連載小説
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悪辣なる宇宙恐竜 使者デルエラ
 ――ダークネスフィア――

「はぁぁぁぁぁぁ!!」

 カーミラの気合と共に、彼女の頭上20mほどへ無数の魔力弾が展開される。

「【ブラッディ・ハリー】!!」

 “血のハリー彗星”の名を冠する通り、それらは鮮血のように赤い氷柱を思わせる。そしてヴァンパイアが処刑宣告の如く右手を振り下ろすと、魔力弾が唸りをあげて皇帝に襲いかかったのである。

『……』

 皇帝は降り注ぐ魔力弾を無言で眺めていたが、やがて思い出したかのように左手を上に向ける。

「ッ!?――うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 次の瞬間、魔力弾は凄まじい衝撃によって薙ぎ払われ、その余波を受けたカーミラも大きく吹っ飛んだ。

「――――――――ギッ、くぅァァァァァァッッ!!!!」

 大きく縦回転しながら空を舞うカーミラだが、50mほど吹っ飛ばされたところで、どうにか自慢の両翼と全身からの魔力噴射を全開にすることで踏み留まる。

「お、おのれっ!」

 遠く離れたエンペラ一世に向き直るとカーミラは目を見開き、改めて敵愾心を剥き出しにする。しかし、予想だにしない展開の発生によってそれ以上に動転もしており、自分の身に一体何が起きたのかを把握しかねていた。

『………………』

 皇帝は微かに笑みを浮かべると、遠方のカーミラへ向けて右手人差し指をクイクイと曲げる。それはあたかも『それで終わりか?』と、このヴァンパイアを挑発するかのようだった。

「……ッ!」

 ヴァンパイアはそのプライドの高さもあり、挑発や侮辱の類には滅法敏感である。当然カーミラもその例に漏れず、皇帝の指の動きを見て即座に激情する。

『ふむ、場所を変えたのは正解だったが……あまり愉しめそうにないな』

 一方、皇帝は退屈していた。フリドニア征服後、初めて城までやって来た敵故に自ら相手しようと決めたのだが、肝心の敵の歯応えがあまりないからだ。

「ハァッ!」
『ん?』

 考えを巡らせているせいか、皇帝は隙だらけであった。そしてその意識の間隙を突き、カーミラはその巨大な翼を羽ばたかせ、空より姿を消す。

『消えた…』

 皇帝はぼんやりと呟きつつも、後方下段より繰り出された右回し蹴りを、振り返ることもなく受け止める。

「! またしても!?」

 ヴァンパイアの持つ高い飛行能力を用いて、初めて可能となる超速移動。しかし、それを利用した防御不能の攻撃を、事も無げに防がれたことにカーミラは驚きの声をあげてしまう。

『おぉ、危ない危ない』

 皇帝が僅かに驚いた様子でそう言いつつも、掴んで受け止めた右手の動作はあまりにも自然で軽やか、素早くも無駄がない。

(何故こうも反応が早い!?)
『不思議か?』
「!」

 今考えていることを読んだかのように皇帝はカーミラに語りかけると、右手を彼女の右脚から放す。そして、それを不気味に感じたカーミラは後ろに跳んで間合いをあける。

『魔物を上回る余の身体能力と各種の技能があってこそ初めて可能になることではあるが……まぁ言うなれば、貴様の攻撃は“分かりやすい”のだ』
「何だと…?」

 カーミラは警戒態勢を崩さずも、皇帝の言葉に耳を傾けていた。しかし、いまいち内容には合点がいかぬらしく、凛々しくも美しい顔を怪訝そうに曇らせている。

『興奮しているせいで殺気も魔力も体より溢れている故、その軌跡を追うことは容易い。仮にそれらの気配を追わずとも、あのように姿を消した者は自身が攻撃をくらいにくく、かつ敵の死角となる後方か上方に現れるのが貴様等の定石。
 移動する場所がある程度予測でき、加えて気配を追っているなら攻撃の位置は間違えようがない。後はそこからの攻撃を防げばよいだけよ』
「…成程」

 説明に納得はしたが、代わりに浮かんだのは自身の迂闊さ。それを受け止めるにヴァンパイアという生き物は些か高慢過ぎたのか、カーミラは非常に悔しそうな表情を浮かべる。

『自身が未熟なのを気に病むことはない』
「!」
『貴様が未熟な新兵であろうと、戦慣れした将であろうと、余と対峙した以上は“死”あるのみ。余から講義を受けようと、貴様がそれを活かせることは最早無いのだからな』

 不憫になって慰めたのかと思いきや、皇帝は改めて死刑宣告を下してきただけだった。だが不可解なことに、カーミラは余計悔しがるどころか、むしろ笑みさえ浮かべたのである。

「…フン、そうか。ならば、私からも一つ言っておこう」
『ほう、何かな?』
「ヴァンパイアもアンデッドの端くれだ。既に“死んでいる”私を“殺せる”のか?」
『…ぬっはっはっ! これは一本とられた!』

 不敵な笑みを浮かべたカーミラに思わぬ切り返しを受け、エンペラ一世は右手で額を叩き、おかしそうに笑い出す。殺伐とした命のやりとりを行なっておきながら、このようにいきなり笑う余裕が両者にはあるが、その理由はそれぞれ異なった。

