連載小説
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脱出の宇宙恐竜 逃亡の代償
「くたばれ!!」

 槍を大上段にかまえ、ゼットンはメフィラスに打ちかかった。

『……』

 案の定、振り下ろされる槍を受ける事無く魔術師は煙の如く掻き消えると、青年の少し後ろの位置に現れる。

「バレバレの手を使いやがって!」

 そのように初撃は躱されたものの、青年の反応は早かった。振り向きもせず、すぐさま魔術師目がけて双刃槍の後端より赤黒き閃光を放つ。

『フッ……』

 しかし、メフィラスにとってもこれは予想通り。
 魔術師は嘲笑を浮かべ、それを両掌より放つ青白き雷光で相殺、貫通して黒き騎士の全身に浴びせかける。

「ぐぅぅぅぅッッ……!!」
「ゼットン君!」

 大電力の雷撃を浴びせられ、苦悶の声をあげる青年をガラテアは助けに行こうとするが、すぐに膨大な電量に気づいて躊躇してしまう。見た目こそ鎧の加護でこの程度で済んでいるものの、実際は大抵の生物を一瞬で蒸発させる程だったのだ。
 故に魔術の使えぬリリムでは、助けに入ったところで余計な犠牲が増えるだけであった。
 そして、助けに入れぬ彼女を魔術師は満足気に眺めると共に、徐々に電撃を強め、この騎士見習いの青年の動きを封じていた。

『はっはっはっは……!! 自我を保ちながらも、これだけ鎧の力を引き出す事は褒めて差し上げましょう!
 しかし、いくら使う道具が優れていようと、君の実力自体は二流止まり!! このメフィラス・マイラクリオン相手には力不足も甚だ――』
「ぬぅおぁりゃああぁぁぁぁっっ!!!!」
『むっ!? なっ、何っ!?』

 苦悶の声をあげていた青年だが、やがて全身より魔力を爆炎の如く噴出させる事で電撃を防ぐ。さらには穂先より再び光線を照射、メフィラスの胴体に叩きつけた。

『が、ぐうぅああああわぁぁぁぁっっ!!??』

 思わぬ反撃を受け、驚愕するメフィラス。つい先程の余裕はどこへやら、強烈なダメージにより嘘偽りの無い本物の悲鳴をあげながら吹っ飛ぶ。

『ぐっ…! お、思ったよりは、やりますねぇ…!』

 ついに光線が胴体を貫通し、千切れかけながら城壁に叩きつけられる。だが、魔術師はドス黒い血を撒き散らし、肉の潰れるような奇怪な音を全身よりさせつつ、巨大な空隙をローブごと再生させて立ち上がった。
 しかし、被弾にしろ再生にしろ無痛で行えるわけではないようで、その声はくぐもったものとなっていた。
 戦闘力に劣る分身を闘わせた先日と違い、今回は本体が出向いていたのだが、それが裏目に出たのである。

「へっ、さすがは親玉。さっきの鉄屑とデクの坊みたいにゃいかねぇか!!」
『フッフッ、クク! 雑魚の分際で頑張るじゃぁないですか、ゼットン君!!』

 目深に被ったフードに隠れて見えないながらも狂気じみた笑みを浮かべ、魔術師は先程を上回る大電力の雷撃を青年に浴びせかける。そして、対する青年もまた持ちうる限りの攻撃手段でそれに応えた。

(お願い…負けないで!)

 目の前で繰り広げられる光景を、ガラテアは固唾を呑んで見守っている。魔力がほとんど無いため、ただ見ているだけしか出来ないのがもどかしいが、それでも彼の勝利を祈る事は出来ると彼女は考えた。
 そのため、リリムは今彼に勝利を導く事が出来るであろう存在全てに対し、心から祈った。

「うぉらぁぁぁぁッッ!!」

 お互い強力な攻撃手段と防御手段が存在するため、闘いはかなり不毛なものだった。
 漆黒の騎士と漆黒の魔術師の間には既に二百発近い光線と雷撃が飛び交い、致命傷を防御し、あるいは回復する一進一退の攻防が続く。
 そして、騎士は後ろに控える衰弱した魔姫を攻撃から庇い、その一切をある時は槍捌きで、またある時はバリアで防ぎ、被害の及ばぬよう遮断していた。
 しかし場所が場所なので逃げようがなく、さらには青年の方には庇わねばならぬ対象がいるため、明らかに彼の方が不利であった。

「……!?」
「ゼットン君!?」
『残念ながら、ここまでのようですね』

 だが悲しい事に、強化されても尚差があった地力の差がここで出てしまった。一進一退に見えたこの闘いだが、そう思っていたのは青年だけで、実際は違っていたのだ。

「ち、力が…!?」

 まだ大魔術を連発しても余裕のある魔術師に対し、ゼットン青年は疲労の色が濃く、ついに膝をついた。
 そんな哀れな若者を、メフィラスは冷徹に見つめている。

『とはいえ、この私相手にここまで粘れた事については称賛せねばなりますまい。正直鎧の助けがあっても、君がここまでやれたのは意外でしたからねぇ』

 いくら適性と耐性があると言えど、青年が纏うのは最強最悪の呪物『アーマードダークネス』であり、彼の力量からすれば到底扱いきれる代物ではない。
 にもかかわらず、帝国残党の首魁メフィラスとここまで張り合えたのは相当頑張ったと言え、それはこの魔術師も認めたのだった。

