連載小説
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沈黙する宇宙恐竜 冷徹なる蝿姫
 クレアはデスレムを放り出した後、少し離れた場所で闘っていたグローザムを発見、急降下して襲いかかっていた。

『おのれ蝿がァァァァッッ!! ちょこまか動き回りやがってぇぇぇぇッッ!!』

 ミレーユはグローザムの持つMBSの脅威を感じ取り、無闇に隙をさらすような真似はせず、逃走に徹していた。
 一方、グローザムは彼女を殺す事は十分可能であったが正攻法では難しく、かといって容易く街一つ凍らせる冷気を、下等生物一匹に使うのは割に合わな過ぎた。
 しかし街の構造を熟知する彼女はそれを利用して逃げ回り、それを追いかけ回さなければならないグローザムの苛立ちは並ではない。
 そしていきなり鬱陶しい羽音を立てる蝿女が乱入、そのせいで結局オーガを取り逃してしまったのだから、激昂するのも無理はない。

『死ねぇぇッッ!!』
「アンタがね」

 二刀流の斬撃を躱され続けるのに業を煮やしたグローザムは、口から猛烈な冷気を吐き出したが、案の定容易く躱されて後ろに回りこまれた。
 すぐさま振り返って右の光刃で薙ぐが、素早い斬撃もクレアにとっては遅いに等しいので下に飛んで躱され、そのまま強烈な左アッパーを顎に叩きこまれる。

『グゥッ!』
「しゃあ!」

 そのままアリキックを食らって体勢を崩されたところで、続けてトンボをきりながらのカンガルーキックを受けてグローザムは吹っ飛んだ。
 そして飛んだ先に素早く回りこんだクレアは、グローザムの胸部目がけて駄目押しのダブルアックスハンドルをぶちこみ、地面に叩きつけると、即座に離れて間合いをあける。

「アンタはゼットンの肩を焼きえぐって、その後に苦しむゼットンを笑いながら凍らせたよね? 私はあの時のゼットンの声が忘れられないんだよ。
 結局お前等の居場所が分からなかったから、ゼットンを探しようがなかった。でも、生きてるって信じて待ち続けた。私の旦那様だもん、そう簡単に死ぬはずがない…ってね。
 で、ゼットンは死んでなかった。変わり果ててたけど、帰ってきてくれて本当に嬉しかったんだ……」

 そう悲しげに呟いたクレアはグローザムを睨みつけると、両拳を握り締めた。

「でも、ゼットンは私を見るなり、殺そうと襲いかかってきた。今までの勝負は純粋な腕比べで、殺し合いじゃないんだ。
 そりゃそうだよね。魔物娘が夫を殺したいはずがないし、旦那様も私を愛してくれてるもん。でも、勝負はいつの間にか殺し合いに変わってた……」

 ゼットンが自分と闘い、勝利する事を人生の目標としていたのを彼女は知っていた。だが、その目標は到底実現不可能なものであり、それについて彼が悩んでいた事もまた知っていた。
 そして、焦った彼は危険な手段に手を出してしまい、悲劇に繋がった。舞い戻った夫は操られて変わり果て、妻であり越えられない壁である自分に負の感情を爆発させ、襲いかかってきた。
 クレアにとって夫と闘い、腕を競い合うのは望むところであるが、お互いの怒り憎しみをぶつけ合うような殺し合いをしたいわけではない。

「ゼットンはね、ああ見えて優しいんだ。私に勝ちたいって思ってるのに、私の体を傷つけたくないって悩んでるの。
 私はディーヴァだよ? 魔物娘の中でもメチャクチャ強いのに、そんな奴相手に出来るだけ無傷で勝利する方法を探してるの。
 あんな鎧を使おうとしてたのも、私の動きは超速いから、私の避けられないような攻撃を使えるようになりたかったみたい。
 無傷は無理だけど、一発で失神させられれば、私を出来るだけ傷つけずに済むからね…」
『…おぞましい糞蝿の魔物に愛情を感じていたとはな! あの男の愚かさには改めて反吐が出る!』

 クレアにとっては夫の気遣いが非常に嬉しいものであったが、グローザムにとってはあまりにもくだらないものであった。
 元はおぞましい蝿の魔物であったクレアにゼットンが愛情を感じる事は、彼の常識からすれば到底信じ難いものなのだろう。

「確かに愚かだよ、あんな物に手を出すような男だからね。でも、私は責めようと思わない。
 だって、今の状況はゼットンが鎧に操られたせいで起きてるんじゃなくて、アンタ達が起こしてるんだもん。ゼットンは私に襲いかかってきたけど、そう指示を下してるのはアンタ達でしょ?」
『………………』
「さっき闘ってみて解った。ゼットンは鎧の力に蝕まれているけど、アイツを操っているのは鎧じゃない…」
『ほう、気づいたか…』

