連載小説
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2.魔剣に魅入られた女剣士
 とある大陸の東部に、『餓狼』と名乗る盗賊の集団が居た。
 首領格は、フェルテンという男。恵まれた体格と鍛え抜かれた肉体が目を引く一方、傷の付き方から察するに、日頃から常に愛用している事が一目瞭然な戦斧も特徴的であった。

 その格好や体格、鋭い目つきから、贔屓目に見ても、粗野な印象を見る者に与える事は免れない。が、一方で適度に剃った髭と、後ろに撫で付けている黒い髪を見るに、意外にも身なりには気を遣っているようにも見える。乱暴さと清潔さが共存したような、奇妙な男だった。

 フェルテンは今しがた『仕事』を終え、"包帯"、"眼帯"、"義足"と愛称で呼んでいる部下と共にとある村へ寄った。

 村の名前はマルカ。大陸東部において中央付近にあった。位置の詳細を述べれば、この辺りでは有名な『商業都市 ヘルメス』から南、自由都市同盟側へと伸びる街道の内の一つから少し逸れた位置にある。

 馬に乗りながら外縁部に広がる畑を抜けると、家々が見えてきた。時間も時間で、外を歩く村人はほとんど居なかった。大半の村人が、窓から明かりの漏れる家で夕飯にありついている事だろう。

 村の光源は、時折思い出したかのように各所へ配された松明だけで、明かりとしては大変心もとない。フェルテンは腰にぶら下げている、くすんだ銀のランタンのシャッターを広げる。

 フェルテンは盗賊だ。そんな盗賊達がこの村に押しかけたのは、当然略奪が目的か。否、フェルテンのお目当ては、マルカ村の食堂だった。この食堂の店主夫婦が出す料理は格別で、フェルテンは『一仕事』を終えた祝杯をここへ上げに来たのだった。

「……! フェルテン!」

 食堂横に併設された厩舎で、馬にブラシをかけていた赤毛の少年がフェルテンに駆け寄ってくる。

「久しぶりだね……会いたかったよ! ご飯食べに来たの? それともお酒?」

 フェルテンを見るその少年の眼差しは、まさしく憧れの感情を伴っていた。盗賊相手に、である。
 その原因は、フェルテンが仲間達を安定して養う為、村と良好な関係を築き上げる事に注力した戦略にあった。この辺りには過激な盗賊――もちろん、自分達『餓狼』を含め――が多く蔓延っている。そんな連中からこの村を護りつつ、無断で"関所"を通過する旅人や商人から略奪した品々を村に提供したりもする。見返りに、金品や食事等を定期的に受け取っている、という関係がフェルテンの努力の甲斐あって成り立っていたのだ。

「おう、その両方だ。……エーミル、ちゃんと身体鍛えてんのか?」

 フェルテンは馬から下りつつ、エーミルと呼んだ少年を見やった。エーミルは同年代の少年と比較しても華奢だ。まさにフェルテンとは正反対に、体格に恵まれていない。エーミルの父親から、元々病弱なのだとフェルテンは聞いた。それも原因の一つなのだろう。
 隣の芝生は青く見えるからか、エーミルはフェルテンを慕い、身体を鍛えると以前会った時に告げていた。その言葉が真実か確かめる為に、フェルテンは笑いながらその細腕を握る。

「ちょっと……! しっかり鍛えてるよ。でも全然フェルテンみたいに男らしくなれないんだ……」

 不服そうにエーミルは口を尖らせる。エーミルの"フェルテンみたいに男らしくなりたい"という願望とは裏腹に、むしろ女にしか見えない程整った顔立ちだった。
 フェルテンはため息をつく。気の利いた一言も、アドバイスも思いつかない。そもそも自身へ抱いているその憧れが、間違いだとすら思っていた。

「……ほら、親父さんにこれを渡しといてくれ」

 フェルテンは略奪した品の一つ、青い液体の入った薬瓶をエーミルに渡した。

「最近、具合が悪いつってただろ? 運が良い野郎だ、丁度いい品を手に入れたぜ」

 不服げだったエーミルは、ずいと突き出された薬瓶を危なっかしげに受け取った。薬瓶に貼られたラベルの文字はフェルテンには読めなかったが、"包帯"は学があり文字が読める。"包帯"によれば、『万能薬』らしい。よっぽど特殊な病気でない限り効能が見込める薬品であり、随分と高価なものだった。

