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餓竜再び .10
その仕事上、レオンは人間の判別を見た目だけに頼らない。
人間の性質という物は自ずと見た目に出る以上、細部まで観察するのは基本である。
しかし、彼は見た目よりも直感的な印象を重視していた。
上辺では取り繕えない本質を短時間で見抜くには、直感に頼るのが一番確実だと経験から考えていたのである。

そのレオンの直感が、この三人の雰囲気がバラバラだと告げていた。
一人は恐らく自分と同業者。
もう一人は正規の訓練を受けてきたであろう剣士。
最後の一人については未知の雰囲気を持っているが、身のこなしに迷いが無い事から、何らかの鍛練を積んでいるのは間違いないだろう。
姿だけならまだしも、その雰囲気までまるで違うとなると、彼等はとても同じ組織に属している人間だとは思えない。
付け入る隙が有るとしたら、そこから来る連携不足だと考えたが、その思惑はすぐに外れてしまう事となる。
三人は揃って無言で小弓を取り出すと、直ぐ様レオン達に矢を射掛けて来たのだ。

隠し持てる程度の小弓は威力に欠ける事を見抜いたピーニャは強靱な鱗で矢を受け止め、イリーナは剣を素早く引き抜き払い落とす。
レオンはと言えば、庇う様にラスティとエルの前に出ると、身に纏っていたローブを引き脱いで振り回し、その矢を容易く払い落とした。
「そいつ、暗器を使うぞ!」
そのローブが綺麗な弧を描いた事を見て、即座にバノッティが他の二人に叫ぶ。
ただのローブがあんな風に振り回せるものかと、バノッティはすぐに見抜いたのだ。
その言葉の通り、レオンのローブの縁には振り回す為に金属の錘が隠して縫い付けてあったのである。

「あいつも暗器使いか」
自分の仕込みを見抜いた事で、レオンはバノッティが同業者である事を確信した。
本来なら暗器を使うレオンが相手をするべきなのだが、バノッティの正面に居るのはピーニャである。
パワー系のピーニャでは暗器使いと相性が良いとは言えないが、今から入れ替わる暇は無い。
「ピーニャさん、多分そいつも暗器使いです」
レオンの言葉を受けて、ピーニャが例の獰猛な笑みを浮かべる。
「上等。あたしが小細工が効く相手かどうか、あいつに教えてやるわよ」
自身を巻き込む面倒事について、退屈しないと言い切る女傑にとって、その程度の障害は闘いの味付け程度に過ぎない様だった。

ジュリアンは目の前のリザードマンの太刀筋に目を疑った。
抜き打ちの一閃で、ジュリアンが射た矢は容易く叩き落とされていた。
いかに小弓の矢と言っても、剣で容易く叩き落とせる物ではない。
たかが魔物にこれ程の使い手が要るものなのか。
ジュリアンは、その事に奇妙な感動すら覚えていた。
ドラゴンゾンビのブレスが致命的な効果を持つ以上、その範囲外から攻撃するのはジュリアン達にとって必須であったが、ジュリアンはこの相手に矢を射掛けても無駄だと判断した。
第一、相手の研鑽に礼を失する。
小弓と矢筒を傍らに捨てると、剣を引き抜いた。
馬手には長剣。
弓手には腰に隠し持っていた小剣。
その長剣の切先をイリーナへと向ける。
卑怯未練の余地を捨て、自身が持つ武器の全てを晒して、ジュリアンはイリーナに対峙した。
「いざ、尋常に勝負を」
その意味を理解しないイリーナではない。
「・・・彼は私が止めます。手出しは無用で」
左手で長剣を構えたまま、右手でベルトから鞘を外すと、そのまま掴んで逆手に構える。
もはやブレスの射程距離など関係無く、互いに距離を詰めて対峙する。
それは嬌声渦巻く街中では酷く場違いであったのだが、正しく戦士と戦士の決闘の様相だった。

