連載小説
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3.魔剣士に魅入られた餓狼
「アハハハッ! ただこの剣で人を斬りたいだけぇ――」

 女剣士は言った。

「――だったんだけど、それは本当の目的じゃない。私の目的は、貴方……そう、貴方。……フェルテン、たった一人なの……♥」

 さしものフェルテンもこの言葉には動揺した。自身には、この女剣士に見覚えはなかった……少なくとも、こんな笑みを浮かべる、手練の"魔剣士"には。
 ここを襲撃したのは十中八九、彼女の仕業なのだろう。名前を知っているという事は、事前に調べられてターゲットにされている? これは自身を誘き出す為の罠? 様々な考えが、数瞬の間にフェルテンの頭を駆け巡る。

「俺が目当て?」

 フェルテンは鼻を鳴らした。

「何モンだ。誰かが俺への復讐の為に雇った用心棒かなんかか?」

 魔剣士は意外にも、先程から常に浮かべていた、恍惚とした笑みを潜めさせた。

「そんなぁ……私の事を覚えてないの? ちょっとでも私の事、覚えていてくれたらって……期待していたのに」

 魔剣士の瞳が潤み、声が上擦っている。まるで酷い事を言われ、傷心した乙女のようですらあった。

「ハッ てめぇみてぇな魔剣握った手練のアマ、知り合いには居ねぇよ」

「……手練? フフ、ウフフフ……♥」

 魔剣士の情緒は不安定のように思えた。また一転し、何やら嬉しそうに笑い始める。

「私、強くなれたんだね♥ 貴方に"認められた"って事かな。そうであるなら、それってとても……最高だわ♥」

「さっきから話が見えねぇぞ! 俺の仲間を襲っておいて、自分の世界にばかり浸ってんじゃねぇ」

「ごめんなさい、フェルテン。貴方の言っている事はごもっともだわ。でも、私を放っておいた貴方にも責任があるんだから……♥」

 魔剣士は鎧から露出している自身の肌へ、自分の手を艶かしく這わせる。手が肌をなぞる度、それだけで快楽を感じているかのように二、三度びくりと身体を震わせた。熱を帯びた吐息を吐き出し、情欲のこもった視線をフェルテンへ注ぐ。

「イカれてんのか……? まぁ、恨まれる理由には事欠かないがな」

 フェルテンは呆れたようにかぶりを振った。

「いくら肉体は傷つけられていなくとも、仲間を襲った代償はきっちり支払わせてやる。名前だけでも教えてくれ、てめぇの墓石に刻んでやるからよ」

「ユリアよ」

 ユリアと名乗った魔剣士の言葉に、フェルテンはかすかに思い当たる節があった。過去という砂に埋れてしまった記憶を掘り出すように、集中する。名前をもとに手繰り寄せたそれは……数年前のとある出来事だった。

「お前……いつぞやの奴隷商に捕まっていた女剣士か?」

 フェルテンはピンときた記憶を思い出し、吠えるように言った。

「まだヘルメスが反魔物領だったぐらいの頃……仲間にしてくれと頼んできた女」

 ――3、4年前程の事であった。『餓狼』達がまだ今よりも更に盗賊らしい振る舞いをしていた時の事である。今日の商人のように、とある馬車が旧街道や林道を抜けて、『餓狼』の徴収を免れようとした事があった。馬車は『餓狼』の監視の目を免れる事は出来ず、当然略奪にかかった『餓狼』達。
 しかしその馬車は、いわゆる"堅気"の持ち主の馬車ではなかった。取り巻きは全員、『餓狼』の同業者で、数も尋常ではない。だからといって、面子にかけてタダで見逃す訳にはいかなかった。大変苦戦しながらも、略奪に成功した所……馬車はとある奴隷商の持ち物である事が判明した。

 というのも、馬車の中には奴隷として売られる予定の、何人もの人間達が居たからだ。どうやって捕まったかの経緯、理由などは知らない。人さらいにあったのか、自ら身を売るしかなかったか……いずれにせよ、この地域では奴隷制は基本、禁止されている。売る為に買い手を見つけるにしても、それなりの人脈が必要で、手間がかかる。金には出来そうもない上……フェルテンはこのような類の人間を金にしたくはなかった。

