連載小説
[TOP][目次]
第九話〜母〜
〜???〜

『欲しい……』

何だ……?

『赤ちゃん……私の……』

ここは何処だ?声だけ……。

『欲しい……欲しい……』

いきなり視界が切り取られたように様々な光景が流れていく。

手を繋いで買い物を楽しむ親子。
息子に本を読んでやる父親。
赤子に乳を与える母親。
出店で買ったお菓子を子供と半分にして食べる母親。
娘と一緒の布団で眠る親子。

そこにあった景色は全て、親子のふれ合いだった。どれもが幸せそうに微笑んでいる。

『でも……なんで……』

その光景が色褪せ、ひび割れていく。

『なんで……できないの……』

新たな光景が浮かび上がる。

組み伏せられた男が犯されている。
年端も行かない男の子がなれない快楽に顔を歪めている。
傷ついた男が下で喘いでいる。

『なんで……なんで……なんで……なんで……』

次々と景色が色褪せ、ヒビ割れ、崩れ落ちていく。

『憎い……恨めしい……妬ましい……』

色もない空間がひび割れていくのが解る。

『憎い……にくい……ニクイ……ニクイニクイ憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ憎いニクイニクイにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイ憎いニクイニクイニクイニクイニクイニクイニク憎いイニクイニクイニクイニクイにくいニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ憎いニクイニクイニクイ憎いニクイニクイニクイにくい』

このままではダメだ……!彼女が……彼女が壊れてしまう!
しかし、声が出ない。いくら叫ぼうとしても、呼びかけても、声帯自体が無いかのように静寂を保っている。
助けたい……助けたい……助けたい!

―助けたい?―

当たり前だ!

―助けてどうなるの?彼女は人殺しだよ?―

でも彼女はそんな事望んじゃいなかったはずだ!

―貴方に何がわかるって言うの?―

わかるわけねぇだろ!

―じゃあなんで?―

今、目の前に壊れそうな心があるんだ!それを……それを……。

―……―

見捨てる事なんてできるか!!

