連載小説
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撫で斬りの宇宙恐竜 レスカティエ破壊命令
 ――ダークネスフィア――

 大出力の光線同士の衝突による大爆発。それによって辺りは爆風に包まれ、暗黒の大地を鮮やかな朱色に染め上げる。

『………………』

 しかし爆発を起こした張本人、エンペラ帝国皇帝エンペラ一世は自身もまともに爆風に浴びておきながら全くの無傷、意に介する様子すらない。それどころか、爆風の熱によって地獄の如き光景へと変貌した荒野を見下ろしても尚、彼の黒い瞳に宿る冷たい光は微塵も熱を帯びなかったのである。

『……ほう、生きているか』

 しかしそんな冷酷な彼であるが、爆発に巻き込まれたはずの巨竜が全身から血を滴らせながらも立ち上がった時、似つかわしくない喜色を露わにした。彼の現在の最大の関心事は、この竜の生死にあったのだ。

『結構結構。この程度で死ぬようではつまらぬからな』

 愉し気にそう口走るエンペラ一世。彼にとって、この戦いの一時は出来るだけ愉しいものにしたいため、相手が簡単に死ぬようでは困るのだ。

「ギッ……ガガッ……」

 だが、竜王バーバラも爆発から生還したものの、苦しそうな声をあげる通りダメージは少なくないようであった。とはいえ、竜族は高い回復・再生能力を有しているため、この程度ならば戦闘中に自然治癒するはずである。
 …もっとも、それはあくまで『これ以上攻撃を受けなかった場合』に限るが。

『どうした、余が憎いのではないのか? そのザマでは何も出来ぬまま余に殺されてしまうぞ?』

 どうにか立ち上がりはしたものの、負傷のせいでふらつく巨竜。しかし、皇帝はそんな事はお構いなく挑発し、彼女のさらなる怒りを煽った。

「ッ!………………ギュイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアア!!!!」

 ドラゴンは誇り高い。人間どころか、他の魔物すら見下している。
 そして、そんな彼女等が我慢出来ぬのは、その見下しているはずの他種族から侮辱を受ける事である。

「ギュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 当然、彼女等は挑発行為に対して滅法敏感であり、例え負傷していようが無視など出来るはずもない。ましてやこの男はバーバラの一族を彼女以外根絶やしにした仇敵。魔物娘としての本能を上回るほどの憤怒と憎悪を滾らせている今、売られた喧嘩を買わない道理は無かった。

『フフ……実力は無いくせに、プライドだけは一人前というところか』

 一方、竜王と呼ばれる最高位のドラゴンらしからぬその様を滑稽に感じ、失笑するエンペラ一世。
 安い挑発一つでここまで怒り狂うとは実に愚か。皇帝にとってこのドラゴンはまさに単細胞の馬鹿そのものだった。
 とはいえ、本来このドラゴンはもっと賢いのであろうし、そもそもドラゴンという種自体が高い知能を持つのは今更言うまでもない。しかし、一族の仇に対する怒りと憎悪がバーバラの慧眼を曇らせ、『エンペラ一世相手に無策で真正面から挑む』という、実に単純で愚かな戦法に拘らせてしまった。

「ガァァッ!!」
『……』

 全身の傷より血を滴らせながらも、さらに怒り狂うバーバラ。
 激昂するドラゴンはその溢れんばかりの憎しみと恨みを晴らそうと、空に浮かぶエンペラ一世目がけて大出力の光線を撃つ。

『無駄だ』

 だが、皇帝は眼前に即座に迫った光線を、強大な魔力を帯びた左腕であっさり払いのけてしまう。

「!!」
『あれだけ繰り出しておる以上、今更見切れぬはずがあるまい』

 皇帝が呆れ顔で語る通り、バーバラはもう十発以上も光線を繰り出していた。
 確かにその威力こそ馬鹿げてはいるが、初動自体は単純である以上、あれだけ乱雑に繰り出されれば見切るのは至極容易い。

「ググ……ッ」

 目を血走らせ、周囲に響き渡るほど大きな音を立てて歯噛みするバーバラ。
 竜王であるはずの自分の攻撃が何故通じない? その事実に彼女は大いに焦り、それ以上に屈辱を覚えた。

『悔しがるのは結構だが、殺し合いの最中に隙をさらすのは感心せぬな』

 目の前の敵を注視せず、自らの世界に閉じ籠もるのは致命的な隙をさらす事となる。それは戦いの基本、修めておくべき心構えの一つであり、バーバラほどの者に対しては今更指摘する事ではない。
 しかし、このドラゴンはそんな基本すら忘れて自らの世界に没頭してしまい、皇帝から目を離してしまっていた。

「!」

 そして、バーバラの意識が現実に引き戻された時には、既に皇帝は姿を消していた。遅れること数秒、ドラゴンは慌てて周囲を見回すも、男の影すらない。

『ウスノロめ。余はここだぞ!』
「ッ!!」

 探し回る最中声がしたのは、四足歩行であるバーバラにとっての死角である腹部下の空間。すぐに長い首をそこに突っ込み、ようやくエンペラを発見するものの、時既に遅し。

『ぬぅうぁあぁッッ!!!!』

 彼女に発見された瞬間、皇帝は待ちかねたとばかりに飛翔し、そのまま強力な魔力を帯びた左拳を気合と共に彼女の鳩尾目がけて叩き込んだ。

「ガ…ッ!」
 
 痛い――が自らの吐く光線や前足での一撃に比べれば、せいぜい針で皮を刺されたに等しい一撃。
 さらにはこのドラゴンの圧倒的な巨体と馬鹿げた重量、そして恐ろしく強靭な筋繊維と桁外れに硬い甲殻の強度が合わさることにより、脆弱な人間の拳ではどうにもならない防御力を生み出し、その威力を軽減する。

『フ…』

 けれども不可解な事に、そう理解していながら尚、この男は残忍な笑みを浮かべていた。

『“その怒りは天に轟く!! その憎しみは魔を引き裂く!!
 さぁ唸れ、百連の衝撃砲!! この世の全てを突き穿て【エンペラインパクト・ナックルボンバー】!!”』

 例え竜王と呼ばれる最高位のドラゴンだろうと、所詮は他の魔物と同じ下等生物。このエンペラ一世の前には虫ケラ同然!
 詠唱を開始した皇帝はそんな己の絶対的な自信の根拠を示すかの如く、甲殻の隙間へ突き入れた左拳に強大な魔力を収束・変換、生み出した強力な衝撃砲をバーバラの肉体へ叩き込んだのである。










