連載小説
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着ぐるみの活用方法
山田利一は、困惑していた。
目の前には可愛らしい熊の“着ぐるみ”を着て、悶絶する妻の春代がいた。
「おぎゃぅ…♡おっ♡ふぐぅ…♡」
その中から、言葉にならない、低いうめき声が聞こえてくる。
発情した動物が発するような声をあげ、釣り上げられた魚のように悶え、床を転がるその姿を呆然と眺めながら、こうなってしまうまでのいきさつを思い浮かべた。

「え、保育園の手伝い?」
「確か旦那様はお休みやったと思うし、もしよければ手伝ってもらえへんかなあと思って……どうやろうか?」
数日後の、祝日でもある土曜日。
春代が勤める神社が経営する保育園で、文化祭を兼ねたお楽しみ会が行われるそうだ。毎年この時期に行われるその会はなかなか盛況で、普段保育園には関っていない春代たちも助っ人にと声をかけられる。我が子の晴れ舞台を一目見ようと来場する保護者や、イベントを楽しもうと集まる近隣の住民で賑わう、一種のお祭りのようなものだ。
「えっと、僕は何を手伝えばいいの?」
「……着ぐるみ」
「え?」
「そのぉ、熊の着ぐるみを着て、風船やなんか配るんをお願いしたいやけど……」
申し訳なさそうに、上目遣いでこちらを見つめてくる妻の可愛らしさに気が散漫になってしまいそうになるが、なんとか意識を話へ集中させる。
「実はもともとその役をするはずの一人もんの男の子がこの前、なんでもチェシャ猫に突然拉致されて参加できんようになったらしゅうて、どうにかできんやろうかって相談されたんよ」
「なるほど」
「やからもし、旦那様がよければ手を貸してもらえんやろうかって思うて……」
「春代のためなら、一肌脱ぐのも吝かじゃないけど……今まで着ぐるみを着たこともないし、どこまでできるかわからないけど、それでも大丈夫?」
「うん。夢の国のねずみさんたちみたいなプロフェッショナルやのうて、風船やお菓子配るだけやから、そんなに難しいことはないっていうてたから」
「なら、予定もないし、困ってる春代を手伝えるなら喜んで」
「ホンマ!?」
それまで浮かべていた表情から一変して、晴れやかな笑顔が春代の顔に弾ける。
「ありがとう旦那様、ほんに助かります」
「あ、でも……着ぐるみの体形とかが合わなかったりしないかな」
「それは心配ご無用」
「どうして?」
「その着ぐるみは特殊な技術で作られた特製らしゅうて、着る人の体格に合わせて変化する上に、うちらみたいに足が無い種族でも問題なく使える代物なんやって」
「ならなにも問題ないね」
そういうことで、利一は初めて着ぐるみを着ることになったのだった。

そして当日。

子供たちの楽しそうな声が響く秋晴れの空の下。
手を振ったり、お菓子や風船を渡したり、写真に写ったり、抱き付いてくる子供を適当にいなしながら仕事をこなす。
初めてきた着ぐるみは、想像した窮屈さなどはなかった。魔物娘由来の技術や素材が使われていることもあり、市販されているものとは比べようもないのだと、数年前から色違いの熊の着ぐるみを着ているという男性から教えてもらった。
(それでも、やっぱり暑いなあ)
だが、やはり着ぐるみの中は蒸す。
いくら秋めいた過ごしやすい季節とはいえ、身体をうごかせばその分、着ぐるみの中に熱が籠ってしまう。背中を汗がつたい、脇がじっとりとしめる。この季節でこれなのだから、夏は本当に大変なのだろうなと実感しながら、利一は与えられた役割を全うすべく奮闘し、無事にそのイベントを終えた。

そしてその日の夜。
夫婦の寝室で何故か、一日利一が着ていた熊の着ぐるみを、春代が抱えていた。
「え、どうしてうちにその着ぐるみが?」
「いやあ……そのぉ」
まだ今日は特にボディタッチもしてないというのに、頬を真っ赤に染め、艶っぽい声で春代が答える。
「クリーニング前にせっかくやから楽しんでって園長先生に言われてぇ」
「え、楽しむ?」
「ま、前から少しだけ、ほんの少しだけ興味もあったしぃ、せっかくやからお言葉に甘えて借りてきたんよぉ……」
「……どういうこと?」
何を意図しているのかよく分からず聞き返すと、春代は目を反らしもじもじと身を捩りながら言葉を続ける。
「いつもしてあげるみたいに、う、うちも旦那様に包まれてみたいんやもん」
「え?」
「この着ぐるみを使えば、ラミア種の魔物娘が夫を全身で包み込む、その疑似体験を出来るって前々から聞いてたんで、それをやってみたいんよ!!」
顔を真っ赤に染め乍ら、春代が答えた。
「やから、うちが着ぐるみに入った後、ぎゅうって着ぐるみの上から抱きしめてください♡」





