連載小説
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敗北の宇宙恐竜 復讐の狼煙
 ――浮遊島王城二階・宰相執務室――

『懐かしい光景に心躍るあまり、周りが見えなくなっていましたねぇ。あのような輩の前で、無闇に隙をさらすものじゃありませんでしたね』

 特殊重金属で出来た分厚い板を何枚も重ねて造られた重厚な壁、魔導書が隙間無く並べられた本棚が三つ、何に用いるのか不明な【魔術工芸品(アーティファクト)】が多数置かれているという奇怪な部屋。そして、そこの豪勢な椅子に腰掛けながら、執務机の上に載せられた水晶球を用いて下界の様子を探っているのは、なんと殺されたはずの七戮将筆頭、メフィラスだった。
 彼の纏う漆黒のローブは生身の全てを覆い、何もかも隠し通しているように見える。もし似たような体格の人物が着れば、それこそいくらでも誤魔化せそうに思えるが、隙間無く覆い隠していて尚漏れ出る異様さが、このローブの人物を本人だと断定させる。
 その耳障りな低い声、おぞましくも冷笑的な雰囲気、そして全身から発せられる邪悪な波動は如何ともし難く、見る者全てに彼が人外の者であると解らせるだろう。
 そして、その正体がかつて存在したエンペラ帝国の宰相にして帝国七戮将筆頭、即ち当時の世界No.2だと知った時、彼と対面した者は改めて納得するに違いない。

『…さて、どうしますかね。グローザムの修理はまだ終わっていませんし、ヤプールもそれにかかりっきり。また“端末”を送り込むのは容易いが……』

 悩ましげに呟き、しばし考えこむメフィラス。それにしても、ゼットンに殺されたはずの彼が何故生きているのだろうか?――その答えは至極単純であり、またひどく面白みが無いものだ。
 そもそも、メフィラスはアイギアルム襲撃時からこの部屋を動いていない。早い話が、街へ赴いて指揮をとり、そしてゼットンに殺されたメフィラスは偽物なのだ。
 この邪悪な魔術師にとって、己と寸分違わぬ分身を作り上げ、望むままに操作する事など造作も無い。そして作り上げた分身を偽物と見抜く事が出来るのは彼本人と面識があり、且つ魔力の質を覚えている者だけである。

『今は彼の邪魔をしたくはありませんねぇ』

 そのように分身としては精度が高いものの、所詮は偽物。意識は本体から転送している故に動作も魔術の技量も完全に再現されているが、魔力量だけは本体に遠く及ばない。
 もっとも、結局魔術を使う間も無く分身が破壊されてしまった。その原因は単純なもので、ただ単に彼の驕りと慢心から来る油断であり、彼の技量の高さと経歴からすれば、あまりにもお粗末と言えるものだ。
 確かに分身の存在で生命の危機に陥らないという利点が得られただろう。しかし、それが結果として軽率さを増し、偽物とはいえ己の死を招いてしまった。
 だが、己の分身を破壊される事で本体まで意識を引き戻され、ようやく魔術師は己の慢心と失敗を悟る。
 そして冷静さと慎重さを取り戻し、失敗を恥じつつも怯まずに代替案を練る事にしたのだ。

『なにせ、妻との勝負に勝ちたいという彼の悲願が成就するかという瀬戸際……そこに私の出る幕などありますまい。しばし介入は見送りましょうか』

 考えた末、メフィラスはすぐには介入せず、しばらくは傍観に徹する事にした。三人とも浮遊島に引っ込んだ上、暗黒の鎧が大暴れしている今、危険な戦場に即座に戻る必要も無いと考えたのだ。
 したがって、暗黒の鎧及びその宿主であるゼットン青年を回収するのは経過を見てからである。

『…とはいえ、鎧は我々の所有物である以上、結末を見届ける位の事はさせていただきますがね』

 ちなみに鎧を“貸している”という事情から、メフィラスは夫の方に肩入れしていた。また、それ以上に己が丹念に作り上げた“作品”である故、彼なりにゼットンには思い入れがある。
 だからこそ、彼の悲願を叶えてやるぐらいの事はしてやろうと思ったのだ。しかし、ゼットンとメフィラスでは闘争と勝利に対する考え方が異なっていた。
 ゼットンは血の気の多い性格ではあるが、所詮は武術の使える喧嘩屋でしかなく、闘いで命のやり取りをするまでの度胸は無い。
 クレアとの闘いもあくまで『試合』であり、『定められたルールの下に立ち会い、相手を戦闘不能にする事で勝利となる』という競技やスポーツ的な性格のものである。何より、二人は夫婦なので殺し合いになるのは元々両人とも望んではいない。
 一方のメフィラスは死線を潜り抜けてきた将軍らしく、『闘争とは全てを賭けた、ルール無用の殺し合い。相手の息の根を止めて初めて勝利と言える』という考えの持ち主だった。
 つまり、この魔術師にとってゼットンの勝利とは、クレアの死によって初めて成立しうるものなのだ。例え二人が夫婦であり、愛し合っていようと、そんな事情は彼の知った事ではない。
 むしろ男を誑かす魔物が夫の手によって殺されるというのは、強烈な反魔物主義の彼にとって愉快な展開と言えるだろう。
 旧魔王時代を知る彼は、今の魔物が人間に対して友好的になったというのはただの見せかけであり、本質が“人類の敵対者”である事に変わりはないと信じていたのだ。

『さてゼットン君……君がどこまでやれるか、見せていただきますよ』

 そう呟いたメフィラスは伸びをしてから椅子にもたれかかり、水晶球に映し出される光景を注視した。
 そして、一見あいも変わらず目深に被ったフードで分からないが、水晶球に照らされるその顔には、確かに邪悪な笑顔が浮かんでいたのである。










 アイギアルムから少し離れた場所にある土地の5000m上空。そこでは魔物娘とその夫が殺し合いを行うという、本来ありえない光景が繰り広げられていた。

『……』
「わああああ!?」

 ゼットンは無言で双刃槍の穂先から赤黒い破壊光線を連射し、ベルゼブブを追い立てる。
 光線は一条一条の直径が彼の胴体ほどの太さがある上、かすっただけで体の大半を抉り取る程の威力が見て取れた。さらには直接的な破壊力だけでなく、その魔力の質から何らかの致命的な効果まで付随していると、クレアは長年の経験から看破したのだった。
 本来、このような攻撃は魔力の消費量が桁違いに多く、例え勇者や大魔道士級の魔力があろうとそう多用は出来ない。現にゼットンは先程の交戦の際、高威力な火球を見境無く連射したせいで魔力が枯渇し、自滅している。
 にもかかわらず、今の彼は魔力が尽きる様子は一向に無く、それどころか狂ったように光線を乱発していた。

(あんなのに当たったら一発で死んじゃう…!)

