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第六話 キャラバン『カガリビ』 【前編】
走り出す、丘の向こう側に向かって。
一歩近づく度に大きくなってゆく人々の賑わいの声。

「ほら、二人共早く!」

「水陸両用生物と人間の脚力と時速70キロオーバーで30分近く走り続けれるワーウルフを同じにしないで欲しいんだよ!」

「全くだ、ちきしょう!」

早朝、匂いで近くに目的の場所があると分かったニミュは走りだし、50mは軽く引き離す。
魔物娘になってからと言うものの楽しみといえば快楽と村でやっていた狩りへの祈りの祭り程度。
そんな小さな村の祭りとは比較にならない程の楽しそうな様々な種族の声や匂い。
ニミュの中にある幼い好奇心を揺さぶらせるには十分すぎた。

「すっごぉい・・・」

両腕の枷鎖を打ち合わせる。
反響音で見える風景はコレでもかとニミュをワクワクさせるものだった。
少し遅れてティナとスコッドが追いつく。

「間に合ったな」

「むっふ〜、これは...すごいんだよぉ」

二人が見たものは、話で聞いていたように下手な村よりも広大に広がっているテントや車輪がついた小屋が無数に店を広げているキャラバンだった。
その店一つ一つが賑わっていてティナとニミュには美味しそうな匂いが届いていた。



右を見ても、左を見ても人だらけ。
これがキャラバンだというのだから驚く。
キャラバンなんてものは普通各町などに向かって、そこで露天を開くとか町の店と商売するような感じだ。
だが此処は立派な店が出来上がっている、周辺の村から来ているであろう様々な種族の魔物娘とその夫、もしくはカップル等で賑わっていた。
キャラバンにありがちな装飾品だけではない、衣服に武具に飲食に酒場、当たり前だがアダルトグッズの店もある。
どれもこれも遠くの地の商品が置かれていてさながら多国籍商品店だ。

どこから見て回ろうかとあちこちを見回しているスコッド達に一人の魔物娘が声を掛ける。

「よぉ兄ちゃん達!カガリビは初めてかい?」

スコッドは振り向くが声の主が見当たらない。
ティナがつんつんと突付き、下を向かせる。
そこには鮮やかなオレンジの髪をツインテールにし、身の丈ほどの大きさのハンマーを背負った幼い女の子が居た。
ティナを少女と言うならば目の前に居る子は幼女と言うべき姿をしている、身長が1mあるかどうか
きょとんとしているスコッドを見て、あたーと言いたげに幼女は自分の額に手を当てる。

「いっけねぇ、自己紹介が先だね。私はドワーフのルルー、このキャラバンの...まぁお偉いさんってとこかな」

「俺はスコッド、スコッド・フリードマン。こっちがセルキーのティナ、こっちのワーウルフがニミュで二人共俺の・・・妻でいいっけ?」

「結婚式してないからまだ恋人でいいんだよ、スコッド。よろしくだよ、ルルー」

「お世話になります」

「スコッドに、ティナに、ニミュっと・・・うし、分かった!んで、我らがキャラバンにどんな用だい!」

小さな躯体に似合わぬ勢いの良さに少々後ずさりしながらも、このドワーフが本当に善意で聞いてくれていると判断したティナ達は自分たちの旅の目的や必要そうな物を伝える。
次の町までの保存食、装備、その他の物。
ルルーはメモ紙を取り出すとそれらの物を一つ一つ書き出し、慣れた手つきで何かを書き加えていく。
最期にピリッとメモを切り取るとスコッドに差し出す。
受け取ったスコッドはティナにも見えるような高さでその紙を見て、魔物娘二人もその紙を覗きこむ。
1枚目の紙には店名とどんな物を売っているのか、二枚目の紙は大雑把な店の配置図だった。

「とりあえず、4日はこのキャラバンは此処に停まっている!簡易の宿もこのキャラバンはあるから利用するといい!」

「わざわざありがとう、見ず知らずの者に親切にしてくれて」

「いいさいいさ!利用者が満足してくれればキャラバンの評判も上がるからね!これも商売の一つさ!」

正直な人だとスコッドは思った。
・・・だがよく見ると『ルルー金工品店』と書かれた所が四角く枠が書かれていたり花まるマークが書かれていたりオススメ!と書かれていたり地図にも星マークが書かれていたり、とにかく自己主張が激しかった。

