連載小説
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プロローグ
ある日、必然か偶然か…木こりが、地下に通じる道を発見。
地下に通じる道は、階段…人工的だが、至極古びた煉瓦のような階段だったと、木こりは言う。
その報告を受け取った町の長は、探検隊を結成。
名乗りを挙げたのは、4人の魔物娘。
先行兼地質調査役にジャイアントアント―――レイル・アントレイ。
調査役にドワーフ―――マリィ・ドルワルフ。
文字解析役に町長のバフォメット―――フロリス・ゴートレット
護衛役にデュラハン―――ロス・ニーズヘッド。
4人は早速、町民の見送りとともに森の中へと入って行った。

 * * *

森。
そこは自然の宝庫。
そこは生物の住処。
そこは未知の世界。
様々な言い方はあるが、正しい答えも誤っている答えも無い。
ただ、そこに緑が広がるのみ。
風は木々の間を縫い、木々は水を吸い、水は魚の住処となる。
魚はやがて他の生物の糧となり、卵を産み、その身を散らしては我が子の命を想う。
魚を喰らう陸上の動物は水を飲み、木の実を食らい、我が子を生み、そして守り、骸となったその身体は木々を育てる。
大自然のサイクル。
自然界のバランス。
生死を問い続ける厳しさと、生き物を育てる優しさを併せ持つ、森。
ただ、自然のままに。
故に、美しい。

しかし、そんな森とは不釣合いな存在がいた。
鉄。
天然の物では無い、精錬された鉄。
鉄は形を変え、他者に牙を剥く武器にも、他者を弾く防具にもなる。
武器は、剣。
防具は、鎧。
それらを身に着けている者がいた。
戦士、なのだろう。

「ここが、噂の遺跡の入り口か…成る程、いかにも遺跡らしい作りだな」

その者は顎に手を当て、考え込むように唸る。
端正な、凛とした顔立ち。
肩甲骨まで届く髪は戦士には似合わず、水色だが、染めているようには見えない程に美しい。
1本1本は糸のように細く、だが集まればこれほどまで美しくなるとは。
髪の掛かった両耳は尖っている。
彷彿とさせるのは、エルフという種族。
だが違う。
彼女は、エルフでは無い。
首無しの騎士として有名な魔物、デュラハンである。

「よし…っと。皆さん、準備は良いですかね?」

デュラハンの傍にいた者が、声を掛ける。
その言葉は一帯にいる者、3人に向けられて言葉だ。
発声源は女性。
それもただの女性では無い。
人間の上半身に、蟻の身体のような下半身。
ジャイアントアントだ。
白く、所々汚れたランニングシャツを着ており、その首には同じく汚れた白いタオルを巻いてある。
黒い髪に青い眼を持つ彼女の手には、ツルハシが握られていた。
その背には、歩き難そうな印象を与えるリュックが背負われている。
体躯は些か小柄だが、恐らく見掛け以上の働きをしてくれるだろう。

「おう、いつでも良いぜ。むしろ行こうや」

声を掛けられた3人の内、一際背の低い人物が声を上げた。
男性のような口調だが、声質は完全に女性、それも幼子のもの。
そこに目を向けて見れば、そこにいたのは小さな子ども。
いや、子どもというにも怪しいくらい幼い子どもだ。
彼女は、ドワーフという魔物。
この容姿で既に成体だといわれる彼女は、中身もまた情に厚く年齢相応のもの。
頭にゴーグルを着け、長く黄色い髪をツインテールの形で縛り、その服装は“繋(ツナギ)”という上下が繋がっている作業着である。
さすがにここまで小さな作業着があるのも珍しい。
オーダーメイドか、それとも己の腕で作ったか…それは彼女のみが知る事。

「そうじゃの。ここでモタモタしていたら日が暮れてしまうわ」

ドワーフの声に、今度はもう1つの声が出てきた。
こちらもまた年寄り臭い口調ではあるが、幼女のもの。
茶色の髪の毛からは角が2本飛び出し、天に向かって聳え立つ。
両手両足は毛で覆われ、まるで獣のような四肢だ。
手は5本指ではなく動物のような手であるし、足は山羊を彷彿とさせる蹄。
そして服装といえば、胸を骨のようなアクセサリーで隠し、恥部もまた際どいパンツで覆い、その背にマントを靡かせているのみ。
そして少女の手に握られているのは、紫色の分厚い本と、体格に似合わないほどの大鎌。
まるで死神を彷彿とさせる大鎌は、この少女が持つには些か大きく、デュラハンの者が持つべきだと言える。
だが少女は軽々と大鎌を持ち上げ、肩に担ぐ。
こちらも見掛けに依らず、剛力の持ち主のようだ。