············





着ぐるみに入った春代は、強烈な刺激で悶絶していた。
日中、汗をかきながらずっと利一が入っていた着ぐるみ。
クリーニングしていないその中は、汗と匂いが充満している。
誰よりも愛してやまない、最愛の夫のフェロモンが濃く満ちた密閉空間に、魔物娘がその身を投じてしまえばどうなるか。それは火を見るよりも明らかだ。
猫にマタタビを与えるようなもの。
全身をくまなく夫の匂いや汗に包まれた瞬間から、身体が熱く火照る。子宮が痛いほどドクドクと脈打ち、喜びに震えた。そしてそれに伴うように女陰は愛液で湿り、クリトリスと乳首が固く勃起する。身動ぎするその刺激だけで甘イキを何度も繰り返し、止めようのない絶頂への連鎖をその身に刻んでしまう。
「じゃ、じゃあいくよ」
そんな中、躊躇いがちに声をかけながら、利一が着ぐるみを抱きしめてきた。
数えきれないほど抱かれたその腕で、着ぐるみの上から抱きしめられた瞬間、春代はまるで性行時のようなエクスタシーを感じてしまう。言葉にならない絶叫を迸らせながら、同じ白蛇である保育園の園長先生が恍惚として語っていたことを実感する。
「普段、私たちが全身で旦那様を抱きしめてあげるととっても幸せな顔をしてくれるでしょ?」
「うち、あの瞬間、すっごい幸せやなあっていいつも思います」
「私も。あのとろっとろに蕩けた顔を見ると、ああラミア種でよかったあって思うよねえ」
「うんうん」
「それを、体験してみたくはない?」
「え?」
「体の全てを旦那様に包まれる、そんな夢のような体験をしてみたいでしょう?」
「それは……」
「実は着ぐるみの代役を探していてねえ、せっかくだから同じ幸せをあなたにも体験してほしくって♡」
「……うぅ」
「旦那様に全身を愛される夢みたいな時間をすごしてみたいでしょう?」
悪魔のように嫣然と微笑んだ園長先生の、笑顔の本当の意味を、春代は今、実感していた。

心の中で幸せが弾ける。
ふわふわと空に浮かんでいるような解放感。
頭の先から尻尾の先まで、その全てを愛しい夫に包まれ抱きしめられることのなんと幸せなことか。
それは普段セックスで感じるものとは別種の、素晴らしい幸福感。
人間の姿をした上半身だけではなく、蛇の下半身を使い愛しい男を抱きしめる。
一度捕えた雄を二度と手放さないと言わんばかりにその蜷局で、かき抱く。
その行動はラミア種の本能とも言うべきものだろう。
当然、春代も利一と初めて結ばれた時から実践してきた。
その度に、蕩けきった表情を浮かべこちらを見る夫の姿にどれほど幸せを感じてきたか分からない。
だが、今日初めて、する側からされる側になってその表情の意味を理解した。
これは堪らない。
匂いや体温、その全てが愛おしい。
全身を弛緩させ、愛する人へその身をゆだねることのなんと尊いことか。
そんな底なしの多幸感に、春代はどこまでも溺れていったのだった。

その後、これまで以上に熱のこもった抱擁を春代が交わすようになったのは言うまでもなかった。


21/11/01 09:00更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
随分前ですが、一度着ぐるみに入った経験を元に書いてみました。
現実の着ぐるみは…ただひたすら大変ですよね(笑)。
でも図鑑世界ならばそれさえもプレイの一環というか幸せの糧へと昇華できそうだなとネタにしてみました。
嗅覚の優れた獣人や魔獣な魔物娘さんだとまた違ったテイストでかけそうですが、ラミア種が逆に全身を抱き締められるという展開を書いてみたかったので短いですが形にしてみましたがいかがでしたでしょうか。

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