連載小説
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邪智暴虐の宇宙恐竜 災厄の戦士達
 ――レスカティエ――

 レスカティエの実質的な主であるデルエラも時折国を離れ、留守にする事がある。とはいえ、彼女がいなくとも魔物娘達の日々の営みは別に変わらない。常に夫と仲睦まじく寄り添い、交わる事に変化などないのだ。
 しかし、この国は元々神の御下、敬虔なる神の信徒達の王国。それを奪い去り、その住民達がそのまま魔物へと変じたという事情から、常に不可侵を保っていたわけではない。
 これまでの経緯から当然、教団はその雪辱を果たそうと、そして他の教団圏国家はレスカティエの二の舞を演じまいと、これまで幾度も軍勢を率いて攻め入って来たのである。
 だがしかし、幸か不幸か成功した試しはない。勇者を擁していても尚、魔王軍との間には隔絶した実力差があったのだ。
 無謀にもレスカティエに攻め込んだ者は、デルエラとその配下達の圧倒的な力により皆返り討ちにあい、魔物やインキュバスへともれなく変えられていった。
 けれども、それでも教団は諦めず、戦力が整う度にレスカティエへ軍勢を送り込む。だが、結果はいつも同じだった。
 このように絶望的、あるいは無駄な試みを数度行なったところで、ついに教団もこれ以上の意地は張るに値しないと悟った。これまでの執着が嘘のように、連中はレスカティエよりあっさり手を引いたのである。
 こうして事実上の不可侵を勝ち取ったこの国は、デルエラの下ますますの繁栄を遂げる。きらびやかな中央部の栄華の陰で貧困に喘ぐ多数の貧民街との格差は是正され、国民は等しく繁栄に与り、飢えに苦しむ者は消えた。魔物への第一の防波堤だったレスカティエは、皮肉にも魔物に支配される事により、その諸問題を解決に導いたのである。
 そして、そんな繁栄の時代が続いてより既に三百年余り。魔物と化した人々は平和と繁栄を謳歌し、今日もまた淫らで幸せな一日が始まる――










『フッフッフッフッ!!!!』
『ハァーッハッハッハ!!!!』
『ギシシシシシシシシ!!!!』
『グハハハハ……!!』
『わはははは……!!』
『ギャオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!』

 ――はずだった。

『怖がることはない』

 人知を超えた速度で振るわれる四本の熱光刃。そして何物をも凍てつかせる極地の無情なる冷風が、レスカティエ北部で吹き荒ぶ。

『首を刎ねるのも……凍りつくのも……一瞬で終わる!!』

 エンペラ帝国軍七戮将・氷刃軍団長
 “氷原の処刑人”グローザム・ヴァルキオ

『ギィ〜〜シシシシシシシシッ!!』

 西部ではこの世で唯一、重力の軛より逃れた巨体が縦横無尽に飛び回る。
 一方、彼以外の全ての物質は自らの重さに耐え切れなくなり、次々に跪き、やがては崩壊していった。

『さぁ、跪け!!!!』

 エンペラ帝国軍七戮将・貪婪軍団長
 “重力の支配者”アークボガール・ディオーニド

『グオオオオオオオオ!!!!』

 南部では紅く染まる空より無数の燃え盛る流星が飛来し、さらには大地の至る所で火炎やマグマが噴き出し、万物を悉く焼き尽くす。

『父なる天よ! 母なる大地よ! 我が敵に過酷なる裁きを与え給え!!』 

 エンペラ帝国軍七戮将・爆炎軍団長
 “爆炎の喧嘩王”デスレム・ガミリア

『フッフッフッフッフッフ!!!! 御機嫌よう……品性下劣にして愚昧なる、レスカティエ国民の皆さん!!
 では早速ですが、私に見せていただきたい……』

 東部では突如空を覆い尽くした雷雲より、数千発もの稲妻が降り注ぐ。
 それらは当たるもの全てを打ち滅ぼし、その光景は容赦なき天の怒りを思わせた。

『貴方達の絶望しきった表情、そして哀れにして無惨なる死に様を!!』

 エンペラ帝国軍七戮将筆頭・雷電軍団長
 “悪意の稲妻”メフィラス・マイラクリオン

『ようこそ勇者殿…』

 そして中央部では、魔王の夫たる元勇者エドワード・ニューヘイブンが、あらゆる法則が目まぐるしく変化する異次元空間に包囲されていた。

『“ヤプールの世界”へ!』

 エンペラ帝国軍七戮将・超獣軍団長
 “不滅なる異次元空間”ヤプール・ユーキラーズ

「…このッ」

 足止めをくらい、エドワードは大いに苛立つ。しかし、そんな事情にもお構いなく、鋼鉄の機械獣は異次元を経由し、あらゆる角度より熾烈にして理不尽極まる攻撃を繰り出してくるのであった。










 ――王魔界・魔王城、ガラテアの部屋――

 ベッドに寝かされていた男だが、やがて意識を取り戻す。

「……っ」

 頭が割れんばかりの激痛に耐え切れず、気を失ったゼットン青年。だが、すぐに義理の母の適切な治療を受ける事で、それ以上の事態の悪化は避けられた。
 そして、夫の身を案じたガラテアによって彼女の部屋に運び込まれ、寝かされていたのだ。

「……情けねぇな」

 起き上がって早々、額に右手を当て、ゼットンは悲しげに、さらには落胆した様子で呟く。

「あんなにのたうち回るなんてよぉ……」

 彼は大いに恥じていた。この男は見栄っ張りで、さらにはプライドが高い。
 事情としてはやむを得ないものとはいえ、それでもあんな醜態は妻の前では見せたくはなかった。

「は〜…」

 頭痛は治まってはいたが、倒れる前を思い出してしまって気分は良くない。そこで、せめて一時でもそれを忘れようと、ゼットン青年は再び枕へと頭を乗せる。

「ん?」

 しかし、寝ようと思ったのも束の間、枕の感触に違和感を覚える。こんなに肉々しく弾力があり、さらにはやたらねっとりと湿っていただろうか?