 一方、所変わって主不在のレスカティエ。エンペラ一世とデルエラが殺し合いを始めてより時が少し遡った頃。

 ――レスカティエ城下街、城門前――

『やれやれ、これが今のレスカティエですか。我等が陥落させた頃の面影は微塵もない。
 まったく、時の流れというものは残酷ですねぇ』
『フン……この場合は時の流れでなく、魔物(カス)どもに乗っ取られたのが原因だろう。おかげで、壮麗な街並みも全て下劣で薄汚い掃き溜めと化してしまった』
『グオオオオ……もっとも、腐り始めは奴等がやって来るより遥か前、我等の手を離れてよりすぐだったようだが…』

 デルエラがやって来てより、このレスカティエは全てが変わってしまった。
 以前は教団圏第二位の大国であった威容、そしてそれを思い起こさせる壮麗な街並みなど既に無く、それ以外にもかつての面影を留めるものは何も無い。そして当然、エンペラ帝国の統治下にあった際の名残なども何一つ残っておりはしない。
 魔物の勢力下に入って既に三百年余り。そしてエンペラ帝国の統治下にあったのがもう五百年近く前のこと故、仕方がない――が、頭ではそれを分かっていても尚、少し寂しい。

『ギィ〜〜! とにかく、この漂う魔力が臭ぇったらありゃしねぇ! 鼻が曲がっちまう!!』

 しかし、彼だけはこの濃密な魔力の臭いに耐えかね、感慨に浸るどころではなかった。

『……チッ、昔を思い出して感慨に耽っていたところでそれをブチ壊すとは、空気の読めん奴め!
 魔力以上に臭っているのはお前の体臭だろう!』
『何だと!? そんなはずはねぇ! 俺は毎日風呂には入ってるんだ!』

 騒ぎ立てる化け物じみた巨体の同僚に腹を据えかねたのか、右隣りの銀鎧の騎士が、その牛飲馬食ぶりが故にきつめの体臭をからかう。

『グオ……』
『やれやれ……』

 そして、そんな二人の言い合いを眺める黒ローブの魔術師と寡黙な戦士は、顔を見合わせ、次いで溜息をついたのだった。





『ふむ、こんなにウジャウジャいるとは。これは思った以上に時間がかかりそうです』
『なぁに、案ずることはない。今回は陛下より“本気で戦ってよい”とお許しをいただいているからな』
『グオ……然り』
(腹減った)

 ……と、このように揉めはしたが、やる事は最初から決まっていた。騎士と巨人の口論を残りの二人が宥めた後、四人は揃って城門を通り、街の中へと入っていく。
 とはいえ、彼等の見た目と剣呑な雰囲気、物騒な会話は入った途端に衆目を集めるもの。
 いくら異形の者が集まるが故に偏見を持たない彼女等でも、この四人が歩く様は怪訝な顔、あるいはあからさまに警戒した表情で見る。だが、四人の放つ不気味な迫力に気圧され、誰も関わろうとはしなかったのである。

『おや、あそこに喫茶店がありますよ。観光するのも飽きてきましたし、しばらく座りましょうかね』

 三十分ほど歩いたところで、やがて彼等は休憩のためか、ちょうどそこにあった“悪趣味な店構えの”カフェテラスの椅子に座った。
 …もっとも、巨人の戦士だけはその図体のせいで店の中にすら入れないため、道路で仁王立ちするしかなかったのだが。

『しかしまぁ、ここまで何も無いというのも、それはそれでつまらないものですねぇ』
『何の不満がある? 騒がれぬ方がやりやすいだろう』
『グオオ……それにヤプールがまだ合流しておらぬ』
『まだ連絡が入らねぇな。Mキラーザウルスの調整にそんな手間取ってんのか?』

 本来なら彼を含めた五人でこのレスカティエに来るはずだったが、新型兵器の調整のために遅れていた。とはいえ、まだ作戦の決行時間前であり、待つ余裕はあるのだが。

『あれは精密機械ですからねぇ。戦場で手荒に使う分、毎日の点検や地道な調整作業が不可欠です』

 Mキラーザウルスは非常に精巧で強力な戦闘兵器だが、その分非常に繊細でもある。
 例えば操縦室のコンソール類や操縦桿に異常が生じれば、それだけでも操縦がやりづらく、あるいは出来なくなってしまうだろう。そうなればあの機械獣は最早何の役にも立たない鉄クズでしかない。
 そんな最悪の事態を避けるためにも、毎日の入念な点検が欠かせないのだ。
 
『ま、何にせよ……待たねばならぬという事だな』
『グオオ……然り』
『それはかまわねぇが……それにしてもハラが減ったぜ』

 機械獣の調整を優先し、待つ事自体はかまわない。しかしまずい事に、この巨人は腹を空かせつつあった。

『メシが食いてぇ……』

 そのあまりの巨体故に一人だけ座れず、道で立ったままの巨人の戦士は身を屈めて空腹を訴えるが、同僚三人は頭を振るばかりであった。

『グオオオオ……やめておけ。食あたりでも起こしたらどうする』

 極端な燃費の悪さを誇るこの巨人を平静に保つため、普段ならば彼が不満を言わぬ量の食物を与えるのだが、今回は場所が場所であるために寡黙な戦士は勧めなかった。なにせここは『魔界国家レスカティエ』――魔力が隅から隅まで充満するこの国では、そこらの食物にすら高濃度の魔力が含まれている。
 そして、これらは人間が食べれば高濃度の魔力により、問答無用で魔物やインキュバスへと変じてしまう。つまり、この国の食べ物を調達してそれを食す事ですらインキュバスとなってしまう危険があった。
 …もっとも、レスカティエは数ある魔界の中でも特に大気中の魔力濃度が高いため、それらの食物を食べるまでもなく実に簡単に魔物化してしまうのだが。
 とはいえ、インキュバスでもないこの巨人が平気で過ごしている事から分かるように、彼には化け物じみた消化力と魔力耐性があるのを三人は知っている。しかしそれでも、あえて自らを危険に晒すような真似は出来る限り避けるべきであるとも考えていた。