 反吐が出る話を聞かされて立腹していたグローザムだが、秘密をクレアに看破された途端、今度は笑いを漏らしたのだった。

『今のあの小僧は僅かに鎧の力が使えているだけの木偶人形にすぎん。意思の方は我々でコントロールしているから、鎧の力は馴染んでいても、ほとんど発揮出来ていない。それでも、そちらの方が都合は良いがな』
「呪いのアイテム全般に言える事だけど、好き勝手暴れまわるからでしょ?」
『…フン、少しは賢明と見えるな。まさにその通りで、奴が全力を発揮したら、我々でも持て余すからだ。
 それに俺達の目的は奴を鎧の力に慣らす事であって、使わせる事ではないしな』

 仮に夫が鎧の力を全て引き出していた場合、簡単に自分など八つ裂きに出来る事にクレアは気づいていた。ゼットンが攫われて以降、あの鎧について調べたのだが、彼女の知る内容と鎧を纏った夫の強さには隔たりがあったのだ。
 伝説の鎧の割にはあまりに隙だらけで、攻撃方法もあくまで夫本人の能力や魔力に頼ったものであり、鎧の妖力に蝕まれている割にはそれを使ってこなかった。
 しかも闘っている内に夫は勝手に自滅してしまい、拍子抜けと言ってもいい内容であった。

「何が目的? ゼットンは強いけど、常人の域は出ない。鎧を使わせるなら、もっと適した人間がいると思うけど?」

 今まで闘い続けてきた故に、ゼットンの強さをクレアは熟知している。だからこそ、彼等がこれほどまでに自分の夫にこだわる事が不可解であった。

『残念ながら、実力が高くとも鎧の力を引き出せるわけではない。例え勇者だろうと、あの鎧を纏った途端に鎧に吸収され、この世から消滅してしまう。
 故に少々弱くても、“鎧の力に耐えられる”という時点で奴は得難い人材だ。そして、鎧の力に耐えられる人間の中では一番実力があると思われたから、我々は奴を選んだのだ。
 それでも我々から見ればまだまだ弱いが、戦力として扱うわけではないから、そこは問題ではない』

 ゼットン青年が素体に選ばれたのは、アーマードダークネスを盗んだからではなく、ただ単にエンペラ村の村人達の中で一番適合率が良いと見られたからである。
 メフィラス達にしてみれば、まさか鎧泥棒が肝心の鎧と一番相性が良いというのは恐るべき偶然と言えた。いや、それは“必然”と呼ぶべきかもしれない。
 来るべき時に向け、鎧の方がゼットンを呼び寄せたとすら思えたのである。

『一応今の時点で及第点ではあるが、奴は鎧の力に耐えられても実力がそれほど良くないという問題があった。
 したがって、我々は奴に鎧の力を出来るだけ侵食させようとした』
「…だから私を殺させようとしたわけね」
『その通り。あの男はああ見えて相当強情で、メフィラスの洗脳にもなかなか屈しきらない程だ。
 しかし精神的に疲弊しきれば操りやすくなり、何より鎧の力の侵食が進む。あの鎧を受け容れるために必要なものは極限の憤怒と憎悪、そして絶望だからな。
 魔物娘の夫は自分の妻を殺した時、筆舌に尽くし難い絶望を感じるそうだが、奴にもそれをやってもらおうと思ったわけだ。それに、貴様も愛する夫に殺されるなら本望だろう?』
「アンタ……!」

 魔物娘と夫の関係を愚弄し、さらには嘲笑するグローザム。一方、クレアは挑発的な発言にますます怒りをあらわにし、歯を食いしばる。

『俺達が憎いか、下等生物? しかし、俺達はその何百倍も貴様等が憎いのを忘れてもらっては困る!!』

 だが、怒るクレアを見て、グローザムもまた滾る憎悪をあらわにした。

『貴様等は俺達にかつて何をしたと思う!? 史上誰も達し得ぬ偉業、その完成を貴様等は邪魔をした!!』
「……?」
『分からんという顔だな?
 なにせ俺達は貴様等にとっては過去の遺物、死したはずの亡霊にすぎん。最早思い出す事も出来んか!』

 一人で勝手にまくし立てるグローザムだが、彼の怒りは過去の屈辱的な出来事に由来していると見える。だが、そこに何の関わりもないクレアに怒りをぶつけられても困るというものだ。

「逆恨み? でも、恨みを晴らしたいのは――」

 しかし、自分だけ被害者面されても腹立たしい。怒りで滾るクレアは一瞬でグローザムの眼前に移動し――

「こっちも同じなんだよ!!」

 顔面目がけて真空飛び膝蹴りを叩きこんだ。強烈な左膝を食らったグローザムはなんとか踏み留まったものの、続けてとんぼを切りながら頭頂部に叩きこまれたフライングニールキックには耐えきれず、地面に叩きつけられた。

『クククククク……やるじゃあないか……!』

 何事も無かったかのように立ち上がったグローザムだが、その全身は小刻みに震えていた。
 たかがベルゼブブ一匹に攻撃を当てる事もままならず、それどころか一方的に叩き伏せられた。それは彼のプライドを大きく傷つけ、心中を怒りで煮えくり返らせるには十分であったのだ。

