連載小説
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第二十八話〜戦士と兵士〜
〜冒険者ギルド ロビー〜

「「はぁ〜……」」

朝のギルドのロビーで二人して吐息を吐く。
膝の上には、久々に俺の膝に座れてご満悦のアニスちゃん。
テーブルには俺のコーヒーと彼女のホットミルク。

「おにいちゃんはきょうはおしごと?」

彼女が遊びたそうに訊いてくる。
普段クエスト遂行に追われているだけに相手が出来るのが朝食後のコーヒータイムか帰ってきた時の自由時間ぐらいなので仕方がない。
しかし、今彼女と遊んでいる時間は……無い。
落胆させるのは判っているが、言わなきゃだめだろうな。

「前の仕事の時にフィーの仕事を手伝うって約束しちまったからな。もうすぐ呼びに来る筈だ。」

彼女が涙目で唸っている。あぁ、やはり落ち込ませてしまった。
そのうち時間でも取ってやらなきゃな〜と思いつつ、俺は苦笑して彼女のサラサラとした髪を撫でてあげた。

「この仕事が終わったら1日位は休みを取るつもりでいるからな。その時にどこかに行こう。な?」

そう言うと彼女は顔を輝かせる。あぁ……可愛いなぁもう。

「ほんとうに!?やくそくだよ!」
「あぁ、約束だ。何処に行きたい?」

そう言った途端、彼女がうんうんと唸って悩みだした。

「え〜と、え〜と……うみ……はとおいし、まちのなかだとふたりになれないし……」

いろいろと計算しているらしい。
女の子って大変だ。

『不便なものですね。仮想空間であればどのような場所でも一瞬で用意できるというのに。』
「でもあれって確かリミッター付きだと感覚が薄いんじゃなかったか?行った記憶は無いけどさ。」

俺とラプラスの会話を聞いて、アニスちゃんが首を傾げる。
そりゃ高度に発展したネットワークに関する単語を並べられてもわかりゃしないか。

「かそうくうかん?」
「あ〜……魂だけを作られた空間に飛ばしてそこで動きまわる……無理だ、この世界の単語じゃ全部説明しきれない。」

俺の説明にアニスちゃんの頭が爆発寸前だ。

「あう〜……なにいっているかわからない……」

と、デート先の相談をしているとフィーがこちらへやってきた。
心なしかウキウキとしているのは気のせいだろうか。

「クエストを受け終わったぞ。共闘申請もすでに申し込んだ。今すぐ出られるか?」
「問題ない。アニスちゃん、帰ってくるまでに何処に行きたいか考えておいてくれるかな?」

アニスちゃんがコクコクと頷く。ぎゅっと拳を握りしめた仕草が可愛いなぁ……。
ってだんだん思考がロリコン化してきている。危ない危ない。

「それでは行こうか。道具屋は寄るか?」
「一応寄っていくか。仕事の内容にもよるけど必要なものが出てくるかもしれない。」

俺がギルドから出るときに、アニスちゃんがカウンターの奥へと駆けこんで行った。
思えばこの時、俺がどこか無難な場所を提案しておけばあんなアホな事態にはならなかったのかもしれない。



〜クエスト開始〜
―路上強盗団討伐令―
『近頃、商隊の馬車を襲い、金品を強奪するという事件が多発している。被害者は殺害されていることから、犯人は魔物ではないというのが自警団と冒険者ギルドの見解だ。_________
依頼を受けた冒険者は可能な限り強盗団の討伐、可能ならばアジトを見付け出して報告して欲しい。可能であれば壊滅させても構わないが、危険だと思ったら迷わず帰還して報告するように。諸君の健闘を祈る。_________________________________
_________________________________モイライ自警団』


「強盗団ねぇ……どこの人間も考えることは皆同じって訳か。」
「そうだな、大体は食い詰めた農民がゲリラ的に通りがかる商人を襲うのだが、今回はケタが違う。商隊なんていったら腕の立つ護衛が何人もいるだろうしな。」