『それに俺達はこのレスカティエの金を持っていないぞ』

 そして何よりの問題点は、彼等がこのレスカティエで流通する貨幣を一銭たりとも持ち合わせていないという事だ。
 したがって、この巨人が如何に腹を空かせていようと、飲食店で食事をする事は基本的に不可能である。

『当然、我々の所の貨幣との両替は無理でしょうねぇ』

 とどめとばかりに、魔術師は冷酷な事実を突きつける。

『ギィ〜〜……陛下は略奪を禁じているから、そこら辺に押し入る事もできねぇ……』

 空腹だが、それを紛らわす事が出来ないのでうなだれる巨人の戦士。
 金は一銭も無い。だが、かと言ってそこらの商店に押し入って食糧を強奪するような真似も出来ない。
 エンペラ帝国軍の軍規では、略奪による物資の調達は基本的に禁じられている。そして、それは最高幹部たる彼等とて例外ではない。

『そもそも、出陣前にあれだけ食べておいて足りないというのが信じられませんよ。あなたの胃袋は一体どうなっているのですか?』

 腹が減ったという巨人の戦士に対し、疑問を投げかける魔術師。この巨人の戦士が一体どれだけの量の食事をしたのか知っているが故に、せいぜい二時間しか経っていない現在の時点で空腹を訴えるのが信じられなかった。

『グオオオオ……お前と一緒に籠城戦はしたくないな』
『まったくだ。お前と一緒なら食糧が即座に尽きてしまい、戦にならん』
『グローザムよ、あなたに限って言うならそれは問題ないかと』
『……』

 この鎧の騎士は脳味噌以外全て機械のため、最早まともな食事を取る事など出来ない。それ故、この貪食の巨人と籠城する事になろうがほとんど関係ない。
 その事実を魔術師に指摘され、彼は黙ってしまった。

『ギシシシシシシ!!』
『貴様、嗤うな!』

 偉そうに言っておきながら揚げ足を取られたのが面白かったのか、巨人がおかしそうに笑い出し、一方の騎士は激昂して立ち上がる。

『グハハハハ……!』
『フッフッフッフッフッフ!』

 残りの二人も釣られたのか笑い出す。

「ちょっと! そこにずっと座りたいのなら、早く料理を注文しておくれな!!」
『『『『ん?』』』』

 しかし、そんな四人の愉快なやり取りに水を差す怒声が響く。それを不快に思った四人が声のした方へ一斉に振り向くと、苛立った様子の少女が店の前で立っていた。
 上向きの二本の角と菫色の髪の毛、青緑色の瞳、非常に華奢な体躯に可愛くも小生意気そうな顔から、恐らくはインプであろう。ただし、一般的なイメージと違い、その顔には少なくない怒りが浮かんでいる。

「アンタ達困るよ! 料理を食べるわけでもないのに、いつまでも外の席を占領されちゃぁ、他のお客に迷惑じゃないか!」

 悪魔にあるまじき、所々に油汚れの付いた白いコックコートと短いコック帽という格好から、どうやら従業員らしい。そして恐らくはその夫が店主というところだろうか。

『何だと?』

 どう見ても非は彼等の方にある。にもかかわらず、卑しい魔物に怒鳴りつけられたという事実に鎧の騎士は腹を立て、このインプを睨みつけて威圧する。

「ひっ!?」

 その途端、インプは上ずった悲鳴をあげた。しかし、それは彼に睨まれたからではなく、『彼の下顎が動き、口内を見たから』であった。
 全身を覆う甲冑と同じく、その口の中もまた全て機械。肉など一片もなく、その多くが金属で、後は未知の素材で出来た部品で構成されている。
 このように、頭部ですら金属の塊であるこの男の体に、一体どれほどの肉や内蔵、骨が残っているのだろうか? 肉の交わりを愛する魔物娘にとって、最も忌避する体――彼女はこの鎧の騎士の口の動きを一目見ただけでそれを悟ってしまい、戦慄したのだ。
 
『まぁまぁ』

 一瞬ながら恐怖に支配されたインプをよそに、魔術師は逆上する騎士をなだめる。

『これは失礼いたしました。客でもない我々が席を占領するのは確かに非常識。さっさと出て行くとしましょうか』

 全身を漆黒のローブに包み、顔すらまともに見せぬ怪しい風貌ながらも、どうやら良識だけはあるらしい。金属の塊に恐怖した分、インプはこの魔術師のそんな柔和さに安堵したのだった。

『では諸君。休憩も十分取ったことですし、そろそろ行くとしましょう』 
『…チッ』
『グオ』
『おう』

 両隣の二人も魔術師に促されて立ち上がる。そして、元々立っていた巨人は足を慣らすかのようにその場で三、四度足踏みし、辺り一帯を揺らす。

(改めて見てみると、何かスゴいヤバそうな奴等だよ……何も起きなきゃいいんだけど……)

 彼等が背を向けたところで、インプは心中でその不安を露わにする。
 先述の通り、魔物娘は基本的に偏見は持たない。しかし、この四人の異様な風貌と剣呑な雰囲気に対しては言いようのない不安を覚えたのである。

『あぁ、そうそう。お詫びついでに耳寄りな情報をお一つ』
「え…?」

 去るかと思われた一行だが、魔術師は言い忘れた事があったらしく振り返る。

『もうすぐ天気が変わるみたいですよ。準備はしておいた方がよろしいかと』
「え…そうなの? 変だな、そんな感じはしないんだけど」

 インプは見上げるが、いつも通りの薄暗いの空のまま。暗くはあるが雨雲はなく、魔界的に言えば“快晴”である。

『いえいえ、天気というものは急に変わることもあります。
 例えば、さっきまで晴れていたにもかかわらず、今突然に雷が落ちることだってあるのですよ?』
「…!」

 その言葉に、インプはゾクリと震える。普通に語っているはずなのに、この悪寒は何なのか。

「おいおい、それを落とすのはお前なんだろう? なぁ、メフィラスさんよ」
『んん?』

 そんな剣呑なやり取りの最中、突如そう魔術師に声をかけたのは、蛇体を這いずらせて現れた一匹の蛇女。
 灰色の髪に加え、耳の後ろからはそれぞれ一匹の蛇を生やし、右目には黒い眼帯、露出度の高い扇情的な黒い上着によってさらされる蒼白い肌。そして何よりカラスヘビを思わせる黒紫色をした下半身の蛇尾が特徴的だが、それ以上に目立つのは全身より漂わせる歴戦の戦士を思わせる風格であった。

