連載小説
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第八話〜殺人鬼に手向けの花を〜
『アルテア、私は貴様に言ったはずだな?限界が来たら報告するようにと』
『はい……』

いつもの訓練で倒れるまで腕立て伏せをした後、僕は姉さんにお説教を貰っていた。

『では何故そう言ったか分かるか?』
『僕の為を思って……だと思います』

本当は意地悪のためだと思ったけど、そんな事言ったら怒られるのが目に見えているのでやめる。

『その意味もあるが、本質はそれではない。これは貴様に自分の限界を分からせるためだ』
『自分の限界……?』

限界といえば倒れるまでやっているけれどそれじゃあ駄目なのだろうか?

『人間というのは自分が限界と思ってもまだ少しは動ける物なのだ。問題は限界と思ってからどの位で真の限界を迎えるかを把握できるかだ』
『真の限界?』

つまり、指先一つも動かせない状態なのかな?

『その真の限界を把握していれば、撤退時に生存できる確率が飛躍的に跳ね上がる。自分の限界を知っていればどこで引き返すべきかが把握出来るという事だからな』

だから姉さんは無理だと思ったら報告しろって言っていたのか……。

『己の弱さを知れ。己の限界を知れ。己の力量を知れ。戦いというものは相手を知り、自分を知れば生き残る確率が増えるものだ。それこそ下手な技術を身につけるよりな』

姉さんは僕の頭を撫でてくれた。

『アルテア、私はお前に死んで欲しくない。だから、お前に私が知る限りの生き残る術を叩き込む。いいな?』
『了解です。中尉』

『馬鹿者。こういう時は姉さんでいい』
『わかりました、姉さん』



〜ギルド宿舎 アルテアの自室〜
また夢か……。
自分を知れ……か。姉さんって人が教えてくれたんだな。
「う〜……あ〜……」
体を起こすとやたらガビガビとしている。粘液が乾燥したのだろう。
「うわ……気持ち悪……最悪……」
またギルド裏の井戸へと向かう。さすがにもう昨日のスライムはいないだろう。



〜モイライ冒険者ギルド ロビー〜
井戸の水で身体を清めると鵺を取りに戻り、ギルドのロビーへ。
いつものように熱いコーヒーをカップへ淹れ、定位置のテーブルへ付く。

「おにいちゃんおはよう!」
俺を見つけたアニスちゃんがとてとてとテーブルまで歩いて来る。
「おはようアニスちゃん」
近づいてきた彼女の頭を撫でてやる。指の間をさらさらと流れる金髪が気持ちいい。
「ん〜♪」
彼女は気持よさそうに目を細めて喉を鳴らしている。猫みたいだ。

「ねぇ、あたしにもやってよ」
右から声が聞こえてきた。
「あぁ、わか……」
低い身長。ライトアッシュの髪の毛。丸っこい耳。ニータだった。

「おにいちゃん……その子誰?」
アニスちゃんの声が氷点下まで冷え切っていた。
「ふふ〜♪誰だと思う?」
「『私の』おにいちゃんに何か用?」
さらに声から幼さが無くなる。両者の間に飛び散る火花。板挟みの俺。

「別にあんたの物って訳じゃないでしょ?それに私がアルにどんな用事があっても関係ないじゃない?」
「関係なくないもん。私はおにいちゃんのお嫁さんだし」
ええええええええええええええええ!?

「そうなの?」
「いや、そんな覚えは無いんだけど……」
「おにいちゃん……?」
胃が痛い胃が痛い胃が痛い胃が痛い!

「ほらほら、アルテアを困らせないの」
と、そこでミリアさんが助け舟を出してくれる。
あぁ……今貴女が天使に見え……。
「彼は私が予約済みなんだから」
地獄に突き落としやがった!この人助ける気ねぇ!