 結局、拘束された人々を解放する事にした所、捕まっていた内の一人の女剣士が、フェルテンにとある願いを申し出た。

 自分を盗賊の仲間にして欲しい、と。その女剣士が『ユリア』と名乗ったはずだった。

 フェルテンは様々な理由から、それを拒否した。相手も、様々な理由を並べ立て、自分の想いを語り、食い下がったが、フェルテンが折れる事はなかった。何を相手が主張していたか、もはや覚えてすらいない。そのまま撤収し、ユリアがその後どうなったか、知る由はなかった。

「思い出してくれて、ありがとう。あの時と比べて"ちょっとだけ"雰囲気が変わっちゃったから、分からないのも無理なかったかも、ね……♥」

 ユリアは、「その通り」と言いたげに微笑んだ。

「私、当時は剣士として自分にかなり自信があったの。でも実際は、井の中の蛙だったって所ね。盗賊に捕らえられて、この身体を売り物にされかけた」

「そんなピンチを、貴方が助けてくれたのよ? あの数の敵を相手に臆さず、逞しい筋肉と、実戦で鍛え抜かれたんだろう技で切り抜けて……あぁ、馬車から見てたあの戦いを思い出すだけで、興奮しちゃう……♥」

 頬に手を添え、うっとりと目を閉じるユリア。「でも」と続けた。

「でも貴方は、貴方の下で戦いたいと言った私を拒絶した。貴方と一緒に強くなりたかったし、何より……心の底から惚れちゃったのに」

「それで、その好意を無碍にした俺への復讐に来た、って所か?」

「まさか、感謝はしても復讐なんて考えないわ。でも、貴方に認められたい。恩を返したい。そして……愛されたい」

 フェルテンは笑った。なんとも奇妙な状況だったが、控え目に言っても美人な女性にこう言われて、嬉しくない男は居ないだろう。

「男として嬉しい事言ってくれんじゃねぇか」

 フェルテンのその言葉は、虎の尾を踏んだのと同義だったのかもしれない。ユリアは目を見開き、淫靡さに蕩けた表情を浮かべた。

「あぁ……やっぱり……。貴方に少しでも喜んでもらえて確信したわ。私、貴方の全てを手に入れたい。だからこの魔剣を手に入れ、強くなれた、今……」

 ユリアはその手に握っている、明らかに尋常ではない力を宿した剣を、数度軽やかに翻す。

「貴方と剣を交え、力づくでも手に入れてみせる」

 また、夜風が辺りを吹き抜け、お互いの髪を揺らした。淫靡な笑みを浮かべたユリアの雰囲気がみるみる内に変わっていく。ユリアの放つ気配は、まさしく剣士のそれであった。

「ケラケラ笑うだけかと思ったら……ちゃんと"剣士"出来るんだな」

 フェルテンが斧槍を構え、腰を低く落とし、全身全霊で目の前の相手を警戒する。お互いの視線が絡み合い、切り抜かれた絵画のように二人が静止していた。



 ――その静寂を破ったのは、長年待ち侘びたのであろう獲物を目の前にしたユリアだった。

 目にも留まらぬ速さで地面を蹴ったユリアは、地面から巻き上がる塵埃を背後に置いてけぼりにする。次の瞬間にはフェルテンの眼前に迫っており、その魔剣で斬りかかった。

 初撃を斧槍で弾いたフェルテン。しかし、驚くべきはその速度で繰り出した一撃の後、まだまだ余裕を残していたユリアの力、そして技だった。まさしく魔剣の魔剣たる由縁を身を以て体感し、冷や汗がこめかみを伝う。

 その後も息つく間もなく、様々な方向から軽やかに、それでいて力の籠もった斬撃がフェルテン目掛け振り下ろされる。一撃一撃の後、くるりと回ったり、半歩横へステップを交える事で対応をより困難としていた。そして何より、剣舞のようなその動きは、目を奪われてしまう妖艶さすら秘めているのが空恐ろしかった。

 フェルテンは早速防戦一方に追い込まれた。一歩、また一歩と後退しながら、斧槍の刃を巧みに相手が振りかざす剣筋に合わせていく。
 次の瞬間、ユリアはぐっとフェルテンへ接近すると共に、身を大きく屈ませた。元より身長差の激しく開いた二人においては、ユリアが屈むだけで、フェルテンからすると視界から彼女が消えたように錯覚してしまう。
 足元に迫ったユリアをフェルテンが視界に収めるとほぼ同時か、剣の切っ先をフェルテンの顔面へ向けながら、全力でユリアは真上へ跳躍した。

