番外編〜ニータのお仕事〜
〜冒険者ギルド ロビー〜
「ぬ〜……」
「う〜……」
いつもながらに思うが、この二人はなぜ俺の膝の上を取り合うのだろうか。
俺の膝の上ではアニスちゃんとニータがおしくらまんじゅうをしていた。
ちなみに背中に抱きついているのはメイ、正面に座って砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲んでいるのはエルファだ。
「お前ら少しは仲良くしろよな?目の前で喧嘩されちゃ俺だって迷惑だぞ?」
「だっておにいちゃんのひざのうえはわたしのとくとーせきだもん」
「誰がそんな事決めたのよ。昨日はアニーだったんだから今日はあたしでもいいじゃない。」
あ〜こらこら、火花を飛ばすな火花を。
<カランカラン……>
そんな小さな小競り合いをしている所にベルの音が鳴る。
ギルドの玄関に取り付けられている物だ。
中に入ってきたのは見慣れない男。服装はかなり軽装だ。
「ニータ、少し話がある。」
「あら、キーちゃん。どうかしたの?」
「そのキーちゃんというのはやめろ……お前達に任せた例のブツはたしかに全て回収したんだな?」
例のブツ?こいつは一体何を言っている……
「間違いなく全部回収したよ?殆ど偶然だけど……ってまさか。」
「そのまさかだ。パレナ鉱山との連絡が途絶えた。」
真っ青になるニータ。一体どうしたんだ……?
「そんな……回収に漏れがあった!?」
「そうでなければ連絡は途切れまい。お前は直ぐに状況の確認へ行ってくれ。」
そう言うと男は要件は終わったとばかりにギルドを後にした。
「……アル、一緒に来て。」
「何?」
そう言うとニータは俺の手を引いて椅子から立ち上がらせた。
アニスちゃんが抗議の声を上げる。
「ニータちゃん、抜け駆けはずるくない?」
「ごめん、アニー。今回ばかりは真剣なんだ。だからここは引いて。」
いつもの無邪気さは一切無い。あるのは底冷えしそうなほどの空気だけ。
「……ごめんなさい。」
「ううん、勝手言ってこっちこそごめん。この埋め合わせはそのうちするから。」
ニータはひょいと飛び上がるとメイを引っ剥がし、椅子へと座らせた。
不満そうに口を開けたが、すかさずその口の中に飴をつっこむ……ってそれ俺の飴!?
「うを!?いつのまに!?」
「驚いている暇は無いよ。さ、いこ。」
そう言うとニータは俺の手を取ってギルドを飛び出した。
「……すっかり置いてきぼりを食らってしまったのぉ……」
寂しそうにエルファがそう呟いたのは誰も聞いていなかった。
〜旅の館〜
ニータに引っ張られて来たのは旅の館だった。
鵺は出掛けにニータが渡してきた……ってこいついつの間に。
「おい、説明ぐらいしてくれ。これじゃなにがなんだかわからないぞ。」
「詳しくは現地で話すから。今は黙っていて。」
『マスター、ここは彼女に従いましょう。何か緊急事態が起こっているようです。』
ニータにたしなめられ、ラプラスに促されて俺は仕方無しに口を噤んだ。
「鉱夫街ブレントへ二人分ね。」
受付へニータが金貨を6枚突きつける……っておい。
「本気で訳がわからなくなってきたぞ。ニータ、お前何者だ?」
しかしニータは何も言わずに俺を転送陣まで引っ張っていく。
転送陣へ入ったとたんに意識が反転し、気がつけば別の旅の館へと飛ばされていた。
〜鉱夫街 ブレント〜
転送されて来たのはいいが、妙に静かだ。というより旅の館の中に人っ子一人いない。
外の喧騒も無く、完全に静寂に包まれている。
「どうなってんだこりゃ……」
「遅かった……!」
ニータが出口へ駆け寄り、気配を消して扉から街を覗き込む。
俺も真似をして覗き込むと……。
「うげ……何だあれ。」
「……グリードアント。凶暴な人食いアリだよ。」
地面の所々に真っ黒な塊が蠢いている。しかし、それだけではない。
黒い塊の他にも白くて細い物や丸い物も……。
「あれ……人骨か?ってことはこの黒い塊は……」
「人……だと思う。もしかしたら魔物も混ざっているかも。」
たしかに一際大きい黒い塊のシルエットから見れば人間ではない物も混ざっている。
「あたしの……せいだ……!なんて事を……!」
「とりあえず閉めよう。長いことみたくなる光景じゃない。」
震えるニータを促して俺はアリを刺激しないように静かに扉を閉めた。
「で、一体何が起こっているんだ?あのアリはどこから出てきた?」
「アル、最初に謝っておくね。前に騙してごめん。」
はい?