―そう……。―

―なら、簡単だよ。―

―貴方には、その光り輝く『心』があるじゃない。―

―それで、彼女を照らしてあげればいい。―

―心の『闇』を打ち払うのは、同じ心の『光』―

―願って……貴方にはそれができるはず……―



『ニクイ……ウラメシイ……』
『コワス……シアワセ……ゼンブ……』

打ちひしがれる彼女の背中は、狼人間の時とは比べ物にならないぐらい小さかった。

『ゼンブ……コワス……ミタクナイ……キエロ……』

『いくらなんでも短絡的すぎなんじゃねぇか?』
『!?』

辺りが一気に明るくなる。現れた光景は、どこにでもあるような森の中だった。

『別に今すぐじゃなくったっていいだろ?いいパートナーでも見つけて、ゆっくりのんびり。そりゃ子供は可愛いし、すぐに見たい気持ちも分かるけどさ』

労るように、癒すように、ひび割れてしまった彼女の心を包み込む。

『でも、二人が協力して作った子供ってのは何にも代えられないような宝になるはずだぜ?無理矢理、子どもだけ欲しいなんて寂しいじゃないか』

その小さな背中を抱きしめ、諭す。

『焦る必要は無いさ。パートナー探しだって、子供だって。結果も大事だけどさ、過程だって大切だぜ?』

『だから、消えろとか見たくないとか……そんな事言うなよ……。時間がかかっても諦めるなよ……』

抱きしめる腕に力を込める。壊れそうな心をこの場に繋ぎ止めるように。

『いいの……?私……諦めなくても……?』

彼女の瞳から、一滴の涙が流れ落ちる。

『手段を選ばないって言うなら俺は止めるぞ?きちんと手順を踏んで、それで子供をもうけるって言うならば俺は反対しない』

『じゃあ……じゃあ……』

振り返ってこちらを見上げてくる。その瞳は今にも泣き出しそうなほどに潤んでいて……。

『私と赤ちゃん……作ってくれる?』

ここで断るのは、男ではなかった。

『君がそう望むならば……』



『ん……ちゅ……んむ……』
彼女の後頭部をさすりながら口付けを交わす。

『はむ……くちゅ……あむ……』

彼女はこういったスローテンポな交わりは知らないのだろうか。動きがぎこちない。
こちらがリードをしてあげるため、彼女の身体を触り始める。
肩、腕、乳房、脇腹、腰、股の間。快楽を得るための愛撫ではなく、お互いの心の距離を縮めるための愛撫。

『ん……あ……』

口づけを頬に、鼻に、瞼に、耳に。

『くすぐった……あふ』

尻尾に指を絡ませ、撫でさする。

『尻尾だめ……はう』

股間に指を這わせ、当たらない程度に指で刺激する。

『ん、やぁ……』

彼女はもどかしそうに下半身をモジモジさせる。

『ね、もう欲しいよ……我慢できない……』
『分かった、それじゃ……』

彼女を仰向けに寝かせ、自分のモノをあてがう。

『いれるぞ?』

彼女が頷く。

『いいよ……来て……』

彼女の中に自分の分身を沈めていく。ゆっくりと挿入し、最後まで入る。

『はぁ……お腹の中がいっぱい……』
『動くぞ』
『うん……あ……んん』

動かすときもあくまでゆっくり。

『はぁ……はぁ……もっと♪』
地べたに肘を下ろし、覆いかぶさるように彼女の上に。指と指は絡ませる。
彼女にリクエストに答え、少し突くペースを上げた。

『あん……いいよ、気持ちいい……』
浅く、早くではなく、深く、強く。こすり合わせるのではなく融け合うように。

『ん、ん♪奥に当たって……♪』
深いところに腰を押し付け、ゆすり動かし、子宮口を刺激。

『あ、あ、あ、あ♪』
深く動かしては押し付け、押し付けては深く突き上げる。

『は……は……何でぇ……?もどかしいはずなのに……気持ちいいよぉ♪』
そうして繰り返し交わっているうちに限界が近づいてくる。

『あ、イきそう……♪』
『こっちもそろそろ……』
『一緒に、一緒に来てぇ♪』

ペースを上げると聞こえてくる水音が激しくなる。ぐちゅぐちゅという卑猥な音がさらに気分を盛り上げる。

『い、イっちゃう……イっちゃうぅ!♪』
『出すぞ、中で……沢山!』
『ちょうだい!赤ちゃん、赤ちゃん欲しいよぉ!♪』
スローペースで引き伸ばされた快感が、ここで一気に寄せてくる。こらえ切れない快感が熱い奔流となって彼女の中を白く染め上げていく。

『イク、イク、イク、ア、アァァァァアアアア!』
『あぐ……うああああああああ!』
………………



『幸せ……こんな気持があったんだ』

お腹をさすりながら幸せそうに言う彼女。

『赤ちゃん……できたらいいな♪』

その表情に、かつての闇はない。
空から差して来る日差しが強くなる。

『そろそろ目が醒めるみたいだな……』
『醒める?これって夢?』

不安そうな顔をする彼女。俺はその頭を撫でて安心させる。

『かもしれないな。これは予行練習だと思えばいい。実際にパートナーを見つけたときにやってもらえ』
彼女は俺に抱きついてくる。目の前の幻想<げんじつ>を離したくないと言うように。

『もし、これが夢だったとして、醒めるなら一つだけ聞いておきたいの』
『なんだ?』

『あなたの名前……なんていうの?』
それに答える前に、俺の意識は現実へと引き戻された。



〜交易都市モイライ〜
「ガハッ!ゲホッ!ぐ……」

現実へ引き戻された俺は、猛烈な違和感に思わず咳き込んだ。
まだ痛む頭、鈍痛を訴えてくる脇腹。

「ちょっと!?大丈夫!?」
「まぁ……何とか。そうだ!『彼女』は!?」
「彼女?」
「ワーウルフの女性だよ!きっと近くにいるはず……!」
辺りを見回すと、狼人間が血の海に沈んでいた。

