連載小説
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風雲急の宇宙恐竜 エンペラ帝国軍進撃す!
 ――エンペラ帝国領ネオヴァルハラ、王城・玉座の間――

 エンペラ帝国において最近になって決められたのは、盗聴及び内容の流出を避けるため、重要な会議は占領した国でなく、必ずこの浮遊島の王城内で行うということである。
 そして今日もまた、皇帝臨席の下、玉座の間にて会議が行われていた。

『では、次はフリドニアの現状についての報告です』

 王城自体が極めて広く造られているが、当然玉座の間もまたその例に漏れず間取りは広い。数十mもの幅を誇る豪勢な部屋に、長大な長机がいくつも置かれ、そこに帝国軍の歴戦の将兵達がずらりと並ぶ。その様は非常に威容があり、また壮観である。

『ようやくフリドニアの住民も我等の支配に服しつつあります。フリドニア軍を壊滅させたことは恨まれているものの、占領した我等が乱暴狼藉を行わず、穏当な統治をしていることは評価されているようですね』

 議長を務めるメフィラスが、ここ最近の報告を読み上げる。

『さもありなん。そもそもフリドニアの王侯貴族と教団幹部どもが乱世にかこつけて重税や贅沢三昧、やりたい放題し過ぎていたのだ。
 我等はそんな真似をするバカどもをこの世から抹殺し、悪の元を断った。苦しい日常から救い出してやったのだから、民衆からは当然感謝の言葉の一つも出よう!』

 エンペラ帝国のフリドニア侵攻は、正義の下に行われた義挙だとでも言わんばかりに、グローザムは自慢気に語る。

『グオオオオ……しかしグローザム、侵攻の際に敵兵を少々殺し過ぎてしまったのは失敗だった。本来、軍隊というのはいくら強くとも、敵を殺し過ぎるのはあまり良くないのだ。
 フリドニア国民の中には連中の親兄弟も当然いようから、この後に我等がいくら善政を施そうが恨みは抱く。そして我等が敵を殺せば殺すほど、その恨みは深くなるのだぞ』

 驕るグローザムを見かねたデスレム。これ以上は油断せぬよう彼に釘を刺す。

『何を弱気な!』
『まぁ落ち着きなさい、デスレムの言う通りですよ。敵を皆殺しにするのが常に最良というわけでもないのです』
『ぐぅ…!』

 メフィラスもデスレムに同調したが、それがグローザムは気に入らない。

『グローザム、今は御前会議ぞ。陛下も臨席しておられるのを忘れるな』
『………………』

 ヤプールの制止を受け、グローザムは玉座に座る者の存在を思い出す。故に、これ以上の見苦しい態度と発言は控えたのだった。

『まぁ、グローザムの逸る気持ちは余も解らぬでもない。いくら大国といえど、フリドニア一国にいつまでもかかりきりになるわけにはいかぬ』
『…おぉ、陛下!』

 この会議において皇帝が初めて口を開いたが、その第一声が己の発言を肯定してくれた事。それをグローザムは非常に喜んだ。

『メフィラス、フリドニアの内政はお前に任せよう。
 当面の間、民に不満を感じさせるな。さすれば、恨みは燻れども民衆は大人しくなろう』
『はっ…』
『!?』

 この言葉は、ある意味一国を任されたも同じ。国土も大きく、人口も多い大国のために難しい事も多いだろうが、メフィラスは内心喜んでいた。
 一方、喜んだのも束の間、仮とはいえ広大な領土が同僚にいきなり与えられたことに、グローザムは驚くと共に嫉妬した。
 だが、メフィラスは宰相を務めている事から分かるように、軍事だけでなく政治にも明るい。それはグローザムも認めざるをえず、また皇帝の決定に異を唱えることも躊躇われたのだった。

『そう慌てるな、グローザム』
『…!』

 皇帝もグローザムの慌てふためく態度から彼の心中がよく分かったのか、なだめるように笑みを浮かべる。

『おっと、話がそれたな。ではメフィラス、本日の内容を皆に説明しろ』
『はい、陛下』

 皇帝に恭しく頭を垂れると、メフィラスは説明を始める。

『我がエンペラ帝国のフリドニア制圧後、教団圏国家群は愚かにも徒党を組み、同国を取り戻そうと攻めこんで参りました。しかし、結果は火を見るより明らか、いたずらに犠牲者を増やすばかりです』