『さぁ、何の事やら』
「とぼけなさんな。まぁ、変装も無しに街の正面からやって来たのは褒めてやるがね」

 感心半分、呆れ半分といった感じの渇いた笑みを浮かべて語る蛇女。
 彼等の人相容姿は既に広く知れ渡っており、彼女もまたそれを知る一人。しかし不可解なのは、彼等自身もまたそれを理解しているであろうにもかかわらず、変装も無しに正面から堂々とやって来た事である。

『………………』
「デルエラ様不在の隙を突くのは目敏い……が、それでもレスカティエを甘く見過ぎたな。
 ここは元世界一の勇者産出国、それがそのまま魔物娘とインキュバスに変わっている。そして、それ以外の兵士の質も高い。
 例えあの御方がおらずとも、落とせるような国だと思うな!」
『……やれやれ、物事は計画通りにはいかないものです。上手くいったと思っていたのですがね……』

 蛇女の一喝を受けた魔術師メフィラスは、最早隠す気も無くなったらしい。

『ならば、もう大人しくしている必要もありますまい!
 …グローザム! デスレム! アークボガール!』

 敵地故に隠し通していた、余りにも邪悪でおぞましい魔力を、その全身より発散させる。

『もう!』
『やって!』

 一方、メフィラスの指示を受けるまでもなく、グローザムは【魔導激光剣(マジック・ビームソード)】を四本に分裂させた腕で抜き、デスレムは空中に描いた魔方陣より巨大なフットマンズ・フレイルを召喚していた。

『いるぜェェェェェェッッ!!!!』

 そしてアークボガールは地響きをあげながら蛇女の下へ肉薄し――

「!? うちの店がァ〜〜〜〜!?」

 なんとその怪力を誇る両腕で、先ほどまで過ごしていたカフェテラスを“建物丸ごと”引っこ抜いて持ち上げる。

『死ねやクソボケがァァ!!!!』

 さらには、そのまま話から置いていかれ、やり取りを眺めるしかなかったインプの絶叫をよそに、彼女の隣に立っていた蛇女目がけて振り下ろしたのである。

「うりゃあ!」

 しかし、迫る家屋を見ても蛇女はたじろがない。それどころか彼女もまた素早く愛用のハルバードを召喚、素早く握ると、そのまま魔力を帯びた刺突を家屋に繰り出す。

『ギィ!?』

 ハルバードの穂先が突き刺さった瞬間に生じた魔力の波によってカフェテラスは真っ二つとなり、中にいた従業員と客、及び家具その他を吐き出しながら崩壊した。
 しかし、それだけではまだ終わらない。散乱する瓦礫によって、下にいる自分が見えなくなったアークボガールの下っ腹目がけ、蛇女はハルバードの刃を叩きつけたのである。

「!? 斬れない!?」
『ギシシシシ……』

 だが、敵の方もさるもの。魔界鉄製のハルバードの刃はこの巨人の剥き出しの腹に命中しても斬れるどころか、逆にその分厚い腹肉によって取り込まれてしまう。

「と、取れん!」

 蛇女は懸命に引っ張るも、腹肉に挟まれたハルバードはビクともしなかった。

『ハッハァー!』
「うわ!?」

 そんな彼女の背後を狙い、四本の光刃で瓦礫を切り裂きながら、今度はグローザムが襲いかかる。

「…ナメんなよ!」
『ぬお!?』
『ぐげ!?』

 しかし、得物が無いから戦えぬということはない。蛇女は下半身の蛇体を目にも留まらぬ速さでグローザムの左脚に巻きつけて持ち上げ、そのままアークボガールの腹に叩きつける。

「うおっ!」
『グオオ!!』

 だが、今度はデスレムがフレイルを振りかぶり、それを察知した女は慌てて身を屈め、この必殺の一撃をかい潜る。そして、空振りした棘付き鉄球は彼女の肩を掠めて石畳の地面に激突・陥没させ、そのまま直径10mものクレーターを作り上げた。

「アタシとあいつの街を壊すなァ!」

 そう叫ぶ通り怒り心頭に発した女は、デスレムの頭へ蛇体を鞭のように叩きつけてよろけさせ、次いで恨みを晴らすかのように彼の全身に巻き付かせて締め付ける。

『グオオオオ……!』

 アナコンダやアミメニシキヘビ並の蛇体より繰り出される強力な巻き付き。しかし―― 

「こっ、こいつ!」
『グオオオオオオアアアアアア!!!!』

 その殺人的な拘束を、この3m近い巨漢は恐るべき怪力によって強引に振りほどく。そして、それに驚く間もなく蛇女は尾端を捕まれ、ジャイアントスイングで振り回される。
 そうして数十回近く高速で振り回したところでデスレムは手を放すと、蛇女はハンマー投げのハンマーのように勢い良く飛んで行く。

「うっ……うわああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 飛翔する魔物娘の勢いは止まらない。うず高く積もった瓦礫の山に突っ込んでそれらを跳ね飛ばし、さらにはその先にあったいくつもの家屋を貫いていった。

『グオ!』
『『『エクセレント!』』』

 邪魔な敵を投げ殺し、勝利のガッツポーズを取るデスレム。そして、そんな彼を讃えるようにメフィラス、グローザム、アークボガールの三人は拍手する。

「ま……まだまだ……」

 しかし、あれだけ瓦礫や家屋に衝突していながら、蛇女は生きていた。最後に突っ込み、崩壊させた民家の瓦礫から、血まみれになりながらも這い出てきたのである。

『……死んだかと思いましたが、存外しぶといですねぇ』

 喜びから一転、メフィラスは不快そうな様子で、蛇女が生きて這い出てきたのを眺める。

『デスレムよ。今度は蘇らぬよう、きっちりとトドメを刺してきなさい』
『おう』

 言われるまでもない。得物のフレイルを携えたデスレムは、今度こそ確実に殺すべく血まみれの魔物娘の下へと向かう。

「ま…まだまだ……元気イッパイだぜ……」

 一方、蛇女は虚勢を張るものの、誰が見ても分かるほどの重傷を負っていた。本人の意志と関係なくその体は震え、滴る血は充満する淫魔の魔力の中にさらに危険な匂いを混ぜていく。

