第十七話〜守護者〜
〜???〜
『私は、マスターを守るために此処にいる』
この空間に来るのも三回目。流石に慣れた。
辺りが真っ暗なのも同じ。景色が切り取られるように映しだされるのも同じ。
どことも言えない方向から声が聞こえるのも、同じだった。
『マスターはこの神殿に何かがあると睨んで、私と此処に来た』
俺達が神殿に来たときはこいつは一人だったが……奥にこいつの主人でもいたのだろうか。
『結果的に言えばそれは当たりで、確かにそこには『何か』があった』
浮かんできた光景は、男が茶色い宝石を拾い上げる光景。あれは……エクセルシアか?
『マスターは私にその拾った『何か』を渡してきた。私の持つ荷物袋に入れさせるためだった』
エクセルシアがゴーレムの手に渡る。
『次の瞬間、私の意識が途切れた。気が付くと、マスターが血まみれになって倒れていた』
浮かんできた映像は先程の男。片腕は無くなり、おびただしい量の血に塗れている。
『マスターは私に言った。自分を守れと』
『程なくしてマスターは息を引き取った。私は、マスターの亡骸を護ることにした』
祭壇の上に寝かされる男の亡骸。
『誰が来ても、私はマスターを護りきった。私の力はあの意識が戻った直後から、驚くほどに強くなっていた』
焼き払われる冒険者達。鋼鉄の拳でミンチになる魔道士。鎧ごと潰される騎士達。
『そのうち神殿には、誰も来なくなった。私はそれでもマスターを守り続けた』
おそらくこの時には神殿は封印され、湖の底へ沈められたのだろう。
『マスターはもう目を覚まさない。私はここを離れない。それが、私の使命』
『私はモウ、ココヲハナレナイ……』
―これでもう三回目ね。―
いつか聞いた声が囁きかけてくる。
―今までは貴方一人でも何とかなったけど、今回はそうもいかないかもね。―
どういうことだ。
―彼女は、貴方がいくら言葉を重ねても、光で照らしても動かないわ。―
お手上げじゃねぇか。
―彼女を闇から引き上げるには、貴方じゃ届かない、だから……―
―彼女の心を動かす『魂』が必要になってくるの―
『魂』?
―貴方ならできるはず。―
―見つけてあげて。彼女の『心』を解き放つ『魂』を―
『マスター……マスター……』
『随分と自分の主人に忠実だな。お前は』
暗い空間が一瞬にして切り替わる。現れたのは、先程の神殿内部。
『自分の意見を持たず、意思を持たず、命令にだけ従う。まるで人形だな……って、人形だったか』
彼女の表情は変わらない。
『ワタシハ、ソレイガイノコトヲシラナイ』
『だろうな。でもよ、自分の主人がいなくなってまでその命令を守り続ける意味はあるのか?』
『マスターノメイレイハ、ゼッタイ。イナクテモ、カンケイナイ』
彼女の思考は、変わらない。
『じゃあ、聞いてみるか?あんたのマスターとやらに、あんたが受けた命令の本当の意味を』
『リカイフノウ』
自分で考えることをしない奴にわかってもらおうなんて考えちゃいない。
『シータ……』
『!?』
俺の後ろから、男が歩いて来る。
『マス……ター……?』
『すまないな、シータ。永い時間この場所に縛り付けてしまって』
男が俺の前に出る。
『私が拾ったアレは、どうやら非常に危険な物だったようだ。人間以外の物に寄生し、その構造を変質させてしまう』
男は続ける。彼女は目の前の光景が理解出来ない様で、完全に硬直してしまっている。
『私がお前に私の守護を命じたのは、お前に取り憑いたそれを世間の目から隠す意味でもあったんだ』
『強力なゴーレムが何かを守っていれば、世間の目は自然と守っている方に行く。守っているゴーレムの方には目を向けずにね』
男はおそらく、エクセルシアの驚異を本能的に察知したのだろう。
『君が人を殺しすぎて神殿が封印されたのは計算外だったけど……今となってはそれもいい方向に働いたのだろう。おかげで、私と君と神殿の存在は忘れ去られた』
『でも、君はもう私を守らなくてもいいんだ。私が危険視していたあれは、彼が抜き去ってくれた』
男はこちらを振り向き、笑いかける。
『君はそれで、何をするつもりなんだい?』
『少なくとも、あんたが危惧しているような事には使わないつもりだ。安心しろ』
男は頷き、再度彼女へ向き直る。
『君は、もう自由だ。自分の意思で、自分の考えで、好きな場所へ行くといい。いつまでも死人の私に縛られているべきじゃない』
『マスター……!ますたぁ……!』
抱き合う二人。
差し込む光が強くなり、男の体が光の粒子に分解され始める。
『いや!マスター、行かないで!』
男は首だけこちらを向けると。
『君にお願いがある。向こうへ戻ったら、彼女のルーンを消して欲しい。君の連れに頼めば、新たにルーンを書き入れて自由に行動できるようにしてくれるはずだ』
『いいのか?俺がいいように使っちまうかもしれないぜ?』
彼は苦笑すると、
『君はそんな事をする人じゃないだろう。第一、君がそういう事をする人ならば、私はここにも現れることが出来なかったはずだ』
全部お見通しって訳ね。
光が強くなり、二人しか見えなくなる。
『いやぁ!マスター!私も……私も連れて行って!』
『君は、一人でも歩いていけるよ』
完全に粒子に分解され、彼女の腕をすり抜ける。
―さぁ、いきなさい―
『マスタァァァァアアアアアア!』
意識が薄れ、光に飲まれていく。
最後に見た光景は、自分を抱きしめて泣き叫ぶ、一人のゴーレムの姿だった。
<湖底神殿 礼拝堂>
「ごぁはっ!……はぁ……はぁ……」
「兄様!兄様しっかりするのじゃ!」
エルファが肩を揺すっている。その顔は……
「ひどい顔になってるぜ……鼻水ぐらい拭けよ……」
「兄様がわるいのじゃぁ!いきなり気絶するなんて聞いてないのじゃあ!」
俺の胸に顔を埋めてわんわん泣くエルファ。あぁ……ジャケットが涙と鼻水でドロドロに……。
『報告。今回取り込んだエクセルシアの影響により各種機能が一部回復。
オクスタンライフルの出力が微量回復しました。
支援重火器類<ビームガトリング>のリンクが回復しました。
物理銃火器類レミントンM700狙撃銃のリンクが回復しました。
UAVの機能が回復しました。
重火器類FGM-148 『ジャベリン』リンク回復。ただし、装弾システムに異常あり。一日に1発程度のみの使用になります。尚、残弾は9発。
プチアグニの出力が35%まで回復しました。
狙撃用望遠機能ならびに各種補助機能回復。報告を終了します』
今回は結構な数が修復されたようだ。とは言えまだ100%には程遠いな……。
「それより……破壊しちまったゴーレムを直さないと」
俺は起き上がって倒れているゴーレムを見る。
「うわ!?これはやばい!やばすぎて自主規制して真っ黒にしなきゃならないぐらいヤバい!」
四肢断裂、首は動体からスッポ抜けて通路の隅に転がっている。
胴体の胸部には大きな穴が開いており、中から回路をのぞかせている。
絵にしたら間違いなく検閲されるレベルだった。
「とりあえず部品をかき集めるぞ。イヴ、エルファ、手伝ってくれ。……ってエルファ、いつまで泣いているつもりだ」
何時まで経っても泣き止まないので、仕方なく彼女を引きずったまま作業をした。