 メフィラスの説明通り、連合軍はテンペラーとタイラントに先遣部隊を壊滅させられた後も度々兵を送り込んできていたが、それらは全て返り討ちにあっていた。
 そもそも連合軍は主神教団の命令で各国が渋々兵力を供出し、嫌々戦っているだけの烏合の衆。そんな連中が士気・練度・装備の充実した帝国軍とまともに戦えるはずもない。

『しかも無駄な損害を出しつつも、それを理解していないのか一向に無策でただ突っ込んでくるばかり。故に、諸君らが今の調子で叩いてくれれば問題ないと言えます』

 この黒衣の宰相が語る通り、エンペラ帝国は連合軍など歯牙にも掛けていない。いくら何十万もの軍勢を抱えていようと、彼等自身の抱える諸問題がそれを台無しにしているのだ。
 そして何より、それらの問題を抜きにしても、そもそも保持している戦力自体に確固たる差がある。仮に連合軍がその戦力を使い切るつもりで特攻をかけてきたとしても、帝国には彼等を叩き潰せるだけの備えはしてあるのだ。

『このように、神の使徒相手といえども恐るるに足らず……しかしながら、我等の相手はあの連中だけではありません。残念ながら、さすがの帝国軍でも一筋縄ではいかない相手がおります。
 そして、それは諸君らもよく御存知のものです』
『『『『『『『『………………』』』』』』』』

 メフィラスが沈鬱な口調で語り出すと同時に、一斉に諸将の顔が怒りに満ちたものとなる。

『魔物、さらには魔王軍………………我がエンペラ帝国を一度滅ぼした、不愉快な下等生物達ですよ。そして本日は、連中に対する本格的な攻撃を行う事について説明したいと思います』

 正直なところ、皇帝にも諸将にも、教団やその取り巻き連中を本気で相手にする気はない。そんな輩などよりはむしろ、占領したフリドニアの安定の方がずっと重要な問題である。
 だが、敵は人間だけではない。それよりも遥かに恐ろしい魔物という種族と、帝国は常に戦ってきた。そして今また、因縁の相手たる『彼女等』は帝国の前に立ち塞がろうとしていたのだ。

『それでは、そちらの資料をご覧下さい』

 御前会議の開催前、諸将にはこれからの軍事行動の予定を記した紙束が配られていた。彼等は改めてそれを読み、内容を頭に入れていく。

『…成程、つまり我々は各自この紙に記してある場所を攻めればよろしいのですね?』
『その通りです』

 将の一人の質問に対し、それを肯定するようにメフィラスは頷く。資料には世界地図が縮小して印刷されており、さらには国名や地名が書かれていたが、それらの下にはそこの攻撃を担当する将軍達の名前が記してあった。

『君達にはその地域にある魔物の居留地を攻撃し、そこに棲む魔物を一人残らず殲滅してもらいます』
『『『『『『『『………………』』』』』』』』
『なぁに、ほんの前哨戦ですよ。五百年前の帝国首都インペリアル防衛戦での報復、及び帝国の世界制覇の第一歩の…ね』

 メフィラスがそう告げた途端、将軍達の顔には途轍もなく残忍な笑みが浮かぶ。それは彼等が如何に血生臭くも狂った生涯を過ごしてきたか、さらには如何に彼女等への恨みが深いかを示していた。

『よろしいので?』
『かまいません。もし魔物娘が降伏を打診してきても、かまわず攻撃を続けなさい。何ら配慮をする必要はありません』

 将に尋ねられ、冷淡に言い捨てるメフィラス。彼等の恐ろしいところは、魔物に対しては徹底的に冷酷非情だということだ。
 例え敵対勢力でも、『人間ならば』彼等は降伏した者達を寛大に迎え入れる。しかし『魔物ならば』彼等は降伏すら許さず、全滅するまで攻撃を加え続ける。
 彼等にとって魔物とは『人間を餌として喰らい、人間をいたぶるのを好み、人間が傷つき流血する様を見て喜び、絶望に陥る様を見て笑う、極めて邪悪な存在』である。それが彼等の認識であり、少なくとも彼等が生まれた時代においては真実であった。