余程訓練された奴らか、もしくは戦争の終結であぶれてしまった傭兵かのどちらかだろう。
どの世界も仕事を失った傭兵が辿る道は同じって事か。

「元農民であれば楽に蹴散らせるだろうが……傭兵とかの訓練された兵士だとちと厄介かもしれないな。」
「何、私とアルテアのコンビであればどんな敵でも恐るるに足らん。鎧袖一触で蹴散らしてくれる。」

フィーは自信満々にそう言うが……いかんせん注意力が散漫だ。

「そう言うならきちんと前ぐらいは見ような。」
「何のことd」

<ガゴッ!>

前を通り抜けようとしていた大工のあんちゃんが担いでいる材木にしこたま顔面をぶつけるフィー。俺はそれをかがんでやり過ごす。

「っ〜〜〜〜!貴様!何を……」
「おっと、悪いね嬢ちゃん!」

大工が振り向く。当然材木もそれに合わせて回転する訳で、

<ゴガン!>

フィーの後頭部にクリーンヒット。俺はとっさに屈んだため無傷だ。

悶絶する彼女、さらに平謝りする大工のあんちゃん。
担いでいる材木がフィーの頭に連続でゴンゴン直撃している。

「こんなんで大丈夫なのかな……。」

フィーのドジで捕まったりしないよな……?
頭を押さえてうんうん唸っているフィーを見ながら俺は暗澹たる思いでため息を付くのだった。

『マスター以外のフォローは私の管轄外です。』
そこを曲げてフィーのフォローもして欲しい物である。



〜布の街道 シルクへと続く道〜

この辺りは森が深く山岳地帯が多いため、盗賊のアジトが近いと噂されている場所だ。
現にここを通りかかる商隊も多く、被害の大半はここに集中している。

「もう何人かここらへんを調べて回っているみたいだな。」

見ると、魔女らしき一団や、痕跡を探っているらしきシーフギルド員らしき人物がちらほらと見える。
それぞれが探知魔法を使ったり、樹の根元を調べてみたりと思い思いの方法でアジトを探ろうとしているようだ。

「私達もうかうかしてはいられないな。早くアジトを見つけるなり出てきた賊を討伐するなりしなくては。」

彼女は張り切っているようだが……。

「悪いけどこの状況で出てくるような度胸のある連中じゃ無いと思うぜ。むしろこの中に飛び込んだら絶対八つ裂きにされるだろ。」

各種ギルドの冒険者達が出張って盗賊探しをしている。
巧妙に隠されているアジトは発見出来ないのか、賊を見つけて聞き出そうとしているのだろう。

「ハーピーなんかとコネがある奴は直接飛んでもらって探してもいいだろうが……撃ち落されるのを警戒して飛んでいないな。」

本来斥候や偵察というのは見つからないように行うか、手が届かない高所から行うものだ。
ハーピーのような種族は斥候にもってこいなのだが、今回は飛んでないところを見ると強力な対空兵器でもあるのかもしれない。

「ま、俺の場合は撃ち落されても痛くない物を使うからいいんだけどな。」
『UAV展開。』

俺は小型無人偵察機を上空に打ち上げる。
新たにウィンドウが開き、上空からの視点が映し出される。

「あれは撃ち落されるつもりで打ち上げたのか?」
「見た目には鳥が飛んでいるようにしか見えないからな。基本これが何かわかって撃ち落とす奴はいないだろ。さっき言った通り代わりはまだあるしな。」
『確かに換えはありますが、全部で5機程度しかありません。補給が効く物でもありませんので、大事に使ってください。』
「あいよ、努力する。」

手動操作に切り替え、グリップから展開されたスティックで操作する。
ウィンドウにはUAVからの映像がリアルタイムで表示されている。
一通り飛ばして、俺はある事に気づいた。

「……あ〜、なるほど。何も飛ばないわけだ。」

俺はUAVを呼び戻すと、それを格納する。こいつは、いただけない。

「何があったのだ?」
「見えない。」

俺の言った一言に首を傾げるフィー。

「どういう事だ?」

俺は頭をガシガシ掻きながら告げる。

「何かで偽装されている。上から見た感じどこもかしこも森だ。もっと質の悪いことにカモフラージュらしきものがいくつもあってどれが本命かどれが囮か判断がつかない。」

上空からの偵察はお手上げ状態だ。軍用の偵察衛星でもあればまだマシなのだろうが、そんな物が飛んでいる訳がない。

「どうするのだ?手ぶらで帰るわけにはいかないぞ?」

俺は思考の海に没入する。

これだけ広い森だ。盗賊団だって目印無しにアジトへ帰っているはずがない。
だとすると目印は?冒険者に分かるようなものを使っているはずがない。
何か奴らのみが分かる目印で、なおかつ気づかれない方法を使う必要がある。
しかし今までの道で目印らしきものは見ていない。
では一体何を目印に……?