『はっはっはっはっ! 確かに余でも死体は殺せぬわ!』

 愉快だったのか、破顔大笑する皇帝。その笑みや言葉からは傲岸不遜ながらもまだ陽気さ、鷹揚さが感じられる。

『……だがな…』
「…!」
『“跡形もなく粉々”にするのは簡単なのだぞ?』

 しかし、それらは突如消え去る。代わりに現れたのは、同じ笑みながらも陰惨で嗜虐的な表情だった。

「フン、そう簡単には――ッ!?」

 そう言いかけたところで、カーミラは一瞬で間合いを詰めた皇帝の右平手打ちを顔面に食らってしまう。そうして、破裂音と共に彼女は勢い良く飛んでいく。

『注意散漫だ。喋っている間も集中力を維持し、敵には常に意識を向けていろ』

 あっさり吹っ飛ばされたヴァンパイアに顔をしかめながらも、皇帝は苦言を呈す。隙だらけだったのを理解させるべく攻撃を叩き込んだのであるが、カーミラが仕掛けた場合とは逆で綺麗にきまってしまった。

「うぅ…」

 やがて地面に投げ出されたカーミラは口からダラダラと血を流し、呻き声をあげる。

「うっ…うぅ…」

 疼痛がしたが、それだけ凄まじい衝撃だったのか。頭痛など、本来ヴァンパイアに起こりえる現象ではない。

「くそっ…!」

 初めての体験に悩まされ、苛立つが、それでもカーミラはどうにか立ち上がった。

『おぉー』

 立ち上がったカーミラが意外だったのか、皇帝は感心した様子で拍手をする。

『よく立てたものだ』
「……ナメる…な…っ!」

 ニヤニヤと不快な笑みを浮かべる皇帝を見て、カーミラは尚一層の怒りが湧く。そのため、この不埒者に正義の鉄槌を食らわせるべく、ヴァンパイアはふらつきながらも前に一歩踏み出すが…

「あうっ!?」

 そのまま前のめり気味に倒れてしまう。

「わ…私としたことが足を滑らせてしまった」
『……』

 立てないのなら飛べばいい。カーミラはそう考え、翼を羽ばたかせようとするが、上手くいかない。それどころか、やがて世界が回るような感覚に陥り、体の自由が効かなくなった。

「かっ!?……ガッ!?」

 体が動かない。まともに喋ることも出来ない。全身が震え、猛烈な嘔吐感がする。
 生まれて初めての奇妙でおぞましい感覚にカーミラは恐怖を感じ、もがくが、体が言うことを聞かない。

『ヴァンパイア相手には初めてやってみたのだが、効くものだな』
「!?!?」
『なぁに、そう怯えた顔をするな』

 そう諭し、倒れこむカーミラの頭の隣まで歩いて近づいてきた皇帝は、そのまましゃがみ込む。

『気分はどうだ?』
「〜〜ッ!〜〜ッッ!?」
『成程、良くはなさそうだな』

 まことに不可解であった。ただの平手打ち一発が、肉体の自由を完璧に奪ったのである。
 一体何の術なのかは見当もつかぬが、魔力の発散は一切感じられなかった。しかし簡単そうに見えて、実は高等種族たる自分の体の自由を奪うほどの高度な技なのだろう。

『不可解か?』
「〜〜ッッ!」

 まともに動かぬ口でカーミラは皇帝へ暴言を吐くが、当然通じるはずもない。

『何を申しておるかは解らぬが、己にされた事を説明しろというところか?』

 ため息をついた皇帝は、カーミラの言葉無き発言を自分なりに解釈し、説明してやることにした。

『ふむ。まずはこうした』

 皇帝は右平手をカーミラの左頬に押し当てる。

『それでこう』

 今度はそれを軽く押して、彼女の頭を反対側に押し倒す。当然説明のためで、先ほどのような一撃ではない。

『こうして貴様は吹っ飛んだわけだ』

 そして、手を離した皇帝は説明を終えたとばかりに立ち上がる。

「〜〜〜〜ッッ!!」

 当然、納得出来るはずもない。「嘘をつくな! 私がそんなことで動けなくなるか!」とばかりに、カーミラは皇帝へ抗議の呻き声をあげる。

『別に術など使っておらぬ』
「〜〜ッ!」
『これだけ説明を受けて解らぬか? アンデッドだけに脳も腐っているのか……いや貴様が元から吸血鬼でも馬鹿な方なのかもしれんな』
「〜〜〜〜〜〜ッッ!」

 冷ややかな視線を向ける皇帝に「そんなことはない!」とでも言わんばかりに、カーミラはのたうち回る。その様は水揚げされた魚を思わせるもので、とても誇り高きヴァンパイアには見えなかった。

『貴様の症状は、ただの脳震盪だ』
「!?」
『余の平手打ちが正確に貴様の顎を捉え、貴様の脳を揺らしたのだ。つまり、貴様の脳は衝撃によって頭骨内部に激突・振動し、そのせいで意識混濁状態に陥ったというわけだな』
(な…何だと!?)