「んん?」

 仰向けになっていた自身の体をひっくり返す。すると、目の前にあったのは枕でなく、露わになった女の豊満な下半身――それも濡れそぼり、なんとも鼻孔をくすぐる淫臭を漂わせる“女陰”である。

「またか…」

 後頭部に大量に塗りつけられた愛液を手で拭いつつ、ゼットン青年は呆れとも諦めともつかぬ溜息をつくと、ベッドより布団を引っぺがす。

「王女さんよ。添い寝は嬉しいが、向きが逆だぜ」

 そこにいたのは、夫とは反対向きに寝ていたガラテアであった。

「んっ……おはよう♥」

 部屋の灯りに照らされ、すぐにリリムも目を覚ます。彼女は上半身を起き上がらせて夫の方を向き、さらにはその露わになった豊満な乳房を弾ませる。

「体の方はもう良さそうね」
「…そっちもな」

 見れば、ガラテア同様己も全裸。そんな自分が寝ている間、魔物娘である妻が何をしていたかは大体想像がつく。
 そして、微笑む妻の口がどこか精液臭いのもまた、彼の予想をさらにはっきりとしたものにする。

「あら、裸になった夫婦がする事なんて一つしかないでしょう?」

 笑顔のまま、悪びれずに答えるガラテア。もっとも、それをゼットンも責める気はないが。

「何をしたのか、あえて聞いておく」
「初めは気を失った貴方をお風呂に入れて体を洗った後、つい体が疼いちゃって騎乗位で三回。
 で、一応そこまでにしておいて寝かせておこうと思ったんだけど…」
「だけど?」
「面白くなかったのよ。風呂場で貴方を犯した時、一応勃起もしたし、射精もした。でも、それ以外の反応は全く無かった。
 魔物娘にとって、犯している時に何の反応も無いって悔しいのよ? 貴方も女の子を犯した時、マグロだと腹が立つでしょ?」
「いや、失神している相手にそれは無茶だろ…」

 先ほどの性交を思い出し、少々怒った様子で口を尖らせるガラテア。一方、リリムの無茶な言い草に閉口するゼットン。
 ガラテアは今まで口にこそ出さなかったが、ゼットン青年が囲う女の中では自分が一番夫を満足させられると考えていた。
 しかし、気を失っていたとはいえ、彼はその肉竿をガラテアの極上の膣に突っ込んでいても尚、勃起と射精以外何の反応も示さなかった。それがこのリリムの癇に障ったのだ。
 とはいえ、この青年にとっては向こうが勝手に犯してきた挙句、いきなり怒り出されたのだから気の毒な話である。

「だから、三回戦をいたした後、俺をベッドに運んでシックスナインに持ち込んだっつーわけだな?」
「さすがは我が夫。理解が早くて助かるわ♥」

 何をしたのか言い当てられ、ガラテアは再び微笑むと、満足気に何度も頷く。

「でも、気絶してる相手にシックスナインは良くないと思うぜ」

 ガラテアの口が精液臭いことから、ゼットンは一応射精には至ったようである。ただし、気を失っている以上、さすがに口は動かせないため、頭の方には無理矢理女性器を押し付けただけにすぎない。
 そのため、彼女の下半身の方は出来の悪い自慰程度の快楽しか得る事が出来なかったようだ。
 そして傍迷惑な事に、その効率の悪さに業を煮やしたガラテアは前戯の途中で諦め、そのまま不貞腐れて寝てしまったらしい。
 だから、お互い逆方向に寝ており、そのせいでリリムの女陰が彼の枕と化していたのである。

「ただ騎乗位で犯すだけでは芸が無いでしょう? 意地でも気持ち良さの余り目覚めさせたかったのよ。
 そして、そのまま私を獣の如く犯し尽くすならば尚の事良かったわね」
「でも、起きる気配は微塵も無いってわけだ」
「…厳密に言えば、起こす方法はいくらでもあるのよ?」

 今度は凄みのある表情で、ガラテアは夫に告げる。

「でもね、魔物娘が夫にそんな真似をするわけないじゃない」

 もしやろうと思えば、魔術的及び暴力的手段に訴え出る事も出来るが、するはずもない。
 手段としては下も下、夫の心を自分から離すような真似など魔物娘はしない。

「そうでもないさ。性行為じゃ起きないと知ったら、クレアは多分関節技を俺にかけたし、ミレーユだったら普通に引っ叩いてくる。麗羅は俺を火で炙るかもしれないし、ミカは俺に堕落神印の謎の薬品をこれでもかというぐらい飲ますだろうな」
「………………」