<ガッ>

「うぇ?!」

周りを見ずに歩いていたからだろうか、街道の石畳が出っ張っているのに気づかずに躓いてしまった。

「ってぇ〜……しくじった……」

「アルテアも人の事が言えないものだな。足元を見ないと掬われるぞ?」
「お前に言われたくねぇよ……っと」

躓いた出っ張りを見ると……。

「あ?」

その石畳だけ妙に出っ張っている。しかも何本か縦に溝が掘られていた。
もしかしたら……。

「……こいつは……ビンゴか?」

その石畳を調べると、押し込みは出来ないが引くことぐらいならできそうだ。

「ここで引かなきゃ意味が無いよな。」

その出っ張った石畳を引っ張ると、カチリと音がした。
体全体に浮遊感。どうやら足元が沈んでいっているらしい。

「ぅわ……!」

沈みゆく地面にフィーが乗っかってくる。

「ただの盗賊が隠し通路か。なかなか面白いことをしてくれる。」
「あの偽装も全部囮だったみたいだな。森の中を探しまわっている奴らに同情するぜ……。」

『到着と同時に戦闘が予想されます。戦闘準備を整えてください。』

鵺の砲身が展開され、オクスタンライフルが顔を覗かせる。中身はまだゴム弾だが……。

「狭い地下空間なら十分有効だよな。」
『肯定。メッタ打ちにしてやりましょう。』



〜路上強盗団アジト入り口〜

「見張りは……寝ているな。どこの組織も無用心だこと。」
「入り口の隠蔽に絶対の自信があるのだろう。楽な仕事だと油断したな。」

念の為にパラケルススを展開し、睡眠薬を打ち込んでおく。これであと数時間はぐっすりだ。

「鍵は……流石に何も持っていないか。」
「気付かれなかっただけ儲けの物だ。ラプラス、マッピングを頼む。」
『了解。オートマッピング開始。』

俺達は気配を殺してアジトの内部へと進んで行く。

どうやらこのアジトは昔あった遺跡を再利用しているようだ。
所々あるトラップは無効化されており、小部屋は全て倉庫になっている。

「これが全て盗品か……あとは横流しをして金に代えるといった体だな。」
「これは盗品ですって落書きしておこうか……。」
「冗談を言っている場合ではないだろう。もっとなにか無いか調べるぞ。」

見張りは全くおらず、ただただ倉庫替わりの小部屋が行き止まりまで続いている。

「賊がいるのは別のルートのようだ。人数だけ確認して叩けるようなら叩く、無理そうであればさっさと退散しよう。」
「賢明だな。ここで無理して命を落とす必要もないだろう。」

この辺は見解が一致する。命あっての物種だしね。

「向こうは明るいな……何かあるようだ。」
「あまり下手に顔を出すなよ?気付かれでもしたら事だ。」

俺達はそーっと灯が漏れてくる大部屋を覗き込む。

「うげ……」
「っ……!」

部屋の中は酷い有様だった。酒が飲み散らかされ、捕まえてきたであろう女性が男達に犯されている。人数は……30人近くいるだろうか。

「助けに行きたいが人数が多すぎる。ここは戻って救援を……。」
「どうやらそうのんびりとはしていられないらしい。あれを見ろ。」

部屋の隅の穴に何か赤黒い物がこびりついている。

「なんだ……あれは……。」

その赤黒い物の端に落ちている物を見て、それが何かが合点がいった。人の手だ。

「飽きられれば殺されてあそこにポイか。地下水脈にでも通じていて捨てれば海へと流れていく……といった所か。」

俺は大部屋を見渡して構造を調べる。

「(大広間は入り口のバルコニーのような所から階段で降りるタイプ……すぐには上がって来れないが時間をかければ上がって来られる。大広間の外周には通路が通っていて何箇所から大広間を見下ろせるようなスリット。おそらくは迎撃用の矢窓だろう。大広間の入り口は一箇所だけか……元々袋のネズミにするために作られたトラップか何かなのかもな。とすると取れる方策は……)」