 自らに起きた事が何か知り、カーミラは愕然とする。

『いくらヴァンパイアの肉体が強靭極まりないとはいっても、脳だけは人間とそう変わらん。当然、アンデッドである以上は人間のものと比べて構造上の差異はあるだろうが、今の貴様等の体構造は人間により近くなっているらしいからな。恐らくは効くだろうと思っていた』

 高度な魔術を併用した攻撃かと思われたが、その実はただ見た目通りの、正確だが何の変哲もない一撃であった。そんなものを高度な攻撃だと錯覚したカーミラは恥のあまり顔面を真っ赤にし、逆に皇帝はますます目の前の女への失望を増していくのであった。

「ちぃっ…!」

 ヴァンパイアの高い回復力により、ようやく意識混濁状態から解放されてきたカーミラは、よろよろと立ち上がる。

『脳震盪程度、すぐに判断してもらわねばな……いや、そのような状況に陥ったことが今まで無いから、知識としてはあっても分からなかったというところか?』

 皇帝が品定めするかのように目を細めてカーミラを見つめると、彼女は何か嫌なものを感じたらしく、体を一瞬震わせた。

『なんにせよ、貴様にとって生涯初の苦境のようだ。
 とりあえず、その感想を聞いておこうか』
「……あぁ、燃えるな!」

 皇帝はカーミラを舐めきっているのか、わざわざ感想を尋ねてきたが、誇り高いヴァンパイアがいつまでもやられっぱなしでいるはずがない。
 逆転を図るべく、カーミラの体は再び霧状となり、エンペラ一世を包み込む。

『これは…』
「ちぇりぃゃぁああぁああぅああぁぁッッッッ!!!!」
『!』

 視界を完全に塞がれたところへ、気合と共に全身を包む水蒸気から伸びる全方位からの拳打や蹴りの嵐。その猛攻にはさすがに危機を感じたのか、皇帝は両腕をかまえて防御態勢を取った。

「ずぅぇありゃァァァァァァァァァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 奇声、いや気合の雄叫びと共に放たれる打撃。鉄をもひしゃげさせるヴァンパイアの怪力が、皇帝の全身に叩き込まれる。

『………………』

 皇帝は防御を崩さず、ただ耐えるのみ。

「せぁえりゃあァァァァァァァァァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 常人ならばものの三十秒で肉塊と化す、打撃の最高峰『猛獣の連撃』。腕をかまえるだけという幼稚で心もとない防御だけで、それが果たしてどの程度防げるかは今更言う必要も無い。いくらエンペラ一世が頑強な肉体を持ち、洗練された武術の達人だったとしてもだ。
 肉体が消えてしまったので見ることは出来ないが、勝利を確信した彼女の顔はきっと笑みを浮かべているだろう。

「ハァ――――ッ、ハァ――――――――ッッ!!」

 時間にして7、8分というところで、カーミラの攻撃はようやく止まる。えげつないとしか言いようのない猛攻は皇帝の全身を余すところなく苛み、叩きまくった。
 ただし、正確に言えば股間だけは攻撃を免れている。これは魔物娘であるカーミラの慈悲でもあった。

『………………』
「うっ……!?」

 しかし、皇帝の姿勢が全く崩れないのにカーミラは気がつく。凶悪な威力の打撃を全身に受け続け、その体躯よりもうもうと煙をあげつつも、皇帝は倒れなかったのである。

「ば、馬鹿な……!」

 確かにこの男の体躯が常人などとは比べものにならぬほど鍛えあげられているのは、殴打を加え続けたカーミラ自身がよく解っている。だが、それでもこれほどの攻撃を受け続ければ、耐えられるはずがない。

『ふむ…』
「!!!!」

 皇帝は声を漏らすと、防御を解く。

『気は済んだか、ヴァンパイア?』

 そして、自身を包む白霧に呼びかける皇帝には何ら目立った傷は無い。そのことにカーミラは気づき、驚倒したのである。

「な、な、何故! なんで効いていない!? 力も速さも全て最高のもので打ち込んだはずだ!」

 皇帝が平然としているのがカーミラには信じられなかった。あるはずもない事態であった。彼女の打撃を受け、本当なら目の前の男は無様に地を舐めているはずなのだ。

「なのに何故!? 何故平気でいられる!?」
『フゥ……馬鹿にはいちいち説明してやらねば分からぬらしいな』

 狼狽し、見苦しく騒ぎ立てるカーミラに嫌気が差したのか、皇帝はウンザリした様子でため息をつく。

『ならば見よ!』
「!!」
『ぬぅうあッッ!!』

 皇帝が全身に力を入れると、カーミラの連撃でボロ布と化した黒いガウンが勢い良く千切れ飛び、その下の肉体が露わになる。

『余の強みは魔力量だけではない! 我が肉体もまた無類無敵!
 貴様如き腐った肉塊が攻撃をいくら加えようと、余の皮を削ることも能わぬ!』

 皇帝が過剰とも言えるほど自信に満ち溢れた様子で叫ぶ通り、恐るべき肉体がそこにはあった。
 人類としては異常、極端とも言えるほどの強力無比な筋肉を、大柄ながらも一般的な大きさにまで凝縮し、これまた強靭な骨格に搭載している。それでも、無理矢理詰め込まれたに等しい膨大な量の筋肉は今にも覆っている皮膚を破り去り、はち切れんばかりであった。

(し、信じられん! 一体どんな鍛錬をすれば、こんな体になるというのだ!?)

