連載小説
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前編
三日三晩の大雨と強風が過ぎ去った早朝とはなんで心地がよいのだろうか。
サキナはそう考えながら朝の空気を一杯に吸い込んだ。


「う〜〜ん。いい天気ですっ〜〜!!」


特に味とかはしないのだが何故か美味しかったのはこの草木や地面が濡れた際に出てくる臭いが混ざっていたからだろう。
朝の風が彼女の短めに揃えたクリーム色の髪をなびかせる。
朝日の輝きが白い肌を照らし、貝殻を模様した髪飾りが光を反射し、髪飾りを散々と輝やかせた。
待望の晴れ間、村人とかいないこの時間帯。
折角だから散歩でもしようとサキナは決めた。
朝もやがかかっていたが、それがサキナの心を特別な気分に変えてくれた。
元々早起きが苦手な彼女だったが今日だけは何故か早く起きられた。
だからちょっと散歩のつもりで意気揚々と歩いていったのだ。
小鳥のさえずりに、何処からか鶏の鳴き声まで聞こえてくる。
昼間や夜には味わえない特別な時間帯。
だからサキナは歩き続けて、散歩のつもりだったのに村からどんどん離れていき、気が付けばかなり遠ざかっていた。

「あれ? ここまで来ちゃいました・・・」

サキナの眼前には小さなどろ湖が広がっていた。
このどろ湖は村の外れに存在していて、近所の子供達が興味本位で訪れるぐらいしか用はない何処にでもある普通の湖だった。
どろ湖だとしてもまあ折角だからと、軽くサキナは水面を覗き込んでみると。
強風の影響かどうか定かではないがいつもは濁って底が見えない程の水が、今日は透き通って底が見える様になっていた。
フナやオイカワといった子魚が泳いでいる姿が見えてこんな汚い湖にも生物は住めるのかとサキナは能天気に考えていた。
暫く眺めていたら、ふとサキナは気づいた。


「・・・あれ? なんでしょうかこれ?」


サキナの目に留まったのは水面越しで光る何かだった。
太陽の光に反射して輝きを放っていたのだろう。
気になって湖の底に左手を伸ばしてみた。
ちゃぷ、という水の音が響き、そのまま湖の底へと突っ込んでいく。
そしてその何かを掴み、少しだけ持ち上げてみようとサキナは手を引いた。
すると泥底から出てきたのは細長い物体だった。
それは泥にまみれていたから水の中で振って泥を落とし、泥が取れたのを確認して湖から引き上げてみたら―――。

「これって・・・」

物体の正体は剣だった。
しかも華やかな装飾が施された宝剣とも言える品物だった。
ルビーやサファイアといった宝石類が柄に散りばめられ、鞘にも同様の宝石類が取り付けられていた。
握る箇所も凝っていて金色と思われる色が着色されキラキラと光を反射し、美しさを演出している。
試しにサキナは鞘から剣を右手で抜いてみた。
スチャッ、という鈍い音と共に刀身が現れ、太陽の光が反射しキラリと光る。
その刀身は、ぱっと見て白銀色だったが刀身の周りを囲む様に水色に染められた水晶みたいな刃先が取り付けられていた。
まるで美術品か何かの様なその剣の美しさにサキナは見とれてしまった。
「凄いです〜。確かジパングとかで『早起きは何とかの得』だとか言われていますけどまさにその通りでしたね〜」
感嘆の声を挙げ、サキナは喜んだ。
恐らく盗賊とかだったら喉から手が出る程の代物だ。
それほどまでにこの剣は美しく、高貴だった。
これを売ればいくらになるのだろうか。
もしかすると一生遊んで暮らせる額なんじゃないのか、などとサキナが考えていた。
その時だった。





―――・・・たい―――


「えっ?」



急に声が聞こえてきた。
聞こえた、というよりも頭の中で響く様な感じだったが。
サキナは思わず辺りを見渡した。
されど人っ子一人いない、この場には自分とこの宝剣だけだ。
だから空耳かと思っていたが。




―――・・・りたい―――



だが、また声が聞こえた。
空耳なんかではない。
それは女性の声だった。
やや高圧的で、されど冷静そうな声だった。



―――切りたい―――



「切り・・・た、い?」


今度ははっきりと聞こえた。
あの女性の声だ。
だが先程聞いたあのやや高圧的で、冷静そうな声ではない。
一見正気を見せかけているが何かしらの狂気を孕んでいて、まるで何かを欲しているような・・・。



―――切りたい切りたい切りたい切りたい切りたい切りたい切りたい切りたい切りたい―――



「えっ? えっ?」

狂ったように聞こえてきた女性の声。
その声は、飢えていた。
ただ欲するがままに殺戮衝動をむき出し、獲物はいないかと血まなこになって探す殺人者の様な声だった。
その台詞にサキナは困惑し、そして恐怖もしていた。



―――切りたいっ!!!!―――



その瞬間、美術品だったその宝剣が変貌する。


『ボコッ! ボコボコッ!! ボコッ!!!』


中から溢れ出てくるように黒い液体が剣を侵食し始め、宝剣をたちまちどす黒い大剣へと変えていく。
そして黒い液体が右手にも侵食し始めればサキナは叫んだ。

「なっ!? なんですかこれっ!? い、いやっ!!」

持っていた剣を離そうとしても、反対側の手で黒い物体を取り払おうとしても無駄だった。
こびり付いた染みの如く、ぴったりと張り付いて払いのけなかったからだ。
みるみると黒い液体はサキナの腕へ肩へ、胸へと侵食していく。
遂には自身の頭にさせ、その黒い液体が昇ってきた。
その瞬間サキナは頭を抱えてうずくまった。
頭の中に”何か”が入ってきたからだ。

「あ、あがっ!? いやっ!! な、なっ!?」

次々と頭の中に流れ込んできてそれは一つの記憶となっていく。
自分が全く知らない、身に覚えがない顔や風景が激流の如く流れ込む。
自分が大勢の騎士と見られる者たちと一緒に雑談をしている。
自分が戦場と思われる場所で大勢の兵士が戦っている。
自分が見知らぬ誰かに対して剣を振るっている。
思わずサキナは頭の中で叫んだ。


『これが我が愛刀の力か・・・。悪用されぬよう、戒めなければな・・・』
―――誰ですか!?


『私は王に忠誠を誓いましょう。その聖剣と共に我々は更に飛躍する事でしょう』
―――サキナが見た事ない記憶がっ!?


『王様。我々の部下が・・・・、騎士団が・・・・。裏切り者のあやつだけは・・・!!』
―――騎士団っ? 裏切りっ? 


『我が主と数多の騎士達を裏切った人間、カトルネルに味方するのかジルドハントよ!!』
―――カトルネルっ!? ジルドハントっ!?


『終わらないっ・・・。私は聖剣っ・・・・。私は、貴公と共に栄光をっ・・・!!』
―――誰ですかっ!? 一体誰なんですかっ!?


頭の中に別の思考が入り込み、頭の中をかき回されているみたいだった。
必死に頭を振って、それらを打ち消そうとするが全く消えなかった。
やがて苦しみに耐えきれずサキナは力の限り、大きな叫び声を挙げた。



「あががががあああぁぁぁぁっ!!!!」



両目を閉じて、咆哮(ほうこう)するその姿は野獣の様で、まるで産声だった。
その叫び声と同時に黒い液体は体の右半分を浸食した。

「はあっ・・・・はあっ・・・はあっ・・・」

呼吸を整えたサキナがゆっくりと立ち上がる。
そして再び、ゆっくりと両目を開いた。
だがその右目は真っ赤に染まり、血の様に鮮やかな狂気を帯びていた。
そしてサキナ、だった彼女はただ一言だけ呟いた。





『・・・・切りたいっ・・・・』



その後、サキナは村から失踪し、その足取りは依然として掴めなかった。
これは反魔物国家、ハトラルコの外れ村で起こった出来事だが事の詳細を知らない駐在兵は首都へと連絡する事はなく現地対応という形で彼女の行方を捜していた。
これは2週間前、小国で親魔物国家アルトンとの親善試合が行われる前だった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



クロシエ・テル・アルトンは今、瞼を閉じて深呼吸していた。
ゆっくりと吸って、そして静かに吐いて。
一つの動作をする度に彼女の、背中まで伸びていたさらさらの金髪が揺れる。


―――いかがですか? クロシエ様?―――


凛とした女性の声がクロシエにかかる。
その声に答えようとクロシエは閉じていた両瞼(まぶた)を開けた。
見れば瞳の色は黒に近い紫で、信念と決意のある目だった。

「・・・やっぱり緊張は無くならないわね。緊張してはいけない、と自分に言い聞かせていてもやっぱり緊張してしまうもの・・・」

だが緊張してしまうのも無理はないと彼女、ジルドハントは考えていた。
何しろクロシエは小国、アルトンの女王。
しかも大国であるハトラルコの王、リュウジン・ハトラルコと剣による親善試合の支度中という状況なのだ。
親善試合ではあるが小国としての威光やら威厳というものがあるから簡単に負ける訳にはいかないし、寧ろ勝つつもりでいかなければ今後の外交に支障などが出るだろう。
そんなプレッシャーに毅然として立ち向かおうとしているクロシエはやはり勇ましいお方だとジルドハントは考えていた。
そして慈悲深いのもジルドハントは知っていた。だから自分は忠誠を誓い、彼女に尽くしているのだ。

―――ジパングという東洋の地方から伝わる『座禅』というものなのですが、やはり聞きかじり程度では効果は薄いようですか・・・―――

「いいえ。貴方の心遣いは感謝するわ。ジルドハント」

そう言いクロシエは自身の隣にいたジルドハントに感謝の言葉を述べた。

「今日の試合、よろしく頼むわ」

―――お任せを、クロシエ様―――

無論彼女なら何も言わなくとも全力で自分に力を貸すのだが、口癖の様に唱えてしまうのはお決まりの台詞だったからだ。
扉越しからノックの音が聞こえた。

『クロシエ様。時間です』

男の声だ。
その声が誰なのかクロシエはよく知っていた。

「今、行くわ」

すっ、と立ち上がったクロシエは自身の傍に置いてあった細剣に目をやった。
刀身の部分はぱっと見て黒一色、だがその中央には途切れ途切れのエメラルド色が塗られていた。
そして握る箇所と鍔(つば)は金色、いつもと変わらない自身の愛刀だ。

クロシエは愛剣であり、そして忠臣でもある細剣―――彼女、ジルドハントを手に取った。

ジルドハントは自我を持った魔剣であり、その力で幾度もクロシエを助けた。
最初は過去、自分が犯した罪への贖罪のつもりで仕えていたが今は自分の意思で彼女に仕えている。
それが今のジルドハントにとって最高の喜びだった。
そのままクロシエはドアノブに手をかけ、扉を開けるとその先にいた騎士風の男がクロシエに向って一礼した。

「ご武運を、クロシエ様」

さらさらとした紺色の髪の毛、膨れ上がった筋肉はなく一見すれば女性かと思われるが体格を見ればただの細身の男なだけである。
クロシエお付きの騎士、クロハ。それが彼の名前である。
腕は立つし礼儀も持ち合わせいて、自身に絶対の忠誠を誓っているのだからクロシエも絶対の信頼を置いている・・・。
という訳でもなく、本当は姫とお付きの騎士“以上の関係”を持っていたからだ。
無論、今この場で明かすわけにはいかないしお互い節度を守っている。
だから今はこの程度の会話でしかない。
だがそれで十分。
クロシエは彼に向ってニコっと笑みを返すと確かな足取りで廊下を歩いていく。
そして目の前にはいかにも重厚そうな扉が。
その扉の傍らにいた長身の兵士が一礼し、両手を使ってその扉を開けると―――


