連載小説
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起動せし宇宙恐竜 凶鎧装の咆哮
「消えた……奴等の魔術は、バフォメットの儂でも分からん事が多いのう」

 不可思議な術を使い、消え去ったデスレムとグローザム。
 ケイトは彼等を取り逃さぬよう、空間転移系の魔術を無効化していたのだが、見事にすり抜けられてしまった。

「さ〜て、あの鉄屑と木偶の坊が消えた以上、後はアンタ一人なんだけど?」

 空からふわりと降り立ったクレアは、冷徹な眼でメフィラスを見据えた。
 病み上がりの身で大技を繰り出したために体力は相当消耗しているが、夫を嬲った一味を全員叩きのめすまで怒りは収まらず、戦意が衰える事は無い。

『まさかここまでやるとは思いませんでしたよ、お嬢さん。あの二人にあそこまでの怪我を負わせるとはね』

 仲間二人に重傷を負わせて撤退せしめた魔物娘を、メフィラスは素直に称賛した。不敵にも、仲間があれだけやられたにもかかわらず、何故かその態度には余裕が漂っている。

「一体お前達は何をしようとしておるのじゃ? 体を改造し、人ならざるものになって生き延びてまで、一体何を望む」
『………………』

 クレア以外の面々も、グローザムが頭だけになりながらも喋っていたのを見た事で、ようやく彼等が既に人をやめている事に気づいたのだった。
 故にケイトは問うたのだが、饒舌なメフィラスもそれについては沈黙した。

「…復讐か?」

 ケイトが思い当たる事はそれ位しかない。なにせ、世界制覇までもう少しというところで先代の魔王率いる魔王軍が彼等の前に立ちはだかり、主君と配下の大多数を死に追いやっている。
 そのせいでエンペラ帝国は崩壊の一途を辿り、超大国からただの大国まで転落した。
 そしてその数十年後、皇帝の後を追うように死去した前魔王の後継者である現魔王率いる新しい魔王軍と戦争になり、弱体化していた帝国軍は激戦の末に敗北。魔王軍は残った帝国軍25万を全て捕虜とし、帝国はついに滅亡した。
 以上がエンペラ帝国滅亡までの顛末だが、その最後の残党である彼等はその恨みを忘れていない。
 その抱き続けた恨みの深さたるや、最早想像出来る程度ではあるまい。

『…まぁ“復讐”という点についてはその通りです』
「…それだけではないじゃろう」
『なぁに、今は知らずとも、いずれ明らかになります』

 メフィラスはそれ以上明らかにする気は無かった。

『そのためにはゼットン君が必要です。もっとも、より正確に申し上げるなら、ゼットン君という“人物”でなく“肉体”ですがね』

 そう呟いて、メフィラスはくつくつと笑いを漏らす。

「彼はインキュバスじゃ。お前達のような異形でこそないが、既に普通の人間の肉体ではない」
『凡百の魔術師や勇者ならばともかく、ありとあらゆる魔術を極めたこのメフィラスにとって、それは些細な問題でしかありません。
 インキュバスから元の人間に戻す技術など、既に開発済みなのですよ』
「なんじゃと!?」

 この発言に皆は驚いた。もし真実ならば、魔物の優位性は大きく揺るがされる事になる。

『まぁ、我々以外の連中にそれを提供する気はありませんがね。魔物が我々にとって邪魔であるのと同じく、神々とその使徒もまた非常に邪魔であるのです』
「…難儀じゃの。神と魔を同時に敵にまわすのは」
『敵?…何か勘違いしていらっしゃる御様子。そもそも、我々が行なっているのは、あくまで“害獣駆除”の一環ですよ。
 デスレムもグローザムも、害獣に襲われるという“事故”によって負傷してしまいました』
「!…成程、そもそも儂らを敵とは見なしておらぬということか。犬に噛まれたから殴り返したところで、それを戦闘とは言わんものな」