『その健闘、なかなか楽しませてもらいましたよ。騎士の真似事をする君は実に滑稽でしたが、その根性は素晴らしいものがありました。
 ただ惜しむらくは、守る対象があまりにも取るに足らない、ゴミクズ以下の欠陥生物だという事ですがね……』
「!」

 そして、メフィラスは若き騎士から、その背後に控える魔姫へと視線を移す。

『魔王の姫君よ。頼りの騎士殿も奮闘はしたものの、結局は悪あがきでしたね』

 熾烈な闘いの末に青年の体力・魔力はほぼ尽き果て、指一本動かすのも困難となっていた。息も絶え絶えで顔色も悪く、ガラテアから見ても最早闘える状態ではない。

「くっ…!」
『生かしておいた方がサンプルとして有用だと思いましたが、こうも面倒事を起こされてはたまりません。
 残念ですが、ここは大人しく死んでもらうとしましょうか……ん?』

 死刑宣告をするメフィラスだが、やがてリリムの後ろに立つ巨人の存在に気づく。

『おや、遅いお帰りで』
「え?……きゃああ!?」

 巨人はその巨大な右手を伸ばし、猛るリリムの頭を指でつまむと、そのまま自分の頭のところまで持ち上げた。

『……昼飯から帰ってみりゃあ、何の騒ぎだコリャ?』

 片腕で軽々とリリムを持ち上げたのは、“昼食”から帰ってきた七戮将アークボガールだった。
 一方、身長10mはあろう馬鹿げた大きさの巨人を間近で見て気圧され、ガラテアは息を呑むと共に、自身の頭を掴む指の存在に恐れ慄いた。

『同じく閉じ込めていたゼットン君をどうやったのか彼女は暴走させましてね。挙句の果てには城の中をメチャメチャにしてくれたんですよ。
 おかげでヤプールは修理に追われ、さらにはゼットン君を取り押さえようとしたグローザムとデスレムが重傷を負ってしまいました』
『ケッ、情けねぇ!』

 アークボガールは報告を聞き、顔をしかめる。ここ最近グローザムとデスレムは負けが込んでおり、彼はそれを不甲斐無く感じていたのに加え、さらなる敗北を重ねた事に不快感を示した。

『いくら相手が相手とはいえ、あいつら不甲斐無さ過ぎるんじゃねぇのか!? 本来なら厳罰は免れねぇところだぞ!!』

 アークボガールは同僚の度重なる失態に怒り、大声で吠えた。
 彼等は皇帝によって任命された帝国軍の最高幹部である以上、戦いにおいては常に勝利が義務付けられ、もし無様な敗北を重ねるようならば相応の責任を取らされる事になる。
 しかし、アークボガールの見る限り、あの二人は長い年月の末にそれを忘れているように思えたのだ。

『ええ、あなたの仰る通りです』

 同僚の指摘に頷くメフィラス。

『とはいえ彼等も得難い戦力。どうか許してやってくれませんか』

 しかし、彼等は貴重な戦力故、わざわざそれを減らす真似など出来ない。故に猛る同僚に対し、メフィラスは不甲斐無い二人の許しを乞う。

『しょうがねぇな……』

 不甲斐無い二人だが、初めて従軍して以降帝国に対する多大な貢献をしており、輝かしい功績も無数にある。それに免じ、アークボガールは彼等に対する怒りを収めたのだった。

「…くっ! 放しなさい!」
『ギッ?……おっといけねぇ、忘れてた!』

 捕まえられた挙句に無視されたのが癇に障ったのか、右手に握られたリリムが暴れた。そのせいで、ようやくその存在を思い出したアークボガールは彼女へと目を移す。

『ずいぶん暴れてくれたらしいなぁ? 慈悲深く生かしておいたってのによぉ!』
「……慈悲っていうのは、餓死するまで放置するって事? それで、その後あなたの酒の肴にでもなるのかしらね?」
『ギシシ! おやおや、こいつは手厳しい!』

 巨漢を睨みながら推測を述べるガラテア。図星だったらしく、アークボガールは彼女の発言を聞いて笑い出す。

『ま、食材にするのは間違ってないが、酒の肴なんてチャチい事は言わねぇよ!
 お前が死んだ後は姿焼きにしてパーティーの主菜にするつもりだったし、残った骨は出汁を取るのに使ってやるつもりだったのさ!』
「フン! アンタみたいな汚い豚の餌になるのはゴメンよ!」
『!!!!』

 真相に激怒し、その美貌からは想像もつかないような発言を口汚く叫ぶガラテア。しかし、彼を豚呼ばわりしたのはまずかった。

『こ……この下等生物のクソ売女がァァ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!! 俺様を豚呼ばわりしやがったなぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッ!!!!』
「え…!!??」
『あぁ〜〜……』

 男の豹変に驚くガラテアと、額を押さえてため息をつくメフィラス。

『言ってはならぬ事を…』
「な、何…?」
『ギゴオオオオぉぉぉぉッッッッ!!!!
 カス生物の分際で俺様を侮辱するとは許さねぇぇぇぇッッッッ!!!!』
「……うああああッッ!!??」

 体型からして全く摂生に努めていないように見えるアークボガールだが、肥満体を気にはしており、その類の侮辱にはめっぽう反応する質であった。
 そのせいで激昂するアークボガールは見開いた目が血走り、激怒の表情を浮かべながら、その右手の強力な握力でリリムを締め上げる。

「か…は……っ!」

 急激に内臓を圧迫され、ガラテアの白く美しい肌は見る見るうちに赤や紫になっていく。リリムは苦悶の声をあげてもがくが脱出出来ず、その手は無慈悲に王女の柔肌を締め上げていく。

『ギシャシャ!! その体が破裂するまで一体どれぐらい保つのか試してやる!!』
『ほう、それは興味深い実験ですねぇ』

 右手へ徐々に力を籠めるアークボガール。傍らのメフィラスも興味津々といった様子で、ミシミシと音を立てるリリムの体を眺めている。

(し、死ぬ…!)

