第6章 経過報告
それからの話は想像以上に順調に進んだ。まず両親に有妃を引き合わせたのだが、彼女が魔物娘だと言う事を承知したうえで、結婚を大喜びで認めてくれた。俺の事は生涯一人で寂しく暮らしていくものだと半ば諦めていたようなので、結婚したいとの報告は予想外の喜びだったようだ。うちの母親が涙ぐんでいたのを見たときは、今まで随分心配をかけていたのだなあ…と申し訳ない気持ちだった。
それと……俺のたった一人の姉にもメールでこの事を報告した。年の離れた弟である俺の事は随分と世話を焼いて可愛がってくれたのだが、彼女が何年も前に結婚して家を出てからは、ほとんど会う事が出来なかった。
相手の男とは両親の反対を押し切り駆け落ちして家を出たせいもある。だが、皮肉な事にその男が酷い浮気性で心労が絶えない様なのだ。そんな姉の事がずっと気がかりでいつも忘れることが出来なかった。
こちらからの電話やメールには時が経つごとに返信が減って行き、最近は全くと言っていいほど連絡が途絶えていた。ただ…今回は、『おめでとう。幸せになりなさい。』とだけ書いてあるメールがそっと送られてきた。
よく考えれば有妃の事を抵抗なく受け入れることが出来たのは、この姉の影響も相当大きいと思う。いつも優しく世話を焼いてくれる有妃に、最初は姉の面影を重ねていなかったかと言えば嘘になるだろう。心の奥底では有妃とは姉と弟の様な関係を続けたいと、今も思っているはずだ。まあ、そうは言っても有妃自身も俺を駄目な弟ぐらいの意識でいるのだろうけれど……。
だが、さすがに結婚するにあたっては、実の姉の事はしっかりと有妃に伝えておかなければならない。隠し事はしたくなかったし、そもそも気持ちを読むのに長けている有妃にずっと隠し事なんか出来ないだろう。俺は姉がいる事を…姉の事をずっと心配している事を告白した。
だが種族柄、嫉妬心を爆発させて白蛇の炎を…魔力を注ぎ込まれる可能性もありえるな。と、覚悟を決めていた俺に対して有妃はこう言った。
「もう…佑人さんったら…。隠していたお仕置きです…。」
仕方ないなあとでも言った様子の有妃は、俺を抱きしめると蛇体をするすると巻き付けそっと拘束した。そして優しくぽんと額を叩くと儚げな微笑みを見せた。罪悪感を抱いた俺は素直に有妃に頭を下げる。
「ごめん有妃ちゃん…。本当にごめん…。」
申し訳なさそうに頭を下げる俺を見ていた有妃は苦笑する。
「ふふっ…。そんな何度も謝る事じゃないですよ。でも…なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?」
「うん…色々言いにくい事情があったし…。それと…」
「私が怒っちゃうんじゃないかって思いました?」
気持ちを先読みした有妃は悪戯っぽく言うとじっと見つめる。決して怖い眼差しでは無いが俺はただ黙って俯いてしまう。
「ねえ佑人さん…。確か前に言ったと思いますけど…家族の事を心配するのは当然の事なんですよ。私は兄弟姉妹はいませんけれど、父母の事は大切に思っていますから…。
だから佑人さんがお義姉さんの事を大切に思うのは当たり前です。…………ただ。」
優しく宥める様な口調にほっと安心した俺が口を聞こうとした瞬間。有妃は『ただ』と言うと何とも言えない複雑な笑顔を浮かべた。一体どうしたんだろう…。
「ただ…あの…そんな事は無いと承知していますが、お義姉さんの事を…特別な存在として見てはいない…ですよね?あ…いえ…。まさかとは思うんですよ…。」
妙に焦燥感溢れる口調になった有妃だが笑顔は崩さない。だが、俺の顔に己の顔をずっと近づけると真正面から見つめてきた。ああ…これは…。今まで何度か見た事がある暗い眼差しだ。そうだ。姉の事を『女』として見ているのではないかと疑っているのだ…。俺は慌てて有妃に釈明する。
「いやいや…そんなことあり得ないから!でも…有妃ちゃんが信じられないのなら…俺の事は好きにしてくれていいんだよ…。」
実際姉の事は大好きだが、欲情の対象としたことは無いといっていい。根が甘えんぼなので、思いっきり抱きしめてもらいたい…。優しく包み込んでもらいたい…。とは良く思ったが、男女の関係になりたいとは考えた事も無い。まあ、俺にとっては二人目の母親みたいなものだったのだろう。
でも、信じられないというなら何をされても仕方がない…。俺はじっと見つめる真紅の瞳を真正面から見返す。まあ、どちらにしても有妃は俺に酷い事はしないという信頼がある故の言葉だが…。有妃は小さくため息をつくとかぶりを振った。いつの間にか普段の優しい瞳に戻っていて安心する。
「わかっているんですよ。佑人さんがそんな感情を抱いていないことは承知しています。ただちょっと…私も気持ちが抑えきれなくて…。気分悪くさせてごめんなさい…。」
普段は抑えてはくれているのだが、有妃もラミア属らしく色々思い込みが激しい所がある。でも結局それは俺の事を想ってくれている証であるし、いつも話せばちゃんとわかってくれる。
申し訳なさそうにしている彼女を慰める様に俺は微笑むと、何も気にしていないよと優しく言う。
暫く有妃は考え事をしている様子だったが、ふと何かを思いついたかの様に俺を見つめた。
「あの…佑人さん。私の故郷には色々な術に長けている者も多いですから…どうでしょう?お義姉さんの事について何か力になれるかもしれませんよ。」