 かつてのエンペラ帝国において『知的種族』と認められていたのは人間のみである。それ以外の知的種族であるエルフ、ドワーフなどの亜人種、魔物などは全て『動物』として十把一からげにされていた。
 帝国の残党であるメフィラス達の認識は当時から変わっておらず、よって彼女等を対等な存在として扱う気はさらさら無い。
 動物に襲われるのはあくまで“事故”であって、例えこちらが反撃しても“戦闘”とは呼ばないのである。
 彼等にとって、戦闘とはあくまで人間同士で行われる行為なのだ。故に魔王軍という『動物の大群』が押し寄せても、“敵”とは見なされない。
 例え、それがどんなに強大な存在であってもだ。

「そんな事はどうでもいいよぉ」
「ゼットンを元に戻してもらおうか!」

 黙って話を聞いていたクレアとミレーユだが、いい加減話が続くのにうんざりして、前に進み出た。

「ゼットンを元に戻せば」
「今なら3/5殺しで済ませてやる!」

 クレアは両爪を突き合わせ、ミレーユは両拳をボキボキと鳴らした。

『元に戻す? それは無理な御相談です。そうでしょう、ゼットン君?』
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「「「「!!」」」」

 意識を失って沈黙していたゼットンだが、メフィラスの指示を受けると共にすぐさま覚醒し、双刃槍を杖にして立ち上がった。

「おいゼットンやめろ!!」
「やめてよゼットン!! もう闘いたくないよ!!」

 愛する女達の必死の制止も聞かず、立ち上がったゼットン。しかし、彼の脚は激しく震え、槍を支えにしなければ立つのもやっとの有り様であった。

『そもそも彼の細君である、そこのお嬢さんを始末してもらうために来たわけですしね。ここは彼に任せるとしましょう』
「「この野郎!!」」

 死にかけたゼットンを尚も闘わせようとするメフィラスに憤るクレアとミレーユ。だが――

『オ゛オ゛……オ゛オ゛……ン』
『むっ…』

 突如ゼットンは苦しみだすと、呻き声をあげて膝を突いた。いくら強力な呪物を身につけていようと、最早動ける状態ではなかったのだろう。

『むぅ……さすがに限界ですか』

 精をほぼ使いきったせいで限界を越えていたゼットンは、再び倒れ伏してしまった。こんな状態では、いくらメフィラスの指示を受けたところでもう動く事は出来ないだろう。
 ケイトの治療によって瀕死からギリギリ脱しただけであって、体調は未だ危険状態には変わりないのである。

『ふむ、このままでは闘わせられません』
「お前は一体いつまで私の夫を実験動物にするつもりなんだよ!!」
「ふざけるんじゃねぇぞペテン師が!!」

 ゼットンを瀕死に追い込んでおきながら、メフィラスの態度は残酷なまでに冷静であった。そして、その様子を見たクレアとミレーユは激怒したのだった。

『本来なら死刑のところを、罪一等減じて強制労働に従事させているのです。命を奪われなかっただけ、ありがたく思うべきではないですかね!?』

 怒り狂う妻達を見て、メフィラスはまるで論点を間違えているとでも言わんばかりである。
 このように、メフィラスにとって女というのは人間であれ魔物娘であれ、感情的過ぎて会話をする度に苛立たせられる存在であった。

『ゼットン君を回復させるのは容易い。しかし、けしかけたところで、どうせまた死にかけるでしょう。
 まったく…暗黒の鎧の力を借りても、魔物一匹すら殺せない彼の実力の無さには辟易しますよ』

 メフィラスはそう失望混じりに吐き捨てたが、クレアは魔王軍の戦闘のエリート“ディーヴァ”であり、勇者でもないゼットンから見れば、本来遥か格上の相手である。
 多少暗黒の鎧の力を使えるとはいっても、思考力を奪われた状態で闘えというのはさすがに無茶としか言いようがない。

『しかし、それでもやってもらわねば困ります。そのためにわざわざこんな所までやって来たのですからね』

 ゼットンにクレアを殺させ、彼の心を絶望に追い込む事で鎧との相性を最高にする――それこそメフィラス一行がこのアイギアルムの街にやって来た目的である。
 それを果たすまでは帰れないのだ。

