連載小説
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先輩と口舌
 先輩が眼前でニヤけながら、舌をべろんと垂れ下げていた。

「……」
「ぉへ、やへろ」

 とりあえず指で引っ張ってみると、ものすごい素早さでこっちの肩を掴んできた。

「こうされたいんじゃないですか」
「確認したいんだが、きみは私のこと好きなんだよな?嫌いじゃないんだよな?」

 苦虫を噛み潰した顔をしながら、先輩は口を抑える。そんなに強く引っ張ってないのに。
 俺の膝上に腰を落ち着けて、視線は不満気。

「いきなり目の前で舌出されたら、誰だって引っ張りたくなると思いますよ」
「キスするもんだろう!普通は!角で乳首えぐるぞ!」

 オラオラオラ、と先輩の頭がこっちの胸にぐりぐり押し突かれる。なにやってんだこの人。ブレザー越しだからまったく角が刺さらないし痛くなかった。
 先輩の後頭部を撫でてやりながら、数分ほどしばらくそうしていた。

「……私も」
「はい?」
「私も後輩の舌を弄りたい。ぷにぷにしたい。舌を出せ」

 むくれた顔で子どもみたいなことを言い出したぞ。本当に年上なのか。

「嫌です」
「私だけやられたんじゃ不公平だろう。拒否するようなら実力行使するぞ」
「実力行使って、どうやってす――」

 言い切らないうちに、先輩の顔がぐっと近づいてくる。瞳の奥で静かに湛える情欲の色。

「どうやってするか、だと?決まってるさ」

 頭を手でがっちりホールドされながら、乱暴気味にキスを押し付けられる。
 貪るようにっていうけど、これこそだ。有無をいわさず舌が無理やり口内に侵入してきて、至る所を舐め尽くそうとしてくる。ヤスリくらいにざらざらとした山羊舌が粘膜を擦り上げ、強姦じみた激しい蹂躙に背筋がぞくぞくと震え、快感のパルスが脳で火花を散らす。
 ひとしきりがつがつ暴れまわった後、先輩の舌が俺の舌をぐるぐると絡みついてきた。彼女の舌は太く長く、弾力に富んでいる。それに舌を包み込まれ、またざらざらが舌に噛み付いてきて、腰が浮きそうにさえなる。このままだと、舌だけでイかされるんじゃないか。
 抵抗がなくなったことを確認し、先輩はゆっくりと唇を離しながら舌を引っ張りだす。舌が縄で引きずられてる感覚だった。

「んふ……ずいぶんとエロい顔じゃないか、後輩」

 息を落ち着かせようとするのに精一杯で、返事なんかできる余裕もない。
 嗜虐的な笑みを浮かべる先輩を見つめるのもやっとで、舌をしまうことすら忘れていた。
 そうして唐突に、先輩の指が俺の舌をつまんで引っ張る。

「ぅえっ」
「ふむ。見かけほどぷにってはないな。あまり伸びないようだし。私のとは違うな、やはり」

 めっちゃじっくり観察されてる。
 息も整ってきたので、頭の中で亀が産卵するシーンとかイケメンが銃撃戦するシーンを流して下半身を宥めることに注力する。先輩が余計なことをし始めなくてよかった。危なかった。

「しかしどうも……美味しそうに見えてしまうな。色といい、艶といい……とってもえっちだと思わないか?ふふ……粘膜だから、いやらしいのも仕方ないかな」

 あ、悪いこと考えてる顔だ。

 このあとめちゃくちゃディープキスされまくった。





「これ食べてて思ったんだが」
「なんです?」

 今日の部活で作ったものはチョコチップマフィンだ。
 作るのが簡単ながらも美味しいので、マフィン系は部員たちに人気がある。

「市販のお菓子だと、後輩は何が好きなんだ」
「……どういう繋がりですか、その質問」
「それはほら、マフィンを上から見た時の外見が。どこぞのクッキーっぽいなと」
「ああ、カントリーなやつですか。俺はアレ、バニラ派ですね」
「バニラもチョコもどっちも好きだぞ。というか、どっち派というのを決めるのは野暮だろう」

 まあ、確かに。お菓子は食べる人を笑顔にするためのものだ。わざわざ争いのために派閥を定めたりするのはよろしくないかもしれない。
 そもそもこういう派閥の発端であるきのこたけのこはおふざけの話が元だけど。

