連載小説
[TOP][目次]
中編
リベクサーの指示した二日後の真夜中。
人気のないあの森の中で、クロシエは静かに佇んでいた。
その傍らには勿論、クロハとアオマサの姿が。
人切りのリベクサーと戦うというのに手勢を用意しなかったのは穏便に済ませたかったからだ。
ゆえにハトラルコ王らや、及びアルトンの騎士らにもこの決闘を伝えていなかった。
付け加えて王自身の願いとして、人切りの対処は隠密に済ませたいというのもあったから。

「なあ、来るのか? リベクサーは?」

不安が入り混じった表情でアオマサはクロシエに尋ねる。
するとクロシエは鞘に納めていたジルドハントに一度目を向けると、すぐにアオマサらの方へ顔を向けると。

「『安心してください。リベクサー殿は約束は守る性格ですから』って言っているわ」


根拠があろうと無かろうとそう言うのであれば、待つしかないのだろう。
ふと、クロシエは手元にあった懐中時計を見た。
もうすぐ0時。
辺りにはフクロウの鳴き声と虫らの鳴き声が聞こえてくる静寂な時間帯。
暫くその音を聞いていたクロシエらだが、不意に茂みの中からガサガサと音が聞こえてきた。

―――出てきたのはあの禍々しい装甲に包まれたクリーム色の髪サキナ、もといリベクサーだ。
その傍にはメフィシスもいた。
奴の腰には用心の為の剣を携えていて、そして何故かその手にはランタンを持っていた。その光によってくっきりと二人が輪郭が見え、その周辺がうっすらと明るくなっていた。

(あいつ、夜中が怖いはずないのに・・・?)

何で持ってきているんだなどとクロハはいぶしがっていた。
リベクサーの姿が見えた途端、クロシエはジルドハントを抜刀する。
同時にジルドハントから黒い液体が溢れ出す。
クロシエの右手、右腕にその肩、更に右上半身に顔と右足へと侵食していく。
禍々しい鎧を身にまとったクロシエ、とジルドハントはリベクサーを睨みつける。


『早く来ているとは律儀だな。ジルドハントよ』


『決闘と言うのであれば、礼儀を守るのが筋です。リベクサー殿・・・』


クロシエの代わりに答えたジルドハントはそう言い、構えを取った。
これから緊迫した決闘が始まるという空気なのに、ふと、クロハは得体の知れない気配を感じ取ってしまった。
この睨みつけられている様な気味悪い視線―――どうやら自分達は何者かに囲まれているらしい。
リベクサーの傍らにいたメフィシスが少しだけ悪い笑みを浮かべたのを目撃した事で大方察した。


―――手勢を用意しているのか。

奴の考えそうなことだった。
こちらが勝っても保険としてゴロツキ共を配置させて仕留めようという魂胆なのだろう。

(・・・6人か? けれど剣の腕前はクロシエ様の方が上。という事は不意打ち狙いか?)

クロシエやジルドハントもこの気味悪い視線を察しているだろうが、こう言った視線に慣れていないアオマサは気づいていなかった。
最もその視線に気づこうが気づかないが関係なく、自分の妻が救い出せるかもという希望が持っている今の状態ではそちらの方が重要だったから、そんな物は些細な事だっただろう。


(なら守らないとな・・・。アオマサを絶対に・・・)


クロハは武器である槍を掴みながら周囲を睨んでいた。
リベクサーを無力化出来るかもしれない彼を傷つけさせる訳にはいかないからだ。
その事はジルドハントもまた考えていた。
あくまでも決闘という振りをして、隙を見つけたらアオマサに指示するつもりだった。
そしてクロシエはジルドハントにこの決闘を譲るつもりだった。
因縁あるリベクサーが相手であるならば彼女の手でやらなければならないのだ。


(構わないわジルドハント。全力で・・・)



『はい。全力で・・・』


そこで一息付くと、はっきりとジルドハントは宣言した。


『貴方を、救って見せますっ!!』


大地を蹴り上げ、リベクサーへと急接近するジルドハント。
そのまま大剣を構え、上から振り下ろす。
リベクサーは眉毛一つ動かす事無く、その剣で受け止めた。

『救う、だと? 何故そんな戯言を?』

リベクサーが不快そうな表情で返したが今は戯言で言い。
兎に角彼女が隙を見せるようにやりあえば良い。
そのままジルドハントは斬撃を繰り出し、リベクサーへと喰らわせる。
当のリベクサーは大剣でそれを受け止めると、反撃とばかりに剣での薙ぎ払い。
態勢を低くしてかわすと剣を縦に構え、弧を描く要領で切り上げる。
勿論これもかわされた。
右から一閃。
更に左から斜め切り。
縦一文字切りと連続攻撃を仕掛け続けるとリベクサーは歪んだ笑みを浮かべていた。



『良いぞっ・・・!! ジルドハントっ・・・!! そうだ、我々は武器だっ・・・!!』



相変わらずの武器でしかないというリベクサーの考えにジルドハントは失望していた。
だがそれでいい。
視線がこちらに釘付けとなれば付け入る隙が出来るのだ。
リベクサーは興奮した様子で反撃に出た。
ジルドハントの一閃をその剣で受け止めると同時に右足を軸にコマの要領で回転して、ジルドハントへ切りかかる。
すぐにジルドハントは反応し、斬撃をかわすがリベクサーはそのまま怒涛の斬撃を繰り返していく。
右、左、上からといった斬撃をジルドハントは全て剣で捌いていく。


(お願い、今は耐えてっ!! ジルドハントっ!!)



『無論ですクロシエ様っ!!』


必ず隙が出てくるはず。
それまでこの場を動かずじっと耐える。
そして斬撃を捌き続けて数分、好機が訪れた。


『はあっーーーー!!』

リベクサーがとどめを刺さんと、声を挙げ大剣を大きく振り上げる。
振り下ろすまで2,3秒程かかると見た。
ならばこの隙、見逃さない。
ジルドハントは、クロシエは叫んだ。




『「アオマサさん(殿)!!」』



その合図と共にアオマサは全力で走り出した。
狙いはリベクサー。
そして剣が振り下ろされる直前、アオマサは両腕を大きく広げ、サキナを、リベクサーを力強く抱擁した。
華奢ながら異端の鎧を身にまとったその体が彼の腕に包まれた。
その瞬間、産まれて初めてリベクサーは戸惑った。
戦で不測の事態などがあれば動揺はするが、この動揺のレベルは遥かに違う。
戸惑いすぎて、息をするのも忘れ、一瞬何を考えていたのか忘れてしまう程だった。
そして次第に感じてきたのは、暖かさだった。



