連載小説
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異世界からの使者 オートマン
異界の扉 



異世界からの使者



1998年7月……世界滅亡まであと1年らしい。

今現在耳に流れてくるラジオの音ですらそんな事を言う始末だ。

1999の7月に恐怖の大王がやって来て世界が滅亡するらしい。いわゆるノストラダムスの大予言と言うやつだ。

巷では終末論が囁かれていたり、変なカルト宗教が流行っていたり、全く迷惑な限りだ。

そもそも、ノストラダムスは農学、医学、天文学者であり、ルネサンスの時代に現在で言うところのバイオテクノロジーを研究していた科学者だ。

天文学から得た天候の予想をもって農民に種まきや刈り入れの時期をアドバイスしたり、農薬を研究したり、ペストの予防の為にハーブの調合や薬品や香油を作ったり、飢饉の備えとしてジャムを発明したのだ。ようはジャムおじさんである。

彼はただ自分の著書の売れ行きを伸ばす為に、預言めいた意味深な詩をくっ付けた本を幾つか出した。それがたまたま評判を呼び、偶然にもベストセラーになったに過ぎない。20世紀も終わろうとしているこの科学の世界でいまさら預言?馬鹿馬鹿しい。ジャムおじさんが現代にいたらきっと腹を抱えて笑い転げいるに違いない。

預言がはずれる証拠?……世界で一番読まれた本を読んでみるがいい。間違いと矛盾だらけだぞ?特に旧約の方な?それを基に宗教を立ち上げようと思った奴の気が知れないね。

……そんな事を脳内でごちゃごちゃと考えながら、私こと 亜門 道人 (アモン・ミチヒト)は秋葉原にあるごちゃごちゃとした闇市もかくやと言う無線市場にて、目の前にある最新のコンピュータを買うか買うまいか悩んでいる。今の私には少々手痛い出費になりそうで、これを買うとなると当面生活を切り詰めなければならない。

30過ぎとして、現在失業中の身の上なのだ。

10年程前、バブル経済が弾けた。その頃、私は医療機器メーカーの開発部に居て入社2年か3年目だった。内視鏡や遠心分離機や当時研究が始まったばかりのレーザーメス等を開発する傍らで、人工知能……AIについての研究も行っていた。

入社直後は好景気で金が湯水のように出た。おかげで研究が捗った。しかし、バブル経済が弾けるとそうも言っていられない。研究費が大幅に削減されたのだ。上司からは、金は使うな!結果は出せ!とドヤされるようになった。そんな事は出来る訳が無い。研究とは金が掛かるのだ。直ぐに結果が出るとは限らない。企業のお偉い方はそれを解っていない。

そうして、何年か過ぎた頃、世の中はすっかり不景気になってリストラの嵐が吹き荒れるようになった。それは研究者も例外ではなかった。同僚や先輩が次々と首を切られていった。

その頃私は例のAIの研究に没頭していた。不景気になっても続けていたのには理由があった。……いつか、人間の様に考える、例えば、恋をするAlを作りたかったのだ。もしその様なAIを作る事が出来れば医療はもちろん、あらゆるものを飛び越えて様々な分野で発展するだろう。

ところが、ある程度研究が進んで論文を書き上げた所で問題が起きた。研究所の部長が私の論文をさも自分が書いた様に学会に発表したのだ。私は当然反論した。しかし、部長は知らぬ存ぜぬを突き通したのだ。論文は認められて学会から金が出た。会社からも研究費が出た。部長は出世し、私は長年の研究の成果を奪われた挙句、所長となった彼により左遷させられ、投薬実験用のマウスを育てる惨めな日々が続いた。そして半年前、無能な研究員を雇う余裕は無いと所長から首を言い渡された。

その時の彼の私を見る目はゴミを見るような目であった。

こうして私は逃げる様に社宅を引き払い、四畳半の壁の薄いアパートに引っ越し、貯金と退職金を食い潰しながら細々と個人で研究を続けている。

『……おい、あんた。それ、買うのか買わないのか、どっちなんだい?』

先週発売された最新のOSを搭載したこのコンピュータはあっと言う前に売り切れてしまい、目の前のこれは定価の倍程の値段だ。購入するのは使う為ではなく、分解してアルゴリズムやら、解析能力を調べる為だ。もしかしたら、新しい理論のヒントがあるかも知れない程度で諭吉6人は正直辛い。