 光線の初速は速いものの、音速以上で飛べるクレアにとって、いくら撃たれようと躱すのはそう難しい事ではない――もっとも、それは万全な体調の時の話である。
 三週間近くも寝込んでいてコンディションもよろしくない上にゼットンとの初戦及び帝国七戮将の三人との闘いを経た今、クレアは体力を相当消耗していた。故に今は躱せても、一体それがいつまで続けられるかは分からない。
 一方彼はこちらと違い、ほぼ無尽蔵と呼べる程の魔力によって攻撃を休み無く続ける事が出来るのだ。そのため、次々と光線が撃ち込まれるのを躱す度に、クレアの焦りは増していった。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「!」

 兜の口部が大きく開いて口内が露わになると共に、ゼットンはそこから無数の火球を連射する。

「ちょっ、嘘でしょ!?」

 光線と火球は出鱈目な数が放たれる事で分厚い弾幕となった。
 魔物娘一人殺すのにしてもあまりに過剰な攻撃を撃ちこむゼットンにクレアは驚愕したが、それ以上に驚くべきはその魔力量である。
 光線の連射ですら、常人ならば魔力切れを起こすどころか寿命が縮みかねない程の消耗を起こす。
 にもかかわらず、光線に加えて火球すら乱発する程であるので、ゼットンの魔力は既に別のものへと置き換わりつつあるのだろう。

(うぅ〜、あれが素の実力なら私も嬉しかったのに!)

 そんな夫を見て、クレアは大いに嘆いた。あれ程の力があれば、ゼットンの望み通り確かにクレアを倒し、本懐を遂げる事が出来ただろう。
 しかし、これはあくまで暗黒の鎧の不可思議な力によるもので、ゼットン個人の実力ではない。それどころか本人の意識は乗っ取られ、最早目の前にいるのはゼットンと体を共有しているだけの別人である。
 本人は鎧を使いこなせると考えていたようだが、その見通しはあまりに甘かった。決戦用の装備として用いるはずが、あべこべに己の身体をいいように使われる有様である。
 その馬鹿さ加減にクレアは呆れて言葉も出ないが、その気持ちは解らなくもない。なにせ二人の実力差はあまりに開き過ぎていて、最早努力ではどうにもならない程であったのだ。
 最近はクレア自身も今まで彼に無理な事を強いたと罪悪感に苛まれつつあり、もう勝負をする事も稀となっていた。しかし、ゼットンはそれをクレアが己に失望し、見放したように感じたのだ。
 それを不快に感じた彼は妻を見返してやろうと考えた。そしてしばらく経ったのち、彼は強力かつ唐突に現れた手段に手を出し、悲劇に繋がってしまった。

(…いや、もうそんな事を考えるのはやめよう。私がゼットンに無理強いをさせたから、こんな事になっちゃったんだ)

 両親との取るに足らない約束事が、まさかこのような事態を招くとは夢にも思わなかった。
 夫なりに彼女の意思を尊重し、努力してはくれたが、やがて彼女は『荷が重すぎた』と気づいてしまう。しかし夫自身、それを理解してはいたが、妥協を頑として拒んだ。
 インキュバス化によって体格が大きくなり、複数の魔物娘と肉体関係となって魔力を増やしたところで、所詮は凡人。勇者のように人並み外れて秀でたものをいくつも持つわけではない。
 それを理解しつつ尚、初めて出会った時に為す術もなく負けた屈辱を晴らしたいから続けていただけの事だ。何があろうと、今更やめる気は無かった。
 しかしながら、つまらない意地だけではあの魔王軍の戦闘エリート“ディーヴァ”であるクレアに勝つ事は出来ない。
 そのために彼は様々なアプローチを試み、結果辿り着いたのが呪物『暗黒凶鎧装アーマードダークネス』だった。
 彼は生まれた時から故郷の村に封じられていた暗黒の鎧の邪気を浴び続けていた。彼は断片的な情報から推理してそれを悟り、故にこれを使えると踏んだのだ。
 そして己の予想通り、愚かな先人達のような末路を辿らず、鎧に受け容れられたのである。
 暗黒の鎧の力は圧倒的だった。触れるだけでその凄まじい魔力が彼に伝わり、かつて前魔王と互角に渡り合ったというエンペラ一世の力は本物だったと確信した程だ。
 こうして鎧を得た彼は何者をも凌駕する力を手に入れたかに見えたが、そう事は上手く運ばなかった。
 既に滅びた帝国の遺産であるはずの暗黒の鎧だが、なんと未だしぶとく生き延びていた帝国残党の管理下にあった。彼等はゼットンが鎧を盗掘したのを知るや、彼を襲撃して攫い、在処を割り出して取り返した。
 さらには彼に罪を贖わせるかの如く、その装着者に仕立てあげたのである。
この過程でゼットンは自我を失い、目的も何も無く暴れるだけのケダモノと成り果てた。
 さらには彼の心の深層にある小さな恨みと妻の恵まれた能力に対する嫉妬、己の弱さへの怒りと絶望は増大し、溢れ出る闇となった。彼はそれらを抑えようともせず、滾る激情の全てを最も愛し、そして憎む者に向けたのである。

「でもさ……そうさせた責任ぐらいは取るよ」
『!』

 クレアは弾幕を掻い潜ってゼットンの背後に回りこむと、彼の周りを最高速度で球状に覆うように飛び回った。

「せりゃあ!」
『!!』

 デスレムとグローザムを傷めつけて撤退に追い込んだ、クレアの『スカイ・ピンボール』。
 『一分間に約200回もの強烈な衝撃波を全方位から叩きこむと同時に初撃で相手を舞い上げ、平衡感覚の喪失と防御不可のダメージを与える』という彼女の秘技の一つであり、まともに喰らえば誰であろうと致命傷は免れない。

「うりゃああぁぁ――――――――――――ッッ!!!!」
『……!!』

 360°の全方位から放たれる強烈な衝撃波を防ぐべく、バリアを張り巡らしたゼットン。暗黒の鎧の無尽蔵の魔力に支えられた電磁バリアは強力無比で、普通ならばショック死に追い込まれるであろう衝撃波の渦を防ぎきったかに見えた。