 普段ならば楽々と脱出できるであろう今の状況だが、魔力が無いので魔術も使えず、餓死しかかっているので膂力もかなり落ちている。
 なす術も無いガラテアがこのまま握り殺されるのは時間の問題だった。

(あぁ……)
『さぁ死ねぇ!! ギシシシシシシ!!』

 破裂しそうになるリリムを見て、巨人の哄笑が辺りに響き渡る。

『ギッ――――!!??』

 しかしあと一息というところで、何故かアークボガールの胸に鋭い痛みが走った。

『ん〜〜……な!?』
『!?』

 巨人とメフィラスが胸の中央を見ると、信じられない光景が目に入る。なんと漆黒の刃が後ろから自分の心臓を貫いており、そこから血が大量に噴き出しているのだ。
 さらに刃は下に容赦無く振り下ろされると、彼の胴体を骨盤の辺りまで真一文字に開いたのだった。

『ガッ…ゲボボッ……あがががが!!!! な、何だとォォ〜〜〜〜っ!!??』

 それは決して幻でもなんでもなく、筆舌に尽くし難い激痛が巨人を襲う。
 やがてアークボガールは口から大量に吐血し、胴体からも血を盛大に撒き散らしながら仰向けにひっくり返り、それに伴ってガラテアも解放された。

「げ、げほっ……ごほっ!!」

 破裂しかかった内臓のせいで吐血しながらも、血まみれとなったガラテアはそこから這いずって離れていく。

『馬鹿な! もう動けないはずだ!?』

 驚愕するメフィラスがゼットン青年の方を見やると、確かにその右手には双刃槍が握られていた。
 ただし、その柄は数十mも伸びており、それが距離を隔てていたアークボガールの心臓を貫き、リリムを間一髪のところで救ったのである。

『ゲゲ…ッ! お…オォ〜〜……』
『ア、アークボガール!! いかん、早く治療せねば!!』

 瀕死の重傷を負ったアークボガールは力無く声をあげた。そこへメフィラスは慌てて駆け寄り、開かれた胴体を治すべく治癒魔術をかけている。

「た……た…すか…った…の…?」

 口を朱に染め、朦朧とした様子でガラテアは呟く。さらなる重傷を負って意識は飛びかけているものの、そこは魔物娘の強靭さ故か、それでもまだ死にはしなかった。

「う……?」

 引き抜かれた槍はそのままガラテアの方へ向けられると、再び一直線に伸びた。そして絶妙なコントロールで彼女の服の背側を貫いて上手く引っ掛けると元の長さへ縮み、そのまま青年の側へ引き寄せていき、彼の傍らで降ろされた。

「……あ…りが…とう……」
「……」

 礼を述べる死にかけたリリムの目に映ったものは、限界を超えかけた青年の姿であった。意識の飛びかけた肉体を鎧の邪悪な意思が乗っ取ろうとし、それを青年の強情な意思が阻む……一つの体の中で二つの意思が争っていたのである。
 しかし、意図したものではないが、これが思わぬ結果を生み出した。意識を失いかけた事で再び鎧の意思が表出したが、そのおかげで強大な魔力のバックアップが蘇ったのだ。

「ぐっ!………………テメェの出番はもうねぇよ、黙って寝てろ…!」

 やがて、内部闘争は終結した。青年の強靭な意思はついに鎧から主導権を奪い取り、それと同時に強大な魔力を無理矢理鎧から引き出し、尽きた魔力を補ったのである。

(出来て…三回ってトコか……)

 ただし青年の状態の不安定さを示すかのように、その左目はかつて同様真紅に染まり、顔には無数の痣が増えつつある。
 今でこそ無理矢理意識を保っているが、いつ鎧に肉体を乗っ取られてもおかしくない状態で、技を発動するのは三度が限度だと彼は見ていた。
 それを超えた場合、彼は救ったはずの魔物娘をすぐに殺してしまい、再び気の向くままに暴れ回るだろう。それだけは絶対に避けねばならない。そして、そのために失敗は許されない。

(賭けるしかねーか……)

 自分の限界だけでなく、このサキュバスの死が近づいているのもゼットン青年には解った。だからこそ、一刻も早く救い出さねばならない。

「……オオオオオオォォォォォォッッッッ!!!!」

 覚悟を決めた青年は己に活を入れるかのように、大きな咆哮をあげた。

『ぬぅ…アークボガールまで!』

 倒れるアークボガールの治療は終わったものの、魔術師の怒りは晴れる事は無かった。男女の方に彼は向くと、その漆黒のローブに包まれた全身へ紫電を奔らせる。

『ゼットン君……私が君を殺せないとはいえ、やり過ぎましたね! その報いはきっちりと受けていただきますよ!!』

 男女の度重なる狼藉に対する魔術師の怒りは大きく、特に青年の方は殺せないにしてもそれ相応の報いは受けさせるつもりであった。

(……こっちの台詞だコノヤロー!! テメェをブチのめして、こんな場所からはさっさとオサラバだ!)