「ちょ!何言ってんですかあんた!?人妻でしょ!?」
「あら?サキュバスは夫がいてもかまわず食べちゃうものなのよ?むしろそっちの方が燃えない?」
「別な部分で炎上してますよ!てか火に油注がんでください!」
慌ててツッコミを入れるが……。

「おにいちゃん……?」
「へぇ……そうなんだ」
もう右も左も見れません……。



結局アニスちゃんVSニータの勝負は『どちらが俺を落とすか』という種目へ移行して行った。
今は俺の左膝にアニスちゃんが、右膝にニータが座り、小さなお尻で陣取り合戦をしている。

「(食べにくい……。)」

俺はというと身体の前に小柄ながらも二人も座っているため、朝食を食べるのに悪戦苦闘していた。
アニスちゃんがそれに気づいたらしい。

テーブルの上のフォークを手に取るとサラダを突き刺し、
「おにいちゃん、あーん♪」
口元に持ってきた。
「あ、あ〜ん……」

周りがニヤニヤしているのがわかる気がする。視界の隅のミリアさんが生暖かい目で見てくる。
「おいしい?」
サラダを咀嚼しているとアニスちゃんが笑顔で聞いてくる。
正直味なんてわかったもんじゃない。
「あぁ、おいしいよ」

「……」
それを見てニータは何を思ったのかプチトマトを口に含んだ。もう嫌な予感しかしない。
「アル〜?」
「な、なんだようぷっ!?」
口 移 し さ れ た。

囃し立てる声が聞こえ、誰かが口笛を吹く。
様子を伺っていた魔物娘達は今の行動に当てられたのか自らのパートナーに同じことをしようとしている。
「甘い〜?♪」
美味しいじゃなくて甘いと来たか。
「バカヤロ……」

可能であれば今すぐにでも逃げ出したかったが、生憎と両膝を二人にホールドされている。
脱出は……。
「(不可能っ……!逃げ場はないっ……!どうする俺っ……!)」

その後もあ〜ん攻撃や口移し攻撃に耐え抜き、なんとか朝食を食べ終わった。
俺らの影響か、ロビーに桃色の空気が漂っている。独り身のみなさん。ゴメンナサイ。
ちなみにミリアさんはすでに姿を消していた。旦那でも食べに行ったのだろうか。



〜クエスト開始〜
―殺人鬼の調査および討伐―
『この間は助けてくれてありがとうね?旦那と一人娘を置いて死ななくて済んだわ。
でもまだ殺人鬼の驚異は無くなったわけではないの。
今までも人、魔物問わず殺されているし、これからも被害者は増えると思うわ。
そこで、不思議な機械を使う貴方に殺人鬼の正体を調査、可能ならば討伐もしくは無力化して欲しいの。
この依頼は必ずしも貴方が受けなくていいわ。
危険なことに変りないし、無茶を言っている事も解っているつもり。
でも殺人鬼の正体を突き止めるってでしゃばってきた教会の騎士団は役に立たないし、何人もの冒険者が殺人鬼の正体を突き止めようとして失敗している。
もう……貴方しか頼れる人がいないのよ。このギルドの代表としてお願いするわ。
この街に……平穏を取り戻して。

モイライ冒険者ギルド支部 支部長 ミリア=フレンブルク』
「こいつは……俺宛の依頼かい?」
「はい、支部長直々の依頼だそうです」

ラプラスが組んだ翻訳システムによって文字の解読はできるようにはなっている。
受付嬢に呼ばれ、渡された羊皮紙に重なって表示されたウィンドウの文字を読んで驚く。どうやら俺は予想以上に高く買われていたらしい。

「依頼という形で出されてはいますが、これは支部長からのお願いとして出されているので受諾するかは自由意志だそうです」
「ふむ……」

受けるかどうか思案しているとラプラスが口を挟んでくる。
『この依頼は受けたほうが賢明だと推測します。
ミリア女史の傷害事件現場にはわずかですがエクセルシアの発する波長が残されていました。この事件にエクセルシアが絡んでいる可能性は少なくありません』