 とはいえ、ゼットンには別段そんな出来事は珍しくないらしい。彼が暴力的な妻達との殺伐とした時間を思い出し、遠い目で語るその姿には何処か哀愁が漂う。
 そして、ガラテアはあえてそうしない自らの優しさを訴えたが、それでも残念ながら夫を信じさせるには至らなかったようである。

「ま、みんな可愛いから、俺は笑って許すけど」

 もっとも、そんな真似をされても、ゼットンは妻達を許す。
 『可愛いは正義』というか、本来なら釣り合わないはずの美女達が多少舐めた真似を自らにしてきても、不思議と許してしまうのである。

「それは愛してるから?」
「そうだね」
「私のことも愛してる?」

 妖艶でどこか達観しているのがリリムという生き物。だが、今のガラテアはそれらしくない、少し自信なさ気な様子で夫に尋ねる。

「今は愛してるし、そんでこれからも愛してると思う。お前さんがリリムであることを抜きにしても、な」

 リリムの問いに対し青年は、ベッドに寝転びキザったく振る舞いつつも、素直に本音を答える。
 彼女に対しては他の女達と変わらぬ愛と情を感じており、そしてそれはこれからも永遠に失われる事が無いと、根拠は無いが確信していた。

「私も貴方が好きよ」
「ハハッ、ダメ男好きだと心底苦労するぜ?」
「違うわ。ダメ男が好きなんじゃなくて、好きになった男がダメ男だったんだもの」
「なるほど、どっちにしろ不幸だ」
「いいえ、幸せよ。貴方と一緒にいるのは楽しいもの。
 そして、貴方と暮らしている子達も皆同じ気持ちでしょうね」

 そう言って、微笑むガラテア。一方、そこまで澱みない言葉と態度を取られると面映ゆいせいか、ゼットン青年はそっぽを向いてしまう。

「だから、私は後悔してないわ。そして、今日もまたそう思わせたいなら私の体に刻みつけて頂戴♥」

 そんな夫の態度に苦笑しつつも、艶っぽく彼の耳に囁くガラテア。
 そして、そう決断したリリムの行動は迅速であり、ベッドに寝そべるゼットンの股座に跨がると、早速自らの濡れそぼった秘裂を彼の逸物に擦りつけ始める。

「あぁ、ズルい…」

 リリムの振る舞いに青年は嘆息する。匂い立つ愛しい穴にそんな真似をされれば、彼の逸物はたちどころに硬さを増し、たちまち剛槍と化してしまうからだ。

「良いじゃない、ズルくたって。こんなにキモチいいこと、他にはないんだから♥
 …さぁ、私の愛しい旦那様。今日もまたこの硬くて大きくて熱いので、私の中をメチャメチャにして、気の済むまで狂わせて頂戴♥」

 腰の上に跨がって全身の芳香を夫の方へ向けるようにその白い翼を羽ばたかせ、甘い声でねだるリリムを見たゼットン青年は、一瞬でその気になってしまう。
 即座にガラテアの腰を掴むと、そのいきり立った肉竿を彼女の熱く、蕩けるような膣に突き入れたのだ。

「うぅ!」

 この世のものとは思えぬ快楽に一瞬呻き声をあげてしまう青年。
 肉厚にして極めて柔軟、かつ程良くぬめり、さらにはミミズのような襞が彼の陰茎をそこら中から刺激し、さらにはリリムの意思によって最高の快楽を与えるように蠢くのだ。
 魔物娘慣れした彼でも、このように毎度毎度最初の刺激には耐えかねる。

「ウフフ……」

 こうなればしめたもの、とでも言わんばかりに妖艶な笑みを浮かべるガラテア。夫はかっこつけで、だらだらとした前置きを好むが、そんなものは彼女を含めた妻達には不要なものだ。
 何故なら夫はそんなものが無くとも魅力的であり、同様に彼の股間にぶら下がった物もまた、彼女達にこの世で最高の快楽を惜しげも無く与えてくれる。
 だが、それでも語りたいと言うならば、その時は既に子宮口に彼の亀頭が突き刺さった状態でやって欲しいものだ――というのが彼女等の総意である。

「…あッ! もう、甘えん坊さんねぇ♥」

 しかし、起き上がった愛しい男に右手で極めて豊満な左乳房を揉まれ、同時に右の乳房に激しく吸い付かれれば、そんな思考も何処かへ行ってしまう。
 リリムには最早余計な事を考える気など無く、ただ対面座位で激しく腰を振り、乳を揉み、しゃぶられ、あるいは夫と甘い口づけを交わす事以外はどうでもよくなったのである。










 ――レスカティエ北部・グリムセイ街――

「私達が時間を稼ぐ!! その間に一人でも多く民衆を避難させて!!」

 元は教会であった尖塔の上で忙しく指示を飛ばすは、黒紫色の禍々しい弓を携えたワーウルフの『プリメーラ・コンチェルト』。
 黄緑色の頭髪に赤い瞳、ほぼ裸同然の肉体、黒狼を思わせる黒い毛皮に覆われた鋭い爪を生やした四肢。そして体の各所に見られる黒い目玉を模した装飾品により、彼女がデルエラの眷属であるのは明白である。

