連載小説
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先輩と怪獣
「ドラゴンはいつもの姿からお伽噺に出てくるような竜の姿に変身できる……というのはよくある豆知識だが」
「そうですね。一回も見たことないですけど」

 先輩は映画情報雑誌を机に広げ、菓子を頬張りながら話を振ってきた。
 雑誌の一面にはやっぱりあの映画が大きく掲載されてる。
 つい昨日の日曜日、先輩と見に行ってきたばかりだ。先輩、ああいうの大好きだよな。

「もしかすると、ドラゴンの吐く炎も同じようにプラズマ化できるのかもしれない」
「……あの子たち、体内で核分裂してるようには見えませんが」
「しないかな、核分裂」
「旦那さんたちが偉いことになりますよ」

 霞食いながら生きてるようなのに押し倒されたら確実に死んでしまうでしょうが。

「実際のところ、ドラゴンやワイバーンたちが今の姿じゃなかった時代はどうだったんだろうな」
「どう、っていうと?」
「後輩もロマンを感じないか?殺伐としたファンタジー世界でワイバーンが飛びオークやゴブリンが暴れ、それを人間が弱い力を結集して打ち倒していくんだ」
「先輩ってちょっと影響されやすすぎませんか」

 先輩だってファンタジーだろうに。自分の角とか蹄とか見てくれ。

「そもそも古来から人間の強みは団結力と社会性だと言われてるんだ。武器の素材をもたらすもの、武器を作るもの、それを売るもの、買うもの、それらに食料を売るもの、食材を作るもの。需要と供給、という合理的な分配にも私はロマンを感じるね」
「ね、熱が入ってますね……」
「そりゃ入るだろう。あの映画は本当に興奮したし感動したんだ。敵わない敵の登場、蹂躙される人々、不和がありながらも一致団結、そして倒す。物語の定石をあそこまで魅せられてはな」

 これが本当のGショックってやつか……。
 昨日から明らかに先輩のテンションがおかしい。ちょっと引くレベルだ。
 確かに良い映画だったとは思うけど、まさか先輩がここまで熱中するなんて。

「なあ後輩、今日のレイトショーもどうだ」
「は?」
「レイトショーだよ。また見に行こう。いや、毎日見に行きたい。毎日絶望したい」
「ええ……」

 先輩が目をキラッキラ輝かせながら迫ってくる。こわい。

「そんな、映画って何回も見るようなもんですか……?」
「何回も見るようなものだろう?映画に限らず、漫画や小説だって読み返すものだし、アニメやドラマも録画を見返したりするじゃないか。そういうものだよ」
「だからって毎日は……」
「いいや、毎日だ。グッズだって買うぞ。映画を何度も見ない後輩的には、過去の系列作品をレンタルしてきて一緒に見るほうがいいかもしれないな」
「ああ、そっちのほうが良さそうですね」

 良かった。まだ先輩は冷静だった。

「となると、私の家に住み込んでもらわないと。寝るまでの時間はずっと作品を見て、その後は寝ながらエロいことをしなければ」

 ダメだった。

「どうだ、この完璧なプラン。後輩もそれでいいだろう」
「もうそろそろチャイムも鳴るので俺はこれで」
「おい待て、後輩!逃げるな!」

 水を胸に叩きつけても落ち着かなさそうなんだよな。先輩の熱が冷めるまでしばらく付き合わないといけないのか……。
 出来る限り回避する手段を用意しなきゃいけないな。初手として一目散に部室から逃げて、自動車並の速度で追いかけてくる先輩を振り切るルートを脳内に構築し始めた。





「知らなかったのか?先輩からは逃げられない」
「ほんと勘弁してください……」

 部活から逃げようとしたら、校門を出て七秒で捕まりました。
 なんであんな歩きにくそうな蹄でトップスピード50とかそんな出るんだよ……魔物娘いい加減にしろよ……。

「どうだ、愛しい先輩の手で簀巻にされた気分は。うん?」
「何もしませんから許してください」
「なんでもするって言うところじゃないのかそれは」

 ビニール紐で亀甲縛りされて部室に転がされている状態で、先輩に対してなんでもするっていうのはさすがに自殺行為すぎるし。
 ていうかなんで亀甲縛りなんだ。どこで覚えてくるんだこんなもの。

「さて……この状態ですることと言えば、なんだと思う?」
「おしゃべり、ですかね……」
「んんん、一文字違うところがあったが概ねそんなものだな。あとはまあ、きみが縛られて興奮するタイプなのかどうかっていう確認か」
「実際やられてみるとかなり辛いので、本心からノーって言えますよ」
「……もうちょっと慌てるべき状況だと思うんだが」
「人間、死ぬときは死にますからね」
「私、そんなに信用ないかな……」

 あ、ちょっとしょんぼりしはじめた。いける。逃げられるぞこれは。

「とにかく先輩、これ外してください。苦しいんですよ」
「それはダメだ。私から逃げようとしたのを反省してもらわないといけない」
「アレは逃げたんじゃなくて、今日は用事があったんです」
「私に断りも無しでか?単なる交際ならともかく、部活をサボるのは感心しないな」

 これをどう言い訳するか、については備えがある。
 いつか先輩から逃げる必要がある時のための言い訳、っていうのはなかなか自分でも酷いなとは思うが、だけど相手が魔物娘だ。男としてこういう備えは必須クラス。

「母が風邪なんですよ。自分と父の分の飯を作らないといけませんし、冷蔵庫も残り少なくて買い物にも行かないとダメなんですって」
「む……」

 いいぞ、先輩が迷い始めた表情だ。
 もちろん嘘だ。母はすこぶる元気だし、買い物は金曜日に行ってきたばかり。
 先輩を騙すことに罪悪感はないのかと言われると、当然無い。命は投げ捨てるものではない。

「明日なら付き合いますから、今日だけは勘弁してくれませんか。先輩」
「うー……」

 いける。あともう一押しだ、と口を開きかけて。

「せんぱ――」
「……私だって」
「え?」
「たまにはわがままを言うんだからな」

 いやいっつもワガママ言ってるような――なんてことを言う暇もなく、先輩が覆いかぶさってくる。縛られた俺を逃がさないつもりの、抱きしめる形で。

「実を言うとな。逃げるきみの背中を見て、私の中の何かが疼いてたんだ」
「え、それは……」
「動物的なものというか、ね。よく言うだろう、魔物娘って本能の方が強いんだよ」

 眼前に迫る、舌なめずりする先輩の顔。瞳には仄暗い欲望。鼻息も荒い。
 ヤバい。

「せ、せんぱ……」
「大丈夫だよ、後輩……きみは私に身を任せていればいい」

 下の方からかちゃかちゃと音がする。衣擦れの音。動けない、抵抗できない。

「終わったら帰って映画でも見て……その後、また続きだ。存分に愉しもう……」

 ……人間一人じゃ、非力すぎるわけだ。
16/08/19 21:14更新 / 鍵山白煙
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■作者メッセージ
**いいえ、なにもありませんでした。

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