『……!?』

 しかし肉体の損傷は防いでも、押し飛ばされた事による体勢のズレまで防ぐ事は出来なかった。七戮将二人に放ったものよりも格段に軽いものの、百度にも及ぶ急激な方向転換は確かに起こり、彼の体は滅茶苦茶に振り回されたのである。

「ッッ!!…ハァハァ……!!」
『!!………………ウプ………………ッッ!!』

 クレアは少ない体力でゼットンの周りを四分近く飛び回ると、やがて己のスピードを制御しきれなくなり、交戦場所から少し離れた所へ飛ばされてしまう。
 一方のゼットンも先程の鬼気迫る様子から一転、急に力無く俯いた。

「へへっ…」

 遠くへ投げ出されながらも羽を全力で羽ばたかせる事で、ようやく踏み留まるクレア。消耗によってよろけながらもすぐさま体勢を整えるが、『狙い通り』といった様子で笑みを浮かべ、ゼットンを見つめる。

「ゼットンの事は何でも知ってるよぉ。右外腿に青いホクロがある事も、おっぱいが大好きな事も、強い光を見るとくしゃみが出る体質の事も…そして乗り物酔いに弱い事もね!!」
『オッ…オボロロロロォォォォ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!』

 クレアが自慢気に語ると共に、カイザーゼットンは口部から盛大に嘔吐した。
 いくら暗黒の鎧の力を得ているとはいえさすがに生身である以上、百度近くにも及ぶ回転によって三半規管に異常が出てしまい、そのせいで極度の酩酊状態となったのである。
 ハーピーやドラゴン、そしてベルゼブブなどの飛行種は地上棲の魔物娘と異なり、三半規管が非常に強靭であり、滅多な事では酔わない。
 逆にゼットンは元々乗り物酔いがかなり起きやすい体質であり、そして彼の体を乗っ取った暗黒の鎧もまたそれを引き継いでしまっていたのだ。

『ウゥ……』
「良かったよ、ある程度は装着者の能力や体質も反映されるようで」

 極度の頭痛に襲われ、肩で息をするゼットン。もし乗り物酔いに対して強い体質ならば、『スカイ・ピンボール』は徒労に終わり、クレアは余計に体力を消耗しただけであっただろう。

『……殺ス!!』
「へぇ、喋れるんだ? でもさー、私的にはゼットンの声で喋られるのはムカつくんだよねぇ!」
『ガァ!!』

 苛立った表情を見せると共に飛びかかるクレア。そしてゼットンも迎え撃つべく、左掌から衝撃波を放った。

「よっとぉ!」
『ブグッア!?』

 しかしあべこべに己が後ろへ吹き飛ばされてしまい、勢い良く数回回転したところでようやく踏み留まるが、カイザーゼットンは何が起きたか解らず困惑してしまう。
 そして衝撃波によって四散しているはずのクレアは何事も無かったかのようにそこへ浮遊しており、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべていた。

『!?…!?』
「なんでそうなるか、不思議かな?」

 体勢を整えた暗黒の鎧を見据え、ニヤニヤ笑いながら尋ねるクレア。そんな彼女の態度が不快に感じたのか、カイザーゼットンは彼女を睨みつけている。

「分からない? 所詮はガラクタだね。
 今の状態で凄い攻撃なんて出来るわけないよぉ。出したところで、ちょーっと身を躱すだけで避けられちゃうのさ」

 あのような状態で高威力の攻撃を放っても、耐え切れずに反動が返ってくるのは必定である。しかし、暗黒の鎧の態度を見る限り、それを理解してはいないようだった。
 そして、クレアにとってそれは非常に好都合と言える。

『ガ…ラ…ク…タ…………ウオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!』

 ガラクタ呼ばわりを屈辱に感じたのか、カイザーゼットンは激昂した。プライドが高い故、こういった挑発行為には敏感なようで、しきりに体を震わせている。

(こいつは高度な戦闘が出来ない……冷静さを乱せば、もっとボロを出すはず……)

 クレアは激昂する暗黒の鎧を見て、勝機は必ずあると確信していた。
 何故ならば、闘っていく内に暗黒の鎧が圧倒的な力を持つが故、『圧倒的な魔力と不可思議な能力を持つが、それに頼りっきりなので闘い方自体は非常に雑で素人同然』という事に気づいたのである。
 その破壊力や超常能力は確かに脅威なのだが、戦闘技能自体や駆け引きに優れているわけではなく、体捌きなどもメフィラスに操られていた先程と比べると見劣りする。
 圧倒的な力故に、闘い方が雑で力任せ過ぎるのだ。

(所詮は鉄屑だね。技術だけならゼットンの方がずっと上だよ)

 クレアの見立てでは、戦闘技能や駆け引きだけならばゼットン本体の方がずっと上だった。
 普通はその恐ろしい能力故に一方的な虐殺と呼べる展開になるのだろうが、そのせいでまともな戦闘を経験した事が無いのだろう。いや、下手をすると鎧単体では今回が『初陣』の可能性すらある。
 今回の事態は鎧の力に耐えられ、かつそれをまだ御する程の力量の無いゼットン故に起きている。
 逆にかつての持ち主エンペラ一世にとってはただの防具でしかない。魔力のバックアップこそあれ、その実力故に意識を乗っ取られる事など無いはず。
 よって、思考するのも戦うのも皇帝本人であり、鎧が行うわけではない。

(だから今しかない!)

 とはいえ、今は勝てそうでもこの先は分からない。暗黒の鎧がゼットンの体を使い始めて間もない故に、発揮される力がまだ完全なものでないのはクレアも勘づいている。
 だからグズグズしていると、今はまだクレアが死ぬだけで済む光線も、その内地上に一発放っただけで都市が半壊しかねない威力にパワーアップしてしまうかもしれない。
 それらの事情に加え、体力の消耗が激しい以上、持久戦は不利であるので、クレアは短期決戦に持ち込みたかった。
 ましてや暗黒の鎧はまだ力を出し切れていない。今畳みかけなければ、勝利する事は出来ないだろう。
 しかし皮肉なのは、ゼットンがクレアとの勝負で全力を尽くして闘いたいと願っていたにもかかわらず、状況がそれを許さない事である。大きな実力差故に暗黒の鎧を求めたのだが、今この場で暗黒の鎧に全力を使われるのはなんとしても彼女は避けたかった。

「さぁ、続きをやろうよぉ!」

 クレアは身構えると、そのままゼットン目がけ突撃を敢行した。

『ガ……ガアアアア!!』
(またかかった!! 本当に学習能力の無い奴だよ!!)