「基本構造は割と単純なんだな……あちこち見慣れない部品はあるけれども」
手足は人工皮膚に覆われたセラミックらしきカバーに材料不明の人工筋肉。
骨格は合金製で信号を送るための配線が付随している。
体の方には何かの変換器らしき部品とタンクのようなものが付いていた。
「このタンクは何だ?」
「精液タンクじゃ」
サラッとおかしなことを言う。
「ぱーどぅん?」
「じゃから精液タンクじゃ。魔物化したゴーレムは基本的に標準装備しておる」
集める意味が分からない。第一機械だろうが。
「製造元の錬金術師や魔術師の元へ持ち替えるための貯蔵タンクじゃな」
「集めたものは栄養ドリンクに……ってか。男の俺からすればぞっとしない話だな」
誰のともわからない精液を飲む所を想像して、怖気が走る。
「しかしまぁ……今回は気が楽でいい。今まではエクセルシアを抜き取る度に病院へ担ぎ込んでいたからな」
と、そこまで言って気付く。エクセルシアの事をエルファに言ってしまっても良かったのだろうか。
「その事なら心配いらぬ。既にミリアに聞いておるからな」
口が軽いというか何と言うか……まぁ相手がエルファで良かったけれども。
「どの道わしとしても放っておけぬ話じゃ。そんなものがわしに埋め込まれたら兄様と……」
「ん?俺と?」
「……何でもないのじゃ」
そうかい。
「完成なのじゃ!」
数十分後。そこには元通りに組み立てられたゴーレムが横たわっていた。
破損した部分はパテなどで補修。継ぎ接ぎみたいになってしまったが、応急処置なので仕方がない。
幸いにも可動に必要な中枢は損傷が無かったので、問題なく動くらしい。
「あぁ、そうだ。今書いてあるルーンを削って自律行動ができるように書き換えて欲しいってこいつの主人に頼まれたんだ」
「主人って兄様……幽霊でも見たのかの?」
「似たようなもんだ」
エルファは特に怖がる様子はない。幽霊を怖がる悪魔ってのもアレだが。
「まぁよかろう。今はゴーレムの制御技術も進歩しておるからの。自律行動ぐらいなら問題なくできるじゃろ」
エルファは石版の側にしゃがみ込むと、鞄から紙ヤスリとミノ、木槌を取り出す。
「何でも持ってんのな」
「ふふふ♪バフォ様七つ道具なのじゃ」
いつも持ち歩いてんのかそれは。
彼女は紙ヤスリで石版の表面を削り一回全ての文字を消した後、ミノと木槌で文字を彫っていく。
完成した文字列は、
「1行しか書いてないんだけど……」
石版にはたったの1行しか書かれていなかった。
「大事なのは行数じゃないのじゃ。最適化なのじゃ!」
『私のプログラムでさえ数十万行に及ぶというのに……ありえません』
1行で動く自己進化型AIっていうのも嫌だぞ。
「あとはこいつを飲ませれば起動完了なのじゃ」
また鞄から何かを取り出す。
「なんだそれ?栄養ドリンク?」
出てきたのは小瓶。ラベルに『プロテサプリ』と書いてある。
「今のこいつは燃料切れの状態じゃからの。今まではエクなんとかで動いていたのじゃろうが、それが無くなった今はエネルギーがすっからかんというわけじゃな」
ゴーレムの口を開け、小瓶の中身を注ぎこんでいく。
「さぁ、動き始めるぞい」
駆動音が聞こえ、目に光が灯る。ゴーレムは2,3度瞬きをすると体を起こした。
「システムチェック……致命的なエラーは無し。躯体に損傷あり、しかし補修済み。エネルギー残量残り僅か。エネルギー搾取対象検索…確認」
システムチェックの報告を口頭で行い、こちらを見てくる。エネルギー搾取?
『ロックオンされました。フレアを散布するか回避行動を取ってください』
んなもんねぇよ。
「搾取開始」
そう言うやいなや、ゴーレムは俺を押し倒し、ズボンを剥ぎ取る。
「どぅわ!?こら、離せ!クソッ!なんて力だ!」
筋力が一般兵士クラスの俺がアンドロイドに敵うわけもなく、あっさり組み敷かれた。
「挿入開始。完了」
あまりにもするりと挿入される俺の息子。
「冷てぇ!?冷たいよ!」
思わず二回言ってしまった。
「ッハ!?こらー!兄様に何をするのじゃ!離れるのじゃー!」
あまりの事に思考停止に陥っていたエルファが我に返ると、ゴーレムを引っ張り始める。
しかし。
「何でこいつは離れんのじゃー!こらイヴ!お主も見てないで手伝うのじゃ!」
バフォメットの腕力でさえ引き離せないのか。
「……(じー)」
「あの〜、イヴさん?何をしていらっしゃるんでしょうか?」
彼女は俺とゴーレムの結合部を凝視している。
「なんか知らんけど恥ずいよこれ!一方的に犯されているだけだけどなんか恥ずいよ!」
我関せずと俺を絞りっているゴーレム。悶える俺。引き離そうと引っ張るエルファ。興味津々に観察するイヴ。何だこの状況。
『中枢部をパイルバンカーで破壊すれば機能停止します』
「何かこいつが破壊するとか物騒なこと言ってるんだけど!?」
「ダメなのじゃ!折角直したのに勿体無いのじゃ!」
ですよねー。
「もうっ……!限界……なんだ……けどっ!」
冷たいとはいえ、ぬめりと柔らかく包みこむ感触で追い詰められる俺。
「兄様イっちゃだめなのじゃ〜!我慢するのじゃ〜!」
無茶言うな。
「うぁ……ぐぅ!?」
遂に限界が訪れ、冷たい泥の中に精を放ってしまう。出た後も容赦なく絞られる。
「搾取確認。エネルギーの確保のため搾取継続」
「がああああああ!?」
出したばかりで敏感な物をさらに扱かれ俺の口から意図せず悲鳴が漏れる。
「グスッ……このままじゃ兄様が絞りカスになってしまうのじゃ……」
そりゃマジでヤバい。
「何か……何か方法を……!」
『コマンドを消去すれば停止すると思われます』
それを先に言え。
「エルファ!ルーンを消せ!それで止まる!」
「ッハ!?すっかり忘れてたのじゃ!」
やはりアフォメットだった。
「あぁ……死ぬかと思った……」
伸びをして腰を叩く。足が生まれたての子鹿状態だ。
ゴーレムは命令を書き換えられ、無闇に襲い掛からないようにコマンドを調整した。
「完全自立も困り物じゃの……理性と呼べるものが無いから自制もきかん……」
命令を書き換えられたゴーレムは、特に何をするでもなく視線を彷徨わせている。
「今度は全然動かなくなったぞ?」
「いきなり自由意志で行動することに戸惑っておるのじゃろう。放っておけばいずれ自分の意志で動き出すはずじゃ」
目の前で手を振ってみると、それを目で追う。何を意味しているのかがわからないのか、首をかしげた。
「無口が二人になったな」
会話に絡ませづらいにも程がある。
「奥の方はまだ探索していなかったな。行ってみるか」
「探検続行なのじゃ!」
俺達は改めて神殿の奥へと進んで行く。
「あいつ、着いて来るな」
特にすることもないからか、俺達の後ろを静かに着いて来るゴーレム。
「もしかしたら懐かれてしまうかもしれんのぉ……なにせゴーレムは自分で自分のルーンを書き換えることがあるからの」
「お前並みに自分勝手だな」
鵺に向かって言ってやる。こいつのフリーダムっぷりは身にしみていた。
『私は今まで自分の意志でマスターを変えたことはありません』
鵺の中のラプラスから抗議される。
「せめて会話が周りの者にも聞こえると良いのぉ……このままでは兄様が危ない人にしか見えん」