重り入りのローブを手にしたレオンの前には、旅装の女が立っていた。
口元はモゴモゴと動きながらも眼差しはあくまで鋭く、目の前で矢を叩き落とされてもなお、弓を構える姿には一切の迷いが無い。
つまり、レオンの技を見てもなお、弓矢で勝負する自信があるのだ。
「ラスティ、エル、そのまま屈んでいて、絶対に俺の前に出ないでくれよ?」
レオンはすぐ後ろでうずくまる二人に警告する。
発情していた二人も矢という明確な敵意を目の当たりにし、ドラゴンゾンビの本能を剥き出しに戦おうとしていたが、レオンの言葉に思い止まる。
万が一にもラスティの身柄が教団の手に落ちれば、ツァイスと教団の戦争にも発展しかねないのだ。
彼女達を連れ去る事が彼女等の目的である以上、レオンは自身を盾にしてでも守るつもりであった。


「こんな事をしたんだから、多少の痛い痒いは聞かないわよ?」
ピーニャはバノッティを見据えながら、二の腕の鱗に食い込んだ矢を引き抜くと親指で圧し折る。
魔物娘故に相手を殺す気はさらさら無いが、無傷で捕まえられるほど楽だとも思っていない。
「そいつは恐いな」
バノッティは長いマフラーを幾重にも巻いていた為、そう呟く口元は窺えなかった。
「恐いから近寄らんでおこう」
そう言うが早いか遅いか、矢筒から矢を引き抜いてピーニャに二射目を撃ち込んだ。

が、ピーニャは今度は受け止めもしない。
パシッという弾ける様な音が聞こえた時には、既に矢が掌の中にあった。
恐るべき動体視力によって、飛んできた矢を空中で掴み取ってしまったのだ。
見せ付ける様に二本目の矢も親指で圧し折ると、凄みのある笑顔を浮かべる。
「もっと恐がって頂けたかしら?」
「こいつは本当に恐い姐さんだな」
やはりマフラーがバノッティの表情を隠しているが、苦笑している事だけはよく分かる。
「今度は恐いじゃ済まないわよ?」
そう言うとピーニャは身を低く屈めてバノッティ目掛けて鋭く突き進んだ!
背中側には分厚い鱗が並び、頭はやはり鱗が並ぶ両手でガードしてのチャージ。
まともに食らえば一撃で気を失うであろう体当たりだが、バノッティもとっさに後ろへと跳びすさる。
その人間離れした跳躍力に、ピーニャの突撃スピードをもってしても、ほとんど距離を詰められない。
そしてバノッティが跳びすさった刹那、ピーニャの左腕には鈍痛が走った。
頑丈な鱗の上からでも芯に滲み入る様な、明らかな打撃の傷み。
自分に何が当たったのかを確認して、ピーニャの顔が僅かに驚きに歪む。
バノッティが手にしていたのは弓矢ではなく、先程まで首に巻かれていたマフラーであった。
バノッティのマフラーは、当然の様に暗器だったのである。

マフラーの中に均等に詰められていた重りは振り回された事で端に集まり、危険なフレイルと化していた。
「・・・ふざけた道具を使うわね?」
そのダメージにピーニャが思わず悪態を付く。
細かい隙を突いてくる暗器使いの戦い方は、明らかにピーニャの好みではなかった。
「悪いが真っ当に戦う気はまるで無いんでね」
そもそも、彼は戦士の誇りとは全く縁遠い人生を送ってきた、生粋の裏家業の男である。
バノッティにしても、並外れた身体能力を持ったワームと真正面から戦うつもりは無かった。
バノッティがマフラーを円を描く様に振り回すと風を切る音が立ち始め、そのスピードは直ぐに目で追えない物となる。
バノッティは十分にスピードが乗った鈍器を、ピーニャの側頭部めがけて放った。
たとえ頑丈極まるワームであっても、直撃すれば重傷は免れない。
だが、ピーニャの左手はその一撃も掴み取っていた。
重りではなく、バノッティの手元と重りを繋ぐ布地の部分を、である。
手元と重りの軌道を見れば、布地の軌跡を読む事は造作もない事だった。
掴みとったマフラーはピーニャの左手にグルグルリと絡み付いたが、その感触にピーニャは違和感を覚えた。
そして、マフラーの布地に細い鋼線が密に編み込んである事に気が付いたのだ。
自分の爪でも容易に断ち切れそうもないマフラーが、自分の左腕に絡み付いた事をピーニャが理解したその時、バノッティはマフラーをグイと引き寄せると同時に、親指を唇に当てる様に左の拳を口元に当てた。
その動作の意味に気付いたピーニャは、躊躇い無くバノッティへと再び突撃をかましたのである。