「実はアルが以前うけていた倉庫の荷出し、あの荷物の中にあのアリが紛れ込んでいたんだ。」
「いや、ちょっと待て。あの中身は爆薬に使う硝石だろ?なんだってそんなものが……」
『考えられるのは一つぐらいしかありません。恐らくは鉱山を狙ったテロ行為でしょう。』
推測を述べるラプラス。しかし……テロ?
「ニータ……まさかお前。」
「言っておくけど今回のテロを仕組んだのは私達じゃないよ。むしろ防ごうとしていた側。」
ニータはさらに続ける。俺からしてみれば驚愕の事実だった訳だが。
「シーフギルドの情報網って凄くてね。誰が何をしようとしているとかすぐに分かっちゃうんだ。それこそ規模が大きければ尚更にね。で、今回のテロ……『パニッシャー』っていう反魔物組織が企てたテロの情報を掴んだ私達は即座に妨害に入ったの。爆薬の材料に紛れたグリードアントの箱を密かに回収してテロを未然に防ごう……ってね。」
「いや、待てよ。だったらテロの動きがあるって言って荷物の検査をすればよかったじゃないか。なぜ秘密裏に回収を?」
俺の疑問にもニータはスラスラと答える。こいつ、只者じゃない。
「そうすると鉱山の採掘に遅れが出ちゃうんだ。ただでさえ大量のオリハルコンが眠っている鉱山だよ?その遅れが莫大な損失に繋がるからね。秘密裏に行って工期を妨げない、そういう任務だったんだ。」
さっきからこいつは任務とか私達とか。
「ニータ、お前ひょっとしてシーフギルドか何かに入っていたのか?」
「そうだよ?言わなかったっけ?」
初耳だよコンチクショウ。
まぁ疑問はそれだけではない。他にもいろいろ聞きたいことがある。
「なぜ俺を連れてきた?少なくとも俺は害虫退治の専門家じゃないぜ?」
「……本当に頼みづらいんだけどね。アルにはこの街をまるごと焼き払って欲しいんだ。」
「なんですとぉ!?」
『随分豪快な対処方法ですね。』
俺とニータはアリ達を刺激しないように通りを歩き、街の外へと向かう。
街を片っぱしから焼き払わなければならないので、必然的に町の外から虱潰しに、ということになってしまう。この場合はアリ潰しか。
「で、そのパニッシャーってのはどういう組織なんだ?」
「下らない組織だよ……旧世代の魔物に恨みがある奴らの集まりでさ。次々と陰惨なテロ行為を繰り返しているんだ。私達シーフギルドはそいつらの活動を水面下で食い止めている。」
道すがら俺はニータに今回の黒幕について聞いていた。どうも魔物に逆恨みをしている連中らしい。
「姿が変わっても魔物は魔物だとか、あいつらはただ暴れたいだけだろうに。巻き込まれる人達はいい迷惑だよ。」
「テロ屋なんてどこも変わらんな。集まる理由が宗教か反政治かという違い程度で。」
異世界に行ってもテロ屋の相手とは。随分と好かれたものだな、俺も。
街の外へ着き、兵装の確認をする。
「爆発系の奴はまずいよな。吹っ飛ばされてこっちに飛んできたら事だ。」
『光学兵器で薙ぎ払いましょう。『プチアグニ』チャージ開始。限定的にリミッターを外し、出力を120%まで上げます。尚、このモードを使用すると1時間は次の使用が不可能になります。』
鵺からエネルギーがチャージされるような甲高い音が響き渡る。
その音が嫌なのか、ニータは自分の耳を両手で塞いでいた。
「発射の反動は大丈夫か?」
『重力ブレーキが効きますので問題ありません。尤もこのクラスの光学兵器をブレーキ無しで使用すると反動で吹き飛ばされるのでブレーキ破損時は使えないのですが。』
暫くするとチャージが完了したらしく、砲身が展開してプチアグニの砲身がせり出してきた。
鵺の本体からは熱で陽炎が立ち上っている。
「オーバーヒート前に片付けるぞ。プチアグニ掃射だ。」
『了解。プチアグニ発射。』
街全体をなぎ払うようにビームで焼き払っていく。
発射された極太ビームは家をなぎ倒し、道を焼き払い、人々の亡骸を飲み込んでいく。
無論、そこに蠢くアリ達も巻き添えにして。
照射が終わった後に残ったのは土気色の大地だけ。所々で土が溶けて赤熱している。
とりあえずこれでミッション完了……
「アル、次行くよ。」
「あん?もうアリは焼き尽くしただろ?これで終わりじゃないのか?」
しかしニータは首を振る。苦虫を噛み潰したような顔で話を続けた。
「アリがどこに住んでいるのか、と言えばわかる?」
「どこにって……まさか。」
「そ、鉱山の中。こっちは焼き払うだけじゃダメだね……毒ガスかなにかでも流し込まないと……」
「いや、ちょっと待て。オリハルコンの鉱山なんだろ?その中を毒ガスで充満させたらそれ以上の採掘は……」
「うん、出来ないよ。だから何?」
彼女の目には、何の表情も浮かんでいなかった。
「おま……」
「グリードアントのもっと怖い性質を教えてあげようか……。あれって最低限生物が住める環境であればどこでも繁殖できるんだ。しかも女王アリがいなくなると働き蟻の内の一匹が女王アリになる。つまり全部根絶やしにしないとあいつらは死に絶えてくれない。文字通りいくらでも増えるんだよ。」