 最早言葉に出す事も出来ないが、怒っているのは青年もリリムも同じである。

「ギガレゾリューム――」
『デイズ・オブ――』

 このくだらない争いにいい加減決着をつけるべく、両者共に必殺技の体勢に入る。
 青年のかまえる槍の穂先には膨大な量の赤黒い破壊の魔力が、浮遊島の上空には巨大な黒雲が渦巻く。

「バスタァァァァァァッッッッ!!!!」
『サンダァァァァァァッッッッ!!!!』

 漆黒の騎士は強力な破壊光線を魔術師目がけて放つ。
 一方、魔術師も“デイズ・オブ・サンダー(雷の日)”という名の如く、この日最強の落雷の雨を青年目がけて降らせた。

「かかったなアホウめ!」
『!』

 青年なりに策は練っていた。それは降り注ぐ雷撃を己の全身を包む“カイザーゼットンアブソーブ”で吸収、さらに上乗せするという荒業で“ギガレゾリュームバスター”を強化する事である。
 さすがのメフィラスでもこれは防げないはずだ。

『ほう!』
「テメェの魔術が上乗せされた光線だ!! これを防げるか!?」

 感嘆するメフィラス目がけ、ゼットンは容赦無く紫電を纏った最強光線を放ち続けるが……

『普通なら無理でしょうねぇ』
「…!?」

 防護結界を展開するメフィラスだが、光線のあまりの威力にそれが崩壊しつつある。しかし、魔術師は全くそれを意に介しておらず、その態度がハッタリでない事に青年はやがて気づいた。

『しかし私は“魔術師元帥(グランドマスター)”と呼ばれた男。この程度の窮地を抜けられない者では、それを名乗る資格はありますまい』
「なに…?」

 背後は城である以上、ただ横に避けて躱せばいいという話ではない。この城には彼等の技術なり物資なりといった大切なものがあり、これを見捨てる事は無いというのはゼットンもガラテアも理解している。
 にもかかわらず、魔術師の余裕の態度は何なのか?

『おや、私が何を言いたいか解らないようですねぇ』
「……」
『簡単な事です……この程度の技では私は倒せないという事!!』
「!」
『よろしい。論より証拠、特別に見せてあげましょう……私の切り札の一つをね!!』

 先程の無色透明の防護結界でなく、ミラーボールにも似た鏡面が魔術師の全身を球状に覆う。そして、それは照射され続ける光線を防ぐのではなく“吸収”し、やがて吸い尽くしてしまった。

「あ…あれだけの威力の光線を吸収しやがった!? そんな馬鹿な…!」
『驚く事はありますまい。君も今さっき似たような技を使ったじゃありませんか』

 淡々と述べる魔術師。しかし、こうは言ってもその魔術の質には雲泥の差があった。

『まぁもっとも、精度と吸収量はこちらの足元にも及ばない上、増幅量にいたっては、そっちはお話になりませんが。
 なにせ、こっちは“一万倍”にして跳ね返す事が可能ですからねぇ』
「い、一万倍!? デタラメを言うんじゃねぇ!!」
『デタラメじゃありませんよ。しかしまぁ、さすがに一万倍まで強化しては島ごと吹き飛んでしまいますから、ここは五十倍ほどに抑えてあげましょう』

 狼狽える青年を見て、邪悪な笑みを浮かべるメフィラス。そんな彼の残虐な意思に反応してか、鏡面は唸りを上げ、すぐさま吸収した光線を跳ね返した。

「がっ――――――うっぐああああぁぁわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!????」

 視認出来ぬほどの速さで光線は青年に直撃し、そして突如左肩を襲った激痛にゼットンは絶叫をあげる。
 見れば装甲は光線の熱で融解、さらには左肩の付け根より下を溶断し、千切れた左腕が弧を描いて彼の頭上を飛んでいたのである。

(あ…あれは禁呪の一つ“プラズマ・グレネイド”! 人間の技量では使えない術のはずよ!?)

 その光景を見ていたガラテアも、朧げだった意識が正気に戻りかけるほど戦慄した。青年の左腕が千切れ飛んだ事もさることながら、それ以上にバフォメットやリッチですら扱えぬ程の魔術を軽々と使う男の存在が信じられなかったのだ。
 なにせ“プラズマ・グレネイド”は『敵の放った光波・熱線を吸収し、最大で一万倍にまで増幅して跳ね返す』という防御魔術の中でも最強クラスの術である。
 その扱いは困難を極め、バフォメットですらまともに使える者は数える程しかおらず、吸収量と増幅量によっては術者が死ぬどころか世界が吹き飛びかねない程だ。

『死んでは困ります故、左肩を狙わせていただきました。ま…何にせよゲームセットでしょうか』
「ぐっ…! さすが親玉、さっきの三下どもとはモノが違うか…!」

 高熱にさらされたせいか血は流れなかったものの、左肩の切断面からは肉の焼ける音と煙がのぼっている。
 激痛のせいでくぐもった声をあげた青年は再び両膝を突きそうになるが、槍を支えになんとか踏み留まる。

『んん〜? その頑張りは認めますがね、守る対象は魔物娘という進化の袋小路に入った品性下劣な下等生物。
 路傍の石にも劣る罪深い存在のために命を張るというのは……私には理解出来ませんね』