「……ッ!」

 指示を終えたワーウルフは美しくも険しい形相で弓に矢をつがえると、そのまま冷気を吐きまくる鎧の騎士目がけて矢を射る。

『ん?』

 ただの矢ではない。人間を射れば、男ならばインキュバス、女ならワーウルフに変えるというものだが、もちろんそれだけではない。
 彼女の長年の鍛錬と経験、さらには彼女の魔力により、本来矢ではありえないほどの複雑な軌道を描くのだ。
 こうして、放たれた矢はそれこそ回避も不可能なほどの生物的な動きを見せ、グローザムへと迫った。

『無駄な真似を』

 だが、騎士の首元にあった隙間目がけて放たれた矢は、騎士の周囲の空間のあまりの低温によって即座に凍りついて運動をやめ、あっという間に失速してしまう。
 そして、投げた藁にも等しい弱々しい鏃は彼の甲冑に当たった途端、粉々に砕け散ったのである。

(え!? な、なんで矢が砕け…)
『……』

 ありえない事態に驚くのも束の間、グローザムの視線が数百mも離れた位置にいて本来見えないはずのこちらの方へと向いている事にワーウルフは気づく。

『手癖の悪いのがいるなァ〜〜〜〜!』
(ヤッバ!)

 敵を仕留めるどころか、あべこべに自身の居場所が特定されてしまい、慌てるプリメーラ。
 彼女はワーウルフであり、射撃だけでなく接近戦でも手強い戦士である。だが、あの男はそんな彼女でも紙切れ同然にあの剣で引き裂けるだろうことは、他ならぬプリメーラ自身がよく分かっていた。

『フン、どうやら将だな! 雑魚を殺すよりは手柄になる!』

 グローザムの兜に嵌められたバイザーには、ヤプールの開発した極めて精確な魔力感知装置が内蔵されている。
 そして厄介な事に、その装置は遠く離れたプリメーラを感知してよりすぐ、彼女の実力を正確に割り出したのである。

『待ってろ! すぐに斬り殺してやるからな!』

 グローザムは喜び勇み、尖塔の頂きに立つプリメーラの元へと移動を開始する。
 一方のワーウルフは近づかれれば勝ち目は無いため、建物の屋根を飛び伝いながら逃げ、その途中でグローザムへ何度も矢を射かけて抵抗したのだった。





 ――レスカティエ西部・エトヴェシュ街――

『ギィシシシシシシシシ!! これがあの名高いレスカティエか!? 聞いて呆れるぜェ!!』

 その超巨体にもかかわらず街の上空に綿毛の如くフワフワと浮かび、汚く哄笑をあげるは七戮将アークボガール。エトヴェシュ街を襲うはそんな彼の操る重力である。
 その二つ名に違わず、彼はレスカティエ西部全域に標準値の実に十倍という致死的な強さの重力を働かせ、住民を皆殺しにしようと目論んだ。そして、その効果は実に覿面だった。
 重力系の魔術は人間よりも遥かに魔術への造詣が深い魔物娘にとってですら対処が難しい代物であり、さらには効果が一瞬で現れる上にどんな魔物だろうと等しく影響を受けてしまう。

『その上、実に臭い! この街は臭すぎるぞ!! 魔物臭ぇったら、ありゃしねぇ!!』

 最初こそ上機嫌であったが、やがてこの巨人は苛立ちを覗かせ始める。
 何故なら嗅覚に優れる彼にとって、この街に充満する魔物娘の匂い、さらには彼女等の発する淫魔の魔力の匂いが耐え難いほど不愉快であったのだ。

『臭くてたまらん! これならまだ死臭の方がマシってモンだァ!』

 精液と愛液臭さが漂う、享楽にして狂乱、不愉快極まる吹き溜まり――それが今のレスカティエであり、彼等の主が統治していた頃の面影など微塵も無い。

『だったら……ここは皆殺しとイクしかねェよなァァ〜〜〜〜!!』

 しかし、それ故にレスカティエへの未練や名残惜しさもまた無い。
 この巨人にとってレスカティエは最早無用の長物、うず高く積もったゴミの山でしかなかったのだ。

『ギシシシシシシ!!!! 【重力異常(グレート・アトラクター)】、30倍だァ〜〜!!』

 さっさと住人を皆殺しとすべく、さらに重力を強めるアークボガール。しかし彼の意向に反し、それ以上重力が強まる事は無かった。

『……あァ!? どういうこったァ!?』
「ムダだよぉ、ブタさん」

 重力はこれ以上強くなるどころか、むしろ徐々にだが弱まっていく。その事態に怒るアークボガールを煽るかの如く、虚空より小馬鹿にした声が響く。

「カラダが重くなるのも、もうおしまい」

 やがてアークボガールの前に虚空より突如姿を現したのは、年の頃11、2歳程度の少女。それも10mを超える化け物じみた巨体の彼とは好対照な、歳相応の華奢で小柄な体躯の少女である。
 ただし、見た目は一見人間であっても、格好は常人のそれではない。服らしい服と言えば両腕を覆う袖と黒革のサイハイブーツぐらいで、後はほぼ全裸に等しく、せいぜい秘部をぬめる触手が覆っているにすぎない。
 また、頭には大きな黒い魔女帽をやや浅めにかぶり、そうして余った部分には一つ目の黒山羊の頭蓋骨を思わせる装飾品を載せている。

