連載小説
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『暗転と明滅』の11〜20日(後編)
 
 《15日目》

 僕が住む街の中心にある小学校。
 そこは市内の他の小学校と比較して数倍の人数を誇る、いわゆるマンモス校だ。
 全体生徒人数にして1200人といえば、その規模が伝わるだろうか。

 『アンチ・サバト』のメンバー6人は今回、その小学校に訪れていた。

 現在は待機中だが、もうそろそろ出番のはずだ。

「イズミ、あまり気負うなよ」
「大丈夫です……というか先輩、表情見えないのに分かるものなんですか?」

 そう言うと、近くにいた僕の妹やフタバ姉妹がブフッと噴き出していた。
 少しは緊張ほぐしの役に立てただろうか?

「いいぞイズミ、その意気だ」
「はい!」

 サバトは『幼い少女の背徳的な魅力』を伝える集団だ。
 そんな彼女らが、小学校というロリータ存在の集積地を見逃すことなんてあり得ない。

 現にヤツらは他の小学校で少女の誘拐・誘拐未遂を数件起こしている。
 連れ去られた少女たちは当日に帰宅していたために大事には至らなかったとされているが、それこそがサバトのやり方だ。
 その子たちは十中八九、サバトに裏で布教を受けているだろう。

 そのターゲットは女子だけに限らない。
 青田刈りのように見込みのある男子がサバトに目をつけられ、もう少し時間を置くことで彼女らにふさわしい『おにいちゃん』になるのを待っているというのは、まさに僕の周りで起きていた実体験だ。

 石丸くんだってそうやって、彼が小学校6年の時に隣に引っ越して来たというお隣さんの幼女に、中学生活のある日『収穫』されてしまったのだから。

 憎きサバトには、小学校がまるで甘いお菓子の家にでも見えているに違いない。

 これらから分かることは1つ。

 ヤツらの力を削ぐためには、この小学校という同じ土俵に立った上で、彼女らの幼女的支配からいたいけな小学生を解放する必要があるということだ。

 しかし、大学が我々のホームグラウンドであったのに対して、小学校は彼女らの勢力圏である。
 こちらにとって小学校はアウェイなのだ。

 サバトであれば易々と侵入できる放課後の小学校のグラウンドなども、大学生が入るには辛いものがある。
 もし今の状態のマミヤマを素のまま向かわせたりしようものなら、市の掲示に出るのはサバトの被害報告ではなく、おしゃぶりを咥えたマミヤマの目線隠し付き顔写真になってしまうだろう。

 だから、『アンチ・サバト』は一計を案じた。

 まずはボランティア部。
 彼らに頼み、毎週の昼休みと放課後に行なっていた小学校へのボランティアを、我々が代役として引き受けた。

 そして、服飾部。
 こちらにも依頼し、必要な物を揃えてもらった。
 揃えたというか既存のものがあったため、それを借り受ける形となった。

「兄さん、そろそろだよ!」
「おわっ! い、行ってくる!」

 妹からの呼びかけで、出番が来たことを知る。

『今日は近くの大学から〜? かわいいマスコットさんとおねえさん達が来てくれました〜!』

 そんな声がスピーカーからノイズ混じりに響いたのに合わせて、小学校の体育館の舞台袖から僕とアネサキ先輩、そしてネクリが飛び出した。

 舞台の下で集まっているのはもちろん、昼休みの全校集会のために整列していた小学生たちだ。

 僕らは今、いつものそれぞれの私服姿ではなく、服飾部から借り受けた着ぐるみを装着していた。

 『うめぼし三兄弟』と名付けられた3頭身ほどのやたら渋い男顔の着ぐるみたちが、ジェットストリームアタックの如き勢いで体育館の舞台中央に突進。

 背丈の関係でネクリ、僕、先輩の順番で縦列になったのち、後ろ2人がババッと左右に側転してキレよく展開していく。

 そのままネクリを中心にアネサキ先輩と息を合わせてバク転で周回し、再び真ん中に寄ってからネクリを2人で跳ね上げると、ネクリは横スピンをかけて舞台に着地をキメた。

『…………………………へ?』

 困ったことに、放送マイクを手に取ったキキーモラの女性教員が自分のセリフを忘れていた。
 なぜボケっとこっちを見てるんだ。
 さっきまで騒がしかったちびっ子たちも静まりかえってるし、進めるなら今だろうに。

 仕方なく、舞台袖に視線を送る。

「み、みんなー! こんにちはー!!」

 すると合図を受けた僕の妹が、良く通る声をマイクにのせて袖から双子の姉妹とともに走り出てきた。
 最初つっかえたが、それはご愛嬌だ。

 彼女たち3人はあまりクドくない程度のお揃いのコスチュームを身につけており、並んで立つと中々に華がある。

 3体と2人の間に立ったイマリが、昨日の夜まであわあわしながら猛練習していたスマイルを振りまきつつちびっ子たちに話しかける。
 ちなみにマミヤマは留守番だ。

「今日から6日間のあいだー! うめぼし君たちと一緒に、ぜひ遊んであげてくださいねー!」

 それから、放心から復帰したらしい女性教員によって大学名やらボランティア部やらの紹介がなされた。

 その説明が終わり、イマリが「よろしくねっ!」と言う頃には、場の雰囲気は全て『アンチ・サバト』が掌握することに成功していた。

 これなら、掴みは上々であると言って良いだろう。










 《17日目》


「あ、うめぼしだ!!」「今日もきた!!」「うめぼしー、遊べー!!」「きめー!」「動ききめー!」「すげぇ!」「きもいしすげぇ!」「ねえあのピョンって飛ぶの! やってやって!」

 ………………などなど。

 小学生たちの僕らへの感想は、そんな感じだった。

 今日も放課後になって小学校の校庭にやって来ると、小学生たちが目ざとく僕を見つけて雲霞のごとく大勢駆け寄ってくる。
 そしてあっという間に揉みくちゃにされる。
 誰だ、着ぐるみごしにパンチしてきてるヤツは。

