連載小説
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第一話 砂の海へ
 対岸が霞むほどの大河を見つけたので、サバイバル戦術的に下ってみた。
 あわよくば海へ、と思ったのだが、そううまくはいかないらしい。海は海でも、密林を抜けたそこは砂の海だった。
 青い空、灼熱の太陽、白い砂山。これで海があったら気分はハワイアンだったんだが。
 ……って、現実逃避している場合じゃないな、うん。

「さて、どうするか……」

 このまま河の流れに沿ってまた下るか? いや、それ以前にやるべきことがある。
 水の確保だ。

 はい、今そこに河あるじゃん、って思った人、手え挙げて。
 河の水そのまま飲めと? 確実に腹壊すわ。河下る前に俺の腹が下るわ。
 そんなわけで飲み水の確保だ。濾過装置を作ろう。
 仕組みは大変簡単。まずはハンカチを取り出します。ちなみに今の俺の所持品は制服(夏服)とスマホ、ハンカチ、それとさっき手に入れた硬貨が数点だ。
 さて、次にハンカチに砂漠の砂を詰めます。これを川辺に生えていた蓮の葉を筒状にしたものの口に被せれば完成、簡易濾過装置。このハンカチのところに水を注げば濾過できる、はず。

 そんなこんなである程度濾過水を水筒(蓮の葉製)に入れ、日焼け防止用の蓮の葉傘を装備して、俺は河沿いを歩き始めた。エジプトだとナイル川に沿って多くの街が密集しているし、このまま行けば誰かと会えるんじゃね? という目論見だ。

「しっかし、砂漠にジャングルとか、腐海みたいだな……お?」

 非常識的景観に、思わずジブリ作品を重ね合わせていると、唐突に足首を何かに掴まれた。一瞬、石か何かに躓いたのかと思ったが、そうではなかった。

 サザササザザザザザザササ、と。
 何かが砂中から現れる。まず、見えたのが弧を描く赤褐色の大きな尾。団子状の節に分かれたそれは恐らく蠍の尾だろう。ただし、俺の背丈ほどもある。これだけ見えれば一発でわかる。巨大蠍だ。全体を見るまでもない。
 ……まったく、どうして一々こう、大きいのだろうか? カンブリア紀か、ここは?
 あ、いや、ちょっと待て。

「ふふ、ふフフふフフふふふふフフフフフフふ」

 その巨大蠍の全貌をよく見てみると、蠍と美女のキマイラみたいなやつだった。
 こう、本来は蠍の頭部に当たるところに美女の上半身くっつけたような。

「……こんちゃーっす」

 何となしに話し掛けてみた。一応、上半身人間だし、粗末ながらも服……というか『さらし』のようなものを胸に巻いているし、もしかしたら人間的文化交流が

ヒュッ!

 ――できると思っていた時期が私にもありました。

「うおっ!?」

 唐突に目の前に繰り出された尾先の針を、俺は身を捻って避ける。
 言うまでもなく目の前の蠍女の針だ。

 ブチッ!

「ッ!?」

 俺が態勢を崩して無理やり避けたためか、俺の足を拘束していた蠍女の鋏が、片方引き千切れる。
 脆いな。

 自身の鋏が捥げたのに驚いたのか、蠍女がバックステップ(?)で華麗に距離を取り、砂塵を巻き上げている。
 彼女はさっきまで生肉を目の前にした肉食獣さながらの表情でこちらを見ていたのだが、今では眉間に皺を寄せた、警戒心丸出しの面構えでこちらを窺っている。

「お前、何者だ……?」

 お、しゃべった。やっぱり喋れるのか。
 これは何とか交渉できるか?

「俺は氷室狂介。高校生だ。できたらちょっと今、色々と聞きたいことがあるんだけど?」

 主に最寄りの街がどの辺にあるのか、とか。
 あとは名前とかスリーサイズとか年齢とか趣味とか食性とか。

「……コウコウセイ? 勇者ではないのか?」
「ユウシャ? ドラクエの? それとも背後に宝剣いくつも浮かばしてる人のこと?」

 俺は有象無象の一般人なのだが。

「ホウケン? よくわからんが、勇者は勇者だ。我々を視界に入れれば皆殺しにして、身ぐるみ剥いでくるようなやつだ」

 なにそれ怖い。
 俺は顔の前で手をぶんぶんと振りつつ答える。

「ひでーな、おい。俺のどこにそんな要素があるんだ?」
「今、私の腕を引き千切った」

 むう。
 確かに、結果的にはこいつの鋏を捥いでしまったが、あれは不可抗力だ。ノン悪意だ。だが、事実として捥いでしまったのは俺だ。

「お、おう、すまん。いや、すいませんでした」

 腕を組んで唇を尖らす彼女に頭を下げる。
 そうそう、因果応報。悪いことしたら巡り巡って自分に帰って来るもんだ。だから、こういうことは早めに清算するに限る。悪いことをしたら向こうに非があろうともすぐに謝る。これ人間社会の基本ネ。

