連載小説
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過去1
 ぼくの父には一風変わったツボやら絵画やらを蒐集する趣味があるのだが、まさか人形もその範疇に含まれるとは思わなかった。
 しかもそれは少女の人形だった。父には母が死んだ四十歳のときから頻繁に家を空けて放浪するどうしようもない習性があって、たまに家に帰って来たと思ったら持ち帰ったツボやら絵画やらを置いてまた出て行くということを繰り返しており、この人形もそのうちの一つだった。曰く――。

 一目ぼれした。
 コレクター仲間に無理言って、大枚はたいて譲ってもらった。
 これほど素晴らしい人形は世に二つとない。
 でも、お前には苦労をかけているからそれは誕生日プレゼント。妹にでもしなさい。

 父は頭がどうかしているのだろう。
 人形を持ってきて妹にしろ、だ。ジョークにしても笑えない、怖い。
 まあ、別にいいけどさ。


 ところでぼくは大学生で、学校から家に帰ると人形の様子を見に行くのがいつの間にか習慣になっていた。今日も例に漏れない。
 我が家には大きくわけて二つの建物がある。居住スペースとコレクションを保管するための倉庫だ。この倉庫が倉庫の分際で中々洒落た洋風の建物で、居住スペースよりずっと大きい。二階建てで部屋数は十二部屋。それがすべてコレクションの為に設えられたのだから馬鹿と言う他ない。父が馬鹿なのは今更だが。
 一分一秒も惜しむように走って洋館に向かった。
 洋館の中は埃臭く、かび臭い。生前は母がかいがいしく掃除していたが、今はもうその母もおらず、父も放浪中だ。
 ぼくには芸術を理解する高尚な精神が欠片も備わっていないので、こんなかび臭くて埃臭い洋館には微塵も興味がなかったのだが、あの人形が来てからどうもおかしい。足しげく通ってしまう。学校にいる間も、暇さえあればあの人形のことを考えていた。まあ、ぼくにもあの父と同じ血が流れている、ということなのかもしれない。
 
 洋館二階の一番奥の角部屋に、その人形はいた。
 一見して小、中学生ほどはあろうかという大きな少女の人形だ。流石は人形と言うべきか、顔の作りが整っていて美しい。カールした薄紫色の髪は足元まで届きそうなほど長く、後頭部には大きな紫色のリボンがついている。同じ紫を基調としたドレスも華やかで、この人形はそれを見事に着こなしていた。
 ただひたすらに美しい。
 美し過ぎて、畏敬の念すら覚えるほどだ。
 ぼくは魅かれていた、この人形の美しさに。この人形のことが頭からこびりついて離れない。
 十五畳以上はある割かし広い部屋の中央に、安楽椅子がひとつ入口に向けてポツンとあって、人形はそこにお行儀よく座っていた。床には幾何学模様の絨毯が敷かれていて、他には窓以外何もない。
 いまやこの部屋は、この人形の為だけの部屋だった。
 人形に近寄る。両目は伏せられていて微動だにしない。あまりに精緻な人形なので、本物の少女が眠っているように思えてくる。しかし息遣いは全く聞こえない。
 ドクドクと、ぼくの心臓が脈打つ。
 いくらかの背徳感を覚えつつも、ぼくは人形に手を伸ばして、肌色の頬に触れた。冷たい。
 そして――柔らかい。
 つつくとへこむ。軽くひっぱると伸びる。
 そう、まるで人肌に触れているような柔らかさだ。生身の人間ではないかと錯覚する。慌てて視線を下にやり、指の球体関節を見て安心する。これは人形だ。球体関節人形だ。
 そうと分かっていても、眠っている少女に触るのは緊張する。ほら、ぼくも一応男だし……チェリーだし……。
 いきなり「この人痴漢です!」なんて言われたら大変だ。まあ、人形なんだけども。
 唇を触ると、瑞々しい弾力があった。開くと、真っ白い歯が見えた。
 次に髪を触った。薄紫色の髪の一本一本に艶があって、触っていて飽きない。作り物特有の安っぽさはなく、本物の人間の髪を植毛したと言われたら信じてしまいそうだ。無意識にそれを鼻先に持ってきて、匂いを嗅ぐと、強烈なラベンダーの香りが鼻腔をついた。くらくらする。
 ……なにをやっているんだろう、ぼくは。
 こうして人形の身体を触って楽しむのが最近の日課になっていて、これではアブナイ人なのだが、そうと分かっても止められなかった。そうさせるだけの魅力が、この人形にはあった。とりわけ好きなのが彼女の瞳だ。 
 まぶたを開く。すると、アメジストのような紫色の瞳がこちらを覗いている。
 綺麗だ。
 触ったことはない。もちろんプラスチックやガラス玉だろうが、もしかすると本物の眼球とおなじ触感かもしれないと思うと、手が伸びなかった。
 でも、
 触ってみたい。
 この瞳に触ってみたい。
 ぼくを魅了してやまない、この綺麗な紫の瞳に直に触れてみたい。
 どうも今日のぼくは強気らしく、どうせ人形なんだし大丈夫と、触ってみることにした。
 左手で瞼を抑え、右の人差し指で瞳を触ろうとして――。
 パチリ。パチ。パチ。
 まばたきした。人形が、まばたきした――え?
 人形が、動いた?