『おい、クソガキ。テメェか? 俺の重力を消しちまったのは』

 子ども相手に大人気ない、あるいは子ども相手にも油断しないと言うべきか。
 アークボガールは現れた少女に対して、その溢れ出る殺意を隠そうともしせず、自らの邪魔をしたか問う。

「そうだよ。早く終わらせて、“おにいちゃん”の所へ帰りたいからねー」

 一方、少女は悪びれずに答える。これほどの怪物を前に全く動揺が窺えない辺り、大した度胸の持ち主であると言えるだろう。

『じゃあ……生かしてはおけねぇな!! その上……』

 しかし、相手がどんな度胸の持ち主だろうと、この男には関係ない。
 魔物は全て殺すのが任務であり、自らはそれを忠実に実行するのみ。ましてや邪魔をするならば尚更生かしてはおけないだろう。
 だが、彼にはこの少女を殺さねばならない理由がさらに一つあった。

『俺様をブタ呼ばわりしやがった奴はなァ!!!!』

 アークボガールは激怒のあまり、目を血走らせて咆哮する。自らへの侮辱に対して滅法敏感なこの男は、侮辱してきた者は例えどんな敵だろうと殺す事にしていた。
 そしてそれは、かつてのレスカティエ一の天才魔術師にして、現在はデルエラの眷属となった魔女ミミル・ミルティエが相手であろうと、何ら変わりはなかったのである。

『喰ってやるぜェ!! 細胞一つ残さずよォォォォッッ!!!!』





 ――レスカティエ南部・イエローストーン街――

『グオオオオ……』

 デスレムが歩く度、流星が降り注ぎ、火炎が辺りに噴き出す。街一帯が最早魔界というよりは、地獄というべき惨状へと変貌を遂げつつある。
 そして、デーモンだろうとドラゴンだろうと、襲い来る魔物娘は全て蹴散らし、着々と任務を遂行していく。

『死にたい奴から前に出ろ。俺が望みを叶えてやる!』

 この男は精力的に働いていた。叩きつけた鉄球は挑んできた愚か者を破裂させ、口から吐き出す爆炎は何物をも焼き尽くした。
 教団やその傘下の国々が大いに恐れた彼女等でも、この男の振るう蛮勇の前には無力だった。
 そして、男は厳然たるその事実を骨の髄まで彼女等に刻むべく、ただただ街を蹂躙していった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 絶叫をあげる弱者達。しかし、彼の振るう武器から逃れたとて、今度は街を焼く火炎が立ち塞がる。
 結局何をしようが無駄――それを誰もが最期には理解する。

『チッ……』

 だが、街の蹂躙も半ばというところで、巨漢は忌々しげに舌打ちする。
 着々と街を蹂躙しているように見えたが、実は見た目ほど上手くいってはいなかったのだ。

『思ったより逃げ足が早い』

 イエローストーン街の建物や施設自体はほぼ破壊していたが、肝心の住民どもには思っていた以上の数に逃げられていた。
 与えた被害自体は少なくないが、所詮は建物だけであり、連中の多くはまだ生きている。

「そりゃそうさ。攻めこまれた時の対策ぐらいはしてるからねぇ…」

 思ったより状況が良くないのに苛立つデスレムの前へ、出来たばかりの傷だらけの黒い蛇体を這いずらせて現れたのは、見覚えのある女だった。

「ズイブン探したよ。でも、まさか愛しい旦那以外の男を探す事になるとは思ってなかったけどねぇ…」
『グオオ……貴様は…』
「そういや、あの時は自己紹介してなかったねぇ。なら、ここでやらせてもらうとしようか。
 アタシはメルセ・ダスカロス。レスカティエ守備隊の隊長をやっている、しがないエキドナさね」

 名乗られたことで思い出し、頭を掻くデスレム。彼は先ほどエドワードと交戦して魔力を流し込まれた際のショックで、彼女の存在をすっかり忘れていたのだった。

『で……何をしに来た?』
「簡単なことさ」

 特に興味も無さそうな様子で尋ねるデスレム。一方それが気に入らないのか、目を見開いたメルセは愛用のハルバードを構える。

「勝負はついていない以上、決着をつけたくてねぇ!」
『グハハハハ……』

 決着をつけようと提案するエキドナだが、そんな彼女の発言がおかしかったのか、デスレムは哄笑する。

『愚か、いや哀れと言うべきか。一度は助かった命も、結局この地で散らせる事になるのだからなァ……
 とはいえ、逃した獲物が勝手に戻ってきたのは僥倖。この好機を逃す必要も無いがな』

 この女を生かしておいたところで、所詮は魔物娘。人間に対しての大いなる禍となるは必定である。ならば、早めに始末しておくにこした事はない、とデスレムは考えた。

「アタシを簡単に殺れるってか? それこそ大間違いだよッ!!」

 敵は手強いが、負けに来たわけではない。そう自らに言い聞かせるかのように、メルセはハルバードを大きく振りかぶり、デスレム目がけてそのまま振り下ろした。

「それを今から教えてやろうじゃないか!!」

 デスレムはそれを得物のフレイルの柄で容易く受け止めるも、メルセも負けておらず、両者の得物は金属音をあげながら激しく鍔迫り合う。

『グオオオオオオオオアアアアアアアア!!!! 上等だ小娘がァァァァァァァァ!!!!』

 そうして、燃え盛る街の中で、凶獣同士の戦いは再び始まったのである。





 ――レスカティエ東部・カタトゥンボ街――

『フッフッフッフッフッフッ!!!!』

 常日頃より暗雲渦巻くレスカティエだが、今日は趣が違う。暗雲は雷雲へと変化し、見境無く雷を地上へと落下させている。
 そして、その元凶たるは七戮将筆頭メフィラス・マイラクリオン。彼は雷雲のさらに上空、自身に危険の及ばぬ安全な場所より、手に持った水晶球を通して、その惨劇を眺めていた。