 クレアを迎撃すべく、ふらつきながらもカイザーゼットンは右手の双刃槍から『レゾリューム・バスター』、左手から『カイザーインパクト』、口部から『トリリオンメテオ』を放つ。

「!!」

 しかし、酩酊状態のために放った技の反動に耐え切れずに体は再び吹き飛ばされ、衝撃波・光線・火球はそれぞれ明後日の方向へ飛んでいき、やがて各々炸裂する。

『ガ…!』

 何度も激しく回転したものの、それでも右手からは双刃槍を放さなかったが、時間の問題であるのは明白。結局は耐え切れず――

『ウッグ!?』
「あっ!!」

 無念にも放してしまう。そして双刃槍の鋭い穂先が跳ねてしまって腹甲を斬り裂き、腹部に深々と突き刺さったのである。
 柄の両端に刃を持ち、さらには同じ材質の鎧を易々と斬り裂く程の切れ味を持つ双刃槍故に起きた現象であった。

『グ……ガ……!!』

 苦悶の声をあげるカイザーゼットン。さすがの怪物も、腹を穿たれれば動きを止めざるをえなかったようだ。

「あ…あ…」

 一方クレアは夫の腹に槍が突き刺さったのを見て、顔色は蒼白となった。歴戦のディーヴァと言えど、夫の腹に刃が突き立てられるのを見てしまえば狼狽してしまう。
 経験上、あのような状態では攻撃を失敗するのが目に見えていたものの、槍が跳ねるのは彼女の想定外であった。

『グゥ……ヌゥアッッ!』

 慌てるクレアをよそにカイザーゼットンは右手で刺さった槍を掴み、気合と共にそのまま腹部から強引に引き抜いた。
 そして、ぽっかりと開いた傷口からは血が勢い良く噴き出したのである。

『チッ!』
「……!」

 カイザーゼットンは傷口を押さえると、苛立った様子で舌打ちした。強固な外殻に包まれ、肉体的にも相当強化されたものの、痛覚は残っているらしい。

(攻撃と防御は同時に出来ないみたいだね…)

 これまでのやり取りで分かったのは、彼が『攻撃と防御を同時には行えない』事であった。電磁バリアや魔法反射は確かに強力だが、発動には数秒かかり、しかもその間は攻撃出来ないらしい。
 もし同時に行えるのならば、そもそも今の事態は引き起こされないはずだ。

『フー…フー…!』

 痛みに耐えかねてか、息の荒くなるカイザーゼットン。
 クレアの見立て通り、それらのバリアを展開しなかったのは攻撃に意識が向いた状態では発動するのが出来ない程集中力の要求される技だからであった。
 故に攻撃時には使用出来ないのはもちろん、酩酊状態かつ激昂と痛みによって冷静さの欠片も無い今の状態ではどのような場合でも使えない。

(でも、さっきのは想定外だよ……)

 ゼットンを鎧の支配から解放するには、まずは鎧を破壊せねばならないが、その過程で夫が死んでは結局意味が無い。

(思ったより重傷みたい…)

 ゼットンの腹に穿たれた穴をクレアは注意深く見つめたが、血はまだ流れ出ている。恐らくは魔力により細胞が活性化して代謝は大幅に良くなっていると思われるが、回復や再生を少し促す程度の効果だろう。
 したがって、根本的な治療に成り得る程のものではない。

(さっさとケリをつけないと…)
『殺ス!!』
「ほえ?」

 クレアの思っていた程、単細胞ではなかったらしい。いくら火球や光線、衝撃波を撃とうが今の状態では狙いが定まらない事をようやく理解したらしく、カイザーゼットンは槍をかまえ接近戦を挑んできた。

「へへっ、できるかなぁ〜?」

 襲い来る凶戦士を前に雑念を振り払い、再び嫌な笑みを浮かべるクレア。いくら世界最強の鎧だろうと、その超常能力を使えなければ、所詮はただの素人でしかない。
 魔王軍の戦闘エリート“ディーヴァ”である彼女には、どのようにでも料理出来る。

『ガァ!』
「ほっ、よっ、はっ、だっ!」
『デァ……ッッ!?』

 一撃目は振り下ろし、二撃目は右からの薙ぎ払い、三撃目には刺突を高速で放つが、いつもの手合わせの時同様、空を舞うクレアに全て滑らかな動きで躱される。
 そして四撃目を繰りだそうとした刹那に両手を蹴られて双刃槍を放してしまい、そのまま奪われてしまった。

「はい、これなーんだ?」

 にっこり笑ったクレアはカイザーゼットンの眼前に双刃槍を突きつけた。

『!?』

 しっかり握っていたはずの双刃槍をあっさり奪い取られ、驚愕するカイザーゼットン。それでも未だ事実が信じ難いのか、空手となった自分の両手と彼女の両手に視線を何度も往復させている。
 その前身であるゼットンは朴刀を愛用し、それ以外の武器にもそれなりに通じているが、今のカイザーゼットンには技術も何も無く、ただ力任せに槍を振り回すばかりである。
 確かに膂力と太刀筋の速さはかなりのものだが、ベルゼブブの動体視力の前では子供が木切れを振り回すのと変わらない。振りきった時に出来る一瞬の気の緩みを突いて奪い取る事は難しくなかった。

「へぇ、これ私でも使えるんだ」

 クレアは鎧同様、双刃槍にもまた膨大な魔力が宿っている事に気づくと、双刃槍の刃をカイザーゼットンに向けた。すぐさま穂先に魔力が収束させ、『レゾリューム・バスター』を彼に向けて放つ。

『!!』

 『カイザーゼットンアブソーブ』を使えない今のカイザーゼットンには、それを防ぐ術は無い。放たれた破壊光線を慌てて躱すが、何故か飛行時のようなクレアと同レベルのスピードは出なかった。

「ふーん、なるほどね……バリアが使えないと飛ぶ事も出来ないようだねぇ…」

 カイザーゼットンが飛行する際、両足から魔力を噴射させると共に、体の前面を電磁バリアで覆う。
 バリアは進行方向に波形を変えて常に最適な形をとる事で空気抵抗を減少させる効果があり、強力な魔力噴射と相まっての高速飛行を可能としていた。
 しかしながら、酩酊した今ではバリアを使えず、空に浮くだけで精一杯。そして不幸にも、今の行動でそれを暴露してしまったのである。
 今の状態ではクレアには手も足も出ず、ただやられるしか無いに等しい。