「なるほどね……。わかった。この依頼、受けるよ」
「ありがとうございます。この依頼には特に期限は決められてはいませんが、なるべく早く解決していただきたいとの事です。事件解決のための資料が欲しい場合は遠慮無くお申し付けください。最大限の協力をさせていただきます」

「そっか、それじゃぁ……」
『被害者のリストと事件が起こった場所を纏めた地図。現世代、旧世代の魔物の全てのデータと、可能であれば検死報告書を』
ラプラスが必要そうな資料を挙げてくれる。まるで有能な秘書だな。

「被害者の身元を纏めたリストと殺害現場を纏めた地図を。現世代の魔物図鑑と旧世代の魔物図鑑なんてのがあればそれと、被害者の検死報告書なんてのはあるかな?」
「少々お待ち下さい」
そう言うと受付嬢は奥へと引っ込んでいった。

しばらくすると受付嬢は資料の束を抱えて戻ってきた。紙質はわりと真新しい。
「被害者のリスト48人分と現場の地図。それと現世代と旧世代の魔物図鑑です。検死報告は……見てもあまり意味が無いと思いますよ?」
「意味が無い……というのは?」
「検死になってないんですよ。そもそも」

受付嬢は少し溜めると眉をひそめ、声を小さくして言う。
「そもそも……遺体が無いんですよ……。残された少々の頭髪と遺留品以外は血の海が広がるばかりで」
「そいつは……ぞっとしないな」
「えぇ、もっぱらの噂では襲われた被害者は殺人鬼に食べられているとか……。そんなんじゃまるっきり怪物ですよね?」
「……」
俺は資料の束を抱えて、いつものテーブルへ向かった。

「どう思うよ?」
『私の推測が高確率で当たったと判断します。人間もしくは魔物が、殺した魔物や人を食べているという見方もできますが、その線は限りなく皆無に近いでしょう』
「だよなぁ……」

最悪の事態だった。いくら狼や熊にエクセルシアが取り憑いても何度も人間や魔物を何人もとって食うような事態にはならないだろう。第一、いくらエクセルシアに取り憑かれて凶暴化した野生動物でも人間の手で処理できないほどではないらしいし。
ましてや人外の強さを持つような輩がゴロゴロいる世界である。余計に野生動物に取り憑いたという線は、薄い。

「なにはともあれ行動だ。まずは資料を読みあさってみるか」
『了解。データ整理はこちらで行います』
資料を開くと、書いてあることに被せるように文字が浮かび上がる。紙を囲う枠のみが視界右上のアイコンに吸い込まれ、待機状態になる。
読み終えると、次のページを開き、データを取り込ませる。
最後のページを読み終えると、アラートが表示される。

『データの精査が終了しました。結果を表示しますか?』
「頼む。頻出条件3種でいいぞ。あと、お前が不審に思った条件を一つ」
『了解。頻出条件3つは、女性であること、嫡子がいること、バストサイズが大きいことです。不審点は、ホルスタウロスと呼ばれる魔物が被害者に存在しない事です』
「あ?頻出条件の最後はなんだって?」
今変な単語が混ざったような気が……。

『バストサイズが大きいことです。さらにその90%以上は授乳中の女性です』
「子育て中ねぇ……。それにホルスタウロスがいない……か」
妙なこだわりでも持っているのかそいつは。母乳マニアのカニバリスト?
それにしちゃホルスタウロスがいないのはおかしいような……。

「おにいちゃんおしごとちゅう?」
いつの間にか隣に来ていたのかアニスちゃんが覗き込んでくる。
「あぁ、まぁね……そういえば」
「?」
ふと思ったことをアニスちゃんに訊いてみる。

「アニスちゃんはまだお母さんのおっぱい吸ったりしているの?」
「…………ふにゃあ!?///」
『さらっとセクハラ発言ですか』
素っ頓狂な声を上げて真っ赤になるアニスちゃん。