『パンパ、パパカッーーーン!!! パンパンカーンッ!!』


けたましいトランペットの音が鳴り響いた。
目の前に広がっているのは平面に固められて雑草が一本も生えていない土壌。
ここから先は闘技場なのはクロシエは分かっていた。
一歩踏み出し、入場する。
ふと辺りを見渡すと飾りっ気のない客席が目についた。
仕切りとか両腕を寝かせる肘掛けといった装飾がなく席がレールの様に一体化していてぐるりと闘技場を囲っていた。
まるで小さなコロッセオみたいだ、とクロシエは思っていた。
生地立て良さそうな服を着ていた観客らがこちらへと目を向ける。
主に外交や知識人といった肌が焼けていない人間ばかりで、騎士と思われる鍛えられた筋肉を持っている人間は少数であった。
別にクロシエはこういった周囲の目に慣れているが今回はやや違っていた。
何せ自身の顔前には。
対峙するようにハトラルコの王、リュウジン・ハトラルコが立っていたからだ。
立派なあごヒゲを生やし、その信念ある目はじっとクロシエを見つめていた。
王は赤いマントに高貴な服と言った公務用の服ではなく、動きやすいよう軽装の鎧を着ていた。
クロシエも動き回れるようドレス調の鎧を身にまとっていた。
今これから行われるのは両者の服装で察せられるはずだ。
対峙している二人を挟む様に間に入ってきた騎士の者が一人、高らかに宣言した。


「これより、ハトラルコ国、リュウジン・ハトラルコ王とっ!! アルトン国、クロシエ・テル・アルトン女王との親善試合を行いますっ!!」 



その瞬間、会場は声援と熱気に包まれた。
この親善試合は一般公開とかはされず関係者のみが観戦出来る特別な試合だ。
アルトンとハトラルコの兵、および騎士との合同警備が敷かれていた時期にハトラルコ王はアルトンとの友好関係を築く為、この試合を開こうと大臣らに、そしてクロシエらに持ちかけてきた。
無論ハトラルコの大臣らは反魔物主義を掲げる王としての威厳を示すには絶好の機会、クロシエやアルトンの大臣らも親善試合であればと、否定的ではなかった。
ただし無条件で飲むという訳にはいかなかった。
アルトン側の条件はこちら側も試合が見たいという事で数人以上の大臣らの派遣、及び細かい条件を提示し。
そしてこの親善試合において最も重要な条件としてアルトン側が提示したのは。

―――『魔法銀』を使った剣で試合を行ってもらいたい、とハトラルコ側に要求した事だ。

まさか本当に真剣とかで相手を傷つける訳にはいかないし、万が一両国の最高権力者が傷でも負ったならば問題になりかねないからだ。
だから今持っている王の剣は相手を切っても血は流さず相手の魔力だけを傷つけ切られた様な痛みを与える、その『魔法銀』と呼ばれる金属が使われていた。
ハトラルコ側は『魔物の技術を使うとは、反魔物国家を掲げる王としていかがなものか』などという反感は多少あったが、殺し合いではなく親善試合をするのだから野蛮な行為は厳禁だろうという事で大目に見られた。
そしてクロシエの携えているジルドハントもまた、それと同じ力が備わっている。
人を傷つけず、人の魔力だけを傷つける不殺の力。
今回のような親善試合には持ってこいの力だ。
「勝負は3本勝負。時間はそれぞれ1時間の計3時間です。休憩の10分を挟みながら試合を行います。相手に膝をつかせるか、あるいは降参させれば勝利、1本とさせてもらいます。また引き分けになった際、3試合を通じて相手の膝や肩などに剣を入れればその回数分をポイントとして加算し、点が高い者を勝利とさせていただきます。両者、共に同意は?」

クロシエ、そして王は無言で頷いた。

「では両者、構えっ!!」

騎士は声を張り上げ、間をおいた。
辺りに緊張が立ち込め、互いの両目が鋭くなっていく。
そしてお互いの柄に手をかけて構えを取る。
その緊張感に釣られて、観客席からの声が次第に収まり、そして静かになった。

「始めぇっ!!」

騎士の一声と共に両者は剣を抜刀し、互いに走り駆けた―――。



♢♢♢♢♢♢♢♢



実に激しい試合だった、と傍観者達は唱えた。
1試合、2試合共に両者とも隙を見せず、だが的確に相手の隙を見つけては切り込む。
そんな試合展開だったのだから第3試合目ともなればどちらが勝ってもおかしくはないと誰もが思っていた。
一体どちらが勝つのだろうと瞬きせずめ、目を凝らして見入ってしまう程に。

『キンッ!! キンッ!!』

クロシエは鋭い突きでハトラルコ王に迫る。
だが王は瞬時に守るべき場所を把握し、剣の刀身でそれらを防ぐ。
一見すればクロシエのやってる事に意味はあるのかと思えるが、それは陽動だ。
しばらく鋭い突きで王を押し続けていたクロシエ。
そして不意打ちとばかりに態勢を低くし、アッパーカットの如く剣を振り上げる。
紙一重で王は背中を後ろへと反らし、避ける。
王の態勢が崩れた。

―――ここで追い打ちをかけるっ!!

クロシエは即決すると、体をねじらせ回転させ、さながら台風の如く王を切り付けようとする。 
だが王はすぐに態勢を整え、台風の目となっているクロシエをその剣で捉え、クロシエの顔面へと突き出す。

―――不味いっ!?

すぐに右足を軸にして回転を止めると、体をずらし剣をかわした。
そして両足をついて飛びずさり、王との距離を置いた。

―――反応と決断力が、早いっ!!

全試合を通じてハトラルコ王は自身の攻撃をさばき、隙を見つければ剣を振りかざしてきた。
だがまだだ。
まだ時間があるはず。
ならば更に攻勢を仕掛けようとクロシエは走り出そうとしたが―――

「それまでっ!!」

審判の高らかな声が響き渡る。
結局全試合を通して一度も王も、そしてクロシエも膝をつく事はなかった。
こうなれば後は得点でしか勝敗はつかないだろう。
審判の騎士が観客席にいた他の審判員らしき人物と話し込んでいた。
構えを解いて結果を待つ。
やがて審判の騎士が両者の前へと出てくる。
王の顔、クロシエの顔を交互に見つめると。



「両者、引き分けと致しますっ!!!」



―――引き分けだとっ!!
これを聞いた傍観者達はどよめいた。
何しろここまでルールを敷いたのだからどちらか片方が勝つのだろうと思っていたのだろうから、こんな結果になるとは。

「3試合通じて両者は膝をつかず、相手を降参させておりませんでした。また両者とも、この3試合を通じて同点のポイントを獲得しておりました。よってこの勝負、引き分けと致しますっ!!」

まさに前代未聞の試合結果だった。
だがこれで良かったのかも知れないと自称知的な人間達は考えた。
もし片方が負けてしまったのであれば国の威信に関わるのだから。
本音を言えば両国の関係を維持するためにはどちらも恥をかかない、つまる所引き分けという形にした方が英断で互いに利益があるだろうと勝手なヴィジョンを描いていた。
そんな傍観者達を尻目にクロシエは王に向かって敬意を表す一礼をした。

「剣の切れ味。お見事です、ハトラルコ王」

「良い試合が出来た。こちらからも礼を言おうクロシエ女王」

汗を流した者にしか分からない、わだかまりも悔しさものない純粋な一礼だ。
その美しき光景と垣根を超えた友情とやらに観客席からは自然と拍手と喝采が送られてきた。
だがここでふと、クロシエは観客席の座っている者達をちらりと見てみた。
みんな普通の目つきと相手を称えようとする表情、されどこの中で本当に自分達を心の奥底から賞賛しているのだろうかと不安になってしまった。
こういう場とかでは大抵、冷徹で打算的な輩が一人か二人ぐらいいるのはクロシエには分かっているのだ。

―――ここで、両者共に口ではああ言っているが、その裏には下心があるななどと邪推している輩がいたら、その者は心底腐りきっている下種であろう事も。

そしてそれを表に出さぬよう、今は両者を祝福しようと共に拍手をしているのだろうと考えたら・・・。

(いけないわね私、こんな事を想像してしまうなんて・・・)

勝手な妄想をしてしまったクロシエはそれら邪なものをかき消した。
今は王と共にお互いを称え合わなければいけないし、両国との友好な関係を築かなければならないだろう。 
そんな後ろ向きな考えは止めて、前向きにしなければとクロシエは切り替えた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



その後クロシエを称えようとハトラルコ王が招いたのは自身のプライベート室だった。
外に警備の騎士らが数人いるが室内には誰も入らせず、更に防音耐性のある壁で会話が漏れる心配はないという。 
無論、女性一人ではあらぬ疑いが生まれるという事でお付きのクロハも同席していた。
部屋に入れば自室と同じぐらいかと思えるほどの広さ、で木製のワインクーラーに子供一人分すっぽりと入れそうな大きな壺に、美しい絵画、果てにビリヤード台と思われる物まで。

「以外に多趣味だと思われたか?」

「いえ、趣味は数多く持った方が宜しいです。適度に気を緩めなければ重圧に耐えられませんので」

少しだけ笑みを見せたハトラルコ王は、クロシエにテーブルと共に置いてある椅子へと座るよう勧めた。
一礼したクロシエはそこに座るとハトラルコ王はその足でワインクーラーの方へと歩いていく。
少しだけ悩んだ後、その中の一本を取り出そうとしていた。
そのラベルには葡萄(ぶどう)の絵が描かれていて、葡萄酒である事がクロシエには分かった。
されど王はその途中、何かに気付いた素振りを見せるとその葡萄酒を再びしまい別のボトルに手を付けた。

「そなたは、葡萄酒が嫌いだったな」

やや苦笑した表情で答えたクロシエ。
実際クロシエは葡萄酒に浅はかぬ因縁があったから。
「こちらなら大丈夫だろう。フレーバードワインだ。オレンジやレモンの果汁を入れ込んでいる」
そう言い王はボトルと共にグラスを二つ持ちながらクロシエとは反対側の椅子へと着席する。
ボトルのコルクをコルク抜きで引き抜き、中身がグラスへと注がれていく。
液体全体の色は黄色に近く、オレンジジュースの様に見えるが鼻を近づければアルコールの臭いがする。
ハトラルコ王はその液体が注がれたグラスを持ち、一口飲む。
ごくっと飲み込んで、何もないとアピールする様に微笑してみせた。

「これで問題なかろう」

「お気遣いありがとうございます」

そう言いクロシエもグラスを持ち、一口。
アルコールがきつかったが少しの甘みがあって嫌いな味ではない。
「気に入ってもらえて何より、だ」
このまま雑談でも始めようかという雰囲気だったが、クロシエはここで雑談をしようなどとは思わない。
この親善試合を催すという旨を受け取った直後に沸いてきた、意図を聞きたかったからだ。
「唐突ながら王よ。今回の親善試合を設けた真意を聞いても?」
「・・・・・真意とは?」
急にそんな話が振られたにも関わらずはハトラルコ王は聞こうとしていた。
「・・・この親善試合は建前であり、本音は私を呼び出したかったのでは?」
「・・・してその根拠は?」
「まず、我がアルトンの騎士達と合同の警備を敷いている時期に親善試合を開いたという点です。もし私であれば両者の兵士たちに余計な刺激を与えない為、時期をずらして開催いたします。自分達の王女が試合をするというのだから気になって仕方がない、と想像できますから。それに時期が余りにも不自然過ぎます。まるで私とアルトンの騎士らが簡単に会えるように」
人差し指を立てて、まるで探偵の様な推理口調で述べたクロシエ。
そのまま中指も立ててクロシエは話を続ける。
「そして、王のプライベートルームへと私とお付きの者しか通さなかったという点も気になりました。無論、親善試合での雑談なれば何も疑問は持たないでしょう。ですが、貴方はそこで終わりという方ではありません。あの日私が見たその信念ある目が確かなら、必ずやその真意があると見て間違いありません。でなければ親善試合の際、我々の要求を安易に呑むというのは開催する側として親切過ぎます」

最後にクロシエは一つ、咳ばらいをした後、ハトラルコ王に告げた。

「そこから導き出される仮説は、私を呼び出して相談したい案件があるという事です。ただ私を呼び出せば良いのであればそうしたのでしょうが、されど私を呼び出せば要らぬ誤解が生じ事態がややこしくなる。付け加えてアルトンとは以前、戦を行ったのだから私を無理に呼び出す事は反魔物派の家臣らが怪しみ、不信をかってしまう。そこで親善試合という口実で私を呼び出し、こうして人目を気にしない場に連れ込み、話したい。そうではありませんか?」