―――な、なんだっ!? この暖かさはっ!?―――



人を切り付けた時よりもずっと気持ちよく、心地よく満たされる。
こんな暖かさは初めてだ。
寒い冬の中、暖房によって空気が暖められた部屋で感じる至極の暖かさよりもずっと暖かい。
違う、そんなはずはない。
きっとこの娘による影響だとリベクサーは思っていた。
休眠させているがまだ微かな意識があって影響しているだけだ、とリベクサーは様々な理由を浮かべていたが。


「頼む、俺の声が聞こえているなら・・・」



そう言い、アオマサが強く抱きしめて来たのであれば。
より一層、その体に暖かさが満ちていく。
乾いていた、冷え切っていた全身が潤っていき、そして暖かくなっていく。
そして冷静な思考力が消え去って、蕩け落ちていく。
目はもうアオマサに釘付けになる。





―――本当に、気持ちいい・・・!!―――




このままでは邪魔になる。
だから引き離そうと彼に刃を向けるのは当然なのだが。
けど動けなかった。
切りたくなかった。
この人だけは絶対に切りたくないし、傷つけたくはないとリベクサーは思ってしまったのだ。
切ったら最後、罪悪感以上の例えようのない感情で自分が嘆き苦しみ、そして壊れてしまうのかも知れない。
もしかするとそのまま後を追おうと自殺してしまうのかも。
不殺の力が宿っているにも関わらず、そんな恐れと恐怖を抱いてしまう程にリベクサーの頭は混乱していた。



「何をしておるっ!! その者が邪魔しているのか!」



メフィシスが叫ぶ。
いや邪魔などしていない。
この者は自分にとって快感を、そして癒しと安らぎを与えてくれる言わば砂漠の中に見つけたオアシスの様な存在だ。
もしかすると楽園にも匹敵する存在なのかもしれない。
けど、どうしてだ?
この者には特別な力もなけれど腕力もそこまでない。
それにこの娘の精神はほとんど自分が掌握している。
にも関わらずこんなにも胸が苦しくて切なくて、何より一番暖かいのは何故だ?



―――ど、どうしてだっ!? 私はこの者に、どうしてっ!?―――



理由が見つからない。
見当が付かない。
この者から離れたくない。
ただひたすらリベクサーは困惑する自分に怯え、そして優しい温もりを感じ取っていた。
中々アオマサを引き離そうとしないリベクサーに業を煮やしたメフィシスは遂に。



「構わん。あの者を射抜けっ!!」



しびれを切らしたメフィシスはそう言い、アオマサを指さした。

(いけないっ!!)

クロシエはすぐにジルドハントを構え、辺りを見渡す。
草むらが多い茂り、更に真夜中という暗闇の状態では狙撃者の姿が見えない。
これではどこから飛んでくるのか見当が付かない。
しかもランタンの光でこちらの姿はうっすらと丸見え、格好の餌食だった。


(くっ!! わざとランタンを持ってきたのはその為かっ!!)

奴の狡猾さと己の不用心をクロハは後悔した。
だが後悔は後でいい、今は目の前の事だ。
ならば気配で辿ろうとクロハは辺りを見渡してみたが―――――遅かった。


『ヒュッ!!』


風を切り裂く音。
クロシエらが辺りを探している隙を突いて、矢の一つが放たれたのだ。
目で追えても体は追えなかった。
放たれた矢はもう、アオマサの肩辺りに突き刺さろうとしている。
次の瞬間には肩の肉がえぐれ、血が吹き出すはずだ。
思わずクロシエはその瞬間を見たくないと両目を閉じた。


『ザシュッ!!』


その音はアオマサが矢に射抜かれた音かと、クロハは一瞬思った。
だが違った。
矢の根部分が大剣によって切られた音だ。
その大剣はジルドハントのではない。



―――リベクサーのだった。
リベクサーは剣を振り上げて、アオマサを矢から守っていたのだ。
そしてリベクサーによって根元が切られた矢はポトリと地面へと落ちた。


「お、おいっ・・・?」


アオマサは信じられないとばかりの表情を見せていたがリベクサーもそうだった。


「んっ・・・。なっ・・・・」

リベクサー自身も何故そうしたのか、本当に分からない。
ただ、彼が矢の刃先で傷を負って血が流れる光景を見たくなかった。
そんな光景を見てしまったら自分は正気でいられない。
思わず鬼の形相で射抜いた者を探し出し、この手で切り裂こうとするだろう。
そこでリベクサーは気づいた。



―――何でここまで、私は奴の事を思っているのだっ?!―――



冷静に考えれば狙撃者は自身の味方のはず、なのにその狙撃者を切り裂こうとするのは真逆の行動ではないか。
けれどリベクサーの頭には彼の事でいっぱいになる。
彼が笑みを浮かべれば自分も嬉しくなる。
彼が悲しみを見せれば自分も悲しくなる。
そして彼に抱かれれば自分は幸せになる。
そこでリベクサーは気づいた。

―――人を切るよりも、彼に抱かれる方がよっぽど気持ちいいという事に。

もはや自分は人を切るという快感よりも、彼の腕に抱かれるという快感と温もりが一番気持ちよかった。
力が抜け落ち、構えていた大剣を降ろし、ただ茫然と立ち尽くしてしまった。
表情を見ればはっきりと分かる。
目が蕩け落ち、頬がだらしなく緩んでいて口元など今にでも笑みを浮かべそうな程だ。
人切りだった顔つきが完全に一人の、可愛いらしい女性へと変貌していた。



「ば、ばかな。貴様・・・・」



メフィシスが困惑の表情を浮かべ唖然としていた。
その混乱の隙を突いて、クロシエとクロハはメフィシスが率いていた狙撃者及び傭兵らを蹴散らそうと走り出す。
ごろつきらの居場所は先程感じた視線でだいたいの居場所は分かる。
ならばもうこちらのものだ。
茂みの中をかき分ければ、いかつい目つきをしたごろつきが数名ほど。
反撃する隙など与えず、一閃して地面へと伏せさせる。
元々金で雇われていたごろつきクラスの奴らだったからか、クロシエやクロハに取っては非常に弱い連中だった。
あっという間に一人残らず傭兵らを気絶させ、無力化させた。
そして気が付けばメフィシスを守る者は誰一人いない。
そこでクロシエは改めて宣言する。


「観念しなさい、メフィシス。貴方の企みはこれまでよ」


そう言いクロシエはメフィシスに対して、大剣となったジルドハントを向けた。
メフィシスは暫しの沈黙と唸りを挙げていた。
負け惜しみの遠吠えという感じか、とクロハは少しだけ哀れんだ。
だが次にメフィシスは己が身に着けていた剣を放り投げ、地面にドカッとあぐらで座り込んだ。
そこでふん、と鼻息を荒げた。



「さあ、煮るなり焼くなり好きにするがいいっ!!」



彼の性格からは考えられない、まさかの選択だった。
「以外に潔いのね。てっきり抵抗するのかと思っていたけれど?」
クロシエが少しだけ驚いた様子で問いかけた。
「そなたらの力は嫌という程、味わっている。同じ過ちは繰り返すなど愚の極み、なればこの選択しかあるまい。だが呪詛を残しておこう。このハトラルコに根付いた反魔物主義は相当根深い。それを改めさせることなど容易ではないぞっ!!」



―――私を倒しても代わりの人間がいるっ!