「ああああああのあのあのえとにゃぽ※○×!#?」
「落ち着いて!はい深呼吸!」
「すぅ〜……はぁ……」
少し落ち着いたみたいだが、まだ顔が真っ赤だ。

「……ないもん」
「ん?」
かなり声が小さい。まぁ恥ずかしくて大きな声では言えないだろうけど。
「そんなことしないもん……」
「そっか……」

本人に聞くのは無理か。ていうか覚えてないだろうし。
「う〜〜〜〜!おにいちゃんのえっち!」
顔を真赤にしてぷりぷりと怒っている。

「これで当たりなら……確定だな」
『肯定』
「?なんのこと?」
彼女は首をかしげている。
「アニスちゃんのお母さんを酷い目に合わせた犯人がどういう人を狙っているのか大体わかったってこと」
「ほんとう!?」
「あぁ、でも誰がやったのかはまだわからないけどね」
そう、そこだけがまだわからない。最低限の特徴が分かればいいのだが……。

「どう?捗っているかしら?」
ミリアさんが様子を見に来た。なぜか少し青臭い。
「えぇ、まぁ。犯人が狙う人物の特徴はあらかた」
「母乳マニアのカニバリスト?」
貴方は俺か。

「そこまでは判っていたんですね」
「何人もそこまでわかって失敗しているからね」
少し遠い目をしてどこかを見ている。
「まぁそれでは半分正解ってとこでしょうかね」
「まだ何か?」
「被害者の中にホルスタウロスがいないんですよ」

被害者リストを差し出して言う。
「そういえばいないわね……真っ先に飛びついてもいいはずなのに」

ホルスタウロスは巨大な胸と高い母乳生産能力を持つ魔物だ。
もし先程の条件に合うのであれば、優先的に狙われるのはこの魔物のはずなのだ。
「おまけに被害者には人間も含まれる。その上、ミリアさんにも心当たりがあるはずだ。これが意味する事とは?」
「……何が言いたいの?」
そう言いながら、大体は予想がついているのだろう。なにせ自分にも身に覚えがあるはずだから。

「犯人が狙うのは保育中、もしくは子供が乳離れしていないってことですよ」
パラパラと被害者名簿をめくる。
「あとは犯人の特徴だけですね。出没地点の絞り込みもすぐ終わりますし、後は目撃者と囮さえいればすぐにでも動けますよ」
「そう……」

彼女は少し考えこむとニヤリと笑ってこちらを見遣る。
「良かったわね?幸いにも目撃者も囮もすぐ用意できるわ」
「えぇ、そうでしょうとも」
俺も彼女を見てニヤリと笑った。
この会話の意味が判っていないのは、アニスちゃんだけのようだった。

「おいてけぼり……」



「私が見た犯人の特徴って言うのはそうね……体毛が凄かったわ」
共に出没予想地点へ歩いて行く。隣を歩くのはミリアさん。

「他には?」
「他は……物凄い体格だったわね。あれだけ大きければモノの大きさはどのぐらいだったのかしら」
目付きがエロい。

「あとは……臭い」
「臭い?」
「そ、獣臭というかなんというか。大型獣の発するような臭いがあったわね」
「ふむ……」

「あとはそうね……。やられてアイツが歩き去る時にカツカツ音を立てていたわ。蹄じゃなかった気がするんだけど」

『旧世代の図鑑との条件合致は4種。その内、ミリア様の証言と、傷痕が合致する爪痕が残せる魔物は2種。ワーウルフ、妖狐です。ミリア様の身体強度を補正に入れ、エクセルシアによる身体能力強化を計算に入れた場合、完全に合致するのは1種。ワーウルフのみです』
「そうか……」
「独り言?」
一人呟く俺を彼女が覗き込んでくる。