 ヴァンパイアのように強力な魔物娘は、男を選り好みする傾向がある。もちろん人間の女と比べれば許容範囲は広いものの、基本的には『強健、あるいは戦闘力の高い男』を好む。それがより強い子を生むことに繋がるのだ。そのため、強い男に彼女等は惹かれやすい。
 しかし、黒ビキニ一丁となったエンペラ一世の肉体を目の当たりにしたカーミラには、情欲よりも恐怖の感情の方が優った。彼女は確かに皇帝を筋骨隆々とした偉丈夫であるとは思っていたが、闇の中で曝け出された肉体は、強い男を好む魔物娘ですら戦慄させるものだったのだ。

「道理で……私の攻撃を受けても平然としていると思った」
『なぁに、余も人の子。貴様の攻撃が本当に危いと考えたなら、さすがに躱すなり何なりする』
「成程、私の攻撃は避ける必要も無かったということか…!」

 カーミラの発言を肯定するかのように、皇帝は再び冷笑を浮かべる。

『とはいえ、褒めてつかわそう。眠気覚ましにはなったのでな』

 そう言って皇帝は伸びをし、両肩をグルグルと回す。

「……どこまでもふざけた奴だ!」
『当たり前だ。虫を踏み潰すのに本気になるはずがなかろう。
 そもそも、興がのらねば誰が貴様のようなカスを相手にするものか』
「貴様…!」

 虫、さらにはカス呼ばわりされるという、この上ない侮辱に激昂するカーミラ。一方の皇帝は呆れたように眉をひそめ、このヴァンパイアの目まぐるしく変化する表情をただ眺めている。

『しかし、虫でもヒトに血を流させるぐらいの抵抗は出来る』
「……何が言いたい?」
『全力でかかってこいということだ』

 そこまで言われたところで、カーミラの全身より圧倒的な魔力の奔流が噴き出す。

「そうか、悪かったな。貴様を殺してしまうかと思って手加減していた…!」
『あれだけの連撃を加えておいて、手加減していただと?』
「ははっ! 全身の骨が折れても、貴様ならば死にはしないだろうと思ってな!」

 会話を引き伸ばすことで、カーミラは脳震盪よりの回復時間を少しでも稼ぎ出していた。これは魔界の貴族としては姑息な手で、本来ならば絶対に使いたくない小細工だが、それだけの実力差のある相手だとは悔しいが認めざるをえない。
 とはいえ、恐らくは皇帝もそれを承知しているだろう。その思惑に乗るのは、カーミラとしては大変癪ではあったのだが。

「さぁ、いくぞ! 裸の皇帝よ!」

 漆黒の両翼をおもいきり羽ばたかせて飛び上がったヴァンパイアは、黒ビキニ一丁だけという筋骨隆々の偉丈夫を見下ろす。

『………………』

 一方、懐疑に満ちた目で皇帝はカーミラを見上げている。あのヴァンパイアは偉そうなことを言っておきながら、自分にことごとく攻撃を封じられるという醜態を見せていたからだ。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………………………!!」

 そんな皇帝の疑念をよそに、今いる位置からさらに飛び上がったカーミラ。そして地上より50mほどの空間で静止するとその場で両手を掲げ、魔力を収束させる。

『ほう…』

 カーミラが両手を掲げて三十秒ほど経ち、収束させた魔力は赤い稲妻を表面に奔らせる、真紅の破壊光球として出現したのだ。
 そして現れたものを見て皇帝もニヤリと笑い、感嘆の声をあげる。

『少しは期待出来そうか?』

 嬉しそうな皇帝だが、それ故にこのヴァンパイアの邪魔をするつもりは無いらしい。腕組みをしながら上空の光球を見上げるだけである。

「余裕綽々だが、果たしてそれが貴様の命取りにならなければ良いがな!」

 先ほどの連撃もまさに殺人的な威力を誇るが、所詮対人用に過ぎない。今回の技は少々の“溜め”がいるのが難点だが、それこそ軽く街一つ吹き飛ばせるほどの威力を誇る“戦略兵器”なのだ。

(甘く見過ぎたな! 貴様が死んでも、もう私には責任が取れんぞ!)

 そう頭の中で独白する、このヴァンパイアの美しくも凛々しい顔には悪魔的な笑みが浮かんでいた。即ち、屈辱と無念を晴らせる機会の出現を、彼女は無意識に喜んでしまっていたのである。
 とはいえ、あまりにもこの技の過大な威力にもかかわらず、カーミラはエンペラ一世が死なないであろうという淡い期待も抱いていた。それはいくら彼が実力を過信していても、さすがに命の危険を感じれば、何らかの防御なり回避なりは取ると考えたからだ。

『………………』

 皇帝も妙な所でサービス精神を働かせたのか、カーミラの技の弱点となる長い“溜め”を待ってくれている。しかし、それがすぐに命取りになるであろう。

『おっ…』

 破壊光球が直径30mほどに膨らんだところで、今度はそれがこのヴァンパイアの胴体程度の大きさまで圧縮され、大きめのスイカ程度となった。どうやら、これがこの技の完成形らしい。