「有妃ちゃん。それは本当?」
「はい…。」
「ありがとう…。お願い…。」
有妃は己の複雑な気持ちを抑えて俺に力を貸そうとしてくれたのだ。その優しさが嬉しくて、そして無理をさせてしまった申し訳なさで何度も頭を下げる。有妃も慌てたように俺を優しく抱きしめてくれた。心も体も暖かくて思わずそっと身を委ねた……。
それから間もなく、今度は俺が有妃の両親に挨拶すべく二人で故郷に向かった。ネットでの噂通りに村の入り口には警察の検問所があり、色々事情を聴かれてしまった。もっとも有妃が魔物と言う事で比較的すんなりと通してくれたのは幸いだった。
さて、俺にとって初の魔界体験。村の中は一体どんな状態なのだろうと期待と不安に胸を膨らませたが、見た目は緑豊かなのどかな山村で拍子抜けしてしまった。明緑魔界は人間界と外観は良く似ているそうなのでそれも当然か。だが、圧倒的に魔物の数が多く、こちらでは見た事も無いような種族にも出会えたので、やっぱりここは魔界なのだと言う事を実感した。
そしていよいよ有妃の両親と対面したが、まず何よりも二人とも若い。もう義母と義父と呼ばせてもらうが……義母は有妃とは姉妹にしか見えないし、彼女に負けず劣らず美しい。そして義父に至っては見た目は俺以上に若く見える。インキュバスになると不老に近い状態になると言うが本当だったようだ。以前有妃から聞いた話だと大学在学中に義母と結ばれたというから、その時点で老化が止まっているのだろう。
お淑やかで温かな笑みを絶やさない義母の雪乃さんと、真面目で誠実そうな雰囲気を纏っている義父の幸一さん。お二人は俺達をとても温かく迎えてくれた。有妃によれば自らの衝動を抑えきれなくなった義母が義父を無理やりものにしたらしいが、とてもじゃないがそんな事をする方とは思えない。
俺の思いに気が付いたかのように時折義母が苦笑する様なそぶりを見せたが、有妃は別に知られて困る話ではないと言っていたので、気にすることは無いだろう。
そして、肝心の娘さんを下さいだが、俺の方から早く口にしようと焦っているうちに義父から切り出されてしまった。もっとも、『私たちも孫を早く見たい。だが人と魔物の間では大変子供が出来にくいので、暇を見つけては有妃の膣内に沢山精を出すようにして欲しい。』と言う様な事を大真面目にお願いされてしまった。
それを聞いた義母は大笑いするわ…有妃は一体なんて事を!と義父につめよるわ…俺はあっけにとられて顔を赤くするわ…。と思いも寄らぬ展開になった。だが、なんというか…この一件で完全に緊張の糸が切れてしまった俺は、その後リラックスしてご両親に接することが出来た。
インキュバスになって長いと価値観も魔物に近くなるのかと驚いた。だが、今にして思えば俺の緊張をほぐす為にわざわざ変な役回りを買って出てくれたのかもしれない。だとしたら本当に感謝だ。結局お二人とも俺たちの事は快く認めてくれ、有妃の久しぶりの里帰りも兼ねていた今回の訪問中ずっとお世話になった。
こちらに帰宅後も引っ越し作業とか荷物の片付けとかで色々忙しく(結局有妃の勧めで彼女の家に俺が越してくる形となった。通勤時間も有妃の家からの方が圧倒的に近い)長いはずの休暇はあっという間に過ぎ去った。
まあほとんどの作業は有妃が差配してくれたので、俺はただ彼女を手伝っていただけなのだが…。何かしようとすると有妃が私に全部任せて下さいと笑って言うので、俺も無理は言わずに彼女に任せていた。と言うのは言い訳か。
そして休暇も終えた翌日の朝……。有妃との新しい生活の幕開けみたいな清々しい気分で、俺はいつになく元気に出勤しようとした。隣には大好きな新妻の姿。誰かに見送られるのがこれほど心強い事だったとは…。俺はその事を久しく忘れていた。
ちなみにこれから送り迎えは有妃がしてくれる事になった。もう会社には到着しており、今は二人とも車の中でくつろいでいる。
「それじゃあ有妃ちゃん。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けてくださいね…。それと、はい!」
有妃はそう言うなり俺をぎゅっと抱きしめてキスをしてきた。一瞬慌てた俺も彼女と濃厚な口づけを交わし、暫くの間お互いの唇舌を貪るように吸い続けた。
本当はいつまでもこうしていたい…。そんな気持ちだったが、もう時間が迫っていた。名残惜しい気持ちを無理やり抑えて唇を離す。
「ふふっ…。行ってらっしゃいのちゅーはお気に召しましたか?」
慈愛深くも悪戯っぽい微笑みを見せる有妃が素敵だ。俺はうっとりとしながらうなずく。
「私も本当はずっとこうしていたいんですが…。仕方ないですね…。お仕事頑張って下さいねっ!佑人さんの好きなものをたくさん作って待っていますから!」
にこやかに見送る有妃の笑顔を目に焼き付けて会社の門をくぐった。
数週間ぶりの出勤でまず気になったのが周りの目だ。みんな結婚を快く祝ってくれたので救われたのだが…特に魔物娘の方達は妙に生暖かい視線を送ってくるので、色々とこそばゆかった。
そして大変世話になった社長にもお礼と報告を兼ねて挨拶しに行ったが、実に屈託のない笑顔で迎えてくれた。
「おお!森宮君おめでとう!」
「本当にありがとうございます。社長には何から何までお世話になりまして…なんとお礼を申し上げてよいか…。」
丁寧に頭を下げる俺に対して、社長は堅苦しい真似は止めろと手を振る。