「はーい、あんまりうめぼし君をイジめないであげてねー?」

 校門で教員と話していたイマリが後ろから来て、小さい怪獣たちの暴挙を止めてくれた。
 もう少しフォローが遅れれば、背中のジッパーを開けられていたかもしれない。

「みんなー、今日はなにして遊ぶー?」

 この3日間でかなり慣れたのか、僕の妹は派手めな服装をばっちり着こなし、ノリノリで生徒たちに話しかけていた。
 僕は基本的に無口な着ぐるみであり、話すことはないので、生徒たちとの会話によるコミュニケーションはイマリやフタバ姉妹の役目だ。

 そして、問われた途端に口々に思い思いの意見を主張し始めるちびっ子たち。
 結果、遊戯はドッジボールに決定した。
 彼らは着ぐるみへの配慮が全くなかった。

 わーわーと叫びながら逃げ回る男児やら女児やらまだ幼い魔物娘やらを、こちらも逃げ回りつつも配慮あるプレーで的確にボールを軽く当てて排除していく。

「うめぼしつえー!」「ケンくんがよわいんだよー!」「当たんねー!」「ふざけんなうめぼし!」「わたしぜったいうめぼしに当てるから!」「全員でうめぼしねらえー!」

 思った以上に盛り上がっていた。

 そしてイマリは審判と応援役を兼ねて参加し、男子たちにボールを手渡したり、声援を送ったり。
 すると彼ら、いい感じに顔を赤くして恥ずかしがっている。

「うんうん、イマリのほうも反応良さげだね!」
「姉さん、声が大きいよ」

 着ぐるみのままぐったりと校庭の端で休憩していた僕の後ろから、そんな言葉がかけられる。
 フタバ姉妹だ。

 彼女たちはそれぞれ先輩とネクリで分かれて担当しているはずだったが、今はフタバ達の近くにはどちらの姿も見えない。

「あ、今はアネサキ先輩、疲れたって言ってタオル取りに行ってるよ」
「ネクリちゃんは一旦部室に戻ってドクター◯ッパーを補給しに行ってるよ」

 なるほど。
 ジェスチャーだけで了解を伝えておく。
 彼らも問題なく、校庭の他のところで分散して生徒と遊んでいるようだな。
 そしてネクリ、かなり本気モードじゃないか。

「イズミも、気になるんだったら生徒たちに見つからない所とかで汗拭いてくれば?」

 それにも頷く。
 確か近くに体育倉庫があったはずだ、そこなら中の人が身バレする心配もないか。
 よし、僕も行くか。

 ……大学からのボランティアという名目を掲げ、6日間という期間設定で小学校に堂々と潜り込むことに成功した我々『アンチ・サバト』。

 イマリとフタバ姉妹の活躍もあって、3日目にして彼女たちは既に小学生達のハートをかなり掴んでいるように見える。
 それで良い。言ってしまえば着ぐるみはオマケであり、今回アイドル的な立ち位置を引き受けてもらった彼女らのほうがむしろ存分に目立つ必要があるのだから。

 そして、それこそが今回の作戦、『キレイなお姉さんは好きですか?』作戦の最重要事項だ。

 何より重要なことは、多くの男子小学生たちに、パフォーマンスなども取り入れて容姿の麗しい『おねえさん』を強く意識させ、この6日間の思い出としてもらうことだ。
 そうすれば彼らは幼い少女よりも、年上の女性の魅力に天秤が傾くことになるだろう。
 また女子小学生や魔物娘たちであっても、お手本のような『おねえさん』の姿は先人としての参考になり、また目指すべき姿勢として印象に残るはずだ。

 小学生たちのその思い出や印象は、きっとサバトへの防壁として働いてくれるだろう。

 姉スキーという性癖を持つアネサキ先輩だからこそ考えつく、末恐ろしくなるほどに冴えた作戦だった。

 だから僕たちは引き立て役に徹し、存分に彼女らの魅力を振りまくための踏み台になるのだ。まさに客寄せパンダである。
 マスコットでは子どもを寄せる撒き餌、本命はイマリ達。
 そういう役回りだった。

 ネクリは…………その、少し外見が『おねえさん』という印象からは遠いため、惜しまれつつも着ぐるみサイドの役回りとなっているが……。

 まあしかし、彼女も頑張ってくれている。
 僕もとっとと汗拭いて復帰するとしよう。

 ホコリっぽい体育倉庫に入ると、ハードル走用のハードルやらラインカーやらマットやら、そんな物が雑多に詰め込まれた空間が目に入る。

 かろうじてあった足場に踏み入って脱ごうとする……が、そこに至って1人では脱げないことを思い出した。
 手がジッパーに届かず、開けられないのだ。
 とんでもないウッカリだった。

「あ、あのぉ…………あけましょうか?」

 いきなり声が聞こえた。
 マズい、先客が居たのか!

