連載小説
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第7章 有妃とラミアのAVは…
 「よぉーし!5時になったあっ!さっさと帰ろう!」

 「帰ったら嫁に抱っこしてもらって…とりあえずは寝る……」

 「俺はふわふわの羽毛に包まれて週末はずっとぬくぬくするんだ……」

 今週の仕事もようやく終わった。明日からの休みを前に、同僚達の気分が高揚しているのが伝わってくる。みんな休みはどうしようか楽しそうに話しているが、ほとんどは魔物の嫁と色々エロい事したい、というインキュバスらしい望みに他ならない。
そう言う俺もワーシープやガンダルヴァの嫁を持つ同僚たちと、寒い日は暖かい嫁に包まれてのんびり過ごすのが一番だなあ…などと談笑する有様だ。

 やれやれ…。有妃と一緒になる前は、魔物嫁との爛れた休日を嬉しそうに語る同僚を、相当冷ややかな眼差しで見ていたはずなのだが…。俺がそんな立場になるなんて変われば変わるものだ。

 皆タイムカードを押すといそいそと帰って行く。俺も黒川達に挨拶するとすぐにスクーターに乗り込んだ。このまますぐ帰宅して有妃にぎゅっと抱きしめてもらおう…。特に今日は二人が出会った当時の事を色々思い出して妙に切ない。それに…今日は週末だ。有妃に魔力を注ぎ込んでもらって思う存分悦楽に溺れたい。

 有妃と一緒になった当時は会社への送り迎えは彼女がしてくれていた。これは…世話を焼くというより、俺から出来るだけ目を離したくなかったゆえの事だろう。有妃は口には出さないのであくまでも推測だが。

 それが皮肉なことに白蛇の魔力を入れられる様になってからは、ある程度拘束が緩むようになってきた。ほぼ毎週白蛇の炎を注ぎ込まれるので、もう有妃以外の女性には全く欲情する事は無くなった。それを承知して俺を自由にしてくれている気がする。
 
 確かに女性を見て美しいと思う事も多い。だが、夕日や澄んだ青空を見て、いくら美しくても性欲を抱かない様に、感動と欲情を結ぶ回路の様な物が断ち切られている感覚だ。でもその反面有妃に甘えたい…。欲望を思い切り吐きだしたい…。抱きしめられて優しい匂いに包まれたい…。といった思いは際限なくなってしまった。
 今もそうだ。彼女のもとに一刻も早く帰りたいのだが、残念なことに少し寄らなければならない所がある…。

 途中立ち寄ったのはレンタルDVDショップ。返却期限間際のDVDを返しに立ち寄ったのだが、間違ってもエロDVDでは無い…。ウンディーネが主人公のアニメのDVD、これを返しに立ち寄ったのだ。見ていて癒されるとの事で有妃がこの作品を気に入ってくれて、ふたりで一緒に見る事も多くなった。これは嬉しい誤算といってよいだろう。

 返却を終えてすぐに帰ろうと思った俺の目に入ってきたのは、アダルト作品のコーナーを示す垂れ幕だが…。俺はぶるりと身を震わせて足早に遠ざかった。実はAVに関しても何とも言えない思い出があるのだ……。















 あれは有妃の家に引っ越す作業をしていた時の事だ。処分しようと思いどこを探しても見つからない3本のAVがあった。有妃と『友達』として付き合い始めてから、結ばれるまでの間に手に入れたラミア属の作品だ。

  本来交わっているのを他人に見せつけるというのはアマゾネスの風習だ。それが多くの魔物の間に広まってきている事もあり、魔物娘出演の実写AVも容易に手に入るようになったのだ。無論出演しているのはカップルに限られるのだろうが。

 有妃が俺の家に出入りするようになってから、見せたくないエロ物品はこっそりと始末した。だが彼女に告白する決心がつかずに悶々としていた頃…。募る想いに耐えきれずについラミアのAVを買ってしまい、高まる己の劣情を慰めてしまった。

 実際に観て、もし有妃とだったらどんな風にするんだろう…と興奮が抑えきれなかった。だが、まともに有妃に向かい合えない俺が惨めで、欲望を自分自身の手で吐きだすたびに劣等感に陥ってしまった。そしてため息をつきながらティッシュを始末するのだ。

 そんな苦い思い出のAVはすぐに処分したいがどうしても見つからない。どうも変だがこれは他のごみに紛れて捨ててしまったのだろう。と無理やり自分を納得させた。それがある日の事、有妃との食事のおりだ…。