と、バツの悪さを感じている私の目にある一台のコンピュータが目に止まった。

『ん?……あぁ、それかい?まぁ………そりゃちょっと曰く付きでな?』

すると店主は周りを2、3度見ると顔を近づけて声を低くして話し出した。

『米軍さんの流れ物だ。なんでも軍用のコンピュータらしいんだが……ほら、ミサイルやらの起動計算やら、誘導用にも使うだろ?あれの試作品らしくてな?持って来た奴に聞いたんだが、性能は折り紙付きらしい。ただ……俺も見てみたが、中身が暗号だらけでよくわかんないだよ。……んで、ジャンクとして売ってる。大丈夫さ、足は付かないよ。』

なんでそんな物がこんな所にあるんだ?しかし、それが本当なら最先端も最先端……魅力的ではある。

暗号やプロテクトがコンピュータ言語なら十分解読できるし、英語なら問題ない。なんならドイツ語でも大丈夫だ。

『……本当に、この値段で良いんですか?』

『あ、あぁ。正直言うと早く持ってて欲しいくらいだよ。』

本当に足は付かないんだよね!??

と突っ込んでしまいそうになる……うーむ、果たしてどうしたものか。









『まいど〜。』

結局、悩んだ挙句に買ってしまった。

ディスプレイに繋ぐケーブルやアダプター、電圧を調整する変電機も買ってしまったので、結構な大荷物になってしまった。米国と日本では電圧の規格が違うのだ。

7月も終わりの昼下がり、35c°の蕩けそうな炎天下の中を大荷物を持ち、上野の自宅まで歩かないとならないと思うとなかなかに億劫である。案の定、10分も歩けば汗だくになってしまい、クーラーの効いた喫茶店(不本意だが最近開店したメイド喫茶と言う店だ。何が萌え萌えキュンだ!ふざけるな。あんな丈の短いメイド、私は認めない!)に駆け込んだのだ。研究者の体力の無さを舐めないで頂きたい。そこも暫く居れば容赦のない科学の冷風に追い出されてしまい、結局、少しもったいないが電車に乗ろうと判断するに至った。

そんなこんなで、ボロくも狭い我があばら屋に着いた頃には日が傾き掛けていた。ドアを開ければ畳が蒸せた香りと熱風が私を直撃して、身体に残った僅かな水分が汗となって蒸発していく。私はたまらず、うめき声を上げながら、部屋の奥のガラス戸を開け放ち、風の道を作ってやると、焼け石に水程度の効果はあったようで、昼間より少し冷えた夕方の空気が風と共に部屋に入ってきたのだ。

『ふぅ…………。』

と、蝉が鳴く声を聞きながら、冷蔵庫に入っている麦茶をコップ一杯飲み干し、部屋を見てみれば、敷きっぱなしの万年床の上には脱ぎっぱなしの服が無造作にほって置かれてていて、角にはカップ麺の殻が満載されたゴミ袋が幾つか溜まっている。部屋の殆どを占領している数台のコンピュータやディスプレイ、分解した部品や基板。床にはタコ足配線が張り巡らされ、開けっぱなしの押し入れの上段にはサーバーが機会的で無機質な電子音を上げている。下段にはデータを詰め込んだ3.5インチのフロッピーディスクと大容量のディスクを処理できるディスクドライブが鎮座している。

我ながらため息しか出ない。一人暮らしの研究者の部屋なぞこんなものだ。

ともかく、この暑さは電子機器には最悪の環境だ。少しでも排熱処理の効率を上げようと電子機器を置く壁や床にスノコを敷いているが、それでも熱が篭ってしまう。かと言って、エアコンを入れっぱなしにすれば電気代が馬鹿にならない。

……そろそろ職を探そうか。

いや、先ずは購入したコンピュータを調べるのが先か。

私はコンピュータの解析を始めた。

それから3日経った嵐の日。

暗号を解読し、コンピュータのプログラムの中枢にアクセス出来た。

『……これは私の…………』

マシンの性能だけで言うと素晴らしい処理能力と速度だ。7〜8年先の性能だ。

驚く事に、マシンの中に組み込まれていたプログラムの基礎理論は、私が発案したあの論文に書いた理論で組まれていたのだ。

ルールに基づいた単純な答えしか出せない現行のコンピュータ・プログラムに疑問を感じた私は、必要なデータを学習、インプット、単純化し、そうしてカテゴライズされた膨大な記憶データから、必要なプロセスを無能プログラムにより選別、と同時に、並列処理を行い、最適化された(と思われる)複数の答えを導く理論を組み上げた。つまり、私はAIがWHY(なぜ?)を突き詰めて行動するように、AIに知識欲を与える事にした。これは人間(子供)が最も原始的な人間的欲求を満たす為に動く脳の働きと同じ処理の仕方だ。