「みたいなもんです。脳内会議とでも思ってくれれば」
「なぁに?路地裏で私と何かする算段でもしてた?」
この人はすぐそうやってエロネタに絡ませてくるから困る。

「ワーウルフ……」
「それがどうかした?」
「今回の犯人ですよ」
彼女はこめかみに指を当て、呆れたようにため息をついた。

「あのねぇ……魔物は魔王の世代交代の際に人間を食物連鎖的な意味で襲う習性は無くなったのよ?どうみても今回の事件は魔物以外の何かでしょう?」
まぁ普通そう思うよな。
「もし……何か外的要因によって魔物が旧世代の魔物……それどころか当時の魔物すら凌駕するほど変質していたら……どうなります?」
「その外的要因って?」

「……これは、話しても問題ないのか?」
『肯定。今隠すのは現地の協力者が減るという意味でも好ましくありません』

「よし、ミリアさん、このことはなるべく自分の胸の中にしまっておいていただけますか?」
「あら、何をしまうの?」
「胸を寄せあげないでください……今回の事件の真相ですよ」
「……真面目な話みたいね」
俺は、俺が来た目的と、探し求めている物。そしてその危険性を話した。



「平行世界にエクセルシア、ねぇ……」
「信じる信じないは任せます」
「ま、今更よね」
そう言うと彼女は肩をすくめた。

「つまり?」
「どうこういう必要がないほど、この世界には意外と外の世界からの闖入者がいるってことよ。一人二人増えた程度、どうということはないわ。それに……面倒事なら慣れっこだしね」
まるで雨が降る日が1日増えた程度の感覚で話すミリアさん。
「でも、エクセルシアとかいうのはいただけないわね……特に教会に知られたらマズいわ」
それは俺も懸念していた事だ。

「もしそのエクセルシアに取り憑かれた魔物が教会に捕まれば……それをプロパガンダに使われて魔物への風当たりが強くなるのは目に見えているわ。今日ほど教会の騎士団が無能揃いだったことに感謝したことは無いわね」
「人々を守るべき組織が逆に人を傷つける結果になりかねないと……」
「そういう事。たくさん死ぬわ。人も、魔物もね」
日が沈もうとしている。もうすぐ逢魔が時、殺人鬼の発生が頻発する時間だ。

「問題はその魔物をどうするかだよなぁ……」
そう、元は誰かに危害を加えるような存在ではないのだ。それを危険だからという理由で殺してしまうのは忍びない。
「最悪処分しないとマズいわ。彼女の意思にかかわらず、ね」
しかし、彼女はあくまで冷徹に方針を決める。
「そんな……何か方法は無いのか?」
『あります。しかし、それにはまず相手を無力化する必要があります』
ラプラスがその方法を知っているようだ。
「どうするんだ?」
『それについてはまず相手を動けなくする必要があります。方法については、その時に』



「それじゃ、行ってくるわね」

囮は一人でなければ意味が無い。ミリアさんは路地裏へと歩を進めて行った。

「センサーを全開に。彼女に近づく影を見逃すなよ」
『了解。心音センサー、音波探知装置、Xレイビジョン、動体センサー、UAV全展開』
ウィンドウが無数に開いていき、それぞれ見え方が異なった視界が展開されていく。UAVと思われる超小型プレーンは上空へと撃ち出す。
「さぁ来てみやがれ……」

ハンティングスタート。獲物は狡猾な狼だ。



最初に異変が写りこんだのはUAVの映像だった。
『ミリア様の左上方。建物の上に巨大な黒い影』
「確認した!」
素早く側にあったはしごを登り、建物の上へと躍り出る。
目視30メートル程度のところに3メートルほどの黒い物体が路地裏を覗き込んでいた。

「先制攻撃いくぞ。家屋に被害は与えないよう、無力化できそうな装備を」
『了解。兵装選択 対小型MS用スタンコレダー<コウアトル>展開』

ダイアログに表示されたのは光学迷彩と小型の機動兵器に使うようなスタンガン―それでも大きさはバズーカ砲1本分程度はある―の名称。
砲身が開いて出てきたのは巨大なクワガタの角のようなスタンガン。
気配を消し、足音を殺しながら黒い物体へと近づく。