そう、少し前までアルトンとハトラルコは戦争をしていたのだ。
和平を結んだとは言え、そんなに自分をおいそれと招くのは不用心も良い所だ。
もし自分が全く逆の立場であれば、家臣らは到底良い顔はしないだろう。
ならば誰の目から見ても自然なきっかけを作ればいいのだ。
その方法が親善試合という隠れ蓑を利用する事だ。
その隠れ蓑を利用して、この様な盗み聞き出来ない場所でクロシエと相談すれば良いのだ。
飛躍し過ぎではないかと笑われるかもしれないが、国の女王としてそれぐらい考えなければならない。
常に相手がどう動き、どう考えているのかを図るのは国の上に立つものとして、そして国民を守るものとして必要な能力だ。
加えてハトラルコ王はそこまで浅はかな人間ではないのをクロシエは確信していた。
何故ならアルトンとハトラルコとの和平条約締結の際、クロシエは見たのだから。


―――ハトラルコ王の眼差しが、自分と同じ信念ある眼差しを持っていた事を。

自分の勘が正しければその眼差しは本物だ。
だからクロシエは王からの回答を待った。
部屋に置かれていた大時計の針がチクタクと音を立て、60回、つまり1分程した後。


「聡明で非常に助かるぞ、クロシエ女王よ」


観念したかの様な表情を浮かべ、ハトラルコ王は少しだけ微笑んだ。
次には真剣な表情と眼差しで椅子に座り直した。
「つまり私に相談したいほどの問題が発生したという事なのですか」
「ずばり告げよう。・・・『人切り』が表れたのだ」
その言葉にクロシエもクロハも首を傾げた。
傾げたのには自分達との接点が見えなかったからだ。
確かに人殺しという異名を持つ『人切り』が現れたのは一大事ではあるのだが、ここは大国ハトラルコ。
屈強な兵士など幾らでもいるだろうから彼らが束になってかかれば、容易にその『人切り』は取り押さえられるから。
ならば相談したい事は何かとクロシエは思考し始めた。
「人切り、と。もしやハトラルコの屈強な兵でさえも手に負えない者だと?」
「いや、ただの人切りではない。クロシエ女王、そなたの力を借りたいのだ」
今一つ事情が呑み込めなかったクロシエとクロハの表情を察したハトラルコ王は少しだけ頷くと。
「実際にその目で見定めた方が早いな」
そう言いハトラルコ王は両手を叩いて、合図を送る。
すると部屋の壁隅の一部が音を立てて開かれていく。
そう、隠し扉だ。
そしてその隠し扉からクロシエにとって見覚えのある人物が現れた。
初老で、あの日講和の場で会った見覚えある男性だ。
「これはアレス殿。何時ぞや以来ですか?」
思わず席を立ち、喜びの声を挙げたクロシエ。
アレスと呼ばれた男性も喜びの声を挙げていた。
「ははっ。クロシエ女王。またお会い出来た事、喜ばしく存じ上げます。・・・されど今は感動の再会に浸る場合ではございませんゆえ。さあ、こちらへ」
そう言いアレスが手招きすると一人の女性、と『思われる』人物が恐る恐る部屋に入ってきた。
『思われる』と使ったのは、連れてこられたのは『人間』ではなかったからだ。

「えっ!?」

クロシエの傍にいたクロハは声を挙げた。
肌の色は人間と同じ色、両手両足、五体満足の状態。
さほど人間と変わらない外見であるが、背中からは黒い両翼が生えていた。
しかもお尻辺りから先端がハート型の、長い尻尾が生えている。
間違いない、彼女は。
ここハトラルコで忌み嫌う存在、魔物の『サキュバス』だ。

「魔物っ?! 何故ここに?」

混乱を隠し切れないクロハは思わず声を出してしまった。
「いや、あの者は我が国の民であり元、人間だ」
『元』という台詞だけ重々しく伝えたハトラルコ王。
その素振りから嘘を付いていないのが一目瞭然だ。
最も反魔物主義を掲げる国で魔物を連れ込むなどそもそもありえない話なのだが。
「お話をお願いします」
アレスに諭され、女性は一歩前に出た。
だがその表情は緊張を隠し切れていない。
指先も小刻みで震えていて、何処か自分達に対して恐れている様にも見える。
国のトップが自分の目の前にいるのだから訳もないな、とクロシエは考えていた。
「話してみてください。恐れる事はありません」
クロシエの何気ない台詞だが言うのと言わないとでは大きな違いがある。
クロシエの後押しもあり、女性はぽつりぽつりと話し始めた。
「はい、夜道を歩いていた際に後ろから切り付けられ・・・。痛みが走って倒れて、そこで何度も切り付けられて・・・・。気が付いたらこんな姿になっていました・・・」
そこでまた口をつぐんだ女性。
これ以上喋っては無礼なのかと思ったのか、兎に角今はもう喋る事はないだろう。
それを察したアレスが同じく一歩前に出て、会話を引き継ぐ様に話始めた。
「他にも被害を訴えた男性が多く、皆口々に言うのは背中や腹などをバッサリと切り付けられたと。されど切り付けられたにも関わらず出血などの生死に関わる怪我が出ておりませんでした・・・」
死人が出ていないのであれば幸いだな、などど考えてしまったクロハはすぐに自分を戒めた。
人が切り付けられたというのにあたかも他人事の様に傍観者の考えを述べるなど騎士として恥ずべき事だ。 
死人は元より、怪我人が出ようが出まいが、出血しようがしまいがそんなの関係ない。
町の治安を乱していた者が現れたならば、当然止めなければならないのだ。
例え他国だとしてもこれから友好関係を結ばなければならない国だ。
助けなければならないのは目に見えている。
クロシエもクロハと同じ考えだった様で真剣な眼差しで彼女の話を聞いた後、ハトラルコ王に自身の考えを伝えていた。
「つまり、ハトラルコの民を魔物化しようと試みている者がいると?」
「うむ。ハトラルコの兵はその者、引いては魔物に対する知識が疎く、心許ない。この周辺に対して魔物をよく心得ている国となれば頼れる者は限られている。となれば」
そう聞けばクロシエを呼び出したのは納得だ。
反魔物国家を掲げている国が魔物に頼む事は疎か、縁のない親魔物国に頼るわけにはいかない。
ならば浅からぬ縁があるアルトン国を頼もうとするのは当然の判断だ。
「この事は元より『人切り』の存在はかん口令を敷いて伏せておるが時間の問題だ。我が行きたい所だが、まさか王自ら出向くとなれば大事になるだろう。どうか知恵を貸してもらいたい」
「・・・まず聞きたいのが、人切りの特徴は?」
「女だと聞く。クリーム色の髪で貝殻の飾りをしていたようだ」
それだけでは手掛かりにはならない。
が、彼女の姿をはっきりと見た目撃者がいないとなればそれも止む無しだとクロシエは考えていた。
しかし。

「・・・それと、禍々しい鎧を身に着け、禍々しい大剣を手に持っていたと言う」

それを聞いた時、クロシエは思わず腰に携えていたジルドハントへ視線を向けようとしてしまった。
だが寸前で踏みとどまり、視線をそのままハトラルコ王へと向けていた。
禍々しい大剣という言葉はクロシエ及びクロハに、ハトラルコ王に引いてはアレスでさえも心当たりがあったからだ。
だからクロシエは必死に冷静な素振りを見せようとしていたし、ハトラルコ王もまたこれ以上追及しないよう口を濁そうとしていた。
「手掛かりは乏しいが十分に英気を養い、備えて欲しい」
「分かりました。アルトンの騎士らと共に対策を練りましょう。耐魔物様の装甲を支給し、通信する為の機器を配布するつもりです」
―――後は連携の強化と『魔法銀』を使った武器を全部隊に配布する事ぐらいかしら?
まだ何か不足している事はないかとクロシエが模索し始めた時、アレスが声を挙げた。
「クロシエ女王。不躾で申し訳ありませんが・・・、彼女の頼みを聞いていただきませんでしょうか?」
うやうやしく頼んできたアレスだが彼女の頼みとやら、その大方の予想はクロシエには想像出来ていた。
再び前に出た『サキュバス』の彼女は口を開いた。
「その、アルトンに亡命したいんです。ここで生活するのはまず出来ませんから・・・。それに・・・」
「それに、と?」
口に含んだ発言にクロシエは注目したが・・・。


「・・・良い男がいっぱい、いそうだからぁ♥ こんなにも男が大好きなんて感情、産まれて初めてなんですぅ♥」


さっきまでの怖気づいた表情は何処へやら、彼女はふしだらな笑みを浮かべて告げてきたのだからクロシエは少しだけ困惑と呆れを見せてしまった。
彼女が魔物寄りの思考に染まっていた事に安堵するべきか、それとも別の感情を持つべきか。
だが少なくとも彼女は魔物になった事で嘆き、悲しむような素振りではないのでクロシエは幾らか安心した。
勿論、魔物化するという事は彼女達にとってしがらみやら抑圧から解放され大好きな人、つまり愛する男と一緒になれるのは喜ばしい事であるのだが。
されど心配だとか、これで良かったのかだとか、クロシエは色々と思わずにいられないのだ。
例えクロシエ自身がその魔物の一員であったとしても。



♢♢♢♢♢♢♢♢



騎士らを集め、連絡の強化や二人一組のペアでの行動、更に耐魔物用の鎧装着といった対策を打ち出した後クロシエは当てられた客室で思考し始めていた。
勿論、クロハと共に考えて。

「私と同じ人間が現れたという事かしら?」
思わず口にしてしまったクロシエ。

―――それは早急かと・・・。ですがその者の目的は一体?―――

ジルドハントの疑問は最もだ。
それに答えるようにクロハは会話を継いだ。
「その者が魔物かどうかについては置いときまして。そもそもここは大国です。ゲリラ的に人を襲って魔物化するというのは非効率ですし、事がばれてしまっては警戒は強まり障害となるのは見えています」
現にハトラルコ王は事に気付き、警戒の強化をしようと動いていた。
これではやりにくくなってしまうはずなのに。
「私も思うわ。『人切り』の狙いは一体? とにかく相手側の出方を待つしかないわね」
「夜まで待て、という事ですか・・・」
お決まりの時間帯だがやはりしやすい時間帯となればそこしかない。
後はその日に出てくれと願うだけだが・・・。
ふと、クロシエはすくっと立ち上がり、その顔をクロハに寄せた。
見ればその顔には楽しそうな笑みを浮かべ、まるで子供が遊園地に行く際に見せる喜びの笑みに似ていた。

「ねえ、クロハ。王がこう言ってたのを覚えている? 十分に英気を養い、備えて欲しいと」
「そう仰っておりましたね」
「つまり、私が外出しても問題ないという事よね?」

何が言いたいのかクロハには分かっていた。
だから止めはしないし、付き添うつもりだった。
「フードを被ってご覧になった方が宜しいかと」
「もちろん♪」
「では私も私服の姿で・・・」
そう言いかけたクロハの口にクロシエの指先が触れる。

「クロハ、二人の時は『私』ではなく『俺』と言って」
「あっ・・・。ごめんなさい、クロシエ様。では、『俺』も私服の姿で同行いたします」

言い直したクロハにクロシエは少しだけ意地悪そうな、されど幸せそうな笑みを返した。



♢♢♢♢♢♢♢♢



やはりハトラルコの雑貨店はアルトンより賑わっていた。
アルトンは商業国であったが小国だった為、ハトラルコとは経済的にも人口的にも差があった。
当然品ぞろえはハトラルコの方が豊富で特に趣向品、つまりクロシエの大好きなぬいぐるみの種類が数多くあったのだからクロシエは手を叩いて喜んだ。
特にハトラルコ最大規模と言われているぬいぐるみ店で、クロシエは歓喜の声を挙げながらあちらこちらへと走り回っていた。


「ここから、ここまで全部買い上げるわ♪」

「その特大ぬいぐるみもお願いっ!!」

「これは一部の地域しか買えないゲロゲロっ子ぬいぐるみじゃないのっ!? 買うわっ!!」


この様に自身が持っていないぬいぐるみを片っ端から買い漁り、はしゃぎ回る今のクロシエは無邪気な女の子そのものだった。
余りにも買いあさり過ぎて皆の注目の的になりそうかと私服姿のクロハは不安がっていたが以外にも皆は、ちらりとこちらを見ただけで後はそのまま去っていった。