「よっし…じゃあ行く前に確認をば…まず、私が先行して安全を確認。その後をフロリス様が着いてくる」
「うむ。確認したのじゃ」
「次に、フロリスさんの後ろをマリィちゃんが歩く」
「『ちゃん』着けんな」
「あ、すみません。つい…」
「ついってなんだコラ!お前外見で判断したろ絶対!外見で判断するヤツは外見に泣くぞ!」
「ワケがわからんぞ…とにかく、話の腰を折るな、マリィ」
「ゔ〜…」
「で、マリィちゃ…さんの次にロスさんが後方を警戒」
「ああ。了解した」
「前方の警戒はフロリス様に任せましたよ」
「任されよ。いかなる障害であろうとも木端微塵にしてくれるわ」
「…遺跡を壊さない程度にお願いしますよ…?」

胸を張って言うバフォメット―――フロリスの頼れるような、逆に危ないような発言に注意を促し、背負うリュックからカンテラとマッチを取り出す。
その中にマッチで起こした火を入れ、点火して階段の下を照らした。
随分深いようで、照らしただけでは奥まで見えない。
使い終わったマッチを小さな燃え殻箱に入れると、ジャイアントアント―――レイルは、カンテラを持って先行するべく、先に階段へと足を踏み入れる。
次いで、バフォメットのフロリス、ドワーフのマリィ、デュラハンのロスが続く。
皆、先程のやりとりからは想像できないほどに真剣な顔持ちである。
そしてロスの水色の髪が地面の中へと入っていったのを最後に、この森から声が消えた。

 * * *

カツン

   カツン

 カツン

    カツン

  カツン

       カツン

   カツン

歩く音だけが、木霊している。
皆、静かに階段を下っていた。
道を照らすのは先頭を行くレイルのカンテラのみ。
階段を一段降りてはロスの鎧が石とぶつかる音を出し、また一段を降りてはフロリスの蹄が石とぶつかる音を出す。

「皆さん、階段の終わりが見えてきました」

先頭でカンテラを持つレイルが、後続の3人に告げる。
3人から返事は無い。
返事が無い変わりに、場の緊張感が増した気がする。
ここは遺跡。
何が起きても可笑しくは無い。
レイルが階段を降り切ると、カンテラが部屋を照らし出す。
カンテラ一つで部屋全てを、というわけには行かず、部屋の隅っこを除く部分が明るみに出た。
壁はすべて煉瓦を積まれて出来あがっており、天井もまた煉瓦作りだ。
だが通路や扉が見当たらない。
試しに様々な方向にカンテラを向けてみたが、やはり道が無い。
ついでに言うと、壺も箱も、何も無い。
物置としても使われていないらしいが…とにかく、ここで行き止まりのようだ。

「ほぅ、これは興味深いの」

2番目を歩いていたフロリスが、前へと進み出る。
何かに興味を示したようだ。
遅れてはならないと、レイルも彼女を追う。
ロスとマリィも、また同じように。
カンテラを持つレイルがフロリスの後を追うと、行きついた先は正面の壁。
何やら描いてあるが、それが何かは分からない。
剣を真ん中に2匹の黒い蛇が鍔に噛みつき、その後に三角と逆三角が重なり、更にその後を楕円が囲っているような形の画だ。
紋章のようにも見える。
3人は首を傾げたが、考古学者のフロリスは理解しているようであった。

「フロリス様、これは…?」
「うむ。これは数世代前の魔王様の紋章じゃな」
「魔王様の?」
「なぜここにこの紋章があるのかは分からぬが…ここは親魔領になるよりも古くから魔物の住む里であったという。驚く事ではなかろう」

確かに…ここが元々人間の集落だったのならば数世代前の魔王の紋章があるのは不自然であるが、ここは古くより魔物の住む里だったというのなら、筋は通る。
問題は、なぜここにこの紋章があるのか。
ここは魔王軍の根拠地だったのか?
それとも儀式的な行事に使用する為に魔王軍が作ったのか?
多岐にわたる理由が想像されるが、答えは分からない。