「(っ!くっさ!マジくっさ!)」
ひどい悪臭、いや、激臭とでも言おうか。油断すると気絶しそうである。
念の為に近づくのは風下からだ。
おかげで激臭がモロに匂ってくる。
そろそろと近づく。あと1メートルの所で止まり、慎重にコレダーの先を近づけていく。

「今だ!」
コレダーを押し付け、トリガーを引く。青白い火花が散り、破裂するような音が連続して聞こえる。その電圧は数億ボルト。雷に匹敵せんばかりの出力が神経を焼いているはずだ。

<GRAAAAAAAAAAAA!>

苦しげに咆哮を上げる怪物。もがき苦しんだ末、振り回した腕が俺を弾き飛ばした。

「っがは!ぐ……」
「大丈夫!?」
騒ぎを聞きつけたミリアさんが下から飛び上がってくる。
「なんの……この程度じゃ骨も折れませんよ」

背筋をバネのように使い跳ね起きる。幸いかすり傷程度で済んだようだ。
視線の先にはこちらを見据えている黒い怪物。
よく見るとそれは……。
「確かにあれはワーウルフね……旧世代の物より一回りも二回りも巨大ではあるけど」

<GRRRRRRRRR……>

巨大な体躯、丸太ほどもある腕、地面を踏めば大地が割れそうな足、巨大な鉤爪。しかしその顔は確かに狼であった。
「これはふざけている余裕はないわ……最初から全開で行かないとね」

戦闘意欲満々の人狼を見て俺は冷や汗を流す。
「あんだけ電流流したのにまだピンピンしているのな……」
『戦闘能力自体は大幅に低下。現在の戦闘能力はベストコンディション時の約5割程度。時間経過と共に回復中』

「そんじゃ、スピード勝負ってことか。長引くと厄介だな」
「さっきの雷のこと?」
「ですよ。現在のあいつはベストコンディションの5割程度しか出せないそうで」
「ありがたい話だけど……元が元だからあまり意味はないかもね」
「(そうかも……。)」

激しく逃げたい。逃げたいが……。

「今朝の修羅場に比べたらウン百倍もマシだな」
「あは♪言うじゃない♪」

そう、ア レ よ り は マ シ だ っ た。

「じゃ、行くぜぇ……。オープンコンバット!」



突進してきた狼人間を俺の掛け声で散開し、回避する。同時に陣取るのは相手を交差するように射線が重なるクロスファイア陣形。

『マオ・インダストリー社製歩兵携行化オクスタンライフル展開。モードE』
「オーケー、狙い撃ちだ!」

反対側のミリアさんも魔法の詠唱を終えたようだ。

「ちょっと熱いじゃ済まないわよぉ!」
「「当たれえええええええええええええ!」」

同時発射。光線の奔流と爆炎の奔流が狼人間を包み込む。
立ち込める煙で奴がどうなったかはわからない。

『ターゲット接近。回避行動を』
「っ!?」
立ち込める煙の中から狼人間がロケット弾の如く飛び出し、俺を引き裂かんと腕を振り上げる。
咄嗟に半歩ほど身体を横に反らし、振り下ろされた腕を回避する。しかし……
「ぬを!?」
うまく避けたが、腕を振り下ろした風圧で体勢が崩された。
狼人間はそのまま身をひねり、今度は左腕で薙ぎ払おうと力を貯める。
「しまっ……!」
横薙ぎに薙ぎ払われ、吹き飛ばされる。これは肋骨数本もっていかれたか……?