―――ドライだなぁ、皆・・・―――

だが注目を浴びたくはないこちらとしては非常に助かった。
そして気が付けばクロシエが買うと決めたぬいぐるみの数は軽く50体以上は超えていた。その中には彼女と等身大サイズのぬいぐるみが三体・・・。
勿論クロシエが買い上げたぬいぐるみらの届け先はアルトンの宮殿、ではなくクロハの家宛てだった。
まさか女王の住まいに届けさせる訳にはいかないのだから当然だが。
ちなみにその会計をしていたストレートヘアーの青い髪を持った眼鏡の女性店員は。

「ちょっとちょっとっ!! こんなにお買い上げなんて聞いてないわよっ!! 全く大変よね。大変大変大変大変、な“変態”だわっ!!」 

「そんな狙いすぎて上手くないギャグ、寒すぎてシャキーンと凍りそうですよ〜!!」

「んなっ!? これだからセンスのない奴はっ!! 少しはたしなみってものを分かりなさいよっ!!」

「はいはいはい〜〜!! 今は口を動かすより、手を動かしましょう〜〜!!」

などと年下らしき男性店員と共に漫才染みた会話を繰り広げながら大量の梱包作業に追われていたが。
もしかして仲良いんじゃないのか、などとクロハは思っていた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



一通り買い物を楽しんだクロシエらは町の中をブラブラ歩いていた。
行く当てなどなかったがハトラルコの町中は二人にとってどれも珍しいものばかりだ。
アルトンとは違う何処か近代的な作りは二人に取って見新しい美術品みたいだから。

「やっぱり新しいわね。ここは」
「はい、アルトンとは全く違う造りですね」
「アルトンもこれぐらい発展させていきたいわ。んっ・・・?」

何気なく辺りを見渡すと、視線の先に人だかりが出来ていた事にクロシエは気付いた。
気になって近づいてみるとその中心で男性が声を張り上げ、何かを訴えていた。

「・・・民衆の皆様っ!! 我々は決して魔物に対する恐怖と危険を忘れてはなりませんっ!! 今こそ歴史を振り返り、その目で直視するのですっ!!・・・」

見ればその周囲には取り巻きと思われる人々が紙の束を持ちながら、一枚一枚配っていた。
試しにクロハが近づき、その一枚を取ってクロシエと共に見るとそれにはこう記載されていた。


『我々は『カトリゥム』派!! 反魔物主義を掲げてる団体っ!! 必ずや市民の声を国中に届けようっ!!!』


・・・どうやら反魔物主義を掲げる活動団体の一団みたいだった。
それを知った時、クロシエは多少顔をしかめた。

「本来、魔物は人に似てなるものであれど人にあらずっ!! 欲望のままに人を貪り打ち捨てる主神すら恐れる冒涜を繰り返していますっ!!」

まだ愚かな懐古主義の考えに囚われているのか、とクロシエは問いただしかったがここで自分が出てきても混乱を招くだけだ。
まさか親魔物国の、しかも国の女王がここにいるなど夢にも思ってないだろうから。

「・・・あまり聞き入れてはなりません、クロシエ様・・・」

心配しながら耳元で囁くクロハ。
だが親魔物国で、女王という立場であれば聞き入れるなというのは無理な話だ。
そもそも相手の話を聞いてから答えるというスタンスを取っていたクロシエには寧ろ、反魔物主義を掲げる人間達の考えを知らなければならない。
それが相互理解、つまり人間と魔物との共存を成り立つ上で重要な要素だからだ。

「そして今、魔物達はここハトラルコにも侵略の手を伸ばしております!! 公にされておりませんが『人切り』を紛れ込ませ人々に絶望と恐怖を味合わせておるのですっ!!」

そこで演説を聞いていた民衆は騒めいた。
ある者は非常に驚いた様に。
またある者はその台詞が本当なのかどうか隣の者と相談していた。
勿論、その『人切り』という台詞を聞いたクロハは再び耳元で囁いた。

「・・・かん口令は引かれているはずじゃ?」

「・・・何処からか漏れているのかしら?」

だが誰が漏らしたというのか?
そんな事をここで打ち明けても、公式な発表ない限り―――直入に言えばハトラルコ王が言わない限り―――民衆は本当かどうか疑うはずだというのに。

「証拠はあるの〜〜!!」

案の定、民衆の一人が声を挙げて訪ねてきた。
その声に演説している男はさも待ってましたと言わんばかりに口を開く。

「いずれ分かる事でしょうっ!! そう、我らのリュウジン・ハトラルコ王は必ずや下手人を捕らえ、今すぐに公開処刑を行う事になるのだからっ!! その日は必ずやって来るのですっ!! そして我々はその日が来た後も活動を続ける事でしょうっ!!」

希望的観測、と称するにはやや真実味がある台詞だが結局は他力本願という奴だ。
だが今はこれで十分なのだろう。
演説を終えて一礼した男性に取り巻きらしき人らは拍手を送っていたのだから。
よくある労いと賞賛の意味を込めた拍手に、クロハはなるべくうんざりとした顔を出さない様にしていた。
親魔物派のクロハに取って、それはお決まりの話で冷ややかな演説だったと思えてしまうのは仕方ない事だったのだ。

(代り映えのない、中身がない演説だったな・・・)

それがクロハの率直な感想だった。

「どうしたの?」

突然、クロシエが小声で話しかけてきた。
クロハにでない、マントの中の、腰かけてあったジルドハントにだ。
次にクロシエは視線をある方向へと向けた。
視線の先にいたのはまだ幼い女の子だ。
銀色のツインテールであどけなさが残る子だった。
その子の目線は演説の男らの方へと向けていて、どうやら演説を聞いていたみたいだ。
明らかに面白くなさそうな表情を浮かべた女の子はそのまま歩き始めた。

「クロハ、お願い」

自分と共にあの子を追ってほしいという意味合いのお願いだ。
あの子が一体何者なのかはクロハには分からなかったがクロシエが言うのであれば絶対だった。
クロシエが急ぎ足で追えば、クロハもまた急ぎ足で追った。



♢♢♢♢♢♢♢♢



こちらの追跡に気付いたかとクロシエが思った時、女の子は路地裏へと入り込んでいった。
そこで女の子は立ち止まっていた。
まるでこちらを待っていたかの様に。
普通の人間であればその光景が不気味過ぎて怖気づいたり、もしくは逃げ去るのどちらかだろうが、クロシエには恐怖は抱いてないし逃げようとする気もない。

「ここで何をしているの?」
「何言ってるの〜♪ 私はただの女の子だよ〜♪」

そう言い両腕をぶんぶんと振り回し、無邪気な女の子を演出させる彼女。
されどクロシエにはそれが演技なのはお見通しであった。

「こそこそ隠れて諜報員としての任務を全うしているの? 『デビル』さん?」

彼女の体がビクッと動いた。
明らかに核心を突かれた際に見せる反応のそれだ。

「な、何なのかな〜? その『デビル』さんって人は〜?」
「隠し立てしても無駄よ。このハトラルコで悪さをするのであれば、容認する訳にはいかないわ」

何故、クロシエが彼女を『デビル』だと知る事が出来たか。
ジルドハントが教えてくれたからだ。
彼女が魔物であり、そして『デビル』という種族である事も。
これはクロシエの元に来るまで、長年に渡り売買を繰り返してきた知識と経験、言わば年の功という奴だ。
何気ない仕草や気配は『魔物』という枠において隠していても出てしまうもの。
ジルドハントは同じ魔物みたいな存在であり、そこに経験を加算すれば察せるものなのだ。

(・・・そう考えたらジルドハントって私よりずっと年上なのかしら?・・・)

年上の人に敬語を使われるというのは妙な話だが今はそれどころではない。
クロシエはジルドハントの柄に手を付け、彼女の出方を待った。
クロハも武器はないが何が来ても対処できるよう構えを取っていた。


「・・・ふふふっ! ふふふ、はははっはっ!!!」


高笑いをし始めたと同時に女の子は変貌する。
肌色をしていた皮膚が青く色づけられ、背中からは蝙蝠の羽を彷彿させる翼が生えてきた。
そうだ、彼女は魔物の中でも過激派に位置する先兵。

「もうばれちゃ仕方ない。こうなったら貴方を私達の仲間にしてあげるわっ!!」

そう言い『デビル』の彼女は翼を広げ、クロシエらに迫る。
だがクロシエは柄に手をかけているにも関わらず抜刀しなかった。

―――自分の顔を見れば、魔物である彼女はその手を止めるだろうから抜刀しないのだ。

案の定『デビル』はフードで隠れていたクロシエの顔を見た瞬間、その手を止めた。
途端に『デビル』の彼女の顔がみるみると青く―――皮膚の色は青であったが―――なっていった。

「あ、ああ貴方はアルトンのっ!? ご、ごご、ごめんなさいっ!! まさか貴方様だったとは知らずにっ!?」

相手が親魔物国の、それも積極的に魔物と人間との交流関係を築こうとしているアルトンの女王クロシエだと知った時、彼女はすぐに止まりその場で一礼した。
緊張で声が震え、ガクガクと体を震わせながら。
恐らく自分が無礼を働いてしまった事に対しての恐れも混じっているだろうな、とクロシエは考えていた。
「それは構わないわ。・・・けれどこちらの質問に答えてくれるかしら?」
別にこちらには戦う意思はなかったからクロシエは彼女の無礼を軽く流した。
「は、はははいいっ!! どうぞ何なりとっ!! わわわ、私の知っている範囲であればばばあ、ああっ!!」
「今回、ハトラルコで起こっている人切りの事だけど」
「あ、ははああああいいいっ!! 人切りですかっ!? はい、貴方様の言う通り人切りは実際に起こっていますううううっ!!」
やはりその情報は掴んでいたのね、とクロシエは思った。
ならば次に聞くべき事が重要だった。 
「それは貴方達の仕業、無差別に人を襲って魔物にしようとしているの?」
だがその言葉を聞いた途端、『デビル』の彼女は口調を荒げた。

「そ、そんな訳ないでしょ!! そんな無差別な人切りを仕向けるなんて、酷い事する訳ないよっ!! もしここを陥落させるんだったらそんなゲリラ的な事なんてしないよっ!! 私達は静かに、けど確実に、誰も犠牲を出さずに一瞬で墜とすべし。それが私達『過激派』のルールなんだからっ!!」

思わず敬語を忘れて声を張り上げた『デビル』。
そこで我に返った彼女は自分がまた無礼を働いてしまった事に気付き、今度は裏返りそうな悲鳴みたいな声で謝罪した。
「ご、ごめんなさいっ!? 私、ついカッとなっちゃってぇっ・・・!!」
「いえ、貴方が嘘をついてないという事は分かったから。では、今回の人切りは貴方達と無関係なのね」
「う〜ん・・・。でも中にはそれに従わずにいる子もいると思いますが・・・けどけど、私が所属する過激派は絶対にしないって事は約束します。だってこんだけ大きい国ですから」
確かに大国のハトラルコを、それも瞬時に墜とすのは容易ではないだろう。
だからこうして彼女の様なスパイが潜入して情報収集するのが賢い考えだ。
と考えれば今回の件は過激派の者とは無関係という説が濃厚だろう。

(・・・ますます分からないわね。人切りの狙いが・・・)

「あ、あのこんな時で言うのもあれなんですが もし宜しければ、男性の方紹介して欲しいんですけど・・・」
・・・どうやら彼女はパートナー探しも兼ねてここに来ていたようだ。
魔物はまず第一に夫で、次に任務と言うのはままよくある話だからクロシエは呆れもせず、彼女との相談に乗った。
「その程度であれば後日改めて相談しましょう。ただここハトラルコでは問題が起こるからアルトンで、ね」
「良かった〜♥ 私の同僚はほとんど夫持ちで、行き遅れちゃうんじゃないかって不安で不安で」
そんな小さい身なりで行き遅れになると不安がるのは時期早々ではと思ったが、本人がそう思っているのならば深刻なのだろう。
「ああ、私少し年老いた男性でも問題ないんで〜。むしろ、バッチこ〜いなんで。ありがとうございますっ〜!!」
さらっと衝撃な発言をした『デビル』の彼女は、再び可愛らしい人間の少女へと戻ると手を振りながら去っていった。
その姿にクロシエらも手を振って見送った。
だが、すぐに手を下すとその両目を物陰にあった大きな樽の方へ向けた。