「う、うわっ!」

 思わず尻もちをついた。ぼくの情けない声が部屋に響いた。
 だって、人形が動いたのだ。吃驚するに決まってる。
 電動? そんなわけない。呪われてる。そうに違いない。心当たりはあった。前に一度、ぼくが人形に執心するアブナイ人になってはいけないからと、人知れず真夜中にこの人形をゴミに出したことがあった。しかし、家に帰って寝て起きたら、この人形は元通り椅子に腰かけていたのだ。あの時はぼくが寝ぼけていたのだと結論づけたが、やはりこの人形……。
 呪われている!
 ぼくは目をきつく閉じて、床にへたりこんでいた。恐怖で腰が抜けて立ち上がれない。本当に呪いなのか、そうでないのか。分からない。もし呪いだとしたら、早急に手を打つ必要がある。憑りつかれているかもしれない。どうすればいい? お祓いしてもらえばいいのか?
 とりあえず、洋館を出て居住スペースの方に帰ろう。
 呼吸が落ち着いてきたので、目を開けて、顔も上げると、
 目の前に、人形の顔があった。

「ひいぃっ!」

 慌てて後ずさる。
 人形は腰に手を当てて前かがみの体勢で、ジト目を作ってぼくを見ている。

「怖がりすぎよ。その反応は、ちょっとショックだわ」
「は、はあ!?」

 喋った。人形が、喋っている。
 透き通るような上品で綺麗な声だった。
 人形は薄紫色の髪を優雅に手で払って、

「さっきまであんなに興味津々にわたしのこと触ってたのに……」
「ま、まって、何で喋ってる、人形の癖に? もしかして、生きてるのか、人形の癖に?」

 ぼくは立ち上がりながら、かなり間抜けなことを言ってしまった。人形は「はあ?」と威圧するように言って、

「当たり前でしょ。っていうか、その人形の癖に、っていうのやめて。差別されてるみたいで不快だわ」
「だって、人形じゃないか!」
「でも生きてるわ。生きてるから、一週間前にあなたが顔を赤くして、動けないわたしのスカートをめくっていたのも、三日前にわたしに向かって学校の愚痴をこぼしてたのも、昨日ついにわたしにキスしようかどうか迷ってでも結局尻込みしたことも、ちゃーんと覚えてる」
「……え」

 寒気がした。全部事実だった。
 パンツはいてるのかな、って気になってスカートをめくったことも、教授の講義が気にくわなくてその愚痴を人形に向けて一方的に喋っていたことも、キスしようか迷っていたことも、全て事実だった。だって、誰も見てないと思ったから……。
 見られていたのだ、全て。
 それは、呪いの人形なんて超常的な恐怖より、もっともっと身近で現実的な恐怖をぼくにもたらした。
 人形は口元に手を当てて、馬鹿にするようにうふふと笑って、