『というわけで、お嬢さん! 夫に討たれる覚悟はよろしいか!?』

 メフィラスは両手に紫電を奔らせると、それを倒れ伏すゼットンに浴びせた。

『ではリターンマッチと参りましょうか!――――さぁ目覚めろ、暗黒の鎧よ! その力を解き放て!!』
「や、やめるのじゃ!! 自分が何をしようとしているのか解っておるのか!?」
『ええ、もちろんですとも!! 魔界が吹き飛んだところで、我等が困る事など何も無い!! 彼には存分に、その神をも破壊するパワーを振るっていただく所存です!!』

 ケイトはメフィラスが何をしようとしているのか気づき、色を失った。しかし怨敵の言う事など、彼が聞き入れようはずもない。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』

 放たれる紫電が止むと共に、鎧を軋ませながらゆっくりと立ち上がったゼットンは、クレア達の方を見やった。
 その顔にはかつて以上に赤黒い痣が刻まれているものの、その爛々と輝く赤い眼は鋭く、当初の虚ろなものではない。何より瀕死特有の蒼白さが消えており、それどころか膨大な魔力が体から溢れ出ている。

「貴様…何をした!」
『なぁに、彼の洗脳を解いたまで。すると、どうなると思いますかね?』

 戦闘力が大幅に下がるという問題を無視してまで、メフィラスは暗黒の鎧の力を封じ、ゼットンを操っていた。
 ゼットン青年にアーマードダークネスを着せているのは、鎧との親和性を高めるためであって、元々戦力としては期待されていない。故にそのデメリットを無視してでも、洗脳をかけて支配下に置いたのである。
 しかし戦力にはならずとも、鎧との親和性を高めるためには当然纏わせなければならず、さらに短期間で効率良くやるには多少なりとも鎧の力を使わせる事が一番である。
 そのためにもメフィラスはゼットンを連れ、いくつもの都市を襲撃していたのだ。この方法は手間もかかる上に装着者がかなり弱くなるという問題があるが、その分非常に扱いやすくなる。
 だが、仮にその方法を取らずに放置した場合、どうなるか?

『……オオ』
「「「「!」」」」
『オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!』

 ゼットンは双刃槍の穂先を天に掲げると、天に住まう神々を威嚇するが如く凄まじい咆哮をあげた。
 すると空には雷鳴が轟き、瞬く間に黒雲が拡がって太陽は覆い隠され、地上は闇に包まれたのである。

「太陽が…!?」

 ザンドリアスが狼狽する通り、辺りは明緑魔界にもかかわらず、暗黒魔界と誤認しかねない程の暗さとなった。いや、暗黒魔界ですら光源はある分、ここまで本能的な恐怖を煽られるような暗闇にはならないだろう。
 そして、そのただ中でゼットンは佇んでいる。漆黒の闇と、不気味な程の静寂に支配されたアイギアルムの街を照らすのは、それを招いた張本人たる彼の魔力。
 全身から溢れ出す赤黒い魔力は炎の如く妖しく揺らめき、彼の周りを照らしている。

『懐かしい……ありし日々を思い出します……』

 変貌したゼットンを見て、メフィラスはかつて皇帝と共に戦った日々を思い出し、感慨に浸っていた。
 漆黒のローブは小刻みに震えており、言葉に出来ぬほどの感動を味わっているようだった。

「ゼットン…」
「嘘だろ…」

 突如鎧の首元からタールのような液体が染み出すと、徐々にゼットン青年の首から顎、そして頭部全体を覆い尽くした。やがて液体は固まると共に、不気味な兜のような形となり、さらには装飾まで作りだしたのである。
 耳元からは燃え盛る黒炎のような飾りが上に伸び、頭頂部からもまたタールが短いモヒカン飾りのような形で固まり、顎と口では髭のような形に固まった。
 両目はスズメバチを思わせるような不気味なもので、そこだけは菫色に染まっている。有り体に言えば、怪物の頭部を模した兜という印象だと言えた。
 同様に両肩部と背甲の上からもタールが染み出し、足元近くまで伸びるそれは、やがて漆黒のマントとなった。自身の魔力によってたなびくそれは、元は貧民である彼に王者の風格を纏わせている。
 そして、そのように変貌した彼の姿を見て、クレアもミレーユもショックを隠せない。
 何より、その身から溢れる魔力は本来の彼のものとは全く異なるもので、それは鎧の力の侵蝕が深いという事実を物語っていた。