「フロリス様、こっちに文字がありますよ」
「むむ、どれどれ…」

カンテラを持つレイルがフロリスを手招きしながら呼ぶ。
その方向へフロリスはテトテト歩いていき、やがて文字が描かれた壁へと辿りつく。
壁に描かれてあったのは、数行の文字。
だがどこからが1文字で、ドコからが次の文字か分からないような、全てが繋がっている文字だった。
現代で言う筆記体のようにも見えるが…。

「ふむ…」
「フロリス殿、どうしました」

顎に手を当てて考え始めたフロリスの後に、ロスがやってきた。
興味を示したのか、マリィも近寄ってきている。

「いやな、なにやら暗号のようなものでビッシリ書かれておっての…ところどころ解読出来そうな文字があるが…さて…」

フロリスは大鎌を床に置き、徐にもう片方の手にある紫色の分厚い本を開いた。
そして本の文字と壁の文字を見比べるようにして交互に見やる。
文字を解読している最中なのだろう。
閃いた顔をしては難しい顔を作り、困った顔をしたと思ったら、今度は不思議そうな顔を作ったりと、忙しそうに顔を変えている。

「なんだか百面相みたいで面白いですね」
「黙らっしゃい」

ピシャリとフロリスの声がレイルの声を掻き消す。
あーでもない、こーでもないと唸りながら、ようやく絞ったような声を出した。
まだこれで正しいのかどうか分からないようだ。

「ぬぅ〜…『魔王軍』…『魔力』…『壁』…ぬ、これは…うむぅぅ〜…『開閉』…かの?」

そこまで言ってフロリスは片手を本から放し、壁に手を当て、魔力を送ってみる。
フロリスの頭の中には、『魔王軍の何かが、魔力によって開閉される壁の向こうにある』という解釈をした。
そこでとったこの行動なのだが、本人としても解読には自信が無いので単なる思い付きである。
だが…。


ガゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ


どこからともなく、唐突に音が部屋全体に響く。
ロスはとっさに鞘に収まっている腰の剣に手を掛けるが、ただ音がするだけで他に変化は見られない。
怪訝な顔で周囲を見回し続けるが、やはりどこも異常は無い。
一方のフロリスはといえば…何かを確信したような、そんな顔をしていた。

「おい、フロリスさんよ、こりゃ一体どういうことだよ?」

少々うろたえ気味にマリィはフロリスに問う。
さすがに不審に思ったのだろう、この音だけがする現状を見て。
だがその問いにフロリスは答えない。
代わりに答えたのは、フロリスが手を当てている壁だった。


ガコン   ガコン
   ガコン
ガコン   ガコン
   ガコン
ガコン   ガコン


壁に積み立てられた煉瓦が動き出した。
壁の中へと引っ込むように一つ、また一つと、どんどん奥へと続く道を作るかのように。
そして最後に一際大きな音が鳴り、それを境に静寂が生まれた。

「…なるほどの、隠し通路というわけじゃな」

フロリスは嬉しそうな顔で道の先を見る。
すぐ傍にいるレイルの持つカンテラが道の先を僅かながら照らしていた。
中も煉瓦作りのようだ。

「では、行くかの。レイルよ、先行を頼むぞ」
「…あ、はい!」

今起きた突然の出来事に呆けていたのか、一拍遅れてからレイルは返事をした。
6本の足をセカセカと動かし、先導するべく隠し通路の中へと入っていく。
その後をフロイスが悠々と着いていった。
同じように今の出来事を眼中に収めたマリィはあんぐりと口を開けて、まさかの出来事に放心している。
だがそれも長くは続かず、すぐに平静を取り戻して通路の中へと短い足でテテテテと駆けて行く。
ロスもまた同様に放心していたが、マリィが駆け出したと同時に正気に戻り、ガシャガシャと鎧の音を立てて彼女等の後を追った。

「さてさて、隠し通路の先には何が眠っておるのかの…楽しみじゃ♪」

先程の百面相の中では見せなかった“笑み”を浮かべ、フロリスは意気揚揚と歩く。
“隠し通路”…そんなものを作ってまで隠したい何かがある。
そしてこの道は、その“隠したい物”へと導く標。
この道を辿って行けば、“ソレ”に会える。