「ぐぅ……!」
『警告。右肋骨に亀裂発生。行動に支障あり』
ラプラスが損傷の報告をしてくる。

「アルテア!」
「まだ……ァ!」
姿勢を立て直した俺の目に映ったのは……

「ぁ……!」
大きく腕を振り上げた狼人間。その巨腕を豪速で振り下ろしてくる。咄嗟に鵺で受け止めるが……。

「ぐぅぅぅうううう!」
その重い一撃に鵺がミシミシと嫌な音を立てる。

『警告。鵺に重大な損傷発生。
センサー類に重篤な障害が発生。
亜空間接続システムに異常発生。
支援砲撃用重火器リンク切断。
戦略級光学兵器リンク切断。
歩兵化兵装類一部リンク切断。
物理銃火器リンク切断。
火器管制システムに重篤なエラー発生。
自立兵器系統に一部通信障害発生。
精神汚染フィルター機能不全。
自己修復機能一部欠損』

ラプラスが矢継ぎ早にエラーを報告してくる。
重火器系統が使用できないとなるとこういう類の敵には為す術がなくなる……!
「クソッ!ラプラス、何かあいつに弱点みたいなものは無いのか!?」

渾身の力をもって巨腕を跳ね上げ、バックステップで距離を取りながら鵺を構える。痛みは無視。
『対象の体表にバリアフィールドの存在を確認。既存武装の殆どの効果が薄いと推測されます』
「なんてこった……」

こいつは本当に一筋縄ではいかないかもしれない。
「ミリアさん!こいつ皮膚の表面に結界張っているみたいだ!普通の武器や魔法じゃ届かないぞ!」
「そいつはまた厄介ね!なんなら知り合いに助人でも頼む!?」

そんな事をしている間に俺は八つ裂きになっているだろう。

『マスター、HHシステムの使用を提案します。幸い先程の損傷から免れました』
「なんだそりゃ?」
『エクセルシアの抜き出しに特化した対Eクリーチャー用の決戦兵器です。動きを止めなければ命中は困難ですが、エクセルシアに命中させ、抜き出すことさえ出来れば一撃でEクリーチャーを無力、沈静化できます』
「現時点ではそれ以外は使えないと思ったほうがいいか……」
となればやることは一つである。
俺は痛む脇腹を押さえつつ、彼女に助力を乞う。

「そっちでなんとかこいつの動きは止められそうですか!?」
「何か策があるの!?」
「やるだけやってみます!」

彼女は一瞬躊躇する素振りを見せた後、
「1個貸しよ!」
猛然と狼人間へ突進して行った。
狼人間はこの行動は予想していなかったのだろう。先程から魔法しか使わないミリアさんは前線に出ない。だから先に仕留めるのは骨が折れると。
その一瞬の思考の遅れが致命的だった。
両手に灰色の光を宿した彼女が狼人間の攻撃を掻い潜り、両の掌を狼人間に押し当てる。
「<エンタングル>!」

瞬間、狼人間の動きが止まった。
いや、動いてはいるのだが、その動作は酷く緩慢だ。

『命中確率100%を確認。HHシステム展開』

砲身が開き、迫り出してきたのは純白の杭。

『フィールド干渉率100%。コード<HELL -AND-HEAVEN>発動』

純白の杭が眩しいほどに光り輝き、発射準備が整ったことを明確に伝えてくる。

『対象のスキャンを完了。エクセルシアの位置を表示します』

ウィンドが開き、エクセルシアの位置が濃い影となって現れる。場所は狼人間の腹部だ。

『発射準備完了。You have control。いつでもどうぞ』
「アイハブ!HHシステム、発射!」
『Fire』

狼人間の腹部の影に照準を合わせ、発射。純白の杭が白尾を引いて飛んでいき、影に突き刺さる。
しかして、その尾は発射時の噴煙ではなかった。

「ワイヤー……?」
『アンカーワイヤー巻き取り開始。衝撃に備えてください』
「え、ちょ」
勢い良くワイヤーが巻き取られ、俺は宙を舞った。
「うおおおおおおおお!?」

ミリアさんが信じられない物を見るような目でこちらを見ている。
「ええい!ままよ!」

空中で体勢を立て直し、足を狼人間に向け、着地に備える。
衝撃、着地。片足は狼人間の腹部へ、もう片足は地面へ。完全に巻き取り終え、杭と一体
化している鵺を脇と両手で固定。
衝撃で肋骨にさらにひびが入ったかもしれないが、今はそれどころではない。