「なんてゆーか、拍子抜けだなぁ…」
『…?』
「あの糞魔術師は『神をも破壊するパワー』とかほざいてたけどさぁ……そんな恐ろしいはずの存在が、たかがベルゼブブ一匹にどうこうされるのってどうなの?
 まぁ、確かに私はディーヴァだし、凡百のベルゼブブとは比べ物にならない程強いよ。でもね、そんなのが一個大隊で来てるとかならともかく、私一人だからねー。
 ま、でもこれで解ったよ。いくら凄いアイテムでも、使用者に相応の力量が無いとダメだって事がさ。
 確かに光線と火球はヤバいし、バリアも凄い、さらには私と同じスピードで飛べるってのも驚いたけど……」

 実に嘆かわしいといった様子で、クレアは目を瞑ってかぶりを振った。

「たかだか三半規管をやられたぐらいで、それが使えなくなるのはいただけないなー。しかも開戦当初は余裕ぶっこいて私を追い立ててた時はともかく、三半規管潰されてから後の体たらくっぷりは酷すぎるよぉ。
 やっぱりゼットンには過ぎたアイテムだったのさ」

 初めこそクレア達は暗黒の鎧から発せられる超絶的な魔力と威圧感には生物としての本能が揺さぶられ、勝ち目が無いと思われた。
 しかし、カイザーゼットンは本体の弱点を丸ごと引き継いだ上にそれを知るクレアにそこを突かれてしまい、あっさり弱体化してしまった。
 メフィラスが最上級の期待を籠めて鎧を起動させ、さらには『神をも破壊する』と豪語した。それだけに彼女等にはその実力が恐れられていたのだが、いざ闘ってみればベルゼブブ一匹殺せぬ体たらく。
 実力を十全に発揮出来ていないにせよ、その有様はあまりにも酷かった。

「んまー、つまり何が言いたいかっていうと…」
『………………』
「き・た・い・ハ・ズ・レ☆」

 クレアはポーズをつけながらクルリと横に一回転すると、嫌な笑みを浮かべながらカイザーゼットンを指差す。
 確かに彼女は美少女と言っていい見た目であるが、それでもこんな真似をされれば可愛さ余って憎さ百倍というものだ。

『ウ……ウオオオオオオオオアアアアアアアアッッッッ!!!!』
「んー、やっぱそうなるよねぇ」

 苦笑しつつ、ポリポリと頭を掻くクレア。あまりにも予想通りの展開には、我ながら空恐ろしさすら感じていた。

「オオオオアアアアッッ!!!!」

 案の定、侮辱に耐えきれなかったカイザーゼットン。その激怒の度合いを示すかのように、口内に先程を遥かに上回る威力の火球を収束させ、迷わずクレア目がけて吐き出した。
 未だ酩酊状態が続いており、集中力と冷静さを欠いている。にもかかわらず、これ程の攻撃をなんとか繰り出した事を、クレアとしては称賛してやってもいいぐらいだった。

「こりゃ凄い――でもさ、所詮は悪あがきなんだよね」

 しかし、賢い行動とは言えない。爆散する火球を軽く躱し、クレアはすれ違いざまに双刃槍で鎧の胴前面を斬り裂いた。

『グゥ……!!』

 傷口からは大量の魔力が噴き出すと共に、大小無数のヒビ割れが走る。

『ク…クレアアァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!』

 それは怒りか、はたまた憎しみ故か? 断末魔の叫びともとれる大声で、カイザーゼットンは妻の名を絶叫した。
 それと共に、亀裂が鎧の各部に拡がっていく。

「待っててね。今解放してあげる」

 そんな夫をクレアは悲痛な面持ちで見つめる。そして邪魔なので双刃槍を下界に投げ捨て、申し訳なさそうに頭を下げた。

「それと、つまらない勝負に終わった事は謝るよ」

 そう淡々とクレアは謝罪の言葉を告げて、夫の目前から姿を消す。そして次の瞬間、鎧には凄まじい数の斬撃が加えられた。










『ま、まずい……! このままでは鎧が破壊される!』

 水晶球で二人の知らぬ所から監視及び観戦していたメフィラスだが、まさかの展開に大きな焦りを感じていた。一方的な虐殺になると思われた戦闘は、あべこべに暗黒の鎧がほぼ手出し出来ぬという結果。
 それに彼は驚くと共に、早急に戦力を投じて鎧とゼットンの回収に赴かねばならぬ必要に迫られたのである。

『五百年間地上の怨嗟と憎悪を吸収させて、このザマか! あれだけ期待をかけた私が馬鹿みたいではないですか!』

 暗黒の鎧がほとんど何も出来ないままクレアに敗北しかけている事は、メフィラスとしても大きな誤算であった。
 結局、呪物に共通する“使用者を操り、本能のまま暴れ回る”という欠点は『アーマードダークネス』ですら克服出来なかった。それでも呪物の中では恐らく世界最強と謳われていただけあって、そのような欠点を差し引いても尚、圧倒的な潜在能力によって魔物どもを圧倒するかと思われた。
 しかしながら、鎧は普通ならば問題にならないような些細な弱点を突かれてあっという間に弱体化してしまったのだった。

『ええいっ、忌々しい魔物どもめ! 結局我々がやらねば駄目という事ですか!』

 メフィラスは苛立ち、執務机をおもいきり両手で叩いた。

『……!』

 そうして落ち着かないながらも代替策を練っていたところへ、机の上のモバイルクリスタルが鳴り出したので、メフィラスは我に返った。

『…もしもし』

 すぐさま手に取り、起動する。

『こちらヤプール』
『! 直りましたか!』

 クリスタルに繋げてきたのは同じく七戮将の一人で、兵器開発を担当しているヤプール・ユーキラーズであった。

『ああ、グローザムの修理と改造は完了した。すぐにでも出撃が可能だ』

 クレアの『スカイ・ピンボール』によって頭部のみとなったグローザム。デスレムによってヤプールの工廠に運び込まれ、即座に義体の大幅な換装と修理を強いられたのだった。

『それはちょうど良かった。事態が急変しまして、全員で出たいのです』
『アーマードダークネスに問題が起きたか?』
『敗れるのも時間の問題かと』
『はははは、遅かれ早かれそうなるだろうと思っていた』

 悪い知らせを聞かされたにもかかわらず、哄笑するヤプール。
 彼は軍事技術者らしく、いくら皇帝直々に鍛えたとはいってもアーマードダークネスが所詮は呪物であり、効果的な運用など出来ないと考えていた。
 それをメフィラスに諫言していたのだが彼が聞かなかったため、不満に思っていたところ、予感が見事に的中する形となったのだ。