『死に損ないが……』

 自らの前に立つデスレムへ、血まみれになりながらも尚張る虚勢は、滑稽を通り越して哀愁すら漂う。だがしかし、その当事者たるデスレムにとってみれば不快なだけだ。

『さっさと死ね!』

 殺したと思ったはずのゴミがまだこれだけ喋る元気があるというのは、彼にとっては許せない。その精液臭い口を直ちに封じるべく、デスレムは体を後方へとねじり上げ、全力のフルスイングを食らわせようとする。

「そこまでだよ」
『…グオ!?』 

 だが、いよいよこの女の最期かと思われたその時、突如現れた何者かが水を差す。

『なんだ貴様! 俺がこのカスを殺すのを邪魔する気か!』
「君達こそ、“私の娘”の街でこれ以上の狼藉は許されないよ」
『グオオオオ……何をわけの分からぬことを! 邪魔をするなら貴様から殺してやるわ!』

 邪魔をされてさらに怒ったデスレムは、振りかぶったフレイルを現れた男の頭目がけて叩きつける。

「危ないな」
『何!?』

 形ある物ならば何物をも破壊する鉄球が迫るが、男はいつのまにやら抜いていた青いロングソードで、これをあっさり受け止める。しかも男は右手だけ使っており、怪力を自負するデスレムはこれに驚愕したのだった。

『下郎がァ!』

 打撃は効かぬと見るや、デスレムは口より爆炎を吐き出そうとするが――

「とぅりゃぁ!」
『グァァァァァァ!!??』

 それよりも速く、青く輝く刃がこの巨漢に数十回もの斬撃を食らわせる。一撃一撃が信じられぬほどの鋭さと重さを誇るのに加え、その速さは圧倒的であり、膂力と防御に秀でる代わりに鈍重なデスレムには最悪の相性、どう足掻いても躱しようがなかったほどだった。

『グッ……オオ……ッ!』

 だがそれでも、この巨漢は倒れない。元々桁外れの耐久力を誇る肉体なのに加え、タングステン合金の一種たるインペライザー合金製の超硬鎧は、強烈な斬撃の嵐によるダメージをなんとか軽減していた。

『俺はエンペラ帝国七戮将、デスレム・ガミリアだッ!! これしきの攻撃では倒れぬわ……ッ!!』
「天晴!」

 あれだけの攻撃を食らっても尚、デスレムの闘志は衰えず、目の前の敵への怯れは微塵もない。レスカティエを荒らす悪漢なれど、その誇りと目の前の敵に対する気概は天晴なものだ。
 そんな彼への敬意を表し、男は必殺の一撃を見舞う。

「【ナイトブレイブ・ブレイク】!!!!」

 男はデスレムの胴へ水平に刃を叩きつけ、そのまま凄まじい出力の光属性の魔力を帯びた斬撃を発生させる。

『グアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』

 自身にとって最大の弱点たる光属性の魔力を大出力で流し込まれ、さしものデスレムも耐え切れず、苦悶の絶叫をあげた。

「そぅりゃぁ!!」

 そして、とどめの一撃として体表を真一文字に斬り裂く。

『ば……馬鹿な……き、貴様………一体………………』

 魔力に傷を付けられ、茫然自失となるデスレム。まさか己がここまであっさり敗れ去ろうとは思わなかった。

「エドワード・ニューヘイブン、元・勇者だ。
 今はデルエラの名代として、このレスカティエの留守を預かっている」
『! そ、そうか……娘がいなくなったと思ったら……今度は実家から親父が来て留守番というわけか……』

 エドワード・ニューヘイブン――最早その名で呼ばれなくなって久しい。今ではただ単に『魔王の夫』と呼ばれるだけだ。

『ケッ……五百歳近い娘に…未だ親が世話を焼いているとはな………情けねぇ父娘だぜ……』

 そう吐き捨てると、ついに意識を失ったデスレムは地に膝を突き、そのまま倒れ伏したのだった。

「大丈夫かい、メルセ?」
「……一応生きてますから、大丈夫と言うんでしょうかね。ただ、まだ一人倒しただけ。油断めされるな」
「あぁ、言われるまでもない」

 本来ならば血だらけで這いつくばるこのエキドナに肩を貸してやりたいところだが、まだそれは出来ない。なにせ倒したのはまだ一人だけ、後三人残っている。
 そして、それを解っているからこそ、メルセもこれ以上この男へ助けを求めなかった。

『……う〜む、さすがに甘すぎましたか。デルエラがいないのを見計らってやって来てみれば、まさかその父親が留守を預かっているとは。
 あのリリムさえいなければ、後はウィルマリナなりミミルなりといった多少有名なだけの雑魚が残るばかりだと思っていたのに、残念です』

 至極残念そうに唸るメフィラス。しかし、その態度には仲間が倒された事に対する怒りや後悔などは見られなかった。

「悪い事は言わん。この男を連れて、さっさと自分の国へと帰るがいい」

 これ以上事を荒立てるのを望まず、エンペラ帝国の悪漢どもへ帰還勧告をするエドワード。
 倒しはしたが、殺したわけではない。気を失っただけでデスレムは生存しており、迅速かつ適切な治療をすればインキュバスにもならないだろう。それが争いを好まぬ慈悲深い彼の最大の譲歩案だった。

『それは出来ませんねぇ』

 しかし当然、それを彼等が聞き入れるはずもない。

『我々は崇高なボランティア精神に基づき、このレスカティエを“掃除”しに参りました。それなのに、まだ何のゴミも片付けていないのに帰るなんて真似をすれば、陛下にお仕置きされてしまいます』
「ゴミ、ねぇ…」

 広範囲に渡って散乱する大量の瓦礫をちらりと見やるエドワード。ゴミ掃除に参ったと言っておきながら、そのゴミを撒き散らしては本末転倒である。

「かえってゴミを増やしているが、それについてはどう説明するつもりかな?」
『ギシシシシシシ、それもそうだな! これは一本取られたぜ!』

 アークボガールはおかしそうに笑い出し、自らの頭を手でポンと叩く。

『な〜に、それも綺麗にしてやるから心配すんなや!』
『魔物(生ゴミ)、奇怪な建物(粗大ゴミ)、澱んだ空気(スモッグ)! 俺達の手から離れて五百年、魔物の手に堕ちてより三百年! 積もりに積もって、このレスカティエはゴミだらけだ!
 かつて栄華を謳歌したレスカティエだが、今やその面影は何処にもない! 実に哀れ! 実に嘆かわしい事だ!』
『そして、皇帝陛下もそれを嘆かれました。だから、我々にレスカティエを掃除をするよう命じられたのです』
「フン…」