『悪かったな。貴様をナメていたんだ……!』

 怒り狂ったグローザムは、両腕をピーカブースタイルに構えた。すると、不快な機械音と共に腕が籠手ごと中心線に沿って肩まで分離、四本に増加したのである。

『フッハハハハハハハハ!!!!』

 四本腕となったグローザムは下の腕二本で腰に付けたMBSを取り、起動させた。そして上の腕二本は手首を高速で回転させ、光刃を水車の如く振り回している。
 巧妙に隠されていたので初めこそ気付かなかったが、改めて見ると小指の外側に親指がもう一本付いており、掌に指は六本あった。腕が二叉に分かれたので指は三本ずつとなったが、元々相当軽いMBS故、扱いに支障は無いようだ。

『切れ味と軽さにおいては世界に並ぶもの無しと謳われた魔導激光剣(マジック・ビーム・ソード)。その剣技の極致、味あわせてやる!!!!』

 獣の如く俊敏な動きでクレアに跳びかかったグローザムは、そのまま四本の光刃で薙ぎ払った。

『!?』

 しかし、常人には視認出来ぬほどの速さで振られた四本の光刃も、クレアはあっさり躱してしまった。
 それからもうねる蛇のような高速かつ変幻自在な四本同時の斬撃をグローザムは繰り出し続けたが、彼女はそれを上回るほどの動きと速さで躱し続けていった。

『そ、そんな馬鹿な!! 殺しに殺して五百年以上練り上げた剣技が、こんな下等生物の小娘に通じないというのか!?
 そんな事があるはずがァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!』

 そう豪語するだけあり、グローザムは四刃をただ高速で闇雲に振り回すのではなく、それぞれ死角から性質の違う斬撃を繰り出し続けている。
 にもかかわらず、目の前の下等生物にはカスる事すら無く躱されており、滑稽ですらあった。

「ふ〜ん、そんなに剣技に自信があるんだ? なら、そっちでも私と勝負する?」
『な!? き、貴様いつの間に!?』

 いつの間にか、クレアのそれぞれの手にMBSが握られていた。あれ程の斬撃を躱し続けるどころか、隙を見て予備の二本をグローザムの腰から奪い取っていたのである。
 それに気づいたグローザムは、クレアのあまりの速さに愕然としてしまった。

「計六本。予備を持ってくるのは普通だけど、敵に奪われる可能性も考慮しないとねー」

 不敵な笑みを見せたクレアはスイッチを押して光刃を起動し、二刀流となった。

「ワオ! カッコイイ!」

 クレアは柄から伸びた青い光刃を見て、子供じみた感想を述べた。そして、こんな事を述べるぐらいなので、実際には刀剣類自体を使うのは初めてなのである。

『素人がナメやがってぇぇぇぇッッ!!!! 斬り刻んでやるわぁッッ!!』

 自身に剣術勝負を挑んできておきながらクレアが素人なのをすぐに看破したグローザムは、これまでに無いほど激昂した。
 その減らず口を今すぐ黙らせるべく、数秒で数十回にも及ぶ斬撃を繰り出したが――

『な!?』

 結局、それも通用しなかった。そして四刀流の斬撃の間を縫って下に飛んだクレアは、グローザムの両腿を右の光刃で薙いだのである。
 強靭なグローザムの装甲でも、MBSの超高熱の前には紙切れに等しく、両脚は見事に分かたれた。

『なぁにぃぃッッ!? グゥァッッ!』

 脚を切断されては立っていられるはずもない。グローザムの上体は落下して地面に突っ伏し、それから両腿より下も倒れたのだった。

「君の負けだよ」
『ほざけぇ! 俺は不死身だ!! 貴様なんぞに負けるはずがァァァァッッッッ!!!!』

 両足を失って尚、グローザムの苛烈な戦意は衰えない。四本腕で昆虫のように上体を支えながら、尚クレア目がけて猛烈な冷気を放出し続ける。
 しかし、クレアはこれ以上夫を嬲った男の耳障りな声を聞くのはうんざりだった。

「うるさい!」
『ブグァッ!!』

 夫の仇相手に慈悲などかけない。口汚く叫ぶのと冷気を止めさせるため、クレアはグローザムの下顎を右足で蹴り上げて閉じさせた。

『グ………グガガガガガガ………………!!』

 途中で無理矢理口を閉じたため、冷気が体内へ逆流したらしい。やがて逆流した冷気でグローザムの胸から腹部、腰が凍りついていき――

『ボフンッッ!!!!』

 そして氷の割れるような甲高い音を響かせて、凍りついた上半身が粉々に砕け散った。凍りついて脆くなっていたところへ、体内で膨張した冷気が許容量を超えてしまい、そのせいで圧壊してしまったのだ。

「殺っちったよ……」

 我に返ったクレアは、後悔の言葉を口にした。いくら相手が極悪人で、しかも夫を人体実験同然の行為に使われたとはいえ、人殺しは大罪である。
 そのせいで、今までは怒りのあまりせわしなく動いていた頭の触角も、途端にその動きを止めたのだった。