『やれやれ、待ちかねたぞ』
「余裕だな! 私の最高の一撃、果たして止められるか!?」

 どちらも己の勝利を疑わぬのか――空に浮かぶヴァンパイアも、地に佇む皇帝も、共に光球の下で不敵な笑みを浮かべている。

『まぁな』
(…やはりな)

 唸りをあげる破壊の魔力を見ても、皇帝の決心は一向に揺るがないらしい。そしてこの態度から、ヴァンパイアである自身と同等かそれ以上に皇帝もプライドが高い、と彼女は看破していた。
 皇帝は絶対に逃げない。『奴は私を格下に見ている故、どれほど強力な攻撃が来ようと逃げずに正面から受け止める』――彼女はそう確信していたのである。

「この身の程知らずめ! そんなに死にたいのならば受けてみよ! 
 “――――夜の一族たるカーミラ・レファニューが命ず! 大地を焼き尽くせ【イブリス・フレア】――――――――ッッ”!!!!」

 カーミラは短く詠唱を行う。そして闇夜に掲げし破壊の宝玉を、大地に遠慮なく放り投げたのだ。

『さて…』

 あれほどの魔力の塊を受け止める気でいるのか、皇帝は右手を天に掲げた。さらには、その表情も特に真剣なものではない。

「思い上がるなぁ――――ッッ!! この愚か者めぇ――――――――ッッ!!!!」

 先ほど同様あまりにもふざけた態度にカーミラは怒りを覚え、この思い上がった成り上がり者を怒鳴りつける。

「貴様のその膨らみに膨らんだ、くだらぬ過信を打ち砕いてくれる!!」

 カーミラが目を見開いて死刑宣告を下す通り、街一つを軽く吹き飛ばせる恐怖の魔力爆弾が、皇帝の頭上目がけて徐々に迫る。しかし、それでも皇帝の態度には一向に動揺が見られない。

『……一つ、断っておこう』
「…?」
『貴様如き下等生物、余に傷をつけることも能わぬ!』
「……っ!」

 ぼんやりとしたものから一変、エンペラ一世の表情は凄みのあるものに変わる。彼がこの土壇場でもこれほど不遜な態度を取ったことに、カーミラは怒りを通り越して呆れすら感じてしまうが――

『しかし、愚か者には口で語っても分かるまい。なればこそ、貴様の身へ直に思い知らせてくれよう』

 彼の言葉には決して嘘偽りが無かったことを思い知ることになる。

『ぬぅうぅぁぁぁぁぁぁっっ!!!!』

 皇帝の咆哮と共に右腕の筋肉が隆起し、さらには血管が覆い尽くすように不気味に浮かび上がる。そして全身から魔力が流入し、右掌に収束されていく。

『“――――その熱は地を裂き、その輝きは天を穿つ!! 愚者を燃し、魔を砕き、神を弑す”!!』

 短い詠唱と共に恐るべき量の魔力が右腕に流れ込み続けたが、やがて充填が完了する。

『“万物を滅ぼし尽くせ【レゾリューム・レイ】”!!』

 そうして満ちた魔力は、すぐさま赤黒い破壊光線として照射されたのだ。

「ははははっ、面白い! 私の魔力の半分以上が凝縮された【イブリス・フレア】にどこまで食い下が――――ッ!?」

 カーミラの奥義【イブリス・フレア】。だが、圧倒的な魔力を持ったはずのこの光球に皇帝の放った光線が激突すると、容易く押し戻されてしまった。

「ばっ…」

 そして光線の熱により押し返された光球はすぐさま誘爆する。

「バカなぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――ッッッッ!!!!????」

 光球は大爆発を起こし、その周囲の空間に爆風を撒き散らす。そして、その後ろにいたカーミラも被弾、絶叫をあげながら吹っ飛んでいった。

『フン…』

 一方、爆風は360°の広範囲にばら撒かれたため、皇帝にも迫るが――

『【エンペラインパクト】!!』

 左掌より放った凄まじい衝撃波によりこれを相殺、完全に防いでしまう。

『…チッ! 跡形もなく消滅したか』

 哀れなことに、あのヴァンパイアは跡形もなく吹き飛んでしまった。この呆気無い幕引きに皇帝は気分を害してしまう。

『あれだけ機会を与えてやって、この体たらく。魔王軍の将だからと少しは期待したが、実につまらぬ!』

 技の発動を待ってやるなど、皇帝としては考えうる限りの機会を与えてやったが、カーミラは結局自分の技の誘爆によって消滅してしまった。あまりの醜態には彼も開いた口が塞がらない。

『…考えてみれば、あの程度の小物に血沸き肉踊る闘いなど期待出来ぬか』

 ゾウがいくら手加減したところで、ネズミが勝てるはずがないのと同じ事。皇帝はそれに改めて気づき、踵を返そうとしたところ――

「――そうでもないぞ!」

 突如背後より強烈な右延髄斬りを後頭部に叩き込まれる。

『死んだと思ったが、まさか生きていたとはな。霧になる能力と防護結界を同時に用いて爆風を最低限の威力に抑えこみ、受けた傷もすぐさま再生させたというところか?』

 消滅したはずのカーミラ。しかし彼女は再び現れ、不敵な笑みを浮かべながら不意の一撃を食らわせたのである。
 一方、皇帝はそれを不愉快に思ったらしい。後頭部にカーミラの右足が叩きこまれながら尚、憤怒の表情を浮かべたのである。