 振り向くと、倉庫の奥でボールを抱えたちびっ子の姿があった。
 体操着の女の子だ、小学四年生くらいか?
 ふわふわした栗色の長髪が揺れており、ちょっと小動物チックな印象を受ける子だった。

「あっ……ヒミツ! ヒミツなんですよね! うめぼしさんっ、だいじょーぶですっ、わたしっ、口はカタいんです!」

 固まっている僕にそう言って、おっかなびっくりではあるが近寄ってくる。

「だいたいのお人形さんには、ヒトが入ってるんだっておかーさんから聞いてますからっ! あんしんですっ!」

 ふん、と胸のところで両手をこぶしにしてギュッと握りしめてみせた。
 なんだかとても覚悟完了している様子だ。

 そして結局、よく分からないまま流れで押し切られる形で手伝ってもらい、うめぼし三兄弟の着ぐるみを脱いでしまった。

 するとその子は、着ぐるみから出てきた僕を見て目を丸くする。

「うめぼしさん、おねえさんじゃないんですね……」

 その言葉を聞いて後悔するも、既に手遅れだった。

 着ぐるみを装着して子どもと接する理由の1つには、僕やアネサキ先輩が女子小学生の目に触れないように、というものもあったのだ。

 女子小学生に『すてきなお兄さん』として見られる…………なんてことは万が一どころか億が一にも無いとは思うが、それでもサバトの教義に抵触しかねない接触は避けるに越したことはない。

 なにより、サバト本体に気づかれたら危険だ。

「あー、そのだな、この事はどうか…………」
「あっ! はっ、はいっ! ヒミツ、ですねっ!」
「うん。助かるよ」

 なるべく優しい声音になるようにして話しかけると、コクコクと小さく頷いてくれた。
 聞き分けのいい子で助かった。
 ちょっと内気そうな雰囲気だし、周りに言いふらすこともない、と思う。

 そうなると、この子が1人でここに居た理由が気になってくる。
 他の子たちと遊ぶためにボールを取ってくる役回りだったのだろう、と推測して質問してみるが、果たしてどうだろうか。

「僕が入った時にボール持ってたけど、外でみんなが待ってるんじゃない?」
「待って……は、ないです」
「じゃあ、今から誰かを誘うとかかな?」
「その、あの……。わたし、ひとりで」

 そうだったのか。
 それはちょっと寂しい話だな、という考えから、老婆心ながら手伝ってあげようと思った。

「じゃあ、僕と一緒に外に出てみる? 今集まってる子たちは学年も関係ないみたいだったし、君も普通に混ざれると思うよ」
「えっ、いいの!? ……いいんですか!?」

 途中で慌てて敬語を思い出すあたり、なんとも可愛らしい。

 そうしてその子と一緒に持ち場へと戻れば、堰を切ったように押し寄せてきたちびっ子たちにもみくちゃにされる展開が再び待ち受けていた。

 だが僕がボコボコにされた甲斐はあったようで、それから夕暮れまでたっぷり遊んだ頃には、その子も周りの子たちとかなり打ち解けられていたように思う。










 《19日目》


「あっ! うめぼし、さんっ!」

 体育倉庫に入った途端、声をかけられる。
 やっぱり居たか、という感想とともに、どこか今日もその子が居ることを期待している部分が自分の中にあったことに内心驚いた。

 ただ、当たり前だが今の僕は表情すら外から見えない着ぐるみ姿であり、そんな思いは彼女に悟られることもない。

 いそいそとやって来たその子は、僕が何か言う前に後ろに回り込む。
 ジャッ、とジッパーが下がる音がした。

「……ふぅ。いつもありがとう」
「い、いえっ! ど、どういたしましてっ」

 脱いだ瞬間に顔にそよいでくる外気がとても涼しく、気持ちいい。
 蒸し蒸しした着ぐるみの中との差で清涼感を感じるのだろう。

 今日も大変な目に遭ってしまった。
 ちびっ子たちはさらに遠慮がなくなり、そろそろ着ぐるみ3人と彼らとの耐久レースのようになってきている。
 これ、服飾部に返す時に補修しないとマズいかな?

 マットに座って手元の萎れた着ぐるみを見ていると、隣に座ったその子も一緒に覗きこんでいたことに気がついた。
 今の僅かな時間で、まただいぶ近寄ってきていたようだ。

「ん? どうかしたかな?」
「ひゃっ!?」

 相当接近していたようで、横を向くと至近距離で目が合う。

「あ、あのっ……。その、においが……」
「うわ、悪い! 臭かった!?」

 着ぐるみ着用の上で全力で運動していたのだ。
 そうして掻いた汗たるや、推して知るべきである。

 だが、そういうわけではないらしかった。

「な、なんか、クラスの子たちとちがうって……」
「違う?」
「あわわ、そうじゃなくてっ!」

 途端にしどろもどろになったその子によると、クラスの男子などは体育の後、教室に居たくなくなるくらい薬品っぽい匂いをさせているとのこと。
 恐らく制汗剤だろう。
 今の小学生、そんなものまで使っているのか。

「だ、だから、その、うめぼしさんのにおいはっ、イヤな感じとかじゃなかったですっ!」
「わ、分かった、分かったから」

 暗い体育倉庫の中でも分かるくらいにその子は顔を赤らめていた。
 なんか、変な話になってしまったな。

 それに、もう時間が結構経っていた。

「……じゃあ、僕はそろそろ休憩も終わりだから、行かなきゃいけないけど」
「あっ…………」
「あー、君も一緒に来てくれるよね?」
「は、はいっ!!」

 ここ3日ほど話しているが、意外とこの子は喜怒哀楽が結構分かりやすく変わる。
 初日はちょっと引っ込み思案な性格の子だとだけ思っていたのだけれど、今は印象が変わっていた。

「ただアレだ、別に毎日ここに居て僕を待つ必要なんてないし、君も好きに遊んでて良いんだぞ?」
「で、でもうめぼしさん、ひとりじゃ手が……。その、届かないですよ……?」
「……確かにそうかも」
「そ、そうなんですっ!」

 まあ、良い子なのだろう。
 僕の方が対応を間違えなければいいだけだ。

 そうして校庭に戻ったぼくを待っていたのは、子ども達のフラフープ輪投げによるピンの役目だった。

 立ったままボンボンとフラフープをぶつけられるのも癪なので、素早くステップを踏んで動き回る。
 高速反復横跳びをする3頭身の着ぐるみの誕生だ。

 それがさらにちびっ子らのなにかの琴線に触れたらしく、僕は下校時刻になるまでずっと的の役を課せられた。
 最終的には体育倉庫のあの子や、なぜかイマリまでかなり本気でフラフープを投げてきているように見えたが、まあ楽しそうだったので良しとしよう。