心底ゾッとしない話だ。つまりこいつの言いたいことは……
「ここで根絶やしにしておかないとあいつらが鉱山からいろんな場所へと広がっていく……って事か?」
「そ。今までは鉱山街の人間達っていうおいしいエサがあったから離れなかったけど、もうそれも焼き払っちゃったからね。鉱山が使用不能になったとしてもここで叩き潰さないともっと大変なことになるよ?」
〜パレナ鉱山 換気ダクト〜
「ん?鉱山の入り口は向こうじゃないか?」
「アルは正面から突撃して毒ガス撒くつもり?もっと効果的な方法があるでしょ。」
ニータは腰のポシェットから小瓶を取り出した。
中には緑色の液体が入っている。
彼女は何も言わずにその小瓶をダクトの中へ放り込んだ。
暫くすると小瓶が割れる音が響いてくる。
「今のは何だ?」
「キルクラウドって言う高揮発性で致死率の高い毒ガスの原液。一嗅ぎしたら生命力の高いミノタウロスでも一撃死だろうね。」
なんて物騒なもん持ってやがる。
「さ、鉱山の入り口に行ってみよ。上手く行けばアリの死体が山積みになっているはずだよ。」
「正直お前が分からなくなったよ。」
〜パレナ鉱山 入り口〜
遠巻きから見ても入り口から緑色のガスが吹き出しているのがわかる。
こっちに流れて来ないだろうな……
「心配しなくても大丈夫だよ。揮発性も致死性も高いけど、大量の空気に触れると急激に毒性が薄れる効果もあるんだ。空気の少ない坑道の中ならともかく外であれば毒性は直ぐに無くなるから。」
「それでもあまり近づきたくはないな。ラプラス、何か毒ガスが防げる物は無いか?」
毒ガスでお陀仏というのは御免だったのでラプラスに助言を求めてみる。
『ADフィールドで有毒性のガスを遮断することができます。ただ、医療目的とは違い常時展開するには兵装の一つとして……つまり火器管制による武器の使用枠を一つ消費する形になります。』
「問題ないさ。全滅したかどうかを見に行くだけだからな。」
広めのフィールドが俺とニータを包みこむ。
めずらしい物を見たように彼女が驚いていた。
「わぁ……すごいねこれ。結界の一種?」
「似たようなもんだ。行くぜ。」
鉱山の入り口には大量のグリードアントが動かなくなっていた。
試しにオクスタンライフルのビームを打ち込んでみたが、それ以上動き出すことも無かった。
「これで大丈夫だよな。」
「ううん、まだだよ。まだ女王アリが残ってる。」
女王アリって……毒ガスを流し込んだのにまだ生きているのか?
「女王アリは一際生命力が強いんだ。毒なんかじゃ死なないよ。直接乗り込んで叩かないとまた増える。本当だったら毒ガスが全部無害化するまで待つつもりだったんだけど……」
そう言ってニータは俺の方を見る。あぁ、なるほど。
「毒ガスを無視して移動できるならその必要もないと。」
「そういうこと。さ、行こ。」
俺とニータは坑道の奥の方へと歩き出した。
坑道の中は断続的にカンテラがぶらさげられており、その中の光る石が坑道の中を明るく照らしていた。
時たまジャリジャリと足元から聞こえて来る音はグリードアントの死骸だ。
それまではおっかなびっくり死んでいるかどうか確認していたのだが、どこまで行っても全滅状態なので石を投げ込んで生きているかどうか確認するだけになった。
「なぁ、お前はこいつらの入った箱を回収するためにあの倉庫でこそ泥をしていたんだよな?」
「うん、そうだよ。」
だとするとこいつは……
「俺に近づいたのも……その箱を回収するためか?」
「まぁ……ね。正直取り入れられれば誰でもよかったんだけど。あ、でも。」
そう言って彼女は少し進んで俺の方へ向き直った。
「アルのことが好きなのは……本当だよ?それだけは信じて。」
「そうか……ま、別に怒っている訳じゃないから心配するな。」
そう言って俺は彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
くすぐったそうに首を縮める。
「お前にもやらなきゃならない事があったんだろ?それは人を助けるためだ。だったら俺から言うことは何も無いよ。」
俺の言葉を聞いて安心したのか、腰の所にぎゅうとしがみついて来た。
遠くの方からギチギチと音が聞こえて来る。本当に何かがいるようだ。
「多分……あの音が女王アリじゃないかな。気をつけて。すっごく大きいから。」
「すっごくって……たかがアリだろ?いままでの死骸も普通のアリのサイズと大してかわら……」
曲がり角を曲がり、ひらけた場所に出た俺達が見たものは……
<ギシャァァァァァアアアア!>
全長6,7メートルはあろうかという巨大な女王アリだった。
「オイコラ。話が違うぞ。」
「だからあれが女王アリなんだって。毒も効かないし一日数千億もの卵を生むんだ。今は毒の作用で卵の生産はストップしているみたいだけどね。」