「……」

 クレアはグローザムの頭部を拾い上げた。上体はかき氷のようになってしまったが、頭部だけは奇跡的に無事な形で残っていたのだった。

「こんな奴だけど、墓ぐらい作ってやるか…」
『……貴様の墓をか?』
「ひぃっ!? 喋ったぁぁぁぁっ!!??」

 なんと、グローザムの生首が喋った。これにはクレアも仰天し、頭を放り投げてしまった。

『勝ったつもりか…? 俺は不死身だと言ったはずだ……!』

 地面に転がった生首は高笑いをあげると共に、砕け散った破片がフワフワと宙に浮き出した。やがて破片は一ヶ所に集結し融合、さらには切断した両足と頭も集合体に吸い寄せられて合体し、元通りの体となった。
 それと共に飛んでいった六本のMBSも同様に吸い寄せられ、彼の腰のラッチに装着された。

『俺は不死身! 不死身のグローザムだ!』

 鎧には傷一つ無く、クレアが先程遭遇した時と変わらない。

「アンタ、一体…!?」
『気になるか? ならば教えてやろう!』

 大魔術を扱ったり、卓越した武技を持つ人間は、クレアも職業柄飽きるほど見てきた。しかし、さすがにバラバラになっても再生出来る人間は見たことが無い。

『俺は“サイボーグ”だ。脳は人間のものだが、それ以外は全て人工物で出来ている』

 脳だけは生身であるのを示すためか、グローザムは右人差し指で頭をコツコツと叩いた。

「改造人間!? そんな馬鹿な!?」

 さすがのクレアもこれには驚かざるをえなかったが、グローザムの人間離れした点が多すぎるのも確かである。

『俺も昔は人間だった。老いた体を捨て、さらなる生と力を望んだせいで、今は脳味噌だけだがな。
 義手や義足ならぬ“義体”、人間と“超特殊形状記憶魔法合金”の混成体というわけだ』

 グローザムは証拠を見せるかのように兜の金具を外し、兜と面当てを取った。そして、その中にあるのは顔ではなく、透明な容器に収められた何らかの液体に浸かる脳と、それを支える脊髄らしき金属部品だけであった。

「道理で……」

 アイギアルムの街は明緑魔界に属し、普通の人間ならばたちどころに発情する。
 にもかかわらず、あの悪人三人は全く反応しないどころか、そもそも精の匂いすらほとんど無かったのでクレアは変に思っていた。何より、普通の人間が口から大量に冷気を吐いたり、腕が四本になったりするはずがない。
 考えてみれば当たり前である。残っている生身は脳味噌だけで、後は全て金属やその他の人工部品で置き換えられているのだから、どのような改造でもし放題であろう。
 そもそも今の彼は生物として呼べるのかすら分からない。

「ははぁ成程、考えたね。チンポも精巣も無いから犯せないどころか、そもそもそれじゃ精が作れるかどうかも怪しい。
 そんな機械の体なら発情なんてしないだろうしね。だから、例え王魔界で戦ったとしても、100%の実力を発揮出来るわけだ…」

 驚く以上に呆れるクレアをよそに、グローザムは兜と面当てを嵌め、金具を元に戻した。

『その通り。そして、体の設計は貴様等の魔力に侵されんよう考え抜かれたものだ。下手に不備があって、そのせいでゴーレムにでも変わったら困るからな』

 彼がいかなる組織、勢力に属するのは定かではない。しかしながら、クレアが知っている限り、人間をこのような状態に改造出来るような技術力を持った組織や国家は存在しない。
 また、そうまでして魔物娘と戦おうという強烈な戦意と憎悪は、教団ですら持ち得ないものである。

『どうした? 驚いて声も出ないか?』
「………………」

 体を捨て、脳味噌だけになってまで生きようとするなど気が狂っている。快楽に対して貪欲な魔物娘にはそう思えるだろう。
 生身の体でなくては、快楽を感じる事など出来まい。そのような状態で、そもそも生きていて楽しいのだろうか? そこまでして生きたいのだろうか?
 内臓が無いから食事も出来ない。性交も出来ないから子孫を残せない。するのは呼吸と睡眠ぐらいだろうが、果たしてそれだけでまともな精神を保てるのか。
 魔物娘には到底理解の及ばないおぞましい世界である。

「でもさ、なんでそこまでするの? そうまでして生きてても楽しいとは思えないよ」

 そう尋ねるクレアの目は憎しみに囚われた先程のものと違い、深い憐憫の情に満ちたものだった。そのような感情をグローザムに感じたのは、生と性の快楽を何よりも重視する魔物娘だからであろう。
 そのような方法を取らずとも、魔物娘と愛し合ってインキュバスになればよかったのだ。同じような特徴を持ちながら生身の体なので快楽を感じる事が出来、且つデメリットがほとんど無い。
 そして何より、愛し合う伴侶を得た事により、幸福かつ充実した人生を送ることが出来ただろう。

『フハハハハ、そう哀れんでくれるな…!』

 人の道を踏み外しているとはいえ、彼には彼なりのプライドというものがあった。だからこそ、この魔物娘の向けてくる憐憫の情が腹立たしい。

『この体は良いぞ? 生身の部分がほとんど無いから病気にもならんし、老衰もしない! 部品を破損しても自動的に修復される!
 それは即ち、“半永久的”に生命と性能を持続させられるという事だ!
 そして力も、防御力も、人間では到底実現出来んレベルを達成している! しかもそれが技術の進歩と共に増大し続けるのだ!
 まさに人間の叡智の結晶、技術の勝利というわけだ!』