 そして、その帰り道。
 僕はアネサキ先輩と一緒に帰路についていた。

「これ、もしずっと続けるとかだったら相当しんどいでしょうね」

 手持ち無沙汰であったため、お互いに子どもたちとどう遊んでいたのかなど、取り留めのない会話がここまで続いていた。

「君はだいぶ熱中していたからな。私みたいに適度に力を抜けば、そうでもないさ」
「え、それはズルいですよ先輩!」
「何事にも熱心に取り組めるのは美点だぞ」

 はは、と笑うアネサキ先輩。
 しかしその表情は、少ししてからなにやら真剣なものに変わる。

「…………ただ、な。どうして君はそこまで『活動』に力を入れているのか、その理由が私は少し気になった」
「理由、ですか」

 外なのでぼやかしてはいるが、活動とは『アンチ・サバト』のことだろう。

「今日も倉庫から出てきた時、1人の生徒と一緒だっただろう?」

 なんと、先輩に見られていたのか。
 しかも口ぶりからするに、今日初めて見られたというわけでもなさそうだ。

「いやいや、あれは――――」

 慌てて弁解する。

 偶然あの子と倉庫で鉢合わせたこと。
 それからは、着ぐるみを脱ぐのを手伝ってもらっていただけということ。

 そして僕は、決してロリコン野郎などではない。
 別にランドセルやソプラノリコーダーを見て興奮する趣味もないし、なんなら家に置いてあるその手の本は意識して年上系のものばかりを揃えているのだから。

「いや、違うぞ。別に君のことを疑っているわけではないんだ。むしろ私は、もし同学年であったなら間違いなく君を『代表』に他薦していただろう」
「えっ……!?」
「む、そんなに不思議か? だがそれを言うなら、私だって自身や他の姉スキーたちを守りたいという、不純な動機で『活動』を続けているだけの男だぞ」
「……それも立派な理由ですよ。自分の領土を犯されてほいほい受け入れられる人なんていません。マミヤマだって、フタバ達だって、ネクリだって、自分の存在意義を守るために戦ってるんです。共感こそすれ、僕にはそれを否定することなんてできませんよ」
「だが、今回の作戦。もしも成功して、いや、『成功しすぎて』、逆に姉スキーが性的嗜好のシェアを席巻するようなことになってしまったらどうする? あるいは、フタバらや君の妹が初恋となり、そして夢破れるであろう将来の姉スキーたちは?」
「作戦が…………悪手だったと?」
「そうではない、が」

 先輩は俯いていた。

 それは、『代表』ではないアネサキ先輩自身から出た、ある種の弱音だったのだろう。

 僕は、初めてこんな先輩を見たように思う。

 普段は積極的に意見を出し、議長として舵取りを行い、そして明快な指示で皆を導いてきた先輩。
 そんな彼も、内心では不安を抱えていたのだ。
 もしくは小学校での活動を経て、迷いが生まれたのかもしれない。

 だが、確かにそうだ。

 幼女好きと年上好きを比較しても、究極的にはストライクゾーンが上か下かという違いしかない。
 そして今回の作戦は、いたずらに年上好きを増やしかねないという危惧もあった。
 ちびっ子の彼らの過度な思い入れを防ぐために僕らの訪問は6日間という期間設定をしたが、しかし『そういう意図』があったということは否定できない。

 そうした嗜好の誘導は、サバトとやっていることが似通っているとは言えないだろうか?

「………………」
「………………」

 ……だが、それでも。

「先輩、もしかしたら僕たちのやり方が今後不都合を生まないとも限りません。そして、将来的に『活動』が間違いを犯す可能性もゼロではありません」

 『代表』が迷っている今だからこそ、『副代表』の僕が言わなければならなかった。

「ですが我々は、いや、我々が彼女らに対抗しなければならないんです。市は掲示を出すのみ、他に止めるものがいないからこそ、今の彼女らは野放図に勢力を拡大させてしまった。幼い子のイタズラは、誰かが諌めなければならない! 1人でもNOと言える人間がいなきゃダメなんです!」

 それが、『アンチ・サバト』。
 サバトに対抗するためだけの組織なのだから。

「そう…………だな。我々の『活動』は、彼女らを撲滅させるためのものではない。あくまでも撃退、過剰な拡張の抑止力となるためのものだ」
「そして、いずれは妥協点を探していければと思っています。他の性癖を持つ皆が、笑って暮らせるような未来を探すんです」

 フェチズムに善悪はない。

 フェチズムの押し付けにこそ、悪が潜むのだから。

 強制されたロリコンなんて、そんなの間違ってる。

「君は…………」
「先輩?」

 歩きながら、アネサキ先輩と目が合った。
 いつの間にか彼の視線は下から前へと向いており、彼のメガネは夕日を鮮やかに反射していた。

「ありがとう、目が覚めたよ。整理が付いた、とでも言うべきかな」
「僕も自分の中で、自分の意義を再確認できました」

 汗くさい着ぐるみを肩に担ぎ、『アンチ・サバト』の2人で笑い合う。

「先輩。さっきは何と言いかけたんですか?」
「いや、なに。大したことじゃないさ。ただ君が、もしも………………」

 しかし折悪く、大学からもう着替えの終わったイマリ達がこちらにやって来てしまったため、会話はそこで終わってしまった。

 最後に先輩が何を僕に伝えたかったのか、それも聞けずじまいだった。












 《20日目》


 今日で僕らの小学校での活動も最終日となった。

 そう考えると少し名残り惜しくなるのだから、我ながら現金なものだと思う。

 この小学校は土曜日は午前授業のみであるため、僕らの訪問も昼頃のみとなる。
 あとはもう撤収作業だ。

『みなさーん! 今日まで遊んでくれて、ありがとう! 遊びももちろん、お勉強もがんばってねー? うめぼし三兄弟との約束だよー!』

 昼の全校集会でイマリがそう言うと、結構なブーイングが壇の下から聞こえてきた。
 内容は「楽しかった」だとか「また来てね」などというものが多く、ちょっと嬉しい。
 兄妹だから分かるが、マイク越しのイマリの声も少しだけ鼻声だ。