「近くって……え……何これ……!」
血の海に沈んでいた狼人間がみるみるうちに縮んでいき、そこにうずくまっていたのは……。

「おい!しっかりしろ!おい!」
先程のワーウルフの女性だった。腹には大きな穴が開いている。

「お前、子供が欲しかったんだろ!?こんなところで死ぬんじゃない!」
「……ぁ……ぅ……」

目は虚ろで意識もしっかりとはしていないが……。

「ラプラス!パラケルスス展開だ!早く!」
『警告。筋繊維および表皮が大きく欠損しています。修復ナノでの再生可能範囲を大きく超えており、破損した臓器の縫合程度しか出来ません。よろしいですか?』
「かまわん!さっさとしろ!」
『了解。パラケルスス展開。ADフィールド、アポロニウス同時展開』

右手が淡い光に包まれ、細かい部品が重なりあい、マニュピレーターを形作っていく。

『大量出血しています。ショック症状を緩和するため、アドレナリンを投与。
その後、裂傷が見られる大腸上部外壁、肝臓を縫合。
この時代の技術では難しい血管縫合をいくつか。
最後に止血剤としてε-アミノカプロン酸を投与してください』

首筋に親指を当て、強心剤を投与。ここまで1秒。
大腸の縫合を開始し、完了。ここまで5秒。
破けてしまった肝臓を縫合。ここまでで10秒。
大きく破けてしまった血管を吸収性の模擬血管を織りまぜて縫合。ここまでで20秒。
出血が酷い箇所に止血剤を投与。これで23秒。

「応急処置完了!早く医者の所へ運びこむぞ!」
「いきなり医者って言ったって近くに医者なんか……あ!」
「ヒロトん所だ!グズグズしている暇はないぞ!」

そのまま彼女を抱き上げると、そのまま屋根から飛び降りる。
鵺を持っていく余裕はない。どの道俺以外には使えないので放置だ。

「ちょっと!?ここ2階の屋根の上よ!?」
「知ったことか!」

落下の衝撃でさらに激痛が走る。

「無茶苦茶だわ……あの子」
『損傷拡大中。あのままでは二人とも持ちそうにありません』



〜キサラギ医院〜
キサラギ医院という看板のドアをガンガン叩く。
「ヒロト!俺だ!さっさとここを開けろ!」

ドアが開く。開く速度は普通なのだが急いでいるせいか酷く緩慢に感じてしまう。

「どうしたんだいアルテア……もうそろそろ閉めようかと……どうしたんだい?彼女は」
「急患だ!さっさと治療の準備をしてくれ!」

ヒロトのボヤっとした顔は引き締まり、医者の顔になる。

「とにかく中へ。彼女を診療室のベッドへ寝かせてくれ」
俺は疾風の如く診療室の中へ踏み入り、彼女をベッドに寝かせた。

「僕は彼女の処置をする。念の為に君はここへ行って治療系の術者を呼んできてくれ。僕の名前を出せば付いて来てくれる子がいるはずだ」

俺はひったくるようにヒロトの手から紙を受け取ると、医院の外へ飛び出す。
外ではミリアさんが待っていた。

「ほら、忘れ物」
投げ渡された鵺を受け取ると、すぐさまナビゲートシステムを起動。表記されている場所を入力する。

『住所確認。行き先はモイライ魔術師ギルド・エルファサバトです。ナビゲートを開始します』
ウィンドウには簡単な地図と方向指示の矢印が表示される。
俺は矢印の方向へ向かって駆け出した。