「いやいや…。世話になったのは私の方だ。これでようやく有妃に借りを返すことが出来たってものだよ。本当に君には感謝してもしきれないな!」
気にするなと言わんばかりに豪快に笑う社長を見ていると、申し訳なさで一杯だった俺の心が晴れて行くのを感じた。
「それで…有妃とはうまくいって…ってこれは聞くまでも無いな。休み中ずっと有妃に可愛がってもらった事は良く分かるよ。」
「はい…。おかげさまで…。」
ニヤニヤしている社長の言いたいことが分かった俺は思わず顔を赤らめてしまう。実際暇さえあれば交わり続けた。引っ越し作業を放置して延々と一日中し続ける事すらあった。俺も魔の肉体の快楽に溺れきってしまい、拒むことなど全く考えもしなかった。
「そうか…。まあ仲が良くて結構な事だよ。それと一つ…これは有妃とは腐れ縁の仲と言う事で君にお願いなんだが…。」
急に真面目な顔になった社長を見ていると気が引き締まる。俺は黙って次の言葉を待った。
「わかってくれているとは思うが、有妃はあの通りいい奴だ。夫婦の交わりをする時も君の体調や気持ちを色々考えているはずなんだ。だが…魔物娘である以上いつもそう言う訳にはいかない。
いつの日か衝動を抑えきれずに、君を乱暴に搾り取ってしまう事があるはずだ。それこそ気絶しているにも構わずに何度も何度もな…。だが、それは魔物の夫となった者の通る道だと思って受け入れて欲しいんだ。」
親友を想う社長の思いやりに打たれたが、その事は俺自身の身を持って体験していた。有妃の優しさが少々じれったくて挑発する様なことを言ってしまい、結果何度気絶してもかまわず搾り取られる事になった一件だ。
「はい…。おっしゃる事は良く分かります。僕も先だって体験しましたので…。」
「何?本当か?有妃がそこまでするなんて一体何が切っ掛けだ?もしかして新婚早々浮気とか…」
「はい?いや…とんでもない!違うんです!」
信じられないと言った顔つきの社長を見て俺は慌てて経緯を説明した。彼女はふむふむとうなずいていたが、次第に俺の事を見直す様な視線を浮かべていった。
「そうか…。そんな事があったのか。でも君も思い切った事をしたなあ。まあでも気絶するまで搾り取られて、初めて真の魔物の夫と言えるようなものだし。これで君も一人前だな。」
桃里社長は可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべた。
「いえ…。そんな…。有妃ちゃ…いえ。妻も口では色々言いましたが、実際は僕の事をとても気遣ってくれていたのが良くわかりました。まだまだです…。」
思わず謙遜したが、多分それは本当の事だ。搾り取るたびに何度も栄養補給してくれたし、意識を失ったら目覚めるまではそっとしておいてくれた。俺が酷い事にならない様な気遣いはしてくれていた事は間違いない。
だが、こんな事を言うのだから…もしかして社長も旦那さんを散々犯しまくる様な事があるのだろうか?この幼女の様な愛らしい外見で…。思わずいけない妄想を抱いた俺を見抜いたかのように桃里社長はにやりとする。
「ふっ…。言っておくが、以前うちの旦那と修羅場になった時は、奴を抑え込んでずっと搾り取り、気絶しても叩き起こして延々と犯しぬいたものだ…。森宮君も有妃と喧嘩するときは覚悟するようにな。」
やっぱりそうか…。アハハと大笑いする社長に俺は顔をひきつらせた笑みを見せるしかなかった。
「絶対に逃げ切って見せると言っていた森宮もとうとう堕ちたか…。まあでも、おめでとう。」
「ありがとう黒川…。結局魔物娘には勝てなかったよ…。」
社内唯一の独り身だった俺がとうとう魔物娘に堕とされたと言う事で、この日はちょっと注目されてしまった。昼休みになった今も黒川に色々話を聞かれている。でも、これまでは露骨な性の話題はそれほど多くは無かったのだが、どんなプレイをしているだの、回数は何回だのと言った話題を今日は振られている。
ある意味俺もようやく彼らに魔の仲間と認められたのだろうから、これは喜ぶべきところなのだろう。だが、まだ理性は人のままなので、あけすけな話は結構恥ずかしくもある。俺は少し顔を赤くして黒川に答える。
「でも…嫁さんに体を巻き付かれて抱きしめられていると…安心感と言うか癒されるというか…すごく落ち着くんだよな。」
「ああ。それは良く分かるよ。俺もお嬢様に全身をしっかりと縛られていると色々満たされるんだ…。」
「そ……そうか……。」
黒川の奥さんはダークエルフなので毎日色々と淫らな調教をされているのだろう。今では彼の喜ぶ気持ちもわかるような気もするが、それでも完全に理解できるとは言い難い。幾分引き気味になってしまう。そんな俺に幾分むっとしたかの様に黒川は意外な事を言ってきた。
「前にうちのお嬢様に妹さんがいると言う事は話したよな…。独身の。言って置くけどお前はその召使い候補に挙がっていたんだからな!」
「おい…。まて。どういうことだよ?」
思わぬ事に慌てる俺を黒川は満足げに眺めた。幾分得意げな様子が小憎らしい。
「以前お前の事をお嬢様に話したんだが…そうしたら間違いなくその男は素質があるといって、ぜひ妹の召使いにしようと言われてな…。」
「はぁ!?俺にはもう嫁さんがいるんだぞ!一体何のつもりでそんな…」
「大丈夫。わかってるって…。お前が白蛇さんのものにされた事を伝えたら、それじゃあ仕方がないから諦めようと言われてな。まだ妹さん本人には伝わっていないので安心してくれ。」