「あっ……ぶねぇ!」

 奇想天外な動きと、その攻撃の残酷さに面食らってしまうフェルテン。持ち前の動物じみた反射神経で、咄嗟に上半身を後方へ反らす事により、真下から迫った剣の切っ先を回避した。
 顎先を掠め、剣が眼前を通過する。その後、跳躍したユリアが次いですぐ目の前に現れた。ユリアは全く揺らがない視線でフェルテンを、ともすれば愛おしそうな目で見つめている。

 無理を利かせて上半身を反らしてしまったせいで、次の回避・防御行動にはすぐ移れない。少しでも力を抜けば、このまま後方へ倒れてしまいそうですらあった。一方、ユリアは跳躍した状態のまま、まだ余力が残っている……。

 まずい。フェルテンがそう思った瞬間には、中空に居るユリアが剣を横へ一閃していた。剣筋は、胸元辺りで斧槍を構えていた両手を捉える。フェルテンの指に、熱い感覚が走った。

「まずは……指ぃ!♥」

 ユリアは事もなげに着地しながら、嬉しそうな声音で告げる。フェルテンはよろよろと後退しながら、自身の指を見やった。
 仲間達の身体にあった、例の赤い傷のようなものが指に浮かび上がっている。斬られて初めて分かるが、"魔力の傷"はむず痒くなるような熱を持ち、身体の魔力がそこから流れ出ていく。物理的には無事だったとはいえ、実際の刃なら、何本か指を斬り落とされているのは間違いない。だからか、物理的に斬られた時と大差ない程、指は動かせなくなっていた。

「私……雲の上だと思っていた、貴方相手にここまで戦えてる……」

 ユリアは感極まっているのか、はたまた戦いの熱に浮かれているのか、剣を握る指が震えていた。

「どう? フェルテン……私の事、欲しくなった?♥」

 対するフェルテンは、唾を地面に吐き出し、手の平を開いては握りを数回繰り返した。

「……いや、まだまだだな。全然、駄目だ」

 完全に意地だった。客観的に見ても、今の打ち合いを見ればユリアの実力は明白……しかし、フェルテンは意地でそれを認めたくなかっただけだった。
 ユリアはそんなフェルテンの意地を見て、舌なめずりをする。まるで、今からもっと分からせてあげる、と言わんばかりの意地悪な笑みだ。

 ユリアはフェルテンの右手側へ回り込むように移動した。未熟な戦士なら、あまりの速さに消えたと錯覚するような、機敏な動き。

 だが、フェルテンの意地は、これ以上相手の好きにさせる事を許しはしなかった。

 ――キンッ!

 回り込もうとしたユリアを正確に斧槍の穂先が突いた。鋭い槍があと一歩でユリアの胴体を貫こうとするが、ユリアは剣でそれを弾く。
 その後、ユリアは再度距離を詰めようと前へ進み出るものの、今度は斧槍の斧が薙いで進路を阻んだ。

 何度か接近を試みるも、フェルテンがそれを許さない。まさに、剣の得意な間合いを潰すように、斧槍を振るっていた。
 ユリアの素早さも、力もずば抜けている事を十分理解したフェルテンは、ユリアの好きにさせないよう機先を制し続ける事を選んだのであった。

 上手く手綱を握るように、ユリアの一歩先に斧槍を滑らせていく中、不意を狙った一撃か、フェルテンが唐突に強烈な突きを繰り出した。
 ユリアは半歩横へ移動し、愚直なまでに真っ直ぐ突かれた斧槍を、後方へやり過ごす。この好機を逃すまいと、斧槍を突き出した格好のまま固まっているフェルテンへ、ユリアが剣を構えて猛進した。

「焦らされた分食いつきがいいな!」

 フェルテンは後方へ跳躍し距離を稼ぎつつ、待ってましたと言わんばかりに、突き出した斧槍を全力で引き戻す。今まさにフェルテンへ迫るユリアの背後から、斧槍の斧にあたる刃が迫った。

 ユリアはこの時点でフェルテンの狙いに気づくも、あと一歩の所で反応が遅れた。身を捩らせるも避けきれず、斧槍の刃がユリアの腕を大きく、鋭く斬りつける。

「……ッ!」

 ユリアは小さく呻き、一旦体勢を整える為に脇へ飛んだ。が、フェルテンはここぞとばかりに畳み掛ける。

 思い切りフェルテンが地面を蹴り上げた。そのつま先が鋭く地面を抉り、土塊がいくらかの砂と共に扇状に広がり、ユリアへと降り掛かる。なまじ反応速度が早い為か、ユリアは相手の動きを見定める為に降りかかる土塊をよく見てしまっていた。