 しかし、クレアにはグローザムの主張が最早ただの強がりにしか聞こえなかった。彼は本気で思っていたが、だからこそ尚更滑稽に見えるのである。

「君のお仲間もそんな事をしているの?」
『この手法は俺だけだ。しかし、各々が独自の方法で、擬似的だが不老不死を体現している。お前等を殺すためになぁ!』
(えぇ、マジか…)

 発言通りならメフィラスもデスレムも、また独自の方法で半不死の怪物と化している事になる。デスレムが怪物じみた耐久力と回復力を見せたのも、恐らくその一端であろうか。

「君達は狂ってるよ。教団の奴等だって、魔物娘と闘うためにそこまではしない」
『フン、人間の生への執着は半端ではない。方法さえ知れば、奴等もやるかもしれんぞ? 穢れた魔物に頼る事無く、半永久的な生命を得られるのだからな!
 それに我々が外法に手を出したのも、元はと言えば貴様等が原因だろう。貴様等が邪魔をしなければ、“我が主”は三界を手中に収めていた。したがって、俺もここまでしなくて済んだだろうな』

 結局、議論は平行線のままであった。敵同士の上、お互い優先するものが違う以上、解り合えないのは仕方ないとは言えるが。

『こちらメフィラス。デスレムは気絶して使い物になりません。至急こちらへ』

 そうして段々と闘争の空気が薄らいできたところで、メフィラスから通信が入ったのだった。

『運が良かったな、下等生物。勝負は一旦お預けだ』
「あ、待て!」

 グローザムを追おうとしたクレア。しかし、彼は自分の足元目がけ冷気を放出し、それに包まれたかと思うと、次の瞬間には姿を消していたのである。





「む!」

 ケイトがミレーユに治癒魔術を施していたところで、グローザムが姿を現した。

『なんというザマだ』

 デスレムは未だに凍った地面に突き刺さったままである。そして彼と入れ替わるようにメフィラスが再び姿を現し、一行を釘付けにしていたのだった。

『グローザム、戻りましたか』
『このザマはなんだ!』

 グローザムは突き刺さったデスレムを指差し、メフィラスに抗議した。

『彼の悪い病気が出たんですよ。それにあなたも人の事は言えないでしょう』
『チッ…』

 彼等は一人一人が一国を滅ぼす力を持っているが、桁外れの実力者相手には負けることもあった。彼等はプライドが高いが、今まさにそのせいで戦闘での優位を失ってしまい、劣勢に立たされてしまっているのだ。
 しかし、それ抜きでも全ての攻撃を躱せる速さを持つクレアは特に相性が悪かった。殺せないとは言わないが、彼女を殺害可能な手段は効率の悪いものが多い。虫ケラ一匹殺すのに辺り一帯を消し去るのもどうかという話である。
 そして、そんな派手な手段を行使した場合、魔王軍に異変を勘づかれ、大部隊を投入される危険性があった。
 ケイトと遭遇したのはあくまで偶然であり彼等の失態であるが、彼女も軍務でこの街に来たわけではない。この戦闘はどちらにとっても予想外の事態なのだ。

「やいやいやいやい! ちょっと待たぬか!」

 賊どもが勝手に話を進めているので、ケイトは待ったをかけた。

『何ですか、騒々しい』
「このタイミングで聞くのもアレじゃがのう……そもそもお前等は一体何者なんじゃ! 一体何をしようとしておる!」

 好き勝手に暴れる彼等の正体について推測をするのは簡単だが、勘づいても確たる証拠が無い。故にケイトは言質が欲しかった。

『ならばまず、我々の目的について教えて差し上げましょう。
 今回の襲撃は、ゼットン君の心を絶望に追い込んで破壊し、彼の体に“アーマードダークネス”の闇の力をより馴染み易くするために行いました。極限の憤怒と絶望こそ、この鎧を受け入れるために最も必要な事ですからね。
 そのためには彼の細君を殺害させるのが最適と思いまして。相手は下等生物といえども、大切に思っている相手です。
 それを自らの手で殺した時、その心中はいかばかりか…』
「成程、大方そんな事だろうと思っておったわ。しかし、儂が聞きたいのはそれではない」
『ほう?』
「そのアーマー何とかと、ゼットン君の使い道じゃよ」

 ケイトの質問に対し、メフィラスもグローザムも低い声で笑うだけであった。

『フッフッフッフッ、それは言えませんねぇ』

 それは彼等の『計画』の根幹である故、敵にベラベラ喋れるものではない。それは予想通りの結果ではあるが、メフィラスの小馬鹿にした態度が気に入らないため、ケイトは顔をしかめた。