 だが、あくまで我々は『アンチ・サバト』。
 一ヶ所に過剰な肩入れをしたり、留まることは推奨されない行為である。

 …………しかし。

 小学校の昼休みも終わろうかという頃合い、僕は1人で体育倉庫に寄っていた。

 上手く身体をひねれば1人でも着ぐるみを着脱できることが判明していたため、こっそりここで脱いで去る……という名目だったのだが。

「……あっ、うめぼしさん!」

 居た。

 積み重なったマットの上で退屈そうに足をぶらぶらさせていたその子は、ピョンっと身軽に飛び降りるとこちらに駆け寄ってきた。

 僕がジェスチャーも何もせずとも、すぐに着ぐるみを脱がせてくれる。

「…………よしっ。おーけー、ですっ」
「いつもどうも、なんてね」
「え、えへへ……」

 実に手慣れたものだ。
 かくいう僕も、着ぐるみでの動きに不必要なまでに慣れてしまった感がある。

 遊園地のバイトとかもできそうだ、そこで『アンチ・サバト』の活動を行うのもアリかもしれない。

「今日まで助かったよ、ありがとう」
「あっ……! きょう、まで……」
「うん。僕らはもう大学に戻らなきゃならないから」

 小さい子の寂しそうな表情には心がえぐられるように痛むが、でも仕方のないことだ。

「そ、そのっ! うめぼしさんっ!」
「ん?」
「クラスのヒロくんもっ、エンドウくんもっ、おねえさん達のこと、キレイだねって言ってましたっ!」
「ありがとう、本人に伝えておくよ」
「あの、そうじゃなくてっ……」

 まだ悩むそぶりを見せるその子。
 さすがに、それを切り捨てて立ち去るというのは鬼畜の所業だろう。

 たっぷり数十秒は迷ってから、ようやくこちらに向き直った。
 切羽詰ったようなという印象をこちらに抱かせる、真剣な表情だ。

「やっぱりうめぼしさんもっ、おねえさん達みたいな人がすきなんですかっ?」
「………………え、ええっと」

 僕らの『キレイなおねえさんは好きですか?』作戦は予想以上に成果を出していたらしい。
 こうも影響力があったとは、恐るべし。

「まあ……うん。そうだね」

 ここで「熟女が! 好きです!!」と言って体面を取り繕う必要もないだろう。
 というか小学生にそれを広言するのは非常によろしくない気がする。

 だが、その子は予想以上に凹んでしまっていた。

「………………そう、なんですね」

 思わず頭を抱えそうになる。
 そして、今さらながらに『児童期の男女は女子のほうが精神・肉体的に発達が早い』という事実を再確認した。
 これを避けるために、僕らは着ぐるみを被っていたはずなのに。

 この子は確かに打ち解ければ天真爛漫とも言える性格だったし、小動物チックで愛らしくはある。

 だが、この事が彼女の自信の喪失にでもなってしまったらと思うと、とても心苦しい。
 悲しませたままにするくらいなら、それぐらいは伝えておいたほうが良い……のだろうか?

 そうだ、僕らはロリコンを防ぐためにやって来たのであって、罪もない子どもを悲しませるために来たのではない。

「あー、けれどもそれは、君が可愛くないからとかそういうことでは決してないよ。君はいつも僕を手伝ってくれたし、ちょっと大人しいけれども笑うとすごく可愛いことも知ってる」
「そっ……そうなん、ですかっ?」
「そうなんだよ。自信を持っていいと思う」

 さっきの「そうなんですね」よりはずっと良い反応が得られた。

「じゃ、じゃあっ! つきあってくださいっ!」
「うぇ!? そ、それは……」
「ダメ、ですか?」

 参った、そういう切り返しがくるのか。
 どう答えたら良いんだこれ、全然分からないぞ。
 10歳も年下であろう子どもに、ここまで返答に窮するとは。

 どう答えるべきか、いや、もちろん断らなければならないだろう、なに迷ってるんだ、と考えがこんがらがってしてしまう。

「わたしが、子どもだから……ですか?」

 一旦外に出たほうがいいな、絶対。
 きっと、倉庫に2人きりって状況がマズいんだ。
 僕もあの子も場の雰囲気にあてられている可能性が高い。

 とりあえず出よっか、などと適当に言って背を向け、倉庫の扉を開け放つ。

「……そ、それともっ、うめぼしさんがっ」
 
 後ろのその子の、つっかえつっかえな言葉が途切れた。

 一拍置いて。



「――――『アンチ・サバト』だからですか?」


 ぞわり、と背筋が粟立った。



 反射的に倉庫から外へと飛び出す。

 地面を転がってから後ろを見ると、倉庫の中から外に向けて、紫色の触手のようなモヤが幾つも幾つも伸びてきていた。

 やがてモヤの奥から、悠然と少女が歩み出てくる。

「う、ウソだろッ…………!?」
「何が――――ウソなんじゃ?」

 不安げだった目つきは、爛々と紫に輝き。

 おどおどとした表情は、不遜なものに。

「何もウソなことないぞ、これがまことよ。そうじゃろう、うめぼしさん……」

 服装は幼い体型に似つかわしくないほど露出が激しく、淫靡なものに変わり。

 手足の先には、いつの間にか獣毛が。

「……否、『イズミおにいちゃん』とよぶべきか?」

 そして何より特徴的な、頭から伸びた――――。

 手は考えるよりも先にケータイを掴んでいた。
 緊急用に設定した番号には、ワンコールで繋がるようになっている。

「聞こえるかッ!? 『山羊角型』だ! 小学校で『山羊角型』が出現したッ!! 全員、ここから撤退し――」

 バチッ、と音を立ててケータイの電源が落ちた。
 何をされたのかすら理解が追いつかない。

「こら。おぬしと我との睦み言の最中に、他と話すとは何事じゃ? 我は寂しいぞ、おにいちゃん」

 左右にだらんと垂らした腕と、その腕の先に集まった異常に色濃い魔力のギャップ。
 凝結するまでに圧縮された魔力は地に滴り落ちる程であり、雫は無造作に校庭を紫の大地へと変貌させていく。