『フフフフ…夫の変わり様に声も出ませんか?』

 そんな彼女等をおちょくるが如く、上機嫌な様子のメフィラスは耳障りな声で彼女達に語りかけた。
 漆黒のローブ故、辺りの闇に紛れてしまってその姿は見えないにもかかわらず、その声だけで彼の心の踊る様が手に取るように解る。

『しかし、それは仕方のない事です。“皇帝”の力を得たゼットン君は、最早君達ごときがどうこう出来る存在ではないのですからね』

 かつて世界の七割を支配したエンペラ帝国。
 一時は『レスカティエ教国』をも屈服させていた、この史上空前の国家を治めていたのは『エンペラ一世』という男であった。
 エンペラ帝国は史上最大の軍事国家であり、その実力は『全世界を敵に回しても勝利を収められる』と豪語する者もいた程だった。普通ならば嘘か冗談で済まされるが、恐ろしいのはこの国に限って『そうではない』。
 何故ならば、この国の軍隊には『一人が他国の兵二十人分の働きをする』と謳われる程の精兵が170万人もいたのである。
 そんな連中が大挙して押し寄せれば、大抵の国はあっという間に叩き潰され、国土の大半は焦土になった。
 しかしながら、当然最初からそんな大軍を擁していたわけではなく、最初から超人の集団だったわけではない。
 大軍とは高い資金と広い領土、大量の食糧があって初めて養いうるものであり、精兵とは多数の戦を経て初めて出現するものである。故に、泣く子も黙る帝国軍にも、吹けば飛ぶような弱小の時期はあった。
 皇帝は平凡な農家の生まれである。どこぞの有名な英雄のように大国の王子で、親から領土と精強な軍を受け継いだわけではない。
 にもかかわらず、旗揚げした皇帝は最初から破竹の快進撃を続け、一代で世界の七割を支配する巨大国家の支配者に成り上がった。
 それを支えたのは何か? 運か? 智謀か? 財力か? 人脈か? 人間性か?――どれも否である。帝国を支えたのは皇帝本人の“出鱈目な強さ”だった。
 単純明快な話、彼は誰も敵わない程“強すぎた”。彼は生まれながらの“絶対的強者”であり、“人類史上最強の人間”だったのである。
 それでも、彼は一応“ただの”人間であり、精霊と契約を結んだり、勇者のように主神の力を与えられていたわけではない。
 にもかかわらず、そのような者達を遥かに凌駕する魔力と不可思議な力を有し、その強大さは最早生物の範疇に収まるものではなかった。
 そして、その次元違いの魔力は存分に戦闘で活かされた。左手から放てば衝撃波となって全てを粉砕し、右手から放てば赤黒い極大の光線となって射線上の全てを消滅させたのである。
 当然、そんな怪物を敵に回した者は皆等しくあの世に行き、土地や国ごと葬られた。やがて、そんな人知を超えた力が彼が愛用していた鎧にも宿る事になる。
 いつしか鎧からも持ち主同様、魔王すら恐怖させた程の力が発せられるようになり、彼の死後も、そして帝国が魔物娘と戦い敗れ去った後も、それは途絶える事は無かった。
 もっとも、それを扱えるのは同じ力を持つ皇帝のみ。当然、かつて世界の大半を支配した力を得んとした愚か者は大勢いたが、皆等しく吸収されて鎧の糧となってしまったのだ。
 ゼットン青年はそんな鎧の力に耐えられるという稀有な体質である。しかし、それはあくまで『吸収されない』だけであって、鎧に宿る邪悪な意思に呑まれない精神力を持つという意味ではない。
 メフィラスの洗脳が消えたといっても、それは単に肉体の主導権が鎧に移っただけにすぎないのだ。