全く効かないという訳ではないのか。それにしてもデカイ。
「ま、動きがトロそうで幸いだ。ラプラス、フェンリルク……」
『警告、動体反応接近。数15。』
ラプラスの警告で他の出入口を見ると……
「さらに聞いてねぇぞ、コラ。」
「ガードアントだね。女王アリの守護者だよ。」
ラプラスの警告通り、子牛ほどもあろうかというアリが次々と広場の中へと入ってきた。
どうやらあいつらにも毒は効かないらしい。
「ニータ、お前俺がいなかったら一人でこいつらと戦うつもりだったのか?」
「そのつもりだったんだけどね。アルがいるなら問題ないでしょ?」
まったく……こいつは。
「人を過大評価してくれるなよ。やるだけはやるけどな。」
『マイクロミサイル展開。マルチロック。』
無数のレティクルが次々と現れたガードアントをロックオンしていく。
肩と大腿部にはミサイルハッチ兼追加装甲が展開された。
1匹につき1発。計12発だ。残りはミサイルのリロードがあるのでライフルで倒すことに。
「一匹も逃がすかよ!」
『Fire』
ミサイルが1ダース飛んでいき、ガードアントに次々命中していく。
外殻ごと粉微塵になったガードアントはその場へ次々と倒れ伏していく。
残りの3体が怒り狂い、俺へ向かって突進してきた。
「So bad.」
『直線で突進してくるとは……狙い打ちにされますよ?』
ミサイルを格納し、ガードアントの頭部にそれぞれオクスタンライフルを3点射。流石に頭部を貫かれて生きている生物は居ない。
そいつらも同様に地へ倒れ伏した。
「さて、残るは貴様だけだ。何か言い残すことは……って喋れなかったな、そう言えば。」
俺はこちらへギャアギャアとわめき立てるだけの女王アリへと銃口を向ける。
少なくとも、こんな化け物相手に同情も慈悲も与えるほど俺は聖人君子ではない。
「あばよ。今度はジャイアントアントにでも生まれ変わってくる事だな。」
トリガープル。フルオートで放たれた弾丸が容赦なく女王アリを八つ裂きにしていく。
断末魔の声を上げて女王アリは動かなくなった。
「こんなもんか?」
「うん、これだけあれば確実だと思う。」
女王アリの死骸の周囲に爆薬をしこたま設置する。
点火方式は魔道具による時限式だ。
「ちとオーバーキルな気がしなくもないが……まぁこんだけ危険なもんを欠片でも残しておく道理は無いか。」
「うん、生き物には悪いけど……これも人助けだもんね。」
タイマーをセットし、俺達はその場を足早に去っていった。
鉱山から脱出した頃に爆発が起きた。
おそらくはこれであの女王アリは欠片も残さずに消し飛んだ事だろう。
惜しむらくはこの鉱山はさきほどの爆発で至る所に崩落が発生し、まともに採掘ができない状況へと陥った……といった所だろうか。
「もったいねぇなぁ……貴重なんだろ?オリハルコンって。」
「まぁこれも平和のための犠牲って事で……」
<ゴトッ>
ニータのポシェットから何かが重い音を立てて落ちる。
少し赤みがかかったそれは……
「金属?」
「あ、あははは……」
『どうやらオリハルコンの原石のようですね。』
このネズミ、どうやらどさくさにまぎれてトロッコか何かに積んであった原石を拝借したようだ。流石シーフ、手が早い。
「それ売却したら何か奢れよ?それで黙っておいてやる。」
「わ、わかったよぅ……トホホ……」
しょんぼりするニータに苦笑しつつ、俺達はモイライへと戻るのだった。
「さて、どうやって帰ろうか。」
「旅の館を使えば……あ“」
「俺が旅の館ごと街を焼き払っただろうが。」
『ちなみに徒歩では1週間近く掛かります。頑張ってください。』
ちなみに、ニータは帰った後山ほど始末書を書かされたそうだ。
ちゃんちゃん。
「ぬ〜……」
「う〜……」
いつもながらに思うが、この二人はなぜ俺の膝の上を取り合うのだろうか。
俺の膝の上ではアニスちゃんとニータがおしくらまんじゅうをしていた。
ちなみに背中に抱きついているのはメイ、正面に座って砂糖をたっぷり入れたコーヒーを飲んでいるのはエルファだ。
「お前ら少しは仲良くしろよな?目の前で喧嘩されちゃ俺だって迷惑だぞ?」
「だっておにいちゃんのひざのうえはわたしのとくとーせきだもん」
「誰がそんな事決めたのよ。昨日はアニーだったんだから今日はあたしでもいいじゃない。」
あ〜こらこら、火花を飛ばすな火花を。
<カランカラン……>
そんな小さな小競り合いをしている所にベルの音が鳴る。
ギルドの玄関に取り付けられている物だ。
中に入ってきたのは見慣れない男。服装はかなり軽装だ。
「ニータ、少し話がある。」
「あら、キーちゃん。どうかしたの?」
「そのキーちゃんというのはやめろ……お前達に任せた例のブツはたしかに全て回収したんだな?」
例のブツ?こいつは一体何を言っている……
「間違いなく全部回収したよ?殆ど偶然だけど……ってまさか。」
「そのまさかだ。パレナ鉱山との連絡が途絶えた。」
真っ青になるニータ。一体どうしたんだ……?