「え、パパの為に? 万能薬……あ、ありがとう!」

 エーミルの輝く目がフェルテンに向けられる。しかしフェルテンは視線を逸らした。

「ツケが溜まってたからな、気にするな。これでグチグチ言われずに酒が飲める」

 フェルテンは鼻を鳴らすが、エーミルはそんなフェルテンを見て笑顔を浮かべる。一方、部下達は厩舎に馬を繋げ終えようとしていたが、フェルテンはそれを見て片眉を上げた。

「馬の数が少ねぇな……他の『餓狼』達はどうした?」

 エーミルは、疑問符を顔に浮かべる。

「どうした、って……フェルテン達が今日初めて来た『餓狼』達だよ」

 今度はフェルテンが疑問符を顔に浮かべる羽目になった。仲間達には、仕事を終え次第、マルカ村の食堂へ行くように号令をかけていた――"包帯"が商人に言った『もう直にここへ来る』というのは心を折る為のハッタリだ――。仕事を終えるのにかかる時間をどう見積もっても、先程の密輸商人の護衛と戦っていた手下が、フェルテンより先にこの食堂へ来るのが順当のはずだ。

 嫌な予感が脳裏をよぎる。

「お前ら、ここで休んでてもいいぞ」

 フェルテンは素早く馬に飛び乗った。しかし、手下達も馬の少なさに気付き、同じ予感を覚えたのか既に馬へ乗っている。準備万端だった。

「落ち着いてくれよ、ボス」

 "包帯"が淡々と低い声で話す。

「厄介な何かに出くわしちまったらどうするんだ? 俺も行かせてくれよ」

 次いで、"義足"が乱ぐい歯を露わにしつつ、口を開いた。

「その通りですぜ。そも、俺達だけ酒を飲んで、ボスには走らせるだなんて申し訳が立ちやせん」

 『餓狼』のメンバーは皆、フェルテンが勧誘した。まだ一人で各地を彷徨っていた頃見かけた、"掃き溜めしか行き場のないような"連中にフェルテンが声をかけていき、集めたメンバー。
 しかし勧誘する条件は、自らそんな境遇に追い詰められる事を望んだ者達ではない、というものだ。病気、欠損、見た目の醜悪さ……理由は問わず、居場所を持つ事を社会に許されなかった連中だけだ。

 結果、心無い市民から見れば怪物揃いのようなメンバーだらけになった『餓狼』。だが、追い詰められ、飢えた狼のようになりふり構わない人間達の行動力には目をみはるものがあり、『餓狼』は恐ろしい盗賊団へと成長した。故に、『餓狼』のメンバーは、自分達を見出してくれたフェルテンへの信頼は当然強く、似た者である仲間同士の結束も強固なものになった。

 フェルテンは頷き、手下達と共に村を離れた。








 ――――村から離れ数十分程。密輸商人を最初に襲撃した地点、旧街道の外れに到着した。
 踏み均された道と、草木を月光が照らし出す。そこには、商人が雇った護衛と……『餓狼』の仲間達が倒れていた。

 フェルテンの心臓が脈打ち、目を見開く。一瞬、それらが死体のように見えたからだ。しかし、倒れている内の誰かがうめき声を発し、それを聞いたフェルテンは冷静さを取り戻す。よく観察すると、倒れている者達は皆、わずかながら身を捩らせていた。生きている。

「こりゃ一体何があったってんだ」

 "眼帯"がフェルテン達の最後方で馬を下りながら武器を抜く。

「何で"全員"倒れてやがる?」

 フェルテンとしても、全く同意見だった。勝敗が決したなら、片側の陣営の誰かが生き残っているはずだ。しかし、襲撃した時に居た護衛の数に食い違いはなく、『餓狼』の仲間も全員居る。まさか、お互いの最後の一人が相打ちとなったとでも言うのか。
 フェルテンは逡巡するも、それはあり得ないと心から思った。フェルテンが護衛達の動きを見やり、実力を推し量った所、仲間が負ける確率は万が一に等しい程だと確信していたからだ。

 少々蒸し暑い夜の風が吹き抜けた。その次の瞬間。

「ぐああッ!」

 叫び声がしんと静まり返った闇夜を裂くように響く。声の主は、"眼帯"だった。

 一斉にフェルテン達が振り向く。だが、"眼帯"の近くに居た"義足"が次の叫び声を上げる事になった。"義足"は「いつの間に……!」と呻く。

 ほぼ同時といって差し支えない程、二人が地面に倒れる音が辺りに響く。そこには殺気を感じ取れない、剣を携えた女剣士が居た。

 女剣士は、呆れる程まっすぐなストレートの黒髪をセミロングにしている。その艶のある黒い前髪を眉の辺りで横一直線にぴったりと切り揃えているせいで、暗く赤い瞳から放たれる眼光が、より際立っていた。節くれ立った、と形容するのが近いのだろうか。赤い眼のような装飾が配された、生物みを感じる左右非対称の奇妙な黒い鎧を身にまとい、禍々しい装飾の剣を握っていた。