『ゼットン君……いや、“陛下の複製”となった以上、最早そう呼ぶべきではないでしょうね。うぅむ、何がいいでしょうか…』

 “皇帝の複製”となったゼットンは、最早ゼットンではない。そのため、彼に相応しい名を改めて与えるべく、メフィラスは思案した。

『ふむ…そうだ! カイザー……“カイザーゼットン”は如何でしょう?』

 本人は変わらず無反応であったが、こうして彼には『カイザーゼットン』という名が与えられたのだった。

「馬鹿め…」

 はしゃぐメフィラスを見て、ベイテーテ夫妻は改めて不快感をあらわにする。しかし、クレアとミレーユの怒りはその比ではない。

「「ふざけるなぁぁ――――――っっ!!!!」」

 ついに我慢しきれなくなった二人は激怒の咆哮をあげ、メフィラスに襲いかかった。

『フフフフフフ! 下等生物の皆さん、そんなに死にたいのならば望み通りにしてあげますよ! さぁカイザーゼットンよ、あの身の程知らずどもを殺しなさい!』
『………………』

 メフィラスの命令を聞いてか、“カイザーゼットン”は双刃槍に邪悪な魔力を電撃の如く奔らせた。それを見たケイトは顔色を変え、怒りで我を忘れる二人に呼びかけた。

「戻って来るのじゃ! 死ぬぞ!」
『フフフフハハハハハハ、もう遅い!! ここがあなた達の墓場です!』

 狂ったように笑い声をあげるメフィラス。そうして、双刃槍は宙を跳ぶ二人の体目がけ突き刺され――

『……あ?』

 ――なかった。突如向きを変えたカイザーゼットンは、双刃槍をメフィラスの腹部に容赦なく突き刺し、そのまま貫いたのである。

『な、何を…!?』

 一瞬我が身に何が起きたか解らず、メフィラスは硬直した。

『…そうか、そうでしたね。興奮するあまり、すっかり忘れていました……』

 やがて、自身の犯した致命的な失敗に気づき、メフィラスは冷静さを取り戻したが、こうなってはもう遅かった。
 解き放たれた暗黒の鎧は文字通りの破壊の権化、何者にも従う事は無い。そして、それはメフィラス達でも例外ではないのだ。

『…どうやらゲームオーバーのようです……』

 腹を貫かれ、力無くうなだれるメフィラス。
 そしてゼットンは突き刺さった魔術師を槍で持ち上げ、おもいきり振って彼を引き抜いた。その勢いで、メフィラスは空高く放り投げられる。

「何をする気だ…!?」

 困惑する一同を尻目に、ゼットンは槍先に邪悪な光を収束させる。

『オオオオ!!』
『ぬおわああああぁぁぁぁ――――――――――――ッッッッ!!!!』

 落下するメフィラスに向け、カイザーゼットンは槍先から赤黒い破壊光線を発射した。
 そして、それをまともにくらったメフィラスは、絶叫をあげながら再び天高く舞い上げられていく。

『くく……まさか私の方が先にゲームオーバーになるとは……残念です……っ!』

 やがて照射される光線にメフィラスは耐えきれなくなり――

『ぐうぅああぁぁ〜〜〜〜ッッ!! ぬわがぁぁ――――――――――――ッッ!!!!』

 断末魔をあげ、閃光を放ちながら爆発した。そして、燃え残ったローブの切れ端が舞い散ると、漆黒の闇をわずかに照らし、やがて灰になっていった。

「ゼットン…」

 邪悪な魔術師を自ら抹殺したゼットンに、クレアは恐る恐る声をかける。そして、そんな彼女の不安をますます煽るように、彼の体からは赤黒い魔力が揺らめき、辺りを漂っていた。

『………………』

 爛々と輝く赤い目が自分の妻を見やるが、そこにかつての面影は無い。愛する夫の姿は、もう影も形も無くなってしまった。
 彼女の前にいるのは悲しき破壊者、かつてゼットン“だった”ものだけである。