「私はきのこもたけのこも好きだ。チョコ部分が多いきのこも、ビスケット部分が多いたけのこもどっちも美味しい。気分で選べるのはいいことだ」
「俺はチョコが好きなので、どっちかと言うときのこばっかり買いますね。お菓子買うって時は板チョコばっかり買ってます」
「バレンタインデーの時は嬉しそうにしてたな、後輩」
「それはアレです、先輩からチョコ貰えたってことが嬉しかったんですよ」
「中身はどうでもいいと?」

 がんばったんだぞー、と肘でつついてくる先輩。
 あの時のチョコは、フォンダンショコラだったかな。とても気合が入っていて、お店でもありつけないくらいに美味しかった記憶がある。量もがっつりあった。
 あれは本当に嬉しかったなあ、と懐かしみつつ、マフィンを頬張る。

「……ふふふ」
「ん?」
「いや、なんだ。私はベタな展開が大好きでね。ちょっと失礼」

 そう言って、先輩は前触れもなく頬にキスをしてきた。

「……え、いきなりどういう」
「ついてたんだよ、チョコが。きみの頬にね。ふふ」

 唇が触れたところを手で抑え、愛おしそうに笑う先輩に瞬きして。
 そこからじんわりと、顔中に熱が広がっていった。





「で、余ったチョコと牛乳をどうするかだが」

 中身がコップ半分ほどしかない牛乳パックが一つ、チョコの切れ端がいくらか。
 捨てるのはさすがにもったいないし、かといってなにか作れそうなわけでもない。

「すごい微妙な感じですね。さっさと食べましょうか」
「後輩、後輩。ストップ」

 手を付けようとしたところを制止され、先輩に取り上げられる。

「……独り占めしたかったならそう言えばいいじゃないですか」
「それも違う。いいことを思いついたんだ」
「いいことですか?」

 またろくでもなさそうな、と思いながら話の続きを促す。
 先輩はドヤ顔で、

「ホットチョコレートを作る。私の口の中で」
「は?」
「食べるのはもちろんきみ。さっそく作っていこう」

 意味がわかってない俺をよそに、先輩は牛乳パックを手に取り口内に流し込んでいく。
 けれど、飲み下す様子はない。そしてチョコを手に取る。

「……だんだんわかりかけてきたような。本気ですか先輩」
「んふ」

 笑うのみで、手は止めなかった。口の中に牛乳があるんだから、喋れないのは当然。
 顔を上に向けながら僅かに口を開き、チョコを頬張っていく。
 こぼさないように気をつけつつも先輩はこちらに視線を戻し、穏やかな笑顔を浮かべた。

「……」
「んふふ……ん、んー」
「どうしろと……」

 チョコを溶かしきったのか、先輩は腕を広げて唇を上に向ける。
 困惑しつつも求められるままに先輩を抱きしめてやり、顎を手でそっと支える。

 ――これ、結局やりたいのって口移しじゃん。
 こんなしょうもないことを思いつく先輩に呆れつつ、付き合うこっちも似たようなもので。
 そっと先輩の唇に合わせ、舌でゆっくりとこじ開ける。

「んむ……」

 このままだとこぼれそうだな、と思ってもう少し唇を開けて、先輩の唇を上下に挟みこむようにして唇を押し付ける。そのまま静かに先輩を傾けさせ、先輩特製ホットチョコレートが舌を伝って徐々に流れ込んでくる。
 はっきり言って、味なんか関係無かった。先輩にとっても、俺にとっても。

「ん、く……はぁ。――ふふ、お粗末さまでした」
「ご馳走様でした……って言うほどですかね」

 飲み終えて唇を離し、嬉しそうに微笑む先輩から目を逸らす。

「確かにな。どちらかと言えば、私のほうがご馳走だったかもしれない。困った顔でぎこちなくしてるきみは、とっても可愛かった。とっても、とってもね」
「……お粗末さまでした」
「粗末なものか。私はね、きみをもっともっと困らせたいんだ。きみを困らせて、きみの頭の中を私で満たしてあげたい。だからきみも、私を困らせてくれ」

 ぎゅっと抱きしめて頭を撫でてくる先輩に対して、まず返答に窮した。
 夕焼けによって、室内も、黒板も、牛乳パックも赤く染まっていた。俺の顔も、先輩の顔も。
16/09/30 20:23更新 / 鍵山白煙
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