「ちょっと、こんなのって……!」

 多量の土塊と砂を目に入れてしまい、たじろぐユリアは、不満げな声をあげてよろめいていく。

「御前試合かなんかだと思ったか!?」

 フェルテンが斧槍で袈裟斬りを繰り出す。太刀筋はユリアの胴体を斜めに、確実に捉えた。
 魔剣の力によって生み出されたのだろうか、見たこともない奇妙な金属鎧が斬撃の大半を防いだものの、かなりの有効打がヒットしたという手応えをフェルテンは感じ取った。

 だがユリアも負けていない。目が一時的に塞がれていながら、恐るべき正確さで剣を振り上げ、フェルテンが振り下ろした後の斧槍を弾き飛ばす。とてつもない怪力だった。予想以上の力に対応出来ず、筋骨隆々とした肉体のフェルテンの手から、斧槍が離れ、飛んでいく。

 フェルテンはその反撃に臆せず、突進した。手で目を拭い、ようやく視界を取り戻さんとしているユリアの眼前に迫り、そして篭手でユリアの顔を殴りつけたのだった。

 その衝撃たるや、ユリアが後方へと吹き飛ぶ程。すぐに受け身を取って立ち上がったものの、ダメージが大きかったのか、ユリアの足取りは覚束ないように見える。
 そして、フェルテンへ向けるその整った顔の鼻から、血がたらりと流れ出ていた。

「……女の子の顔、そんな容赦なく殴りつけられるものなの?」

 ユリアは鼻血を手の甲で拭いながら呟く。

「おいおい、そんな事気にするタマか?」

 中空へ放り出された斧槍が、回転しながら落下し、フェルテンの傍にザクリと突き刺さる。
 一方で、ユリアはフェルテンのその言葉に、恍惚とした笑みを深めた。

「剣士だもの、もちろん答えは『いいえ』よ……むしろ全力で戦ってくれてる事が嬉しいし、何より……そんな容赦のない貴方が、好きぃ……♥」

 フェルテンはユリアの様子を見て、呆れを通り越し、背筋に冷たいものを感じた。

「ここまで来ると流石に笑えねぇ……ん?」

 フェルテンはここでふと、違和感を覚える。ユリアの手元に、魔剣が見当たらないのだ。
 周囲へ素早く視線を走らせるも、見つからない。一体どこに――

 ――ザクリ

 突然、フェルテンは自分の身体のど真ん中から、尋常ではない"熱"を感じた。それもそのはず。胸元を見やると、今しがた探していた魔剣の姿がそこにあったからだ。
 文字通り、魔剣の刀身が胸元から生えていた。まるで、見えない誰かが背後から剣を刺したように……。

「グッ……これは……?」

 フェルテンが震えながら呻き、目の前に居るユリアへ視線を投げかける。ユリアは溢れる鼻血を抑えながら、笑った。

「私の魔剣はね……ある程度なら、魔力を用いて動かす事が出来るの。驚いた?」

 まさか、そんな芸当が出来るとは……。フェルテンは心の中でごち、予想の上を行く相手の技を褒めつつも、心底呪った。

「正々堂々、斬りかかってきやがれ、クソ……」

「貴方も言ってたじゃない、『御前試合かなんかだと思ったか』って♥」

 『それはそうだ』と、相手の切り返しに納得するフェルテン。そう言いたくても、思うように言葉が紡ぎ出せなかった。
 フェルテンは、まるで血液が傷口から溢れ出していくように、大量の魔力が流れ出ていくのを感じた。やはり、物理的な傷の重傷度合いに比例し、魔力の傷も効果が強まるようだ。胸元を貫かれてしまえば、もはや動く事もままなるまい。

 もはや万事休すか―― そう思った矢先。フェルテンの腰にぶら下がった、ランタンに灯った炎が、激しく燃え上がった。まるで油を振りかけたかのように火力が増し、周囲が橙色の光で照りつけられる。

 すると、フェルテンの身体の奥底から、突如活力が湧き起こった。胸元の傷口より大量の魔力が失われていくそばから、得たいの知れない"活力"が入れ替わるように補充されるような感覚だった。