『実に素晴らしい! 人間より力を持った魔物という種族でも、命の危機に陥れば、こうも醜い姿を見せるものか!』

 興奮を抑えきれぬといった様子で叫ぶメフィラス。
 今でこそ魔物は魔物娘となり、その姿形は美しく、さらには人間に近い感性と理性を手に入れた。そしてだからこそ、その逃げ惑い、恐怖に慄く様も余計映えるというものだ。

『おっと、これはいけない! 少々趣味に走り過ぎましたね!』

 しかし、任務を全うするには少々非効率的なやり方であるため、長い時間は行えないことをメフィラスは思い出す。そのため、これからはそろそろ本腰を入れて、魔物娘の抹殺を行うことにした。

『ですが、その前にやることがあるようです』

 しかし、そう都合良くはいかない。そのように気分を入れ替えた矢先、傍迷惑な闖入者をメフィラスは感知したのだった。

『おぉ!? これはこれは!』

 そうして、存在を感知してよりすぐに、『彼女』はその姿をメフィラスの前に現す。
 うっすらと紅潮した白い肌、青みがかった白い髪、真紅の瞳、黒い双角、赤茶色の双翼。さらには黒革で出来た手袋と膝上まであるブーツで四肢を隙間無く覆いながら、対照的に胴体はほとんど曝け出している。

『ウィルマリナ・ノースクリム! まさかレスカティエ最強と謳われた高名な勇者殿が私の前に現れてくださるとは恐悦至極です!!』

 その姿を見るまでもなく、感知した魔力だけで、メフィラスはこの女が誰かを知った。故に、この魔術師の興奮もまた無理からぬ事である。

「………………」

 一方、目の前の魔術師の興奮も、ウィルマリナにとっては興味無い事。『愛する夫』以外、彼女にとっては最早どうでもよい――それがサキュバス・ウィルマリナであるはずだった。
 だが、本来夫以外興味無いはずのウィルマリナにとっても、目の前の惨状は無視するに余りあるものであった。いくら彼女が自らと夫以外どうでもいいとはいっても、やはりかつての勇者であった頃の優しさも幾らかは残っているのか、夫との交わりの時間を奪われた以外の怒りもまた彼女の中に湧きつつあった。

「何故、こんな真似をした?」

 サキュバスの口を衝いて出たのは、何故こんな暴挙を行なったかという事。
 淡々とした口調ながらも、その語気には夫との悦楽以外興味無いはずの彼女には似つかわしくない、はっきりとした怒りが籠っていた。

『何故? ただの“害虫駆除”ですよ』
「何だと!?」

 ウィルマリナの問いに対し、メフィラスは平然と答える。しかも彼からは行なった事に対する罪の意識など微塵も窺えず、これにはさすがの女勇者も驚愕したのだった。

『そう驚く事もありますまい。貴女達は虫ケラ同然、生きていても何の役にも立たない……いやむしろ害しかないのは今更指摘するまでもありません。
 労働に使おうにも、いるだけで魔力を撒き散らされ、むしろ周りの人間が魔力に冒されて魔物になっては本末転倒。食肉にしようにも、結局はその身に帯びた魔力のせいで、食べたところで同様にこちらが魔物になってしまいます』

 そういった理由で、魔物は人間にとって何の役にも立たず、むしろいるだけで周りに悪影響を与える存在であるとエンペラ帝国の人間は見ている。

『このように、資源にもならない、労働力にもならない。そんな生き物をのさばらせておくのは、はっきり申し上げて無駄そのもの。
 この際絶滅させた方が、人類の繁栄のためにもこの先都合が良いでしょう』

 臆面も無く言い放つメフィラス。己が一体何を言っているのか、果たして理解しているのかは分からないが、少なくとも実現させる気でいるのはウィルマリナにも伝わった。

「……お前の思想など、私にはどうでもいい。だが、これ以上の殺戮を見過ごすわけにはいかない」
『成程、害虫そのものに害虫駆除の意義を語ったところで、理解出来るはずもありませんか…』