「パンツが見られて嬉しかったですかぁ?」
「違う!」
「何が違うの?」

 何も違わなかった。
 顔が熱くなる。全身が痛い。自慰を他人に覗き見されていたのに等しき恥ずかしさだ。因みにパンツは白いのをちゃんと穿いていた。
 人形は、そのことに対して屈託を感じさせない、少女らしい無邪気な笑顔を浮かべて、
 
「いいよ。許してあげる。だって貴方をそんな風にしたのはわたしだもの」
「……はあ」生返事した。
「わたしの魔力が貴方にそうさせたの。……本当は、もう少し黙ったまま、徐々に貴方の身体に魔力を流し込むつもりだったんだけどね。スカートめくりはいいとしても目つぶしは流石に耐えられなかったから、仕方なく動いたってこと。まあどっちにしてもそろそろ頃合いだし? 貴方のことも充分観察できからもういいわ。貴方、合格よ」
「ぼくにも分かるように喋ってくれ」
「ずーっと媚薬を飲ませてたってこと」
「ぼくは何も飲んでない」
「魔力だから貴方には見えないのよ」人形は人差し指を立てて偉そうに講釈を垂れ始めた。「あ、媚薬ってのは比喩表現で、実際は魔力を貴方の身体全体に染み込ませてたのね。だから貴方はわたしのことが四六時中気になってしまって、スカートを捲ったりキスしようとしたりした。ね? わたしのこと触ってると不思議とドキドキしてくるでしょ? それが魔力」
「もう分かったから人形は喋るな、人形は」
「……むう」

 人形は可愛らしくほっぺを膨らませた。可愛いな、人形の癖に。

「人形の癖に、ってのやめてってば」
「だって人形だろ」
「ただの人形じゃない。リビングドール」
「良く分からんけど人形なんだろ。もうこの際喋ってるとかオカルト的なのはいいよ。でも人形なんだから人間様に逆らうんじゃない。人形は人形らしく黙ってろ」混乱していたので、おかしなことを言っていた。
「……はあん。そーいう態度とるわけ」

 人形は怒っているらしかった。人形の癖に感情豊かなやつだ。
 人形はこちらに向かって歩み寄り、カッと目を見開いた。アメジストみたいな瞳から、何か、得体の知れない威圧感のようなものを感じて、ぼくは咄嗟に視線をそらそうとして、
 できなかった。
 それどころか、身体が動かなくなっていた。
 金縛りだ。

「これでどっちが偉いか分かった? あ、喋れないのか。じゃあ、喋れるようにはしてあげる。あと目くらいも動かせるようにしとこうか」
「――ッ! はあ、はあ……な、なにした?」
「動けないようにしたの」

 サラッととんでもないことを言われた。でも、確かにぼくの身体は動かない。脳からの命令が全く身体に伝わらない。知らない間に毒でも盛られたか。いや――魔力、か?
 本当に、あの人形は魔力とやらを扱える?
 だとしたら、ぼくに勝ち目はない。事ここに至って、ぼくは彼女をぞんざいに扱ったことを後悔した。呪いの人形に呪い殺される。土下座して謝ろうにも、立ったまま身体が動かせない。

「待て。ぼくなんて食べてもおいしくないぞ?」
「おいしいに決まってるわ。……はあ」人形は切なげに吐息を漏らした。「お腹ペコペコよ。……やっとベストパートナーが見つかって、下準備も終わって、もう待ちくたびれちゃった」

 ぼくは食べられてしまうらしい。

「せ、せめて痛いのは止めて」プライドはかなぐり捨てた。
「えー」
「お願いします。痛いのは無理です」
「うーん、どうしよっかなー」
 
 人形は勿体つける様な口調でそう言いながら、棒立ちのまま動けないぼくの前まできて、ぼくの上着のボタンを一つ一つ外し始めた。胸がもぞもぞして、むず痒い。
 女の子に服を脱がされて、恥ずかしくて、ほんのり顔が熱くなってきた。

