄だって気付かせないようにしなきゃ。搾れるだけ精を搾り取って、私の匂いを強く強く染み込ませて、誰も手を出す気になれないくらいに私の所有物だって事を刻み付けなくちゃ。だから気持ち良くても、おかしくなりそうでも腰を動かし続けなきゃ。
「シャルルっ。もっと、もっとぉ。シャルル。ああああんっ」
 腰を上げただけで逝ってしまい、下ろしてさらに深く逝った。でもまだ休んじゃだめ。もっと塗り付けなきゃ。シャルルに私を染み込ませなきゃ。
「メアリー。ちょっ、ちょっと落ち着いて休もう? このままじゃメアリーが」
「壊して。壊れるぐらい、は、激しくして? それでシャルルの、シャルルだけのものにな、なれるなら、私は何されたっていい」
「メアリー。どうしたんだよ」
「片手、解放してあげる。その代わり何も聞かずに一晩中私を責め立てて? めちゃくちゃにして? 私が気絶しても、嫌がっても、シャルルが空っぽになるまで、して?」
 彼の手が戸惑うように空を掻いた後、私の腕をしっかりと握りしめて、引き寄せ抱きしめる。
「分かった。メアリーがそうして欲しいなら、そうする。動けなくなったら糸を解いて? 君の望み通り、一晩中離さず抱きしめて、メアリーの中に出し続けるから」
 目を見れば、嘘を言っていない事はすぐに分かった。
 私達はどちらからともなく深い口づけを交わし、そして、長い長い夜が始まった……。


 何度も逝かし合って、染め上げあった。
 気絶しそうになる度、彼が深く私を突き上げて意識を繋ぎ止めさせた。彼が気を失いかければ首筋に噛み付いて目を覚まさせた。
 かつてないくらい膣内に彼の精を受け止め続けた。朝になるころには、私の下腹部がぽっこり膨らんでしまう程だった。
「やり過ぎちゃったかな」
 私のお腹を撫でながらシャルルが笑う。その姿は今までと全く変わっていなかったけれど、中身は大きく変わっている事に私は気が付いていた。
「私が頼んだんだもん。あの、シャルル」
「僕は気にしてないよ」
「気付いてたの?」
「これだけ激しくやって、数も忘れる程射精したのに全然疲れないなんて、人間じゃありえないからね。
 前から魔物に近づいている事は気が付いてたよ。魔物に近づいた男性、インキュバス、だっけ?
 怖くなんて無かったよ。メアリーの魔力で、二人の愛でインキュバスになれたんだからむしろ光栄だよ」
 嬉しい。すごく嬉しいのに、同時にすごく怖い。
 今や彼の身体からは昨日までとは比べ物にならないくらいに濃くて素敵な匂いがしている。嗅いでいるだけで交わりたくなってしまいたくなるほどだ。
 誰にも嗅がせたくないのに……。
「どうしよっか。お腹、目立つよね」
「大丈夫よ。腰布で隠すし、すぐに落ち着くと思うし」
 仕事場に行くと思うと凄く気が重いのに、身体の方は大量の精を飲み込んだおかげかすこぶる調子が良かった。
 ……いっそ体が動かなければ行かなくて済むのに。
「そろそろ準備しようか。メアリー、大丈夫?」
「平気平気、お昼にはお腹もへこんでるだろうし」
「それならいいんだけど。じゃあ着替えて準備を始めようか」
 二人で着替えを終えて、軽く湯浴みもしたけれど、彼の匂いが薄まる気配は無かった。
 不安がますます大きくなる中で準備だけは順調に進んでいった。そして無情にも時間は流れ、ドアを叩く音と共に、アンが私達を迎えにきたのだった。
12/12/06 01:00更新 / 玉虫色
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■作者メッセージ
というわけでシリアス展開が始まります。
ちょっと異色な話になるかもしれませんが、次も読んでいただけると嬉しいです。

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