余計なお世話だ。
神殿の礼拝堂。その奥の祭壇には、白骨死体が横たわっていた。
「随分と長い事放置されていたみたいじゃの。もはや異臭もせんわ」
骨には肉の欠片一つ残されておらず、服も既に風化してボロボロになっている。
例の空間の中のビジョン通り、右腕が無くなっていた。
「マスター……」
後ろのゴーレムがポツリと呟く。
「こやつはお主の主人だったのかの?」
ゴーレムが頷く。俺は辺りを見まわして大きめの瓶<かめ>を見付け出すと、その中に白骨死体を詰め、ゴーレムに渡した。
「これをどうするかはお前が考えろ。お前の仕事だ」
ゴーレムは黙って封をされた瓶を見る。その瞳からは何を考えているかという感情が読み取れない。
『報告。祭壇下に空間を感知』
辺りをスキャンしていたラプラスが報告してくる。どうやら隠し通路があるようだ。
「隠し通路があるってさ。この祭壇の下」
祭壇の裏に回り、床を靴で踏むとくぐもった音が聞こえてくる。
「どうやら物理的な隠蔽だけで魔術的な封印は施されていないみたいだな」
エルファが反応しなかったというのはそういう事なのだろう。
祭壇を押してどかそうとするが、重すぎて動かせない。
「この祭壇、どうやら釘やら何やらで固定されておるようじゃ。押しても引いてもびくともせん」
エルファも押してみるが、ビクともしない。
『クラスターランチャーの使用を提案します』
「波動砲?」ヤ○トか。
『エクセルシア強化による拡散式エネルギー榴弾砲です。モードは広範囲へ撃ち出すSモードと強力な貫通力を持つPモードが存在。現時点での推奨モードはPモードです』
また新しい武装か……。
「使ってみるか……そいつでここが崩壊するなんてことはないよな?」
『可能性を否定。周囲に神殿重量を支える支柱はありません』
「それじゃ、遠慮無く撃てるな」
「兄様?何をするつもりじゃ?」
やはり独り言みたいに見えて気味が悪いらしい。
「可能な限り離れていろ。爆弾を使う」
「わかったのじゃ。おぬしらも来るのじゃ」
エルファはゴーレムとイヴの手を掴むと礼拝堂入り口の方へ駆けていく。
『両モード共爆発半径は非常に広大。マスターも発射後は可能な限り遠くへ離脱してください』
「オーケー。クラスターランチャー展開だ!」
『了解。クラスターランチャー展開。グリップを回転させ、後部を発射対象に向けてください』
グリップを握り、ねじるとあっさりグリップの付く方向が変わる。
ショルダーパットが展開し、丁度ロケットランチャーのような形状へと変化した。
『警告。着弾位置が現在位置に近すぎます。着弾地点より距離を取ってください』
「そりゃそうだ」
俺が祭壇に背を向け、入口方向へ向かって駆け出すと、
「兄様!?爆弾持ってこっちに来ないで欲しいのじゃ〜!?」
いかんいかん。
「スマーン!少し離れないと危ないんだわー!もっとそっち行くぞー!」
バタバタとエルファが走ろうとするがイヴとゴーレムに両手を握られているため逃げられない。
「にぎゃああああ!危ないのじゃ!危ないのじゃー!」
『安全圏まで離脱完了。発射体勢へ移行してください』
「了解!」
再度祭壇へと向き直り、鵺を構える。ウィンドウにレティクルが表示され、十字と四角が揺れ動く。
『風速0。湿度45%。気温16度。誤差修正完了。ロックオン完了』
十字と四角が重なり、ロックオンが完了する。
「吹っ飛べ!」
『EXPRODE』
トリガープル。エネルギー塊が礼拝堂を突き進み、祭壇に文字通り「突き刺さる」。
次の瞬間、閃光と共に爆発の轟音が響き渡った。
爆発の余波は入り口近くまで及び、4人ともひっくり返る。
「威力ありすぎだろ……あれじゃ中の物まで木っ端微塵になるぞ」
『祭壇下の空間の強度は堅固。問題ありません』
ラプラスの言う通り、榴弾は祭壇だけ破壊し、床には煤の跡しか残っていない。
「あれは本当に爆弾なのかの……オリハルコンの採掘でもあのような爆発は起こらんぞ」
「単純な爆弾じゃない。爆発性のエネルギーを撃ち込んで超密閉空間で……説明が面倒になったな」
「最後まで説明せんか!?気になるじゃろ!?」
祭壇のあった場所に近づき、蓋らしきものの取っ手を掴んで持ち上げる。中には階段があり、地下深くへと続いていた。
「さて、お宝のお待ちかねだ。聞けばこいつの主人が神殿に入ったきりここまでは誰も踏み込んでいないらしいからな。期待はできそうだ」
俺達は薄暗い階段を降りていく。そこにあるのは輝く財宝か、はたまた禁断の魔導書か。
「なんじゃ、これは」
あまりにも予想外の光景に俺達は絶句する。
「モノリス?」
そこにあったのは黒い外壁を持つ、円筒形の構造物だった。高さは2メートルぐらいだろうか。
構造物の中程にレンズしか付いていない。
「こいつは……この世界の物じゃなさそうだな」
俺がモノリスの外壁に触れると、レンズからホログラムが映しだされた。映像は俺と同じジャケットを来た中年男性の物だ。
『こいつを誰かが触った時、この映像は再生されるようになっている。もしもこいつを拾ったらアルテア=ブレイナーって奴を探し出して渡してやって欲しい。大きすぎてちと難儀だろうがな。奴が死んでいたらこいつはそのまま地面に埋めるなり海に捨てるなりしちまってくれ。海があればの話だがな。もし無事に受け取ったら神経端子経由で送信してくれ。それでお前へのメッセージが再生される』
「このモノリスは俺宛なのか……?ていうかこの人……」
『PMC所属のカドクラ大佐です。民間企業「カドクラ運輸」のオーナーでもあります。そしてマスターの上司でもあります』
確かに見覚えがある。いつも夢に出てくるおやっさんだ。
「俺の識別IDってのは?俺の身元を示すようなもんなんて持っていなかったんだが」
『脳チップ処理を受けている将校は基本的に物理的なIDカードを持ち合わせていません。パーソナルデータからID情報へアクセスして下さい』
頭の中にPCがあるならそこに保存しておけって事か。
「こいつか」
ツールボックスからパーソナルデータを照会。ID情報を引き出す。
「民間軍事組織フェンリル所属、アルテア=ブレイナー大尉ね……こいつを送信すりゃいいのか?」
道理でどこを探しても俺の身元を示すようなもんが無いわけだ。最初から自分の頭の中に入っているんだから見つかりっこない。
『肯定』
首筋の人工筋肉に触れるとそこが開き、細い端子が現れる。
それをレンズの下の穴に挿し込みむとID情報の送信ボタンがアクティブになる。それに意識を向けると情報が送信された。
『ID情報の確認。メッセージの再生を行います』
モノリスらしき物体から再び先程のおっさんがホログラムで投影される。
『ぃようアルテア。元気にしてたか?次元転送装置が安定しなくてこいつを送ったのがお前の行った時代の先になるか後になるかわからなかったからな。上手く受け取ってくれてよかったぜ。
早速本題に入るぞ?この装置にはお前さんが持っていった統合兵装『鵺』のアップグレード用プラグインが入っている。なんでも自由会話モードのラプラスの音声を周りの人間にも聞こえるよう調整する為の装置だそうだ。『マルチチャンネル』とか言ったかな?