「三つ、四つ、五つ……はい、全部とれた」人形は楽しそうに上着を脱がせた。
「あの、本当に食べるの? 止めた方が良いよ。ぼくなんて食べたら身体壊すよ」
「大丈夫。だってわたし人形だから。人形の癖に身体壊したらおかしいでしょ? ね、貴方が人形って言ったんだものね? 人形の癖にって」

 人形はドヤ顔している。
 こんのガキ――下手に出てればいい気になりやがって!

「ああそうだね。その指、見事な球体関節だ、実に人形らしい。人間にそんなものないからな」
「はいもう食べるの決定ね」

 しまった。ぼくは馬鹿か。
 人形はぼくの上着を放り投げて、シャツの上からぼくの胸に人差し指を押し当てて、くるくる回転させてなぞり始めた。くすぐったい。
 ぼくよりずっと小さな人形は、下からぼくを見上げ、不敵に目を細め、
 
「決めた。じゃあこの手でしてあげる」

 カチャカチャ、と音がした。何かと思い眼球だけ動かして下を見ると、人形はぼくのベルトを外していた。ジーンズのチャックを降ろして、そこに手を入れて、下着越しに――触っている。

「い、いきなり何触ってる!?」
「すぐに病み付きになるわ。ひいひい言わせてあげる」
「いやそうじゃなくて」
「ほら、貴方のおちんちん、ちょっとだけおっきくなった」

 少女の形をした人形が卑猥な単語を口にするので、ゾクゾクと性的な興奮が高まってしまった。人形はそれを見抜いたかのように、嘲りの笑みを浮かべて、勝ち誇った顔をする。
 人形のほっそりとした球体関節の指が、下着越しに焦らすようにぼくの性器を撫でている。甘い刺激に声が出そうになった。性器が膨らんでくる。
 さわさわと、衣擦れの音がして、否応なしに興奮が高まってしまう。
 人形の細い指先が、触るか触らないかの力加減得で、さわさわと、さわさわと……。
 
「パンツの中に手、入れて欲しい?」
「なんでこんなことする。説明しろ。ってか離せ」
「中に手、入れて欲しいんでしょ?」
「何が目的だ。言え」
「話を逸らさないで。質問してるのはわたし」アメジストの瞳が、射るような視線をぼくに向けている。「直接おちんちんに触って欲しい? もっともっとえっちなことしたい?」
「そんなの……」悔しいことに、期待してしまっている自分がいた。
「ふうん? して欲しいんだ」

 人形はくくっと喉を鳴らして、下着の中に右手を入れた。焦らされた性器はすでに熱を帯びて固くなっており、人形のひんやりとした指が気持ち良かった。柔らかい指で、性器を撫で擦っている。
 心臓が高鳴る。息が荒くなってくる。
 このままではマズイ。人形はぼくの性器を握って、ゆっくりしごき始めた。人形とは言えこんないたいけな少女に性器を触らせて、罪悪感が込み上げてくる。
 ずっと年下の少女が、ぼくの性器をしごいている……。
 
「お前、何歳だ」なるべく気丈に振る舞った。
「さあ、知らない。けど貴方みたいな子供よりは年上でしょうね」
「そうは見えないな。もし年上だったとしても……だからつまり、そういうのはよせ。やめろ」
「いきなりなに? え、怒ってるの?」
「ああ怒ってる。簡単にそういうことするんじゃない。もっと自分を大切にしろ。もしずっとこんなこと繰り返してるならもう止せ」
「いいじゃない。人形なんだし」
「人形でも、だ」