「どっせえええええい!!」
そのまま杭ごとエクセルシアを引き抜いた。
背後には赤く染まった夕日。逆光に黒くなる俺と狼人間。ポッカリと開いた穴から大量の血液が吹き出した。

<GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!>

狼人間が断末魔の叫びを上げ、血の海に沈んでいく。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を整え、引き抜いたエクセルシアを見る。杭の先が解け、エクセルシアが固定されている。色は透き通るような青。レンズのような形状のそれはとても魔物を変質させるような危険な物質には見えない。

『エクセルシアの回収を確認。格納を行います』

開いていた砲身がエクセルシアごと閉じていく。

『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ1を終了sgmdbrh』

ダイアログの後半が文字化けし始めた。
「何だ?」
『警fb、警mrsa告。エタrba$%ルj81シス[\(ma中oknad#=ス\?侵食。兵r$has納テ倉kabrtyの変j%lk#始。AItae12ケ脳チップk($ad34パスにテuyabr食発生ス。精神汚染k4&agの危険gggggggg』

途端に脳に直接流れ込む大量の情報。無理矢理頭を弄られているような激感に吐き気と頭痛が止まらない。

「あ、が、がああああああああああああああああ!?」
そして意識がフェードアウトしていく。

12/03/06 11:46更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
「はい今日もお送りした極限世界(略)いかがだっただろうか?今回は今までの模擬戦じみた戦いではなく、ガチバトルをお送りした。ちなみにバトルのイメージ曲は新劇場版エヴァンゲリオンより、バタイユ・デシスィヴだ」

「この日の朝は異常に疲れたな……。酷い修羅場だった」
『これからは私も積極的にマスターを弄るのでそのつもりでお願いします』
「嬉しくねぇよ!」

「アニスは量産型ロリっ子って感じだけど……あたしは何になるのかな?」
「ロリビッチ」
「嫌だぁぁぁぁあああああ!」

「あんた娘になんてことさせてんだよ」
「授乳プレイって興奮しない?出ないけど」
「変態!変態!」

「ここから先は戦闘解説だ。言い訳見たくないって人は飛ばして欲しい」

「サキュバスって基本性的な目的の為だけにしか魔力を使わないって聞いたんだが……普通に攻撃系の魔法も使えるんだな」
「違うわ。あれはSMプレイ用の魔術を戦闘用に出力を上げただけよ」
「あぁ、そう……」

『どうしても言いたいことがあるのですが』
「ん?何だ?」
『ガオg』
「ストップ、それ以上言うな」

「重量を無視して武器を出せるならガトリングでも出せばいいだろうとか思っただろ?所が、展開した武器の重量+鵺本来の重量っていう制限を設けるとあら不思議。ミニガンを展開したとすると総重量100kgが鵺に掛かるという恐ろしい制限が出てくるんだよな」
『ビーム系兵器も同じことが言えそうですが、予めエネルギーを充填しておけばジェネレーターの重量は無視できますからね。利便性はこちらのほうが上です』

「ちなみに鵺そのものの重量は8.5kg程度。出す武器により重量が変わるから大体何か強力な火器を使う時は10kg超が普通だ。余程体を鍛えていないと振り回すのも回避運動も難しいぞ」
『常に対物ライフルを持ち歩いているような感じですね。中尉のしごきが無ければ鵺の携行だけでバテていたと思います』

『今回失った装備の件でご報告があります』
「何だ?」
『使えなくなった武器の総額が小国一つ潰す程度の額になりました』
「……現世界に帰りたくなくなったんだが、駄目か?」
『駄目です』

「次回で長く続いたチュートリアル編もお終いだ。鵺のパワーダウンも終わったし、これからが本番。エクセルシアを巡る俺の過酷な旅がようやく始まるって事だな。それじゃ、また来週土日に会おう。読んでくれてありがとう!」

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33