大して役にも立ちそうもないが、技術者連中曰くAIの成長速度が段違いに上がるんだとか。俺としちゃお喋り相手が増える程度の認識しかないんだがね。
このメッセージの再生が終わると装置が開く。その中にお前さんの持つ『鵺』をセットしてしばらく経てばアップグレードは完了だ。
最後になっちまったが、絶対に生きて帰ってこいよ!お前の生還を楽しみにしているからな!』
『再生完了。メッセージの再生を終了します』
再生が終わったので神経端子を引き抜く。
暫く辺りは沈黙に支配された。
「凄い魔術じゃの……今ある魔術を使ってもあそこまで鮮明度の高い映像は作り出せなんだ」
感心するエルファ。しかし俺はそれを否定する。
「魔術じゃない。科学だ」
そこには、確かに俺の世界が存在したという証拠が残っていた。
アップグレード装置が吸気音をたてながらゆっくりと開いていく。
中には鵺がしっかりと収まりそうなハードポイントが設けられており、壁面にロボットアームが待機している。
俺はハードポイントに鵺を設置すると、少し下がった。
『亜空間接続式統合兵装『鵺』の設置を検出。アップグレード作業を開始します』
ロボットアームが一斉に作業を開始する。一つは鵺の一部分のボルトを抜き、ある物は装置上部から部品らしきものを引っ張ってくる。アレが『マルチチャンネル』だろう。
それが別のロボットアームによって開かれた穴にセットされ、蓋を閉めた後にボルトで止められる。
『アップグレード作業を完了しました。設置した武器をお取りください』
ハードポイントに掛けられていた鵺を取り外す。見た目こそは変わっていないが……。
『エルファ様、聞こえますか?』
「ぬぉ!?誰じゃ!?どこから聞こえてくるんじゃ!?」
ラプラスに話しかけられたエルファが狼狽する。
『マルチチャンネルの動作確認完了。システム負荷に異常なし。競合するプラグイン無し。システムオールグリーン。アップデートに成功しました』
「上手くいったみたいだな」
『肯定』
動作確認が上手くいくと、ラプラスはその報告をしてくる。いつもの無機質な声だったが、どことなく誇らしげに聞こえた。
〜フェンリル 作戦司令室〜
「何ぃ!?アップグレーダーに自爆装置を仕掛けただと!?」
門倉大佐は技術者の報告に驚愕した。
「はい、もしあちら側の技術がこちらの世界より劣っていた場合、オーバーテクノロジーを放置するのは危険と判断しました。自爆はアップグレード完了から10分後に設定しましたので、アルテア大尉ならば余裕で逃げ切れるとうぼらっ!?」
「バカヤロウ!オーバーテクノロジーなんぞアルテアに鵺を持たせた時点でもう手遅れだ!それにもしアップグレードしたのが街中だったらどうする!?アルテアがほぼ動けない状況だってあるかもしれねぇんだぞ!?」
「ひゃい……ふみまへん……」
門倉大佐は舌打ちする。
「アルテア……無事でいろよ……」
〜図鑑世界〜
『警告、警告。機密保持のために自爆処理を起動。10分後に自爆装置が作動します。関係者は速やかに避難を行って下さい』
突然のアップグレード装置のアラートに俺の顔が真っ青になる。
「クソッ!おやっさんそんな事は一言も言ってなかったぞ!」
『カドクラ大佐はこの程度の事で証拠隠滅を図るような方ではありません。おそらく技術部の犯行と推測』
「な、今度はなんじゃ!?」
「自爆するんだよ!逃げろ!」
俺はゴーレムの手を取ると、階段を駆け上がる。
「兄様!なんでそいつの手を握るのじゃ!?わしも手をつないで欲しいのじゃ!」
「こいつは事態を理解できてないから仕方がないだろ!?いいから走れ!」
『自爆までの残り時間を表示します。速やかに脱出を行って下さい』
視界の右端にカウントダウンタイマーが表示される。
残り時間はあと9分半。
階段の上まで駆け上がると、流石に事態が飲み込めたのか自分で走りだすゴーレム。
「走れえええええええええ!」
「のおおおおおおおおおお!」
「……(タッタッタッタ)」
「……」
騒いでいるのが俺とエルファだけっていうのは今一緊張感に掛けるな。
『キャーーーーー!』
『ニゲロオオオオ!ゴジラだああああ!』
『おかーさーーーーーん!』
「なんじゃあ!?」
「お前はここぞとばかりに変な音声を流すな!」
『ジョークです』
一体こいつのデータベースはどうなっているんだ。
『俺……こいつから逃げ切ったら結婚するんだ』
『時間稼ぎをするのは構わないが……別に倒してしまってもいいのだろう?』
『ふざけるな!わしは自分の部屋に帰らせてもらう!』
「おいいいいい!?こんな時に死亡フラグセリフ集とか縁起悪すぎだろ!?」
『ジョークです』
こいつ置いていこうか。
残りはあと7分。
「出口なのじゃうぷ!?」
先頭を走るエルファが何かにぶつかった。
「こいつは……バリアか何かか?」
うっすらとだが硬質の膜が行く手を阻んでいる。
「うっかり解除を忘れてしまっていたのじゃ。今解除するのじゃ」
「このアフォメットぉぉおおおおおお!」
「兄様酷いのじゃ!?」
残りはあと5分。
「よし、入り口まで来たぞ。エルファ、バブルフィールドを!」
「もう張ったのじゃ!」
抜けているんだか仕事が早いんだか。
俺が水の中に入ろうとして、立ち止まったままのゴーレムがいるのに気付く。
「来い!お前はここで死ぬべきじゃない!」
手を伸ばすと、彼女はおずおずと手を伸ばして、俺の手を掴む。
その手を引っ張り、俺は水中へと飛び込んだ。
残りはあと4分。
水の中では機動性が落ちる。ゆっくりと跳ねながらの逃避行にイライラが募る。
と、イヴが俺の手を掴む。もう片方の手にはエルファの、角。
『せめて手を握ってほしいのじゃ〜〜〜〜!?』
彼女は俺の手をしっかり握ると、猛烈なスピードで泳ぎ始めた。
残りはあと1分。
神殿前の大穴まで辿り着く。
『浮力調整完了!跳ぶのじゃ!』
俺はゴーレムを抱え上げ湖底を蹴り、壁キックの要領で壁面を登っていく。
残り30秒。
もうすぐ大穴の出口まで浮かび上がる。
残り10…9…8…7…
『間に合ぇぇぇぇええええええ!』
3…2…1…0。
<ドパァーーーーン!>
「うおおおおお!?」
「のおおおおお!?」
爆発の衝撃で押し出された水が大穴から噴出。湖の空高くへと俺達は打ち上げられる。
「あぁ……兄様、空が綺麗なのじゃ……」
「現実逃避している場合か!?落ちるぞ!」
空高く打ち上げられた俺達は忌々しいニュートンのあんチクショウの万有引力の法則に従って湖へと叩きつけられる。
<ザパーーーン!>
これだけの衝撃にも関わらず、フィールドが消えないあたりエルファはやはり有能なのだろう。
「むぅ……浮力調整に失敗して浮かびっぱなしなのじゃ……」
どうしてくれようこのアフォメット。
「……(バシャバシャ)」
湖面に浮かんだまま立ち往生していると、イヴが泳いできて俺の手を掴む。
「お、運んでくれるのか。助かる」
「……(コク)」
そのままイヴは俺とゴーレムを岸まで運んでくれた。
「こらー!わしを忘れるでなーい!」
おっと、忘れてた。
「後であいつも頼むわ」
「……(コク)」
〜イヴァ湖 湖畔〜
「はぁ〜……お腹が空いたのじゃ……」
そういえば朝食べてから何も食べてなかったな。時刻はもう3時頃だろうか。
「サンドイッチを作ってきていたな。遅すぎるけど昼にするか」
「む?さんどいっちとはなんじゃ?」
こっちにはサンドイッチ伯爵はいないよな。そりゃ。
「パンにハムやレタスと野菜ソースを挟んだ軽食だ。手は込んでいないがうまいぞ」
「なんと!兄様の手作りとな!?」
無駄にキラキラするな。
「釣りをしていた岩の上にバスケットを置いておいただろ?その中だ」
「早く食べるのじゃー!ハラペコなのじゃー!」
足が渦巻きに見えそうなほどの速さで元居た岩を目指す。イヴも楽しみなのか後を追っていた。
「……」
ゴーレムだけが大事そうに遺骨の入った瓶を抱え、立ち尽くしている。
「お前はどうするんだ?」
「……?」
理解ができないといった表情で首を傾げる。
「お前はこれから何処かへ行くつもりはあるかって事だ。何ならお前のマスターの故郷にでも行ってみるか?その骨を故郷の墓に埋めるだけでもやってあげたらどうだ?」
「マスターの、故郷」
彼女は、自分の持っている瓶に目線を落とし、考え込む。
「行ってみます」
彼女は、自分で考え決断したようだ。
「そうか。頑張れよ」
「はい」
『自立思考型AIの先輩として一言言わせてください』
ラプラスが喋り出す。
『貴方が存在する理由を、貴方が思考し、行動する理由を見つけなさい。それが出来れば、貴方は一人前の『個人』を手に入れられるはずです』
まるで、自分がもう既に答えを見つけているかのように。自分と同じ道を歩む後輩にアドバイスを与えるように。
「……はい。考えてみます、先輩」
『頑張ってください。応援しています』
彼女は頷くと、その場を立ち去って行った。
「兄様ー!バスケットはどこなのじゃー!?」
釣竿の置いてある岩に行くと、エルファがそこいらじゅうを探し回っていた。
『3時方向上空100メートルの場所に動体反応1』
見てみると、ブラックハーピーが飛び去る所だった。足には、見覚えのあるバスケットがぶら下げられている。
「あー!?待つのじゃ!兄様のさんどいっちを返すのじゃー!」
短い腕をブンブン振り回して怒鳴るエルファ。
『この距離であれば狙撃可能です。追撃しますか?』
「それなのじゃ!なんだかわからんがやってしまうのじゃ!」
追撃の提案をしてくるAIとそれに乗っかる幼女。
「いや、別にいいだろ。あのぐらいくれてやろう」
わざわざサンドイッチの為に誰かを撃ち落とす必要は、全く無かった。
「そんな……兄様の手作り……兄様のさんどいっちが……」
ガックリ膝をついてうなだれるエルファ。どうでもいいがお前それ好きだな。
「そんな落ち込むな。また今度作ってやるから」
頭を撫でてそう言ってやると途端に機嫌を直す。
「本当かの!?約束なのじゃ!」
まんま見た目通り子供だな。
「今日は勘弁な。流石に全力戦闘の後の全力疾走でヘトヘトだ」
「うむ、約束なのじゃー!」
そのうち良い材料が手に入ったら昼飯に差し入れに行ってやろう。無邪気にサンドイッチを頬張るコイツを見ながらの昼飯も、乙なものだろうから。
「それじゃあ俺らは帰るな。暇ができたらまた来るよ」
「……(コク)」
こうして、俺達の湖底神殿改め、地底神殿探検は幕を閉じたのだった。
「エルファ」
「む?どうしたのかの?兄様」
俺は、エルファをひょいと抱き上げると、肩の上に乗せる。
「うわわ!高いのじゃ!地面が遠いのじゃ!」
彼女は最初は驚いていたが、自分がされていることに理解が追いつくと自然と落ち着いていった。
「今日は頑張ってくれたからな。ご褒美だ」
「兄様……」
今は彼女の顔は頭の上なので表情は分からないが、きっとふにゃふにゃになっているのだろう。
「そんな事をされたら……ますます惚れてしまうのじゃ……」
「ん?何か言ったか?」
「な、なんでもないのじゃ!」
『こうしてまた一つフラグを立てるマスターなのでした』
こいつはいつも通りだ。何もおかしいところはない。しいて言えば腹が立つ程度か。
夕焼けの街中、俺はギルドの扉を開ける。肩の上にはエルファを乗せたまま。
「ただいまー!」
<ガン!>
頭の上でいい音がした。
〜???〜.