「・・・うん、正直だ」

「ほんじゃ、キャラバン『カガリビ』をよろしくな〜」

気が付くとルルーは人混みに紛れ殆ど見えなくなっていた。

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「・・・・・・・ん?スコッド・フリードマン?どっかで聞いたような...ま、いっか」
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「元気な人だったねぇ」

「そうだな...さて、まずどうする?」

「まずは宿に行きましょ、周囲の村から人が来ているとか言われてもこんだけ賑わっていると宿もあっという間に埋まりそうだし」

「それでいいか、ティナ?」

「文句なしっ!なんだよ」

そうして三人はルルーから渡されたメモを頼りに店を軽く見ながら宿へとやってきた。

「・・・・・宿?」

「これは、なんというか・・・」

「箱・・・よね?」

地図に宿と書かれていたそこはニミュが言うように車輪が付いた一部屋分の大きさの箱が3つ×5つの系15部屋程並んでいた、それぞれの小屋には連結用の金具が有り、これらは繋がって運ばれるらしい。
どれも同じ形をしていて、階段を登るとドアが有り、ドアと同じ面と反対側の面に日光を入れたり外の様子を見るには十分な大きさの窓があり、ドアと窓の間にはハシゴがかかっていた。
屋上に柵が見えることからおそらく屋上に登ることができるようだ、洗濯物でも干せるのだろうかとスコッドは思った。
どの小屋にも一つの面にデカデカと数字が書かれていてこれが各部屋の番号になっているようだ。
入り口と思われる扉の所には『空室』『入室』と書かれている札がそれぞれ付けられていて今のところ約半数が埋まっていると思われた。
利用しようにも勝手に入ってしまっていいのか分からずグルグルと部屋が並んでいる所を歩きまわる。
途中、ティナがある立て札を見つけた。

「スコッド、これじゃない?」

「どれどれ....『ご利用のお客様はおとなりのスペースにある0号室(受付専用部屋)へお願いします』か、よし行くか」

初めは分からなかったがよく見ると15以外にもう一つ同じ形をした小屋があり、壁には『0』と書かれていた。
入ろうと思ったがドアには『宿泊のお客様は隣の受付用窓をノックしてください』と書かれていたのでその通りに窓を二度ノックした。

「はーい、お待ちをー」

少しばかり待つと窓に付けられていた木の板が外され刑部狸が顔を出してきた。

「あいー、キャラバン『カガリビ』の宿へようこそー。んと、3名のご利用っすか?」

「ああ、とりあえず二泊。状況によってはもう一泊なんだが」

刑部狸は台帳らしきものを開き、何かを確認している。

「んーっと...大丈夫っすね。んで3名様で二泊だと・・・こんな料金ですが、キャラバン内でお買い物して頂いてこのスタンプカードを押してもらえばそれだけ安くなるっす」

初めに提示された金額はなかなかな金額だったが渡されたスタンプカードを見てみるとある一定の金額買い物をすると宿代がタダ同然の所まで割引される仕組みになっていた。
スコッドは二人と相談し、買い物後の金額なら3人の旅費でもかなり余裕が有ることから宿を借りることにした。

「分かった、とりあえず二泊で頼む」

「まいどー、それじゃぁコチラの方にお名前と性別、可能なら年齢と親指の指印を頼むっす」

3人はそれぞれ宿泊名簿に名前等を書き、インクを指に塗り、印を押し終え返却する。

「えーっと、スコッドさんにティナさんにニミュさんっすね。指印もよし・・・・ん?」

そこで刑部狸がなにか引っかかるような顔をしたのでニミュが聞く。

「なにかあったの?」

「ん?あぁ、いえ・・・キャラバンの仲間の昔話で出てくる親友の名前がスコッドさんと同じだったので・・・」

その言葉に鋭くスコッドが反応する。
威圧感のある迫り方に刑部狸も少し後ろに下がる。

「ちょっとまった、その人・・・名前は?」

「うぉ...え、えっと...アルって人ですけど」

「!?、ど、何処に居るんだ!?じゃなくて!えっと、こう・・・でっかい筋肉もりもりの大男であってるか!?」

「は、はひぃ!『マルメシ』って飯屋で奥さんの霞さんと経営してますぅ!」

「何処ッ!」

「落ち着きなさいってスコッドー」

あまりに近づきすぎて頭突きをかましそうになったためニミュが羽交い締めにしてスコッドの暴走を止める。
一度落ち着かせ、冷静にさせてから話を聞く。

「あー、でも今日はお休みの日なので駄目ですね。アルさん達は大抵休みの日はキャラバンの外に出ていますので、闇雲に探すより明日開店して落ち着く昼と夕方の間くらいが話をするならいいと思いますよ」