勝手な事をされて怒る俺を黒川はなだめた。でも諦めてくれたから良かったようなものの、もしこれがそうでなかったら一体どうなっていた事か…。全く。何が安心してくれだよ…。
でも、素質があるは案外あたっているかもしれない。俺の心の奥のMの部分を有妃は簡単に見抜き、優しく責められることも多い。もっとも有妃は俺の気分が乗らないときは、サディスティックに振る舞わないし、心身を傷つける様な事も絶対にしないのだが…。
ダークエルフの責めは一体どんなのだろうか…。黒川の言葉で有妃の甘い責めを思い出した俺は興味が沸いて聞いてみる。
「なあ…実際奥さんとのプレイって…痛かったり苦しかったりするのか?」
「ん?そんな馬鹿な事あるか。お嬢様はとても優しい人なんだぞっ。俺を鞭で叩いても苦しませるような事は絶対にしないさ。でも…そうか…。お前も責められたい方だとは思っていたが、やっぱり!」
「そんな馬鹿な事って言いたいのはこっちの方だ…。俺はそういう趣味は無いって…。」
図星を突かれて少々焦ったがここは冷静を装って否定した。黒川はそんな俺を皮肉な笑みを浮かべて見ていたが、ふと急に後ろから声をかけられた。
「お。ここに居たか…。おめでとう森宮君。」
振り向くとふわふわの尻尾と耳を持つ愛くるしい女性の姿があった。OLの制服姿が良く似合っている。……刑部狸の咲さんだ。
そう言えば有妃との事は最初に咲さんに相談してアドバイスも頂いた…。ある意味俺が告白する勇気を得る事が出来たのは、咲さんの忠告があったからこそなのだ。俺はいつも通りのにやにやした笑いを浮かべている彼女に頭を下げる。
「お久しぶりです咲さん。この間は色々相談にのって頂いて…本当にありがとうございます。」
「いやいや…。私はあくまでも助言しただけだよ。全ては君の行いの賜物さ。でも、これで君もようやく大人になったな!」
少し茶化す様な口調だったが、良くやったと褒めてくれるような眼差しが嬉しい。そんな咲さんは尻尾で俺をぽふぽふと叩こうとした…。だが、その瞬間『うわっ!』と声を上げて飛び退る様にして俺から離れた。
何事かと思った俺はあっけにとられて咲さんを見つめるが、彼女は危なかったと言わんばかりに胸をなでおろしている。
「え…。一体どうしたんですか?」
「どうしたって……君の体から奥さんのにおいが威嚇するように漂っているんだよ。この男に触れたら殺す!と言わんばかりにね。」
確かに出勤前に有妃とはしばらく抱き合ったが、そんなに臭いがつくほど長時間抱き合った訳では無い。試しに自分の体をくんくんしてみたが全く分からない。確認するかのように黒川の顔を見たが彼も首を傾げている。
だが、男の体から漂う精のにおいを嗅ぎ分けることが出来る魔物娘の事だ。男にされたマーキングから色々な情報を得る事は十分可能なのだろう。
「ああ…。これは君たちには分からないと思うよ。自慢じゃないが私達魔物は鼻が敏感だからね。」
ラミア属の有妃の事だ。絶対に触れるなと言う強烈な意思表示を込めたにおいだとは察せられる。まだ驚きを隠せないかのような咲さんだが、俺たち二人を見やるとにっこり笑ってみせた。
「まあ…どれだけ君が奥さんから愛されているかの証みたいなものだよ。これからは思いっきり可愛がってもらいなよ。
でも…この様子だと浮気を疑われたら相当酷い目に会うんじゃないのか?君は間違ってもそんな事は無いだろうけれど、行いには十分気を付けるように!」
「またまた…。冗談きついですよ…。」
少し脅かす様な口調で楽しそうに笑う咲さんだ。俺は笑って受け流す。思い込みが強い面はあるけど有妃が酷い事をするなんてあり得ない…。そう信じていたからだ。
だがそれから約一年後、浮気を疑われた俺は有妃の怖い面を知る事になり、白蛇の魔力を注ぎ込まれて心の底から彼女のものにされてしまう。
この事を知った人たちからはご愁傷様…とでもいった顔をされるのだが、俺はどうしてもそれが酷い事とは思えない。実際それ以前と以後ではさほど変わった訳では無い。有妃の事がますます愛おしくなり、これまで以上に彼女の事しか見えなくなったにすぎない。有妃もそんな俺を優しく受け入れていつも可愛がってくれる。
結果とろける様に心地良く甘い快楽に満ちた毎日を送っている。穏やかで満ち足りた日々だ…。だが、その事になんのおかしさも感じない今現在の俺は、人としての誇りや倫理観を完全に捨ててしまったのかな…という思いがどうかすると沸き起こってくるのだ。
この日は早く仕事が終わるのが待ち遠しかった。有妃に甘えて…ぎゅっと抱きしめてもらって…優しく絞られたい。そんな思いを抑えきれずにずっと疼いていた。そしてようやく仕事が終わり、迎えに来てくれた有妃の車に俺はすぐさま駆け寄った。
「有妃ちゃん…。」
「ふふっ。お疲れ様です…佑人さん。」
早速車に乗り込むと穏やかに微笑む有妃を抱きしめる。もう、と言って苦笑しながらも彼女の蛇体が俺に巻き付き、全身を優しく拘束してくれた。その甘い施しに俺は我を忘れて憩う。
「まあ…。相変わらず甘えんぼさんですねえ…。でもとっても可愛いですよ…。ええと……女のにおいは付けていないようですね。佑人さんはいい子です…。」
見せつける様に俺のにおいを嗅いで、有妃は耳元でねっとりとささやく。よしよしと頭を撫でてくれる。心地よい手の感触に今までの切なさがたちどころに消え去った。