「その表現は正しくない。先ほど言ったはずだが…?」
『おぉ、そうだったな。貴様はアンデッド、既に死んでいるのだったな…』

 そう呟き、不快感に満ちた皇帝は自分の後頭部にめり込む足を掴もうとする。

「させるか!」

 カーミラは自身の能力で足を霧消させ、さらには再び皇帝の周りを霧で覆う。

『芸の無い…』
「そうでもないのだな、これが!」
『!』

 カーミラが高らかに宣言する通り、先ほどと違い、その霧は妖しい輝きを放つ紫色に変化したのである。

「この【チャーミング・フォッグ】を吸って“人間でいられる”者はいない!
 敵は正々堂々正面から叩きのめすという私の美学に反する故に今まで使わなかったが、貴様は相当の強敵故、ここはあえて使わせてもらう」
『成程、これが魔物娘の魔力というものか…』

 この闘いでカーミラの放った技は全て、最低限の手加減がされているとはいえ殺傷力があった。しかし今回発生させた霧は魅了や発情の魔力を帯びた、本来の魔物娘らしいものである。

『これを吸ってしまうと、インキュバスになってしまうというわけだな』
「そうだ! だが、別に遠慮をすることはない! “私”を存分に吸うがいい!」

 エンペラ一世に最初に出会った時点で、実はカーミラは既に魅了の魔眼を用いていた。しかし、皇帝の強固な精神力か、はたまた彼の抗魔力によるものかは分からないが、全く通用しなかったのである。
 だが、今回のものは違うと断言出来る。何故なら、この霧の含む魔物の魔力の濃度は魅了の魔眼などとは比べ物にならず、常人であればそれこそ数呼吸でインキュバスや魔物娘に変化してしまうからだ。

『では、遠慮なく』
(何!? どういうことだ、自滅する気か!?)

 しかし、皇帝が言われるままに霧を躊躇無く吸うという予想外の展開を受け、カーミラは戸惑う。吸えと言われてまさか本当に吸ってくるなど、考えもしなかったのだ。

『スゥゥゥゥゥゥ……』
(まぁいい、それならそれで好都合。
 これで貴様は私の物だ。たっぷり可愛がってやるぞ、クククク……!)

 深呼吸をする皇帝を間近で眺め、霧の姿ながらもほくそ笑むカーミラ。

(妙な形での幕引きだが、大金星とは言えるだろう)

 このヴァンパイアがフリドニアに侵入したことについて、エンペラ一世は魔王軍が送り込んできたと考えていたが実際は違う。実はこの侵攻はカーミラの独断であり、魔王や上層部の命令によるものではない。
 確かに、フリドニアで魔物娘の一隊が行方知らずとなった事実を魔王軍は重く見ていた。だからこそ、大部隊を送り込む計画が練られていたのだ。
 しかし、カーミラはそれを不満に思っていた。帝国軍の強さが噂通りのものであるならば、いくら送り込んでも餌食になるだけ。千なら千、五千なら五千がそれこそ犠牲になっただろう。それこそ、戦力の無駄だと思ったのだ。
 カーミラ個人の考えとしては、考えうる限りの精鋭を少数集め、それらを率いて夜襲をかけるということ。そして首都とフリドニアの首脳を陥落させ、さらには自分達の魔力でそのまま魔界に変えることであった。
 だが本音を言うなら、自慢になるような大きな手柄が欲しかったのである。やがて功を焦ったカーミラは自身の考えに賛同する精鋭級の魔物娘を募り、彼女等を率いて勝手にフリドニアに夜襲をかけてしまった。
 しかし、このように命令無視をやらかしてはいたが、カーミラは純粋にこの男を手に入れてやろうと思ってやって来てはいた。『かつて前魔王と互角に戦った男なら自分の伴侶として相応しい』――そう思っていただけなのだ。
 相手が相手だけに、やった事はあまりにも馬鹿げているかもしれない。だが、この男を落とせるならそれにこしたことはなく、現に実現しかかっているのならば、誰も文句は言えないだろう。

「うっ!?」

 しかし、こんな形での幕引きがあるはずもない。カーミラはそれを疑問に感じるべきであった。

「なっ、何だ!? 変身が維持出来ない…!」
『実におめでたい奴だ。余の体内に貴様の一部が吸い込まれて、貴様が無事でいられると思うか?』

 なんと、皇帝がインキュバスに変わるどころか、むしろ霧に変わったカーミラの方が苦しみ出し、やがては変身を解除されてしまったのである。

「うっ、がっ……ぐあぁぁぁぁぁぁッッ!?」

 そして、その全身を猛烈な激痛が襲う。それに耐え切れず、変身が解けたヴァンパイアは悲鳴をあげながら乾いた地面をのたうち回る。

『余の抗魔力は勇者などの比ではない。淫魔の魔力をこの程度吸ったところで、何ら影響など無いほどにな。
 そしてそれとは逆に、余の魔力は貴様等や神々にとっては死に至らしめるほどの猛毒となる。それこそ、まともに吸い込めば数時間で死ぬほどのものだ…!』
「!!」