「すまないな」

焦りから暴走仕掛けたことを謝るスコッドだが刑部狸はひらひらと手を揺らす。

「いえいえ、初めは人違いかと思っていましたがバンダナ付けてて仲間の事になると熱くなるとかそう言うのが話通りで間違いないと確信しました、ソレよりも今日は旅の疲れを癒やし、残った時間で買い物を楽しんでください」

スコッドとしては今すぐにでも昔事故死したと思われる親友かどうか確かめたかったが今日は無理だと言われてしまえば動き出すのを止めざる負えない。
という訳でまずは落ち着くために深呼吸をし、形部狸の言うように荷物を部屋へ置きに行くことにした。

「あ、部屋なんですけど。部屋の中に説明の紙が置かれているんですが小屋の中に入ったら靴を脱いでくださいな」

「靴を脱ぐ?」

「ジパング式なものでして、慣れないと不便とは思いますがよろしくお願いします。素足の方用に布と水の入った桶が有りますのでお使いください」

「わかったわ」

「それじゃ、前金分をもらいまして・・・コチラが鍵っす」

鍵を借り、鍵とつながっている板に書かれた6番の小屋へ向かう。

「よっと・・・」

カチャリと音を立て、錠前が外れる。
キィィと開き戸を開けるとなんともこじんまりとした部屋がそこにあった。
なんというか、なにもないのだ。
床が二段になってて『此処で靴をお脱ぎください』と書かれた紙が貼られている。
今スコッド達が立っているところより10cm程高い二段目の床は見たことのない敷物になっている。

「さて靴を脱ぐか」

「私いっちばーん!」

ティナは我先にと靴と下の毛皮を脱ぎ部屋の中に寝転ぶ。
スコッドも靴を脱ぎ、説明の紙を見る。

・営みによる騒音は構いませんが周りの部屋の方との乱闘になるような事はしないでください。

「・・・しょっぱなにこういう注意書きが有るのが魔物娘らしいな」

・寝具は入り口から見て右の壁の戸を開けると入っております、床に広げてお休みください。
・部屋の中で汚れとなるもの(インク、ケチャップ等)は使わないでください、専用スペースが有ります。
・部屋の中での飲食は禁止です。

等というように注意書きと部屋の説明が書かれていた。

「へぇ、これがジパングの畳って物なのね・・・本では知っていたけどこんな感じなんだ」

「なんか草みたいな香りがするんだよ〜」

足を濡らした雑巾で拭きながらニミュは空いている手で畳を撫でる。
ティナの方はといえばじたばたと足を動かしながら畳に顔をくっつけて匂いを嗅いでいる。
吸い込む音が聞こえたかと思ったらすぐにスライムのようにふにゃんと垂れてを繰り返している。
そんなティナを放っておいてスコッドは紙に書いてあった寝具が入っているとなっていた戸を見る。

「戸ってこれか?」

触れてこの戸が木製でなく紙で出来ていることに気づき、優しく押したり出っ張りに指を引っ掛け引こうとするが軋むだけで動かない。

「あぁ、ソレは引き戸って言って横にスライドするのよ」

「あ、本当だ」

ニミュの言うとおりにスライドすると扉は壁の中に収まった。
戸を開けると収納スペースが現れ、折りたたまれたふっくらとした布団が4枚程入っていた。
試しに一つ取り出して床に広げてみる。
すかさずティナが布団に入り込みもぞもぞと蠢いた後、頭だけにゅっと出す。