『警告。肋骨損傷拡大中。早急に処置をお願いします』
ラプラスがアラートを送ってくる。しかし今は自分のことを気にする余裕は無い。

「駄目だ……俺は後ででもなんとかなる……」
『……』

俺は夕暮れの街を駆ける。彼女の命を救うために。



〜モイライ魔術師ギルド兼サバト拠点施設〜

魔術ギルドはサバトの拠点としても使われているらしい。
俺は魔術ギルドの扉を蹴破るように開けると受付に詰め寄った。

「ここにヒロトの知り合いの術者はいるか!?」
「うわぁ!?いきなりなんなんですか貴方は!?」
「ヒロトの知り合いはいるかと聞いている!」
「ヒロトがどうかしたの?」

後ろのほうでのんびりとした声が聞こえる。
全体的に赤く、魔術師然とした格好をした少女だった。

「あんたがヒロトの知り合いか!?」
「そうだけど……あんた誰?」
「俺の事はどうでもいい!一緒に来てくれ!」
「わ!?ちょ、ちょっとぉ!?」
俺は彼女の腕を掴むと、ギルドを駆け出ようとする。

「おっと、うちの魔女をわしの目の前で堂々と誘拐とはいい度胸じゃのぉ?」
と、入り口に巨大な鎌を持った山羊角幼女が立っていた!

「どけえええええぇぇぇ!」
『E-Weapon<フェンリルクロー>展開』

鵺をトンファーのように持ち替え、振るった。明らかにリーチ外ではあったが……。

<<ッドオオオオオン!>>

ギルドの『壁ごと』何か巨大な見えない物が山羊角幼女を薙ぎ払った。

「な、なんじゃあああああああ!?」
幼女は空高く舞い上げられ、その姿が豆粒ほどに小さくなり、やがて見えなくなった。

「クソッ!時間を無駄にした!」
俺は破砕された壁を乗り越え、外へ出る。

「あ、あんた何者よ?うちのバフォ様を鎧袖一触で吹き飛ばすなんて……」
「どうだっていい!ラプラス!ナビを!」
『了解、キサラギ医院へのルートを表示します』

ウィンドウが表示され、先程の矢印と簡易地図が表示される。

「急ぐぞ!」
「もう勝手にして……」



「はぁ……はぁ……ぐ、ゲボッ!」
喉に違和感。咳き込むと吐血してしまった。

「あんた……まさか肺に傷が!?走っちゃ駄目!すぐ止まりなさい!」
「断る!俺は別にいい!先に助けて欲しい奴がいるんだ!」
「……ッ!早く案内しなさい!そいつを治したら次はあんただからね!」
もう既に痛みは感じなくなっていた。



〜キサラギ医院 診療室〜

「ヒロト!連れてきたぞ!」
「助かるよ!一人じゃ大変だったんだ!」
「ヒロト!いったいこいつ何者……何よ……これ!」
診療室の中でヒロトは一人重症の彼女の治療をしていた。

「マロン!手伝ってくれ!僕一人じゃ手に負えない!」
「訳は後で聞くわ。手伝う!あとこいつも大怪我しているわ、速攻で終わらせるわよ!」
マロンと呼ばれた魔女は診療台に駆け寄ると回復魔術の詠唱に入った。

「君もか!顔色が悪いからもしやとは思っていたが……」
「俺は……いい。早く治してやってくれ……」
俺は心配そうなヒロトの声を背に、処置室を出た。

俺は待合室のベンチにそっと横になる。

「大丈夫なの?顔色が悪いわよ?」

ミリアさんが近寄ってきた。

『これ以上動かないでください。肺への損傷が深くなります』
「わかってる。とりあえず痛み止め……は必要ないな。もう痛みも感じない」
彼女の顔が真っ青になる。

「貴方……あの時の一撃で……」
「肋骨やっちまったみたいっすね……少し肺にまで刺さってるみた……グフッ!」
口から血が溢れ出す。

『最低限肋骨の補修と肺の再生処置は行いましょう。パラケルスス、アポロニウス、ADフィールド展開』
右手に医療用マニュピレーターが展開し、照明用ビットが射出される。