「佑人さん。ご飯出来ましたよっ!」

「ありがとう。ちょと待って。」

 楽しげな有妃の声に誘われて俺はすぐに食卓に向かった。これは『友達』の頃からだが、本当に毎回の食事が楽しい。とっても美味しいのはもちろんだが、苦手な食材も美味しく食べられるように色々考えてくれているのが嬉しい。
 何よりも有妃の温かい眼差しに見守られながら頂く食事が、どれほど心安らぐか身を持って味わった。もうこれを失う事には耐えられないだろう。

 早い話俺は俗にいう三つの袋のうち、胃袋をしっかりと握られてしまったのだ。残りの金玉袋は言わずもがなだし、給料袋もそうだ。当然給料は全部渡す様にしたのだが、どう考えても俺の薄給では思いもつかないほど贅沢をさせてもらっている。これでは有妃に半ば養われているのと同じ事だろう。

 と、いうか有妃からも遠まわしに『佑人さんが働かなくても私が養います。』と言われているのだが、プライドが邪魔をしてどうも踏み切れない。俺の男としての最後の矜持みたいなものなので、気持ちが納得するまでまだ時間がかかるだろう。

「有妃ちゃんお待たせっ……って。なんで……。」

「ん〜?どうしました?佑人さん?」

 そのような訳で喜んで食卓に着こうとした俺の目の前には……。何と……。あれほど探したラミア属のAV3本が見せつかるかのように置いてあった……。どうしてここに…。思わず唖然とする。だが、有妃は全く何事も無いかのように微笑みを崩さない。

「ゆ、有妃ちゃん…。あの…これは…その…。」

「さっ。お腹すいたでしょう。頂きましょうか。」

 なおも有妃は気が付かぬふりをして茶碗にご飯をよそう。そして何のわだかまりもないかのようににっこりと笑ってみせた。俺は困惑して彼女を見つめるだけだ。

「ふふっ…。今日はほっけですよ〜。とっても脂がのっていて美味しそうだったので…。」

 嬉しそうに語る有妃だが、俺はその顔から視線が外せない。じわじわと羞恥心が広がり顔が真っ赤になって行くのが分かる。その時…目にもとまらぬ速さで近づいた有妃が俺の顔をじっと覗き込んだ。驚いて身を引こうとしたが、両肩をしっかりと掴まれて身動きが取れなくなってしまった。

 よく見ればとても優しい眼差しだった。何時も俺を優しく労わり、慰める時の慈愛深い有妃の瞳だ。だが、なぜか無性に胸騒を覚えた。
 もしこれが嗜虐的な…俺をいたぶる様な表情だったら逆に安堵できた。それは有妃がこの事を、あくまでも恥ずかしいプレイの一環として見てくれている事の証だから。でもこれは…

「ゆ う と さ ん…。食べましょう?」

「ぁ…………。」

 あくまでも穏やかな、何時もの温厚な有妃として問いかける。俺は言葉も発せられないほど困ってしまう。仕方なく有妃に訴えかける様な視線を送るが、『食べませんか?』と繰り返すだけだ。

 白蛇である有妃にとって、隠れてAVを見る事がどんな事になるかは知らない。だが、どう贔屓目に見たところで良い結果をもたらす事になるとは思えない…。そんな思いがよぎると羞恥心は消え、不安が一気に襲ってきた。視線を合わるのに気後れし俯いてしまう。

 有妃は何気ない様子で世間話をしているが、全く頭に入ってこない。徐々に空気が重くなり、俺はいつしか冷や汗でびっしょりになっていた。緊迫した時間がいつまで続くのかと思ったが、それは突然破られた。

「佑人さん…。これ…。」

 それまで気が付かなかったふりをしていた有妃だが、ふいにDVDの一つを俺の目の前に見せつける。

「ええと…『ラミアのお姉さんがぐるぐる巻きにしてアナタを犯してあ・げ・る♥』ずいぶんと長いタイトルですねえ。」

 相変らず朗らかな有妃だが、妙に笑顔が怖く見えるのは不安がもたらす気の迷いだろうか。言葉も無く沈黙を続ける俺に構わずしゃべり続けると、彼女は次のDVDを手に取った。

 「まあ…『ツンデレメドゥーサ大乱闘!私はあんたをぐるぐる巻きにするけど、別に好きでも何でも無いんだからねっ!!』ですって…。
 佑人さんは本当に蛇体に巻き付かれるのが好きなんですねえ…。まあそれは良く分かっていますけれど。」