 とんだ大義名分もあったものだと、エドワードは眉を顰める。このように力説してはいるが、ようするに侵略行為を正当化するための、自らに都合の良い暴論を彼等は押し通そうとしているに過ぎない。

「そして、君らのお仲間が世界中の親魔物領に攻め込み、虐殺や破壊をやらかしているのもその一環ってわけか」
『そう、今や世界は大量の“魔物娘(ゴミ)”に覆われ、人類はそれに押し潰されるのを待つばかり。
 我々はそれらを処分し、美しい世界を取り戻すべく、日夜精力的に働いているというわけですよ』
「………………」

 奴等の言い分には反吐が出そうだった。
 数限りない生命を奪っておきながら、それでいて何の罪の意識も、良心の呵責もない。挙句の果てにはそれに酔いしれているようにすら聞こえる。いや、そう思わないとやっていられないのかもしれないが、それはあくまで人間に関しての話で、魔物に対しては違う。
 彼等にとって、魔物とは虫ケラにも劣る存在だ。邪悪で残忍で、その愚かさは留まるところを知らない。
 人間のために、自らのために、そんな生き物は一匹残らず根絶やしにせねばならず、そしてそれを殺す自分達は英雄なのだ。

『ご理解いただけましたか?』
「上手い言い方もあったものだ。いや、そうでないと大義名分なんてものは作れないのだろうがね」
『……悲しいですねぇ、我等の活動をそこらの身の程知らずの三流国家と同じ、侵略行為か何かだと思われているようだ』

 これだけ懇切丁寧に説明したにもかかわらず、勇者エドワードは結局彼等の“善意”を理解しようとしなかった。それにメフィラスは悲しみを覚えたのだった。

「違うのかい?」
『“侵略”?…馬鹿らしい。このレスカティエに最早そんな価値はありませんからねぇ』
「………………」

 征服する価値はない、メフィラスはそう吐き捨てる。それは一応喜ばしい事なのだろうが、この魔術師の言い方は一々癪に障るためか、エドワードは素直に喜べなかった。

『はっきり言って、我々…いや全ての人間にとって、魔界は瘴気を放つ毒沼と同じなんですよ。
 淫魔の魔力によって汚染された土地、水、食物、空気……それらを取り込んでしまえば、最早人間が人間のままで暮らすことは出来ません。そんな物で溢れる土地を我々が欲しがるとでも? 全ての魔界の土地と資源、そして魔物そのものは、我々にとって無価値なのです』

 最早昔とは事情が違う。エンペラ帝国はかつては全世界の支配を目論んでいたが、今では魔界という汚染された土地が激増してしまった。
 “人間のままで”利用出来ないそれらの土地と資源は、彼等にとっては役立たずのクズ同然であり、征服し占領する手間に見合わないのである。

『何より、陛下はこう仰られたのです――『もういらぬ』、とね』
「…!!!!」

 その言葉を聞き、エドワードは戦慄する。

『ようするに『レスカティエで生きとし生けるもの全てを殺し、何もかも破壊してその地の全てを更地にしてかまわぬ』……と陛下は仰せなのです。この国の何もかも全てが無用の長物、最早存在することすら許されぬというわけですねぇ』

 勇者とは逆に、嬉々とした様子で語るメフィラス。
 彼等がやって来た理由は、侵略よりももっと恐ろしい“大量虐殺(ジェノサイド)”。さらには土地の全てを破壊し、このレスカティエを生き物の住めぬ地へと変える事だった。

「なるほど……掃除をやたら強調していたのはそういう事か。レスカティエの土地も資源も利用出来ぬ以上は奪っても仕方ない。ならば住民を皆殺しにし、全ての施設や住居を破壊し、いっそ生き物の住めぬ土地に変えてしまった方が君等には都合が良いというわけだ」
『ご明察です!』

 またも嬉しそうな様子で答えるメフィラス。

「その度胸は買おう。だが……」

 一方、あまりの物言いに怒りが頂点に達していたエドワード。その苛立ちを晴らさんとばかりに、全身から闘気を噴き出させる。

「僕を相手にそんな真似が出来ると?」
『案外、出来るかと思いますよ?』

 自信ありげに答えるメフィラス、グローザム、アークボガールもまた、全身から濃密な殺気を放つ。

「仲間が一人やられた割には強気じゃないか」
『デスレム、いつまで寝ているつもりだ! さっさと起きろ!』

 勇者の隣で倒れているデスレムを、グローザムは怒鳴りつける。

「やめておけ、無意味だ。殺すつもりこそないが、この男が完全に動けなくなるだけの魔力は流し込んでいる」
『グオオオオ……』
「!?」

 しかし、あれだけの攻撃を受けたにもかかわらず、デスレムはグローザムの呼びかけに応じてむくりと起き上がる。

『お目覚めですか。どうです、調子は?』
『グオオ……あの攻撃は効いたぜ。しばらく起きれなかった』
「馬鹿な……!」

 デスレムが起き上がり、驚愕するエドワード。流した魔力を加減はしたが、それはあくまで絶命させぬ程度。とてもこれだけの短時間で回復出来るような魔力量ではなかった。

『貴方が人間でないように、私達もまた人間ではないんですよ。まぁ、魔物でもありませんがね』
「なるほど、納得だ……」

 インキュバスであるエドワードと違い、彼等はこのレスカティエの大気に含まれる濃密な魔力の影響を受けるはず。にもかかわらず、彼等が影響を受けていた様子はまるでなかった。
 確かに各人が人間離れした見た目をしているが、その本質はあくまで人間であるとエドワードは思っていた。だが、メフィラスの言う通りどうやら違うようだ。魔王の夫の攻撃を受けて倒されておきながら、この短時間で復帰出来るような人間がいるはずがない。