 最早勝負は決しているにもかかわらず、青年は諦める素振りを見せない。その諦めの悪さにメフィラスは気分を害したのだった。

「長々と喋りやがって。解んねぇなら一生考えてろよ」
『………………よくもまぁ、そこまで意地を張れますね。実力こそ凡庸ですが、その強情さだけは敬意すら覚えますよ』

 片腕が切断されて尚、減らず口を叩く青年は凄絶な笑みを浮かべる。不快感を覚えていたメフィラスだが、彼の意地の張り具合にはそれとは別に敬意を表したのだった。

「はあぁ〜、しょうがねぇなぁ〜」

 疲れと激痛で顔面蒼白、全身より多量の汗を流しながらも、気丈にため息をつくゼットン青年。
 遥か格上の相手に対しても変わらず強がる事の出来るこの性格が、メフィラスの洗脳に抗す事が出来た原因の一つかもしれない。

『他に手があるので? その強情さは認めますが、それだけでは勝てませんよ。
 私は潔く降伏した方が良いと思いますがね』
「…あぁ、計画は“作戦B”に変更だ」
『作戦B? ほう、行き当たりばったりで生きてそうなタイプだと思っていましたが、策を練る程度の知恵はあるとは思いませんでしたよ』

 メフィラスにしてみれば意外であった。この青年の事は複数の魔物娘と肉体関係を持つという実に愚かで、性欲の塊のような男だと思っており、策を練る知恵を持っているとは考えもしなかったのだ。

「作戦Aってのは、テメェらをブチのめして悠々と脱出するって事。残念ながら失敗したがな…」
『愚かな…』
「んで作戦Bってのは……」
『……』
「こうだ!」

 ゼットン青年は突如自身の左方に双刃槍を向け、残った魔力を掻き集めた“ギガレゾリュームバスター”を放つ。そして唸りをあげながら槍先より直進する光線は遥か先にある防御フィールドに衝突、直径数m程の穴をこじ開けたのだった。

『んん!?』

 この島を覆う防御フィールドは外からの攻撃には無敵の防御力を誇るが、内からの攻撃には無敵という程でもない。相応の攻撃力は要求されるが、一時的な局所破壊は可能である。
 もっとも、ゼットンがそれに気づいて行なったのかは分からないが。

『ほう、作戦Bとは尻尾を巻いて逃げ出すという事ですか! しかし、私があそこまで飛んで逃げるのを見過ごすとお思いか?』
「んなわけねーだろ」
『解っていながら何故やるのです? 無駄な…』
「…ほれ」
『!』

 話が終わる前に、何故かゼットンはメフィラスに槍を投げ渡す。

『な…?』
「返す。俺にはもう必要ねぇ」
『?』
「…?」

 槍を受け取った魔術師には、今の青年の行動は不可解であった。リリムにも何故彼がそんな真似をするのか解らない。

「ぬんっ!」

 続いて青年は全身に力を籠め、それに呼応してか暗黒の鎧は粉々に砕け散る。
 そして暗黒の鎧から解放された事で青年の左目は元の黒に戻り、意識もまた呪縛から解き放たれた。

『む!?』

 魔術師は再び驚いた。自らの意思で破壊したという事は、暗黒の鎧がこの青年に一時的とはいえ完全に屈服した証拠だったからだ。
 しかし、それ以上に不思議なのは、彼が槍に続いて戦力の要である暗黒の鎧まで手放した事だった。

「また体を乗っ取られたら困るしな。これもいらねぇ」

 黒地のトランクス一丁に素足となった青年は、鎧の破片に見向きもせずに後ろを向くと、残った右腕でガラテアを右肩に担ぎ上げる。

「わっ!?」
「失礼」

 慌てるリリムの背中に手を添えて右肩に担ぎ上げ、再び青年はメフィラスの方へ向き直る。

「あばよ」
『ゼットン君、逃げられると思っているのですか?』
「へっ、残念ながらその通りだ。だが、心配はいらねぇ……俺がやられた事も、そしてうちの嫁がやられた事も忘れてねぇからよ!
 今は退くが、いつかテメェらをブッ殺しに戻って来るつもりだから、楽しみにしてな!!」

 威嚇する魔術師を見た青年は鼻で笑った後に睨み返して物騒な決意を述べると、そのままリリム共々姿が消えてしまった。

『消えた!? 馬鹿な、魔術は使えぬはず!!………………いや』

 予想しなかった結果であるが、魔術師はすぐに真相へと辿り着いた。

『……あれだけ暗黒の鎧に慣らした以上、素の状態でも多少は技が使えるようになったというわけですね。
 しかも今まで一度も見せた事の無い技故、私もあのような手段を取るとは考えていなかった……』

 メフィラスは悔しそうに呟き、歯噛みする。てっきり彼はあの二人が魔力噴射を利用した飛行で逃げるものだと思っていたが、男が見せたのは期待に反した“瞬間移動魔術”だった。
 ゼットン本人にはそんな高度な技など使えないと思い込んでいたため、それらの魔術の妨害をしておらず、その盲点を見事に突かれてしまったのだ。

『私に一杯食わせるとは……』

 しかも厄介な事に、あの二人には魔力がほとんど残っていなかったため、それがかえって追跡を困難としていた。

『………………』

 メフィラスは考えを巡らせるが、結局彼の実力をもってしても迅速な発見・確保は無理という結論が出た。

『む……』

 悩むメフィラス。幸い、両人ともに彼等の計画の根幹は知らないため、機密保持に関しては問題無い。
 しかし、実験体たるゼットン青年もまた逃げおおせてしまい、このままでは彼等の計画は失敗に終わってしまう。