「そんな……回収に漏れがあった!?」
「そうでなければ連絡は途切れまい。お前は直ぐに状況の確認へ行ってくれ。」
そう言うと男は要件は終わったとばかりにギルドを後にした。
「……アル、一緒に来て。」
「何?」
そう言うとニータは俺の手を引いて椅子から立ち上がらせた。
アニスちゃんが抗議の声を上げる。
「ニータちゃん、抜け駆けはずるくない?」
「ごめん、アニー。今回ばかりは真剣なんだ。だからここは引いて。」
いつもの無邪気さは一切無い。あるのは底冷えしそうなほどの空気だけ。
「……ごめんなさい。」
「ううん、勝手言ってこっちこそごめん。この埋め合わせはそのうちするから。」
ニータはひょいと飛び上がるとメイを引っ剥がし、椅子へと座らせた。
不満そうに口を開けたが、すかさずその口の中に飴をつっこむ……ってそれ俺の飴!?
「うを!?いつのまに!?」
「驚いている暇は無いよ。さ、いこ。」
そう言うとニータは俺の手を取ってギルドを飛び出した。
「……すっかり置いてきぼりを食らってしまったのぉ……」
寂しそうにエルファがそう呟いたのは誰も聞いていなかった。
〜旅の館〜
ニータに引っ張られて来たのは旅の館だった。
鵺は出掛けにニータが渡してきた……ってこいついつの間に。
「おい、説明ぐらいしてくれ。これじゃなにがなんだかわからないぞ。」
「詳しくは現地で話すから。今は黙っていて。」
『マスター、ここは彼女に従いましょう。何か緊急事態が起こっているようです。』
ニータにたしなめられ、ラプラスに促されて俺は仕方無しに口を噤んだ。
「鉱夫街ブレントへ二人分ね。」
受付へニータが金貨を6枚突きつける……っておい。
「本気で訳がわからなくなってきたぞ。ニータ、お前何者だ?」
しかしニータは何も言わずに俺を転送陣まで引っ張っていく。
転送陣へ入ったとたんに意識が反転し、気がつけば別の旅の館へと飛ばされていた。
〜鉱夫街 ブレント〜
転送されて来たのはいいが、妙に静かだ。というより旅の館の中に人っ子一人いない。
外の喧騒も無く、完全に静寂に包まれている。
「どうなってんだこりゃ……」
「遅かった……!」
ニータが出口へ駆け寄り、気配を消して扉から街を覗き込む。
俺も真似をして覗き込むと……。
「うげ……何だあれ。」
「……グリードアント。凶暴な人食いアリだよ。」
地面の所々に真っ黒な塊が蠢いている。しかし、それだけではない。
黒い塊の他にも白くて細い物や丸い物も……。
「あれ……人骨か?ってことはこの黒い塊は……」
「人……だと思う。もしかしたら魔物も混ざっているかも。」
たしかに一際大きい黒い塊のシルエットから見れば人間ではない物も混ざっている。
「あたしの……せいだ……!なんて事を……!」
「とりあえず閉めよう。長いことみたくなる光景じゃない。」
震えるニータを促して俺はアリを刺激しないように静かに扉を閉めた。
「で、一体何が起こっているんだ?あのアリはどこから出てきた?」
「アル、最初に謝っておくね。前に騙してごめん。」
はい?