―――『デビル』の彼女はクロシエに狼藉を働いた事で頭がいっぱいになり、気づいていなかったがここにはもう一人招かねざる者がいたのだ。


「さて、そろそろ出てきてください。隠れているのは分かっていますから」

樽の方に向って話しかけたクロシエ。
クロシエがその台詞を放った瞬間、樽の裏からゆっくりと人影が表れた。
人影は男。
年齢はクロシエより少し下ぐらい、短髪の白に活発そうな顔が印象的だった。

「ど、どうして俺がいるって!? 魔物の奴は気づいていなかったのに」

「気配を隠すのにまだ慣れていませんね。その程度の隠密行動ではすぐ敵方に見つかってしまいます」

とやや得意げに語って見せたクロシエだが、タネを明かせばこれもまた愛剣のジルドハントが知らせてくれたからだ。
幾度も戦場を駆け抜けた彼女なら尾行されている気配を感じる事などたわいない事なのだ。

―――最もあの方は尾行するのは初めてらしく、気配を消すなどという能力は持ち合わせていなかったので容易でした―――

というのが彼女の評価であったが。
「ま、待ってくれ!? 俺は怪しいやつとかじゃ?!」
それを口にしている時点で怪しい奴だと認めている証だ、とクロハはつい口を滑らせそうになった。
だがクロシエは真意に彼の話を受け止めていたのだからクロハはその台詞を飲み込んだ。
「では話を聞きましょう。貴方が尾行していた訳を?」
「その前に一つ聞かせてくれ 今話していたのは魔物なのか?」
「はい、話は通じる子ですから。自分達はハトラルコに手は出さないと約束しましたので」
「は、話が通じるのかよ・・・。てっきり魔物は見境なく人間を連れ去るだとか聞いてたけど・・・」
どうやら親魔物派の人間ではなさそうだなとクロシエは思った。
魔物に関して問いかけてきたから薄々察せられたが。
「それでは、貴方の名前を聞いても?」
「ああ、俺はアオマサ。ウエカドって村に住んでいるんだ」
元々このハトラルコの地名とかに明るくなかったから、クロシエはそれを聞いた時、首を傾げた。
「ウエカド、と・・・?」
「まあ、一応ハトラルコ領地なんだがド田舎で聞いたことない奴らがいっぱいいるんだよな」
やや不服そうな表情を浮かべてアオマサは返した。
「それで貴方が私達に近づいた理由は?」
「実は人を探してるんだよ。俺のカミさんを」
カミさん、つまり奥さんという事だ。
そう思ったらクロシエの反応は多少鈍った。
何しろアオマサの外見は自分達と同じぐらいなのだから。

「貴方、歳は?」

もしかして実年齢より若く見えるだけかとクロシエは思ったが。

「18だよ。んだよこんな若くで結婚してて可笑しいのかよ」

可笑しくはない、驚いでいるのだ。
こんな年若くに結婚して関係は良好なのかと聞きたいぐらいだ。
「俺のカミさんはサキナって名なんだ。いつも優しくて敬語をいつも使っててな、そんでクリーム色の髪で貝殻の髪飾りをしてるんだよ。歳は、俺と同じぐらいだな。で、噂じゃここの首都で何かヤバイ事起きてるだとか聞いてここまで来たんだ。俺の勘なんだが、もしかしてサキナがそれに巻き込まれているんじゃねえのかって そしたらあんたらを見かけて。何だか慌ただしくて気になって追ってみたら・・・。まさか魔物が入ってきてるとはなあ・・・」
クロシエは途中以降、彼の話を聞いていなかった。
正確にはクリーム色の髪で貝殻の髪飾り、辺りまででそれを聞いた瞬間にクロシエの第六感が騒ぎ始めたからだ。
「もし俺の奥さん見つけたら教えてくれねえか? あいつ誰とでも優しく接して、ちょっと心配かけちまう奴なんだ」
「え、ええ。勿論」
ややぎこちない声で答えたクロシエ。
顔も少しだけ作り笑いを浮かべながら答えたのだから怪しまれるかと思っていた。
「おう、サンキューな〜。俺しばらくここで探してみっから。じゃこれで・・・」
そんな事は露知らず、悠々とその場を立ち去っていったアオマサ。
完全に立ち去ったのを見届けたクロシエはクロハに耳打ちする。

「クロハ、流石に思い違いかしらね?」

クロシエが何を言いたいか、そして何を危惧しているのかクロハは察した。

「・・・俺も考えます。彼の話からサキナさんは喧嘩を好まない人柄ですから・・・」

されど人切りの特徴と合致しているのもまた事実だ。
別人だと思いたいが・・・。

「本当に思い違いだと良いんだけど・・・」

心なしか澄んでいたはずの雲混じりの青空が薄暗く見えていた。
一つの不安を抱えたままクロシエ達は夜を待つ事なる。
絶対に違うだろうという願いもまた抱えて。



♢♢♢♢♢♢♢♢



闇が支配する時間帯。
人がいなくなった大広場の時計はもう12を示していた。
その周辺を二人組の騎士が見回っていた。
一人は薄緑色の髪、もう一人は金色の髪だった。
「まさか反魔物国家で警備なんてするはめになるなんて、な」
その顔は何処か鬱憤が溜まっていると言おうか、やや不満顔であった。
何しろ少し前まで敵対していた国で警備をするなど普通の人間であれば何かしら不服とかあるものだから。
「なあに、いい勉強になるだろうよ。俺達もこのハトラルコの奴らみたいに強くならねえとクロシエ様に付いていけねえぞ?」
確かになっ、と苦笑いしながら彼は答えた。
こちらも統制が取れてるし迅速な対応も負けてはいないぞと自慢したいが精度に関してはやや劣っていると認めていた。
合同の警備、ならばここで勉強してみるのも一興かと彼は考えていた。
そのまま見回りを続けていた二人。
すると金色の騎士がふと何かに気付いた。
「ん? おいあれ?」
そう言い彼が指さした先を見ると蠢いている影を見つけた。
それはゆらゆらとした足取りで商店街から上流者達が住む住宅街の方へ続く歩道を歩いている。
「おう。行ってみようぜ」
それを確かめようと二人で近くまで駆け寄ってみると。
やはりその影は人であった。
体全体をマントで覆い、顔は良く見えないがその全体像から女性だと思われる。
何でこんな時間帯に外出するんだと薄緑色の騎士が少しだけ呆れていたが仮にも市民の一人。
あまり威圧しないように彼は声をかけた。
「おいおい、あんた。こんな夜中に一人歩きは危険だ。しかも女の一人歩きなんて特に」
次に何故こんな時間に外出したのか尋ねようと彼は問いかけようとしたが。  


「大丈夫だ・・・」


―――女性の声だった。
酷く静かで、不気味さが漂う声だった。
一瞬だけ怖気づいたが次には騎士として責任を果たさねばと考え、金髪の騎士は口を開いた。
「いや、大丈夫だって言われても用心に越したことはないですし。とにかく家までお送りいたしますよ」
そう言い、彼は手を差し伸べようとすると。


『・・・相手が見つかったから・・・・大丈夫だ』


その瞬間、場の空気が変わった。
二人の本能が騒ぎ出す。
この空気、この気配、そしてこの本能に間違いなければっ・・・!―――


二人が武器に手を回そうと腕を動かしたと同時に、女性のマントが剥がれ落ちた。
クリーム色の髪に貝殻の髪飾り。
綺麗な服と可愛らしい顔たちは彼女が優しい性格だと思わせる要素になる。
されどその左腰にはギラギラと光っている鞘と思われる物を携えている。
そして右半分は禍々しい鎧に包まれ、右目は真っ赤に染まっている。
女性の右手には禍々しく黒ずんだ大剣、しかも黒い物体によって一体化していて最初からくっ付いていたかのような印象を与える。
外見に似合わない数多くの要素が二人の危険本能を刺激させた。


―――人切りだっ!!
その瞬間、二人は後ろへと飛んだ。
彼女との距離を置くためだ。
だが彼女はすぐに間合いを詰め、二人に切り込んだ。
一陣の風と共にその禍々しい剣が振られた。
薄緑の騎士は体制を低くして何とか避けたが金髪の騎士は避けきれず、その一太刀を腹部に受けてしまった。
すぐ目で切られた箇所を目視すると、その箇所から血は流れていなかった。
だが何故か切られたような痛みは感じる。
「うぐっ・・・」
思わずうめき声挙げる金髪の騎士。
「大丈夫かっ!?」
薄緑の騎士が声をかけた。
その隙に人切りが彼に向って、縦に剣を振り下げてきた。
とっさの反応で武器を横に持ち替えて受け止める。
キンッ、という金属音がぶつかり合う音が鳴り響いた。

(やべえぜ、こりゃっ!!)


すぐさま薄緑の騎士は人切りの剣を振り払うと、手首に巻かれていた金属状のブレスレットにある中央の宝石の様な装飾に指先を触れた―――



♢♢♢♢♢♢♢♢



『ピピピッ!! ピピピッ!!』

水晶玉の様な魔法器具から特有の音が鳴り、アルトン騎士らの仮駐屯所は緊張に包まれた。
「通報は?」
「ファル地区です。これが鳴るという事はっ!?」
「すぐに周囲の騎士たちに連絡を。ハトラルコの騎士らにも通達を怠るな」
騎士達の決断は実に早かった。
何しろこの音は『人切り』が現れたという知らせだったから。
すぐに全部隊へと連絡し包囲網を作ろうとしたのは賢明な判断だ。
無論、その連絡は女王お付きの『騎士』であるクロハにも伝わってきた。



♢♢♢♢♢♢♢♢



時刻はもう12時過ぎ。
クロシエが眠っている部屋の扉前で、クロハは仮眠を取ろうかと考えていた。
最もクロシエのすぐ傍にジルドハントがいるから、寝ずの番をせずとも大丈夫だろうがお付きの騎士として務めは果たさなければならない。
約束の時間は過ぎたのだからこれで寝られるかと、クロハは内心少しだけ喜んでいたが。

『ピピッ!! ピピッ!!』

手首に巻かれていた金属のブレスレットが音を鳴らした。

『緊急です。例の人切りが現れました。場所はファル地区、詳しいルートは誘導します』

女王お付きの騎士として女王の傍から離れるというのはいただけないが市民の生活を脅かす存在が現れたとなれば話は別だった。
例え少し前まで敵対していた国の民であったとしても、だ。
「分かった。すぐに向かう」
子気味良い返事をした後、クロハは扉越しでクロシエに伝えた。
「クロシエ様。例の人切りが現れました。至急現場に行きます」
それだけ告げるとクロハは疾風の如く走り去っていった。
―――ジルドハントがいるから大丈夫なはずだ。
クロハはそう安心していたから憂いとかはなかった。







クロハが行ってから数分。
寝間着から普段着へと着替え終わったクロシエはちらりと窓越しから外を眺めた。
次にクロシエは何故自分はあの時、クロハと共についていきたいと言わなかったのだろうかと考えたが、すぐに結論は出た。

―――クロシエ様を巻き込むわけにはいきません、『俺』に任せてお休み下さいませ。

クロハはそう答えていただろうから。
だが自分は行きたい。
行って確かめなければならないのだ。
人切りの正体を、その目的を。

「ごめんなさい、クロハ。やはり私はこの場でじっとしてられないわ」

いるはずのないクロハに向かって謝罪の台詞を呟いた。
そして腰辺りに携えていたジルドハントを見つめる。

「行きましょう、ジルドハント」

―――仰せのままに、クロシエ様―――

クロシエはテーブルに置かれていた金属状のブレスレットに目をやる。
少し細工して他の通信を傍受出来る様にしてある。
これで人切りの場所は分かるはずだ。



♢♢♢♢♢♢♢♢



持っていた剣で時折防ぎ、人切りの斬撃をかわし続けていた薄緑色の騎士。
粘っている方だったが体力は限界だった。
彼は息切れをし始め、荒げた呼吸を繰り返していた。
徐々に動きが鈍り、遂には人切りの一撃を胸元に受けてしまった。
途端に胸元に激痛が走り、その場で膝をついてしまった。
顔を挙げれば、人切りは剣を頭上高く上げ、そのまま縦一文字しようとする。 

―――やべえ、やられるっ!?