『…ん?』

 しかし、“それ”を見つけた事で、どうにか計画の進行は可能となった。

『こうなると思ってやったわけではありませんが……怪我の功名というやつですかね』

 木っ端微塵になった暗黒の鎧のすぐ傍には、メフィラスが切断したゼットン青年の左腕が落ちていた。切断されてまだ間もないため、腐敗もしていないそれを魔術師は拾い上げると、大事そうに抱える。

『多少計画に変更を加えなければなりませんが、まぁ支障は無いでしょう』

 もし青年とリリムが親魔物領に逃げ込んでいれば、その時点で大気に充満する魔力に紛れてしまって捜索は困難となり、最悪の場合王魔界に逃げ込んでしまう事も考えられる。そうすれば奪還は不可能となるだろう。

『名残惜しいですが、ゼットン君の事は諦めますか………………しかし一時はどうなるかと思いましたが、ゼットン君がちゃんと土産を残してくれたのは助かりましたねぇ』

 ゼットン本人がいなくなったのは確かに損失だが、その“暗黒の鎧の魔力に耐えうる細胞”は残されている。
 リリムにも本格的な調査の前に逃げられてしまったが、髪の毛や皮膚の一部などのサンプルの採取は既に行なっており、ある程度の基礎研究には使えるだろう。
 これらがある以上、わざわざ追いかけて探し回るというリスクを犯す必要は無かった。

『さて、早速この腕の細胞をヤプールに培養させますか。今からやれば、十分“日蝕”の日には間に合うでしょう……ふふふふ』

 笑いを漏らすメフィラス。結局、あの二人の悪あがきも被害を出しはしたが、彼等の計画を失敗に追い込むほどではなかった。

『う…うぉ〜〜……』
『ん?…ようやく起きたのですか!?
 結局動けたのは私だけ、君達は名誉ある帝国七戮将として情けないとは思いませんかね!?』

 結局自らもまた不甲斐無い二人同様にあっさり無力化されてしまった。そんなアークボガールを、早速メフィラスは叱責する。

『ぐ……』
『まだ辛いのなら、そこでしばし寝てなさい。私はこの腕をヤプールに渡してきます』

 呆れたメフィラスはまだ起き上がれない同僚を放置し、壊れかかった城に向かって歩いて行ったのだった。










「う…」

 繰り返される夕暮れ時の潮騒の中で、ゼットンは目を覚ます。
 砂浜の上に横たわっていた彼は起き上がると、見覚えの無い光景に戸惑ったのだった。

「ここは…?」

 今いる場所が何処かは知らぬが、自身に起こった事は迅速に思い出す事が出来た。
 何かは知らぬがエンペラ帝国の残党を名乗る連中に拉致されて意識を奪われて操られ、数々の悪事に加担させられていたものの、とあるサキュバスによって救い出されたのだ。
 しかし、そう上手くいかなかった。彼女への御礼も兼ねて連中に一泡吹かせようと抵抗したものの、暗黒の鎧を用いても尚その実力差は覆せず、どうにか逃げるのが精一杯だった。

「…痛っ!」

 不意に左肩の付け根に鈍痛が走ったので見てみると、なんとそこから下が無い。

「あぁ、そうか。切れたんだっけか……ははっ、情けねぇな」

 ぼんやりとした頭で自身に起きた惨劇を思い出す。しかし、それを思い出しても不思議と落ち着いており、これだけの重傷にもかかわらず、自身の中で『過去の事』として処理されている事には苦笑すら出てしまう。
 左腕を抜きにしても、そもそも逃げおおせられた事自体が奇跡と言って良いが、無い頭なりに即興で考えたとはいえ、もっと上手いやり方があったのではないだろうかとも思う。
 もっとも、何を言おうが後の祭りではあるが。

(俺はあそこから逃げて、それから……)

 その場で初めて使用した“カイザーゼットンテレポート”により、あの浮遊島より逃げおおせたところでゼットン青年の記憶は途切れている。
 あの時はあれ程憔悴した状態故、成功するかどうか分の悪い賭けであったが、どうにか成し遂げる事が出来た。しかし彼の技量はまだ未熟であり、この技がポータルのように洗練された魔術ではないせいか、彼が意図せぬ知らない土地に移動してしまったらしい。
 そもそもここの大気中には全く魔力が含まれておらず、魔界でない普通の土地だというのは明白だ。

「そういえば…」

 ゼットン青年は一人で逃げ出したのではなく、連れがいた。何故あそこにいたのかは分からぬが、自身の洗脳を解いてくれたサキュバスを一緒に連れてきていたのである。
 しかし、彼女の姿はここには無く、青年を一抹の不安が襲う。

(まさか…移動の途中で落っことしたか!?)

 最悪の可能性が頭をよぎり、少し青ざめる青年。彼の未熟な技量による術の不安定さ故、それは十分ありえる事態であった。
 あのサキュバスは死にかけであり、高所からの落下はもちろんの事、最悪魔物に敵意を持つ人間に出くわせば、抵抗する事もままならないだろう。

(マズい……殺されてないだろうな!?)