「そうか。ならば、次はお前達が何者か問おう」
『我々の計画の第一段階が果たされる時も近い。故に、それについてはそろそろ沈黙を破ってもかまわないでしょう。ま、四百年近く隠し通しただけに名残惜しいところはありますがね。
 …では、自己紹介を。私は元エンペラ帝国軍“帝国七戮将(ていこくしちりくしょう)”筆頭、そしてエンペラ帝国の宰相を務めておりました、メフィラス・マイラクリオンと申します。以後お見知りおきを』
『同じく帝国七戮将、グローザム・ヴァルキオ。そして、そこに突き刺さっているのが同じく七戮将、デスレム・ガミリアだ』
「…そうではないかと思っておったが、やはりのう。魔王城書庫から引っ張り出してきた戦死者名簿と捕虜名簿に、グローザムを始めとするお前達の名は載っておらんかった。
 その消息については色々と噂が飛び交っていたようじゃが、まさか生きておったとはのう」
『四百五十年前は不覚を取りましたが、それでも君達ごときに捕まる我々ではありません。以後は再起を図り、今まで身を潜めていたのです』

 悪党どもはついに己の素性を明かした。正体についてはケイトの大方予想通りであったが、今の今まで魔王軍に気取られずにいたのは見上げたものと言える。
 この三人はかつて存在したエンペラ帝国の最高幹部であり、歴史書に大きなページが割かれて内容が記されるほどの極悪人であった。
 彼等は帝国が覇道を邁進するのを支え、精強な帝国兵と共に敵を惨殺し、村落を焼き、街を破壊し、数多の国を滅ぼしてきた。
 殺した人間の数は最早『数えるのが億劫になる』と言われるほどであり、三人とも人類史上最高クラスの大量虐殺者として名を残している。雷撃、冷気、火球の雨はいくつもの国を滅ぼし、その国民を皆殺しにしてきたのだ。
 そして、それは魔物娘に支配された街や国でも例外でなく、突如隠密裏に現れては彼女等やその夫を『土地ごと』破壊していた。
 しかもその後彼等は影も形もなく消え失せるため、魔王軍でも街が滅ぼされてもその原因を掴めず、今まで彼等の暗躍に気付かずにいたのである。

「大人しく投降せい。悪いようにはせぬ」
『これはこれは御冗談を。君達ごときに投降するぐらいなら、我々は死を選びますよ』

 無駄だと解ってケイトは聞いたのだが、やはり無駄であった。ここまできた以上は降伏勧告に応ずるはずもなく、ケイトを嘲笑ったのだった。

「魔王軍は教団の石頭どもとは違う。降伏すれば、寛大な処置を約束しよう。
 エンペラ帝国と戦ったのは四百五十年前も前の話じゃから、今なら恩赦があるやもしれぬ」
『フッフッフッフッ……』
『クククククク……』
「………………」

 ケイトの発言内容に含むところがあったのか、メフィラスとグローザムはおかしそうに笑い出した。

『淫売どもの元締めなどに降れと!? 何を馬鹿な! 我等が従うのはただ一人!』
『そう、我等が崇め奉るのは“エンペラ帝国皇帝”エンペラ一世のみ!
 偉大なる陛下に比べれば、魔王なぞ下等生物の群の頭目というだけにすぎんわ!! そんな輩に降れるか!!』

 彼等の辞書に降伏という文字は無い。亡くなって久しい主君に対して尚、絶大な忠誠を捧げていた彼等にとって、それは考えられない事だろう。
 降伏を勧めるケイトに応じず、魔王に対して最大の侮辱をぶつけ、憎悪と敵意を示したのだった。

「勧告を無視か。降伏はしないという事じゃな」
『『くどい!』』
『グ…グオオオオオオオオ!!』

 そして、気絶していたデスレムもようやく覚醒したらしい。地面から頭を引っこ抜き、立ち上がった。

『デスレム、目覚めましたか』
『グオオ…すまぬ。不覚を取った』

 気絶している内に冷静さを取り戻したらしく、デスレムは元の口調に戻っていた。

『何を下等生物相手にあっさり負けている。七戮将の恥ぞ!』
『あなたの言える台詞ではありませんよ、グローザム』
『………………』

 怒るグローザムだが、オーガ一匹殺しきれなかった己を棚に上げていたのをメフィラスに指摘され、バツが悪くなって黙ってしまった。

『…さて、これでちょうど3対3ですね』
「穏便にいきたかったのだが、残念じゃのう。ならば、そなた等をここで逃がすわけにはいかぬ。
 お主等を捨て置いた場合、今後世界にどれ位の被害を出すか分からんからのぅ」
『酷い言われようですねぇ。我々はただ失った領土人心を取り戻すべく、奔走していただけだというのに』
「…物は言いようじゃの」

 メフィラス、デスレム、グローザムの悪人三人は並び立ち、ケイト達を見据えた。
 一方、魔物娘側はケイトを筆頭にミレーユとザンドリアスが対峙、睨み返しており、一触即発の空気となっていた。

「ん?」
『うん?』

 しかし、そこで耳をつんざくような怪音が段々と近づいているのに両陣は気付き、お互い上を見上げた。

「あれは!」

 ザンドリアスは声をあげて驚いた。クレアが『最高速度』で上空を飛び回っていたからである。
 マッハ1.5という驚異的なスピードは、そこら中にけたたましい爆音を放っていた。