 フェルテンは獣のように吠え、ユリアに突進する。突然の出来事に呆気にとられたユリアは、フェルテンを避けきる事が出来なかった。
 体勢を低くしたフェルテンはユリアにタックルを叩き込む。胸元から生えた剣が、ユリアにも突き刺さった。それだけに留まらず、フェルテンはそのまま暴走した牛のような勢いで突き進む。

 ドンッという音が旧街道に響き渡った。力を振り絞ったフェルテンの突進は、ユリアの後方にあった樹木にぶつかる事でようやく停止した。
 ユリアはタックルの衝撃と自身にも突き刺さった魔剣によって、目を細め、呻いた。フェルテンに両腕ごと胴体をガッチリと抱え込まれながら、ユリアは宙ぶらりんの足を揺らしている。

「なんでまだ動けるの……? そのランタンは……?」

「これ、か? これは"魔法のランタン"だ。俺はそう呼んでる。ピンチになった時にゃ……いつもこんな風に力を与えてくれんだ」

 フェルテンは大真面目にそう、語った。ユリアはジッと、その腰元で燃え上がり続けているランタンを見下ろす。次いで、何か言いたげな顔でフェルテンを見た。

「"魔法のランタン"ってそれ本気で言ってるの?」

 フェルテンは答えない――答える気力も惜しかった――。代わりに、ユリアを抱え込む両腕へ更に力を込めた。フェルテンの顔は、ユリアの胸元付近にある。少しでも拘束を緩めてしまい、ユリアの腕を自由にしてしまおうものなら、手痛い反撃をもらう事は目に見えている。

「あぁっ……♥」

 いわゆる鯖折りのような状態になり、フェルテンの豪腕で締め上げられているユリアは声を上げた。しかし、それは苦痛の声、というにしては、些か艶めかしさが多分に含まれすぎている。

「待って……貴方の顔が、私のすぐ近く……胸元にまで……♥」

「やめろ……色っぽい声なんぞ出すんじゃねぇ」

 その艶のある声を聞いていると、ユリアに与えられたフェルテンの傷が妙に疼く。熱をもち、脈打つようなその感覚は、言い表すのならば、"興奮"だった。

 苦しさや、痛みどころか、むしろ気持ちよさすら感じる。戦いの熱にあてられでもしたのか、はたまた別の何かか……。体験した事のない経験に、フェルテンは戸惑っていた。

「貴方が私に触れる度、強く抱きしめる程、暖かい気持ちが溢れてくる……♥ 私、人を斬って快感を覚えていたけれど、これはそれくらい……いえ、それ以上に……♥」

 ユリアの興奮が、フェルテンに伝播する。魔剣によってお互い貫かれているせいか、ユリアの情欲が、まるで剣を通じてフェルテンに流れ込むようだった。
 そして、ついにユリアは我慢の限界を越えたようだった。

「フェルテン、お願い……私を抱いて」

 ユリアは真に縋るような声音である。切ない、ねっとりとした感情の伴う言葉にフェルテンは驚き、狼狽えた。

「てめぇ、さっきまで斬り結んでいたのに、何を……」

「こんなの初めてなの。もっと私に触れて……♥ 髪を、顔を、身体を……全部……!♥」

 熱に浮かされた頭が、霞がかったように感じられる。フェルテンは何故か上手く働かなくなり始めた理性を手繰り寄せようと尽力するが、長く保てそうにはなかった。
 次の瞬間、ユリアは魔剣を操り、二人を貫いていた刀身を抜き去る。その引き抜かれる衝撃で、またもやフェルテンの中で快感がドクンと脈打つ。一瞬、ユリアを抱きかかえる両腕の拘束が緩んだ。

 その隙を見逃さず、ユリアが自身の両腕をするりと引き抜き、フェルテンの頭を掴む。ユリアの両足も、フェルテンの背中へと回し、ガッチリと絡め取った。
 そして、ユリアはフェルテンの顔を上へと向け、おもむろに口づけを交わした。

「はむ……っ♥ ちゅ……れろ♥」

 ユリアの貪りつくような口づけに、フェルテンは抵抗出来ないでいた。戦いで汗ばんだ彼女の身体の匂い、艶のある声、魔剣によって与えられた傷が生む熱……それらが全て相まって、正常な思考が出来ない。
 ユリアの身体を抱きかかえてはいるものの、既に締め上げる程の力は込められておらず、むしろユリアの脚と手でホールドされてしまってさえいた。