『脳チップ経由でマスターの肉体をコントロールします。暫く右腕の感覚がなくなります。
なお、鵺搭載の簡易カメラでは不十分です。
患部の視覚データが必要なので、患部から目を逸らさないでください』
右腕の感覚が消失する。見ると、腕が勝手に動いている。

シャツがたくし上げられ、消毒液が噴きかけられる。
親指が脇腹に押し当てられる。おそらく麻酔か何かだろう。

「貴方……まさか!自分で自分を手術するつもり!?」
彼女が驚愕するが、今の俺に言い返す気力はない。
でも途中で止められるとさらに厄介なことになるので、気力を振り絞って一言だけ告げる。
「止め……る……な……」

中指のボックスからメスが飛び出し、皮膚を切り開いていく。
彼女は……あまりの事に目を背けている。まぁ見て気持ちのいいものではないだろう。

皮膚がめくり上がると、肋骨が露出する。案の定3本ほど折れ、1本が浅く突き刺さっていた。
皮膚を糸で仮止めし、落ちないようにする。
刺さっている1本を引き抜く。血が吹き出した。
肺の裂傷部に親指が押し当てられ、何かを注射。
肺の損傷部がゆっくりと塞がっていく。
おそらくは、再生用ナノマシン。
薬指で骨折面にボーンアニメーターを塗布。
意識が飛びそうになるが、今意識を失うとマズい。
親指と中指で骨折部を合わせ、人差し指から出る糸で固定。
他の骨折面も同様に接着、固定。
皮膚が元に戻され、押し付けられて入り込んだ空気が抜かれる。
後は皮膚を縫合し、消毒して再生ナノを打ち込む。

『術式完了。骨折の接合までは2〜3時間を要します。その間の行動は控えてください』
「わり……助かった」

俺は感覚の戻った腕を脱力させる。
自分で使っていた訳でもないのだが、やたら疲れた。

「本当に……馬鹿……馬鹿じゃない……」
俺の声に治療が終わったのを察したのか、彼女が振り返る。

「いくら早く治さないといけないからって自分の体を切り刻む!?馬鹿じゃないの!?」
「叫ばないで……くださいよ……傷に……響……く……」
俺はそのまま意識を失った。



結果的に言えば、彼女の手術は成功した。出血が酷かったが、今日の夜を乗り切ればその後は心配しなくてもいいらしい。

「まさかこんな小さな診療所でこんな大手術をやらかすなんて夢にも思ってなかったよ」
額の汗を拭いながら、ヒロトは安堵した表情で言う。

「それにしても、自分の骨折を自分で直したって?やろうと思ってもできることじゃないだろう。技術よりもその度胸に感心するよ」
心底呆れたといった様子だがな。

「一体何が起きたのよ?いきなりギルドのドアをぶち破って来た重症男に誘拐同然に連れてこられてやらされたのは重症患者の治療よ?少しは説明してもらってもバチは当たらないわよね?」
「そうだな……全部は明かせないがかいつまんでなら説明してもいい」


そして俺はエクセルシアと平行世界の事を避けながら、事の顛末を話した。


「ふうん……最近の連続殺人の犯人ねぇ……」

「でもアレは本人の意思じゃなかったんだ。ただ、少し不運が重なって負の気持ちが増大したのと、身体が旧時代の魔物+強化状態になってしまっただけでね」

「で、どうするの?彼女。自警団にでも突き出すつもり?これが殺人鬼の正体です〜って」

「まさか、もうこれで殺人鬼はいなくなった。これから先は事件が起こることも無いはずだ。殺された人たちは……許してくれないかもしれないけれどね……」

「あそ、それならそれでいいわ」
魔女の少女はあっさりと納得すると、椅子から飛び降りた。

「どこへ?」
「帰るのよ。もうやることはやったしね。あんたももう無茶すんじゃ無いわよ。命は一つしかないんだから」
後ろ手に手を振りながら彼女は休憩室から出て行こうとした。