「…戻す方法はある」
「!」

 唐突に、ケイトはそう告げた。クレアはなけなしでも可能性がある事に歓喜したが、バフォメットの表情は非常に暗いものであった。

「あの鎧がゼットン君を操っている以上、あれを破壊すれば良い。じゃが、儂らだけでは…」

 彼女が悔しそうに歯噛みする通り、それはほぼ不可能と言えた。理屈で理解するまでもなく、生物としての本能がそれを告げている。

「それでもやるよ!」

 しかし、クレアは夫を救うため、迷わずそう決断した。

「…あい分かった、儂ら夫婦も手伝おう。時間を稼げば、先程呼んでおいた援軍も駆けつけよう」
「微力ながら、お手伝いさせていただくよ」

 クレア一人で闘わせるよりは、僅かでも可能性は上がる。夫婦は哀れなベルゼブブのために加勢を決意した。
 また、未だ到着してはいないが、ケイトは王魔界から援軍の派兵を要請していたため、まだ一縷の望みはある。

「けっ、関係無いヨソ者でさえやるって言ってんだ。あたし一人が逃げ出してたまるかい!!」

 ミレーユも逃げる気はさらさら無い。ましてや、彼女にとってもゼットンは夫である。

「へへっ、決まり…だな!」

 皆逃げる気は無い事を確認したミレーユは、ゼットンに向かって勢い良く駆け出した。

「じゃ、早速いかせてもらうぜ! “ハリケーン・ミキサー”!!」
『………………』

 角を突き出しながら突進してくるオーガを、ゼットンはただボーっと眺めている。

「ぶっ壊れろぉっ!」

 ゼットンは実力の高さに慢心しきっているのか防御姿勢すら取らないが、そうなら好都合である。何もしようとしない鎧の騎士には、そのままオーガに衝突すると思われた。

『……』
「うがぁっ!?」

 しかし、当たらない。ミレーユはゼットンの目前に出現した光の壁のようなものにぶつかり、跳ね飛ばされてしまったのである。そうして、弾かれたミレーユは勢い良く後ろに転がっていった。

「電磁バリアか…」

 ザンドリアスの分析では物理攻撃の一切を防ぐ防護結界と思われた。

「だが、魔術は防げないんだよな!」

 さらには、あの結界が物理攻撃の一切は防ぐが、魔術の類は防げない事をザンドリアスは看破する。ミレーユを退けて油断しきっている今が好機であり、ザンドリアスは剣に光属性の魔力を充填した。

「その闇を穿て!! “ブリューナク”!!」

 勇者は右腕を捻りながら刺突を繰り出すと、それは突き進む光の槍となって放たれた。

『……』

 自身に突き進む光の槍を見ても、ゼットンは泰然としていた。さらには慌てる事無く両腕をピーカブースタイル気味にかまえると、それに呼応して彼の前の空間が渦を巻く。

「何!?」

 驚くザンドリアス。なんと、発生した渦巻きは光の槍を受け止め、吸収してしまったのである。

『……』

 しかし、これだけでは終わらない。ゼットンが両手を無言でザンドリアスの方に向けると、吸収した魔力をそれ以上の威力の波状光線として撃ち返したのだ。

「兄様!」

 間一髪ケイトが前に出て防護結界を張って防いでくれたおかげで、ザンドリアスはダメージを負わずに済んだ。

「何ボーっとしとるんじゃ!」
「すまない。あんな事されると思わなくて…」

 ザンドリアスは申し訳なさそうに妻へ頭を下げた。

「でも、おかしくないかい? そんなに攻撃が激しくないような…」
「そりゃそうじゃ」

 ケイトは夫の疑問に対し、不快そうに吐き捨てる。
 カイザーゼットンがメフィラスを殺した際、その表情からは相当怒りが窺えた。己の意識を今まで封じておいて好き勝手操った上、傍らでやかましく喚いているのが癇に障ったのであろう。
 その一方で、ミレーユとザンドリアスに対する行動はあくまで防御であり、自発的な攻撃を行なったわけではない。それに顔も先程と比べて無表情であり、あまりやる気が見られない。

「今のゼットン君にとって、儂らなぞ羽虫みたいなもんじゃ。虫ケラ相手に本気になる奴などおらんじゃろ」

 殺意があるには違いないが、片手間でやっているらしい。恨みのあるメフィラスは積極的に殺害したものの、ケイトやザンドリアスに対しては、ただ何気なく目についた虫を踏み潰すような感覚なのだろう。
 やられる方としては傍迷惑であるが、今はそれにつけこめなくもない。