 そして何より……薄い唇、高い鼻に妖艶な視線をたたえる眼……そんな端正な顔立ちを大きく歪ませるような、恍惚とした笑みをその顔に浮かべているのが、印象的だった。

 状況を把握しきる前に、"包帯"が熟練の兵士でも敵わないような早業で構えた弓に、矢を番え、そして女剣士に放つ。その早業をもってすれば、並大抵の剣士ならば眉一つ動かせる間も与えず射抜ける……はずだった。

 女剣士は、剣を下から上へ振り抜き、的確に矢を斬り捨てた。そのまま、即座に"包帯"へと詰め寄ろうと、前傾姿勢をとる。"包帯"は咄嗟に短剣を抜こうとするが、防御が間に合うかどうか、分の悪い賭けのように見えた。
 しかし、女剣士は前傾姿勢から一転、剣の腹を見せるように、右手側へと構える。ほぼ同時に、フェルテンが戦斧を頭上高くから振り下ろす。

 ガキンッと武器同士がぶつかり合う、金属質な音が辺りに響いた。フェルテンは、今の一撃で仕留める気だったが、仕留めるどころか剣の腹で受け止められた事に驚いていた。

 女剣士は笑みを絶やさず、いやむしろより一層深くしたようにフェルテンは見えた。女剣士はフェルテンの戦斧をほんの一瞬だけ押し返し、その間に身軽な所作で剣を素早く、その場で一振り。剣の軌跡通りに、魔力が刃を形作り、そして放たれる。フェルテンが内心でしまった、と叫ぶが早いか、魔力の斬撃が"包帯"の身体へと襲いかかった。

「……ボス、すまない」

 "包帯"は片目を閉じながら、フェルテンに謝罪した。その胴体を縦断するような赤い線が走る。そして"包帯"は……倒れた。
 フェルテンの怒りは最高潮に達し、視界の端がチリチリと焼け付く錯覚に見舞われた。間髪入れず、斧槍を横薙ぎに一閃する。
 しかし女剣士は恐ろしい身軽さで後方に跳躍し、一回転の後に着地。そして心底愉快げな笑い声を上げたのだった。

「てめぇ、ぶっ殺してやるッ!」

 フェルテンは野太い声で怒声を放つ。わずかに残った理性を手放すまいと尽力したが、しかし怒りの言葉を抑える事は到底出来なかった。

「なんで怒ってるの? 仲間を傷つけられたから?」

 女剣士は続けた。

「フフ……アハハ! 安心して、怪我は一切ないわ」

 女剣士がそう言っても、フェルテンは全く視線を外さない。手練を相手にして、一瞬でも言葉に惑わされたり、視線を外す事など、許される事ではなかった。
 女剣士は数秒待っても、恐ろしい程の怒りが込められた視線を送り続けるフェルテンに対してくすりと笑った。

「流石ね……でも本当よ。私、不意打ちなんてしないから……見てあげて」

 女剣士は手を上げた。加えて、その言葉に嘘、偽りが感じられないと思ったフェルテンは、戦いよりも仲間達への心配を優先した。ほんの一瞬だけ、傍に横たわる仲間達を見やる。それぞれ、体の各所から出血している……ように見えたが、それは傷ではなく、"赤く明滅する傷"のようなものであった。
 見た事がない代物だったが、フェルテンがよく知る物理的な傷ではない事は確かだった。その奇妙な傷から、何か……魔力のようなものが流れているのをフェルテンは感じる。

「ちゃーんと肉体は無傷でしょ……? 魔力だけが傷ついて、動けなくなっちゃうだけ」

「何が目的だ?」

 フェルテンは女剣士のペースに乗るまいと、単刀直入に言った。一方で女剣士はゾッとするような恍惚の笑みを浮かべ続ける。まるで戦いを通じて、快楽を全身に浴びているような、艶のある笑い声が闇夜へ響き渡る。

「アハハハッ! ただこの剣で人を斬りたいだけぇ――」

 女剣士は言った。

「――だったんだけど、それは本当の目的じゃない。私の目的は、貴方……そう、貴方。……フェルテン、たった一人なの……♥」

21/08/04 19:42更新 / 小藪検査官
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■作者メッセージ
魔物娘が登場するのが遅い。しかもシーンも僅か。
ムサいおっさんばかりで改めてすみませんでした。

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