『魔物については分かりましたが、その伴侶については如何なさいますか?
 それともう一つ、リリムやバフォメットなど、我等の力が及ばぬような輩が増援に来た場合の対処についてもお伺いしたく存じます』
『おぉ、それについても説明せねばなりますまい』

 うっかり忘れていたらしく、メフィラスはポンと手を叩く。

『攻撃前には、男性に対しては必ず投降を呼びかけなさい。さらに、もしそこに人間の女性も存在するのならば、その降伏もまた受け入れなさい』

 現在、魔物娘の台頭によって、人口の大幅な減少が世界中で問題となっている。特に女性の減少は顕著であり、帝国に限らず人間の女性の確保は各国にとって急務となっていた。

『人間の男女、及びインキュバスに対しては投降を許す。そういう事でしょうか?』
『えぇ、その通りです。ただし先程申し上げたように、魔物娘は全て殺してかまいませんよ』
『もし、男も女も投降に応じず、抵抗してきたならば、その時は如何なさいますか?』
『それは言うまでもありませんよ。今までもそうしてきたでしょう?
 降伏勧告に応じぬ場合は、人間も魔物も区別なく攻撃してかまいません。ただし、戦闘終了後に生きている人間がいた場合は、生かして連れてきて下さいね。それだけはお願いいたしますよ』

 降伏勧告に応じぬ場合、人魔を問わぬ無差別攻撃が許可される。しかし、人間の生き残りがいた場合は、その殺害は許されない。
 前述の通り、『人間のままの』女性は貴重なのだ。出来る限り、その確保が優先される。

『それと、上級魔族が来た場合ですが……該当種族が出現したのを確認した時点で部隊の撤収を開始させなさい』
『それは…よろしいのですか?』

 将は困惑した顔でメフィラスに聞き返す。逃げていいと言われても、いまいちピンと来ないようだ。とはいえ、リリム相手にいくら勇敢に戦ったところで勝算が極めて薄いことは、彼等も重々承知しているが。

『さすがにリリムやバフォメット相手では、エンペラ帝国軍でも戦える者はかなり限られます。こちらの戦力は強大といえども有限、特攻のような真似はさせられませんよ。
 それに今回の軍事行動は占領を視野には入れていません。むしろ適度に痛手を与えられたのなら、さっさと引き上げていいぐらいです』

 これはエンペラ帝国軍といえども、魔物の魔力の漂う中では、継戦能力の制限や土地の占領が不可能であることを示していた。
 メフィラスとヤプールの計算によると、仮に王魔界へと攻め込んだ場合、正気を保っていられるのは一般兵で一日程度、隊長級では三日程度。当然、これでは魔界を支配することなど出来ようはずもない。

『グオオオオ…! これからは堂々と奴等を燃やせるのか…!』
『ハッハッハッハァー! 魔物も魔界も、俺の冷気で全て凍らせてやるわ!』
『いやいや、二度と脱出出来ぬ異次元で、永久に苦しみを味あわせてやるのが最良!』

 ともかく、皆殺しを許可したメフィラスの言葉に、他の七戮将達も嬉しそうな反応を見せた。

『貴様等のその態度、実に頼もしい。
 余が保証しよう――貴様等は世界最強の戦士、例え何者であろうと遅れはとらぬ! 故に、奴等を殺せるのは貴様等だけだ!』

 皇帝は見たままに感じた本心を帝国将兵に語る。その発言は彼等を勇気づけ、さらには自分達が世界最強の戦士達であるという自負に、この上ない裏付けを与えたのだった。

『余が許す。攻め込んだ地にいる魔物どもは、一匹残らず殺し尽くせ!
 奴等の死をもって、今まで行ってきた罪業を贖わせてやれ!』
『『『『『『『『はっ! 我等臣下一同、その身命を賭して!!』』』』』』』』
『では、ゆけぃっ! 世界に帝国の威名を轟かせよ!
 そして、未来永劫消えぬ貴様等の名と武勲を、人類の歴史へ刻んでこい!』
『『『『『『『『はっ! 全てを皇帝陛下の仰せのままに!!!!』』』』』』』』