「実はアルが以前うけていた倉庫の荷出し、あの荷物の中にあのアリが紛れ込んでいたんだ。」
「いや、ちょっと待て。あの中身は爆薬に使う硝石だろ?なんだってそんなものが……」
『考えられるのは一つぐらいしかありません。恐らくは鉱山を狙ったテロ行為でしょう。』
推測を述べるラプラス。しかし……テロ?
「ニータ……まさかお前。」
「言っておくけど今回のテロを仕組んだのは私達じゃないよ。むしろ防ごうとしていた側。」
ニータはさらに続ける。俺からしてみれば驚愕の事実だった訳だが。
「シーフギルドの情報網って凄くてね。誰が何をしようとしているとかすぐに分かっちゃうんだ。それこそ規模が大きければ尚更にね。で、今回のテロ……『パニッシャー』っていう反魔物組織が企てたテロの情報を掴んだ私達は即座に妨害に入ったの。爆薬の材料に紛れたグリードアントの箱を密かに回収してテロを未然に防ごう……ってね。」
「いや、待てよ。だったらテロの動きがあるって言って荷物の検査をすればよかったじゃないか。なぜ秘密裏に回収を?」
俺の疑問にもニータはスラスラと答える。こいつ、只者じゃない。
「そうすると鉱山の採掘に遅れが出ちゃうんだ。ただでさえ大量のオリハルコンが眠っている鉱山だよ?その遅れが莫大な損失に繋がるからね。秘密裏に行って工期を妨げない、そういう任務だったんだ。」
さっきからこいつは任務とか私達とか。
「ニータ、お前ひょっとしてシーフギルドか何かに入っていたのか?」
「そうだよ?言わなかったっけ?」
初耳だよコンチクショウ。
まぁ疑問はそれだけではない。他にもいろいろ聞きたいことがある。
「なぜ俺を連れてきた?少なくとも俺は害虫退治の専門家じゃないぜ?」
「……本当に頼みづらいんだけどね。アルにはこの街をまるごと焼き払って欲しいんだ。」
「なんですとぉ!?」
『随分豪快な対処方法ですね。』
俺とニータはアリ達を刺激しないように通りを歩き、街の外へと向かう。
街を片っぱしから焼き払わなければならないので、必然的に町の外から虱潰しに、ということになってしまう。この場合はアリ潰しか。
「で、そのパニッシャーってのはどういう組織なんだ?」
「下らない組織だよ……旧世代の魔物に恨みがある奴らの集まりでさ。次々と陰惨なテロ行為を繰り返しているんだ。私達シーフギルドはそいつらの活動を水面下で食い止めている。」
道すがら俺はニータに今回の黒幕について聞いていた。どうも魔物に逆恨みをしている連中らしい。
「姿が変わっても魔物は魔物だとか、あいつらはただ暴れたいだけだろうに。巻き込まれる人達はいい迷惑だよ。」
「テロ屋なんてどこも変わらんな。集まる理由が宗教か反政治かという違い程度で。」
異世界に行ってもテロ屋の相手とは。随分と好かれたものだな、俺も。
街の外へ着き、兵装の確認をする。
「爆発系の奴はまずいよな。吹っ飛ばされてこっちに飛んできたら事だ。」
『光学兵器で薙ぎ払いましょう。『プチアグニ』チャージ開始。限定的にリミッターを外し、出力を120%まで上げます。尚、このモードを使用すると1時間は次の使用が不可能になります。』
鵺からエネルギーがチャージされるような甲高い音が響き渡る。
その音が嫌なのか、ニータは自分の耳を両手で塞いでいた。
「発射の反動は大丈夫か?」
『重力ブレーキが効きますので問題ありません。尤もこのクラスの光学兵器をブレーキ無しで使用すると反動で吹き飛ばされるのでブレーキ破損時は使えないのですが。』
暫くするとチャージが完了したらしく、砲身が展開してプチアグニの砲身がせり出してきた。
鵺の本体からは熱で陽炎が立ち上っている。
「オーバーヒート前に片付けるぞ。プチアグニ掃射だ。」
『了解。プチアグニ発射。』
街全体をなぎ払うようにビームで焼き払っていく。
発射された極太ビームは家をなぎ倒し、道を焼き払い、人々の亡骸を飲み込んでいく。
無論、そこに蠢くアリ達も巻き添えにして。
照射が終わった後に残ったのは土気色の大地だけ。所々で土が溶けて赤熱している。
とりあえずこれでミッション完了……
「アル、次行くよ。」
「あん?もうアリは焼き尽くしただろ?これで終わりじゃないのか?」
しかしニータは首を振る。苦虫を噛み潰したような顔で話を続けた。
「アリがどこに住んでいるのか、と言えばわかる?」
「どこにって……まさか。」
「そ、鉱山の中。こっちは焼き払うだけじゃダメだね……毒ガスかなにかでも流し込まないと……」
「いや、ちょっと待て。オリハルコンの鉱山なんだろ?その中を毒ガスで充満させたらそれ以上の採掘は……」