「…こちらとしては、罠があるのではと不安になりますが…」

ロスは最後尾で、腰に差してある剣に手を掛けたまま歩き、呟いた。
もし“隠したい何か”がこの先にあるのだとして、“隠し通路”を看破された場合の対策を講じるのではないだろうか。
だが今のところ、そういった予兆は無い。
『嵐の前の静けさ』で無ければ良いのだが…。

「あ、見えました!出口です!」

先頭を歩くレイルが声を出す。
その先に見える出口のようなものは、暗い。
だが全てが黒いと言うわけではなく、明るかったり、暗くなったり、なんというか…キラキラしているような気がする。
あの輝きは鉱石か、宝石か…ドワーフであるマリィは一目で分かった。
なんの鉱石かは分からなかったが。

「なんなんだ、ありゃ…?」

実際に口に出して言ってみても、分かる筈も無かった。
だが行けばきっと分かるかもしれない。
そうこうしているうちに、出口の手前まで来ていた。

「…さて、ご対面じゃな」

レイルを先頭にした一行は、そのまま直進して通路から出る。
すると、その眼前に広がるは―――。

「うわぁ…」

そこは既に煉瓦など無かった。
ただ岩盤が顔を覗かせている。手入れなど施されていない。
だが壁、天井、地面は所々淡い光っており、その光を放つもの全てが鉱石や宝石であると認識させる。
鉱石事体が光を発しているのもあり、それが鉱石同士で反射しあって淡いと形容できる光を作り出していた。
大、中、小、色、形、様々だが、中でも目を惹いたのは、この空間の中心にある一際大きな水晶。
形は間歇泉でも起きたかのように天井へと向かって伸び、色は薄水色の少し濁った半透明、といったところか。
人ひとりでは腕を回せないほどに大きい。

「キレイだな…」

ロスがボソッと呟いた。
戦士と言っても彼女とて魔物の女性…やはり、キレイなものには惹かれるものだ。
別の意味で惹かれている者もいるが…。

「ルビー、トパーズ、コーネリアン、アメジスト…まだあるぞ…こりゃ、まさに宝石箱だな…」

言うことは女性のソレと大差ないが、彼女の本心としては職人としての腕が鳴る、と言った所か。
マリィは目をキラキラさせながら周辺を見渡しては宝石の名前を当てて行った。
その中で、奇妙な物を彼女は見つけた。

「…あん?」

口に出すのと、彼女が思った奇妙な物へ足が動いたのはほぼ同時だった。
そんなマリィの呟きは、静かなこの空洞内ではよく聞こえる。
3人は彼女の呟きを耳に入れ、彼女のほうを見やる。

「なんじゃ、どうした?」
「いや…なんか、あの宝石が…」

マリィと並ぶようにフロリスは横に移動すると、そのままマリィと同じ歩幅で歩く。
元よりドワーフのマリィよりも足が長いのだ、遅れる事など無い。
マリィはそんなフロリスを見ずに、ただ前方を指差す。
隣を歩くフロリスはその先にある方向を見てみると、そこにあったのは大きな水晶。
先ほどの、あの間歇泉が立ち昇った感じの水晶だ。

「あれがどうかしたのか?」

いつのまにかマリィの後を着いて歩いてきたロスが問う。
彼女からすれば一見、なんの変哲も無い水晶だが…。

「いや…誰か居る」

ピクッと、ロスの片眉が動いた。
『誰か、だと?』
彼女の一言でロスは一瞬にして気を引き締めた。
調査員はこの空間にいる4人だけ。
その他が、この空間に?
しかも考古学者であるフロリスを悩ませるほどのあの暗号を解き、隠し通路を通って来た者がここに?
恐らく、ただ者ではない。
ロスは剣の柄を握る手に力を込める。

「え、なになに?人?」

今度は最後尾を歩くレイルが、3人の後から訪ねる。
それでも3人は歩みを止めずに、そのまま歩く。
そして、前を行く3人が立ち止まった。

「!!? …これは…!!」

ロスが、驚愕の声を上げる。
取り乱したのか、その顔もまた驚愕の色に染まっている。
フロリスとマリィもまた、驚きを隠せないという顔をしている。
その反応に、レイルは慌てて彼女の視線の先を見るように前へと1歩踏み出した。