 人形は手を止めて、きょとんとした顔をする。
 そして、ぷっと吹きだした。

「あははっ、言ってること無茶苦茶。人形の癖にって言ったり、自分を大切にしろって言ったり。……でも、やっぱり貴方のこと気に入ったわ。そういえば名前聞いてなかった、何って言うの?」
「知らん」
「教える気はないってこと。まあいいわ……お兄様って呼んであげる。どう、萌える?」
「山田海人だ」
「お兄様のこと、もっともっと気持ちよくしてあげる」
「皆にはヤマって呼ばれてる」
「もうお兄様って呼び方気に入っちゃった。っていうか、お兄様の私物に別の名前が書いてあったけど?」

 人形は不機嫌そうに眉根を寄せた。うむ、免許書でも見られていたのかもしれない。だったら何故名前を訊いた?
 そう冷静に分析して気を紛らわそうとするも、人形がまた性器をさわさわと焦らすように撫で始め、その手つきがいやらし過ぎて、どうしてもエロい方に思考が持っていかれる。魔力とやらもその一助となっているのかもしれない。
 人形の勿体つける様な指使いが、甘い刺激を与え続ける。裏筋を指の腹で擦ったり、カリを優しく引っ掻いたり。人形はぼくを見上げ、挑発的な視線を送ってくる。
 ぼくは、もっと速くしごいてほしいと期待してしまう。

「じゃあ、下着は邪魔だから、ぬぎぬぎしましょうねえ〜、あははっ!」

 人形はきっちりぼくを馬鹿にしながら、ぼくの下着をおろした。屹立した性器が、ぼくの意志に反して元気よく下着から飛び出た。

「本当に、何が目的でこんなことしてる?」
「別に。ただお兄様で遊びたいだけ。本当よ? 食べるって別に、とって食おうって言ってるわけじゃない。ただ、お兄様のおちんちんで遊びたいだけ」

 人形はぼくの性器を握って、躊躇いなくしごく。ぼくは平静を装おうとするが、内心は声が出そうになるのを堪えるのに必死だった。まるでそういう訓練を施されたかのように、人形の手つきはピンポイントで感じるところを擦り、緩急をつけてぼくの心を揺さぶる。
 こうしてぼくを籠絡して、つけいるのが目的なのかもしれない。

 
「気持ちいいでしょ? わたしのこと好きになってきた?」
「気持ちよくない。あとぼくはロリコンじゃないから貧乳のガキに興味はない」
「あ、この先っぽのところが気持ちいいんだ」

 他人の話しを聞け。
 人形は亀頭を包み込むように握って、集中的に刺激し始めた。しかもかなり強く握っている。亀頭は敏感な部分で、しかも今は濡れていないから、刺激は強烈だった。あまりに強烈過ぎるので、頭の回路がショートしそうになる。

「宣言通り、ひいひい言わせてあげる」
「――ッ!」苦しくて喋れない。
「あえぐの堪えてるの? 可愛いなあ。でも流石にかわいそうだから……ん、じゅる」

 人形はしごくのを一旦止め、唾液を自分の手の平に落とした。舌を出して唾液をべーっと吐きだす人形の顔は、とてもいやらしかった。唇から唾液が糸を引いてキラキラ光っている。
 人形は、唾液を垂らした手でまた、しつこく亀頭を苛め始めた。ぴちゃ、ぴちゃ、くちゅ、くちゅ、と卑猥な音がする。
 可愛らしい人形の口の中に、さっきまで入っていた唾液が、ぼくの性器に……と思うと、興奮してしまう。

「ちょっとはマシになった?」
「……くっ、やめっ……あっ」
「可愛いなあ……。ねえ、これ以上可愛くしないでよ。もっと苛めたくなっちゃう」
 
 人形はニコニコ笑いながら、手は鬼のように亀頭を責めていた。人形の癖にドSらしかった。
 亀頭を責められても、射精は出来ない。射精できない刺激が、もどかしくて苦しい。

「お兄様の顔、もっと近くでみたいから、ねえ、座って? わたし背が低いから、もっと近くに来てよ」

 人形は左手でぼくのシャツを下に引っ張った。すると、自分ではピクリとも身体を動かせなかったのに、かくっと膝が折れて、足を開いた状態で床に座らされた。人形もその正面にしゃがんで、右手で亀頭を責め続けている。しかもかなり乱暴だ。