 皇帝の号令が、御前会議の終了を意味したらしい。将達は一斉に皇帝へ頭を下げると、立ち上がって玉座の間を出て行ったのだった。





 翌日午前。将達は自軍を引き連れ、早速指示された地に向かって行った。そして各将は世界各地にある魔物娘の居留地に攻撃を開始、熾烈な戦闘が突如世界各地で巻き起こった。
 だが、攻撃目標はあくまで小さい居留地や町村であって、規模の大きい大都市、より正確に言えばリリムやバフォメットといった上級魔族のいる地には攻撃を仕掛けていない。
 例え己等が敵わなくとも、皇帝の力をもってすればリリムなど倒せると、彼等自身信じていた。しかし、リリムに手を出せば、その親である魔王が動くやもしれない。
 意外な話であるが、皇帝は魔王と戦うには時期尚早と考えており、彼女が直々に動き出すような事態は出来るだけ避けたかった。したがって、諸将にはあのように焚きつけたものの、実際には『被害は少なくないものの、魔王やリリムが動くほどではない』という塩梅で抑えておきたかったのである。










 ――アイギアルム、クレア宅――

「寂しくなるな」
「うん」

 クレアとゼットン青年は部屋で抱き合っていた。夫婦二人とも悲痛な面持ちであり、永の別れを思わせる雰囲気すら漂わせている。

「まぁ、お前なら心配はいらないさ」
「うん…」

 いつもは強気のクレアだが、今は不安が収まらぬらしい。その不安を拭うかのように、夫の体に回す両手の力を強め、顔を夫の厚い胸板に埋めて匂いを嗅ぐ。
 ベルゼブブは嗅覚に優れた種族故、彼女等は基本的に夫の匂いを嗅がねば落ち着かないのだが、特に怯えたり不安を覚えたりすれば尚更である。普段は激しく脈動する尻尾も今はあまり動かず、同様に触角も下を向いてしまっている。

「怖いのか?」
「君と離れるのは初めてだからね…」

 世界各地で勃発するエンペラ帝国軍との戦闘が始まってより数日。人間としては常識を覆すほどの恐るべき強さを誇る彼等を前に、各地の魔物娘達は厳しい戦いを強いられている。
 そんな中、既に結婚を機に引退している魔物娘の中には、苦戦している同胞を助けたいと魔王軍への復隊を志願する者も現れた。クレアもその中の一人であるが、夫は帝国軍相手に戦場で戦えるほどのレベルには達してはいないため、戦地へ連れて行くことは出来ない。
 しかしクレアもゼットンも、離ればなれになるのはお互い初めてであり、不安が隠せなかった。困っている同胞を助けてやりたいが、夫と離れるのもまた辛いのである。

「さっさと奴等をブチのめしてこい。そうすりゃ、すぐ帰れるだろ」
「…うん!」
「…俺も初めての女は忘れられねぇんだ。待たすんじゃねーぞ?」
「!?」

 照れたのか、少し顔を赤らめてそっぽを向くゼットン青年にクレアは驚く。

「あの超意地っ張りのゼットンがデレた!?」
「う、うるせーっ!」
「アハハハハ!」

 痛いところを突かれたのか、ゼットンは真っ赤になって怒る。一方、その様を見たクレアはケラケラ笑い出した。

「あー、おかし!」
「このっ!」
「でも、アリガト。元気出たよ!」

 にっこり笑うクレアを見て、ゼットンはもう何も言えなかった。





「皆ありがとう」

 クレアの出立を見送るべく、ゼットンとその妻達は庭先に集まっていた。

「…死ぬなよ。殴り合う相手がいないと、アタシもつまらねぇ」
「アンタ、私の使用人だよね?」
「………………」

 素直になれず悪態をつくミレーユだが、真顔で返されてしまう。

「クレア、これを持って行きなさい。お腹冷やしちゃダメよ?」

 妖狐の麗羅からは、アラクネの糸で出来た腹巻きを貰った。しかも、全体に多数の硬貨が縫い付けられているという、一応防弾仕様の代物である。

「あったかいだけじゃないわ。これで鉛玉もヘッチャラよ!」
「…ありがとう」

 ミカのプレゼントが嬉しかったのか、クレアは鼻を鳴らす。そして腰に巻いたポーチをどかし、早速腹巻きを腹に巻いたが、困ったことにギリギリ腹に巻けるというサイズであった。