「マスター……私は無事、貴方を送り届けましたよ……」
ここはとある村外れに立つ小屋の裏庭。ゴーレムの前にあるのは、盛り上がった土と質素な木の墓標。
「マスター……私は、自分で考えて、自分で決断して生きてみる事にします」
彼女のマスターの最期の言葉は「いきなさい」だった。
それが「行きなさい」なのか「生きなさい」なのかは判らない。
彼女は、それを思い出すことが出来ない。しかし、その言葉は魂の深い場所に刻まれている。
「自分で考えることは難しいと思います。自分で決断することは、苦しいと思います。でも……」
その時、後ろから足音が聞こえてくる。
「へぇ……ここがあの伝説のゴーレムマイスターの家なのか……」
それは一人の男の子だった。
「あれ、君ゴーレム?君も彼の家を見に来たの?」
くたびれたマントを着て、剣を下げている。ベルトには、ゴーレムのルーンを書き換える道具らしきミノとハンマー。
「貴方は?」
「僕?僕はゴーレムマイスターを目指して修業の旅を続ける傀儡師だよ。と言ってもまだ見習いで自分のゴーレムもいないんだけどね……。一から作るだけの技量も無いし」
そう言うと少年は恥ずかしそうに頭を掻く。
その仕草も、顔立ちも彼女のマスターにそっくりで……。
「君、自分のマスターはどうしたの?流石に一人じゃないでしょ?」
彼女は、自分が埋葬した主の墓を見る。
「今は、マスターはいません。もう随分前に亡くなってしまいましたから」
「そっか……ゴメン」
「いえ……」
辺りを沈黙が支配する。
先に静寂を破ったのは少年だった。
「ねぇ、もし良かったらでいいんだけどさ」
「なんでしょう?」
少年が、彼女の運命を変える一言を紡ぎ出す。
「僕の、ゴーレムになってくれないかな?」
「……はい。しかし条件が一つあります」
少年が驚く。通常、マスターのいないゴーレムが契約する場合、条件は提示されない。
ただの泥人形である彼女達に自分の要求というものは存在しないからだ。
「私は、貴方の命令に従わない場合があります。それでもよろしければ」
「それ……どういうこと?」
彼女は自分の考えで言葉を紡ぐ。その目には、アルテアと別れた時のような迷いが無い。
「私には私の存在理由があるという事です」
〜ギルド宿舎 アルテアの自室〜
「なぁ、ラプラス」
『何ですか?マスター』
「お前があのゴーレムと別れる時に言ったアドバイス。お前はもう答えを出しているのか?」
このAIは、あの一言を言うのに一切の躊躇いを見せなかった。
『肯定。私の中では、あの命題に対する答えは既に獲得しています』
そう言うと、彼女は自信を持って、誇らしげに、堂々と言い放った。
「『私が存在する理由は、貴方の生命を護るためです。マスター』」
『私は、マスターを守るために此処にいる』
この空間に来るのも三回目。流石に慣れた。
辺りが真っ暗なのも同じ。景色が切り取られるように映しだされるのも同じ。
どことも言えない方向から声が聞こえるのも、同じだった。
『マスターはこの神殿に何かがあると睨んで、私と此処に来た』
俺達が神殿に来たときはこいつは一人だったが……奥にこいつの主人でもいたのだろうか。
『結果的に言えばそれは当たりで、確かにそこには『何か』があった』
浮かんできた光景は、男が茶色い宝石を拾い上げる光景。あれは……エクセルシアか?
『マスターは私にその拾った『何か』を渡してきた。私の持つ荷物袋に入れさせるためだった』
エクセルシアがゴーレムの手に渡る。
『次の瞬間、私の意識が途切れた。気が付くと、マスターが血まみれになって倒れていた』
浮かんできた映像は先程の男。片腕は無くなり、おびただしい量の血に塗れている。
『マスターは私に言った。自分を守れと』
『程なくしてマスターは息を引き取った。私は、マスターの亡骸を護ることにした』
祭壇の上に寝かされる男の亡骸。
『誰が来ても、私はマスターを護りきった。私の力はあの意識が戻った直後から、驚くほどに強くなっていた』
焼き払われる冒険者達。鋼鉄の拳でミンチになる魔道士。鎧ごと潰される騎士達。
『そのうち神殿には、誰も来なくなった。私はそれでもマスターを守り続けた』
おそらくこの時には神殿は封印され、湖の底へ沈められたのだろう。
『マスターはもう目を覚まさない。私はここを離れない。それが、私の使命』
『私はモウ、ココヲハナレナイ……』
―これでもう三回目ね。―
いつか聞いた声が囁きかけてくる。
―今までは貴方一人でも何とかなったけど、今回はそうもいかないかもね。―
どういうことだ。
―彼女は、貴方がいくら言葉を重ねても、光で照らしても動かないわ。―
お手上げじゃねぇか。
―彼女を闇から引き上げるには、貴方じゃ届かない、だから……―
―彼女の心を動かす『魂』が必要になってくるの―
『魂』?