「で、なんで俺を襲ったんだ……あー、名前は何ていうんだ?」
「……サハリ」

 砂針ね。まんまだな。

「折角だから、巣に持ち帰って食べようとしただけだ」
「おっそろしいな!」

 人は見た目じゃないと言うが、こいつが外見と中身が一致しているタイプらしい。いや、そもそも人か、これ? うん、まあ、違うな。下半身に蠍生やしている人間なんていねえ。
 もうこいつには帰ってもらおうかな。
 もはや二度と会いたくない。言って粘るようなら関節決めてやれば……。

「あ、でもあれだぞ? 食うといっても性的な意味だ」
「いやーサハリさん、自分実は今、宿が無くて困ってたんすよお! いやあ、サハリさんさえ良ければ泊めていただきたいなあ!」

 釣られてやるぜクマー! 最悪デッドエンドが待ってようともR-18の戸を叩くぜ!

「フふふン、いいぞ」

 ニタリ、としたその笑みに悪寒が走る、が時すでに遅し。
 俺もなんだかんだで、会話している内に気が緩んでいたのだろう。
 その鋭い切っ先が、俺へと振り下ろされる。

「あ」

 一瞬の出来事だった。
 ガギン、という硬質な音とともに、サハリの尾針が折れて吹き飛んだ。

 キョトン。
 そんな擬音がそのまま当てはまる表情を、サハリはしていた。きっと俺も今、そんな顔をしているのだろう。
 ……なんだよあれ人体からするような音じゃなかっただろおい。

「うぇ」

 凍った時の中、先に動きだしたのはサハリだった。

「あああああああああああああああああああああああああああっ!! 折ったあ! こいつ、私の針折ったあああ!!!!」
「勝手にやって折ったんだろうがっ! っつか、さっきからてめえが勝手に仕掛けてきて全弾自爆してんだろうがこのキカン銃っ!!」

 なんだこいつは? どこの世界のポンコツヒロインだ?
 もっとも、鉛筆サイズの針を弾き返した俺の体も大概だが。

「ったく、何がどうなってんだ?」

 俺はサハリの尾針を弾いた自分の鳩尾を眺めながら呆然と呟いた。
 乾いた砂漠に、俺の呟きとサハリの喚き声がただただ溶けて行った。




 鈍い銀閃が、俺へと振り下ろされる。
 両刃の西洋大剣、クレイモア。
 中世において、相手を鎧ごと叩き切ることを目的に開発されたそれが、生身の体へと振り下ろされる。
 俺は脊髄反射で首を竦め、両腕で頭を守る。が、無意味だろう。人の身の丈ほどの刃が迫って来ているのだ。刃が鈍いと言っても、その運動エネルギーは想像を絶し、俺の体をぐちゃぐちゃの肉片へと変えるだろう。本来はそのはずだ。
 が、

 ガィイーーーン!

 なのに何故か、俺のやわなはずの両腕は、その暴力の塊を弾き返してしまった。

「お……おおう、すごいなあ。『身体硬化』のエンチャントでも説明のつかへんような頑強さやで。まるで岩でも殴ってしもたのかと思うたわ」
「……そりゃどうも」

 現在、俺は泣きじゃくるサハリを何とか宥め、彼女のコミュニティへと案内してもらった。
 もちろん、初めは渋られたが、『お詫びになんでも言うこと聞くから』と言って、何とか納得してもらった。『……何でもだな』と言ってずももも、と黒オーラ出すサハリが怖かったのであまり後のことは考えないようにしている。

 それはともかく、今いるのはコミュニティの一角、魔女の家、その屋外である。その名の通り魔女が住んでおり、目の前にいるチンマイのがそれだ。俺にクレイモア叩きつけてきた張本人でもある。

『わての名前はシレミナ。この村を中心に活動している研究家や。そんでもって、サハリの義妹でもある』

というのが彼女の自己紹介だ。シレミナの主な研究は土地や魔力に関するものらしい。何でも、この地域の砂漠にでる魔物は何故かアンデッドが主体だったり、普通は砂漠に生息しているはずの魔物がいなっかたりと、色々と特色があるとのこと。もっとも、そんなこと俺に言われてもちんぷんかんぷんな訳だが。魔物ってワードの時点で分かんねえし。ふつうの生物とは違うのかねえ。魔法的生物?