「さ。気分が落ち着いたらお家に帰りましょうね。今日は佑人さんの大好きなとんかつにしましたからねっ。」
そう言った有妃は何度見ても見飽きる事のない華やかな笑顔を見せた。
それと……俺のたった一人の姉にもメールでこの事を報告した。年の離れた弟である俺の事は随分と世話を焼いて可愛がってくれたのだが、彼女が何年も前に結婚して家を出てからは、ほとんど会う事が出来なかった。
相手の男とは両親の反対を押し切り駆け落ちして家を出たせいもある。だが、皮肉な事にその男が酷い浮気性で心労が絶えない様なのだ。そんな姉の事がずっと気がかりでいつも忘れることが出来なかった。
こちらからの電話やメールには時が経つごとに返信が減って行き、最近は全くと言っていいほど連絡が途絶えていた。ただ…今回は、『おめでとう。幸せになりなさい。』とだけ書いてあるメールがそっと送られてきた。
よく考えれば有妃の事を抵抗なく受け入れることが出来たのは、この姉の影響も相当大きいと思う。いつも優しく世話を焼いてくれる有妃に、最初は姉の面影を重ねていなかったかと言えば嘘になるだろう。心の奥底では有妃とは姉と弟の様な関係を続けたいと、今も思っているはずだ。まあ、そうは言っても有妃自身も俺を駄目な弟ぐらいの意識でいるのだろうけれど……。
だが、さすがに結婚するにあたっては、実の姉の事はしっかりと有妃に伝えておかなければならない。隠し事はしたくなかったし、そもそも気持ちを読むのに長けている有妃にずっと隠し事なんか出来ないだろう。俺は姉がいる事を…姉の事をずっと心配している事を告白した。
だが種族柄、嫉妬心を爆発させて白蛇の炎を…魔力を注ぎ込まれる可能性もありえるな。と、覚悟を決めていた俺に対して有妃はこう言った。
「もう…佑人さんったら…。隠していたお仕置きです…。」
仕方ないなあとでも言った様子の有妃は、俺を抱きしめると蛇体をするすると巻き付けそっと拘束した。そして優しくぽんと額を叩くと儚げな微笑みを見せた。罪悪感を抱いた俺は素直に有妃に頭を下げる。
「ごめん有妃ちゃん…。本当にごめん…。」
申し訳なさそうに頭を下げる俺を見ていた有妃は苦笑する。
「ふふっ…。そんな何度も謝る事じゃないですよ。でも…なんでもっと早く言ってくれなかったんですか?」
「うん…色々言いにくい事情があったし…。それと…」
「私が怒っちゃうんじゃないかって思いました?」
気持ちを先読みした有妃は悪戯っぽく言うとじっと見つめる。決して怖い眼差しでは無いが俺はただ黙って俯いてしまう。
「ねえ佑人さん…。確か前に言ったと思いますけど…家族の事を心配するのは当然の事なんですよ。私は兄弟姉妹はいませんけれど、父母の事は大切に思っていますから…。
だから佑人さんがお義姉さんの事を大切に思うのは当たり前です。…………ただ。」
優しく宥める様な口調にほっと安心した俺が口を聞こうとした瞬間。有妃は『ただ』と言うと何とも言えない複雑な笑顔を浮かべた。一体どうしたんだろう…。
「ただ…あの…そんな事は無いと承知していますが、お義姉さんの事を…特別な存在として見てはいない…ですよね?あ…いえ…。まさかとは思うんですよ…。」
妙に焦燥感溢れる口調になった有妃だが笑顔は崩さない。だが、俺の顔に己の顔をずっと近づけると真正面から見つめてきた。ああ…これは…。今まで何度か見た事がある暗い眼差しだ。そうだ。姉の事を『女』として見ているのではないかと疑っているのだ…。俺は慌てて有妃に釈明する。
「いやいや…そんなことあり得ないから!でも…有妃ちゃんが信じられないのなら…俺の事は好きにしてくれていいんだよ…。」
実際姉の事は大好きだが、欲情の対象としたことは無いといっていい。根が甘えんぼなので、思いっきり抱きしめてもらいたい…。優しく包み込んでもらいたい…。とは良く思ったが、男女の関係になりたいとは考えた事も無い。まあ、俺にとっては二人目の母親みたいなものだったのだろう。
でも、信じられないというなら何をされても仕方がない…。俺はじっと見つめる真紅の瞳を真正面から見返す。まあ、どちらにしても有妃は俺に酷い事はしないという信頼がある故の言葉だが…。有妃は小さくため息をつくとかぶりを振った。いつの間にか普段の優しい瞳に戻っていて安心する。
「わかっているんですよ。佑人さんがそんな感情を抱いていないことは承知しています。ただちょっと…私も気持ちが抑えきれなくて…。気分悪くさせてごめんなさい…。」
普段は抑えてはくれているのだが、有妃もラミア属らしく色々思い込みが激しい所がある。でも結局それは俺の事を想ってくれている証であるし、いつも話せばちゃんとわかってくれる。
申し訳なさそうにしている彼女を慰める様に俺は微笑むと、何も気にしていないよと優しく言う。
暫く有妃は考え事をしている様子だったが、ふと何かを思いついたかの様に俺を見つめた。
「あの…佑人さん。私の故郷には色々な術に長けている者も多いですから…どうでしょう?お義姉さんの事について何か力になれるかもしれませんよ。」
「有妃ちゃん。それは本当?」
「はい…。」
「ありがとう…。お願い…。」
有妃は己の複雑な気持ちを抑えて俺に力を貸そうとしてくれたのだ。その優しさが嬉しくて、そして無理をさせてしまった申し訳なさで何度も頭を下げる。有妃も慌てたように俺を優しく抱きしめてくれた。心も体も暖かくて思わずそっと身を委ねた……。