 せっかくあの悪党どもから救い出したのに、逃亡の途中で彼女が殺されてしまっては全てが台無しである。
 さらには、この島が無人島でなく居住者がいた場合、下手をすると自分の命も危ない。

「あら、目覚めたのね」
「!」

 最悪のケースを想定し、青年は頭を巡らせていたが、それも結局杞憂となった。聞き覚えのある声に呼びかけられて振り返ると、青年はようやく安堵する事が出来た。

「良かった。一生目が覚めないかと思っちゃったわ」

 柔和な笑みを浮かべて近づいてきたのは件のサキュバスである。右手には木を削って作られたと思わしきコップを持っており、中は水で満たされている。

「とはいっても、寝ていたのはせいぜい半日だけどね。でも、それだけ寝てれば、さすがに喉が渇いているかと思って持ってきたのよ」
「…ありがとう」

 ゼットンは木のコップをサキュバスより受け取ると、早速ぐいと飲み干した。

「ふぅ〜〜……うっ!」

 飲み干した直後、左肩の切断面に再び痛みがはしった。ゼットン青年は顔を歪め、肩口を押さえる。

「…大丈夫? 一応回復魔術はかけておいたのだけれど、まだ完治していないの」

 サキュバスは心配そうに声をかけ、左肩に手を添えるが、

「…それだけやってもらえれば十分だ。じきに痛みも和らぐと思う」

 青年は心配をかけまいと強がってみせた。

「…そう」

 そんな彼の心中を慮り、労るかようにサキュバスは微笑むと、青年の左隣に座った。

「「………………」」

 青年は喋る元気は無いらしく、あぐらをかいて目を閉じたままである。サキュバスも彼の邪魔をするべきでないと考え、ただ寄り添ったままだ。

「…ふぅ〜〜」
「…うおっ!?」

 しかし、サキュバスはそもそも退屈を嫌う生き物、長い沈黙を保てるはずもない。やがて、ただじっとしているのに耐えかねた淫魔は決意を翻し、微睡む青年の左耳に息を吹きかけるという悪戯を仕掛けたのだった。

「ビックリした…!」

 不意にやられたため、青年は眠気が吹き飛んでしまった。さらには驚いたせいで、あぐらをかいて座っていたものの体勢を崩してしまい、そのまま波打ち際に突っ込んでずぶ濡れになってしまったのである。

「あはははは!」

 その様を見たサキュバスはおかしそうにケラケラと笑い出す。

「何すんだよ!……えーと」

 青年は怒るが、そこで相手の名を知らぬ事に気づく。

「ガラテアよ」
「ガラテア!」

 怒る青年は初めてサキュバスの名を呼ぶと、彼女は嬉しそうに微笑み、そして満足気に頷いた。

「海水まみれになっちまったじゃねーか!」
「あら、騎士の契約はもうお終い? そうでないのなら、お姫様の悪戯くらい笑って流して欲しいのだけれどね」
「…!」

 そこへサキュバスはニヤニヤと笑いながら、痛い所を突いてきた。
 青年は格好つけて言い出した事を思い出して急に無言になり、さらには恥ずかしさで赤面したのだった。

(ハズカシー!!)

 少し後悔する青年。テンションが上がっていたとはいえ、今更ながらとんでもない事を言い出したものである。

「でも…」
「!」
「あなたにとっては戯れに言い出した事かもしれないけど、私はとっても嬉しかったわ。それだけは覚えていてちょうだい」

 青年にとっては忘れたい発言だったが、このサキュバスにとっては心底嬉しい申し入れだった。この男を助けに来て、あべこべに助けられてしまったのであるが、何にせよお互い命を失わずには済んだ。
 青年の働きに彼女は感謝しており、左腕を失ってしまった彼のためにも、何か手助けをしてやりたいと考えていたのだった。

「あぁ、どうも…」

 そこまで言われるなら悪い気はしない。単純な青年は、即座に気を取り直したのだった。

「ふーん、なるほど」

 青年の目まぐるしく変わる表情を見て何か理解したのか、ガラテアは納得した表情で頷く。

「あん?」
「あなたが複数の魔物娘を引っかけられたワケよ」
「へぇ、分かるのか?」

 青年から放たれる魔力を調べたのか、彼女はこの青年が複数の魔物娘と肉体関係を持っている事を承知していた。

「それはね……私が考えるに、あなたは『頭が良くないし、単純で、気まぐれで、ワガママで、そそっかしくて、頼りない』と、欠点だらけだから。
 あなたとツガイになった娘は、そんなあなたを放っておけない世話好きのお人好しに違いないわね」
「……」

 勝手に納得し、頷くガラテア。称賛されるのかと思えば、とんだ言われようである。
 いい気になっていた青年は、途端に気分を害したのだった。

「ふふっ」
「何がおかしい」

 そんな彼の態度がおかしいのかクスクス笑うガラテアへ、苛立ち気味に尋ねる青年。

「それに、あなたって分かりやすいわ」
「あぁ、そーですか」
「これは別に貶してるんじゃないわ。私は分かりやすい人の方が好きよ」
「皆そう言うな」
「もう、拗ねちゃ嫌よ」
「……」

 ゼットン青年はからかうのは好きであるが、からかわれるのは嫌いである。ましてやまだ出会ったばかりの魔物娘にそう言われるのは何か腹立たしい。
 しかし、そんな彼の心情を見越してか、サキュバスはおかしそうにクスクスと笑うばかりである。

「ま、それだけ言えるなら、もう大丈夫そうね」
「まだ30歳だぜ? この若さで死ねねぇよ。もっと生き続けて魔物娘の体を味わいたいわな」

 別に30歳だろうが500歳だろうが関係無く、インキュバスの性欲は尽きない。毎日交わろうとも、その性欲はほぼ無限に高まり続ける。
 いつしか青年の体も一人の魔物娘だけでは満足出来ないようになるだろう。