 俺は多分哀願するかのような顔つきをしていただろう。だが有妃はますます相好を崩すとはしゃぐように問いかける。

「ふふっ…。佑人さんはつんでれ?って言うんですか?こういうキャラも好きなんですね?てっきり甘えさせてくれるお姉ちゃんが好きなものとばかり思っていましたが…。」

 答えを待たずに有妃は最後のDVDを取る。そしてそれは一番見られたくないもの……白蛇出演の作品だ……。

「ええと…。これは…。へぇ……。白 蛇……。私の同族じゃないですか……。佑人さんはこういう事をするんですね……。わたしというものがありながら………………。」

 有妃はその言葉をそっと発すると。くすくすと忍び笑いを漏らした。俺は心に恐怖が満ちてくるのを抑えきれない。そして…彼女は三枚のDVDを手に持つと、ほんとうに柔らかい、とろけるような笑みを見せた。その時だった。
 有妃の手に突然青白い光が煌めき強い熱を発した。と、思った瞬間…DVDは影も形も無くなっていた。

 …もうこれが限界だった。溢れ出そうな動揺を抑えることが出来ずに、俺自身気づかぬうちに必死になって頭を下げていた。

「ごめん有妃ちゃん!俺が悪かったから!ごめん!悪かったよ…。本当にごめん…。」

 一体何度謝った事だろう…。無限に続くと思った時間だが、不意に楽しそうに笑う声が聞こえてきた。少し低いが優しい声…。俺を安心させてくれるいつもの有妃の声だ

「はぁ〜い!大成功です〜!」

「え…………?有妃………ちゃん?」

 間の抜けた顔であっけにとられる俺を見て、ひたすら有妃は腹を抱えて笑っている。

「どっきり成功です〜。」

 これって…。もしかしてからかわれただけなのか…?なおも不安を消せずに怯えた表情で見つめてしまう。有妃はやれやれと言わんばかりに苦笑すると、俺の頭を抱いて優しく撫で続けてくれた。

「大丈夫ですよ…。大丈夫大丈夫…。何にも怖い事は無いんですからね…。もう心配しないで下さい…。」

 温かく優しい手つきと慰める様な癒しの声で、俺の心は次第に冷静さを取り戻していった。十分に気持ちが落ち着いた事を知った有妃は、そっと俺の顔を持ち上げると慈愛深い真紅の瞳で見つめた。そして申し訳なさそうに微笑んでみせる。

「ごめんなさい…。少々悪戯が過ぎちゃいましたね…。」

「それじゃあ…本当に。」

「はいっ!でも……佑人さんがAVなんか見てちょっと複雑な気分なのは本当なんですよ…。」

 そういって冗談っぽくむくれて見せると、指を立ててお説教する様なそぶりを見せた。俺は慌てて言い訳をする。

「本当にごめん…。でもこれは君と結ばれる前に買ったものなんだ…。それは信じて欲しい…。」

「ふふっ…。でも当然これを見てオナニーしていたんですよね…。佑人さんの美味しい精を隠れて捨てる様な事をして…なんてもったいない事を!」

 穴だらけの俺の弁明の隙を突き、違う角度から攻めてくる有妃だ。どうだ何も言えないだろう。とばかりに優越感に浸った表情をすると得意げに笑う。

「でも…それは………。」

「それは…なんですか?」

 その次の言葉を言おうとして思わず口ごもった。当然言えるわけが無かった。有妃が俺を襲ってくれなかったから悶々として仕方なく…だなんて…。それは告白出来なかった己自身の臆病さに原因がある事だ。有妃に責任転嫁をするような真似は絶対に出来ない。
 言葉を失い俯く俺だったが、有妃は気持ちを見透かした様に微笑むと、また俺の頭を抱いてくれた。そして慰める様に何度も撫でてくれる。

「ご心配なく…。これでも私は佑人さんの奥さんなんですよ…。言われなくてもあなたのお気持ちはわかります…。」

「ゆきちゃん…。ほんとうに?」

 有妃の温かい体に抱きしめられてすっかり安らいだ俺は、とろけそうな声で答えた。

「はいっ。佑人さんと『お友達』になれた時…すぐにあなたを私のものにして差し上げれば良かったんですけれど…。佑人さんご自身のお言葉で想いを伝えて頂きたくて…。結果として焦らす事になってしまいましたよね…。」

 申し訳なさそうな、そして愁いを帯びた眼差しで有妃は語りかける。

「それで佑人さんは欲情が抑えきれなくなってしまって…。と、こういう事ではないかとお見受けしますが…。」

「……………。」

 口に出すのは恥ずかしく…黙ったままで少しうなずく俺だったが、有妃は穏やかな表情で微笑んでくれた。先ほどの様な妙に怖さを感じさせる笑顔ではなく、心の底から安らげる温かさを感じる。
 そうだ…有妃はいつだって俺の事をわかってくれるじゃないか…。すっかり安心して思いのたけを打ち明ける。