―――いずれ親魔物国に牙を向くだろうっ!


彼の台詞を意訳すればこんな所だろう。
さしずめ、悪党からの置き土産といった台詞にクロハは呆れもしたが、次第に呆れてはいけない台詞だと考え直した。

―――根付いた考えを改める事は容易ではない。大衆であれば尚更だったからだ。

現にこやつの告げ口なしに反魔物主義の団体が動いたのだから問題は本当に根深く、和平を結んでいるとはいえ、いつ自分らに牙を向くのか分かったものではない。
改めて積み重ねてきた歴史観や固定概念とやらを崩すというのは簡単ではないなとクロハは実感したが、今はこやつをどう処理するかが問題だ。


「クロシエ様、どう処断しますか?」


一番妥当なのがハトラルコの大臣らに手渡して処断させる事だが・・・。


「ならぁ、私が貰っちゃっても良い〜〜?」

可愛らしく、無邪気そうな少女の声だった。
その声は何処からかと首を振って、空の方へと顔を向けると。


「さっすがお姫様〜♥ 私好みの男を見つけてくるなんてお優しいぃ〜〜!!」


上空を舞っていたのは、少し前に出会った『デビル』の少女であった。
もしや今まで自分達を傍観していたのか、などとクロシエは思ってしまったが、次に良いタイミングで来てくれたわねと直感的に思った。

「んなっ!? 魔物っ!! しかもまだ幼女だとっ!?」
「ねえおじ様、煮るなり焼くなり好きにしろって言ったでしょ? 大丈夫大丈夫〜♪ 私、おじ様もストライクゾーンだからぁ♥ しかも童貞臭がするし、手が付けられてないからさいっこうの優良男っ!! ねえ禁断の果実食べてみなぁい?」

『デビル』を見ればその表情は淫らで欲望に満ちた笑みで満ち溢れていて、しかも外見がまだ幼い女の子なのだからメフィシスは心底、恐れていた。
自分はもしやこの少女にやりたい放題されるのでは、と。
それはクロシエらにも分かる様な表情だった。
だからクロシエは決断した。
男が欲しかったのであれば渡しても問題はないな、と。

「ならちょうど良いわ。煮るなり焼くなり好きにしろと言われたから、貴方に挙げるわ」
「ん、んなっ!? 確かにそう言ったがこんなのは想定外だぞっ!!」

だがクロシエはもう聞く耳を持とうとしないし、『デビル』の彼女もまた聞く耳を持たなかった。

「いやった〜〜!! それじゃおじ様っ!! 私と一緒に初めての体験させて、あ・げ・るっ!♥!」

「ぬ、ぬわわあああっーー!!」



例えられない絶叫を挙げながらメフィシスは『デビル』の彼女に抱きしめられると、共に光の空間へと飲み込まれていった。 
これから彼が受けるのは罪なのか、それともご褒美なのか・・・。

「・・・まあ、体での痛みを受けさせるよりよっぽど平和的ね」

静かに呟いたクロシエにクロハは軽く頷いた。
反魔物主義の奴にとってこれはまぎれもなく罰にもなりえるのだから。
おまけに命の保証付き、魔物達が積極的にこの刑罰を採用していると小耳に挟んでいたが実に平和的だった。

「クロシエ様。残りの雇われ傭兵らは、ハトラルコ側に渡すとして・・・」

「そうね、問題はこちらね・・・・」

クロシエは視線をリベクサーの方へと向けた。
当のリベクサーはアオマサの抱擁に酔いしれ、今にでも蕩ける様な笑みを見せられそうな表情となっている。
その目にはもう殺気が感じられない。
だからまた、ジルドハントはクロシエの口を借りて、リベクサーに語り掛けた。

『リベクサー殿・・・。もう切りたいという衝動はありませんよね?』

『何故だ・・・。こんなにも胸が苦しくて、こんなにも情が沸いていしまうのは・・・?』

自然とリベクサーは浸食されていない左手で胸元をぎゅっと掴む。
何故その様な行為をしているのかジルドハントには分かる。
自分もまたクロハの事を好きなのだから。

『それはアオマサ殿を好きだという証なのです』

好きという感情。
それがリベクサーを困惑させた要因だった。
だがリベクサーには理解できなかった。

『・・・この娘を乗っ取った際、記憶を覗かせてもらった。この娘が奴の夫だという事を・・・。 されどそれを差し引いても私は奴の事で頭がいっぱいになってしまった・・・。昔の私は、この程度では動ずる事などないはずだ・・・』

『我々は『武器』であると、リベクサー殿はおっしゃいましたがそんな事はございません。クロシエ様は『武器』である私をまるで人間の様に、それ以上の扱いをしてくれました。そして優しい心があれば人間でなかろうと関係ない、ともクロシエ様はおっしゃっていました。・・・リベクサー殿、我々はもう『武器』ではないのです。『聖剣』や『武器』という称号を捨て、その方を愛し守ろうとする気持ちを忘れないでください。そしてどうか、考えを改めてください・・・!!」

そのジルドハントの訴えにリベクサーは顔を横に揺らす。
それは諦めの意味での動作だった。

『・・・改めるも何も、もう何もする気が起きない。・・・どうでもよくなった。この者に抱かれたせいで、私は人を切る以上の快感を知ってしまった・・・。もう人を切っても、この暖かい感情には遠く及ばん・・・』

毒気が抜かれたかの様にその場にうずくまったリベクサー。
牙を失くし、正気を取り戻したその姿に、人切りとしての狂気は微塵も感じられなかった。
それを見たクロシエはクロハを褒めた。