「それは間違いだわ」
「間違い?」
「年齢は関係ないの。あなたは…いや全てのインキュバスは死ぬまで魔物娘の体を求めるのよ。そして、魔物娘も同じ……いやそれ以上ね。
 魔物娘は例外無く、夫のペニスで膣を貫かれて精と快楽を思う存分叩きこまれ、子宮に白い子種を溢れるほど注がれ、夫の子供を孕みたいと思っているわ」

 魔物娘の“真理”を述べるガラテア。その顔に浮かべる笑顔は先程までのいたずらっぽいものでなく、魔物娘に共通する“ゾッとする程艶っぽい”ものである。
 それを見た青年は、このサキュバスについ魅入られそうになる。

「ふふっ、もちろん私もそうよ……でも言葉では何とでも言えるわよね」
「……?」
「…証拠を見せてあげる」

 ガラテアはゼットンの方に向き直り、ゆっくりと歩を進める。そして、青年の前に立ったサキュバスは彼を優しく抱きしめると、唇を重ね合わせたのである。

「んっ…」

 久しぶりの、そしてそれに反して初めてのキスの味は甘く、青年は脳がビリビリと痺れるような感覚を覚えた。
 そして理性の箍が外れた二人はすぐにお互いの口内に舌を突き入れ合い、絡ませあった。

「ぷはっ…!」
「んふっ……キスだけでもこんなにキモチイイなんて。もしこれを私の中に挿入されたら、私狂っちゃうかも……♪」

 発情したサキュバスは我慢出来ないといった様子で舌なめずりし、トランクスの上から屹立した青年の逸物をしきりに扱いている。青年の方も息が荒くなり、やがて柔らかい砂浜の上にガラテアを押し倒した。

「あなたが私を守ってくれるって言った時、子宮がキュンとしたわ。まさか既婚者相手にこんな気持ちになるなんて思わなかったのだけれど……この気持ちは本物なのよ」

 通常、魔物娘は既婚者の男性に発情する事は無いが、例外はある。一夫多妻の種族や本当に強く男性を気に入ってしまった場合がそれに該当するが、ガラテアは後者であるようだ。
 そもそもはこの青年を助けに来て彼女は捕まってしまったとはいえ、その彼もまた命懸けで見ず知らずの自分を助けてくれた事に、この淫魔の王女は激しく心を動かされたのである。

「はぁっ、はぁっ…!」

 急速に発情した男の目は先程のぼんやりとしたものでなく、獲物を狙う獣の如くギラついており、サキュバスの心情の吐露も耳に入らない。先程まで喋るのも億劫だったとは信じられない程の豹変ぶりであり、その欲望は押し倒した女の豊満な肉体に向けられている。

「うふっ……しょうがない騎士様だこと……」

 女は苦笑し、この飢えた男に体を差し出したのだった。
15/03/15 21:41更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:メフィラス・マイラクリオン

年齢:不明(推定550歳以上)
身長:175cm
体重:60kg
肩書:エンペラ帝国七戮将筆頭
   エンペラ帝国宰相
   エンペラ帝国軍・雷電軍団長
異名:魔術師元帥(グランドマスター)
   悪質なる遊戯者
   悪意の稲妻
   狂気のNo.2
技:デイズ・オブ・サンダー
  メガ・サンダーランス
  サンダーサーベル
  サンダードーム 
  プラズマ・グレネイド
  キリアン・リプレイサー
  サバイバー
  など

 かつては帝国七戮将筆頭及び帝国の宰相を兼任し、現在は帝国残党の首魁である魔術師。当代最高の魔術師に与えられる尊称“魔術師元帥(グランドマスター)”を得る程の実力を誇り、特に雷系の魔術と幻術を得意とする。
 しかし、その性格は冷徹にして残酷、まさに外道そのもの。その魔術の実力もおぞましい実験や身の毛もよだつような鍛錬を繰り返す事で得たものだと当時から噂されていた。
 だが官僚や政治家として有能で、かつ魔術の実力による桁外れな戦闘力を誇ったため、彼にそれを問い質せる者はいなかったという。
 経緯は不明だが、帝国の中期に皇帝に見出され、いきなり七戮将として登用されるという破格の待遇で召し抱えられた。
 しかし、その人事に他の七戮将は不満であった。特にグローザムとデスレムはこの新入りの魔術師が気に入らず、その彼の化けの皮を剥がすべく勝負を挑んだが、あっさり半殺しにされた事で結局従うことになった。
 戦闘では膨大な魔力を用いて生み出した雷を操る。その威力は凄まじく、大抵の場合は一瞬で感電死、電力によっては喰らった相手が蒸発し、周りの地形が変形する程だが、わざと威力を弱めて相手の死の経過を愉しむ事も多かった。
 このように相当問題のある性格だが、意外にも彼の統治自体は真っ当で安定していたので、民衆からも支持されていた。しかし、彼には終始黒い噂が付き纏い、彼がそれを否定しなかったのも事実である。
 とはいえ、皇帝には嘘偽りの無い忠誠を誓っており、皇帝も彼を重用していた。
 皇帝崩御後は帝国軍を率いて先代の魔王と戦った。結果、彼を撃退するものの、それによる国力の疲弊を要因として帝国が崩壊したため、残党をまとめ上げて魔物娘の目につかない暗黒海域上空へ居を構えている。
 そして皇帝の遺言、最後に残した計画を実行すべく、機会を覗い続けていたのである。

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