「そうだよ…。俺は有妃ちゃんの事をずっと考えてしまって…。本当に気持ちが抑えきれなくなっちゃって…。悶々として我慢できなくて…。」

「ええ…。わかっていますよ…。すみません…。私が佑人さんの事を責める資格なんてないんですよね…。でも、そこまで想って頂いたなんて…私は果報者ですっ!」

 有妃は歓喜に震えながら、蛇体を俺に巻き付け優しく包み込んだ。頭をふくよかな胸に抱き心地よい手つきで愛撫してくれる。俺の大好きな何時もの有妃の抱擁だ。温かさと優しい匂いに包まれて、甘い陶酔感に溺れる俺はいつしか有妃を抱きしめ返す。

「有妃ちゃん…。俺こそ気分悪くさせてごめんね…もうこんな事しないからね。」

「大丈夫ですよ…。佑人さんのお気持ちは全てわかっておりますから…。何にも気にする必要は無いんですからね…。」

 有妃の慰めと愛撫を受けて俺はひたすら安らぎに浸る。温かく…良い匂いで…もう何もいらない…。そんなとろとろとした時間を心行くまで堪能した。













 

 半ば呆けていた様な俺だが徐々に正気を取り戻し顔を上げる。有妃は相変わらず慈しみ溢れる眼差しで俺を見つめていたが、気が付くとにっこりとしてくれた。俺もつられて微笑み返したが…でも、よく俺のAVを見つけることが出来たな…。あれは誰にもわからないような場所に隠してあったはずなのに…。ふいにそう思って問いかける。

「それで…良く分かったね…。あれが置いてある場所…。」

 有妃は何を当たり前の事を言っているのだと言わんばかりの表情をする。妙に鼻高々な様子なのだがそれも可愛らしい。

「言ったでしょう?私は佑人さんの事は何でも分かるんですからね…。いくら隠しても駄目ですよ〜。」

 ほんの一瞬…有妃の眼差しが暗い光を含んだか?と思ったがそれは意識する間もなく消えた。よく見ればいつもの穏やかな笑顔で安堵する。

「そうそう…。佑人さん。何か忘れてはいませんか?」

 体を有妃の蛇体に巻かれてすっかり良い心持の俺だが、そんな俺に何かを思い出させるかのように有妃は問いかける。えーっと…。なんだっけ?

「もうっ。忘れんぼさんっ!佑人さんはまだご飯を食べていないんですよ…。」

「ああ!そう言えばそうだったね…。」

 たしなめる様に苦笑する有妃に俺も照れた笑みを見せる。でも、この心地よさからはしばらく離れたくない…。有妃にぎゅっと抱きしめてもらい続けたい。甘い思いが抑えきれずに俺は恥ずかしげに問いかけた。

「えーっと…。」

「ん〜。どうしました…。佑人さん?」

「あの…このまま…あーんしてもらっていいかな…。なんか、離れたくないんだ…。」

 たちまちのうちに悪戯っぽい笑みが溢れだす有妃は、『まあっ』というと拘束する蛇体の力を強めた。

「あらあらまあまあ…。本当に佑人さんは…。ふふっ…。甘えんぼさんっ!」

「ごめん…嫌だったらいいん…。」

 なんて変なことを言ってしまったんだろう…。恥ずかしさに耐えきれなかった俺が最後まで言葉を言う前に、有妃は頭を抱きしめてくれた。

「やめて下さいよ…。嫌な訳無いじゃないですか…。佑人さんからそう言って頂いて本当に嬉しいですよっ。私にだったら…私だけなら思う存分甘えていいんですからねっ!」

 有妃の瞳は悦びに溢れるようなきらきらした紅色を放っていた。そのまま彼女は俺を抱いたまま食卓に移動すると、愛情たっぷりに食べさせてくれたのだった……。

 当時は俺の怖がる反応が見たい有妃の悪戯だと思っていた。だが今にして思えば、この一件は彼女なりのサインと言うか警告だったのかもしれない。今回はこれで許しますけど次はしっかりお仕置きしますからね。という…。

 鈍い俺はそれを全く意識する事はなかった。しばらく後、平然と浮気を疑われるような事をしてしまい…結果として心の底から支配される事になってしまったのだ。















 さて…。店の外に出た俺は寒さにふるえた。この後は寄り道せずに家に帰ろう。そして…有妃に心行くまで甘えよう…。そんな思いを抱くとすぐにスクーターに乗り込んだ。






















17/03/10 02:05更新 / 近藤無内
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■作者メッセージ
次章に続きます。

本章で有妃が白蛇の炎で燃やしますが、これはシャルロット♂さんの「DARKSUITE」の一シーンをお借りしました。
シャルロット♂さんには快くお貸し頂き、大変ありがとうございます!白蛇さんの怖い面を表すにはこれしかない!と確信しました。

今回もご覧いただきありがとうございます。

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