 ユリアの舌が遠慮なく差し込まれ、自身の舌と絡み合っていく。どれだけ焦らされ、待ち侘びればこれ程貪欲な口づけが行えるのかと言わんばかりの、貪るような口づけだ。

「すごい……♥ 愛した人と触れ合うのが、こんなにきもちいいなんて……♥ 早く、もっと早く会いたかった……味わいたかったぁ……♥」

 ようやく口づけが終わりを告げる。互いの口に、月光の光を反射する銀の架け橋が出来上がり、ゆっくりとたわんで途切れた。

「フェルテン、お願い……私にもっと触れてよぉ♥ そして……抱いて……!」

 ユリアが紅潮した面持ちで、ねだるように声を紡ぐ。それに合わせるようにして、彼女が着込んでいた金属鎧が形を変えていき、まるで波が引いて砂浜を露わにするようにユリアの肌を露出させていった。

 だが、フェルテンも混乱の最中、視線が覚束ない中、自身の内に残った意地を張り続ける。

「まだ……戦いは終わっちゃいない……」

 ユリアが狂ったように返す。

「もう私の負けでいいからぁ!♥ ね?♥ 私に触れて、抱きしめて、愛してぇ……!♥」

 いつも通りであれば、そんな言い方をフェルテンが認める訳がなかった。はっきりと勝敗を決しようとしていたはずだった。が、今のフェルテンにとって、その言葉は救いでもあった。
 もはや限界にまで高まった情欲が、はちきれんばかりに溢れ出そうとしている。獣のように、目の前のユリアを味わいたいと本能が叫んでいる。
 最後に残った矜持を手放す理由を与えられたフェルテンは、鎧が消えてあらわになった胸へと、ごつごつしたその手を伸ばした。

「んあっ♥ 貴方の指にさわられてる……♥」

 ただ胸を揉まれただけで、ユリアの表情は一段と蕩けたものになる。程よいサイズの胸が、フェルテンの荒々しい指によって形を変える。
 そして、同時に今度はフェルテンからの口づけが行われた。相手からされる口づけは自分から行う口づけと一味違うのか、ユリアの焦点は合わず、夢見心地のようだ。

 口づけをされながら、胸を揉まれ、身体を触られる。それだけで、どんどんと息が荒くなるユリア。

「わらひの舌……すっへぇ……♥」

 ユリアからの提案に、フェルテンは応える。口内で力なく差し出された舌を、フェルテンが強く啜った。その途端、ユリアの身体が全体的に小さく痙攣する。

「おいおい……これで気をやったのか?」

「だっへぇ……♥ 触られてうれしいし、キスもうれしいんだもん……♥」

 何の含みもない、実直で純真無垢な感想を、とろんとした瞳で話すユリア。その様子に、フェルテンは激しく性欲を駆り立てられた。

「もう満足しきるまで終わらねぇからな……」

 木にユリアの背中をもたれかけさせながら、フェルテンはベルトを外し、既にいきり立った肉棒を取り出す。恵まれたフェルテンの体格に見合った、とても立派なサイズのモノだった。
 それを見て、ユリアは思わず息をのむ。

「すごい……こんな大きな剣を隠し持ってたのぉ……?♥」

 フェルテンの怒張した陰茎は、時折脈打って震えている。ユリアをもう一度抱え直し、挿入の角度を調整した。
 一方のユリアは、心臓の鼓動が強まりすぎて、傍にいるフェルテンの耳に入る程、興奮している。今か今かと、自身に挿入されようとしている陰茎を見つめていた。

 ――そして、遂にユリアの中へとその怒張が挿入された。

「〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!♥」

 ユリアが声にならない声をあげる。同時に、フェルテンにも、尋常ではない快楽がもたらされた。差し込んだ途端、まるでその形にフィットするようにユリアの中がうねり、形状を変える。窮屈で、圧力が強く、膣内全てで陰茎を味わおうとしているかのようだった。

「……あなたのモノ、すっごく太い……♥」

 ユリアがうっとりとしながら、フェルテンの首へ改めて両腕を回す。一方で、しっかりと挿入が出来たのを確認したフェルテンは、遠慮もせず激しいピストンを始めた。

 フェルテンの陰茎が深く、強く自分の膣内を行き来する快感で、ユリアは大きく背筋を反らす。そのままフェルテンへ身を委ねながら、舌を突き出して快楽を味わっているようだった。

「あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥」

 ピストンのタイミングに合わせて、ユリアから喘ぎ声が絞り出される。フェルテンも、ユリアの締りのいい膣がもたらす快楽と、扇情的なユリアの様子を見て否応なく興奮を高めていく。

「すきなだけっ♥ わたしを味わってっ♥ でも、できれば、身体をもっと触って……♥」

 ユリアの切ない声によるおねだりに、フェルテンが応えた。絹のような触り心地をした白い肌を太い指が這っていく。ただそれだけで、ユリアの締りが強くなり、時折身体が小さく痙攣した。
 フェルテンのピストンが更に強さを増す。

 ――パンッ、パンッ

 フェルテンの鍛えられた身体から繰り出されるピストンが、激しくユリアに叩きつけられる度、ユリアの尻が波打つようにして揺れた。

「なんて気持ちよさだ……」

「気持ちいい?♥ わたしで気持ちよくなれてる?♥」

 思わず呟いたフェルテンの言葉に、耳聡くユリアが反応する。強烈に腰を叩きつけられて、全身がその度に揺れながらも、その答えをどうしても聞きたいようにフェルテンへと視線を送り続けていた。
 フェルテンは「あぁ、かなりな」と返すと、ユリアは「幸せ……♥」と瞳を潤わせた。

「わたし、剣なのに……♥ あなたの剣の、鞘にされちゃってるよ……♥」

 フェルテンの興奮は最高潮に達する。腰の速度が早まり、呼吸が荒くなる。それを感覚で察したのか、ユリアが膣内をうねらせるように動かした。

「膣内に……おねがい、膣内にあなたのが欲しいのぉ……♥」

 ユリアの懇願に、フェルテンの理性は欠片も残さず溶かされた。精を解き放つ瞬間、全身を押し付けるようにして前へ進み出る。フェルテンと木の間に挟まれながら、陰茎を根本まで挿入されたユリアは、フェルテンの両腕で抱きすくめられて幸せの絶頂に至っていた。

「あ、あ♥ イく……♥」

 あまりの快感に、泡のような言葉を漏らすユリア。放心一歩手前のような表情で、脈動を繰り返す肉棒を最奥にまで入れられ、ただただ出される精液を感じ取る事が精一杯のようだった。

 フェルテンは最後の一滴まで全てユリアの中で出し切り、深く息を吐いた。驚くべき事に、ユリアの中から溢れ出る程の精液を放ったというのに、まだ肉棒は萎えていない。今度は後ろから挿入しようと、生まれたての子鹿のようになっている、虚ろな瞳のユリアを降ろした所……。

「なんだ? 身体に力が入らねぇ」

 がくりと膝をつくフェルテン。よく見ると、腰のランタンから炎の輝きが失われていた。炎が弱まったどころか、フェルテンが今までに見たこともない程の小ささまで、炎が小さくなっている。
 途端に、魔力が一瞬で外へ流れ出た。糸の切れた操り人形のように、斬られた指も、貫かれた胴体も、全て思い通りに動かす事が出来ない。

「はぁ♥ はぁ♥ すごかった……。……あれ、フェルテン……?」

 ユリアはフェルテンの希望をしっかりと察したのか、木に手を当てて、後ろから入れやすいように尻を突き出そうとしていたものの、背後の異常に気づいた。振り返ると、膝をつくフェルテンが視界に入る。

「クソ、時間切れみたいだな……。もっと楽しみたかったんだけどよ」

「時間切れって……」

 ユリアはランタンを一瞥した。フェルテンも詳しくは知らない、この"魔法のランタン"について、ユリアは何かを知っていそうな面持ちをしていたが、今のフェルテンにそれを尋ねる余裕も、気力もありはしなかった。
 一方でユリアは、フェルテンの傷の具合を改めて確認し、その酷さで、あれ程動けていた事に呆れを通り越して、感心していた。

「というか……本当に重傷ね……。続きがしたいなら、また今度にしましょ?♥ これからは、仲間になった私がいつでも傍に居るんだし」

 情緒不安定そうな、例の雰囲気がガラッと変わったユリアは、先程まで見せていた剣士としての圧力や気配はどこへやら。非常に穏やかな様子で、鈴を転がしたような声でそう話した。
 その変貌ぶりに驚きつつも、"仲間"という所でフェルテンは強く反応する。