「なるほど...これなら居住区と寝室を一纏めにして小屋の一つ一つの大きさを抑えられるのか」

「寝袋みたいだね〜」

気に入ったのか布団の中でゴロゴロとしているティナ。
不意にぐぅと誰かのお腹の虫が鳴く。

「・・・おなか空いたんだよ」

犯人はティナだった。

「何か食べてキャラバンを見て回りましょうか、スコッドは・・・どうする?」

「ん?あぁ...アルの事なら気を使わなくていいさ、たかが一日程度待てない程お子様じゃないよ」

胡座をかいて座り、左手で寝転ぶティナの頭を撫でながら畳にルルーからもらった地図のメモを置く。
この後三人はどのように回るか軽く相談を始めた。







もきゅもきゅ。

もぐもぐ。

ずるずるっずるっ。


ティナがドネルケバブ、スコッドが豚丼、私がかき揚げうどん。
食べ物関係は大きめの小屋で一店舗となっているお店と私達が止まることになった小屋と同じ大きさの店が四角形の3辺に並び、その中央にテーブルや椅子が設置されていてそこで食べるってお店の二種類があった。
私達が選んだのは後者、本では知っていたけどどんな感じなのかは知らない料理が沢山ある、店員さんの話だとフードコートって言うらしい。
二人共初めて食べる味に夢中になっているようですごく美味しそうに食べている。
流石は色んな国を走り回るキャラバン、食べ物の種類が色々あってすごい。
始まりがジパングって聞いたからジパング料理は当たり前として、霧の大陸のご飯もあるし砂漠の地方の料理もある。
キャラバンにいる間はずいぶん楽しいご飯になりそうだ♪

・・・まぁ、それよりも先にスコッド達が麺を啜れないとか音を立てて食ってはいけないっていうスコッドの常識をチョットずつ崩していく必要があるけど。
それにしても六年間暇だったからって削った木の棒を箸代わりにして物を掴んで運ぶって遊びがこんな所で役に立つとは。
世の中どんな経験が役に立つかわからないなぁと思いながら、次は何を食べようかと考えてしまうのでした。

そして、ソレよりも楽しみなのが今夜。
村から出発した時は片方とは身体を重ねていなかったから耐えることは出来た。
でも、もう...スコッドとティナ、二人の身体を別々に知ってしまったせいで身体の疼きを抑えるのが大変になってきてしまった。
『二人同時に味わったらどんな快感なのだろうか』と。
ティナは平気なのだろうか?私の状態は多分二人に気づかれている、でもティナはそんな素振りが一切ない。
本当に、この子はセルキーなのだろうか?と疑問に思う事がある。この前あった私の鎖のコントロールを奪った事とか、まだ聞けていないけど私やスコッドの何かを見透かしたような発言。
手招きすると私にぼふっと抱きついて甘えてくるアザラシ、優しく頭を撫でると気持ちよさそうに鳴き声を出す。
そんなティナを見ていると心のなかに浮かんでいた疑問も消えてしまった。
今は...これでいいじゃない、と。

「みきゅぅ〜♪ニミュ〜♪」

「よしよし...ん?」

トントンと突かれた方を見るとスコッドがこっちを見ている。
マスクをずらして見るとなんだか恥ずかしそうに目を逸らしているのが見えた。
ふふっ♪

「スコッドもよしよし」

「なっ、ち、ちげぇよ!よ、よしよしなんかすんな!」

「年下なんだから甘えたい時は甘えればいいさ」

「ぐっ...」

私は両の手で二人の手を握り、三人仲良く買い物を続けました。
手を繋いでいるだけでわかるスコッドの温かさと心音。
素直にこっちを見てくれていなかったのでよく分からなかったが、きっと...赤くなってくれてたのかな。


後編へつづく
15/05/17 09:44更新 / ホシニク
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■作者メッセージ
【キャラバン『カガリビ』】
初出:ぬれおなごさんもぐもぐ
 元々はジパングの形部狸夫婦(今回の宿の形部狸とは別)が始めた行商がいつの間にやら人やら機材やら増えて超巨大になったキャラバン。
大きくなりすぎたせいで予定通り進まないこともあり、ワイバーンやハーピー系の魔物娘が行く先の村や町に現在の進行状況などを伝えに行っている。
 基本は魔界豚が引いているのだが、魔法によって店や小屋はわずかに浮かんでおり進むだけならキャラバンとしては早い方らしく、振動も無いので移動は快適だったりする。

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