「流石ねクロハ。貴方の読み通り、ね」
「クロシエ様とジルドハントのおかげです。あの抱擁がヒントとなりました。そして初めてリベクサーがアオマサを見た途端、彼を切り付ける状況であるにも関わらず切り付けなかったのもヒントでしたのでもしや、と」

魔物は人間の事が大好きであり、特に男性を求めているのは周知の事。
リベクサーは今、サキナの体を乗っ取っている。
その体はサキナのものであり、彼女はアオマサの妻。
ならば魔物であるリベクサーもまた、魔物としての本能があるはずだし、サキナの体を乗っ取っているのだからなし崩し的にアオマサの妻となったのも同義だった。
そしてクロシエとジルドハントの一件から導き出されたのは一つ。


―――愛しい人に抱かれれば、奴は大人しくなるかも知れないと。

だからクロハはアオマサに彼女を抱きしめる様に指示し、その結果は予想した通りだった。
アオマサはサキナの頭を撫でれば、『んっ・・・』という声をリベクサーは挙げる。
それは不快の意味ではなく心地よいという意味での唸り声だ。
その顔もまんざら嫌ではない表情だった。

「なあ、これで一件落着なんだろ・・・?」

こうしてリベクサーは大人しくなったのだからもう事件は解決したはず。
アオマサが恐る恐る尋ねたがクロシエらは首を縦に振らなかった。
ここで終わり、という訳ではないからだ。

「いえ、まだ終わっていません。王に謁見しましょう、話はそこから始まるのですから」



♢♢♢♢♢♢♢♢



王に謁見する。
アオマサはそれを聞いた時、事がいかに重大だったのか改めて知らされた。
それ以前にクロシエが謁見しようと口にした事も重大だった。
国のトップであるハトラルコ王と簡単に会えるなどまずあり得ないからだ。
『大丈夫、私に任せて』とクロシエは言っていたが、アオマサにはとてもではないが信じられなかった。
クロシエの口調はまるでお使いにでも行くみたいな感覚で、王に会うという事がどれ程難しいのかまるで理解していない。
だが城前まで行くとハトラルコ騎士らがクロシエに向って敬礼をして通してくれた時にはアオマサは心底驚いた。
そのままあれよあれよという間にハトラルコ王との謁見の間、その扉前までたどり着いてしまった時には夢でも見てるのかとアオマサは疑ってしまった。

「クロシエ様。大丈夫との事です」

クロハがそう告げるとクロシエは軽く頷く。
それを合図にクロハが扉の近くに駆け寄ると、取っ手を掴み片方を開き、続けさまにもう反対側の取っ手を掴み開かせる。
そして眼前の向こう側にいたのは貼り紙とかでしか見た事がない、このハトラルコ国の頂点に君臨する王、リュウジン・ハトラルコ王が威厳ある顔立ちで玉座に座っていた。
恐れ多いその姿にアオマサは動揺を隠せなかったがクロシエとクロハは臆することなく謁見の間に入っていく。
そして自身とサキナの体を用いてリベクサーは堂々とした表情で入ってきた際、ハトラルコ王の家臣らは騒めき立っていた。

―――あれが、人切り?

―――何とも魔そのものと言える姿だ

―――こちらに刃を向けたりしないのか?

無論、当のリベクサーは体の胴体を中心にロープでグルグル巻きに拘束しておいて、表面上だけだが暴れる意思はないと見せていた。
元より暴れる要素はなかったのだが初見の人間が多くいる場で向かうのだから念の為に、という事だ。
されど家臣らの小言を聞いているとアオマサは少し胸が痛くなってきた。
まるでサキナに対して非難を浴びせているみたいで嫌だったからだ。
そして前を向くと眼前には王が、国のトップであるハトラルコの王が目の前に。
立派なあごひげにどっしりと玉座に座っていて、その両目は鋭く口は堅く閉じていたが。

(・・・もしかして、王様もまたサキナの事を恐れているのか?)

ここにいる家臣らがこれだけ騒めいているのだから、王もまた内心は恐れているのではとアオマサは邪推してしまう。
そして王の目の前に付いた時、そのハトラルコ王が口を開いた。

「クロシエ女王、協力を感謝する。これからも両国との友好関係は重宝したいものだ。後日、改めて感謝状などのお礼を進呈しよう」

そう言い王はクロシエに向って一礼したのだからアオマサは困惑した。

「じょ、女王様っ?! 女王って、んなっ!?」

クロシエの正体を知らなかったアオマサはその女王という単語に心底驚いた。
アオマサの台詞を聞いたハトラルコ王の目がクロシエの方へと向けられた。
この者は何者か、と尋ねたい目つきだ。

「彼の名はアオマサ。サキナさんの夫です」

「夫、とな・・・・」

鋭い眼光がアオマサの方へと向けられた。
当のアオマサはこんな鋭い眼光に慣れていなかったから、表面上は普通を取り繕っていたが内心は少しだけビクビクしていた。

「アオマサと言ったな。そなたの妻が人切りの片棒を担がれた実情、察するぞ」

「は、はい・・・。で、でも女王って・・・!?」

そう言い恐る恐るアオマサはクロシエの方へと顔を向けた。

「言いそびれていましたね。私は親魔物国アルトン十代目女王、『クロシエ・テル・アルトン』です。この度はハトラルコ王の依頼で人切りの件に助力しました。こちらのクロハは、私のお付き騎士です」
クロシエがそう言うとクロハは頭を少し下げ一礼した。
アルトンという国の名前は聞いたことないが、それでも国の女王という言葉だけでも、とても偉い人だという事はアオマサでも分かる。
だからアオマサはクロシエに対して目を見開き、口をあんぐりと開けていた。

(俺って、無礼働いちまったの・・・か?)