「仲間……? お前、まだ俺の仲間になりたいって腹積もりかよ」

「当たり前でしょ! 私、貴方を追ってここまで来たのよ?」

 既に仲間になった体で話すユリアに、大きなため息をつくフェルテン。傷のせいで、もはや身体を動かせない為、身体を地面に横たわらせながらかぶりを振った。

「良いか、俺達は盗賊だ。犯罪者の集まりって訳だ。分かるな?」

 ユリアはフェルテンの傍に座りながら話を聞き、コクコクと頷いている。

「わざわざそんな連中の集まりに入らなくても良いじゃねぇか。俺が仲間にしてるのは、本当に行き場のねぇ、どん詰まりの奴だけなんだよ。お前は剣の腕もあるし、五体満足。どこにでも道はあるし、なんでも出来らぁ」

「でも、フェルテンはここにしか居ないわ」

「……」

「フェルテンは私の事、好きじゃないの?」

 思わぬ反論に、フェルテンは言葉に詰まった。

「……あんな熱烈にアプローチされて、気持ちよくされて、嫌いにゃならねぇさ。むしろ……好きだ」

 その言葉に、ユリアは瞳を潤ませる。まるで念願叶ったような、様々な想いが込められたような、そんな複雑な感情が表情の上で目まぐるしく表れていく。

「フェルテン……♥」

 しかし、一方でフェルテンはため息をつく。

「だが、だからこそ……こんな事に関わらせたくねぇんだよ。俺達は人だって、必要に迫られれば平気で殺すんだぜ。よく考えろ」

 そう言われ、ユリアはフェルテンに向ける目を細め、スンスンと匂いを嗅いだ。

「……変ね。フェルテンったら、"死のニオイ"がほんの少ししか感じられないわ。最後に人を殺したのっていつ?」

「死のニオイってなんだそりゃ?」

「文字通りよ。私、この魔剣のお陰が随分と嗅覚が鋭くなって……魔力とか精とか、そういったものも分かるようになったの」

「……」

 またもや、フェルテンは言葉に詰まった。手品のような芸当をこれでもかと披露されたのだ、今ユリアが言ったような特技も、あながち嘘ではないのかもしれないと思ってしまう自分が居る。

「貴方の言いたい事は分かるわ。でも、私ここまでなりふり構わず、貴方の傍に居たいと思って頑張ってきたの。もう、行き場なんてないに等しいのよ」

 ユリアが、波のない湖面のような落ち着いた瞳で、まっすぐとフェルテンを見下ろしつつ、そう話す。

「……それに、私強かったでしょ?」

 ユリアはにっこりと微笑む。「一応、負けちゃったけど」と小さく付け加えた。

「あぁ〜あぁ〜 もう、分かったよ!」

 フェルテンは遂に根負けした。どんな事情があれど、仲間達を攻撃したのは許せなかった。しかし自身の紛れもない"愛"をここまで貫き通し、熱く語られては、情状酌量しようという気持ちにならざるを得なかった。それに何より、底辺の道を歩んできた自分に、ユリアに偉そうな説教を垂れる事自体、おこがましいのかもしれない……と、フェルテンは思った。
 降参の意を示す為、両手の平を上げようとしたが、傷のせいで全く動かせなかった。しかしその言葉を聞いて、ユリアは唇をわななかせた後、横たわるフェルテンの身体へ勢いよく飛びつき、抱きついた。

「やった〜〜っ! やっと認めてくれた! 私、貴方の助けになるよう頑張るから、期待していてね。貴方の剣にもなるし……鞘にもなるから♥」

 ユリアは心から嬉しそうに、喜色満面の笑みを浮かべた。そして、最後には背筋が凍る程淫靡な笑みも。

「……それは嬉しいんだがな。俺が理性を吹き飛ばしちまったせいで、放ったらかしにした俺の仲間達を助けにいってやってくれねぇか?」

「はーい!」




 ――こうして、『餓狼』にカースドソードのユリアが加わる事になったのだった。


21/08/05 18:04更新 / 小藪検査官
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■作者メッセージ
こんな自分が書くバトルモノのSSに需要があるのか本当に疑問ですが……そもそもこのメッセージが読まれる事があるのか……。しかし、カッコいい魔物娘の戦闘描写が書けて、個人的にはとても楽しかったです。
あと「こんな大きな剣を隠し持ってたの?」と「わたし剣なのにあなたの剣の鞘にされちゃってる」というセリフをカースドソードに言わせたかったんです。言わせられました。嬉しかったです。
お付き合い頂いて本当にありがとうございました。

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