「なぁ」
「何よ?」

肩越しにこちらを振り返る彼女に俺は、
「有難う。助かった」
「別に、あそこで見殺しにしたら寝覚めが悪いでしょ?私はやるべき事をやっただけ」
「それでもだ。感謝する」
彼女は鼻を一つ鳴らして、休憩室から出て行った。

「ぶっきらぼうだけど気にしないであげて欲しい。あれはあれで機嫌がいいほうなんだ」

ヒロトがフォローを入れるが、
「解ってるよ。本当に怒っているなら礼すらも聞いてくれなかっただろうし」
俺は気にしてないと返す。ああいうのをクーデレとか言うのだろう。

「ところでヒロトは彼女とはどういう関係なんだ?」
ヒロトは苦笑しつつ答えた。

「何、ただの幼なじみだよ。ただ、人を癒す術に魔術を選んだか医術を選んだかの違いだけのね」



―翌朝―
『現在時刻はAM7:00です。現在までに危険な兆候は無し。エクセルシアの反応も完全に消えました』
「ご苦労様。休んでいいぞ」
『了解。マスターも早めにお休みください』
そう言うとラプラスはスリープモードへ入る。

目の前には穏やかな表情で眠るワーウルフの女性。
峠は越えた。もう心配は要らないだろう。

その場を立ち去るために腰を上げると、
「ぅん……あれ……?」
「すまない、起こしたか」
ちょうど彼女の目が醒めてしまった。

「私、何をして……いつ!」
「まだ寝ていろ。魔物とはいえ重症だったんだから安静は必要だ」
肩に手を添えて寝かせてやる。

「何か……すごく怖い夢を見ていた気がする」
「そうか」
「すごく辛くて、苦しくて、悲しくて……」
「そうか」
「でも最後は……幸せだったような気がする」
「もういい……思い出す必要はないさ」
そこで話を切ってやる。

「あら、起きたみたいね」
アリア女史が診療室に入ってくる。
「例の殺人鬼は骨を残して綺麗サッパリ燃え尽きたわ。ご苦労様」
暗に事後処理はやっておいたと言う事なのだろう。
「有難う御座いました。それじゃ、俺は帰ります」
「そ、お疲れ様。報酬はすっごいわよ?」
「あはは、期待しないで待っておきますよ。その方が落とされたときのダメージが少なそうだ」

そう言い、俺は診療室の出口へ向かう。

「あの!」
彼女の声に振り向く。

「以前、どこかでお会いしました?」

「いや、初対面だぜ?俺は殺人鬼に襲われて重症になっていたあんたを助けただけだ」
「そう……ですか。せめて、お名前をお聞きしていいですか?」

そして、俺はあの世界で言えなかった返答をする。
「アルテア。アルテア=ブレイナーだ。誰かが悲しむのが嫌なだけの、ただの冒険者さ」
後ろ手に手を振り、俺は診療室を後にした。



「さて、実は貴方に少し頼みたい仕事があるのよね?」
「仕事……ですか?」
「そ。知り合いが経営している孤児院があるんだけど人手が足りないらしくてね。もし若くて活きのいい子がいたら手伝いとして斡旋して欲しいって言われているんだけど……どう?やってみない?」
「孤児院……」
「えぇ、なんなら無事卒業できた男の子はお持ち帰りしても構わないって言われてるわよ?」



世の中にはどうしようもないほどのバッドエンドが溢れているけれど……。

「なぁ、ラプラス」
『なんですか?マスター』

俺の声にラプラスがリブートする。

「俺は……少しでもバッドエンドを回避することができたんだろうか?」
『私はバッドエンドという概念が理解できません』
「……そっか」
『しかし、マスターの行いで救われた人がいるのだとしたら、それは幸いな事だと思います』
「あぁ……そうだな。うん」