「じゃが、チャンスではあるのう。やる気が無い内に鎧をブッ壊せば良いのじゃ」
『オオオオオオオオォォォォォォォォッッッッ!!!!』
「ばふぉ!?」
「急にやる気に!?」

 しかし、やる気が無いと思われていたゼットンは突如咆哮をあげると、クレアへ向かって駆け出した。他の三人と比べ、明らかにその殺意は増している。

「ゼット〜ン、そんなに私と遊びたいの?」

 咆哮をあげて迫るゼットンを見て、さすがのクレアも恐怖を覚えるが、ここで逃げるわけにいかなかった。それどころか、走り来る夫を見て笑顔まで作ったのである。

『クレアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』

 そんな妻にもお構いなく絶叫をあげ、ゼットンは双刃槍をクレアの脳天目がけて振り下ろす。クレアはトンボを切りながらそれを躱すと、自分の尻尾を夫の顔面目がけ叩きつけた。

『!』

 ベルゼブブの尻尾は柔らかい。子供相手ですら、さしたるダメージにはならないのが解りきっている。
 故に、彼女が狙ったのはダメージでなく、数秒ほど彼の意識を逸らす事だ。それだけあれば十分なのだ。

『がぁ!!』

 そして視界が戻ったゼットン。目前にいるクレアを視認すると、その瞬間凶刃で真っ二つに切り裂いたのである。

『!?』

 しかし、切り裂かれたベルゼブブは元から居もしなかったように掻き消えてしまう。それが残像だったと気づいた時には既に遅く、背甲にクレアの両爪が突き立てられていた。

「“アップル・シェーバー”!!」

 クレアは両爪を突き立てたまま、鎧の表面を這い回るように高速で飛んだ。いくら魔界鉄を遥かに凌ぐ強度の『高強度チタン・ミスリル合金』であろうと、ダイヤモンドと同じ硬さの爪には及ばず、リンゴの皮を剥くが如く削り取られていく。

『アアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』

 絶叫をあげるゼットンだが、これだけ密着されては電磁バリアを展開出来ないらしく、為す術もない。それに加え、高速で移動されているために捕捉すら出来ないでいた。

「あぁもう! これ以上やったら爪が折れちゃうよぉ!」

 頃合いと見て離れるクレア。解放されたゼットンは体勢を整えるも、禍々しくも豪華な鎧はベルゼブブの爪によって傷だらけにされ、無残な姿を晒していた。

『がああ!!』

 鎧を傷だらけにされて怒ったのか、ゼットンはクレア目がけて口から火球を吐き出した。

「おりゃあー!」
『!?』

 火球が命中する寸前、全力で高速回転するクレア。さしもの暗黒の鎧も意味が解らず困惑する中、彼女に火球が命中する。
 
『…!』

 だが、命中した火球は彼女を焼くどころか霧散してしまった。これには暗黒の鎧も驚き、目を丸くしたのだった。

「チッチッチッチ、き・か・な・い・よ〜ん」

 暗黒の鎧を挑発するかのように、舌打ちしながら右手の指を振るクレア。防げたのは別に魔術の類を用いたのではなく、ただ単に高速回転で発生した上昇気流が火球の向きを反らせただけの事である。
 それでも熱波は多少浴びる事になるが、撒き散らされる彼女の魔力が皮膚の上に極薄の防壁を形成しており、それも遮断していた。

『……!』

 ゼットンはおもいきり地面を踏みつけた。クレアへの怒りか、はたまた下等生物一匹殺しきれぬ己への憤りによる行為かは不明だが、凍った地面にはくっきりと足型が付いている。