「ラプラス。アンカーバルーンの弾だけ出せるか?」
『可能。アンカーバルーン弾薬排出。』

砲身が展開してゴロゴロと黒っぽい玉が転がり出る。

「フィー、こいつを大広間入り口の床に置いてきてくれ。俺はあの矢窓へ行っている。」
「どうするつもりだ?」

俺はスナイパーライフルを展開しつつ、ニヤリと笑う。

「奴らを地獄に突き落とす。」



「置いてきたぞ。」
「あぁ、ここからもよく見える。十分狙えるな。」

俺はウィンドウによる擬似スコープを覗きながら返事をする。
「さぁ、地獄のディナータイムだ。恐怖のフルコースを召し上がれ……ってね。」
広間の中心あたりで酒を飲んでいる男の足に照準を合わせる。

「先ずは食前酒だ。仲間の悲鳴で乾杯といこうじゃないか。」
発砲。男の足から血煙が上がり、断末魔が聞こえて来る。

「次は前菜。脱出できない恐怖にどこまで抗えるかな?」
入り口に置いてあるバルーンの弾に照準を合わせ、発砲、命中。
バルーンがどんどん膨れ上がり、入り口を塞ぐ。

「お次はメインディッシュ。仲間を助けに駆け寄ってきた奴を……。」
足を撃たれている仲間を介抱しようと寄ってきた男の頭を吹き飛ばす。
「叩き潰す。ほら、寄ってきてみろよ。その瞬間ザクロの出来上がりだ。」

足の激痛に悶える男。仲間は近寄ろうとするが、吹き飛ばされた仲間を見て躊躇する。

『入り口に複数人接近中。』
「無駄なのにねぇ……」

銃口をバルーンで足止めされている男に向ける。発砲。頭が砕け散る。
「ほいヘッドショット。蚊が止まるぞ。」

バルーンに近づこうとした奴らは大広間まで後退する。

「さぁどうする?仲間を助けようが入り口に近づこうがドカンだ。命乞いでもしてみるか?」
その独り言を聞いていたフィーが、何か恐ろしい怪物を目にしたように震える声で俺を咎めてくる。

「このような一方的な……恥ずかしくはないのか!?」
「……一方的?あいつらも似たようなもんだろ?」

大広間では、騒ぎで忘れ去られた女性達が隅っこで固まってブルブルと震えている。

「あいつらは一方的に略奪を行って、一方的に辱めて、一方的にそいつを殺す。当然の報いだな。」

また一人足を撃ちぬかれた男に向かって行った仲間の頭を吹き飛ばす。
何人も殺しているというのに、俺の呼吸は一つも乱れない。

「もし、これ以上死人を増やしたくないなら降伏勧告をしてきてくれ。降参する奴は大広間の床にうつ伏せになって頭の後ろに手を組めって。バルーンは水をかければ消える。」

彼女は何も言わずにその場を去っていき、暫くすると入り口から彼女の顔が覗いた。
降伏勧告を聴かせるために、バルーン付近への狙撃を一時中断。
暫くすると、大広間の奴らがうつ伏せになり、頭の後ろに手をやり始めた。
フィーはバルーンに持っていた水を掛けると、中に入って行き賊を拘束しはじめる。

「……。」

俺は油断無く大広間全体を見渡す。すると……。

「やれやれ……。」

フィーが背を向けた事でチャンスだと思ったのだろう。
ナイフを構えて彼女へとにじり寄る。

「フィー、俺は援護しないぞ。お前が手を下せ。」



もしかしたら、私はアルテアという男の表面だけしか見ていなかったのかも知れない。
アニス嬢に慕われ、ニータに悪戯をされても笑って赦す。彼女たち以外にも様々な者たちから好かれている彼を見て、こいつは暗いところを持たない奔放な人間だと。
しかし彼は悪逆の限りを尽くした賊には全く容赦をしなかった。法で裁かれる前に手を下したのだ。