願わくば、彼女の未来に幸多からん事を。
12/03/06 11:47更新 / テラー
戻る 次へ

■作者メッセージ
〜あとがき〜
「というわけで極限世界(略)九話をお送りした訳だが如何だっただろうか。今回は話術サイドとレスキューパートに分かれている。楽しんでくれたら幸いだ」

『マスター、貴方の為にいくつかのプレゼントを用意致しました』
「あまりいい予感はしないが言ってみろ」
『消臭ポット、デオドライザー、ファブリーズ、備長炭。好きな消臭グッズをお選びください』
「ちくしょう!俺でも臭かったって思っているんだから言うなよ!」

「俺に助言を与えた謎の声に関しては物語の終盤も終盤、エピローグまで明かされない訳だが……広げた風呂敷を回収できるか心配でもある」

「あれ……私名前無しですか?」
「ちなみに今後の出演予定も無しだ。という訳でモブキャラに名前はない」
「そんなぁ……」

「一見あらゆる怪我に対応可能そうなパラケルススでも実は欠点があったりするんだよな」

『まず第一に戦闘中は使用不可能ですね。傷口を縫うから待って欲しいと言って聞くような敵はいませんから』

「第二に治療の分類が異常に細かいことだ。魔法であれば怪我すればヒール、ホイミとか呪文一発だが……」
『内蔵裂傷、骨折、表皮裂傷、筋繊維断絶、火傷などそれぞれ取るべき対応策が違います。再生用ナノも無いわけではないですが、それでも再生可能な範囲は限られています。血管を移動して修復していく訳ですから同じ箇所に再生ナノと止血剤は使えませんからね』
「毒なんかの分類も異常に細かいな。当然さまざまな物に効く抗生物質は無いわけではないが、それでもかなりの種類がある。リカバー?全状態異常治癒?なにそれうまいの?」

『第三に持ち込みしている物資の限度ですね。もちろん物質である以上使える量も限度がありますし、この世界では調達可能な物も限られていますから』
「代表的なものはナノマシンだな。一応自己増殖もできるだろうが、培養液の残量も考えると無限じゃない。ダーマはもっとなくなりやすい。完全に消耗品だからな」
『薬品、この場合麻酔や止血剤、その他医療用の抗生物質もこの世界では調達不可能でしょう。同じ効果を持つ薬品は手に入りますが、代用品でしかありません』

「色々と制限を挙げたが、制限はこれだけじゃない。場所によってはまったく使えない事もある分回復魔法なんぞに比べたらはるかに使いづらい装備であることは間違いない。しかし、ベホマズン一発、ケアルガ一発で治るなんて邪道だ。そんなもんがあったら本当に医者なぞいらなくなる」

「ところでE-Weaponってなんぞ?」
『それは次の幕間で紹介しましょう。この物語のキーワードの一つなので結構重要ですよ』

「最後に登場人物紹介だ。といっても一人しかいないし本編にも登場する回数は限られているけどな」

マロン=ミヅキ
魔術師ギルド所属の魔女。ヒロトの幼なじみ。
二人で医者を目指していたが、人を治す際に医術か魔術かどちらがいいかで対立。
しかし、本人は言い争わずに二人で協力して人を癒したいと考えている。
後に医療と魔術を合わせた総合治療院をヒロトと共に建てることになる。

「ミヅキって事はハーフか」
「父方がジパング出身よ。ヒロトは小さい頃私の隣の家に越してきた幼なじみね」
「いじられキャラだヘタレだ言われながらあいつもきっちりギャルゲ体質じゃねぇか」

「そんな訳で今日はここまで!この回で長く続いたチュートリアルは終了。5万字近くも続いた導入編はこれで終わりだ。続きは明日、幕間を投下するぜ。それじゃ、読んでくれてありがとうな!」

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33