「えい、えい、くちゅ、くちゅ、ほらほら、……うふふっ、お兄様……ふふっ」

 すぐ近くに人形の顔がある。興奮して荒くなった人形の、暖かくて甘い吐息がぼくの鼻に入って、頭に染み込んでいく。
 そういう類の毒を吸ったみたいに、頭がぼんやりする。甘い吐息が……。

「お兄様、我慢しないでいいんだよ? ……全部わたしがしてあげるから、心のスイッチを切って、わたしに全部ゆだねて……」

 人形は、ぼくの顔にさらに顔を近づけた。僅か一センチにも満たない距離。艶めかしい視線がぼくの目を射抜いている。キスでもされるかと思ったが、そのまま右横に素通りして、ぼくの右耳にふう、と息を吹きかけた。

「こっちも……ん、じゅる」

 人形の唇が、ぼくの耳を咥えた。舌で舐められてくすぐったい。たまらない。

「あむ、ん、じゅる……んちゅる、ん、……お兄様、でも、おちんちん苛めるのは止めてあげないんだから、あははっ」

 耳を舐めながらも、人形の手のひらが、ぼくの亀頭を激しく擦っている。
 苦しいのに、狂おしいほど気持ちいい。、
 早くこの責め苦から解放されたい。そしてそれは、この少女の形をした人形の右手ひとつに問答無用でゆだねられている。
 ぼくには何の選択権もなかった。絶望と期待がないまぜになって胸の内に渦巻く。少女が止めなければ、ぼくは一生こうして苦痛と快楽を与え続けられる。

「お兄様のおちんちん、くちゅくちゅいってて気持ちよさそう……。偉そうに説教したって、お兄様はえっちなお兄様」
「……ちがっ、ぅ……ああっ」
「気持ちいいんでしょ? 認めて楽になった方が良いよ? そしたら、もっと気持ちよくなれるよ? 心空っぽのお人形さんになって、わたしに遊んでもらうの」
 
 いまの混乱したぼくには、とても魅力的な提案に思えてしまった。
 心が折れかけている。全部投げ出してこのまま気持ちよくなっていたいと思ってしまう。でもこれ以上苦しいのは嫌だ。二律背反の気持ちに、心をかき乱される。気持ちいいのに、苦しくて、しかも射精できない。もどかしい。
 出したい。出したくてたまらない。でも出せない。どんなに力んでも、瀬戸際の快感がぼくを責めるだけで、射精できない。
 出したい。出したい。出したい。
 ぼくの呼吸は乱れに乱れている。

「喘いでるの、とっても可愛い。お兄様のこと、もっと大好きになっちゃった。……ん」

 人形はぼくの唇に軽くキスした。目を閉じてキスするときの顔がとても可愛らしくて、別の意味で心臓が高鳴った。
 こんな可愛らしい少女に苛められていることに、ぼくは倒錯的な快感を覚え始めていた。いけない。こんなのいけない。
 人形の手はぼくの亀頭を苛め続けている。気持ち良い。その二倍くらい苦しい。いつの間にか先走り汁が漏れて、ぬちゃぬちゃと粘っこく、卑猥な音をたてていた。ぬめって少し亀頭が楽になったと思ったが、しかし、人形の容赦ない手つきがその希望を無情に潰した。気持ち良くて苦しい。
 誰か助けて。このままでは気持ち良すぎて壊れてしまう。

「お兄様、もう限界?」

 問われ、喘ぎながらも目で限界だと訴えた。人形は「そっか」と言って、

「じゃあ、この穴のところはどう?」
「な、なんでっ、はあ、はあ、そ、そうなる、ん……!」
「いーじいじ、くちゅくちゅ、いーじいじ、うふふっ」

 歌うように言いながら、人形は尿道口に指を入れて弄りはじめた。さっきより強い快感が身体の真ん中を突き抜け、全身ががくがくと震え、むせ返った。

「いい顔……。お兄様、もっと苦しんでる顔、わたしに見せて」

 人形は左手でぼくの顎を掴んで、上を向かせた。人形の顔がうっとりと恍惚とした表情を浮かべていて、その顔が近づいてきてまたちゅっとキスをした。右手は亀頭を刺激し続けている。