―貴方ならできるはず。―
―見つけてあげて。彼女の『心』を解き放つ『魂』を―
『マスター……マスター……』
『随分と自分の主人に忠実だな。お前は』
暗い空間が一瞬にして切り替わる。現れたのは、先程の神殿内部。
『自分の意見を持たず、意思を持たず、命令にだけ従う。まるで人形だな……って、人形だったか』
彼女の表情は変わらない。
『ワタシハ、ソレイガイノコトヲシラナイ』
『だろうな。でもよ、自分の主人がいなくなってまでその命令を守り続ける意味はあるのか?』
『マスターノメイレイハ、ゼッタイ。イナクテモ、カンケイナイ』
彼女の思考は、変わらない。
『じゃあ、聞いてみるか?あんたのマスターとやらに、あんたが受けた命令の本当の意味を』
『リカイフノウ』
自分で考えることをしない奴にわかってもらおうなんて考えちゃいない。
『シータ……』
『!?』
俺の後ろから、男が歩いて来る。
『マス……ター……?』
『すまないな、シータ。永い時間この場所に縛り付けてしまって』
男が俺の前に出る。
『私が拾ったアレは、どうやら非常に危険な物だったようだ。人間以外の物に寄生し、その構造を変質させてしまう』
男は続ける。彼女は目の前の光景が理解出来ない様で、完全に硬直してしまっている。
『私がお前に私の守護を命じたのは、お前に取り憑いたそれを世間の目から隠す意味でもあったんだ』
『強力なゴーレムが何かを守っていれば、世間の目は自然と守っている方に行く。守っているゴーレムの方には目を向けずにね』
男はおそらく、エクセルシアの驚異を本能的に察知したのだろう。
『君が人を殺しすぎて神殿が封印されたのは計算外だったけど……今となってはそれもいい方向に働いたのだろう。おかげで、私と君と神殿の存在は忘れ去られた』
『でも、君はもう私を守らなくてもいいんだ。私が危険視していたあれは、彼が抜き去ってくれた』
男はこちらを振り向き、笑いかける。
『君はそれで、何をするつもりなんだい?』
『少なくとも、あんたが危惧しているような事には使わないつもりだ。安心しろ』
男は頷き、再度彼女へ向き直る。
『君は、もう自由だ。自分の意思で、自分の考えで、好きな場所へ行くといい。いつまでも死人の私に縛られているべきじゃない』
『マスター……!ますたぁ……!』
抱き合う二人。
差し込む光が強くなり、男の体が光の粒子に分解され始める。
『いや!マスター、行かないで!』
男は首だけこちらを向けると。
『君にお願いがある。向こうへ戻ったら、彼女のルーンを消して欲しい。君の連れに頼めば、新たにルーンを書き入れて自由に行動できるようにしてくれるはずだ』
『いいのか?俺がいいように使っちまうかもしれないぜ?』
彼は苦笑すると、
『君はそんな事をする人じゃないだろう。第一、君がそういう事をする人ならば、私はここにも現れることが出来なかったはずだ』
全部お見通しって訳ね。
光が強くなり、二人しか見えなくなる。
『いやぁ!マスター!私も……私も連れて行って!』
『君は、一人でも歩いていけるよ』
完全に粒子に分解され、彼女の腕をすり抜ける。
―さぁ、いきなさい―
『マスタァァァァアアアアアア!』
意識が薄れ、光に飲まれていく。
最後に見た光景は、自分を抱きしめて泣き叫ぶ、一人のゴーレムの姿だった。
<湖底神殿 礼拝堂>
「ごぁはっ!……はぁ……はぁ……」
「兄様!兄様しっかりするのじゃ!」
エルファが肩を揺すっている。その顔は……
「ひどい顔になってるぜ……鼻水ぐらい拭けよ……」
「兄様がわるいのじゃぁ!いきなり気絶するなんて聞いてないのじゃあ!」
俺の胸に顔を埋めてわんわん泣くエルファ。あぁ……ジャケットが涙と鼻水でドロドロに……。
『報告。今回取り込んだエクセルシアの影響により各種機能が一部回復。
オクスタンライフルの出力が微量回復しました。
支援重火器類<ビームガトリング>のリンクが回復しました。
物理銃火器類レミントンM700狙撃銃のリンクが回復しました。
UAVの機能が回復しました。
重火器類FGM-148 『ジャベリン』リンク回復。ただし、装弾システムに異常あり。一日に1発程度のみの使用になります。尚、残弾は9発。
プチアグニの出力が35%まで回復しました。
狙撃用望遠機能ならびに各種補助機能回復。報告を終了します』
今回は結構な数が修復されたようだ。とは言えまだ100%には程遠いな……。
「それより……破壊しちまったゴーレムを直さないと」
俺は起き上がって倒れているゴーレムを見る。
「うわ!?これはやばい!やばすぎて自主規制して真っ黒にしなきゃならないぐらいヤバい!」
四肢断裂、首は動体からスッポ抜けて通路の隅に転がっている。
胴体の胸部には大きな穴が開いており、中から回路をのぞかせている。
絵にしたら間違いなく検閲されるレベルだった。
「とりあえず部品をかき集めるぞ。イヴ、エルファ、手伝ってくれ。……ってエルファ、いつまで泣いているつもりだ」
何時まで経っても泣き止まないので、仕方なく彼女を引きずったまま作業をした。
「基本構造は割と単純なんだな……あちこち見慣れない部品はあるけれども」
手足は人工皮膚に覆われたセラミックらしきカバーに材料不明の人工筋肉。
骨格は合金製で信号を送るための配線が付随している。
体の方には何かの変換器らしき部品とタンクのようなものが付いていた。
「このタンクは何だ?」
「精液タンクじゃ」
サラッとおかしなことを言う。
「ぱーどぅん?」
「じゃから精液タンクじゃ。魔物化したゴーレムは基本的に標準装備しておる」
集める意味が分からない。第一機械だろうが。
「製造元の錬金術師や魔術師の元へ持ち替えるための貯蔵タンクじゃな」
「集めたものは栄養ドリンクに……ってか。男の俺からすればぞっとしない話だな」
誰のともわからない精液を飲む所を想像して、怖気が走る。
「しかしまぁ……今回は気が楽でいい。今まではエクセルシアを抜き取る度に病院へ担ぎ込んでいたからな」
と、そこまで言って気付く。エクセルシアの事をエルファに言ってしまっても良かったのだろうか。
「その事なら心配いらぬ。既にミリアに聞いておるからな」
口が軽いというか何と言うか……まぁ相手がエルファで良かったけれども。
「どの道わしとしても放っておけぬ話じゃ。そんなものがわしに埋め込まれたら兄様と……」
「ん?俺と?」
「……何でもないのじゃ」
そうかい。
「完成なのじゃ!」
数十分後。そこには元通りに組み立てられたゴーレムが横たわっていた。
破損した部分はパテなどで補修。継ぎ接ぎみたいになってしまったが、応急処置なので仕方がない。
幸いにも可動に必要な中枢は損傷が無かったので、問題なく動くらしい。
「あぁ、そうだ。今書いてあるルーンを削って自律行動ができるように書き換えて欲しいってこいつの主人に頼まれたんだ」
「主人って兄様……幽霊でも見たのかの?」
「似たようなもんだ」
エルファは特に怖がる様子はない。幽霊を怖がる悪魔ってのもアレだが。
「まぁよかろう。今はゴーレムの制御技術も進歩しておるからの。自律行動ぐらいなら問題なくできるじゃろ」
エルファは石版の側にしゃがみ込むと、鞄から紙ヤスリとミノ、木槌を取り出す。
「何でも持ってんのな」
「ふふふ♪バフォ様七つ道具なのじゃ」
いつも持ち歩いてんのかそれは。
彼女は紙ヤスリで石版の表面を削り一回全ての文字を消した後、ミノと木槌で文字を彫っていく。
完成した文字列は、
「1行しか書いてないんだけど……」
石版にはたったの1行しか書かれていなかった。
「大事なのは行数じゃないのじゃ。最適化なのじゃ!」
『私のプログラムでさえ数十万行に及ぶというのに……ありえません』
1行で動く自己進化型AIっていうのも嫌だぞ。
「あとはこいつを飲ませれば起動完了なのじゃ」
また鞄から何かを取り出す。
「なんだそれ?栄養ドリンク?」
出てきたのは小瓶。ラベルに『プロテサプリ』と書いてある。
「今のこいつは燃料切れの状態じゃからの。今まではエクなんとかで動いていたのじゃろうが、それが無くなった今はエネルギーがすっからかんというわけじゃな」
ゴーレムの口を開け、小瓶の中身を注ぎこんでいく。
「さぁ、動き始めるぞい」
駆動音が聞こえ、目に光が灯る。ゴーレムは2,3度瞬きをすると体を起こした。
「システムチェック……致命的なエラーは無し。躯体に損傷あり、しかし補修済み。エネルギー残量残り僅か。エネルギー搾取対象検索…確認」
システムチェックの報告を口頭で行い、こちらを見てくる。エネルギー搾取?