「えっ…!!?」

今度は、レイルが驚く番。
彼女の足元には、大きな水溜りが出来ていた。
水溜りと言うよりは、もはや池の域であるが。
だが水嵩事体はそれほどではなく、人間で言う踝が埋まるほどでしかない。
なぜこんな所に水があるのか疑問だが、問題はそこでは無い。
眼前に広がる浅い池…そのちょうど中心に水晶がある。
その薄水色の半透明な水晶の中を、目を凝らして見ると―――。


「人が居る…!!?」


パッと見は肌色の物体。
だが違う。半透明故に、最初は気付かなかった。
否、『水晶の中に人が居るわけ無い』と、水晶の中身にすら目を向けなかった。
あれは正真正銘、人間の男だ。
…全裸の。

「…!!」

戦慄。
もちろん、水晶の中に人が居ると言う事についてである。

「…ワシ、アレ見るの初めてなんじゃが…大きいのかの?」
「さぁ…私も友達伝いに形を聞いただけですので…」
「…普通、ではないか?」
「おれからすれば野郎どもの逸物はどれも巨大だがね」

…水晶の中に人が居ると言う事についてである!

「しっかし…どういうこった、これは…」

顎に手を当て、マリィは悩む仕草をする。

「…古代植物の樹液が化石化し、その中に虫とかが入って見つかるケースはあるが…水晶の中に人間なんざ、常識的に考えてありえねぇぞ」

地質時代の樹脂などが地中に埋没した事により生じる一種の化石…それを琥珀という。
その中には極稀に当時の虫が封じ込まれ、同時に化石化しているものもあるらしい。
が、それは琥珀の話。水晶となると別の話になる。
石英と呼ばれるものは、世間でよく見られる岩石を構成している鉱物であり、火成岩や変成岩などにしばしば含まれるとされる。
その中で大きく結晶化したのが、水晶なのだ。
だから不純物や放射線などは入ったとしても、生物…ましてや人間など入れるわけが無い。
だとするのなら、アレは水晶じゃない…?
なんにしても、鉱石の中に人間が入っているのは異常である。

「…私が近くで見てこよう。3人はここで待っていてくれ」

水晶の中に居る人間の謎について考察を続ける4人の中で、ロスが腰の剣に手を掛けたまま名乗りを挙げた。
その行動にレイルは止めに入る。

「待ってください!色々と怪しいですよ!?」
「ここでジッとしていても謎は解けん。ならば近くで調べた方が良いだろう。生憎私は鉱石に詳しくは無いが…安全確認の為だ」

彼女の言い分は、尤も。
鉱石の中に人間が入っている…あまりにもイレギュラーな状況だ。
それこそ、何者かの仕業―――罠かと勘繰ってしまうほど。
ここは遺跡…隠し通路を作るぐらいだ、隠したいものがここにあると思われる。
先ほど言った通り、隠し通路を見破られた際の対策として罠を設置している可能性もあるのだ。
だが、ロスはレイルの静止を振り切り、さらに歩き出す。
水に足が浸かる。中々に、冷たい。

「…」

ジャブ、ジャブ、ジャブ…
ゆっくりと前に進む。
自分の周囲を確認しながら、水底の凸凹した箇所に足を取られないように、慎重に。
その行く末を、ロスの後に控える3人が固唾を飲んで見守る。

「…」

ロスは水晶の手前まで来た。
ここまで近くに来れば、中は丸見えだ。
中に居たのは、少年の男の子。
外見的に判断して、10代だろう。
髪は黒くて、短い。
身体は鍛えてあるのか、中々に筋肉がついていた。
だが些か細い。
それは10代という幼さゆえか、そういう体質なのか…。
そして下半身に目を移すと…。

(…やはり、大きいのか…?)

どうしても気になってしまうようだ、アレが。
それは魔物娘のサガ故か。

(ッ!! イカンイカン!理知的になれ、理知的に…)

あまり男性を襲わないというデュラハンらしい行動だ、理性で本能を抑制している。
まぁ、それでも襲うのが魔物娘であるが。

「…」

『襲ってしまえ』と訴える本能を押し殺し、ロスは水晶に手を伸ばす。
…彼女の名誉の為に言うが、決して股間にではない。顔の部分にである。
触ってみると…水晶もまた、足元の水と同じ位に冷たかった。
だがその瞬間―――!