「クレアさん、あなたに堕落神の加護がありますよう…」
「ありがとう」

 ダークプリーストのミカは不安そうな面持ちながらも、クレアに祈りを捧げてくれた。

「私からはこれをやろう」

 一方、ミカとはうって変わり、泰然とした様子のデュラハンのヘンリエッテ。彼女は餞別とばかりに、クレアに魔界銀製の高価そうな短剣を差し出す。

「本来なら剣の一つも渡したいところだが、ベルゼブブの体格には合わんと思ってな」
「ありがとう」

 彼女の見守る中、クレアはそれを腹巻きの中にしまう。

「御主人様、お気をつけて」
「お帰りをお待ちしておりますニャ」

 エリカとリリーの二人はお辞儀をするが、二人も主人のことが心配そうであった。

「ありがとう。ゼットンは綺麗好きだから、いつも通り屋敷を綺麗にしておいてね」
「「はい…」」

 夫はどちらかと言えば綺麗好きであり、そこは最後まで自分と合わなかった。とはいえ、それで夫婦仲が悪くなることはなかったが。

「………………」

 そして一通り別れが済んだところで、クレアは新しく造られた自分の家を目に焼き付けるかのように、じっと眺めた。

「ここはお前ん家だ。いつでも遠慮なく帰って来い」
「…うんっ!」

 夫の言葉にクレアは頷くと、再びゼットンに抱きつき、思い切り息を吸い込む。

「ふあ〜ぁ、やっぱりこの匂いだよぅ…」

 クレアはそう恍惚とした様子で呟き、蕩けた顔を見せる。

(…本当に大丈夫か?)

 その姿にゼットンは一抹の不安を覚えるが、もう考えないことにした。

「元気じゅーてん! これでクレアちゃんはサイキョームテキだよ!」

 思う存分夫の匂いを吸ったところで、そう周りに言い聞かせるようにクレアは叫ぶと、ふわりと飛び上がる。

「じゃぁ行くよっ! すぐに戻って来るっ!」
「襲いかかってきた奴は全員ブチのめしてこいよ、ディーヴァ!」
「うんっ!」

 夫の激励を受けたクレアは、最後にとびきりの笑顔を皆に見せると、凄まじい速さでアイギアルムの街から飛び立ったのだった。










 ――魔界都市ジェム、某所――

『ピキキキキ!』

 近隣にある魔界銀の鉱山により財を成した魔界都市ジェム。そして、良質の魔界銀の広範囲な流通による影響を危険視したのか、ここにもエンペラ帝国軍の魔手は伸びていた。

「く、クソォォ!」

 普段と違い、何故か瓦礫の上に何故か水晶の像が乱立するという不気味な風景が広がっている。そして、その中心では巨大な棍棒を持ったゴブリンと、石英のような飾りを付けた鎧を着た男が戦っていた。

「!?――うわぁぁぁぁっ!! い、いイヤだ、こんな風に死にたくないィィィィッッ!!!!」

 だが、突如交戦していた男が放った白き光に照らされた途端、ゴブリンの体が足元から石英のように変じていく。彼女は滂沱の涙を流し、髪を振り乱しながら絶叫するが変化は止まらない。