 ちなみにシレミナが言った義妹っていうのは『盃を交わす〜』みたいなやつらしい。ただ、シレミナ曰く、『魔女が誰々の義妹になる、というのはもっとも親愛していることの証』だそうだ。事実、これを異性にやるとそのまま求婚の意思表示とのこと。

 さて、では何故その魔女っ娘シレミナにクレイモアを叩きこまれたのか?
 先に言っておくと、別にかわいい義姉を傷つけたからとかいうわけじゃない(もちろん、そのことはお冠だったが)。

「で、わかりましたかねえ、俺の体に付いてるっぽい魔法の正体は?」
「圧殺、斬殺、刺殺、焼殺、凍殺……できることなら電殺も試したいけど、雷属性使いの子ここにはおらへんからやめとこか」

 聞いててげっそりしてくる。
 そう、俺はこの村随一の魔法使いであるという彼女に会いに行き、俺の今の現状というか、様々な攻撃を跳ね返すこの不思議体質について聞きに来たのだった。
 そして計五回殺されかけている。

 まあ、こんくらい大丈夫やろう、と笑顔で繰り出されるファンタジーな暴虐。
 絶対私怨入ってるよね? まあ、死なない限り大目に見るけど。一応、ケガすら皆無だし。

「ほな、次いこか」
「……まだやるんかい」
「だ〜いじょうぶやって、これで最後やから」
「さいでっか……」

 はい、後ろ向いて−、と言われて百八十度回転する。
 そして、

「ッ!?」
「ほぉん、これは効くんやねえ」

 苦しい、息ができん。ついでに脳への血流がストップして思考が停止しかける。
 これはあれだ、絞殺だ。

「ギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブギブゥウウううううううううううううううううううううっ!!!!」
「っと、これ以上はよそか」

 首のロープが緩まった瞬間に膝をつき、目一杯肺を膨らませる。
 マジで死ぬかと思った。目の前が真っ白だった。一瞬、バトルに負けたのかと……。ここはポ●モンセンターかい?
 そして、シレミナはこれで何かがわかったらしい。うんうんと頷いている。

「うん、何もわからないってことがわかったで」

 おいこらロリ魔女、と言いかけてぐっと言葉を飲み込む。
 聞いてわからなかったといって、そこで切れるのは子どもの所業だ。一旦落ち着こう。俺の体の現状がわからないからと言って、いきなりどうこうなるわけじゃない。不治の病というわけじゃねえし。ただ問題は、

「はあ、そうですか。それと、俺の宿の件なんですが」

 そう、宿だ。衣食住の住だ。これは俺の体質以前の急務だ。腹も減ってきてるし、このまま宿がなければ風邪を引くかもしれない。サハリの家に泊まるとしてもぶっちゃけシレミナの援護射撃が欲しい。ちなみに魔女の家は仕事小屋らしく、シレミナは寝る時はサハリの方の家を使うらしい。

「ああ、そのことなんやけど、ねえ」

 え? なにその『宿なんてないよ』みたいな前振り。

「……伝統的に、部外者はこの村に泊まれへんのよ」

近くの大きな街に行けば宿もあるんだけどねえ、と付け足すロリ魔女。

「ちなみにその街まではどのくらいで……?」
「うん? すぐそこやで。歩いて半日ぐらい」

 なぜか、急に西の空を眺めるシレミナ。

「綺麗な夕日やね。そうは思わへんか、キョウスケ君?」
「……そっすねー、すげえ綺麗っすわー」

 日が沈む。
 どう考えても今から行けば真夜中のぼっち強行軍になる。砂漠の夜は平気で気温が一桁まで下がるという。残念ながら、俺の体感気温は普通だ。さっきロリ魔女に炎で炙られくせに、もう肌寒く感じる。
 いや、それ以前に一介の高校生が正しく街のある方向に進めるわけがない。GPSでもない限り、不可能だ。

 結論、今から街へ行くのは無理。

「え、あれ? じゃあ、俺今晩……?」

 死。いや、凍死はしないか。試したし。でも寒いんだろうなあ。っつか夜だ。夜と言えば真っ暗だ。未だに豆電球なしには夜眠れない俺がそんな状況で……って、宿あっても結局真っ暗か……。

「ま、姉上に交渉してみればええやろ? もしかすると泊めてくれるかもしれへんで?」

 そう言って、何故かシレミナは手をひらひらと振りつつ、魔女の家へと消えていった。 ……口添えはしてくれないらしい。

「ま、やるしかないか」

 なんだかんだいっても、おれは一度、サハリを説得してこの村まで案内してもらったんだ。これも何とかなるさ、俺は自分にそう嘯いて、魔女の家に背を向けた。
16/02/01 08:43更新 / 罪白アキラ
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■作者メッセージ
本作をお読み下さって、ありがとうございます。アキラと申します。

本作はのんびりと更新していきます。
では、また次回。

※次回更新は明後日。

>8/11 誤字を修正
先に言っておくと、別にかわいい義妹を傷つけたからとかいうわけじゃない(もちろん、そのことはお冠だったが)。

義妹→義姉

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