 皇帝の説明によって、カーミラは起死回生の作戦が完全に裏目に出てしまったのにようやく気づき、愕然とする。

『自身を霧に変えて吸い込ませ、余の体内を侵すつもりのようだが……逆に貴様が余の魔力を受ける破目になったな』
「ぎぎっ…!」

 悔しさのあまり、音が出るほどの強さで歯噛みするカーミラだが、すぐに全身を襲う激痛でそれどころではなくなった。

『貴様の相手も飽きてきた。あれだけ手加減してやっても余に傷ひとつ付けられぬ輩に、これ以上期待しても無駄であろうしな』

 痙攣を起こすカーミラだが、皇帝はそんな彼女の首を躊躇無く左手で掴み、軽々と持ち上げる。

「がっ…!」
『余の【レゾリューム・レイ】により、一撃で灰にしてやろう。
 …ん、怖いか? なぁに、恐れることはない。痛みを感じる暇も無いであろう』
「い、今…貴様のせ…いで激痛に…喘いで……いるとい、いうのによ、よく言う…!」

 敗れても魔界の貴族たるヴァンパイアの矜持は捨てておらず、カーミラはまだ減らず口を叩いた。だが、皇帝はそんなこなどお構いなく、右手に魔力が再び収束させる。

『大したものよ。まだそれだけの口がきけるとはな』

 カーミラの最後の意地を見た皇帝は、陰惨な笑みを浮かべたままながらもそう賞賛すると、右手より赤黒い魔力の奔流を巻き起こす。

『最後に言い残しておくことはあるか?』
「………………」
『無いようだな』
(………………)
『では、さらばだ』

 もう逃げられない――カーミラは自身の消滅を覚悟し、目を瞑った。

『ん!?』

 こうして勝負は着き、後は敗者の死を待つばかり。
 しかしエンペラ一世の【レゾリューム・レイ】の矛先は、突如自身に向かって放たれた攻撃に向けられたのである。

「う…?」

 左手のカーミラでなく、別の方向に向かって放たれた赤黒い光線。だがなんと、賊は自身の発射した光線によって相殺、大爆発を起こしてしまう。

「え…?」
『このような真似をするのは余の配下ではない。しかし、この【ダークネスフィア】に入り込める輩は極限られている』

 エンペラ一世が思いつく者は数人程度である。

『親でなく、娘の方か……不出来な部下を救いにわざわざやって来たというところか?』
「フフッ…せいか〜い」
「あ…あぁ…信じられん。私のためにわざわざ…?」

 辺りに響く、短くも艷やかな笑い。そしてこの声に、カーミラは聞き覚えがあった。

『確か名は…』
「デルエラと申します。以後お見知り置きを、皇帝陛下」

 空間が僅かに歪む。すると、どこか邪悪で妖艶ながらも、柔和な笑みを浮かべたサキュバスが現れる。
 そして現れた女は皇帝に敬意を払ったのか、恭しくお辞儀をしたのであった。

『デルエラ……確か今の魔王の四女だな。そしてリリムとかいう、余の生きていた時代にはいなかった新種の魔物』

 現れたサキュバスの両翼は白く、またエンペラ一世ですら無視出来ないほどの強大な魔力を放っている。
 しかし、その外見は非常に美しく、さらには細身にもかかわらず非常に豊満な肉付きで、またほとんど肌を露わにした過激な服装に身を包んでいた。だが同時にその雰囲気は禍々しくもあり、鋭く尖った長い耳を見ても、人型でありながらも人にあらぬのがよく分かる。
 彼女の肌は翼と同じく白く、健康なことを示すようにうっすらと桃色がかっている。けれども、所々には黒い刺青のような模様が浮かび、また魔獣の瞳を思わせる、真紅の目を黒いパーツで覆った飾りを体のあちこちに付けており、それが皇帝には悪趣味にすら思えた。
 そして何より目立つのは、その目玉飾りと同じく朧げに光る真紅の瞳に、白でなく黒い眼球である。それが美しい彼女に、同じぐらいの恐ろしい印象を与えていると言えた。

「あら、嬉しい。陛下が私めのことを御存知なんて」

 エンペラ一世に知られていて悪い気はしないらしく、リリムは頬を染める。

『世辞はよい。わざわざこんな所までやって来るとは、一体何の用だ?』
「そこのヴァンパイア、カーミラ・レファニューを引き取りに参りました」

 訝しむ皇帝に、デルエラは単刀直入にその目的を伝える。

『ほう? このような未熟な愚か者に、わざわざ魔王の四女が引き取りに来るほどの価値があったとはな』
「カーミラはこう見えて、勇者と幾度も刃を交え、さらには勝利した傑物。我が魔王軍には必要な人材です。
 それにあなたのような御方と比べるのは酷な事。私やその子を含め、誰もが皆未熟な愚か者になってしまいますからね」

 レスカティエを陥落させたという伝説のリリム、デルエラと対峙してもエンペラ一世には全く気圧される様子は無く、尊大な態度もそのままである。そんな彼を見て、リリムは苦笑するのだった。