それから間もなく、今度は俺が有妃の両親に挨拶すべく二人で故郷に向かった。ネットでの噂通りに村の入り口には警察の検問所があり、色々事情を聴かれてしまった。もっとも有妃が魔物と言う事で比較的すんなりと通してくれたのは幸いだった。
さて、俺にとって初の魔界体験。村の中は一体どんな状態なのだろうと期待と不安に胸を膨らませたが、見た目は緑豊かなのどかな山村で拍子抜けしてしまった。明緑魔界は人間界と外観は良く似ているそうなのでそれも当然か。だが、圧倒的に魔物の数が多く、こちらでは見た事も無いような種族にも出会えたので、やっぱりここは魔界なのだと言う事を実感した。
そしていよいよ有妃の両親と対面したが、まず何よりも二人とも若い。もう義母と義父と呼ばせてもらうが……義母は有妃とは姉妹にしか見えないし、彼女に負けず劣らず美しい。そして義父に至っては見た目は俺以上に若く見える。インキュバスになると不老に近い状態になると言うが本当だったようだ。以前有妃から聞いた話だと大学在学中に義母と結ばれたというから、その時点で老化が止まっているのだろう。
お淑やかで温かな笑みを絶やさない義母の雪乃さんと、真面目で誠実そうな雰囲気を纏っている義父の幸一さん。お二人は俺達をとても温かく迎えてくれた。有妃によれば自らの衝動を抑えきれなくなった義母が義父を無理やりものにしたらしいが、とてもじゃないがそんな事をする方とは思えない。
俺の思いに気が付いたかのように時折義母が苦笑する様なそぶりを見せたが、有妃は別に知られて困る話ではないと言っていたので、気にすることは無いだろう。
そして、肝心の娘さんを下さいだが、俺の方から早く口にしようと焦っているうちに義父から切り出されてしまった。もっとも、『私たちも孫を早く見たい。だが人と魔物の間では大変子供が出来にくいので、暇を見つけては有妃の膣内に沢山精を出すようにして欲しい。』と言う様な事を大真面目にお願いされてしまった。
それを聞いた義母は大笑いするわ…有妃は一体なんて事を!と義父につめよるわ…俺はあっけにとられて顔を赤くするわ…。と思いも寄らぬ展開になった。だが、なんというか…この一件で完全に緊張の糸が切れてしまった俺は、その後リラックスしてご両親に接することが出来た。
インキュバスになって長いと価値観も魔物に近くなるのかと驚いた。だが、今にして思えば俺の緊張をほぐす為にわざわざ変な役回りを買って出てくれたのかもしれない。だとしたら本当に感謝だ。結局お二人とも俺たちの事は快く認めてくれ、有妃の久しぶりの里帰りも兼ねていた今回の訪問中ずっとお世話になった。
こちらに帰宅後も引っ越し作業とか荷物の片付けとかで色々忙しく(結局有妃の勧めで彼女の家に俺が越してくる形となった。通勤時間も有妃の家からの方が圧倒的に近い)長いはずの休暇はあっという間に過ぎ去った。
まあほとんどの作業は有妃が差配してくれたので、俺はただ彼女を手伝っていただけなのだが…。何かしようとすると有妃が私に全部任せて下さいと笑って言うので、俺も無理は言わずに彼女に任せていた。と言うのは言い訳か。
そして休暇も終えた翌日の朝……。有妃との新しい生活の幕開けみたいな清々しい気分で、俺はいつになく元気に出勤しようとした。隣には大好きな新妻の姿。誰かに見送られるのがこれほど心強い事だったとは…。俺はその事を久しく忘れていた。
ちなみにこれから送り迎えは有妃がしてくれる事になった。もう会社には到着しており、今は二人とも車の中でくつろいでいる。
「それじゃあ有妃ちゃん。行ってきます。」
「行ってらっしゃい。気を付けてくださいね…。それと、はい!」
有妃はそう言うなり俺をぎゅっと抱きしめてキスをしてきた。一瞬慌てた俺も彼女と濃厚な口づけを交わし、暫くの間お互いの唇舌を貪るように吸い続けた。
本当はいつまでもこうしていたい…。そんな気持ちだったが、もう時間が迫っていた。名残惜しい気持ちを無理やり抑えて唇を離す。
「ふふっ…。行ってらっしゃいのちゅーはお気に召しましたか?」
慈愛深くも悪戯っぽい微笑みを見せる有妃が素敵だ。俺はうっとりとしながらうなずく。
「私も本当はずっとこうしていたいんですが…。仕方ないですね…。お仕事頑張って下さいねっ!佑人さんの好きなものをたくさん作って待っていますから!」
にこやかに見送る有妃の笑顔を目に焼き付けて会社の門をくぐった。
数週間ぶりの出勤でまず気になったのが周りの目だ。みんな結婚を快く祝ってくれたので救われたのだが…特に魔物娘の方達は妙に生暖かい視線を送ってくるので、色々とこそばゆかった。
そして大変世話になった社長にもお礼と報告を兼ねて挨拶しに行ったが、実に屈託のない笑顔で迎えてくれた。
「おお!森宮君おめでとう!」
「本当にありがとうございます。社長には何から何までお世話になりまして…なんとお礼を申し上げてよいか…。」
丁寧に頭を下げる俺に対して、社長は堅苦しい真似は止めろと手を振る。
「いやいや…。世話になったのは私の方だ。これでようやく有妃に借りを返すことが出来たってものだよ。本当に君には感謝してもしきれないな!」
気にするなと言わんばかりに豪快に笑う社長を見ていると、申し訳なさで一杯だった俺の心が晴れて行くのを感じた。