『楽しそうですね…』
『最初から分かりきっていた事ではないか。
 お前がわざわざ目覚めさせたところで、所詮暴れるしか能のない呪物だ。遅かれ早かれ、手練の魔物なり勇者なりにやられる運命になるだけよ。
 前から私が言っていただろう? あんなチンピラ風情でなく、然るべき者が使って、アレは初めてその実力を十全に発揮出来るというモノだ。
 取り返しのつかぬ事態となる前に、それを学べて良かったではないか』

 諫言を無視した結果、ヤプールの予想通りの結末となった。そのため、メフィラスは言い返す事が出来なかった。

『ま、講義料は高かったがな――で、どうするつもりだ?』
『どうやら敵は援軍を要請しているらしいのですよ。そいつらが到着する前に鎧とゼットン君を回収したいのです。
 敵の手に渡っては計画の遂行が事実上不可能になりますからねぇ』

 ケイトが援軍を王魔界に要請していた事に、メフィラスは気づいていた。
 そもそも、隠れ潜んでいた仇敵がわざわざ現れたのだ。そんな相手に戦力的に劣る己等だけで事に当たる必要は無く、絶対に勝てるよう手を尽くす事は十分予想出来る。

『それと、我々の正体が割れてますからねぇ。恐らく他のバフォメットかドラゴン、もしくはそれと同等の魔物が送り込まれてくるのではないでしょうか』
『実に面倒だ。負けはしないが、リリムあたりが来れば手こずりそうだな。魔王軍も我々の実力は知っている者がいるだろうから、十分ありえるぞ』
『それも想定しています。だからこそ、七戮将全員でいこうかと』
『五人でか? アークボガールもランチから戻ってきているし、可能だが……しかし、久々だな……』
『そういえば、デスレムの鎧も準備出来ましたか?』
『鎧は元々いくつも予備があるから着替えるだけでいい。再生能力があるから、傷も問題無いだろう。
 それと、私も新開発の機甲外装ユニットの試作品をテストしようと思う』
『ほう、そうですか。それは楽しみですねぇ』

 苛立っていたメフィラスだが、それを聞いて陰惨な笑みを浮かべたのだった。










 5000m上空で繰り広げられた闘いも、ついに決着の刻が訪れつつあった。暗黒の鎧には無数の不可視の斬撃が加えられ、為す術もなく斬り刻まれるばかりである。

『ガ……グ……!』

 高速で飛び回るクレアを視認出来ず、時折繰り出す火球や光線も最早虚しく空を切るばかりである。
 それでも尚暗黒の鎧は怯む事は無く、命の灯火が尽きるまで闘おうとする決意が見て取れたものの、最早悪あがきでしかない。

(………………)

 クレアは高速で飛び、そのすれ違いざまに硬度10の鋭い爪による一撃を加えている。
 如何に邪悪な魔力で強化された『高強度チタン・ミスリル合金』でも、ダイヤモンドと同じ硬さの爪に引っ搔かれれば無傷ではいられない。さらには高加速による威力の倍増が加われれば、暗黒の鎧といえど削り取られる。
 そのような事がもう二百回は続けられていた。

「もう、いいかな……」

 そしてそこまで攻撃を加えた後、これ以上攻める必要が無いと判断し、クレアは攻撃をやめてカイザーゼットンから少し離れた場所へ移動する。

『ゴヒュー……ゴヒュー……』

 執拗な攻撃を加えられた暗黒の鎧には、最早登場時の威容など影も形も無くなっていた。『アップルシェーバー』で表面を削り取られていた上、二百回を超える攻撃を受けてボロボロになり、表面に施してあった精緻な装飾は確認しようがなくなっている。
 さらには各部の損傷が大きくなる事で、宿主の生命維持に支障をきたし始めていた。彼は見るからに過呼吸気味となり、全身から冷や汗が噴き出て痙攣し、真紅の瞳孔の色合いもこころなしか薄くなってきた。
 出会った当初は禍々しさを感じられたものだが、今は死にかけの生物だという印象しか受けない。
 ゼットンの肉体もアーマードダークネスも、今にも崩壊寸前となっているのだろう。

『ゲボッ……!』

 さらには先程の自滅時同様、吐血し始めた。口元を押さえるが、鮮血はそんな事では止める事は出来ず、腹に穿たれた傷と共に失血死の危険すら見えてきた。
 同時に、鎧の各部には所々大きな亀裂が走り、いよいよ留めておけなくなった膨大な魔力が噴水の如く噴き出している。

「…さあ、終わらせよう」

 呪物に意識を乗っ取られているが仮にも夫であり、このような痛々しい姿は見れたものではない。
 目を背けたいが、最後の闘いと決めた以上、見届けなければならない。

『ク…レ…ア……』
(……ごめんね……)

 弱々しく自分の名を呼ぶゼットンに一瞬気持ちが揺らぐが、すぐに振り払う。

「……“ダイヤモンド・ドライバァ――――――――ッッ”!!」

 クレアは体を水平にして右腕を前に突き出し、高速で錐揉み回転しながら暗黒の鎧に突っ込んだ。

『ガッ……!』

 右爪は鎧胸部中央の大きな亀裂に引っかかると、急速にそこを同心円状に削り取っていく。

『……ア……』

 これがとどめとなって、とうとう限界が来たのか、カイザーゼットンは白目を剥きながら血泡を吹く。
 夫婦最後の勝負の決着としては、実に呆気無いものであった。

「!」

 そうして意識を失ったゼットンは真っ逆さまに落下すると共に、余す所無く亀裂に覆われた甲冑は轟音をあげて砕け散り、彗星の尾の如く金属片を撒き散らす。
 その様は不気味ながらもどこか美しく、神秘的であったが、クレアにはそんな事を気にしている余裕は無い。

「ゼ――――ット――――――ン!!」

 名を叫びながら、黒光りする金属片に包まれながら落下する夫を追いかける。鎧の呪縛から解放された今、地上に落下しても生きていられるような能力は無くなっている。
 彼女が受け止めてやらねば、意識の無い彼は死あるのみだ。