『然り』

 さらには己以外の誰もが愚か者だという話も、皇帝は迷うことなく首肯する。傲岸不遜で知られた男であるが、ここまでくれば立派なものである。

「本題に戻りましょう。リリムたる私の顔に免じ、カーミラを返していただけないでしょうか」
『断る』

 分かりきった事ではあった。魔物の頼みなど、この男が聞くはずがない。

『この馬鹿者は愚かにも余の城に侵入し、衛兵や使用人を片端から殴り倒し、あまつさえ余を倒す気でいた。そんな輩を無罪放免で逃しては余の沽券に関わる』
「それについては、我が魔王軍の一隊を葬ったことで差し引き無しにしていただきたいのですがね…」
『フン、気づいていたのか…』

 お互いに主張を譲らないため、皇帝とデルエラはお互いに不快そうな表情を浮かべる。

『我が国に攻め込んだ敵軍を余が直々に葬った。それの何がいけないというのだ?』
「そもそも、私達はあなた達が攻め落とした旧フリドニア教国の救援のために、一軍を派遣したのですよ? そちらこそまさに“義”に則った行為だと存じますが」
『貴様等に義だと? 笑わせるな。
 貴様等の残虐非道、そして今の魔王の狂気ぶりは誰もが知るところでないか!』

 皇帝の言う魔王の狂気ぶりとは、彼女が人間と魔物の種を一つに統合するという目的を掲げていることである。
 それは従来の魔物の常識からは考えられない内容のため、魔王には何らかの恐ろしい真の目的があり、それを隠すために耳触りの良い大義を掲げていると皇帝は考えていたのだ。

「……お母様は純粋な御方ですよ。『魔族と人間の種の統合』に、やましい目的などありはしません」
『成程、貴様の申す純粋とは、純粋な狂気のことか?
 それなら貴様の母を一度医者に見せることを勧めるが、難しいかもしれぬ。なにせ、精神の狂いは魔術でも治すのが困難だからな』
「………………」

 皇帝のブラックユーモアには、さしものデルエラも返す気が起きなかった。

『まぁ良かろう。このままでは平行線、一向に話が進まぬからな。
 不本意だが、貴様の顔を立ててやろう』
「! それは良かっ――」

 デルエラが笑みを見せた瞬間、皇帝の左手からは凄まじい衝撃波が放出され、カーミラの首から下を木っ端微塵に破壊した。

「あ、がっ――」
「えっ――」

 天国から地獄と言うべきか。デルエラは一瞬何が起きたのか分からず、呆然とする。
 一方、カーミラの首は短い断末魔をあけた後に吹き飛び、宙を舞う。

『……』

 そして、皇帝は重力によって落下してきたそれを受け止める。

『こやつの罪は深い。貴様に引き渡すにしても、これぐらいはさせてもらわぬとな』
「がっ、うっ……っ」

 幸か不幸か、アンデッドの端くれたるヴァンパイア故、カーミラはまだ生きてはいた。そして生首だけとなった彼女を、皇帝はデルエラへ乱暴に投げ渡す。

『体の再生をするのはもちろん、“毒”の治療も早くしてやった方が良いぞ。なにせ余の魔力に蝕まれている故、その寿命は後三十分も無い』
「!!」
『いや、ヴァンパイア故に元々死んでいるか。何にせよ、いずれはただの腐肉に戻るだろう』

 皇帝はそう述べると、実に愉快そうで、かつ悪辣な冷笑を浮かべる。

『最後に一つ言っておく。次に貴様等が攻めてくる時はそんな馬鹿でなく、どこに出しても恥ずかしくない精鋭を連れて来い。
 何なら、貴様の母親でも一向にかまわんがな!』
「…えぇ、あなたが満足するような者達を連れてきましょう」

 そう冷静を装いつつも、デルエラは普段の超然とした様子から一変、深い怒りに満ちた視線で皇帝を睨んでいた。

『折角甦ったのに、魔物が以前より脆弱では殺し甲斐が無い、と我が帝国軍の将兵から不満が出てしまうのでな。大いに期待しているぞ』
「…さようなら皇帝陛下。また会いましょう」

 高笑いする皇帝を尻目に、カーミラの頭部を抱えたデルエラはさっさと姿を消したのだった。
15/12/24 02:13更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:エンペラ帝国軍の編成

 エンペラ帝国軍は現在メフィラス率いる『雷電』、グローザム率いる『氷刃』、デスレム率いる『爆炎』、アークボガール率いる『貪婪(どんらん)』、ヤプール率いる『超獣』、そして皇帝自らが率いる『皇帝直轄軍』の六軍団が存在する。
 各七戮将を頂点とする各軍団は名前通りの攻撃属性を持った者が多い。そして七戮将の下には隊長である将がおり、各々の部隊を率いている。

雷電軍団…ネロンガ隊、マグネドン隊、エレドータス隊他
氷刃軍団…スノーゴン隊、マーゴドン隊、ガンダー隊他
爆炎軍団…ザンボラー隊、ペスター隊、フェミゴン隊他
貪婪軍団…ソリチュラ隊、サドラ隊、オクスター隊他
超獣軍団…ベロクロン隊、バキシム隊、ブロッケン隊他
皇帝直轄軍…タイラント隊、テンペラー隊、ガモス隊他

 各軍団共に統率が取れ、また他部隊とも関係は良好である。しかし、皇帝直轄軍だけは皇帝が直々に選抜したということから増長しており、非常に横柄な態度を上官である七戮将にまで取るため、他部隊からは嫌われている。

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