冒険者には時に、超法規的措置が取られる事がある。すなわち、凶悪犯などを捕縛、または討伐する際、殺しても罪に問われないという事だ。
どの道そういった凶悪犯は法で裁かれても死刑が待っているだけなので、その時期が早まるか遅くなるかの違い程度だかららしい。
だからと言って私はその制度に納得している訳ではない。罪人には、正式に裁きを受ける権利がある。その結末が死であったとしてもだ。

「これで、よし。」

もう何人縛っただろうか。アルテアに殺された人数は10人近くに上っていた筈だ。
あと10人程度か?
次に縛る奴を探していた時、気配を感じて鞘から剣を抜き放ち、振り向きざまに斬りつける。
肉を断つ手応え、飛び散る鮮血。
最初は、手首を切った程度だと思っていた。しかし……



その男には、『首が付いていなかった』。
私は、殺してしまったのだ。男の足元には、その男の物の首と手首、その手に握られたナイフ。

「ぁ……ぁぁ……」

何だ、私は……私はアルテアの事を言えないじゃないか。
現にこうして、人を殺してしまったのだから。

「ぁぁぁ……ぁああああ」

人を、殺した、殺してしまった、狙われているとはいえ、殺して
<ポスッ>
不意に肩に手を置かれる。アルテアだった。

「お前は休んでいろ。なんなら捕まっていた女性を介抱してやってくれ。」

彼はそう言うとロープでテキパキと男達を拘束していく。
私は、女性たちに纏わせる毛布を捜す為に先程の小部屋へと向かう事にした。



『なぜ彼女に殺させたのですか?』

ラプラスが咎めるような口調で質問してくる。少なからずとも憤慨しているのだろうか。

「……あいつの剣筋な、殺気が全然無いんだ。まるでいつでも試合をしているみたいにさ。」

俺は淡々と賊を縛り上げる作業を続ける。
こういう事は無心にやるのが一番だ。

「多分あいつは……人を殺した事が無いんだろうな。魔王の代替わりからこっち、どの魔物でもそうだ。」

最後の一人を縛り終え、テーブルにドカリと腰掛ける。

「そういう奴は、大体がどこかで人間に殺される。そんな気がする。」

無性に喉が乾いた。いくら心に波風が立たなくとも緊張はしていたということだろう。
俺はそこら辺にあったまだ残っている葡萄酒を掴んで飲む。

「だから、ここで人を殺すこと覚えさせた。相手が発する殺気を読み取らせるために。あいつが殺されないようにするために。」

血の匂いがして胸糞が悪くなる。匂いを誤魔化すために籠に入れてあったリンゴを齧る。

「別に相手を殺す必要は無いけどさ。相手が自分を殺す瞬間を知っておいて損はない筈だ。それが分かれば、自ずと相手を殺さなくて済むことが増える。ならば、俺が殺しの手本を見せることに間違いは無いと思うぞ?」

少しは血の匂いがマシになる。もう一口齧った頃に、入り口から毛布を抱えてフィーが入ってきた。

『それでも今回のミッションは些かオーバーキルだった気がします。頭に血でも上っていましたか?』
「……まぁ、否定はしない。」

俺は広間の隅の穴の近くの赤黒い物体を一瞥する。中には、子供らしき物も混じっていた。

「全く……ままならないな。世の中というものは。」



あれから、俺達はギルドに戻りアジトの場所を報告した。
囚われていた女性達は保護され、それぞれが自分の家や家族の元へと帰って行った。
色々とトラウマを作っちまったかもしれないな。
強盗団は自警団に引き渡された後、もっと大きな街にある裁判所へと移送された。
聞いた話によると全員死刑らしい。
あいつらは全員戦争からあぶれた傭兵で、俺が一番初めに頭を打ち抜いた奴がリーダーだったようだ。
他に仕事のアテもなく、戦場でもずいぶんあくどい事をやっていたらしく、傭兵斡旋ギルドからも解雇され、路上強盗なんかやっていたらしい。