「逃げるよ!」
「え? なんでだい?」
「いいから来い!」
『待ちなさい! 逃しはしませんよ!』

 長い付き合い故、クレアが自分達に逃げるよう伝えているのだとミレーユはすぐに理解した。
 彼女はすぐさま左肩にゼットン青年を担ぎ上げ、右脇にケイトを抱えると走って逃げ出したのである。ザンドリアスも彼女に遅れずについていき、悪人側だけが取り残された。

『さすがはオーガ。鎧を含めれば150kg以上あるゼットン君を軽々と担いでいるとは』

 メフィラスは称賛の言葉を述べると、両手に紫電を奔らせた。やがて紫電は渦巻く雷電となり、彼の周りを覆った。

『しかし、ゼットン君は渡しませんよ』
『メフィラス! 奴が近づいてくる!』
『関係ありません! デスレム、撃ち落としなさい!』
『グオオオオ!!』

 デスレムは左手を天に掲げ、火球の雨を降らせた。しかし、グローザムの四刀流の斬撃を軽々躱し続けたのと同じ要領でクレアは回避し、無駄な結果に終わった。
 蝿の飛行能力の高さは説明するまでもないが、彼女の能力はその究極型と言えるものである。大空の全てが彼女の世界であり、桁外れの速さと精密さで自由自在に飛び回る。
 狭かった自分の屋敷内ならともかく、自由自在に空を彼女が飛ぶ事を阻めるものなど何も無い。それは即ち、彼女に追いつけるものは何も無いという事なのだ。

『しぶとい下等生物め! くたばれぇぇッッ!!』

 次いで、グローザムは口から50cm近くもある氷の刃を無数に撃ち出したが、クレアは残像が発生するほどのスピードでそれを軽々躱していき、これも無駄に終わった。

『どきなさい! 私が殺ります!!』

 充電が完了したらしく、メフィラスは不甲斐ない二人に下がるよう命じ、雷撃を解き放った。

「させんわい! “バフォメット・コンデンサー”!」

 さすがのクレアも雷の速さには敵わないが、それは己も仲間達も理解している。したがってケイトはクレアを雷撃から守るべく魔方陣を展開し、メフィラスの作った雷撃を誘導、吸収させた。

『吸収!? 猪口才な真似を!』

 メフィラスは次の魔術を発動させようとしたが、時既に遅し。クレアは彼等目がけて一直線に突っ込んでいき、ギリギリの距離ですれ違い、そのまま垂直に上昇したのである。

『グオオアア!!??』
『ウベェアッッ!!??』
『くっ!』

 そして、一瞬遅れて彼等に強烈な衝撃波が叩きつけられ、デスレムとグローザムは空高く舞い上げられてしまった。メフィラスはどうにか防護結界を張って逃れたものの、何が起きたか分からず、二人が空中でグルグルと回転しているのを呆然と眺めた。

「あれは“スカイ・ピンボール”か。クレアの奴め、ゼットン君をいたぶられて今まで見たこと無いぐらいキレとるのう」
『おのれぇ!! よくも邪魔を!』
「儂が魔術で妨害したにもかかわらず、咄嗟に防護結界を張るのは大したもんじゃ。それでも反応が遅れて、お仲間二人は守りきれなかったようじゃが、まぁ安心せい。
 想像を絶する事が起きるが、奴等の頑丈さなら死にはしないだろうからの」

 音速を超える速さで物体が通り過ぎた時、衝撃波が発生する。クレアはそれを利用し、彼等を跳ね上げたのだった。移動するだけで勝手に発生するため、ギリギリの距離を通り過ぎるだけで攻撃として成り立つのである。

「ピンボールは好きかな?」
『き、貴様何…』

 グローザムが何かを言いかけたが、聞く気は無い。落下していく彼等の周りを、クレアはまた最高速度で飛び回った。その度に衝撃波が発生し、二人は各々の方向へ跳ね上がる。
 その様はピンボールの台で跳ね上がる玉とよく似ていた。例えるなら、『箱の中にスーパーボールを入れて、上下左右に滅茶苦茶に振った』のを格段に悪化させた状態と考えてもらうと解り易いだろう。
 一度彼女が通り過ぎる度に、彼等の体に強烈な力が加わって何度も回転し、衝撃が襲う。手足は段々とあらぬ方向へ曲がり、帝国の技術の粋を結集した強固な鎧にヒビが入る。
 そんな生命の危機にもかかわらず、彼等は為す術もなく跳ね上げられるばかりだった。

『ヌガアアアアアアアアッッッッ!!??』
『グオオオオアアアアアアッッッッ!!??』

 ベルゼブブの中でも飛び抜けた飛行速度を誇るクレアを象徴する技、『スカイ・ピンボール』。その恐ろしさは『終わらない地獄』という事に尽きる。
 空中故にまともな動きが取れないところへ、約0.3秒に一回、相手を球状に覆うように飛び回る彼女から放たれる強力な衝撃波を防ぐ事など出来るはずもない。
 加えてクレアは時折下側から衝撃波をくらわせるため、その度に相手の体はかち上げられてしまい、地に落ちる事は無い。彼女がやめるまで、この技は続くのである。
 彼女がディーヴァとなってから久しいが、この技を男相手に使ったのは初めてである。普通の人間ではこの技の威力に耐えられずに死亡するのは目に見えており、魔物娘にも余程頑丈な種族でなければ使う事は無かった。