 怒りに満ちた表情で、腰に差していた鞘より魔剣を抜くウィルマリナ。しかし、対するメフィラスは彼女の怒りなどもどこ吹く風といった様子で、構えすらしない。

「!?」

 刹那、ウィルマリナは抜いていた剣の切っ先を咄嗟に天に向け、防護結界を展開する。するとそれから二秒もしない内、稲妻が次々と彼女目がけて落ちてきたのである。

「貴様…!」
『とはいえ、くだらぬ正義感で駆除を邪魔されても困りますからねぇ。まず貴女を“私好みのやり方で”駆除するとしましょうか』

 メフィラスは左手を天に掲げ、掌より雷撃を放つ。

『【サンダードーム】!!』

 放たれた雷撃は一定の高度まで上昇した後、無数に分裂し、そのまま電気のドームとなってカタトゥンボ街を包囲した。

「これは…」
『フッフッフッフッ……私は害虫駆除に来たのです。それなのに、肝心の虫達に逃げられては困りますからねぇ』

 メフィラスはウィルマリナを嬲り殺しにしようと目論んだが、だからといってそれにかまけ、この街の住人を逃がす気も無かった。

『もっとも、これはただの雷の檻。しかし、それでは力不足故に他の魔術も同時にかけておきました。
 ただし、どんな魔術をかけたかは自分で確認してください』
「………………」

 ウィルマリナの見る限りでは、情報伝達系の魔術と空間転移魔術が封じられていた。これでは外部に助けを求める事も、また外部からの侵入も出来ない。
 さらには人一人も通れぬほど過密に張られた雷の格子により、檻の間をぬって逃げる事も出来なかった。

『では勇者殿、準備はよろしいですか?』
「…お前の悪趣味極まる遊びに付き合っている暇は無い。私には帰りを待ってくれている人がいるのだ」
『ご心配なく。私はこう見えて慈悲深い男を自認しております。
 貴女の愛しい人も、すぐに後を追わせてあげますよ。そうすれば、貴女も寂しくないでしょう?』
「……驚きしかないな。その強さはエンペラ一世に次ぐという、あのメフィラス・マイラクリオンが、実際には悪趣味極まるただのクズ野郎だったとは!」

 内部では数千発もの稲妻が降り続け、さらには街の外周も雷によって覆われているという絶望的な状況でも闘志衰えぬウィルマリナ。
 けれども、そんな彼女に口汚く罵られて尚、メフィラスは余裕の態度を崩そうとしない。

『フッフッフッフッ……おぉ、怖い怖い! ですが…だからこそ貴女の顔が絶望に歪むのが愉しみで仕方ありません!』

 片や極まる不快感、此方極まる愉悦感。これより始まりし両者の闘争は、果たしてそれらを消し去るか否か。

『さぁ、ゲームを始めましょう! ルールは簡単、貴女達が全員死ねば私の勝ち。私が死ねば貴女達の勝ちという単純明快なものですよ!』





 ――レスカティエ城下街――

 城下街の空中で巨大機械獣と対峙するは、一人の精悍な勇者だった。

『魔王の夫といえど、恐るるに足らず!』

 機械獣の搭乗者ヤプールはそう吐き捨てると、非常に不快そうな心情を露わにする。
 そもそも現魔王の力が今も増大し続けているのも、リリムが着々とその数を増やしているのも、全ては彼女の夫たるエドワードが原因である。
 そもそも、魔王がエドワードという伴侶を得たが故に『魔族と人間を一つの種族に統合する』という、“意味の分からぬ狂気じみた行動”を取り始めたのだ。
 しかも、話はそれで終わらない。現魔王はサキュバスである故か、『愛する者と性交する度に強くなる』という前代未聞の能力があった。そのせいで二人が性交する度に魔王の力が増大し、時にリリムを孕んでしまう。
 そのため、時間が経てば経つほど、放置すればするほど、魔王は強大になっていく上に子どもまで増えてしまう。
 しかし言い換えれば、もし彼女の夫であるエドワードが死ぬなら、それ以上魔王が強くなる事はなくなり、またリリムも生まれなくなるのだ。
 皮肉にもエドワードの強さはヤプールの想像を下回っていたため、『もっと早めに始末しておけた』と彼が後悔しているのはそのためである。
 もし、もっと早くエドワードを始末しておけば、魔王はまだ弱いものとなり、エンペラ帝国はより円滑に世界征服を推し進められたかもしれない。

『早いところ貴様を殺し、帝国復活のための礎としてくれようぞ!』

 エンペラ帝国にとって、エドワードは最早生きているだけで邪魔そのもの。一刻も早く殺すべき存在と相成った。

「そう上手くいくかな?」
『若僧が!! 減らず口を叩くのは、まず私のMキラーザウルスに勝ってからにしてもら…』

 しかし、ヤプールの発言が終わる前に、何故かエドワードは抜いていた剣を収めてしまう。

『何だ、降伏のつもりか?』
「君との戦いはもう終わった」

 そう呟き、クルリと背を向けたエドワードは、そのまま場を去ろうとする。

『戯けたことを抜かすな若僧が! このヤプールから逃げられると思ったかァ!』

 刹那、エドワードの周りをヤプールの能力によって開いた複数のワームホールが覆い尽くす。

『私の前で舐めた態度を取った報いを受けさせてやる!』
「やめておけ。その機械の獣は最早鉄クズ同然、戦いに使えなどしない」
『何を馬鹿な……』

 ヤプールがこの勇者の言葉を信じるはずもなかったが、残念ながらそれは真実であった。何故なら、次の瞬間にはコクピットのモニターへ、異常を示す警告が表示されたからである。

《テンタクルクロー、破損確認。【フィーラーショック】使用不能。
 機体内部温度上昇、確認。【ザウルス・スティンガー】、【テリブル・フラッシャー】使用不能。
 各関節部、破損確認。動力系、出力低下……》
『な、何だと!? そんな馬鹿な! 奴は攻撃の挙動を見せていなかったはずだ!』