「このままずーっと気持ち良くなってたいでしょ?」

 そうかもしれない。苦しくて気持ち良くて、それが病み付きになり始めていた。

「ずーっとこのままだって思うと、ゾクゾクしてくるよね」

 ずっとこのままだったら、と想像してしまう。……苦しくて壊れそうで、でも気持ち良くてたまらないのが、死ぬまで永遠に続く……。

「お兄様のこと、ずーっと愛しててあげる。嘘じゃないよ?」

 しかもこの人形はとても可愛らしくて、淫靡で、魅力的だ。彼女をずっと近くで見ていられるどころかあまつさえ気持ちよくしてもらえるなら、ずっとこのままでもいいかもしれない。
 ふやけた頭で、そんなことを考えていると、

 亀頭を刺激していた右手が、急に静止した。


「――ぇ」
「ん? どうしたの、まさにハトが豆鉄砲食ったみたいな顔してるけど」

 人形はしれっとそう言った。
 ぼくは、何と言えばいいのか整理がつかず、
 
「な、なんで……」
「んー? なんでって、何が?」
「なんで、急にやめたの?」
「だって、お兄様が止めろって言ったんじゃない。人形でも自分を大切にしろって。遅ればせながらそうだなーって反省して、だから止めたの」

 どうして今更……。
 どうしてそこでやめちゃうんだ……。
 寂しくなって、ぼくは、とても情けない顔をしてしまった。それこそ人形の思うつぼだったのに。
 人形はニタニタ嗜虐的に口端を吊り上げて、

「なあに? もっとして欲しかったの?」
「……別に」視線を逸らした。
「そ。じゃあいいじゃん」

 良くない、もっとして欲しい、なんて言えるはずがなかった。
 あんなに苦しかったのに、いざなくなると、それが恋しくて胸が張り裂けそうだった。
 人形が踵を返すと、余裕を見せつけるようにスカートがふわっと広がった。

「じゃあ、わたしは反省したから、寝る」
「……もう一生起きてくんな」
「そうね。なんだか飽きちゃったし、疲れたし、これからは人形らしく黙ってることにするわ。あ、でも目つぶしはやめてね。じゃ、おやすみ」

 随分あっさりだな。人形は眠ってしまったらしい。それを認めたくなくて、ぼくは息を乱しながら視線を床に落としていた。幾何学模様の絨毯が、滴り落ちたぼくの汗で湿っている。手でそれに触れた。じめっとしている。どうやら身体は元通り動くようになったみたいだ。
 なのに、張り裂けそうな心臓の鼓動がおさまらない。落ち着くために目を閉じるが、瞼の裏に人形の顔が浮かんできてしまう。笑ったり、むっとしたり、うっとりしたり、どれも魅力的だった。ああもう、どっかいけよ!
 自分の本能が囁きかける、もっと気持ちよくして欲しかったと。
 でもそれは良くないことだから、止めて正解だと、理性が真逆なことを言う。
 自分の手で、性器に触れて、擦って見た。でも足りない。違う。ぼくが欲しいのは、こんなんじゃ……。
 どうしたらいい。床に頭をつけて頼み込んでみるか。もう一回してくださいって。……出来るわけない。したくもない。いきなりエロいことされて頭が混乱してるんだろう。部屋に帰って自慰にでもふければ、この混乱も収まるはずだ。
 そう自己暗示をかけて、立ち上がろうとすると、

 背中に、ふわっと柔らかいものがのしかかった。
14/10/23 14:41更新 / おじゃま姫
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■作者メッセージ
次の話か、そのまた次の話くらいで一区切りつくと思います。
次回もよろしくお願いします。(10/12)

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