「あの強盗達、全員死刑だってさ。」
「……。」

俺はフィーの向かい側に座る。彼女は俯いたまま何も言わない。

「人を殺すのは……初めてなのか?」
「当たり前だ……元より殺すつもりなんて全くなかった。」

彼女は泣いてこそいないものの、自分のしたことに呆然としているようだ。

「今まで戦ってきた奴らの中には私を殺そうとしてきた奴だっていた……でも私が命を奪う事はなかった。面と向かって戦えば、遅れを取る奴なんてそうそういなかったからな。」
「でも、今回お前は背後から奇襲された。反撃したって事は気配には気づいていたんだよな。」

彼女は頷く。
「今回お前は、人を殺した。でもそれは明確に『殺される』と言う事を体が自覚したということでもある。」

俺は続ける。目の前の人を殺したことがなかった女性は、今回のことで成長したはずだ。

「つまり、だ。お前はその殺される瞬間にいち早く気付ける体になったって事だ。そうなれば、お前は相手を殺す必要がなくなる体に近づいたって事でもある。早めに殺気を感じ取れればそれだけ行動も早くできる。相手を殺さなくて済むかも知れない。」

俺は彼女の手を取る。その手は、変温動物だという事を差し引いても、冷たかった。

「人を殺したくないのなら、まず相手が殺そうとする瞬間を見極めろ。そうすれば自ずと生かせる道が見えてくるはずだ。」

「お前は……この事を教えるために私にあの男を殺させたのか?」

彼女はポツリと呟く。

「まぁ、な。でないとお前はそのうち殺されそうな気がした。殺気を感じる間も無く、な。」

俺は手を離して席を立ち上がる。今日はアニスちゃんと出かける約束をしているのだ。

「俺は兵士だ。任務次第では殺しも厭わない冷血人間さ。お前は、戦士だ。戦況次第では相手を生かすことができる高潔な奴だ。俺は、そんなお前が羨ましいよ。」

ギルドの出口でアニスちゃんが手を振っている。俺は笑顔の仮面を被り、彼女の元へと歩く。

「ありがとう……」

背後で、フィーが何かを言った気がした。



〜三日前〜

「騎士ティスよ。お前に任務を申し渡す。」
「ハッ!」

初老の男が教会騎士団の鎧を纏った女性と向き合っている。
周囲に人はおらず、二人きりだ。

「貴殿に調査を行って欲しい場所がある。」
「調査……ですか。」



「そんな!無茶な!」
「無茶を通してこそ教会騎士団であろう。貴殿も神の尖兵であるのならば成し遂げてみせろ。」
「……ッ!承知……致しました。」

任務を言い渡された彼女は踵を返すと部屋を出て行った。
その後姿を見送りながら初老の男は鼻を鳴らす。

「お前は気にしなくて良い事を気にしすぎた。お前のような反乱因子は教団に置いてはおけないのだよ。」


11/07/02 10:12更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
色々と不穏な空気を漂わせるラスト。思わせぶり過ぎ?

いつもの感想返信です。この場を借りてお礼申し上げます。

>>ネームレスさん
えぇ、本来ならこの話は無かったんですけどね……w
話が進むうちにいろいろと妄想が膨らんできて形になった物です。
心が強い人でも武装をすることはあるでしょうけれどね。
その場合誰かを守るため、なんて気持ちがあるかもしれません。

>>錆鐚鎌足さん
\アリだー!/
……こっちもいろいろすみません。

>>おいちゃん
全ての登場キャラにバックストーリーを持たせるのは大変だろうなぁ……気が向いたら他のにも追加するかもしれませんけど。
「デキる女には秘密があるのよ……」
「マゾとかな」
『マゾとかですね』
「う〜!」

>>白澤さん
えぇ、物凄い勢いで構築中ですw
このフラグ群がのちのち何かに影響する……訳ないか。
「俺の場合逆なんだよなぁ。フラグが立つからトラブルになるのではなくトラブルに首を突っ込むからフラグが立つと。」
『マスターの場合この世界に来てしまうという最大のトラブルに首を突っ込んだ訳ですからね。』

次の投稿はいつもどおり土曜日です。デート?なにそれおいしいの?ではまた来週

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