バノッティは拳に握り込めるサイズの吹き矢の筒を、左手に隠し持っていたのだ。
ピーニャの左腕はマフラーに絡め取られて動きを殺され、右腕一本では身体の前面を全て守りきれない。
ピーニャはその事に気付いたので、即座にバノッティへ再び突撃したのである。
直後、フッという鋭い吐息の音が響く。
刹那、自身の前面を守った右手の鱗に、一本の吹き矢が食い込んだ。
ピーニャが素早く突撃に移った事で、バノッティの吹き矢は狙いを外してしまっていたのだ。
ピーニャはバノッティに衝突しようと、躊躇なくそのまま突撃したが、バノッティはマフラーを手放すと紙一重で上へと跳び上がり、後ろにあった狭い庇の上へと回避した。

庇の上のバノッティを見上げるピーニャは、鱗に食い込んだ吹き矢を引き抜いたが、明らかにその指は震え、顔色は不調に歪んでいた。
最初の毒矢も今の吹き矢も鱗を突き通してはいない。
しかし、彼女の軟らかな首筋には、もう一本の細い針が刺さっていたのである。
開いていた近くの窓枠に掴まると、バノッティはその有り様を満足する様に眺めていた。
「・・・詰め直す暇も無いのにどうやって・・・」
「俺の左手だけに注目したのが失敗だったな」
バノッティが舌を出すと、その上には小さな筒が乗っている。
バノッティは口の中に含み針を詰めた筒を含んでいたのだ。
ピーニャの攻撃を回避する直前に、その含み針がピーニャの首筋を捉えていたのである。
針にはルイーザから貰った痺れ薬が塗ってあった。
バノッティにとっては最後の切札だったのである。

ピーニャは既に肘から指先にまで痺れが回り始めていた。
身動き出来なくなるまでの時間は、既に僅かしか残されていない。
「美人に対する扱いじゃないが、多少の痛い痒いは聞かないぞ?」
バノッティはピーニャに痺れ薬が回るのを、庇の上で待つだけであった。
だが、ピーニャも座して敗北を待つ様な女ではない。
「こっ・・・のぉぉっ!!」
傍らに積まれていた樽を力任せに持ち上げると、バノッティへと投げつける。
しかし、樽は虚しく壁へ当たると派手な音を立てて砕け散った。
既にバノッティは更に上の二階の屋根へと跳躍していたのだ。
バノッティにとって、その見え見えの攻撃は容易く避けられる物だった。
ピーニャは最後の力を使い果たし、その場へ仰向けに倒れていった。
二人の勝負は決したのだ。

が、

その時、跳躍していたバノッティの両二の腕は何かに掴まれた。
「何っ!?」
ゴツゴツとした爪がバノッティの腕を決して離すまいと固く掴んでいる。
「やった!いいもの見っけちゃった〜!」
頭上から聞こえるのは弾む声と色に荒れた吐息の音。
「あ・・・あぁ!!そんなっ・・・」
それが飛竜の物である事に気付くのにバノッティは数瞬を要したが、自分が詰まされた事はすぐさま理解した。

街の異変に気付いた竜騎士団は、即座に複数のワイバーンを偵察の為に現場へと急行させていた。
しかし、彼女達もまた媚薬に引き付けられて、発情しながら発生源へと飛び続ける事になる。
バノッティはそんなワイバーンの目の前へと飛び出してしまったのだ。
それはまるで、飢えた猛禽の前に飛び出したネズミも同然であった。

「・・・今も昔も、ドラゴニアの空は竜のものなのよ。分かったかしら・・・」
ピーニャはその一部始終を見て、自分の賭けがうまく転がった事に満足していた。
この混乱状態の街なら、発情した魔物娘が必ず空を飛んでいるだろうと踏んで、最後の力を振り絞って樽を投げつけたのだ。
「はぁ・・・全く、様にならないわねぇ・・・」
不甲斐ない有り様に大声で叫びたいぐらいであったが、もう指一本動かせない。
残りの全てを二人に任せる事にして、ピーニャは意識を失った。

17/10/11 23:47更新 / ドグスター
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■作者メッセージ
長々とお待たせしてしまい申し訳ありませんでした。(拙作の続きを待っていたという、奇特な方が居たらの話ですが・・・)
更新速度については不安定になるかと思いますが、最後まで書ききるつもりではいますので、気長にお付きあい頂ければ幸いです。

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