 人間である僕でさえ分かる圧倒的な力。
 今まさに相対していることが非現実的であるとすら思える圧迫感。

「改めて自己紹介じゃな。とは言っても、もう存じているやもしれぬが」
「………………バフォ、メット」
「やはりか。博識だのう、おにいちゃん」

 当たり前だ、知らないはずがない。
 ただ、名前しか知らなかったのだということも思い知った。

 サバトの首魁。

 黒ミサの主人。

 全ての魔女達の主。

 彼女こそが――――。

「なぜっ、だ! いつから気づいていた!?」
「なぜとな? 困ったのう、どう答えればよいのやら。じゃが……いつから、という問いには答えようぞ」

 彼女が腕を軽く、授業でおざなりに挙手するような動きで掲げる。
 ぞんぞんぞんぞん…………と間断なく音がして、体育倉庫の上空に幾つもの黒い渦が生まれた。

 瞬間、その渦全てから小柄な少女たちが現れ、次々と倉庫の上に着地した。

 『魔女型』。

 『使い魔型』。

 『妖精型』、『亜妖精型』。

 『犬人型』、『栗鼠型』、『堕天使型』、『小鬼型』、『鶏蛇型』、『蝙蝠型』、『鉱精型』――――。

 確認できるだけでも、それだけの種類と数がいる。
 例外なく、全てサバトの魔物娘だった。

 彼女らが口々に話し始める。

「いきなり呼び出さないでくださいよー!」
「バフォメット様ー、その人がアレですかー?」
「ちょっ、ここ、狭いんすけど!?」
「うわ、バフォ様が本気出してる!」
「カッコつけてる、カッコつけだ!!」
「殿方が驚いちゃってるじゃないですかぁ」
「あるじー、どうするんですー?」

 恐るべき彼女たちの好奇の目が、全て僕に集まる。
 それだけで足が竦んでしまった。

「さて、皆。彼に見覚えがあるという者は前へ出でよ」

 はいはーい、と一体が歩み出る。

「おにいさーん、お久しぶりぃ?」

 その『魔女型』には見覚えがあった。
 大学で遭遇した一体だ。
 彼女からの情報が伝わっていたのか。

「あの時はよく逃げれたねぇ! もう1人も背負ってたのに、ぜんっぜん追いつけないんだもん! ねぇ、どうやって逃げたの?」

 フレンドリーに、くるくると踊るように、しかし悪気なく話しかけてくる『魔女型』。

「……もう1人が空を飛んでいただろう? それでも追えなかったのか?」
「うん! あの子もいきなり消えちゃったって不思議がってたよぉ? 魔法? おにいさん、魔法使ったの?」

 僕の言葉に楽しげに応える『魔女型』が帽子を脱ぐと、その中からぽぽぽぽっとキラキラと光る色とりどりの包装紙に包まれた菓子が飛び出し、倉庫の上に噴水の水のように落ちていく。

 周りの教徒たちがわあっとそこに群がっているのを尻目に、僕の目はまた『山羊角型』を見据えていた。
 最も目を離してはいけないと感じたのが、彼女だからだ。

「魔法なんて使えない。そんなに凄いことはしていない。ただ、川に飛び込んだってだけだ」
「ウソぉ!?」
「いや、ウソじゃない。死ぬかと思った」
「……ほほう? まさかそんな方法で追跡から逃れるとは。素晴らしいぞ、イズミおにいちゃん」

 自分を含めて全員の予想が外れてしまったな、と『山羊角型』が手を叩いた。
 絶対に優位が崩れないと確信しているかのような顔で、鷹揚に拍手している。

「『山羊角型』、なぜ僕の名前を知っているんだ」
「ん? もちろん愛の力じゃ」
「僕はあんたの兄じゃない」
「なってくれ、と言ったら?」
「断るッ!」

 ははは、と哄笑を上げている。
 こっちは今の不毛なやり取りだけでも、冷や汗が止まらないっていうのに。

 どうする?
 もしあの数に一斉に襲いかかられたら?
 得体の知れない魔法を放たれたら?

 むしろこの状況で、どうにか出来るものなのか?

「……いつから、というのは分かった」
「うむ。最初から、というのが我の答えじゃ。他には何かあるかの? なんでも訊いとくれ、なんでも答えようぞ」

 理由は分からないが、会話を続けてくれるらしい。
 ならば話を続け、どこかで離脱のきっかけを作る。
 現状、それしか手がない。

「どうして、僕らの所属を詳しく知っていたんだ」
「詳しくは我にもよく分からんなあ」
「何を言って……」
「分からんが…………それならむしろ、『僕ら』に訊いたほうがようよう分かることかもしれんぞ?」

 そんな、バカな。

 まさか――――内通者!?