思わず死を―――先程切られても血は流れなかったから恐らく痛みだけだろうが、それでも―――覚悟し、両目を閉じた。
恐らく頭部辺りに痛みが走るだろうと思い、歯を食いしばって備えてしまった。

だが痛みはやってこなかった。
恐る恐る目を開けると。
人切りの刃を受け止めていた騎士が一人。
さらさらの紺色の髪に一見すれば女性の様な体つき。
間違いない、彼の名は。

「クロハ殿っ!?」

「お前らは下がるんだっ!! こいつの相手は引き受けたっ!!」

「わ、分かりましたっ!! すぐに応援を呼んできます!!」

敵に背を向け逃げるなど騎士の恥だ、だと非難する輩がいるが事態はそんな名誉的な考えでは割り切れない。
だから薄緑色の騎士はすぐに負傷している相方の体を担ぎ、邪魔にならないよう退散していった。
それを見届けたクロハは改めて人切りと対峙した。
人切りは新たな獲物でも見つけたと言わんばかりに怪しい笑みを浮かべると、そのままクロハに向けて斬撃を繰り出した。
クロハはその攻撃を槍でさばいていく。
斬撃が右から来たから受け止めたと思えば、次には下から。
更に突きを3回、また右から斬撃が。
怒涛の人切りからの連撃にクロハは手一杯だった。

(なんて激しい攻撃なんだっ!! 守るので精一杯だっ!)

一見でたらめに剣を振るっているが反撃させる隙を出させない過激な攻撃だ。
おまけにこれだけ剣を振るっているにも関わらず彼女は息切れをしていない。
これは彼女本人の力か?
だがクロハはそうとは思えなかった。
彼女の荒々しい斬撃、何処かで味わったことがある。
具体的な根拠はなかったが、これは彼女自身が繰り出している剣舞とは思えない。
この斬撃、それは確か・・・。

『ザシュッ!!』

顔の右頬辺りに人切りの剣が掠めた。
もう少しずれていたら確実に突き刺される距離だった。

(ぼうっとしている場合じゃないっ!!)

思考を止めたクロハはすぐさま彼女からの斬撃を防ぎ始めた。
だがこのままでは防戦一方。
反撃に出たい所だがどうすれば良いか・・・・。

(迷っても仕方がないっ!!)

強引にでも突破口を開こうとしたクロハは斬撃の隙を突き、槍で彼女の体を射抜こうとした。
魔法銀でもあるこの槍なら痛みが走るだろうから傷つく心配はない。
それを踏まえたうえでの打開策だった。
だが無暗に反撃に出てしまうのは不覚を取る入り口でもある。
クロハの鋭い一撃は人切りの腹部を捉えていたはずだった。
だが刺さる直前、人切りの大剣が槍の先端を弾き飛ばした。
てこの原理によって槍は大きくそれて、それに釣られて態勢を崩したクロハは当然人切りからの斬撃を防げる槍という盾を失ったに等しい。
そのままクロハの顔面へと人切りの斬撃が迫る。
迂闊だったか、とクロハが後悔しかけたその時だ。

『キンッ!!』

金属同士がぶつかり合う音。
クロハを守るため、割って入ったクロシエがジルドハントを抜刀し防いだのだ。
「クロハっ! 大丈夫だった!?」
「クロシエ様っ!?」
元々クロシエの性格を考えればここに来るのは当然の行動なのだが、交戦情報もなしにどうしてここまで来れたのかとクロハは思わず問いかけたかった。
だがそんな悠長な事を言える状況ではない。

「ここだと被害が出るわっ! 外れの森まで誘導しましょうっ!!」

そう言いクロシエは人切りの攻撃をさばきながら、後ろへと後退する。
勿論、外れの森へと誘導するためだ。
人切りも釣られてクロシエの後を追い、前進してくる。
先程誘導だとはっきり述べたにも関わらず、気にする素振り見せずに斬撃を放っている人切り。
その姿に狂気が見え隠れしていると同時にクロハと同じく、本当に彼女自身の力量で剣を振り回しているのかとクロシエも考え始めてしまった。
何しろクロシエもまた奇妙な既視感を感じ取っていたから。

(この斬撃っ? 私見たことがっ・・・?)

だが人切りの斬撃が迫っている今、それここで考えるべき事ではないとクロシエは切り替えた。
戦いの最中によそ見は不覚を招くから。
クロシエは人切りの斬撃を受け止めると同時に後退し、人切りを徐々に釣っていく。
やがてハトラルコ首都の住宅街を抜け、ハトラルコ首都にある森の中まで人切りを誘導させた。
この森は一般的に見られる木々が多い茂る森のイメージそのものであり、よく小さい子供らが探検ごっこや鬼ごっこで訪れるのだという。
だからここなら住宅街から離れていて、被害が少ないし騒ぎにならないだろうとクロシエは踏んだのだ。
そこに遅れてクロハが追いかけてくる。


「クロシエ様っ!!」

「はあっ・・・、はあっ・・・」


クロシエは息を整え、人切りの出方を伺う。
ついでにと言おうか、改めて人切りの全体像を見つめた。
本当に可憐で、可愛いクリーム色の髪の女性だ。
農作業とかはやっておらず、家事など軽作業を中心にやっていたであろう体つき。
明らかに戦いとは無縁の女性だ。
されど右半身は禍々しい装甲と大剣を携え、所々鎧の隙間から赤い物体が一定のリズムを立てて躍動している。
そして彼女の口元はニヤリと不気味な笑みを浮かべていたのだから油断はできない。
確保する事は容易ではないでしょうね、とクロシエは考えていた時だ。


―――クロシエ様、お体を少し借りても宜しいですか?―――


「えっ?」

ジルドハントがそう申し出てきた。
確かに相手はどう見ても魔物の姿。
ならばジルドハントの力を完全に借りなければ対抗できそうにないのは事実。
されどクロシエは腑に落ちなかったのだ。
自分が望んであの姿になる事はあれどジルドハントから望まれる事は今までなかった。
それがクロシエが声を挙げてしまった原因だった。

―――いえ、正確には口をお借りしたいのです。―――

口を借りたい?
相手と話す為なのだろうか。
でも何のために?
だがどちらにせよクロシエはジルドハントの力を完全に借りなければならない。
相手はそれほど厄介な者だったから。

「お願い。貴方の力を貸してちょうだい」


―――では、失礼いたします・・・―――





『ボコ、ボコボコッ!! ボコボコッ!!』


するとジルドハントの刀身から黒い液体が溢れ出る。
その液体がクロシエの手に、腕に、肩へと侵食し、半身を覆いつくす。
そして浸食が止まれば、クロシエの右半身は人切りと同じ禍々しい装甲に包まれていた。
細剣だったジルドハントは禍々しい大剣へと変わり、クロシエの方はその黒い装甲の隙間から赤い物体がドクンドクンと脈打っている。
その右手は黒い液体によって大剣と化したジルドハントと繋がり、一体化していた。
そしてクロシエの右目は黒に近い紫色から、まるで血の様な真っ赤な色に染まっていた。
初めてこの異端な姿を見た者はクロシエを魔物だと断言する事だろう。
だがクロシエは決して元から魔物ではない。
特殊な形でこうなってしまったイレギュラーな存在なのだ。
それは偽の講和場で、罠にはまってしまった時だ。
和議と称してあの場にクロハと共に呼ばれ、差し向けられた兵らに囲まれ絶体絶命の時に起きてしまったジルドハントとの魔物化。
今では普段は人間と変わらずの姿で、そして有事の時にはこうしてジルドハントと一体化出来るといった芸当が可能となっていた。

「んっ・・・・」

クロシエは苦痛とも見て取れない表情を浮かべた。
やはり居心地が悪いと言おうか、違和感を感じると言おうか。
初めてではないのだがやはりこの姿には今一つ慣れなかったクロシエ。
頭の中がスッキリせず、混沌とした感覚だったから。
だがジルドハントと一つになった事で感じてくる。
ジルドハントが今、『恐れ』という感情を抱いていた事に。
例えるなら、絶対に認めたくない真実に出くわしてしまった時に発する『恐れ』と同じだ。
何故そんな感情を抱いているのかクロシエには分からなかったが今は目の前に集中するべきだった。

「行くわよっ!!」

両足で大地を蹴り、瞬時に間合いを詰める。
そのまま右側からジルドハントを振って、腹部へ一閃。

『キンッ!!!』

人切りの剣が寸前で斬撃を剣で受け止める。
クロシエはすかさずジルドハントを上へと切り上げる。
狙うは人切りの右肩。
されど標的はそこにはいなかった。
右半身を後ろへとずらし、斬撃をかわしたのだと知った時。
人切りの剣がクロシエの顔面へと突き刺す様に迫ってくる。
だがクロシエは恐れない。
体を右へとねじらせ、コマの要領で回転しジルドハントの刀身を、人切りの刀身へとぶつける。
刀身同士が擦れ合い、火花を散らす。
そのまま人切りの顔へと接近し、縦一文字に切り付けようとした。
だがその人切りの顔が消えた。
違う、消えたわけではない。
人切りは両足でステップを繰り出し、反時計回りに自身の後ろへと回り込んだのだ。
すぐにクロシエは回れ右をして人切りからの一撃を受け止めた。
そして一度後退し、息を整える。
一連の動作でクロシエは人切りの力量を察した。

(やっぱり一筋縄ではいかないわね・・・)

恐らく奴の実力はハトラルコ王に引けを取らない程。
そもそも彼女は今まで捕まっていないのだから相当の手練れなのだろう。
気は進まないがジルドハントで滅多切りにして彼女を気絶させようかと考えていたクロシエだったが―――


『・・・先程の剣さばきで確信しました。そんな返しをするのは貴方ぐらいです・・・』


急にクロシエの口を使い、割って入ってきたジルドハント。
そんな意味深な台詞を聞いたのだからクロハは聞く耳を立て、体を貸しているクロシエも何も言わず耳を立てた。
そこで一呼吸したクロシエ・・・いや、今はジルドハントは叫んだ。


『何上ですかっ!! 何故貴方が人切りなどという下劣な行為をやっているのですか!? リベクサー殿っ!!』


それを聞いたクロハは驚きを隠せなかった。
まさかあの人切りがジルドハントの知り合いだった事に。
いや、剣であるジルドハントに知り合いというのは可笑しな話であるが。


『その上、無関係なその方を利用するなど。どんな魂胆がおありなのですかっ!?』


その方と聞いて、クロシエとクロハはすぐに察した。
人と知り合いではない、自身と同じ『剣』との知り合いだったのだ。
すぐに視線を人切りが持つあの禍々しい大剣へと向けた。
あれがジルドハントの知り合いなのかと思えば、何とも言えない感情が押し寄せてきた。


『・・・ジルドハントか。久しいな。あの大戦以来、か?』


可愛らしい外見に似合わない高圧的で冷静な女性の声だ。
おそらくこれがリベクサーとやらの声なのだろう。


『そんな事は聞いておりませんっ!! 何の為にその方を乗っ取り、人切りを行っているのですか?! 貴方は私も含めて尊敬と敬意をされる『聖剣』であったはずです!!』
『聖剣・・・か。確かに私は『聖剣』であり『武器』だ。武器は人を切り、褒め称えられるべき存在だ』
『否っ!! ジパングの言葉で人を活かす剣、『活剣』という言葉が存在します。我々は『活剣』であるべき存在です。人を助け、人を導き、人を活かす為の剣。それがっ・』
『確かそれは万人を救う為なら悪人を一人切っても良いという考えではなかったか? 決して人を殺してはいけないという考えではない』

それを指摘されたジルドハントは出鼻をくじかれたかの様に閉口してしまった。

『そう、結局我々は『武器』でしかない・・・。どんな綺麗な台詞で着飾ろうとも我々は剣で武器。武器は人を切る存在。それは否定出来ん事実だ。そして・・・』

そのまま剣を一振りした後、その禍々しい剣を天へと向けてリベクサーとやらは高らかに唱える。

『ただ人を切る、それこそが私が『聖剣』ある事の証明。私が私であるという事だ。それに、人を切るというのも悪くはない、な』

その言葉を聞いたクロシエらは驚いた。
何か壮大な計画や入念な下準備の為に人切りを行っていなのかと予想していたが、まさか本当にただ自身の欲望を満たしたいが故の人切りであったとは。