 モニターへ立て続けに表示される異常に驚愕するヤプール。
 仮に魔術系の攻撃だったとしても、ヤプールほどの術者ならば攻撃を受けたかどうかすぐに分かる。だからこそ、魔術など一切発動されていなかったのは明白、これらの異常は不可解なものだった。

「簡単な事だ――如何な異次元だろうと、僕の剣は“次元ごと”切り裂ける。どんなに時空を捻じ曲げようが、それごと対象を切り刻めるんだ。
 加えて、その金属の塊を斬るのは尚簡単だ。やろうと思えば“飛ばした斬撃だけで”斬り刻める。
 そしてモニター越しでは、そんな僕の剣技を捉える事は出来なかったようだね……」

 普段の温厚さを微塵も感じさせぬ冷酷な表情で、エドワードはヤプールに告げる。
 武技を極めたエドワードの斬撃は、最早モニター越しで捉えられるようなものでなく、それこそ誰の目にも剣を振ったかどうかすら分からぬであろう。しかも、その威力は機械獣の装甲たる、厚さ120cmのインペライザー合金をも切り裂くほどである。

「まあ、ようするに……君の能力は僕相手には相性が悪いという事だ」

 しかし、その声はヤプールには届かなかった。既に操縦席のモニターの電源は消え、機械獣の斬り刻まれた体表では、破壊された内部動力の暴走による小爆発がひっきりなしに繰り返されていたのだ。
 そして、それから三十秒もしない内、機械獣の全機能は停止。制御を失った重金属製の巨躯はそのまま無人のレスカティエ城下街に落下、轟音と衝撃を響かせた。

『ザ……ザ……ザザッ…ピ――――――――――』

 事切れるかのように、機械獣は最後に電子音を鳴らし、そのまま動かなくなった。
 こうして、最新技術と希少な素材、莫大な費用を用いて建造されたであろう金属の怪物は投入されてよりすぐ、あまりにも呆気無い最期を遂げたのである。

『お、おのれぇ〜〜〜〜!!!!』

 だが、搭乗者にして創造主たるヤプールは、己の異能を用い、機械獣の落下直前にどうにか脱出していた。彼は無惨な姿を曝す愛機を尻目に、空に浮かぶ仇敵を睨みつけている。

『殺してや――』
「遅い」

 しかし、殺意を改めて滾らせたその瞬間に、魔界鉄の刃によって全身を斬り刻まれたヤプールの意識は途絶えてしまい、そのまま街道の石畳に倒れ伏した。

「喋っている暇があるなら、既にお得意の異次元空間を何処かしらに開いていれば良かったんだ」

 冷静さを失ったが故の失策に嘆息するエドワード。しかし彼の忠告は、最早この気を失った黒衣の老人には届かない。
 ともあれ、不意を突かれた東西南北の街とは違い、レスカティエの中心地たる城下街では大規模な戦闘にはならなかった故、大きな人的被害を出すのは避けられた。それは良しとすべきであろう。

「東西南北に散った彼女等は無事だろうか。だが、デルエラも気になる……」

 ウィルマリナ達の元へ加勢に行くか、あるいはデルエラの元へ行くか、エドワードは悩んだ。魔王と並ぶ自分ならともかく、ウィルマリナ達では恐らく負けないにせよ、到底手の抜ける相手ではないからだ。
 だが、エンペラ一世の元へ向かわせた娘の方も、親として気になる。

「………………」

 デルエラの熱意に押されて許可してしまったが、正直彼等夫婦は後悔していた。確かにデルエラは次期魔王も狙えるほどの逸材、リリムの中でも飛び抜けた存在だが、相手はかつて前魔王と互角に戦ったというエンペラ一世である。竜王バーバラをお目付け役として向かわせたとはいえ、不安はある。

「……行くか」

 覚悟を決めたエドワード。エンペラ一世が鎮座するは、究極の戦場【ダークネスフィア】。
 本来ならば何者をも拒む空間だが、魔王の伴侶にして並び立つ実力者たる彼には突破が可能である。

「無事でいろよ…」

 ヤプールを担ぎあげたエドワードは祈るように呟くと、設置したポータルによってその場より姿を消したのだった。
17/08/22 17:57更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:デルエラ

 魔王と勇者エドワードの第四子。リリムの中でも飛び抜けた実力の持ち主であり、それはレスカティエ教国を一夜で陥落させ、そのまま己の領土とした事からも明らかである。
 その性格は享楽的で好色。また魔物としては過激派であり、未婚の人間女性を発見した場合は魔物に変えた後も徹底的に調教し、性交以外頭にないような淫ら極まりない性格に変えてしまうのだという。そんな彼女の悪辣さは教団圏の内外に知れ渡っており、非常に恐れられている。
 だが意外にも、外見に似合わず姉妹思いであり、姉妹が伴侶を見つけてきた場合は盛大に祝ってくれる。しかし、ガラテアが連れてきたゼットンとかいう下劣な男だけは苦手としている。
 ちなみにその理由としては、この義弟はデルエラに対してもやたらと横柄で遠慮も敬意も無いからである。その上、会う度に金を貸すようねだられるなど、ダメ男の見本市のような真似をしてくるため、基本的に彼の事は好きではない。

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