「キャッチ!」

 ベルゼブブであるクレアにとって落下速度を上回る事は容易く、先回りしたところで落ちてきたゼットンを優しく受け止めた。

「んににににににぃぃぃぃっ!?」

 だが体力を大幅に消耗しているために落下の勢いを殺しきれず、そのまま夫ごと地上に向かっていく。

「こ…ここが魔物娘の夫へのラブパワーの見せ所をぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!」

 夫婦揃って生還すべく、クレアは薄羽を懸命に羽ばたかせる。例え体力が無かろうとも、それを上回る精神力は夫の巨体を受け止めさせて尚、羽の動きを止めさせない。

「ここまで来て落とせるかァァァァァァァァッッッッ!!!! 絶対にゼットンを助けるんだァァァァっ!!!!」

 しかし、まだ速度は緩んだものの落下自体は食い止めきれておらず、地上が迫りつつある。

「うおおぉぉ――――――――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 顔を真っ赤にして羽を限界まで羽ばたかせるクレア。しかし――

「ぶべッ!!」

 結局二人とも地面に叩きつけられた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 うつ伏せ気味に全身を叩きつけられたため、痛みのあまりのたうち回るクレア。痛みで声も出ないが、懸命に羽ばたいた結果か、幸い軽傷程度ではある。

「はっ!」

 数分の間のたうち回ってようやく痛みが薄れ出したところで、夫の事を思い出したクレアは我に返った。

「……!」

 慌てて倒れ伏す夫に駆け寄ってひっくり返し、胸に左耳を当て、次いで口元に耳を移す。

「!!――――良かったぁ〜〜〜〜〜〜!!」

 夫は意識を失って微動だにしないものの、幸いにも心臓の鼓動は未だ途切れていなかった。

「グスッ……生きてるよぉぉぉぉっ!!」

 クレアはようやく夫を取り戻す事が出来た。嬉しさのあまり歓喜の声をあげ、号泣したのだった。
 そして、夫を取り戻した彼女を祝福するかの如く、立ち籠めていた暗雲は急速に晴れると共に、暖かい陽光が二人を照らしていた。





「さぁ、帰るかな」

 一時間ばかり泣いた後、クレアは未だ意識の戻らぬゼットンを抱きかかえ、飛ぼうとした。

「! ムリか…」

 しかし体力の限界をとうに越えており、一時間ばかりの休息では羽を一度羽ばたかせる元気すら得られない。
 仕方なくクレアはゼットンを地面に仰向けで寝かせ、自分はその隣に寄り添った。

「はぁ……手のかかる旦那様だよ」

 そう呟く彼女の顔は穏やかであったが、その一方で彼の腹の傷が気になるところではある。
 放置していても治るようなものではないだけに、少しでも早く迎えに来て欲しかった。

「あ〜、ケイト迎えに来てくんないかなー……」

 ベルゼブブは飛行力に優れてはいるが、それ故に長時間歩くのは不得手である。
 しかもゼットン青年をアイギアルムの街から離すため、ガムシャラに飛んできていた。加えて彼の能力のせいで辺りは光一条すら無い闇だったため、今どこにいるのかすら分からない。
 病み上がりのために体力が無い中連戦し、今では少し歩けるのが精々といったところである。
 飛べないベルゼブブは貧弱な少女と変わりなく、115kgもある男など当然運べるはずもないので、飛行以外の方法では帰りようがない。
 故にせめて連絡手段を用意しておくべきだった、とクレアは後悔していた。

「うーん、もう少しだけ応急処置をしておくかな」

 他のベルゼブブ同様、クレアの頭にも王冠が載っており、さらに彼女はそれをポーチ代わりとして使っている。職業柄、中には強力な回復薬液の入った小瓶を括りつけてあり、重傷を負った時にはそれを患部に注ぐ事で回復が可能である。
 クレアは当然ゼットンの腹部にそれを全て注ぎ込んでおり、最悪の事態を避ける事に成功していた。ただし、それはあくまで応急処置に過ぎず、本来は医者に見せるのが望ましい。
 夫の状況は予断を許さないため、クレアとしてはもう少し治療しておきたい。そこで、魔物娘にとっての“最善最適”の治療法を行う事にしたのだ。

「私も体力が無いし……一緒に回復しよっ」

 意を決したクレアの行動は速かった。いきなり夫の履いていたズボンと下着を手慣れた手つきで脱がせ、陰茎を露出させると、疲れ果てていたはずの顔も一気に魔物娘らしい淫靡な表情となる。

「ワオ! お久しぶり!」

 久々の夫のモノを見て舌なめずりすると、その大好きなものを可憐な口に咥え、さらには喉の奥の方まで飲み込んだ。

「はむはむ…」

 そして、その幼い容姿に似合わぬテクニックで夫の陰茎を迅速かつ丹念に刺激し始める。
 状況のせいか、綺麗好きなゼットンらしくなく性器がかなり臭ったが、不潔を好むベルゼブブには何の問題もなく、むしろいつもよりも遥かに濃い体臭だったのでクレアの興奮は尋常ではない。それも手伝ってか、いつも以上に容赦無く肉棒を吸い上げる。

「う…」

 意識の無い夫が呻く程に、妻は彼の弱点を知り尽くしている。鈴口に熟練した動きでその可憐な舌を這わせ、裏筋を貪欲な舌遣いで舐めしゃぶる事で、眠る夫の生殖本能を刺激する。
 そして妻の丹念な愛撫により、大怪我を負っているにもかかわらず夫の陰茎に血が流れ込み、いきり立った。それを見て欲情したクレアは口から逸物を放すと、いよいよ我慢出来ずに夫の腰に跨がり、怒張を自身の蜜で濡れそぼった秘裂にねじ込む。

「んああああっ!」

 一ヶ月近くご無沙汰だった夫のモノを呑み込み、快楽のあまりクレアの体が弓なりに反る。
 頭は電流が流れたかのように痺れると共に、涙、涎、愛液など、全身から体液が流れ出した。

「す……すごいよぉっ! キモチイイよぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!!!!」

 一ヶ月ぶりの夫との性交は凄まじい快感をもたらし、誰もいない荒野でクレアは遠慮無く嬌声をあげる。可憐な少女とは思えない激しいグラインドで夫の逸物を味わい、その大きなカリ首で膣壁を引っ搔かれる度、多量の愛液が膣から漏れ出した。

「んうううう♥」

 意識が無いながらも強烈な快楽は伝わったらしく、やがて夫は妻の中であっさり果てた。子宮口に密着した亀頭からは大量の熱い精液が注ぎ込まれ、彼女の飢え渇く子宮を満たしていく。

「しゅごいい♥ 子宮が焼けちゃうよぉぉ〜〜♥ んはああああ♥」

 子宮が熱い白濁液を全て飲み干すと共に、クレアは蕩けた顔でその余韻を味わっている。久しぶりの性交で飢える身体に精が隅々まで行き届き、その甘美な味わいに頭が狂ってしまいそうだった。