『人を切った際に私の欲望は満たされ、そして気持ちよさに満たされた・・・。なるほど、ここまで快感とやらに満たされるものなのか・・・』

それを聞いたジルドハントはクロシエの体を借りているにも関わらず奥歯を噛みしめていた。
怒りの感情と失望の色が入り混じった様な表情を作ってしまう程に。
『そこまで堕ちましたか・・・!! 貴方は『聖剣』という称号に取りつかれているっ!! そしてただの俗物な人切りと化して混乱を招く大罪者ですっ!!』
『称号に取りつかれて何が悪い。私は『聖剣』、手にした者に大いなる力を与え英雄へとさせるのだ。それにジルドハントよ、英雄と大罪者など紙一重に過ぎん。大儀あれば英雄、なければ大罪者、それ以外になんの違いがある。大罪者であればその中で高みを目指すのも悪くはない』
言葉が出ない程ジルドハントは絶句していた。
今のリベクサーは自身が尊敬していたリベクサーではない。
ただの俗物と化し 権欲や栄光にしがみ続ける愚か者だ。
『貴方の愚行、止めなければなりませんっ!! それが今の私に出来る最良の選択ですっ!! クロシエ様、遠慮は無用です。この人切りを止める為全力で行って下さいませっ!!』




「ほう、因縁の敵とご対面という訳か?」




緊迫した状況に、割って入ってきたその声は男性だった。
何処からかとクロシエは辺りを見渡すと、視線の先にあった茂みがゴソゴソと動き出す。
やがてそこから一人の、初老の男性が現れた。

「お前は、確かメフィシス・・・」

その男の名前をクロハは知っていた。
クロシエの命を狙った人間の一人だったから。

「久しぶり、だな。クロシエ女王にその従者よ。講和の場での屈辱、忘れたとは言わせんぞ」

その表情は屈辱に耐えきった、苦労のしわがにじみ出ていた。
忌み嫌うその初老の名前はメフィシス。
彼は以前、アルトンとハトラルコの和議と称してクロシエを呼び出し、騙し討ちをしようとした狼藉者の一人だ。 
その時はクロシエが成敗し難を逃れ、事の詳細を聞いたハトラルコ王がメフィシスを含め計画を立てた者らを粛清したと聞いていたが。
「貴様は確かハトラルコ王が粛清をしたはず。なのに何故のうのうと生きている?」
「確かに粛清はされた。されど命までは取らずに追放という形で、な。おかげでこうして生き延びてきて・・・今はその者と結託し、暗躍しているといった所だ」
『勘違いするな。私は人を切り、この衝動を満たしたいだけだ・・・。一応の協力はするが貴様に従うつもりはない・・・』

リベクサーが不服そうに訴えてきたが今のクロハはそれが重要ではない。

「またハトラルコ、そして我がアルトンの民を巻き込もうという魂胆かっ!!」
あの日この男の底を知り、下種な輩であると確信したクロハは両目を鋭く尖らせ、殺意をむき出しにしながらメフィシスに問い詰めた。


「いや・・・私はだだ、煽るだけだ」


『煽る』という単語だけ強調したメフィシス。
それを聞いたクロハは、煽ってどうするのだという見当つかない顔だった。
「人間は恐怖に弱い。不安に弱い。恐れに弱い。疑惑がうまれば、人々は互いを疑心暗鬼をする。何故ハトラルコが反魔物主義を掲げているのか、それは自分達は魔物に弱いから恐れているのだ。その不安らを煽り立てれば、必ずや反魔物主義を掲げる者達が手を挙げ政治を担う事になるであろう」
それを聞いたクロハは察した。


―――人々を煽り立てて、元々あった反魔物主義の感情を刺激するのかっ!!
メフィシスの論は的確でこの国の核心を付いていた。
現に町中で反魔物主義の団体が演説をしていたのだから時期にこの輪は広がっていく事になる。そうすれば国を担う大臣らも国民全体の反魔物への感情を察する事になるだろう。
だがクロハに取っては汚い民意の誘導としか思えなかった。
「つまり、今の貴様は裏方として操っているという事か? 下種かつ卑怯だな」 
「何とでも言うがいい。この思想はハトラルコ国にいる市民のほとんどが望んでいる事だ。魔物は危険な存在であり、ならば排除して自分達の生活を守ろう。と自分達の代弁者を選び政治を任せるのは当然の流れだ。ふふっ、予め言っておこう。今日演説をしていたであろうカトリゥムだとか言う団体は私とは無関係だ」

「っ!?」

てっきりあの団体が人切りについて言及していたのはこの者の差し金だと考えていたが全くの無関係だとは。
「見たであろう。騒ぎを起こせば反魔物主義の奴らが動いてしまう程に、ハトラルコの主義は過敏だ。そう、例え私が命を落とそうとも他の同士が暗躍するのだから私を捉えようと捉えまいも、いずれ同士達が事を起こす事だろう」
わざとハトラルコが掲げている反魔物主義の考えを刺激させて、それを過激な方向へと導こうとしている。
この国が抱えている負の場面を利用した狡猾な計画だ。
しかも彼を捉えたとしても他の同士、というより思想が同じ者がいるというのだから問題は相当根深い。
例え奴を捕まえても次の反魔物主義者が現れ人々を煽り立てる、まるでいたちごっこみたいだ。
「されど今貴方を捉えなければ、ハトラルコの人達は安心できない。メフィシスよ、覚悟しなさいっ!!」
クロシエは大剣のジルドハントをメフィシスに向ける。
だがそれを遮る様にリベクサーが立ち塞がる。

『悪いな。こんな男でも協力者だ。やらせる訳にはいかん・・・』

そう言い渋々とリベクサーは構えを取った。
だが目線は隙を見せんとばかりに鋭く、迂闊に踏み込めば返り討ちに会うのが目に見えている。
緊迫した空気が辺りに立ちこむが―――





「のわっ!?」



そこに不釣り合いな声と共に茂みの中から誰かがリベクサーの前に転がり落ちてきた。
白の短髪に活発そうな顔の男、クロシエらには見覚えある人物だった。

「貴方は昼間のっ!?」

名前は確かアオマサという男か。
何故こんな所にいるのかと問いかけたかったが今はそれどころではない。
リベクサーの近くに、その視界に彼が入ってしまったのだ。
雑魚だとか言われてアオマサが切られるのは容易に想像できる。
現にリベクサーはその禍々しい大剣を振り上げていた。
武器を構え直し、アオマサを助けようとクロハは駆け寄った。

「アオマサさんっ!!」

当のアオマサはその人切りに切られるのかと思っていた。
何しろ明らかに異端で禍々しい姿、そして右腕と一体化していた禍々しい大剣で上からバッサリと切られるのだろうと。
宿屋のベッドで寝ようとしていたが何気なく窓の景色を見ようとした所、誰かと戦っているクロシエらの姿を偶然目撃してしまい、そのまま窓から飛び出して追いかけてみたらこんな事になっていた。
そして茂みの中に隠れながらもっと近くに寄ろうと行ってみたら足を踏み外して、気が付けば人切りの前にへと出てきてしまった。 
とっさの反応でアオマサは顔を挙げてしまった。
そして見てしまった。
人切りの顔を・・・。




「サ・・・サキナ・・・?」


見間違える事などない。
忘れる事などないあのクリーム色の髪に、貝殻の髪飾り、そして優しそうな笑みを浮かべられそうな顔たち。


「サキナ・・・なのか・・・?」


声を震わせながら、小さく呟いたアオマサ。
その声と恐れていた事実にクロシエとクロハは嘆くしかなかった。
悪い予感が的中してしまったのだ。

(いやそれどころじゃないっ!! あいつから引き離さないとっ!!)

首を振ってアオマサに近づこうとしたクロハだが。

―――リベクサーの様子がおかしい。
大剣を振り上げていたリベクサーはアオマサを切ろうとしない。
見境なく人を切り付けていた彼女が、次には剣を引いたのだ。

『興が失せた。引き上げよう』
「どういう風の吹き回しだ? その者が何か?』
訝しがったメフィシスは問いかけたがリベクサーは曖昧に返す。
『訳などどうでも良かろう。・・・そうだジルドハントよ、私を止めたいのであろう? ならば後日に望み通り決闘をしようではないか』
『決闘っ・・・?』
ジルドハントが間を置いてその言葉を復唱した。
『期日は二日後の真夜中0時、この森の中でだ。武器は武器らしく戦いで決着を付けるべきだ。それでしか私を止める手段がないのだろう?』
それを聞いた当のジルドハントは迷っていた。
リベクサーとの闘い、確かに受けたい所であるが自身が敬愛しているクロシエを巻き込んでしまう形になってしまうのは胸が痛む。
相手はあのリベクサーだ。自身の力でクロシエを傷つけずに済むかどうか危うい。
もしクロシエを傷つけてしまったら、とジルドハントは迷っていたのだ。
「構わないわ。リベクサー。その決闘、私とジルドハントが引き受けるわ」
『っ!! クロシエ様っ!!』
「でなければいずれ周辺にも飛び火するのは目に見えている。我が名において、リベクサー。貴方との決闘を受け入れましょうっ!!」
クロシエがそう宣言するのであればもう何も言わない。
もしかすると迷っている自分を察して代わりに答えたのかもしれなかった。
クロシエが返答した事にリベクサーは少しだけ驚いた表情を見せた。
『まさか宿主側が答えるとは、な。ジルドハントよ、貴様がその気であればこの者を操る事だって可能だろう? 何故そんな事をせぬ?』 
散々リベクサーに対して失望していたジルドハントだがクロシエを宿主呼ばわりされた事に対しては本当に腹が立った。
尚且つ、先程迷っていた自分に助け船を出したクロシエの心遣いをまるでぞんざいに扱われたみたいでジルドハントは口調を荒げて叫んだ。
『そんな恐れ多き事出来るはずがありませんっ!! クロシエ様は私の恩人であり仕えるべき主君っ!! その恩人を仇で返すなど、私の騎士道に反する行為ですっ!!』
殺意はないが、それに近い目つきでリベクサーを睨みつけたジルドハント。
その姿にリベクサーは―――

『・・・ならその者と協力して来るがいい。・・・立派な忠義だ、な」

―――少しだけ寂しそうな声を挙げていた。
羨ましそうで、憧れている様なそんな声色だった。
何でそんな声色を挙げたのか今のジルドハントには分からなかった。

『待っているぞ、ジルドハント・・』

そう言い残し、森の中へと消えていったリベクサーとメフィシス。
後に残されたのはクロシエらと、そして途中から入って来てしまった―――


「なあ・・・どういう事、なんだよ?」


アオマサはひたすらに困惑していた。
今まで起きた出来事を認めたくないという気持ちと、何が起きたのか理解出来ていないという気持ちが入った声色だった。

「どうして、サキナが・・・あんな姿になってて・・・。しかも人切りって? それも何であんたもその、姿に・・・?」

至極真っ当な反応と台詞だ。
確かに事の事情を知らない彼にとって、サキナがあのリベクサーとやらに取り込まれた事を、そして人切りとなっている事を話さなければならないが。

「・・・私達も、知らなければならないわね。リベクサーの事を。ジルドハント・・・」

クロシエは自身の右腕と一体化し、大剣と化したジルドハントに目をやった。



♢♢♢♢♢♢♢♢



後処理に関してはアルトンの騎士達に任せていた。
負傷者が2名程出たが、2人とも出血はしてなかったのですぐに復帰出来たからさほど問題はなかった。
そしてすぐ近くだから、とアオマサが止まっていた宿の部屋にて、クロシエとクロハと更にアオマサが集まっていた。
「という事はやはり、あの方はサキナさんで間違いないのですね」
クロシエの問いかけにアオマサは軽く頷いた。
「ああ、俺のカミさんサキナだ。けどよ・・・サキナが、そいつに操られていて・・・・。それで人切りをしていた、のか・・・。死人は出てないとは言えよお・・・。心が痛むな、それ・・・」
一通り話を聞き終えたアオマサは弱弱しくそれを吐いた。
「お辛い気持ち、察します。アオマサさん」
そう言いクロハはアオマサに慰めの言葉を投げた。
「いや、敬語はいい。どうせ歳は似たり寄ったりだからな・・・。それよりもサキナの体を乗っ取った、そのリベクサーって奴は何者なんだ・・・?」
アオマサは視線をクロシエの方へと向けた。
見れば今のクロシエはジルドハントとまた一体化して、禍々しい装甲を身にまとっていた。
その理由はジルドハントに体を貸す為だ。
私の口から伝えるのは面倒だから貴方自身で話なさい、とクロシエが計らってくれたのだ。