問題はこのプログラムの用途だ。これは推測に過ぎないが対コンピュータのハッキングAIの試作品。純粋なプログラムと言うよりはコンピュータ・ウィルスに近い。目的と害意を持って手が加えられている。恐らく、インターネットを介して対照のコンピュータ等に侵入し、目的に応じ、最適化された複数の答えを命令者(人間)にナビゲーションするのが目的だろう。

『なんで米軍はこれを放棄したんだ?一体誰が私の理論をここまで型にしたのだ?』

サイバー・ウォー……そんな言葉が頭を過ぎる。まるでハリウッドのSF映画のようだ。

『……せっかくだ……少しいじってみるか。』

気付けば私は寝食を忘れて研究に没頭した。

何処かの誰かが作ったとは言え、私の長年の研究の成果がここにあるのだ。それに今の私にはもう1つやりたい事が出来た。

その時……

"警告!!"

文字がディスプレイの中央にデカデカと表示された。私はすぐさま対処をしようと試みる。

『止まらない……!……そうか……米軍がこれを放棄した理由はこれか!!』

さすがハッキングAI……。私が与えた知識欲の赴くままに次々と他のコンピュータを乗っ取っていく。恐らくハッキングという基本目的を第一優先事項として無差別に、手当たり次第に回りのコンピュータを乗っ取ろうとするのだろう。きっと同じ事が米軍で起きたのだ。

『くそっ!なんで物理的に破壊しなかった!?』

米軍のマニュアルでは、コンピュータが重大なトラブルを引き起こした際にはデータを抹消の可否を問わずに物理的に破壊する事になっている筈だ。

『私と同類の者が少なからずいたようだ……。』

破壊されて無い所を見るに、これを作った研究者は私と同じ夢に取り憑かれた同類と思って間違いない。

『冗談だろ!こいつ、サーバーに手を出しやがった!』

暴走したハッキングAIがインターネットに繋がろうとしている!よりによってサーバーを侵食し始めた。もしこれがインターネットに出てしまったら……

『くそっ!止まれ!』

流れる解析が止まらない。私が直々に組み上げたファイアウォールが手も足も……

ゴロゴロ……ゴロゴロ…………

ん??

ズガガァァァアアアアアアンンンン!!!!!

バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ!!!!!

『うわぁぁああああああああああああ!!!!』

その時、もの凄い光と衝撃が私を襲ったのだ。











パチパチ……プス……パチ……


『………………はっ!??』

どうやら気絶していたらしい。焦げ臭い……。状況から考えて落雷だろう。このボロアパートのアンテナかここに電気を供給する電柱にでも落ちたのだろう。コンピュータとディスプレイはダメだ。外部記憶装置とアースを付けていたサーバーは……無事らしい。

ファン……フィーーーン…………

え?

あのコンピュータが生きてる?

『や、やばい……』

コンピュータ言語が画面に表示されて、それが高速でスクロールしていく。明らかにセットアップだ。諦めに近い感情が私の試みるを満たしていた。

『……?私が知るコンピュータ言語では……ない?なんだ……これは?』

スクロールが終わり、画面が暗くなる。

すると、意味の解らない文字の羅列が表示されては消されていく。

『なんだ?何が起きている?』

……………………

………………I learned the language.(言語を学習しました。

『……は?』

Set language to Britannia……(ブリタニア語に設定

『……英語……だよな?』

I'm Independent thinking artificial intelligence robot program. please call me Rita.My Lord.(わたくしはあなた方が呼ぶ所の自立思考をするロボットの人工知能です。どうぞリタとお呼び下さいませ。ご主人様。

……え?

ダメだ。理解が追いつかない。

カタカタ……カタカタ……タン……

"Where frome you ?"

私は冴えない頭を抱えて、キーボードを叩き、そんな陳腐な質問を自分自身を自立思考するAIと称する存在に投げかけた。

……I frome Different world.(わたくしは異世界より参りました。



異世界だと? 


リタ……と自称するコンピュータプログラム……現時点では誰かの悪戯である可能性も拭え無いが、ともかくそのリタはこの状況に陥った経緯を画面に書き出した。



*ここから先、日本語で書いてますが、2人のやり取りは英語です。


カタカタカタカタカタカタ……タン。

"つまり異世界のロボットであるリタは、そっちの世界とこっちの世界を繋ぐゲートを作成する為に、記憶と人格のデータだけ世界と世界の狭間の空間である量子の海に入った。 

落雷発生時に落雷(高エネルギー体)から生じた空間の歪みを利用して、量子の海からこの世界に侵入。質量の無いデータと魔力?と言うエネルギー体のリタは落雷の放電と共に電線を伝ってこのコンピュータに入り込んでしまい、暴走していたハッキング・AIに捕まり、このマシンに取り込まれた。

その後、ハッキング・AIを逆に乗っ取り現在このコンピュータ自身がリタ自身だと……そう言う事で間違いないか?"