「誰だ!? そいつは!?」
「さあ、いずれ分かるやもしれんし、分からなくても困ることはあるまいて」

 おぬしは、こちらに来るんじゃからな――――。

 彼女の口から出たのは、絶望的なまでに無慈悲な宣言だった。
 もはや彼女にとってはただの決定事項に過ぎなかったというのか。

 いや、まだだ。

「…………ならば、なぜお前自らがぼくと会う必要があった?」
「そりゃもちろん、会いたかったからの」
「今日まで、何度もか?」
「今日まで、何度もじゃ」

 人を食ったような返事だ。
 睨んでも、不遜に見つめ返されるだけだったが。

「会いたかった、だ!? あんなに姿も性格も取り繕い、騙し討ちのようにか!」
「騙してはおらん。あの姿も我の一面、この姿も我の一面じゃ。人に見せる自分の姿とはそのようなもの。どの面が唯一の我である、と言えるものでもなかろう」
「性格が、全然変わってるじゃないか」
「ま、少しの演技があったのは認めるが……。じゃが、意外と我は乙女な自信があるぞ?」

 ねー、まだですかー? と空気の読めない声が倉庫の上から降ってきた。

「む、せっかちじゃの」
「だってバフォ様、お話長いんですもーん」
「なんと……こうしてじっくりと距離を詰めていくのが好き合う者同士の会話の妙じゃろうに」
「妙ってなんすかー?」
「そんなものあとで辞書で調べい。じゃが、うむ……そろそろ良い時間かの?」

 少学校の昼休み終わりのチャイムが鳴った。
 それにつられ、『山羊角型』が上を向いた。

 今だ。

 今しかチャンスはない。

 視線の威圧が外れた瞬間に反転し、倉庫前から離脱する。
 皮肉にもヤツに着ぐるみを脱がせてもらっていたお陰で、全速力で走ることができる。

「あっ、バフォ様! あの人が!」
「逃げちゃいますよー?」
「むっ。どうやらイズミおにいちゃん、『鬼ごっこ』で遊んでくれるようじゃな」
「わーいっ!」
「捕まえろー!」

 後ろの魔物娘たちが一斉に動く気配。

 走りながら横に並んだカラーコーンを蹴り倒し、道を塞ぐ。
 これも飛行できる魔物娘に対しては足止めにすらならないだろう。

 ならば、校舎内だ。
 生徒の目につかないような通路に潜り、建物を利用して彼女らの視界を潰す。

 校庭側から校舎に繋がるスチール製のドアを見つけて、開く――――。

 ――――寸前で思い留まり、横っ跳びに転がる。

「判断力と行動力は申し分ないの。ただ、女から背を向けて逃げ出すのはいかがなものか」

 すぐ近くのスプリンクラーの上に『山羊角型』は立っていた。

 一瞬前まで入ろうとしていたドアは開いており、中からは巨大なマジックパンチが飛び出している。
 白い手袋を嵌めたようなその大きな手は、前の空間を掴むような動作をした後に、ポンッという音とともに消えた。

「さて、次はどうするのじゃ?」

 言われずとも逃げるに決まってる。

 だが、ヤツから遠ざかる後ろではなくむしろ近づく方向、スプリンクラーの側に向かって走る。

 案の定、後方では学校の花壇から急成長した植物のツルが太くなって伸長し、周りをあやとりのように組み合わさりながら絡め取っていた。
 もし踏み入っていれば即座に拘束されていただろう。

 スプリンクラーからピンク色の蒸気が噴き出す。
 それも着ぐるみで口元を塞ぎつつ、スライディングで下をくぐり抜ける。

「ははは、ははははッ!! 凄いのう、さすがはおにいちゃんじゃ! 我のことはなんでも知っておるなぁ!!」
「んなわけある、かっ!」
「もっとじゃ! もっと我と遊んでおくれ!」
「断る!!」

 校庭の端にある緑色のネットは生命を得たかのようにうぞうぞと蠢きだし、サッカーゴールの上には『鶏蛇型』や『堕天使型』たちが何体もとまっている。

「おにいちゃん、足はやーい!」
「逃げられちゃうよー!」

 よくよく見れば、彼女らのうちの3、4体にはなんとなく面影に見覚えがあった。
 魔物娘の姿としてではなく、昨日まで一緒に遊んでいた小学生の中に潜んでいたのか。

 地を這うように迫ってきた傘の柄の形をしたチョコレートキャンディを跳び越え、急降下してきた『堕天使型』の抱擁を身体をひねって避ける。

 目指すのは学校の一番大きな出入り口である、いわゆる正門と呼ばれている校門。

 今さらながら、昼過ぎの下校時刻なのに周りに人の気配が全くないことに気づく。
 辺りの空気も暗く淀み、尋常のものとは思えなかった。

 いったいどうすればそんな芸当ができるのかも予想がつかないが、しかし『山羊角型』ならば何をしてもおかしくなかった。

 何本も浮いた縄跳びのロープを迂回し、点在する不気味な紫色の水溜まりを八双飛びで回避。

 もう少し、もう少しだ。
 きっとこの小学校から出れば、ヤツらのテリトリーから抜け出せるという仄かな希望があった。

 校門の横手から黒い渦が現れた。
 また何かを呼び出すつもりか。

 それでも今なら、開いている正門から脱出を――。

「おめでとう、おめでとうイズミおにいちゃん! よくぞここまで辿り着いた!」

 現れたのは彼女らの頭領。

 そして、その横には。

「じゃが……これはどうかな?」

 僕の足が勝手に止まる。

 渦から伸びた柱には、人が縛り付けられていた。

 見覚えがある、なんてもんじゃない。

 その人は。

「どうじゃ? これでもおぬしは我から離れてしまうのか?」
「アネサキ、先輩ッ――――!?」

 脱げかけの『うめぼし三兄弟』着ぐるみから、シャツ姿の先輩が露出していた。

 先輩を先輩たらしめる特徴であった四角メガネは無慈悲に外されアイマスクに変わっており、全身を大縄跳びのロープで卑猥な形に拘束されている。

 しかも、口にはギャグボールまで嵌められていた。

「ふぐぐぐ!! ふごごーっ!」

 地獄だ。

 この世の地獄のような光景だった。

「やめろッ、『山羊角型』! アネサキ先輩を解放しろッ!!」
「なるほど。こやつはアネサキ、というのか。部下が捕まえて、中身を見たら男だったので捕らえてしまったが…………」
「おい!!」
「先からその『山羊角型』という呼び方、ちと堅苦しいのう。せめてバフォメットと呼んでくれんか?」

 最悪だ、最悪だ。

 失敗した。

 あれだけの人数でこの小学校に現れたのだ。
 サバトの魔物娘たちが別働隊で僕以外のところに向かうことなど、予測できたことだろうに!