女王にため口を吐いてしまったのだから失礼極まりない、が当の本人は怒ってはいなかったし不服とか言ってこなかった。

(・・・安堵して良いのか、恥じるべきなのか・・・)

戸惑っているアオマサを尻目に、ハトラルコ王は話を進めようと『人切り』に目をやった。



「そなたが、人切りか?」



相手を見定める様な鋭い目つきでサキナ、もといリベクサーを睨みつけていたハトラルコ王。
その視線に答える様にリベクサーは口を開いた。

『そうだ。我が名はリベクサー。『聖剣』という異名を持つものだ。この体は私が人を切るという欲望の為に巻き込んだ罪なき者だ』

国の王が目の前にいるというのに毅然とした態度と冷静な口調―――流石に無礼だと思ったのかそこまで高圧的な口調でなかったが―――で答えたリベクサーの姿にアオマサは呆気にとられた。
そして異形の存在であるリベクサーに対して静かに耳を傾けていたハトラルコ王の姿にも。

(ずいぶん肝座ってんな・・・。リベクサーも、王様も・・・)

「直入に聞こう。何故人切りを?」
「事の詳細は私から説明を」

クロシエが一歩前に出て、簡潔に概要を述べていく。
クロシエは事を起こしたのが以前粛清されたメフィシスであり、リベクサーはその結託者。
メフィシスの狙いは魔物による事件を起こし、反魔物主義を刺激させようとした事。
そして奴はもう何も出来ず、無事に事件は解決した事を伝えた。
特に、リベクサーはその過ちに気付き、もう人を切ろうとする事はないとクロシエは訴えった。


「事の説明は以上。判断を」


静かに事の詳細を聞いたハトラルコ王は、やがてその口を開いた。
「では他の家臣らと協議し、追って決断を下そう。それまでそなたを軟禁する事になるが良いか?」
目線をリベクサーの方へと向けたハトラルコ王。
良いも何も、罪人であるのだから選択の権利はないし当然の判断なのだから文句は言えない。
リベクサーは無言のまま首を縦に軽く振った。

「あ、ちょっと待ってください。出来れば俺、じゃなかった。わ、私と一緒の方が良いと思います。リベクサーを止められるのはどうやらわ、私だけ見たいなんで・・・」

『私』という一人称を使ったのは初めてだったアオマサはその単語だけ言いにくかった。
だが王の前だという事で敬語を使わざる負えない。

「良かろう」

アオマサの不慣れな敬語に眉を顰めずただそれだけ呟くと、ハトラルコ王は玉座から立ち上がる。
その際、王はちらりとアオマサの顔を一瞥した。
彼の中にある何かを見極める様な目で見つめながら。
そして奥の部屋へと向かう直前、大臣の一人に耳打ちする。

「・・・悟らねぬよう人切りらの会話を盗み聞きし、我に報告せよ・・・」




♢♢♢♢♢♢♢♢




さっそく部屋が当てられ、中に入ってみるとアオマサは驚いた。
リベクサーは罪人であるのだからてっきり石造りの殺風景なよどんだ部屋かなと思っていたが、全体的にモダンの様な作りになっていて、以外にも部屋は綺麗に掃除されていて、一人用ベッドやテーブルといった家具は用意されていた。
窓も顔ぐらいの大きさが二つほど取り付けられていてあまり息苦しさとかを感じられない。

(・・・まあ綺麗な部屋でも、牢屋は牢屋だけどな・・・)

現に入り口のドアはこちら側では鍵をかけられない、向こう側から鍵をかけなければならない。
しかもドアは自動でロックされる様で、試しにアオマサはドアノブに手をかけても、ドアノブは全く動かない。
これでリベクサーの置かれている立場と処遇は改めて理解できた。
だが人を切った罪人である以上、贅沢など言える立場ではない。
サキナの体であるが今はリベクサーで、彼女は取り合えず女であるから自分は床に寝た方が賢明かとアオマサは考えていたが。

『アオマサよ・・・。頼みを聞いても良いか?』

少しだけ潤んだ瞳でリベクサーがそう尋ねてきた。

「んっ? 何だ?」
『私と一緒に寝てもらいたい。構わんだろ? この体はお前の妻なのだから何ら問題はないはずだ』

それを聞いたアオマサは返答に困った。
リベクサーの言う通り、それはサキナの体なのだが今はリベクサーであって、自分の妻とは訳が違うからだ。

「ん、んなっ? 確かにそうだけどよ・・・」

アオマサから言えばリベクサーは凄く硬い、簡潔にいえばクールビューティーみたいな性格だ。
自分の妻の体なのにおかしな話だが、不意にいやらしい所とかに触れて成敗されるなんて事もあり得る話だ。

『またあの暖かさと快感を味わいたいのだ。頼む、お願いだ・・・!』

そう言いリベクサーは左手でアオマサの両手を優しく掴んできた。
しかも上目づかいの目と潤んだ目と共に懇願してきたのだからアオマサはもう、根負けしてしまった。

(こんな目で頼まれちゃ断れねえよ・・・)

男は女を求めてしまうのは分かるが、女が男を求めてしまうというのは珍しい話だ。
これが魔物という奴なのかとアオマサは思った。
だからこの時、少しだけ考えを改め直したのだ。
魔物達の事を。
「分かった。でも切り付けたりしないでくれよ?」
「無論だ」



♢♢♢♢♢♢♢♢



ベッドは一人用だった為、二人で使うとぎゅぎゅうで狭かったがさほど問題はなかった。
むしろリベクサーの望む通り密着する形になったのだから好都合だった。
アオマサの両腕に抱かれたリベクサーは大人しく、本当にこうして抱いていると普通の女性の様だった。
しかも、隙間など一切作らないとばかりにその体を押し付けてくる。
心臓がドクン、ドクンと脈打ち興奮が収まらない。
そのままリベクサーは顔の頬をアオマサの頬へと寄せて、ピタリと重ねる。


『暖かい、な・・・』


耳元近くで囁いたリベクサーの穏やかな声。
本当にあの狂気に包まれた人切りだったのかと疑う程の穏やかな声だ。
その顔をちらりと覗けば、頬は緩んで目がうっとりとしていた。
今にでも優しい笑みを見せられそうな穏やかな顔。
そんな顔を見せられたのならばアオマサは可愛いと思わざる負えなかった。
思わずその頭を優しく撫でてやりたい程に。


(す、少しぐらい良いだろ・・・? だってサキナの体なんだし・・・)


だからアオマサはその手を動かした。
ゆっくりとサキナ、もといリベクサーの頭へと手を伸ばし、髪の毛と接触するぐらいまで手を寄せるとそのまま優しく撫でてみた。



『・・・んっ』



リベクサーは思わず声を挙げた。
だが不快の顔はしていなかった。
ならもう一度アオマサは頭を撫でてみた。



『んんっ・・・!!』



するとまた声を挙げて唸った。
今度は少しだけ笑みを浮かべて。
それが何だか楽しくて、幸せな気持ちになれた。
一撫でしてやればリベクサーが唸り、柔らかい笑みを見せ始める。
そんな光景を見てしまったのであれば、更にしてやろうかとアオマサは考えた。
このまま撫でるのではない、もっと深い愛情表現を。
 



(おでこにキスとか、良いよな・・・?)