「あ…ああああぁぁ……あぁぁ〜〜〜〜〜〜ッッ!!」

 やがて、ゴブリンの体は頭のてっぺんまで完璧な石英結晶へと変貌し、無機質なオブジェとなった。

『ピキキキキ! 実に美しい!』
「や、ヤロォォォォォォァァァァ!!!!」

 仲間の結末に激昂したミノタウロス。背後から大斧で斬りかかるが――

「うおォぁぁ!?」

 彼女もまた男から光を浴びせられ、すぐに石英結晶へと変じていく。ミノタウロスは絶望の表情を浮かべて後悔するが、すぐに同様の奇怪なオブジェへと変わってしまう。

『ピキキキキ! どうだ、自分が芸術品になっていく気分はよォ!?』

 エンペラ帝国軍 皇帝直轄軍・プリズマ隊隊長
 “妖光結晶”プリズマ・ラミエル

『不快な下等生物も、こうすりゃ少しは芸術性を持たせられるってものよ!』

 そして二人の魔物娘が“より美しくなった”ことで、プリズマは愉快そうに高笑いをあげる。

『ヒュッヒュッ。しかし、一匹一匹殺してたらキリがねぇな。俺の部下も隠れてる奴等を探すのに苦労してるよ』

 そこへ彼が勝ったのを見計らったのか、その背後へ仲間らしきもう一人の男が現れた。

『まぁ、愉しんで殺ってくしかねぇか』

 エンペラ帝国軍 皇帝直轄軍・アトラー隊隊長
 “蝋人形師”アトラー・ブラックオーキッド

『ピキキキキ! お互い苦労してるな! まぁ、殺しの過程がより愉しめるってことでいいじゃねぇか!』
『宰相が皆殺しって言ってるから、しょうがねぇんだけどよ…』

 アトラーが浮かない顔で呟く通り、宰相たるメフィラスの命令を無視するわけにはいかないため、虱潰しに探し回り、殺していくしかない。しかし、二人とも雑魚相手にそれをやるのは面倒臭いと思っていた。

『ヒュ? 戻ってきたな』

 そこへ一段落ついたのか、アトラーの部隊が戻ってきた。

『隊長。御命令通り、出会った魔物は皆殺してきました』
『ヒュヒュ、御苦労だった』
『いいなァ、そっちの仕事は終わったのか。あ〜あ、うちの連中もさっさと戻ってこねぇかな』

 プリズマは相役の部下達を見て不満そうに呟くと、瓦礫の上に腰掛ける。

『ん? オイ、あれはお前のところの部隊じゃねぇの?』
『お! 戻ってきた――――何だアリャ!?』

 プリズマは嬉しそうな顔で立ち上がるが、その表情はすぐに驚愕の表情となる。何故なら、彼の部下達は複数の巨大な『蛇竜』に追い回され、隊長のもとへ命からがら逃げてきたという様子であったからだ。

『おい、ありゃワームだぜ!』
『チッ! 情けねぇ奴等だ!』

 プリズマは忌々しげに舌打ちをすると、ワームを迎え撃つべく部下のもとへ走って行く。

『アトラー! お前も手伝え!』
『ヒュ〜〜! しょうがねぇなァ!』

 アトラーも、仲間の危機を救うべく続いて走って行く。

『テメェら! 左右にどけ!』
『は、はい!』

 部下達はどうにか左右へ退き、ワーム達から攻撃を受けない位置まで退避する。

『【ラミエルズ・プリズム】!』

 プリズマは両目から白い光を放ち、猛追する二匹のワームに浴びせかける。

『ヒュ〜〜! 【キャンドル・オーキッド】!!』

 アトラーもまた目の前のワームへ両目の眼光を浴びせかけつつ、跳躍して突進を躱し、ワームの頭上へと跳び乗る。

「…!?」
「ギギッ…!?」
「カッ……!?」

 竜形態故に人語を喋れぬのか、ワームは呻き声をあげるばかり。しかし、肉体の変質は確実に起きていた。
 男に眼光を浴びせられたワームは先ほど同様、徐々に体が結晶化していった。一方、アトラーに眼光を浴びせられたワームは、なんと体が蝋化し、そのまま動かなくなった。

『下等生物が! おどかすんじゃねぇっ!』

 結晶化させただけでは気が済まなかったのかプリズマは激昂、二匹のワームを順々に蹴り飛ばす。するとワームの体に亀裂が入り、やがて石英となった全身が粉々に砕け散った。

『ヒュ〜〜♪ またゴミが増えたな!』

 アトラーもまた蝋化したワームから飛び降りるが、圧倒的に脆くなった体は衝撃に弱くなっており、同様に全身が砕けてしまった。

『貴様等、それでも栄えある皇帝直轄軍か!? あれぐらい自分達で処理しろ!』
『も、申し訳ございません……』

 戻ってきた部下達へ、プリズマは早速叱責を与える。それには部下達も反論出来ず、うつむくしかなかった。

『しょうがねぇよ、プリズマ。知性は低くとも、ワームの戦闘力は魔物娘でも最高峰だ』
『それはパワーと防御力の話だろ! それだけなら、いくらでも殺りようがあるだろうが!』