 パキンッ


振れた所を発端に、水晶に亀裂が生じた。

「!!?」

ロスは驚き、咄嗟に水晶から手を離す。
と同時に『バキバキバキッ!』とイヤな音が鳴る。
水晶が、崩れ始めた。

「逃げよ!!ロス!!」

少し離れた位置にいるフロリスが叫ぶのと、ロスが後へと跳ぶのは同時であった。
タンッと後へ飛び退いた時には既に安全圏へと飛び出ていたあたり、さすがは魔物娘といったところか。
倒壊する音と、割れる音が空間全体に響く。

「…!」

人が入っている事を除いては、外見上は何の変哲も無い水晶だった。
それが今や、見る影も無い。
あれほどでかかった水晶は、抱えられるほどの大きさや、掌に乗せられるほどの大きさになった。
まだ倒壊を続ける水晶を、少し離れた位置まで来たロスは神妙な顔持ちでそれを見守る。
何がどうなったのか、見極める為に。

「…すげぇな…跡形もねぇや」

少し呆気に取られた様子で、マリィは言う。
彼女の言う通り、あのデカかった水晶は砕け散り、全ての破片が水溜りの中へと埋まった。
大きいものは水面より顔を出すが、水面よりも小さなものは沈むのみ。
そして倒壊が止まった頃には、もう既にあの巨大な水晶は無くなっていた。

「…」

ロスは剣に手を掛けたまま、黙って水晶の跡を見る。
黙って、ただ一点を見る。
崩れた水晶の中にいる、あの人間を。

「…!」

居た。
その少年は少々大きめな水晶の上に頭を乗せ、半ば枕にするようにうつ伏せとなっていた。
あの崩壊する水晶の中で、無傷のまま。
ロスは警戒しながらも、その少年の元へとゆっくり歩み寄る。

「…」

彼の手前まで来て、足を止めた。
うつ伏せのまま横たわっている少年の腕をゆっくりと掴み、何も害が無い事を確認。
そのまま掴んだ腕の先、手首の付け根辺りにある脈に、己の人差し指と中指を軽く押し当てる。

トクン トクン トクン

鼓動が伝わる。
この者は正真正銘、生者だ。
…まさか、水晶の中に居た人間が生きているとは思わなんだが。

「…ろ、ロスさん…その人は…?」
「む…ああ、生きている。呼吸も滞り無く行なわれているぞ」
「マジかよ…なんで生きてんだよ…」
「不思議じゃの…して、どうするのじゃ?」
「…」

フロリスの問いに、ロスは黙る。
『どうする』というのは、言わずもがなその男をどうするのかについてだろう。
だがロスの頭の中では、既に答えは決まっていた。

「…もちろん、連れて行こう。ここで置いて行くなど外道のすることだ」
「うむ、言うと思ったわ」

フロリスは満足そうな顔をし、踵を返して来た道を戻ろうとした。
その後を、慌ててレイルが追いかける。
2人が出て行くのを感じ、ロスは少年を背に担ぐ。
その少年は些か軽い。

「では、行こうか。…ん?マリィ、なにをしている?」
「あぁ…サンプルをちょっとな」

ジャブジャブと水溜りに入ってくるマリィを不思議に思ったロスは疑問を口に出した。
だが彼女はそれしか答えない。
代わりに、マリィは水溜りの中に沈む掌サイズの水晶を手にする。
先ほど崩壊した水晶の断片だ。
水晶は先ほどと変わらない、薄水色の少し濁った半透明の色をしている。
透けている為に、持っている方の手が歪んで見えた。

「おっと、カンテラ持ってるレイルが行ったんじゃ取り残されちまう。サッサと行こうぜ、ロス」
「ああ」

2人は頷き合い、先に行ってしまった2人を追うべく駆け出した。
そして完全に無人となったその空間に、静寂が訪れる。






なんの音も無い。






なんの生物も居ない。






ただ鉱石が淡く空間を照らすのみ。






そして―――鉱石の光すら、消えた。
11/12/31 00:18更新 / BLITZ
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■作者メッセージ
初めての方、初めまして。
久し振りの方、お久し振りです。
挨拶もソコソコに、この物語について少々捕捉しましょう。
この物語はタグにバトルとありますけれども、バトルは控え、エロやラブコメを中心にやって行こうと思います。
『DARK KNIGHT』なんて明らかにバトルを彷彿とさせるようなタイトルですが。
着けた理由は物語が進めば分かると思います。
私自身“エロあり”でやるのは初めてですが、初めてなりに精一杯頑張ります!

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