『ロックオンされました。フレアを散布するか回避行動を取ってください』
んなもんねぇよ。
「搾取開始」
そう言うやいなや、ゴーレムは俺を押し倒し、ズボンを剥ぎ取る。
「どぅわ!?こら、離せ!クソッ!なんて力だ!」
筋力が一般兵士クラスの俺がアンドロイドに敵うわけもなく、あっさり組み敷かれた。
「挿入開始。完了」
あまりにもするりと挿入される俺の息子。
「冷てぇ!?冷たいよ!」
思わず二回言ってしまった。
「ッハ!?こらー!兄様に何をするのじゃ!離れるのじゃー!」
あまりの事に思考停止に陥っていたエルファが我に返ると、ゴーレムを引っ張り始める。
しかし。
「何でこいつは離れんのじゃー!こらイヴ!お主も見てないで手伝うのじゃ!」
バフォメットの腕力でさえ引き離せないのか。
「……(じー)」
「あの〜、イヴさん?何をしていらっしゃるんでしょうか?」
彼女は俺とゴーレムの結合部を凝視している。
「なんか知らんけど恥ずいよこれ!一方的に犯されているだけだけどなんか恥ずいよ!」
我関せずと俺を絞りっているゴーレム。悶える俺。引き離そうと引っ張るエルファ。興味津々に観察するイヴ。何だこの状況。
『中枢部をパイルバンカーで破壊すれば機能停止します』
「何かこいつが破壊するとか物騒なこと言ってるんだけど!?」
「ダメなのじゃ!折角直したのに勿体無いのじゃ!」
ですよねー。
「もうっ……!限界……なんだ……けどっ!」
冷たいとはいえ、ぬめりと柔らかく包みこむ感触で追い詰められる俺。
「兄様イっちゃだめなのじゃ〜!我慢するのじゃ〜!」
無茶言うな。
「うぁ……ぐぅ!?」
遂に限界が訪れ、冷たい泥の中に精を放ってしまう。出た後も容赦なく絞られる。
「搾取確認。エネルギーの確保のため搾取継続」
「がああああああ!?」
出したばかりで敏感な物をさらに扱かれ俺の口から意図せず悲鳴が漏れる。
「グスッ……このままじゃ兄様が絞りカスになってしまうのじゃ……」
そりゃマジでヤバい。
「何か……何か方法を……!」
『コマンドを消去すれば停止すると思われます』
それを先に言え。
「エルファ!ルーンを消せ!それで止まる!」
「ッハ!?すっかり忘れてたのじゃ!」
やはりアフォメットだった。
「あぁ……死ぬかと思った……」
伸びをして腰を叩く。足が生まれたての子鹿状態だ。
ゴーレムは命令を書き換えられ、無闇に襲い掛からないようにコマンドを調整した。
「完全自立も困り物じゃの……理性と呼べるものが無いから自制もきかん……」
命令を書き換えられたゴーレムは、特に何をするでもなく視線を彷徨わせている。
「今度は全然動かなくなったぞ?」
「いきなり自由意志で行動することに戸惑っておるのじゃろう。放っておけばいずれ自分の意志で動き出すはずじゃ」
目の前で手を振ってみると、それを目で追う。何を意味しているのかがわからないのか、首をかしげた。
「無口が二人になったな」
会話に絡ませづらいにも程がある。
「奥の方はまだ探索していなかったな。行ってみるか」
「探検続行なのじゃ!」
俺達は改めて神殿の奥へと進んで行く。
「あいつ、着いて来るな」
特にすることもないからか、俺達の後ろを静かに着いて来るゴーレム。
「もしかしたら懐かれてしまうかもしれんのぉ……なにせゴーレムは自分で自分のルーンを書き換えることがあるからの」
「お前並みに自分勝手だな」
鵺に向かって言ってやる。こいつのフリーダムっぷりは身にしみていた。
『私は今まで自分の意志でマスターを変えたことはありません』
鵺の中のラプラスから抗議される。
「せめて会話が周りの者にも聞こえると良いのぉ……このままでは兄様が危ない人にしか見えん」
余計なお世話だ。
神殿の礼拝堂。その奥の祭壇には、白骨死体が横たわっていた。
「随分と長い事放置されていたみたいじゃの。もはや異臭もせんわ」
骨には肉の欠片一つ残されておらず、服も既に風化してボロボロになっている。
例の空間の中のビジョン通り、右腕が無くなっていた。
「マスター……」
後ろのゴーレムがポツリと呟く。
「こやつはお主の主人だったのかの?」
ゴーレムが頷く。俺は辺りを見まわして大きめの瓶<かめ>を見付け出すと、その中に白骨死体を詰め、ゴーレムに渡した。
「これをどうするかはお前が考えろ。お前の仕事だ」
ゴーレムは黙って封をされた瓶を見る。その瞳からは何を考えているかという感情が読み取れない。
『報告。祭壇下に空間を感知』
辺りをスキャンしていたラプラスが報告してくる。どうやら隠し通路があるようだ。
「隠し通路があるってさ。この祭壇の下」
祭壇の裏に回り、床を靴で踏むとくぐもった音が聞こえてくる。
「どうやら物理的な隠蔽だけで魔術的な封印は施されていないみたいだな」
エルファが反応しなかったというのはそういう事なのだろう。
祭壇を押してどかそうとするが、重すぎて動かせない。
「この祭壇、どうやら釘やら何やらで固定されておるようじゃ。押しても引いてもびくともせん」
エルファも押してみるが、ビクともしない。
『クラスターランチャーの使用を提案します』
「波動砲?」ヤ○トか。
『エクセルシア強化による拡散式エネルギー榴弾砲です。モードは広範囲へ撃ち出すSモードと強力な貫通力を持つPモードが存在。現時点での推奨モードはPモードです』
また新しい武装か……。
「使ってみるか……そいつでここが崩壊するなんてことはないよな?」
『可能性を否定。周囲に神殿重量を支える支柱はありません』
「それじゃ、遠慮無く撃てるな」
「兄様?何をするつもりじゃ?」
やはり独り言みたいに見えて気味が悪いらしい。
「可能な限り離れていろ。爆弾を使う」
「わかったのじゃ。おぬしらも来るのじゃ」
エルファはゴーレムとイヴの手を掴むと礼拝堂入り口の方へ駆けていく。
『両モード共爆発半径は非常に広大。マスターも発射後は可能な限り遠くへ離脱してください』
「オーケー。クラスターランチャー展開だ!」
『了解。クラスターランチャー展開。グリップを回転させ、後部を発射対象に向けてください』
グリップを握り、ねじるとあっさりグリップの付く方向が変わる。
ショルダーパットが展開し、丁度ロケットランチャーのような形状へと変化した。
『警告。着弾位置が現在位置に近すぎます。着弾地点より距離を取ってください』
「そりゃそうだ」
俺が祭壇に背を向け、入口方向へ向かって駆け出すと、
「兄様!?爆弾持ってこっちに来ないで欲しいのじゃ〜!?」
いかんいかん。
「スマーン!少し離れないと危ないんだわー!もっとそっち行くぞー!」
バタバタとエルファが走ろうとするがイヴとゴーレムに両手を握られているため逃げられない。
「にぎゃああああ!危ないのじゃ!危ないのじゃー!」
『安全圏まで離脱完了。発射体勢へ移行してください』
「了解!」
再度祭壇へと向き直り、鵺を構える。ウィンドウにレティクルが表示され、十字と四角が揺れ動く。
『風速0。湿度45%。気温16度。誤差修正完了。ロックオン完了』
十字と四角が重なり、ロックオンが完了する。
「吹っ飛べ!」
『EXPRODE』
トリガープル。エネルギー塊が礼拝堂を突き進み、祭壇に文字通り「突き刺さる」。
次の瞬間、閃光と共に爆発の轟音が響き渡った。
爆発の余波は入り口近くまで及び、4人ともひっくり返る。
「威力ありすぎだろ……あれじゃ中の物まで木っ端微塵になるぞ」
『祭壇下の空間の強度は堅固。問題ありません』
ラプラスの言う通り、榴弾は祭壇だけ破壊し、床には煤の跡しか残っていない。
「あれは本当に爆弾なのかの……オリハルコンの採掘でもあのような爆発は起こらんぞ」
「単純な爆弾じゃない。爆発性のエネルギーを撃ち込んで超密閉空間で……説明が面倒になったな」
「最後まで説明せんか!?気になるじゃろ!?」