 アトラーがなだめるが、プリズマが怒るのも無理はない。なにせ皇帝直轄軍はエンペラ帝国軍の中でも超エリート集団故、戦闘での妥協や醜態は一切許されないのだ。仮に今回の失態を皇帝が見ていたとしたら、厳罰は免れないだろう。

『ともかく、全員殺ってきたんだろうな!?』
『そ、それはもちろん!』
『なら、いい』

 部下の一人が慌てて任務完了を告げたことで、どうにかプリズマの怒りは静まったようである。

『では、帰投しよう』
『ヒュ〜〜、ようやく帰れるのか。ここは空気が悪くていけねぇ』
『あぁ、宰相が殲滅しろと言ったのがよく分かるぜ…』

 二人とも顔をしかめる通り、魔物の魔力は彼等にとってはお世辞にも気持ちの良いものではない。

『とにかく、長居は無用だ。さっさと帰ろうぜ』
『ヒュ〜〜! あぁ、ようやく帰れるのか…』

 こうして、彼等は予め設置していたポータルの位置まで歩いて行き、この不浄な土地からさっさと逃げ出したのだった。





 それから一日後、クレアは任地に到着したが、その時既に遅かった。街には生き物の姿はなく、瓦礫と死体が無惨に転がるという光景が広がっていたのだ。
 そして滅ぼされた街の中には、何故か多数の石英の像があり、また同じぐらいの数の蝋人形もあった。しかし、そんな物が何故あるのか、彼女には分からなかった。
16/02/21 22:50更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:帝国首都インペリアル防衛戦

 エンペラ帝国軍が魔王軍と繰り広げた最大にして最後の戦い。それは皇帝エンペラ一世崩御直後、その死によって生まれた隙を突くべく、前魔王が六十万もの魔物の精鋭を引き連れ、首都インペリアルの目前に迫ってきたのを、エンペラ帝国軍総勢百万が迎え撃ったというものである。
 しかし、魔王にとって誤算だったのは、皇帝の死を受けた帝国軍の士気が下がるどころか、逆に魔物への憎しみによって最高潮に達していたことだった。これにより、魔王軍は予想以上に帝国軍へ苦戦し、かつ壮絶な代償を払う破目になった。
 戦いの内容は壮絶にして凄惨という言葉に尽きる。魔王軍の力はまさに強大と言わざるをえなかったが、帝国軍もまたそれを物ともしないほどの戦意の苛烈さをもって戦った。
 さらに、帝国の将兵はこの上ないほどの怒りを敵に抱いており、それはどれほどの窮地に陥っても一向に怯まず、文字通り死兵となって戦ったほどだった。意地と矜持、さらには猛烈な怒りにより、彼等は自分達を上回るはずの魔王軍の魔物を次々と殺していき、ついには次期魔王候補たる強大な魔族をも次々と討ち取っていった。
 「奴等は狂っている」――この予想外の敵軍の奮戦に前魔王は戦慄し、恐怖すら覚えた。その感情を消せぬまま、彼は全体の損害が六割を超えたところで撤退を決意し、そのまま逃げ帰った。しかし、帝国軍の戦死者数もまた九十七万という膨大なものとなり、これが帝国の衰退に繋がることになる。
 そして、この戦いは後世の歴史に大きな影響を与えた。主力をほとんど殺された魔王軍だが、対して人間側で被害を受けたのはエンペラ帝国軍だけであり、実は占領地域にある戦力は損耗してはいなかったため、残った戦力ではそれらをとても相手には出来ないので、以後は戦を控えねばならなかった。
 さらには前魔王本人もまた、かつて戦った皇帝との傷とこの戦での敗戦による傷心がもとで病となり、呆気無く世を去った。そして、自らと折り合いが悪かったが故に後方へ回しており、皮肉にもそのために生き残ったサキュバスへ魔王の位を継がせることとなる。そして、彼女の力で魔物は平和的な種族となり、今の世界へと繋がったのだ。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33