先程でリベクサーが嫌な顔をしていなかったのは分かってる。
自分の妻に抱擁や口付けといった愛情表現をするのはごく自然な話だ。
そしてリベクサーは今、サキナの体を借りている。
ならば遠慮はいらないはず―――



(うんっ・・・・。良いよな・・・)


ごくりっ、唾を飲み込んだ後口元を少しだけ尖らせる。
彼女に気付かれないようにその顔を動かす。
そしてゆっくり、ゆっくりと、そのおでこに唇を添えようとした時。











『・・・・すぅ・・・。・・・・すぅ・・・・』



静かな寝息を立てながらリベクサーは眠っていたのに気付いた。
穏やかな顔にその寝息、更に無防備な状態ではこれ以上手を出すのに気が引ける。

「まあ・・・、いっか・・・」

残念な気持ちもあったがこれで良かったのかもしれないという気持ちもあった。
だからアオマサも眠りに付こうとその両瞼を閉じたのだった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



アオマサが最初に目覚めた時は、耳元近くで何か囁いている様な声がした時だ。

「・・サさ・・?」


まだ夢心地のままだが次第に意識が覚醒し始め、自分の名前を誰かが呼んでいる声が聞こえてきた。

「・・マサさ・?」

両目を擦りながら起き上がり、真横を向くと。


「アオマサさん?」


そう言いながらこちらを心配そうに見つめてくる、自身の妻サキナがいた。
しかもその体にはあの禍々しい装甲はなかった。
ちらっとその真横を見れば、ルビーやサファイアといった美しい装飾がなされた鞘と美術品かと見間違えるほどの宝剣が置いてあった。
それがリベクサーの本体であるのは容易に察せられた。

(そうか、リベクサーが解放させたのか・・・)

「アオマサさん。久しぶりに、なるんですかね? その、心配かけてごめんなさい・・・」
「いや、無事ならそれでいい。こうして怪我もなかったんだし」

そう言いアオマサは視線をリベクサー、だと思われる宝剣へと向けた。

「なあ、これがそのリベクサーなのか?」
「そうみたいですね」

けろっとした表情でサキナは答えた。
その剣によって操られていたというのに、実に呑気だなとアオマサは少しだけ唖然とした。

「・・・サキナ、案外驚かないんだな」
「事情は全部、リベクサーさんから聞きました。ただ死んだ人がいない、血は流させていないとはいえ人切りの片棒を担がされたと聞かされれば少し胸が痛いですが・・・」
徐々にその顔を暗くさせていたサキナだが、ふとその顔をリベクサーの方へ向けると、軽く首を縦に振って。

「ああ、はい。ありがとうございます」

人がいないにも関わらず相打ちを打っていたサキナ。
当然の如くアオマサは首を傾げた。

「えっ? 誰に向って言ってるんだ?」

「リベクサーさんです」

そうサキナは告げたがアオマサにはその声が聞こえない。
テレパシーとかの類でこういうのは誰にでも聞こえるのだろうと思っていたがリベクサーの声は。
「全く聞こえないんだが・・・」
「どうやらサキナだけみたいですね。リベクサーさんの声が聞こえるのは」
「それで何て?」
「えっと、『サキナ、お前は全く悪くない。私が勝手に行っていたのだ。もう私は表に出る事はない、迷惑をかけた。私は大人しくしている』と」
人の体が無ければ不便な物なのだなとアオマサはリベクサーを哀れんだ。
と、同時に人の体を持たない彼女がサキナの様な体を熱望した訳が少しだけ分かった。
見ての通り、体が無ければ戦う事は疎か歩くことも出来ず、自分や他人とも話す事すら出来ないのだ。
そんな不自由を強いられ、尚且つあの湖の底で意識を保ったまま沈められていたら・・・。ジルドハントが言っていた様に誰だって頭がおかしくなってしまうし、歪んでしまうのも仕方がないだろう。
そう考えてしまったら、持ち前の優しさとやらが働き、自然とリベクサーに対して口を開いてしまった。

「なあ、サキナ。リベクサーに聞いてみていいか? 俺に抱かれた際、どんな気持ちだったんだ、って」

「分かりました。・・・はい、『人を切る以上に心地よくて、気持ちよかった・・・。あそこまで幸せになれたのは生まれて初めてだ』、と」

そこまで褒めちぎられるというのは大げさじゃないかと思ったが、悪くはなかった。
魔物とは危険な存在だとか聞かされていたがこんなに大人しくて人間と大差ない感情を持っていたとは。


『コンコンコンッ!!』


ドアからノックの音が聞こえた。

『俺だ、食事を持ってきたぞ』

その声はクロハのものだった。
どうやらハトラルコ王は自分達に対してクロハの方が適任だと考えたのだろう。

「良いぜ」

アオマサがそう言うと向こう側からガチャ、という音が聞こえドアが開かれた。
クロハが両手で持っていたお盆の上にはフランスパンの様な長めのパンとコーンスープ、剥かれていないオレンジが皿の上に乗せられていた。
コップが二つと水が蓄えられたポットも一緒だ。
意外にもしっかりとしていた朝の食事にアオマサは兎も角、久しぶりの自分の口で食べれる食事という事でサキナは喜んだ。


「うわ〜、凄いです。どれも美味しそうです〜」


サキナが喜びの声を挙げたが、次にはリベクサーの方へと顔を向けた。
そして首を2,3度頷き、リベクサーからの言葉を聞き取っているかの様な素振りを見せた。
堪らずアオマサは問いかけた。

「な、なんて言ってるんだよ?」
「『私がパンや果物を切ろう』って言ってますね」

それ聞いたアオマサは困惑した。
剣をナイフ代わりにするのは聞いた事あるが、まさか『聖剣』をナイフとして使うというのは聞いた事ないし、その偉名が形無しとなるものではないだろうか。
だがサキナの口調から察するにリベクサーは構わない様で、現にサキナはリベクサーを鞘から抜刀し構えていた。

「けど、リベクサーさん果物切った事は? はい、『これぐらいたわいない』ですか。・・・はいこのまま上に投げれば宜しんですね?」

リベクサーに指示され、サキナはその左手で長パンを宙へと投げた。
そのまま剣で斬撃を繰り出すと長パンはスライスされ、食べやすい大きさへと切り分けられた。
続いてサキナはまた左手でオレンジを宙へ投げると真ん丸のオレンジが半月状へとばらけ落ち、文字通りオレンジ色の身が現れた。
しかもご丁寧にオレンジの皮が向かれた状態で皿へと盛られたのだから、まるで料理人の様な手さばきにサキナは感嘆の声を挙げた。
クロハもリベクサーの芸当に驚いたのか小声でおおっ、と呟いていた。