「それで…有妃とはうまくいって…ってこれは聞くまでも無いな。休み中ずっと有妃に可愛がってもらった事は良く分かるよ。」
「はい…。おかげさまで…。」
ニヤニヤしている社長の言いたいことが分かった俺は思わず顔を赤らめてしまう。実際暇さえあれば交わり続けた。引っ越し作業を放置して延々と一日中し続ける事すらあった。俺も魔の肉体の快楽に溺れきってしまい、拒むことなど全く考えもしなかった。
「そうか…。まあ仲が良くて結構な事だよ。それと一つ…これは有妃とは腐れ縁の仲と言う事で君にお願いなんだが…。」
急に真面目な顔になった社長を見ていると気が引き締まる。俺は黙って次の言葉を待った。
「わかってくれているとは思うが、有妃はあの通りいい奴だ。夫婦の交わりをする時も君の体調や気持ちを色々考えているはずなんだ。だが…魔物娘である以上いつもそう言う訳にはいかない。
いつの日か衝動を抑えきれずに、君を乱暴に搾り取ってしまう事があるはずだ。それこそ気絶しているにも構わずに何度も何度もな…。だが、それは魔物の夫となった者の通る道だと思って受け入れて欲しいんだ。」
親友を想う社長の思いやりに打たれたが、その事は俺自身の身を持って体験していた。有妃の優しさが少々じれったくて挑発する様なことを言ってしまい、結果何度気絶してもかまわず搾り取られる事になった一件だ。
「はい…。おっしゃる事は良く分かります。僕も先だって体験しましたので…。」
「何?本当か?有妃がそこまでするなんて一体何が切っ掛けだ?もしかして新婚早々浮気とか…」
「はい?いや…とんでもない!違うんです!」
信じられないと言った顔つきの社長を見て俺は慌てて経緯を説明した。彼女はふむふむとうなずいていたが、次第に俺の事を見直す様な視線を浮かべていった。
「そうか…。そんな事があったのか。でも君も思い切った事をしたなあ。まあでも気絶するまで搾り取られて、初めて真の魔物の夫と言えるようなものだし。これで君も一人前だな。」
桃里社長は可愛らしい顔に満面の笑みを浮かべた。
「いえ…。そんな…。有妃ちゃ…いえ。妻も口では色々言いましたが、実際は僕の事をとても気遣ってくれていたのが良くわかりました。まだまだです…。」
思わず謙遜したが、多分それは本当の事だ。搾り取るたびに何度も栄養補給してくれたし、意識を失ったら目覚めるまではそっとしておいてくれた。俺が酷い事にならない様な気遣いはしてくれていた事は間違いない。
だが、こんな事を言うのだから…もしかして社長も旦那さんを散々犯しまくる様な事があるのだろうか?この幼女の様な愛らしい外見で…。思わずいけない妄想を抱いた俺を見抜いたかのように桃里社長はにやりとする。
「ふっ…。言っておくが、以前うちの旦那と修羅場になった時は、奴を抑え込んでずっと搾り取り、気絶しても叩き起こして延々と犯しぬいたものだ…。森宮君も有妃と喧嘩するときは覚悟するようにな。」
やっぱりそうか…。アハハと大笑いする社長に俺は顔をひきつらせた笑みを見せるしかなかった。
「絶対に逃げ切って見せると言っていた森宮もとうとう堕ちたか…。まあでも、おめでとう。」
「ありがとう黒川…。結局魔物娘には勝てなかったよ…。」
社内唯一の独り身だった俺がとうとう魔物娘に堕とされたと言う事で、この日はちょっと注目されてしまった。昼休みになった今も黒川に色々話を聞かれている。でも、これまでは露骨な性の話題はそれほど多くは無かったのだが、どんなプレイをしているだの、回数は何回だのと言った話題を今日は振られている。
ある意味俺もようやく彼らに魔の仲間と認められたのだろうから、これは喜ぶべきところなのだろう。だが、まだ理性は人のままなので、あけすけな話は結構恥ずかしくもある。俺は少し顔を赤くして黒川に答える。
「でも…嫁さんに体を巻き付かれて抱きしめられていると…安心感と言うか癒されるというか…すごく落ち着くんだよな。」
「ああ。それは良く分かるよ。俺もお嬢様に全身をしっかりと縛られていると色々満たされるんだ…。」
「そ……そうか……。」
黒川の奥さんはダークエルフなので毎日色々と淫らな調教をされているのだろう。今では彼の喜ぶ気持ちもわかるような気もするが、それでも完全に理解できるとは言い難い。幾分引き気味になってしまう。そんな俺に幾分むっとしたかの様に黒川は意外な事を言ってきた。
「前にうちのお嬢様に妹さんがいると言う事は話したよな…。独身の。言って置くけどお前はその召使い候補に挙がっていたんだからな!」
「おい…。まて。どういうことだよ?」
思わぬ事に慌てる俺を黒川は満足げに眺めた。幾分得意げな様子が小憎らしい。
「以前お前の事をお嬢様に話したんだが…そうしたら間違いなくその男は素質があるといって、ぜひ妹の召使いにしようと言われてな…。」
「はぁ!?俺にはもう嫁さんがいるんだぞ!一体何のつもりでそんな…」
「大丈夫。わかってるって…。お前が白蛇さんのものにされた事を伝えたら、それじゃあ仕方がないから諦めようと言われてな。まだ妹さん本人には伝わっていないので安心してくれ。」
勝手な事をされて怒る俺を黒川はなだめた。でも諦めてくれたから良かったようなものの、もしこれがそうでなかったら一体どうなっていた事か…。全く。何が安心してくれだよ…。
でも、素質があるは案外あたっているかもしれない。俺の心の奥のMの部分を有妃は簡単に見抜き、優しく責められることも多い。もっとも有妃は俺の気分が乗らないときは、サディスティックに振る舞わないし、心身を傷つける様な事も絶対にしないのだが…。