『馬鹿なァァァァァァッッ!!!! お…俺は不死身のはず〜〜っっ!!』

 このような状態では、最早どんな武器でも使いようがない。為す術もなくグローザムはピンボールのように跳ね飛ばされ――

『お…俺はァァァァッッ!!』

 開始から約2分、衝撃波を食らわせた回数は通算四百回を超えたところで、亀裂の入った金属製の体は衝撃に耐えられなくなり、冷気を噴き出しながら爆散した。
 そして、破片は舞い上げられてそこら中に撒かれてしまい、唯一残った頭部だけが地上に落下していった。

『グ…グオオオオアアアア!!』

 開始から約3分、衝撃波を食らった回数は通算六百回を超えた。桁違いに強固な“インペライザー合金”で出来た鎧も、多大なダメージを受けてそこら中にヒビが入り、ついに砕け散ってしまった。

『お、俺の無敵の鎧がぁぁ〜〜っ!!』

 そうして剥き出しとなった異形の肉体に、衝撃波は無慈悲に叩きつけられる。しかし、それでも果敢にデスレムは反撃を試みたが――

『グオッッ!? ボッバァッッッッ!!!!』

 途端に体内で爆発が起きて内臓の半分が吹き飛び、手足が千切れかけた。
 再生能力が追いつかないほどのダメージを負っていた状態で無理に爆炎を吐こうとしたため、体内の特殊な爆発性物質に引火、誘爆してしまったのだ。

「………………」

 二人を再起不能に追い込んだ事を確認したクレアは飛ぶのをやめたので、二人はようやく地獄から解放され、落下していった。
 そして、クレアは落ちていく様を無言で見下ろしていたが、その姿は普段の彼女を知る者からは想像も出来ないほど冷徹なものであった。

『何だ…あの技は!?』

 下手な魔物を凌ぐ年齢のメフィラスの人生においても、あのような技の使い手と対峙した事は無かったらしい。信じられないと言った様子である。

『ともかく回収せねば!』

 メフィラスの両手から邪悪な波動が放出され、落下してきたグローザムの頭部と、腹部に風穴が開いて四肢が千切れかけたデスレムの体を優しく受け止めた。

『夫と同じように傷めつけようとしたようですが、殺す気までは無かったようですね』
『ぬうう……破片が巻き上げられたせいで回収出来ん!!』
『グオオ…!! 痛ぇ……!!』

 頭部だけになりながらもグローザムはまだ平然としていたが、出血と火傷の酷いデスレムのダメージは深刻であった。

『今、治癒魔術をかけましょう』
『必要無い!! グオオオオアアアアッッ!!』

 メフィラスの申し入れを断ったデスレム。しかし彼の言う通り、気合と共に見る見るうちに腹の大穴が塞がっていき、恐ろしい速さで手足が再生して元通りとなった。

『まさか、あのお嬢さんがここまでやるとは思いませんでした』
『クッ、下等生物がァァッッ!!』
『仕方ありません。デスレムよ、グローザムを連れて帰還なさい』
『グオオ、心得た…』

 頷くと共に、頭だけになったグローザムを抱えたデスレムの姿が靄のように霞み出した。

『下等生物どもよ、これで勝ったと思わん事だ! 今回は仕留め損ねたが、次こそは必ず貴様等をナマスにしてやる!!』
『グオオオオ……! トドメは次のお楽しみだ……!』

 そう捨て台詞を吐くと、二人はその場から消え去ったのだった。
15/01/24 00:50更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:帝国七戮将

 かつて存在したエンペラ帝国、その戦力である帝国軍の頂点に立つ七人の将軍。
 世界中から選りすぐられた戦士達のさらに頂点であるだけに、一人一人が国を滅ぼし、ドラゴンや上級悪魔を単独で殺害しうる規格外の実力を誇った、事実上世界最強の戦闘集団である。
 皇帝、宰相(この時はメフィラスが兼ねていた)に次ぐ地位であり、血の気の多い者が多かったため、占領下に入ったばかりの国には恐れられていた。
 事実、彼等は皇帝と共に世界を恐怖のどん底に陥れ、帝国の脅威を十二分に伝えていたのである。七戮将の手により全世界で相当数の敵兵が虐殺されており、メンバーと対峙した一国の兵士全てがこの世から消滅した事も珍しくない。

最終的なメンバーは以下のとおり

“魔術師元帥(グランド・マスター)”メフィラス・マイラクリオン
“無双要塞”デスレム・ガミリア
“氷原の処刑人”グローザム・ヴァルキオ
“不滅なる異次元空間”ヤプール・ユーキラーズ
“星喰い”アークボガール・ディオーニド
“地殻の寵児”ジオルゴン・エバーナ
“暴虐なる統治者”エンディール・ワイコニ

 尚、ジオルゴンとエンディールは前魔王の地上侵攻の際、戦死している。

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