『では、私の方からお話致します。・・・・リベクサー殿の事を』

そう前書きし、そこで一息をした後ジルドハントは語り始めた。

『・・・私はクロシエ様の物になる前、カトルネルという男性の、騎士の剣として仕えていました。と言っても私にはまだ自我とかはありませんでしたので、仕えていたという訳ではなく、ただの武器として使われておりました。そのカトルネル卿もまたある主君に仕えていました。そしてその主君が所持していたのが『聖剣』という異名を持つ宝剣、彼女リベクサーです』

それを聞いた瞬間、アオマサは座っていた椅子からガタッと音を立てながら詰め寄った。

「んなっ、聖剣だっ!? ちょっと待てよっ!! 聖剣なのに、なんであんな禍々しい姿してたんだよっ!! 聖剣なんだから魔の力とか通用しないんじゃないのか!?」

その疑問はクロシエもクロハも同じだった。
言葉の響き通り、負なる魔力を受け付けない聖なる力を持っているのだと思っていたのだから。

『聖剣と言っても本質的には魔剣そのものです。そもそも魔剣とは広義的な意味で魔法の剣と定義されていますから、魔剣自体に聖も魔も関係ないのです。魔法の力を持った剣。それが魔剣であり、聖剣であるリベクサー殿もまた魔剣なのです』
「そいつは・・・初耳だな」

やや間があってアオマサは紡いだ。
その表情は驚き半分、困惑半分と言ったものだった。  

(ひょっとして『聖剣』というのは称号で、俺達が勝手に呼んでるだけじゃないのか?)

クロハもまたジルドハントの話を聞いて、『聖剣』の定義について疑問を持っていた。

『話を続けます。その力はすざましく、彼女を携えた主君は一国を築くほどに力を身に着け数多くの騎士達を従えられたのです。されど国を巻き込む大きな大戦が起き、その大戦の終戦後、心と体に深い傷を受けた主君は療養を余儀なくされたのです。その際主君は恐れたのです。巨大な力を持つリベクサー殿の力に。この力が安易に悪用されないように、主君は信頼ある者に命じ、何処かの湖に沈めたと聞いておりましたが・・・』
「まさか、その何処かの湖ってのはウエカド村の外れにあるどろ湖だった、って事なのか!?」
『恐らくは。そして偶然にもサキナ殿がリベクサー殿を手に入れてしまい、リベクサー殿に支配されたかと・・・』

たまたまその村の湖にリベクサーが隠されて、サキナがその聖剣を取ってしまったという事なのか。
余りにも不運なサキナの運命にクロハは重々しく息を吐いた。

「ジルドハント。聞いておくが、リベクサーの力量は?」
『・・・一度か二度、彼女と交わえた際ですが。私と互角です・・・。されどその時はカトルネル郷とその主君様が使い手でした。そして今サキナ殿の肉体は彼女が完全に支配しております。100パーセント、彼女の体を行使できるその状態で私とクロシエ様が戦っても勝てるかどうか。・・・けれど」

そこで間を置いたジルドハント。
その表情はクロシエを通じてだが気難しくも切ない願いを叶えたいという顔をしていた。

『・・・出来れば、倒すのではなくリベクサー殿の目を覚まさせたいと考えています・・・』

目を覚ませたい。
それがジルドハントのリベクサーに対する思いであった。
『確かにあの時は冷静になれず、リベクサー殿を成敗して欲しいと訴えておりましたが・・・思えばリベクサー殿は私と同じ主に巡り合えず放置されていた哀れな『人』なんですよね』
あえて『人』というという単語を使ったジルドハントの姿に、クロハもアオマサも何か思う所があった。
冷徹な常識人であればそんな言葉を使うなど馬鹿げているとあざ笑るだろうが、ジルドハントに取っては意思と感情を持っているリベクサーは『人』である事に変わりないのだ。
クロハらはそれを察していたのだ。

『リベクサー殿はずっと耐えていたんです。誰も手が届かす、何も出来ず薄暗い湖の底で耐えて・・・。そんな状態にされたら誰だって歪みますし心が荒んでしまうのも当然なんですよね。私も彼女と同じ立場だったら正気を保ってられるのかどうか・・・』

クロシエの顔を伝ってジルドハントが暗く、辛そうな表情へと変わっていく。

『だから救いたいと、助けたいとなんて事を考えてしまうんです・・・。可笑しな話ですよね。リベクサー殿は既に罪を犯しているのに救いたいなんて台詞を使うなんて・・・」

「救えば良いだろ。クロシエ様とお前で100パーセント以上の力を出して彼女の目を覚まさせてやればいい。簡単な話だろ?」

これはクロハの心からの本心だった。

『救ってもよろしいの、ですか?』

ジルドハントが不安な表情でこちらに尋ねてきた。

「ジルドハント、私は過去に一度話しましたよね。罪人は永遠に罪人である考え、私は否定すると。彼女を救いたければ救えばいい、実に単純な話でしょ? それに彼女を止めなければハトラルコの人達が困るしサキナさんを救えない。なら救っても良いのですよ」

クロハの会話を継ぐようにクロシエが口を開いた。
ずっと前に聞かされたクロシエの考え。
それで自分は許され、救われたのをジルドハントは思い出した。
更にその場の空気を察したのか、アオマサは後頭部をクシャクシャと掻きむしりながら、告げてくる。
「なんか良く分かんねえけどよ、お前が救いたいんなら勝手にしてくれよ。俺はサキナが元に戻ればあれこれ言わねえから」
優しい人たちだ、とジルドハントは感謝した。
クロシエが優しいのは勿論の事だがクロハと、そして会って日も浅いアオマサも自身の思いを理解してくれた。
この厚意を無駄にしてはならない。
困難ではあるが必ず助け出そう、リベクサーを。
そう決意した瞬間、ジルドハントがクロシエの体を伝ってブルブルと震えだす。
頭を左手で押さえ、足元をふらつかせる。
苦痛の表情を浮かべ、何かに飢えている様な素振りも見せていた。


『あ、あぐうっ・・・!! あああっ・・・!!』


「ど、どど、どうしたんだっ!?」
クロシエの急変にアオマサはすぐに近寄った。 

「ご、ごめっ・・・! く、クロハっ・・・!!」

クロシエのそのお願いでクロハはすぐに、クロシエの体を抱きしめた。
優しく暖かく、彼女の頭を撫でながら。
するとクロシエの表情は苦痛の表情から幸せそうで、蕩けた表情へと変わっていく。

「・・・え、えへへ。えへへっ♥ う〜ん・・・♥」

次にはその頬でクロハの頬を擦りつけてくる。
まるで恋人か、それ以上の関係で愛情表現を示すかの様に。
一連の流れをアオマサはぽかんと口を開けながら見届けてしまった。

「な、何がなんだかさっぱり・・・? 」

「すまない。この状態だと時間が経てばクロシエ様が苦しんで、それで俺がクロシエ様を抱きしめなければ・・・」

「辛いって事なのか?」

そんな所だ、とクロハは答えた。

「えへっ・・・。えへへへっ・・・♥ ううう〜〜んん♥ クロハ〜〜♥」

当のクロシエは本当に幸せで安心に満ちている表情でクロハからの温もりを感じている。
その光景をアオマサは少しだけ妬ましい表情とやり場に困る様な目で見つめていた。
その目が一番痛いのをクロハは知っていた。

(目の前でイチャイチャを見せつけられたら、そんな目にもなるよな・・・)

クロシエがその愛情表現を見せている最中、ふとクロハはある事を閃いた。
それを確かめるため、クロハはジルドハントに尋ねた。
「ジルドハント。その状態だとクロシエ様の自我もあるんだったよな?」
『はい、私の自我もありますしクロシエ様の自我もあります』
次にクロハはクロシエの顔を、大剣のジルドハントを交互に見比べると。

「・・・なら、なんとか出来るかもしれない。サキナさんを助け出せて、リベクサーを大人しく出来る方法が・・・」
「ほ、本当かっ!? ど、どんなだっ!?」
「その為に、アオマサ。その命をかけてくれるか?」
「勿論だっ!! 俺に出来る事があれば遠慮なくいってくれっ!! どうすればサキナを助け出せるんだっ!?」
きっともの凄い術か技かでリベクサーを気絶させてサキナを救い出すのだろうとアオマサは思っていた。
だがクロハの示した方法は斜め上を行き過ぎていた。


「簡単だ。彼女を抱きしめるんだ」


またアオマサは口をぽかんと開けてしまった。
それでサキナを救えるのかという不安とたったそれだけで良いのかという拍子抜けも兼ねて。



♢♢♢♢♢♢♢♢



その場所は言わば地下とか隠れ家みたいな所だった。
薄暗い部屋にてリベクサーとメフィシスがいた。
リベクサーは無言の眼差しでメフィシスに問いかけてくる。
何を意味するものなのかは盟約を交わした際に条件として付きつけられた事、大剣と一体化していた右手が手の形を作っていた事で大体分かる。
「風呂、か? 奥の方にある。誰も寄せ付けんし、寄ろうとせんから安心して入るが良い。・・・しかし宿主の事を気遣うとはな。存外に扱うと思っていたが』
『この者は我が同士であり、主も当然。気遣うのは当たり前だ。常に清潔に、そしてなるべく手傷を負わせない様にする。加えて精神を気絶させ何をしているのか分からないよう配慮もしてな。だが貴様が約束を守るとは驚いたな』
「一度盟約を交わしたのであれば、それを守るのが私の礼儀だ。それに、そなたの力はいやという程分かるのだからな。大人しく従うのが利口だ」
何やら忌まわしき経験でもあるのかと尋ねてみたかったが、この手の人間は聞いても答えない事をリベクサーは思い出した。
「つかぬ事だが聞いて良いか? あの青年を何故切らなかった?」
『言ったはずだ。興が乗らない、と。邪魔者が紛れ込んでしまったなら誰とて顔をしかめるだろう』
さも当然の様に答えたリベクサーにメフィシスはそれ以上追及はしなかった。
「何だろうと構わん。扇動を起こすのが狙いだからな」
もう興味ないと言わんばかりにメフィシスはきびすを返すと奥の部屋へと去っていく。
彼が去ったのを見届けた後、脱衣室と思われる場所に入ったリベクサー。
そこで彼女はふと、誰にも聞こえない程度に少しだけ呟いた。

「あの者・・・、切れたはずなのに・・・」

だが本当に切っていたのかどうか、正直な所リベクサーには分からなかった。
多分覚悟が決まっていれば切り裂けるのだろうが、次にはその覚悟が揺らいでしまう。
そこでリベクサーは想像してみた。
あのアオマサと呼ばれた白色の短髪青年の顔を。
奴の頭から下まで一直線に切り込んでみる場面を。
その時、奴はこういうのであろう―――


(い、いてぇっ!! や、止めてくれっ!!)


それを考えた途端、リベクサーは体を震わせた。

『・・・あの男を切り付けるなど・・・・』

はっきり言っておぞましい事だ
切られた瞬間、彼は痛みの声を挙げる。
そんな声を聴きたいが為に自分は人を切っている訳ではない。
思わず恐怖で体を震わせてしまう。

『・・・考えてはいけない事だったな・・・』

そう言いリベクサーは頭の中に浮かんだ、そのおぞましき事全てを消し去った。
アオマサに対するモヤモヤとした感情も全て。
18/03/16 22:55更新 / リュウカ
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■作者メッセージ
今回もネタを大量に詰め込んでいますが、分かる方いますか・・?
それはそうとご覧の通り続きますのでお付き合いの程、お願い致します。

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