「わあ、凄いです〜〜。・・・はいはい、『他に用があれば言って欲しい。私で出来る事があれば』との事です」

喜びながらサキナはアオマサにリベクサーの声を伝えた。
人切りの時とは打って変わり、アオマサを献身的に支える様な姿勢となったリベクサー。余りの落差に困惑したアオマサだが、次第に何処か嬉しくなってきた。
何故なら素直で良い子な、娘が出来たかのような気分になったから。

「おいおい。何もそこまでやらなくても良いんだぞ。別に皮が付いていても問題ないって」

そんな軽口を言ってしまう程、アオマサはリベクサーに特別な感情を抱き始めていたのだ。



♢♢♢♢♢♢♢♢



あれから早三日。
暴れる危険なしと判断されたのか、もしくはクロシエらが掛け合ったのか定かではないがアオマサらは城内に限り外出は許されていた。
だが城内と言ってもここは反魔物主義のハトラルコ。
剣の状態ならまだしも一体化した状態で出歩けば嫌悪されるのは目に見えている。
だからなるべく人目が付かない通路を通ったりして城壁越しから街を眺める事しかできなかったがそれで十分だった。
広く見渡せるハトラルコの首都を眺める事が出来るし、リベクサーはそれ以上求めていないから。


「おう。行こうぜ」

「はい、アオマサさん」


アオマサに手を握られながら、サキナは城壁の階段を上がっていく。 
そしてその反対側の手には宝剣状態のリベクサーが握られていた。

「足元気を付けろよ?」

余り整備されていないのか、それとも意図的なのかその階段はでこぼこで乱雑な石造りの階段だった。
登りにくく、しっかりと足を付いていなければ転びそうだったっからアオマサはリードする形でサキナを上がらせていたのだ。
アオマサはサキナを掴んでいる手とは反対の手を城壁にぺたりと貼り付けていたが。


「のわっ!?」


不意にその手が滑り落ち、アオマサは体制を崩した。
自身の体がサキナの真横をすり抜けていく。
そのまま転げ落ちて、怪我とかするのかとアオマサは思っていた。
だが違った。
寸前、自身の体が止まったのだ。
サキナ、もといリベクサーが城壁に剣を突き刺しアオマサの体をしっかりと掴んでいたのだ。
しかも例の黒く禍々しい装甲に身を包んだ状態で。

『大丈夫だったか? アオマサ。怪我はしてないみたいだな?』

サキナの口からアオマサを心配するリベクサーの声が。

「わ、わりい。俺とした事が・・・って早く元に戻せっ!! 誰かに見られるかも知れねえだろっ!?」
『分かっている。まずはアオマサの安全が優先だ』

そう言いリベクサーはアオマサを引っ張り、無事にアオマサの足を付かせる。
と同時にサキナの禍々しい装甲は解け落ち、黒い液体となってリベクサーの刀身へと消えていく、はずだった。
確かに禍々しい黒い装甲は消えていたがリベクサーを持っているその手にはまだ黒い装甲がこびりついていた。
見ればサキナの右目もまだ真っ赤だ。
「って、サキナっ!! お前まだっ!?」
「安心して下さい。これはサキナ合意の上です。これからリベクサーさんと話をしたいんですよね?」
確かにそうであったがサキナの体をまた借りるというのは、何だか後ろめたいと言おうか申し訳ないと言おうか。

「すまん。サキナ」
「構いませんよ。アオマサさん。リベクサーさんも遠慮はなさらずに」
『ああ、申し訳ないサキナ』

そしてサキナ、もといリベクサーの手を借りながら階段を上がりきると。
アオマサらの眼前には首都ハトラルコの街並みが広がっていた。
時刻はちょうど夕方。
夕陽が街を覆い、黄昏の景色を演出している。
その美しい光景は誰の目から見ても綺麗だと称せるだろう。

「良い景色だろ? ここからの眺めって」
『ああ。とても良い景色だ』

声色からして喜んでいるのが明白だった。
サキナの体を伝ってだが、リベクサーは穏やかな笑みを浮かべながら町の景色を眺めていた。
人切りを行っていた時とは雲泥の差だった。
そんな姿を見たのだから、ふとアオマサは心配した。
人切りという罪を犯した彼女の行く末に。
「・・・なあ、そういえばお前。どうなるんだ? やっぱり牢屋とかに入れられるのか?」
アオマサの言いたい事を察したリベクサーはその口を開く。
『分からん。それ相当の罰は与えられるだろう。だがどんな罰だろうと受け入れるつもりだ』
勇ましいと言おうか、立派な心掛けだとアオマサは思ったが。
ではその罰が終わった後、リベクサーはどうなるのだろうかと考え始めた。
釈放―――人ではなく剣であるから言い方は違うが―――されたとしてもリベクサーには話す為の口や歩く為の足すらないのだ。
しかも行く当てがないのだから下手すれば美術品として何処かに飾られ、そのまま一生を過ごすのではないだろうか。
喜怒哀楽のある彼女にその仕打ちは余りにも酷すぎる。
ならば、と考えたアオマサは口を開いた。

「なあ。もし刑期が終わったらよ。俺達と共に暮らそうぜ」
『え?』
「いや、刑期が終わったらよ。俺が迎えに来て、一緒に村に暮らそうぜ。どうせ当てとかもないんだろ?」
「アオマサさん、浮気ですか?」

割って入る形でサキナがアオマサに問いかけてきた。
見ればサキナの顔は少しだけ頬を膨らませていた。
余り怒った事はないサキナだが、自分の夫が他の女に興味を示したとなれば穏やかではいられないのは当たり前だ。

「浮気じゃねえって!! 可愛い娘だと思えば良いだろっ!」
『む、娘だと?!』

自分の年齢的には大人の女性なのだが、娘扱いされるとは思っていなかったリベクサーは純粋に驚いた。
「大丈夫だって。王様はきっと分かってくれるって、だって話分かってくれそうな人だっただろ? んで罪が許されたら俺の村に来て暮らそうぜ」
リベクサーに取ってはまさかの誘いだった。
妻の体を奪い、人切りとして行使してきた自分を許し、あまつさせ自分を受け入れてくれるなど。

『だと良いんだが・・・』
「だったら決まりだな。まあ、普段はサキナの事もあるし剣の状態で過ごして。夜になったらサキナに頼んで、な。それで色々話してやっから。俺達の事とか、村の事とか」