すると間も無く"Yes...."と言う文字が現れた。


もしそれが事実だとすれば、アインシュタイン博士が提唱した時空と重力の歪みや、相対性理論、リディック博士の海の理論、シュレディンガー博士の量子力学理論が全て正しいと証明出来るのだ。

……現に、リタは未知の存在だ。仮に彼女(彼かもしれないが)が仮にAIだとして、どう言った理論かはわからないが、コンフュージョン現象(簡単に言うと捕食)を起こし、ハッキングAIを乗っ取ってしまっている。

もしリタがAIでは無くて、どこかの誰かの悪戯だったにせよ、私が手も足も出なかったハッキングAIをいとも簡単に排除したのだ。間違いなくウィザード……いや、デミゴット級のハッカーだ。

AIにしろ、ハッカーにしろ、どちらにせよ敵には回したく無い。リスクが大きすぎる。


"ご主人様?いかがなさいました?"


カタカタカタカタカタカタ……


"なぜ君は、私をご主人様と呼ぶんだい?"

タン……

"わたくしがそう決めたからでございます。"

……うーむ。ますます訳がわからない。

"ところで、ご主人様。……今現在のこのコミニュケーションの形態は非・効率的と愚考致します。"

カタカタカタカタカタカタ……タン

"リタ……の言う事が全て事実だとして、コンピュータのプログラムに過ぎないAIの君に一体何が出来る?"

そう打ち込むと画面にまたあの謎のコンピュータ言語の羅列があらわれた。 

しばらく経って、文字の羅列が止まった。

"……音声スピーカーをわたくしのコントロール下に置かせていただきました。インターネット上の音楽プログラムを学習。データからボーカロイドを構築致しました。……如何でございましょうか?"

機械的で不自然だが確かに英語が聞こえて来た。恐らくはリタが喋っているのだろう……。信じられないが。

"マシンの両側に付いているスピーカーの片方……ご主人様から見て左側を入力装置に設定変更を掛けさせていただきました。おしゃべり下さいませ。"

つまり……マイクにしたのか。幾らスピーカーとマイクが同じ原理の機械だからと言っても無理は無いか?

『……こんにちは…………。』

"こんにちは!ご主人様!"

うわぁ……。何コレ。凄いけど引くわぁ……。

『……君がAIにしろ、デミゴット級のハッカーだとしても、優秀なのは理解した。それはどうでもいい。……しかし、理解出来ないのは君の目的だ。君の目的は何だ?』

"わたくしの目的は、この世界とむこうの世界とを行き来できるゲート……異界の門を作る事でございます。ご主人様には是非ともご協力していただきたく、お願い出来ませんでしょうか?"

異世界への門だと?

"勝手ながら、このコンピュータの研究ファイルデータと日記を拝見致しました。ご主人様はコンピュータプログラム、特にAIを研究する優秀な科学者様であらせられます。しかしながら、ご主人様は上司の方に裏切られてしまったご様子とお察し申し上げます。彼らを見返したい。名誉を回復したいとお考えの筈ではございませんか?"

……それは事実だ。機械の不自然な音声でよく喋る。

正に悪魔の囁きだ。

しかし、もし……もしもだ。リタが言うようにその異世界ゲートを作る事が出来れば名誉回復どころか、アインシュタイン、シュレディンガー、リディックの理論が実証され、しかもそれらを制御可能になる。あらゆる技術が一足跳びに躍進する。ノーベル賞どころか、地位も名誉も思うがままだ。歴史に名前が乗る。悪い話しではない。異世界に誰が居ようと関係ない。自称とはいえ既に異世界からの使者がここに居るのだ。

『なぜ君は私にこの話を持ちかける?他にも誰かいるだろうに。』

"……それは、ご主人様があのハッキングプログラムに施した知識欲……グリード・システムがわたくしにも"知りたいと言う欲望"をもたらしたからでございます。この世界を知りたい。理解したい。そして、ご主人様を知りたいのでございます。"

『酔狂な話だ。……わかった。協力を約束しよう。』

何をするのか……リタを敵に回さない為にも今は協力を約束しよう。……暇だからな。

"ありがとうございます。ご主人様。"

そうして、私とリタの奇妙な関係がスタートした。



つづく
20/05/13 00:50更新 / francois
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■作者メッセージ
お待たせしました。ようやく現実世界でのお話しがスタートします。
現実世界でのお話しを書いてみたくて、その為にはゲートのお話は避けて通れないと思いこの作品を思いつきました。

さて、これからどうなるのか……お楽しみに!

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