ダークエルフの責めは一体どんなのだろうか…。黒川の言葉で有妃の甘い責めを思い出した俺は興味が沸いて聞いてみる。
「なあ…実際奥さんとのプレイって…痛かったり苦しかったりするのか?」
「ん?そんな馬鹿な事あるか。お嬢様はとても優しい人なんだぞっ。俺を鞭で叩いても苦しませるような事は絶対にしないさ。でも…そうか…。お前も責められたい方だとは思っていたが、やっぱり!」
「そんな馬鹿な事って言いたいのはこっちの方だ…。俺はそういう趣味は無いって…。」
図星を突かれて少々焦ったがここは冷静を装って否定した。黒川はそんな俺を皮肉な笑みを浮かべて見ていたが、ふと急に後ろから声をかけられた。
「お。ここに居たか…。おめでとう森宮君。」
振り向くとふわふわの尻尾と耳を持つ愛くるしい女性の姿があった。OLの制服姿が良く似合っている。……刑部狸の咲さんだ。
そう言えば有妃との事は最初に咲さんに相談してアドバイスも頂いた…。ある意味俺が告白する勇気を得る事が出来たのは、咲さんの忠告があったからこそなのだ。俺はいつも通りのにやにやした笑いを浮かべている彼女に頭を下げる。
「お久しぶりです咲さん。この間は色々相談にのって頂いて…本当にありがとうございます。」
「いやいや…。私はあくまでも助言しただけだよ。全ては君の行いの賜物さ。でも、これで君もようやく大人になったな!」
少し茶化す様な口調だったが、良くやったと褒めてくれるような眼差しが嬉しい。そんな咲さんは尻尾で俺をぽふぽふと叩こうとした…。だが、その瞬間『うわっ!』と声を上げて飛び退る様にして俺から離れた。
何事かと思った俺はあっけにとられて咲さんを見つめるが、彼女は危なかったと言わんばかりに胸をなでおろしている。
「え…。一体どうしたんですか?」
「どうしたって……君の体から奥さんのにおいが威嚇するように漂っているんだよ。この男に触れたら殺す!と言わんばかりにね。」
確かに出勤前に有妃とはしばらく抱き合ったが、そんなに臭いがつくほど長時間抱き合った訳では無い。試しに自分の体をくんくんしてみたが全く分からない。確認するかのように黒川の顔を見たが彼も首を傾げている。
だが、男の体から漂う精のにおいを嗅ぎ分けることが出来る魔物娘の事だ。男にされたマーキングから色々な情報を得る事は十分可能なのだろう。
「ああ…。これは君たちには分からないと思うよ。自慢じゃないが私達魔物は鼻が敏感だからね。」
ラミア属の有妃の事だ。絶対に触れるなと言う強烈な意思表示を込めたにおいだとは察せられる。まだ驚きを隠せないかのような咲さんだが、俺たち二人を見やるとにっこり笑ってみせた。
「まあ…どれだけ君が奥さんから愛されているかの証みたいなものだよ。これからは思いっきり可愛がってもらいなよ。
でも…この様子だと浮気を疑われたら相当酷い目に会うんじゃないのか?君は間違ってもそんな事は無いだろうけれど、行いには十分気を付けるように!」
「またまた…。冗談きついですよ…。」
少し脅かす様な口調で楽しそうに笑う咲さんだ。俺は笑って受け流す。思い込みが強い面はあるけど有妃が酷い事をするなんてあり得ない…。そう信じていたからだ。
だがそれから約一年後、浮気を疑われた俺は有妃の怖い面を知る事になり、白蛇の魔力を注ぎ込まれて心の底から彼女のものにされてしまう。
この事を知った人たちからはご愁傷様…とでもいった顔をされるのだが、俺はどうしてもそれが酷い事とは思えない。実際それ以前と以後ではさほど変わった訳では無い。有妃の事がますます愛おしくなり、これまで以上に彼女の事しか見えなくなったにすぎない。有妃もそんな俺を優しく受け入れていつも可愛がってくれる。
結果とろける様に心地良く甘い快楽に満ちた毎日を送っている。穏やかで満ち足りた日々だ…。だが、その事になんのおかしさも感じない今現在の俺は、人としての誇りや倫理観を完全に捨ててしまったのかな…という思いがどうかすると沸き起こってくるのだ。
この日は早く仕事が終わるのが待ち遠しかった。有妃に甘えて…ぎゅっと抱きしめてもらって…優しく絞られたい。そんな思いを抑えきれずにずっと疼いていた。そしてようやく仕事が終わり、迎えに来てくれた有妃の車に俺はすぐさま駆け寄った。
「有妃ちゃん…。」
「ふふっ。お疲れ様です…佑人さん。」
早速車に乗り込むと穏やかに微笑む有妃を抱きしめる。もう、と言って苦笑しながらも彼女の蛇体が俺に巻き付き、全身を優しく拘束してくれた。その甘い施しに俺は我を忘れて憩う。
「まあ…。相変わらず甘えんぼさんですねえ…。でもとっても可愛いですよ…。ええと……女のにおいは付けていないようですね。佑人さんはいい子です…。」
見せつける様に俺のにおいを嗅いで、有妃は耳元でねっとりとささやく。よしよしと頭を撫でてくれる。心地よい手の感触に今までの切なさがたちどころに消え去った。
「さ。気分が落ち着いたらお家に帰りましょうね。今日は佑人さんの大好きなとんかつにしましたからねっ。」
そう言った有妃は何度見ても見飽きる事のない華やかな笑顔を見せた。
17/03/10 01:44更新 / 近藤無内
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