「だが、それでも僕相手に勝てるという根拠にはならないと思うがね」
『確かに、貴方は魔王の夫。さらに、噂ではその実力は妻と“同等以上”とか』
「照れるね」

 エドワードの恐るべき実力は、なんと妻を凌ぐという噂すらある。当然、デルエラですら彼にとっては子供扱い出来るレベルである。

『まぁ、そんな者相手に正攻法で戦う必要も無いのですがね』
「何だって?」

 メフィラスがそう呟いた瞬間、彼とグローザム、デスレム、アークボガールの姿がエドワードの眼前より消え失せる。

「むっ、どこだ!?」

 不意を突かれ、慌てるエドワード。厄介な事に連中は魔力の痕跡を残しておらず、彼ほどの実力者ですら探すのは骨だった。

「! 散開して、別々の場所で暴れているのか!」

 そして、間髪をいれずに起きる大災害。
 レスカティエ東部では全てを蒸発させる無数の稲妻が、北部では全てを凍りつかせる大寒波が、南部では空からも地面からも燃え盛る火球が、西部では全てを押し潰す重力異常が起き始めたのだ。

「ウィルマリナ! ミミル! プリメーラ! 今宵! 奴等を鎮圧しろ!」

 自分一人では時間がかかると判断したエドワードは、レスカティエ城の精鋭達へモバイルクリスタルを使って即座に命令を下す。

「僕はメフィラスを…」
『いや、貴様の相手は私がしよう』
「!」

 思索する中、背後より声が響く。即座に剣を抜いたエドワードは振り返り、そして天より降りかかる極太の光線を切り裂いた。

「そういえば、さっきは四人だけだったな。つまり、君はいなかった五人目か」
『そう、私が七戮将ヤプール・ユーキラーズだ!』
『ギャオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――!!!!』

 エドワードの上空より、異次元の穴を通って現れたのは最後の七戮将ヤプール、そして彼の搭乗するMキラーザウルスだった。

「これは驚いた。鉄クズが空を飛べるとはね」
『そして、その鉄クズに貴様は殺されるのだ!』

 皮肉を飛ばすエドワードに、この鋼鉄の機械獣は容赦なく全身の武装を展開・発射し、砲弾・ミサイル・光線の嵐を見舞ったのである。










 ――ダークネスフィア――

「ッ――――……ク、フフ、フフフフ!」

 それは拍子抜けと言ってもいい。そこそこ強烈ではあったが、別段怪我を負うようなものではなかった。
 もったいぶった割にはつまらない攻撃を繰り出したエンペラをバーバラは嗤うが…

「――――ッガ!?」

 その途中で何故か“二発目”の衝撃がバーバラの腹に起きる。さらには続けて三発、四発と自らの腹に衝撃が叩きこまれ、バーバラは嗤うどころではなくなった。

「ギ!? ガッ……!?」

 件のエンペラは既に拳を離し、用は済んだとばかりに真下の地面へと既に着地していた。そこで腕組みをして、ドラゴンの腹へ衝撃が次々に叩きこまれるのを不敵な笑みを浮かべて見上げている。
 そんな態度に加え、バーバラから見てもあの一撃以降彼は一切行動しておらず、それ故にこの衝撃の連鎖が不可解だった。そして、そんな彼女の疑問をよそに、内部で炸裂する衝撃波は段々と大きく、さらには一発ごとに僅かだが体のより中心へと位置をずらしていく。

『そろそろ終わりにするか、竜王よ。貴様とじゃれ合うのもいい加減飽きてきたのでな』
「ッ……!」

 次々と炸裂する衝撃がより大きく、より中心へとずれていくにつれ、段々とバーバラの巨躯は空中へと押し上げられていく。そして、その状況より彼女が逃れようともがくのをよそに、落胆と失望に満ちた顔、実につまらなそうな声で、皇帝はもがくドラゴンにそう告げる。

『とはいえ、案ずることはない。貴様の運命は既に決まっている』
「ガ…?」

 だが、皇帝の言葉の意図はバーバラには正確に伝わっていなかった。何故なら次々と叩き込まれる衝撃のダメージによって彼女の意識は次第に混濁しつつあったのだ。

『ん、聞こえておらぬか?……まぁいい、それでも一応言っておこう』

 バーバラの意識が遠のきつつのあるのに気づいたエンペラの顔には落胆と失望に満ちた表情より一転、再び残忍で、そして陰惨な笑みが浮かぶ。それはまるで前言通り、バーバラの運命をそのまま表しているかのように。

『“死”だ』

 実に分かりきった、何のひねりもないつまらない事実。しかしそれでも、皇帝は前述の表情を崩さず、愉しそうに語る。

『つまらぬ殺し合いは終わった。
 ……だが、余に刃向かった上、期待に反して大して強くもなかった貴様に名誉ある最期を遂げさせるのも馬鹿らしいし、何より面白くない。
 …もっとも、貴様の名誉を尊重してやったところで、果たして余に感謝の一つも覚えるのかは疑問であるがな』

 仮に人間の戦士相手ならば、エンペラ一世は出来る限り敵の名誉を尊重するだろう。しかし魔物相手ならばそんな配慮など一切行わず、また必要ないとも考えていた。
 だがもちろん、この不遜なドラゴンには死を与える事には変わりない。それも彼の気が晴れるような凄惨なやり方で、だ。

『ならば貴様の死に方は一つ――――余に“処刑”されるのみ!!』

 死闘の末の名誉ある敗北、崇高なる最期など、このドラゴンには無用。皇帝が彼女に与えるのは残酷で凄惨、無慈悲、そして一方的で理不尽な死だ。

『貴様は一切反撃も出来ずに命の灯火が消えるまで切り刻まれ、その間に己の愚かさを悔い、己の無力さを呪いながら余に虐殺されるのだ!!』

 そんな非業の最期を与えるべく、皇帝は左手の指で未だ高く高く浮かび続けるバーバラを指差し、宣告する。

「ガ……ガッ……!」

 超広範囲に広がる凄まじい衝撃波を放つ【エンペラインパクト】――そして、それを超圧縮してより対物破壊に特化したのがこの【ナックルボンバー】である。
 残念ながら圧縮した分、対象物に拳を当てねば発動出来ぬほど有効範囲は狭まってしまったが、その欠点を補うほどに破壊力が増している。
 周囲数百mを跡形もなく破壊する衝撃が有効範囲一体分にまで圧縮されただけあり、その威力は凄まじい。九十発目の衝撃が炸裂したところで、バーバラはついに口から大量の吐瀉物を吐き出し、ようやく塞がっていた全身の傷からは再び血が流れ出す。