「キモチイイよぅ♥ キモチイイよぅ♥」

 ひとしきり味わったところで夫の胸へ倒れこみ、改めて彼の匂いを胸いっぱい吸い込む共に、その温もりを堪能する。

「はぁ〜〜〜〜〜〜♥」

 クレアはうっとりして、目を瞑った。

「…ん?」

 しかし、それからいくらもしない内に、何か聴き覚えのある音が聴こえる事にクレアは気がついた。すぐさま頭を切り替え、周りを見回す。

「……」

 何か嫌な予感がする。訝りながら耳を澄ますが、体力が万全ならそのまま逃げ去りたいところだ。

『オ゛…』

 クレアは逸物を膣から引き抜いて下着を履き、夫のズボンも履かせると、聞き耳を立てつつ辺りの様子を窺う。

「……」
『オ゛オ゛…』
『……』
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「…うっそでしょ〜?」

 音の正体がなんであったか気づき、驚くクレア。

「…しぶといね〜」

 クレアの攻撃を受けて粉砕され、塵となったはずだった。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』
「『体を返せ』……ってとこかな? あ〜あまったく、秘め事を邪魔してくれちゃって…無粋だなぁ〜」

 “それ”を見て、苦虫を噛み潰したような顔をするクレア。つい五分前にはあれほど蕩けた表情をしていたとは思えない変わり様である。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』

 陽光に照らされる荒野を歩むは、光と対をなすはずの漆黒。そして各部を軋ませて鳴る不快な金属音には、クレアはいい加減飽き飽きしていた。

「さて、燃えないゴミを処分するかぁ」

 面倒臭そうに立ち上がるクレア。夫の愛と生命力である精を受け、回復したとはいっても微々たるもの。全開時の精々20%といったところだが、彼女にとって夫が戻ってきた事が何よりの励みであり強みである。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』

 主が滅びて尚、それは生き延びた。無生物故に寿命が無く、さらには命無き金属の体にもかかわらず自我を持つからか――例え粉々に破壊されても、それは終焉を意味しない。
 破片は集まり、再び一つとなる。

「この屑鉄! もう一度スクラップにしてやるよぉ!」

 暗黒凶鎧装アーマードダークネス――――皇帝の遺産にして、エンペラ帝国の不滅の象徴。
 クレアの攻撃を受けて粉砕しても尚復活し、宿主を求めて追いかけてきたのだった。

『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛……ン』

 主の無い抜け殻は動きが緩慢でぎこちなく、いつの間に取り戻したのか、双刃槍を杖代わりにしなければ歩くのもおぼつかない有様。
 しかし、絶えず鳴る軋みは誰の心にも不安を掻き立て、この鎧が油断ならぬ存在である事を示す。

「!」
『オ゛オ゛……ン』

 緩慢な動きながらも、暗黒の鎧は槍をかまえた。

「ブッ壊してやる!」

 凄むクレア。だが……

「!?」
『!?』

 対峙する両者。しかし、それは唐突に終わりを告げる。

『!?』

 暗黒の鎧の背後の空間が、突如叩かれたガラスの如く“砕け散った”。そして、中から覗く蒸気の立ち籠める真紅の空間より二本の巨大な金属製のアームが伸びると、暗黒の鎧を鷲掴みにしたのである。

『捕獲!』

 もがく暗黒の鎧だが、アームの力は凄まじく、その拘束より逃れる事が出来ない。

「何よコレ!?」
『喚くな!』
「!」

 このアームの主と思われる存在が、背後の異次元よりクレアを怒鳴りつけた。

『下等生物よ、鎧を破壊したのは褒めてやる。しかし、私達を無視してそのまま勝ち逃げとはいかんぞ?』
『ギシシシシ! ディナーはまだ途中だぜェ!? 次はメインディッシュを堪能していけやァ!』
『たかが糞蝿の分際で我々に逆らい、ましてや俺の義体を破壊したのは万死に値する! 今度こそ処刑してくれるわ!』
『グオオオオ……! とどめを刺しに来たぞ!』
『そういうわけですよ、お嬢さん』

 そしてアームに続き、蒸気の噴く真紅の異次元から姿を現したのは、復讐に燃える帝国七戮将達だった。

『『『『『エンペラ帝国七戮将、見参!!!!』』』』』
15/06/26 23:10更新 / フルメタル・ミサイル
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■作者メッセージ
備考:エンペラ帝国軍

 エンペラ帝国の保持していた戦力。人類史上最大最強の軍隊であり、前魔王率いる旧魔王軍と世界で唯一“一人一人が”まともに戦えるという驚異的な強さを誇ったという。
 さらには戦闘員だけで170万という膨大な人員を抱え、現在でも同レベルの軍事力を持つ国家は存在していない。
 エンペラ一世に絶大な忠誠を捧げ、彼に従って数十年間世界各地で戦い続けただけあり、老弱が淘汰された最高の精鋭のみで構成された軍隊であったと言われる。
 その強さは完全な実力主義に裏打ちされており、例え元が奴隷であろうが戦果を挙げれば出世する事が出来、逆に高官の子弟だろうと実力が無ければ生涯雑兵のままだったという。
 彼等はジパングや霧の大陸、レスカティエを含む教団圏国家群など各地に攻めこみ、驚異的な戦闘力によってそのいずれをも短期間で征服し、世界の七割という遠大な版図の支配を実現させた。
 勇者を多く擁する教団圏国家群や精強な武士階級を多く擁するジパングを相手にして尚圧倒し、帝国の凶悪さを知らしめたという。
 そして、それらの活躍が記された文献が世界各地に残っている。有名なのが、ジパングのとある公家の日記に『殺人上手也』と記された一節である。
 また、交戦したレスカティエの軍司令官には『その忠勇は無双、戦いぶりは見事としか言いようがない。だが残念な事に、彼等が神の敵であるのがただ一つの欠点だ』と絶賛された。
 彼等は教団圏にとっては怨敵である。しかし、素晴らしい活躍をした英雄達が多数所属していたため、彼等の生涯を描いた軍記物はとても人気があり、それを憂いた主神教団によって何度も発禁処分にされている。
 また、エンペラ一世が一部の傭兵に軍神として崇められたのと同様、彼等の中には信仰を捧げられる者もいたという。主神教団にとっては完全な瀆神行為であるが、今尚途絶えていないらしく、軍記物同様何度か禁止令が出された。

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