「アデュー!」

 そんな夫をさらに挑発するかの如く、クレアは垂直に上昇し、空へ逃げた。さらにはかかって来いと言わんばかりに そこでくいくいと右手の指を曲げている。

「そこじゃ私全力で闘えないんだよねぇ! もっと、やりやすい場所に行こうよぉ!」

 ゼットンへ聞こえるように大声で叫ぶと、クレアは街の外へ向かって飛んでいった。

『………………』

 挑発は腹立たしいが何にせよ、あの蝿女を殺すのに変わりはない。暗黒の鎧は足元から魔力をバーナーのように噴き出すと、体をフワリと浮き上がらせた。

「!?」
「飛べるのか!?」

 ベイテーテ夫妻が驚くのも束の間、暗黒の鎧はクレアの逃げた方向を向くと、凄まじい速さで飛び立っていった。

「何でもありかよ…」

 置いてきぼりにされた事に気づき、呆然としながら呟くミレーユ。さすがに飛ぶ事は出来ないため、最早彼女には何も出来なかった。

「僕等も手伝うって言ったのに…」
「初めはそう思ってたのじゃろうが、やはり二人きりでやりたくなったのじゃろう。儂もディーヴァじゃから、その気持ちは解る。
 ましてや、ああなっても夫じゃ…己の手でケリをつけたいのじゃろうな」

 心配そうに見守る三人だが、唯一の光源たるゼットンが消えた事で、その姿は暗闇の中に呑まれていった。





 上空約5000m。凄まじい速度で飛行するクレアを、それに匹敵する速さでカイザーゼットンは追いかけていた。

「ここら辺で良いかな…」

 クレアは逃げるのをやめて向き直り、留まった。一方のゼットンも少し間合いをあけた場所に留まり、彼女と対峙した。

「闘う前に一つ言っておくよ」

 クレアは悲しそうな表情を浮かべ、ゼットンを指差した。

「君と闘うのはこれが最後。もう何があっても君と闘わない」

 夫は本物の馬鹿であるが、そこまで追い込んだのは自分である。故に、彼女はその責任を取るつもりでいた。

「例え伝説の鎧を使っても、君は私に敵わない。つまり君は何をしても、永遠に私には敵わないから、これ以上闘っても無駄だってわけ。
 でも言葉なんてもう通じないだろうし、直接その身に解らせてあげる」

 そう淡々と述べるクレアだが、両目からはポロポロと涙を零している。

「…さあ、やろう。正真正銘、これが最後の勝負だよ」
『オオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!! クレアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!』

 狂気の戦士は絶叫をあげると、傷だらけの鎧からは先程以上に膨大な魔力が噴出する。
 それによって二人の周囲は妖しく照らされ、さながら地獄を思わせるような光景が出来上がったのである。
14/12/29 22:19更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:カイザーゼットン

 ゼットンが暗黒の鎧に意識を乗っ取られた姿。彼の望み通り鎧によって強大な戦闘力を得たものの、鎧が肉体の主導権を奪っている以上、事実上別人と言える。
 幸いにも伝承ほど狂暴な存在ではなかったが、ゼットンの負の感情の影響か、クレアに対して異常な執着を見せ、執念深く付け狙う。
 アーマードダークネスを纏う故、かつての持ち主エンペラ一世と同じ技を使うが、彼の特性と身体能力も限界まで引き出された結果、彼独自の技もまた多い。
 しかし、本人の資質の問題から、かつての皇帝と実力は比べるべくもない。それでも攻守共に隙が無くなり、さらにはクレアと互角の移動手段を得ている。
 また、メフィラスの洗脳時には無かった、鎧の持つ膨大な魔力のバックアップを得たため、無尽蔵とも言える魔力量を誇る。

使用技は以下のとおり

左手から放つ衝撃波『カイザーインパクト』
双刃槍から放つ破壊光線『レゾリューム・バスター』及びその強化版『ギガレゾリューム・バスター』
口から放つ高熱火球『トリリオンメテオ』
相手の物理攻撃の一切を弾き返す電磁バリア『カイザーゼットンバリアー』
相手の魔術攻撃を吸収、増幅して波状光線にして撃ち返す『カイザーゼットンアブソーブ』
肉体から精の流出を防ぐ魔力防壁『コラプサーオーラ』
瞬間移動『カイザーゼットンテレポート』

 活動を止めるには鎧を破壊するしかないが、材質が邪悪な魔力によって通常より強化された『高強度チタン・ミスリル合金』に加え、最高品質の“魔法反射加工”が施されている。そのため、破壊は極めて困難と言える。

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