『ほほう、九十発でもその程度か』

 さらにこの技の要諦は、そのさらに高まった威力の衝撃波が“一度に炸裂しない”。あまりに威力が高すぎるが故に放った“特大”の衝撃波が一度にエネルギー全てを使い切れず、結果数十個の“大”衝撃に分散する。そうして分散したそれらが時間差で発動、次々と対象へと叩き込まれるのだが、一撃ごとにその衝撃はより肉体の中心部へと近づいていく。
 そして、その結果どうなるか?――衝撃が対象物の中心部までやがて浸透、耐え切れなくなり、やがては圧壊してしまうのだ。

『この様子なら、百発目でも死なぬかな?』

 ちなみに皇帝がバーバラに叩き込んだ衝撃は百発分。それを九十発まで耐えた彼女にエンペラは感心するが、その顔に浮かぶのは先ほど同様の陰惨な笑みだった。
 この男の現在の関心事は、ただこの巨竜が百連発の衝撃砲に耐えられるかどうか。死ぬならそれで良し、死なないならまた愉しみが増えるだけだ。

「ガ……ガ…――――――」
『おっと』

 そして九十発以降も容赦なく衝撃砲は弾け続けたところで、エンペラは来たる最期に備えて全身を魔力の瀑流で覆い――

「――――――ゲッブァアァ!!!!」

 同時に百発目の衝撃をくらったこの巨竜はついに断末魔の如き悲鳴を上げると、血反吐を口から滝のごとく大量に吐き出す。次いで全身から『ボン!』という音を響かせ、再び開いた多数の傷から鮮血の豪雨を燃え盛る大地へと降らせたのである。

『フッ、汚い花火だ!』

 その様を見て哄笑する皇帝。かつて皇帝はジパングの都で花火を見物したことがあったのだが、その時に見た花火と、巨竜の体から鮮血が弾ける様はどこか似ていたのだ。
 そして、エンペラにも大量の血が降り注ぐが、噴き出す魔力によって全て弾かれ、灼熱の大地の上に撒き散らされ、やがてはそれも高熱によって陽炎を伴いながら蒸発していった。

『……ん、まだ生きている』

 しかし、それでもこの巨竜は息絶えていなかった。だが、それはさらなる地獄が続くのを意味していた。

『なら、次はあれでいくか』

 エンペラ一世の姿が消えると、今度はさっきとは逆にバーバラの遥か上、高度4000mほど上空へと現れ、その全身よりさらなる魔力を放出する。

『“生は死に帰結し、死は生の糧となる。汝、古き星を壊す者にして、新しき星を産む者なり”』

 次いで、皇帝が詠唱と共に右手を掲げると、掌より大出力の魔力が放出され、やがては直径1km近い巨大な魔力球となった。

『“そして、汝は混沌を振り払う者にして、混沌を産む者なり”』

 だが、途轍もなく大きく膨らんでいったそれは、ピークを過ぎたのか段々と萎んでいき、ついには掌大の大きさへと見る影も無く縮んでしまう。

『“汝、我が敵を喰らう者にして――”』

 制御出来ずに暴走しかねないほどの巨大だった魔力が結局掌大にまで縮んでしまったことに、大抵の者は拍子抜けし、あるいは嗤うだろう。しかし、それは表面的な事しか見えていない、愚か者の言い草である。

『“我が敵を呑み込む者なり”』

 見た目では分からないが、実は魔力の総量自体は減っていない。むしろ、あれだけの魔力の塊をここまで圧縮しているため、こちらの方が遥かに危険なのは言うまでもないだろう。

『さぁ、汝の力を見せよ――【プラネット・デストロイヤー】!!』

 そうして出来上がったこの赤黒き光球は、その名の通り星をも引き裂き喰らい尽くし、やがては塵へと変える。皇帝の奥義の一つにして、直撃すれば神ですら滅ぼしうる一撃である。

『余の奥義にして、“この世における最強の一撃”。それをその身に受ける名誉を噛み締め、感謝して逝くがいい!』

 そして、地に伏せる血だらけの巨竜へ、エンペラ一世はその破星の一撃を投げ落としたのである。
15/12/24 00:27更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:エンペラ一世 そのA

年齢:計測不能
身長:192cm
体重:175kg
肩書:エンペラ帝国皇帝
   九代目救世主
異名:暗黒の支配者
   破壊と殺戮の化身
   人を統べる者
   邪悪なる戦火の申し子
   最凶生命体
   無敵なる者
   …他多数
技:レゾリューム・レイ
  エンペラインパクト
  レゾリューム・クロスライン
  ダークネス・フィンガーブリッツ
  ブラックネビュラ
  エンペラインパクト・ナックルボンバー
  ダークネスディザスター
  インビジブルレイザー
  ヴァリアブル・スライサー
  プラネット・デストロイヤー
  スーパーノヴァ
  …他多数

 ゼットン青年のクローンを用いた復活の儀式により甦った、エンペラ帝国の支配者。魔物娘によって大きく侵食されたこの世界を救うべく、彼女等の絶滅及び魔王とその親族の抹殺を目論む。
 かつて先代魔王をも圧倒したその強さは健在どころか、さらにパワーアップしている。何者をも圧倒する次元違いの魔力量に加え、人類の限界を超えた凄まじい身体能力と、あらゆる格闘術・武器術・その他の武術を極めた、人類最高峰の戦闘技術を誇り、これらに対抗出来る者は現状では魔王やその夫、あるいは神のみである。
 戦闘ではその卓越した戦いの才能によってその場を支配し、嬲り殺すのを好む。ただし、それはあくまで少しでもその戦いを愉しむためであって、本心は強敵との戦いを望んでいる。また、敵が気づいていない弱点をわざわざ指摘したり、あえて武器を使わずに素手で戦ってやるなどサービス精神に富む。
 性格は皇帝らしく尊大で傲慢、だが社交的で親しみやすい所もあった。また元は農民らしく俗っぽい面もあったが、それ以上に“仕事中毒”であった。日夜政治と軍事へ精力的に励み、遊びもせず、酒も飲まず、娶った女は生涯一人だけという有様で、この地位の人間には稀なほど倹約家だった。
 美しく気立てが良い妻が一人いたが、死別している。皇帝は彼女をとても愛しており、群臣達が何度勧めてもついに後妻を娶らなかったほどである。また、晩年は彼女を懐かしみ、絵描きを募っていくつか肖像画を描かせたものの、それらは帝国崩壊のどさくさに紛れて紛失し、現存する物は少ないが、その内の一つは現魔王が所持している。

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