「…………バフォメット」
「も少し愛情込めて呼んで欲しいが……。ま、及第点じゃな。それで、なんじゃ?」
「その人を解放してくれ。代わりに僕のことは捕らえて構わない」
「ふぐっ! ふほぐぅっ!!」

 もがくアネサキ先輩だが、それが逆に身体に巻きついた縄の締め付けを強くしてしまう。

「それは大変に嬉しい申し出ではあるが……。イズミおにいちゃん、我が望めばおぬしとこやつの2人ともを攫うなど造作もないことは理解しておるかの?」

 ああ、そうだろうさ。
 さっきまでの逃走も、彼女や彼女らサバトにとってはただの鬼ごっこでしかなかったのだから。

 立ち止まってしまった僕の後ろに、足音や羽音が集まってくる。
 ついに追いつかれてしまった。

「ふがっ! があぁぁっ!! …………イズミっ!!」
「先輩!?」

 なんということか、アネサキ先輩はギャグボールを噛み砕いてしまった。
 奇跡による偶然なのか、彼の自己のフェチズムへの執念がMプレイ用グッズに抗ったのかは分からないが、それでも確かに彼は口だけではあるがサバトの拘束から脱した。

 そして、アイマスクを被せられたヨダレまみれの顔で必死に僕に呼びかけてくる。

「私はもうダメだ! イズミ、お前は逃げろっ!」
「なっ!?」
「お前がやるんだ、イズミ! お前が、『アンチ・サバト』をっ!! お前なら必ずやれる!!」
「そんな、先輩ッ!!」

 走り寄ろうとするのを、バフォメットに視線の威圧だけで抑え込まれる。
 足が止まる。
 これ以上近づけば、先輩をどうするか分からないという無言の脅迫を受けた。

 そうして場を支配した彼女は、僅かに思案する姿勢を見せる。

「ふむ……。そうじゃな、うむ、それも一興か」
「どういう意味だ!?」
「いや、なに。こういう意味じゃ」

 バフォメットが渦に手をかざすと、伸びていた柱が沈んでいく。

 アネサキ先輩が、沈んでいく。

「先輩!! やめろッ、バフォメット!!」
「それはならぬ。このアネサキとやらはサバトに連れ帰ろうぞ。なに、すぐに相性ぴったりな部下が見つかるじゃろうて」
「ふざけるな! 先輩は、姉スキーなんだ――――」
「はっははは! 果たして、それがいつまで持つかな? 案外、すぐにロリロリした魅力にほだされてしまうやもしれんぞ?」
「そんなこと、あり得ない!!」

 こちらの叫びなどお構いなしに、バフォメットは僕の後ろに視線を向けた。

「では、おぬしら。そろそろおやつの時間じゃ。戻るとしようかの」

 待ってましただの早くしろだの、後ろに集まったサバトの魔物娘たちが好き勝手に騒ぎ立てる。
 タイミングもバラバラに、彼女らが現れた渦に飛び込んでいく様子が視界の端に映った。

「くそっ!」
「イズミ、来るなっ!!」

 走り寄ろうとすると、先輩から制止がかかる。
 もう彼は胸のところまで渦に飲み込まれていた。

 そして先輩の横で、バフォメットが高らかに言い放った。

「イズミよ! 此度はおぬしを見逃そう! 『アンチ・サバト』、おおいに結構! もっと抗ってみせよ!」
「どういう、つもりだッ!?」
「我はおぬしをすこぶる気に入っておる! 胆力、行動力、体育倉庫で見せた幼き者への優しさ、どれを取っても光る物がある! じゃが……まだ足りぬ! まだ我は遊び足りぬ!」

 バフォメットは彼女の着ている淫らな衣装に付属したマントをばさりと翻し、自分も作り出した渦に足を踏み入れた。

「猶予は20日! 手段は問わん! 我に、サバトに再び挑んでくるのだ!! 我らに抗え、『アンチ・サバト』! 我らに打ち克ってみせよ、イズミ! 全てを尽くし、我らを負かしてみせよ!! その時こそ、このサバトの長であるバフォメットはおぬしの前で膝を屈しようぞ!!」
「ふざけるなッ! ゲームじゃないんだぞ!!」
「何を言うか、これはゲームじゃ! 我とおぬしとの真剣の遊戯じゃ! また会おう、我は楽しみにしておるぞ!」

 顔いっぱいに邪悪な笑みを浮かべたサバトの首魁は、それだけ言い残すと渦の中に飛び込んでいった。

 抵抗の甲斐なく、緩やかに沈んでいた先輩もついに消えようとしていた。
 もうほとんど渦に取り込まれていて、アイマスクすらここから見ることができなくなっている。

「先輩! 先輩!!」

 渦に走り寄った僕に、アネサキ先輩の血を吐くような叫びだけが届いた。

「イズミっ……!! 彼女らを止められるのはっ……! お前しか、いないんだっ!」
「先輩ッ!!」
「部室を探せっ! 後をっ、頼ん…………」

 渦が、閉じる。

 途端に辺りに音が戻り、淀んだ空気が元通りになり、人の気配が戻ってきた。

 学校は昼休み終わりの2度目のチャイムを鳴らし。

 遠くからは生徒たちの賑やかな声が聞こえてくる。


 しかし、『代表』アネサキ先輩は戻ってこなかった。


 地面に手を叩きつける。


「――――サバトォォォォッッ!!」


 僕らは今日、サバトに敗北した。
 
 
17/04/27 02:59更新 / しっぽ屋
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