「うん、出来ないよ。だから何?」
彼女の目には、何の表情も浮かんでいなかった。
「おま……」
「グリードアントのもっと怖い性質を教えてあげようか……。あれって最低限生物が住める環境であればどこでも繁殖できるんだ。しかも女王アリがいなくなると働き蟻の内の一匹が女王アリになる。つまり全部根絶やしにしないとあいつらは死に絶えてくれない。文字通りいくらでも増えるんだよ。」
心底ゾッとしない話だ。つまりこいつの言いたいことは……
「ここで根絶やしにしておかないとあいつらが鉱山からいろんな場所へと広がっていく……って事か?」
「そ。今までは鉱山街の人間達っていうおいしいエサがあったから離れなかったけど、もうそれも焼き払っちゃったからね。鉱山が使用不能になったとしてもここで叩き潰さないともっと大変なことになるよ?」
〜パレナ鉱山 換気ダクト〜
「ん?鉱山の入り口は向こうじゃないか?」
「アルは正面から突撃して毒ガス撒くつもり?もっと効果的な方法があるでしょ。」
ニータは腰のポシェットから小瓶を取り出した。
中には緑色の液体が入っている。
彼女は何も言わずにその小瓶をダクトの中へ放り込んだ。
暫くすると小瓶が割れる音が響いてくる。
「今のは何だ?」
「キルクラウドって言う高揮発性で致死率の高い毒ガスの原液。一嗅ぎしたら生命力の高いミノタウロスでも一撃死だろうね。」
なんて物騒なもん持ってやがる。
「さ、鉱山の入り口に行ってみよ。上手く行けばアリの死体が山積みになっているはずだよ。」
「正直お前が分からなくなったよ。」
〜パレナ鉱山 入り口〜
遠巻きから見ても入り口から緑色のガスが吹き出しているのがわかる。
こっちに流れて来ないだろうな……
「心配しなくても大丈夫だよ。揮発性も致死性も高いけど、大量の空気に触れると急激に毒性が薄れる効果もあるんだ。空気の少ない坑道の中ならともかく外であれば毒性は直ぐに無くなるから。」
「それでもあまり近づきたくはないな。ラプラス、何か毒ガスが防げる物は無いか?」
毒ガスでお陀仏というのは御免だったのでラプラスに助言を求めてみる。
『ADフィールドで有毒性のガスを遮断することができます。ただ、医療目的とは違い常時展開するには兵装の一つとして……つまり火器管制による武器の使用枠を一つ消費する形になります。』
「問題ないさ。全滅したかどうかを見に行くだけだからな。」
広めのフィールドが俺とニータを包みこむ。
めずらしい物を見たように彼女が驚いていた。
「わぁ……すごいねこれ。結界の一種?」
「似たようなもんだ。行くぜ。」
鉱山の入り口には大量のグリードアントが動かなくなっていた。
試しにオクスタンライフルのビームを打ち込んでみたが、それ以上動き出すことも無かった。
「これで大丈夫だよな。」
「ううん、まだだよ。まだ女王アリが残ってる。」
女王アリって……毒ガスを流し込んだのにまだ生きているのか?
「女王アリは一際生命力が強いんだ。毒なんかじゃ死なないよ。直接乗り込んで叩かないとまた増える。本当だったら毒ガスが全部無害化するまで待つつもりだったんだけど……」
そう言ってニータは俺の方を見る。あぁ、なるほど。
「毒ガスを無視して移動できるならその必要もないと。」
「そういうこと。さ、行こ。」
俺とニータは坑道の奥の方へと歩き出した。
坑道の中は断続的にカンテラがぶらさげられており、その中の光る石が坑道の中を明るく照らしていた。
時たまジャリジャリと足元から聞こえて来る音はグリードアントの死骸だ。
それまではおっかなびっくり死んでいるかどうか確認していたのだが、どこまで行っても全滅状態なので石を投げ込んで生きているかどうか確認するだけになった。
「なぁ、お前はこいつらの入った箱を回収するためにあの倉庫でこそ泥をしていたんだよな?」
「うん、そうだよ。」
だとするとこいつは……
「俺に近づいたのも……その箱を回収するためか?」
「まぁ……ね。正直取り入れられれば誰でもよかったんだけど。あ、でも。」
そう言って彼女は少し進んで俺の方へ向き直った。
「アルのことが好きなのは……本当だよ?それだけは信じて。」
「そうか……ま、別に怒っている訳じゃないから心配するな。」
そう言って俺は彼女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
くすぐったそうに首を縮める。
「お前にもやらなきゃならない事があったんだろ?それは人を助けるためだ。だったら俺から言うことは何も無いよ。」
