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餓竜再び .11
ガキン!
互いの剣同士が衝突すると、夜の闇に鮮やかな火花を散らした。
即座にイリーナが鞘の先で相手の喉を突こうと狙うが、ジュリアンも即座にそれを手の腹で払い除ける。
ジュリアンはそのまま手首を翻して、小剣でイリーナの首を薙ごうとしたが、その瞬間に腹を蹴押されてしまっていた。
反動でイリーナは後ろに退き、ジュリアンが振った切先は空を切る。
一、二歩よろめいて踏みとどまったが、イリーナもそこへ追撃しない。
既に何合も剣を合わせている為に、互いに軽く肩を上下させる程度に息を乱しており、それを整えるのが先決だった。

「君は、本当に強いな・・・レスカティエの同期でも、これだけ使う奴は稀だった」
合間合間に意図的に深く呼吸をしながら、ジュリアンが感嘆を口にする。
これまで相手にしてきた修行相手とは全く違う、予測の付かない野性の剣筋とでも言うべきイリーナの剣術は、ジュリアンにとって非常に疲れる物だった。
もっとも、それはイリーナもまた同様である。
「あなたこそ・・・これだけやっても、崩れないのは、私の師匠くらいな、ものよ・・・」
イリーナはジュリアンのベーシックな剣筋を崩そうと、何度も直感的に剣筋を変化させたが、その全てが徒労に終わっていた。
ジュリアンの剣術はあくまでも基本に忠実だったが、それが天賦の才に乗っている事で、小手先の技ではびくともしない堅牢さを備えていた。
自分がこれだけ攻め立てても、相手の剣筋は揺るぎもしない事に、ジュリアンの剣術の「格」が自分よりも上である事を、イリーナは認めざるを得なかった。

「あなたみたいな剣士が、なんで人さらいみたいな真似をするの?」
実際に剣を打ち合わせたイリーナは、その事が不思議で仕方が無かった。
ジュリアンの剣はあくまでも真っ直ぐであり、相手の裏を掻こうなどという気配は全く無い。
剣の格とやろうとしている事の落差が、あまりにも大きすぎた。
「・・・今、語る話ではないな」
その問いに表面上は揺らぎもせず、武人が語るのは剣のみだとばかりに、ジュリアンは再び剣を構える。
だが、イリーナはそれが気に入らない。
イリーナはそれを「逃げ」だと捉えていた。
「・・・剣は語る事から逃げる為の言い訳では無いでしょう?」
その言葉にジュリアンの構えた剣の切っ先が、微かに震える。
僅かばかりの怒気を帯びながら、イリーナはジュリアンに応える様に剣を構えると、躊躇い無く長剣を振り切った。

「愛しあう事に人魔の隔たり無く!」
ガッ!
「それを引き裂く罪にも隔たりは無い!」
コッ!
「あまつさえも平地に乱を引き起こそうとする!」
ヂギッ!
「その非道が分からない人でも無いでしょうに」
ギン!
「なぜそんな企みに手を貸すのっ!」
敬意と怒りが混ざる事で、イリーナの切っ先は更なる鋭さと複雑さを帯びて、ジュリアンに襲いかかる。
剣と剣がぶつかり合い、二人の間に幾つもの火花が散る。

「その剣は、こんな事に使う剣では無いでしょう!」
「当たり前だ!」
イリーナのその一言に、遂にジュリアンが耐えかねた様に叫んだ。
「だが!それでも!成すべき事の為には!」
キシッ!
「振るわねばならない時がある!」
ガギッ!
「私が勇者にならなければ」
ギン!
「救われない者たちが居るのだ!」
常に己の評価を甘受し続けてきた男の本音が、堰を切った様に口から流れ出る。
互いの剣がぶつかり合い、その地金の色を見せ始めた様に、剣撃の高揚は互いの心根を嫌でも曝け出させようとしていた。

「勇者?」
その言葉がイリーナの疑問を全て解いた。
だからこそ余計に腹が立ったのだが。
「女を拐う男が勇者なんて冗談でしょう!」
ジュリアンの小剣を鞘で払いのける。
払いのけた隙に長剣で切り付けるが、またもジュリアンはそれを受け止めた。
ギリギリと金属同士が擦れる嫌な音を立て続けながら、二人の応酬が膠着する。
「・・・餌が欲しくて、他人に言われるがまま、投げられた棒をくわえて帰ってくる。そんな犬みたいな人が勇者になって・・・何が成せると言うのよ!」
自分がこれほど苦戦している相手が、これほど他愛の無い理屈に振り回されているのが、いっそ悔しくて仕方がない。

「黙れ!」
その言葉も振り払うかの様に、ジュリアンはイリーナの長剣を長剣で払い飛ばした。
言葉にならない感情が、瞬間的に馬鹿力を呼ぶ。
そのあまりの強さに、イリーナの長剣はその手を離れてしまった。
手数が多い分だけ、イリーナの方がジュリアンよりも遥かに疲労していたのだ。
ジュリアンが得た最大のチャンス。
剣を弾かれて体勢を崩したイリーナでは、右手の鞘のみでジュリアンの小剣を捌く事は不可能だった。
渾身の突きを彼女の喉元へ突き入れれば全てが終わる。
だが、ジュリアンはそれを躊躇った。

この行為は本当に勇者になる為にやるべき事なのか?
言われた事が本当だからこそ、自分は怒ったのではないか?
こんな自分が、この尊敬すべき敵を本当に倒していいのか?

イリーナの言葉は、ジュリアンが自覚していたよりもずっと深く、ジュリアンの心に食い込んでいたのだ。
その躊躇いを振り払うように、小剣を突き入れる。
その時間にして半瞬にも満たない躊躇が、イリーナに勝機を見せた。
突き入れられた小剣に合わせる様に、逆手に構えていた鞘の口を突き出す。
ガツッ!!
次の瞬間、イリーナの持つ鞘の中に、ジュリアンの小剣は完全に収められてしまったのだ。
間髪入れずにイリーナは鞘を軽く捻る。
ジュリアンは自分の小剣の動きが完全に殺された事を悟るが、それは同様に相手の鞘もまた殺しているのだ。
ジュリアンはとっさに長剣での攻撃に切り替える。
だが、そのジュリアンの右手に何かが絡み付いた。
茶色い紐。
否、それは革のベルトだった。
素手のはずのイリーナの手には、革のベルトが握られている。
鞘で小剣を受けたのと同時に、剣を下げていたベルトを腰から引き抜いていたのだ。
イリーナが渾身の力で両手を捻りながら高く掲げる。
がら空きになるジュリアンの胴。
その瞬間、ジュリアンは咄嗟に小剣を手放した。
自由になった左の拳でイリーナの顔面を狙う。
しかし、次の瞬間にはジュリアンの鳩尾に、イリーナの尻尾がめり込んでいたのである。

肺の空気を全て吐き出す様な強く短い吐息の音を立てた後、ズルリとジュリアンは崩れ落ちた。
「いっそあなたが唯の犬だったら、私の方が負けてたのにね・・・」
自分に勝機をもたらしたのが相手の躊躇である事を、イリーナは十分すぎるほど理解していた。
あの半瞬の躊躇が無ければ、自分には小剣が突き立てられていたのだ。
それはつまり、自分が勝利する事の正義を、彼が信じきれなかった事に他ならない。
これほどまでの使い手を、何がそこまで追い詰めたのか。
その運命に同情する様に、イリーナの目は静かな哀しみを浮かべていた。

17/10/26 22:45更新 / ドグスター
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