そう言いアオマサが笑みを見せたのだからリベクサーも少しだけ嬉しくなってしまった。


『・・・そう、だな』


ぎこちない声色でリベクサーは返した。
そしてただ、夕暮れ時の街並みを見つめていた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



ハトラルコ王は一人窓の外を眺めていた。
その眼差しは何処か思いつめた様な瞳だ。
その手が自然と握りこぶしを作っていたのを見れば、悩んでいる様子だ。
その理由は先程聞いた見張りからの報告だ。

―――彼らの会話から、例の『人切り』は穏やかであの者といると大人しくなる模様です。

―――どうやら『人切り』は、他者の話を聞ける事は出来ても、自身から語り掛ける事は出来ない模様です。

―――不本意ですが、あの者が事を起こすとは私としては考えにくいかと・・・。

その台詞を何度も繰り返し思い返していたのだ。



『コンッ、コンッ、コンッ!!』



不意に、後ろの扉からノックの音が聞こえた。
同時に扉が開き、中に入ってきたのは。

「王よ。何用で?」

入ってきたのはクロシエだった。
ハトラルコ王が重要な密談と称して呼び出したのだ。
この部屋には自分とクロシエしかいない。
他の者に聞かれる心配はないだろう。
そしてまたハトラルコ王は頭の中で、協議に参加していた家臣らの主張を思い返していた。

―――やはり魔物は危険ですっ!! 早急に対処をっ!!

―――またいつ暴れ出すのか分かりませぬっ!! 人切りは厳重にすべきですっ!!

―――王様っ!! ここは国民の為を思って、重い罰を与えるべきですっ!!

ならばもう、決断するしかない。
やがて見開いたその両目は王の確かな決意を表していた。
そして間を置いた後、静かに呟いた。



「クロシエ女王。・・・頼もう」



それがただならぬ頼み事だったのをクロシエは確信した。
思わず腰に身に着けていたジルドハントの柄を握ってしまう程の息苦しさだった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



「リベクサーを・・・、処刑・・・?」


信じられないと言わんばかりにアオマサは顔を青ざめ、クロシエが伝えてきた台詞を復唱してしまった。
「王はこの騒動を引き起こし、国民に不安を与えた人切り『リベクサー』を処刑すると言ってきたわ。煮えたぎるマグマの中に彼女を投げ入れ、溶け殺すと」
「ちょっと、待ってくれよ!? 今のこいつは誰も傷つけようとしないし、そもそも話じゃ誰も殺してないって言うじゃねえか!!」
「されど人を切り付け、国を混乱させたのは事実。それも自己満足の為に人々を切り付けたのも事実よ」
それを言われてしまうと言い返せなかった。
クロシエはその目線をリベクサーの方に向ける。

「執行日は明日の昼。話はそれで終わりよ」

そう言い残し、部屋から去っていったクロシエ。
余りにも冷たいクロシエの態度にアオマサは腹が立ったが今はリベクサーの方だ。
自分の命が明日で消える。
普通の人間であれば発狂しそうな状況に置かれたのだ。
今のリベクサーの心境は一体。
「リベクサーは、何て言っている?」
「・・・『覚悟は出来ている。早かれ遅かれ、王に人切りであると告げたのならばこうなるのは必然だっただろう』と・・・」
台詞を通訳したサキナの顔は複雑な表情だった。
迷っている様にも見えるし、後ろめたさもある。
そんな表情だった。
それを聞いたアオマサは頭を抱えて悩んだ。
このままで良いはずがない。
確かに人を切ったのであれば罰せられるべきだし、そうされても仕方がないのかも知れない。
しかし、だ。
改心したリべクサーをこのまま殺されるのを黙ってはいられない。
そう考えていたアオマサはふと、あの日リベクサーと共にベッドで寝た事を思い出した。
自分が熱い抱擁とその空いた右手で彼女の頭を撫でていた。
その時の彼女は、実に幸せそうだった。
そして静かに、こう呟いていた。






―――『暖かい、な・・・』―――





穏やかな声と共に呟いたリベクサーの優しい声。
その声をもう一度聞きたくなった。
その瞬間、アオマサの心は決まった。

「・・・逃げるぞっ!!」
「えっ?」

サキナは一瞬戸惑った。

「リベクサーを連れて逃げるんだっ!! 安心しろ、逃げるルートはもう把握してる。俺は自由に動けていたから城の見取り図は頭の中にある。今夜にこっそりと城から抜け出して村に戻るんだっ!!」

「アオマサさん、それってどういう意味か分かってるんですか・・・?」

人ではないが、罪人を手助けしたとなれば牢屋行きになるのは確実だ。
サキナはリベクサーが処刑されるのは嫌だったが、アオマサが捕まり牢屋行きになるのも嫌だった。
だがアオマサの正義感と真っ直ぐさは黙っていられなかった。

「俺は、俺はお前が死ぬなんて絶対にごめんなんだ!! そりゃ人を切った事には事実だけどよ・・・、でもそれでお前が殺されるなんて間違ってる!! もう人を切りたいとか思ってないお前が何のチャンスも与えられないで殺されるなんて俺は黙ってられねえんだっ!!」

一緒に過ごした時間を通してアオマサは知った。
リベクサーはもう人を切ろうとする気配はない。
自分やサキナに、優しさを見せたのだ。
そんな『人間』と大差ない優しい彼女が殺されるのは絶対に嫌だった。

「絶対俺が助けるっ!! リベクサー、お前は俺が守るっ!!」

その勇気ある眼差しは、サキナの迷いをかき消し、そしてサキナを決心させた。

「アオマサさん・・・。はい、私もお手伝いしますっ!! リベクサーさん一緒に逃げましょうっ!! 例え、リベクサーさんがその気がなくても、サキナ達はリベクサーさんを連れ出しますっ!!」

当のリベクサーは何も返さなかった。
だが例えその口があろうが何を言おうが、アオマサには関係なかった。
リベクサーを救うという使命感に支配され、頑固なまでに耳を傾けようとしなかったからだ。
それが俗にいう正義感とやらだった。
今のアオマサは正義感に燃えている一人の若者だった。

「よし。なら真夜中、こっそりと抜け出そうぜっ!! こことはもうおさらばするんだっ!!」

18/04/05 01:03更新 / リュウカ
戻る 次へ

■作者メッセージ
かなり間が空いてごめんなさい・・・。
それはそれとして、彼らは無事にリベクサーを助け出せるのか?
そして何故クロシエがあんな態度を取ったのか?
もう少しのお付き合いをお願いします。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33