俺の言葉を聞いて安心したのか、腰の所にぎゅうとしがみついて来た。
遠くの方からギチギチと音が聞こえて来る。本当に何かがいるようだ。
「多分……あの音が女王アリじゃないかな。気をつけて。すっごく大きいから。」
「すっごくって……たかがアリだろ?いままでの死骸も普通のアリのサイズと大してかわら……」
曲がり角を曲がり、ひらけた場所に出た俺達が見たものは……
<ギシャァァァァァアアアア!>
全長6,7メートルはあろうかという巨大な女王アリだった。
「オイコラ。話が違うぞ。」
「だからあれが女王アリなんだって。毒も効かないし一日数千億もの卵を生むんだ。今は毒の作用で卵の生産はストップしているみたいだけどね。」
全く効かないという訳ではないのか。それにしてもデカイ。
「ま、動きがトロそうで幸いだ。ラプラス、フェンリルク……」
『警告、動体反応接近。数15。』
ラプラスの警告で他の出入口を見ると……
「さらに聞いてねぇぞ、コラ。」
「ガードアントだね。女王アリの守護者だよ。」
ラプラスの警告通り、子牛ほどもあろうかというアリが次々と広場の中へと入ってきた。
どうやらあいつらにも毒は効かないらしい。
「ニータ、お前俺がいなかったら一人でこいつらと戦うつもりだったのか?」
「そのつもりだったんだけどね。アルがいるなら問題ないでしょ?」
まったく……こいつは。
「人を過大評価してくれるなよ。やるだけはやるけどな。」
『マイクロミサイル展開。マルチロック。』
無数のレティクルが次々と現れたガードアントをロックオンしていく。
肩と大腿部にはミサイルハッチ兼追加装甲が展開された。
1匹につき1発。計12発だ。残りはミサイルのリロードがあるのでライフルで倒すことに。
「一匹も逃がすかよ!」
『Fire』
ミサイルが1ダース飛んでいき、ガードアントに次々命中していく。
外殻ごと粉微塵になったガードアントはその場へ次々と倒れ伏していく。
残りの3体が怒り狂い、俺へ向かって突進してきた。
「So bad.」
『直線で突進してくるとは……狙い打ちにされますよ?』
ミサイルを格納し、ガードアントの頭部にそれぞれオクスタンライフルを3点射。流石に頭部を貫かれて生きている生物は居ない。
そいつらも同様に地へ倒れ伏した。
「さて、残るは貴様だけだ。何か言い残すことは……って喋れなかったな、そう言えば。」
俺はこちらへギャアギャアとわめき立てるだけの女王アリへと銃口を向ける。
少なくとも、こんな化け物相手に同情も慈悲も与えるほど俺は聖人君子ではない。
「あばよ。今度はジャイアントアントにでも生まれ変わってくる事だな。」
トリガープル。フルオートで放たれた弾丸が容赦なく女王アリを八つ裂きにしていく。
断末魔の声を上げて女王アリは動かなくなった。
「こんなもんか?」
「うん、これだけあれば確実だと思う。」
女王アリの死骸の周囲に爆薬をしこたま設置する。
点火方式は魔道具による時限式だ。
「ちとオーバーキルな気がしなくもないが……まぁこんだけ危険なもんを欠片でも残しておく道理は無いか。」
「うん、生き物には悪いけど……これも人助けだもんね。」
タイマーをセットし、俺達はその場を足早に去っていった。
鉱山から脱出した頃に爆発が起きた。
おそらくはこれであの女王アリは欠片も残さずに消し飛んだ事だろう。
惜しむらくはこの鉱山はさきほどの爆発で至る所に崩落が発生し、まともに採掘ができない状況へと陥った……といった所だろうか。
「もったいねぇなぁ……貴重なんだろ?オリハルコンって。」
「まぁこれも平和のための犠牲って事で……」
<ゴトッ>
ニータのポシェットから何かが重い音を立てて落ちる。
少し赤みがかかったそれは……
「金属?」
「あ、あははは……」
『どうやらオリハルコンの原石のようですね。』
このネズミ、どうやらどさくさにまぎれてトロッコか何かに積んであった原石を拝借したようだ。流石シーフ、手が早い。
「それ売却したら何か奢れよ?それで黙っておいてやる。」
「わ、わかったよぅ……トホホ……」
しょんぼりするニータに苦笑しつつ、俺達はモイライへと戻るのだった。
「さて、どうやって帰ろうか。」
「旅の館を使えば……あ“」
「俺が旅の館ごと街を焼き払っただろうが。」
『ちなみに徒歩では1週間近く掛かります。頑張ってください。』
ちなみに、ニータは帰った後山ほど始末書を書かされたそうだ。
ちゃんちゃん。
11/06/26 11:01更新 / テラー
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