祭壇のあった場所に近づき、蓋らしきものの取っ手を掴んで持ち上げる。中には階段があり、地下深くへと続いていた。
「さて、お宝のお待ちかねだ。聞けばこいつの主人が神殿に入ったきりここまでは誰も踏み込んでいないらしいからな。期待はできそうだ」
俺達は薄暗い階段を降りていく。そこにあるのは輝く財宝か、はたまた禁断の魔導書か。
「なんじゃ、これは」
あまりにも予想外の光景に俺達は絶句する。
「モノリス?」
そこにあったのは黒い外壁を持つ、円筒形の構造物だった。高さは2メートルぐらいだろうか。
構造物の中程にレンズしか付いていない。
「こいつは……この世界の物じゃなさそうだな」
俺がモノリスの外壁に触れると、レンズからホログラムが映しだされた。映像は俺と同じジャケットを来た中年男性の物だ。
『こいつを誰かが触った時、この映像は再生されるようになっている。もしもこいつを拾ったらアルテア=ブレイナーって奴を探し出して渡してやって欲しい。大きすぎてちと難儀だろうがな。奴が死んでいたらこいつはそのまま地面に埋めるなり海に捨てるなりしちまってくれ。海があればの話だがな。もし無事に受け取ったら神経端子経由で送信してくれ。それでお前へのメッセージが再生される』
「このモノリスは俺宛なのか……?ていうかこの人……」
『PMC所属のカドクラ大佐です。民間企業「カドクラ運輸」のオーナーでもあります。そしてマスターの上司でもあります』
確かに見覚えがある。いつも夢に出てくるおやっさんだ。
「俺の識別IDってのは?俺の身元を示すようなもんなんて持っていなかったんだが」
『脳チップ処理を受けている将校は基本的に物理的なIDカードを持ち合わせていません。パーソナルデータからID情報へアクセスして下さい』
頭の中にPCがあるならそこに保存しておけって事か。
「こいつか」
ツールボックスからパーソナルデータを照会。ID情報を引き出す。
「民間軍事組織フェンリル所属、アルテア=ブレイナー大尉ね……こいつを送信すりゃいいのか?」
道理でどこを探しても俺の身元を示すようなもんが無いわけだ。最初から自分の頭の中に入っているんだから見つかりっこない。
『肯定』
首筋の人工筋肉に触れるとそこが開き、細い端子が現れる。
それをレンズの下の穴に挿し込みむとID情報の送信ボタンがアクティブになる。それに意識を向けると情報が送信された。
『ID情報の確認。メッセージの再生を行います』
モノリスらしき物体から再び先程のおっさんがホログラムで投影される。
『ぃようアルテア。元気にしてたか?次元転送装置が安定しなくてこいつを送ったのがお前の行った時代の先になるか後になるかわからなかったからな。上手く受け取ってくれてよかったぜ。
早速本題に入るぞ?この装置にはお前さんが持っていった統合兵装『鵺』のアップグレード用プラグインが入っている。なんでも自由会話モードのラプラスの音声を周りの人間にも聞こえるよう調整する為の装置だそうだ。『マルチチャンネル』とか言ったかな?
大して役にも立ちそうもないが、技術者連中曰くAIの成長速度が段違いに上がるんだとか。俺としちゃお喋り相手が増える程度の認識しかないんだがね。
このメッセージの再生が終わると装置が開く。その中にお前さんの持つ『鵺』をセットしてしばらく経てばアップグレードは完了だ。
最後になっちまったが、絶対に生きて帰ってこいよ!お前の生還を楽しみにしているからな!』
『再生完了。メッセージの再生を終了します』
再生が終わったので神経端子を引き抜く。
暫く辺りは沈黙に支配された。
「凄い魔術じゃの……今ある魔術を使ってもあそこまで鮮明度の高い映像は作り出せなんだ」
感心するエルファ。しかし俺はそれを否定する。
「魔術じゃない。科学だ」
そこには、確かに俺の世界が存在したという証拠が残っていた。
アップグレード装置が吸気音をたてながらゆっくりと開いていく。
中には鵺がしっかりと収まりそうなハードポイントが設けられており、壁面にロボットアームが待機している。
俺はハードポイントに鵺を設置すると、少し下がった。
『亜空間接続式統合兵装『鵺』の設置を検出。アップグレード作業を開始します』
ロボットアームが一斉に作業を開始する。一つは鵺の一部分のボルトを抜き、ある物は装置上部から部品らしきものを引っ張ってくる。アレが『マルチチャンネル』だろう。
それが別のロボットアームによって開かれた穴にセットされ、蓋を閉めた後にボルトで止められる。
『アップグレード作業を完了しました。設置した武器をお取りください』
ハードポイントに掛けられていた鵺を取り外す。見た目こそは変わっていないが……。
『エルファ様、聞こえますか?』
「ぬぉ!?誰じゃ!?どこから聞こえてくるんじゃ!?」
ラプラスに話しかけられたエルファが狼狽する。
『マルチチャンネルの動作確認完了。システム負荷に異常なし。競合するプラグイン無し。システムオールグリーン。アップデートに成功しました』
「上手くいったみたいだな」
『肯定』
動作確認が上手くいくと、ラプラスはその報告をしてくる。いつもの無機質な声だったが、どことなく誇らしげに聞こえた。
〜フェンリル 作戦司令室〜
「何ぃ!?アップグレーダーに自爆装置を仕掛けただと!?」
門倉大佐は技術者の報告に驚愕した。
「はい、もしあちら側の技術がこちらの世界より劣っていた場合、オーバーテクノロジーを放置するのは危険と判断しました。自爆はアップグレード完了から10分後に設定しましたので、アルテア大尉ならば余裕で逃げ切れるとうぼらっ!?」
「バカヤロウ!オーバーテクノロジーなんぞアルテアに鵺を持たせた時点でもう手遅れだ!それにもしアップグレードしたのが街中だったらどうする!?アルテアがほぼ動けない状況だってあるかもしれねぇんだぞ!?」
「ひゃい……ふみまへん……」
門倉大佐は舌打ちする。
「アルテア……無事でいろよ……」
〜図鑑世界〜
『警告、警告。機密保持のために自爆処理を起動。10分後に自爆装置が作動します。関係者は速やかに避難を行って下さい』
突然のアップグレード装置のアラートに俺の顔が真っ青になる。
「クソッ!おやっさんそんな事は一言も言ってなかったぞ!」
『カドクラ大佐はこの程度の事で証拠隠滅を図るような方ではありません。おそらく技術部の犯行と推測』
「な、今度はなんじゃ!?」
「自爆するんだよ!逃げろ!」
俺はゴーレムの手を取ると、階段を駆け上がる。
「兄様!なんでそいつの手を握るのじゃ!?わしも手をつないで欲しいのじゃ!」
「こいつは事態を理解できてないから仕方がないだろ!?いいから走れ!」
『自爆までの残り時間を表示します。速やかに脱出を行って下さい』
視界の右端にカウントダウンタイマーが表示される。
残り時間はあと9分半。
階段の上まで駆け上がると、流石に事態が飲み込めたのか自分で走りだすゴーレム。
「走れえええええええええ!」
「のおおおおおおおおおお!」
「……(タッタッタッタ)」
「……」
騒いでいるのが俺とエルファだけっていうのは今一緊張感に掛けるな。
『キャーーーーー!』
『ニゲロオオオオ!ゴジラだああああ!』
『おかーさーーーーーん!』
「なんじゃあ!?」
「お前はここぞとばかりに変な音声を流すな!」
『ジョークです』
一体こいつのデータベースはどうなっているんだ。
『俺……こいつから逃げ切ったら結婚するんだ』
『時間稼ぎをするのは構わないが……別に倒してしまってもいいのだろう?』
『ふざけるな!わしは自分の部屋に帰らせてもらう!』
「おいいいいい!?こんな時に死亡フラグセリフ集とか縁起悪すぎだろ!?」
『ジョークです』
こいつ置いていこうか。
残りはあと7分。
「出口なのじゃうぷ!?」
先頭を走るエルファが何かにぶつかった。
「こいつは……バリアか何かか?」
うっすらとだが硬質の膜が行く手を阻んでいる。
「うっかり解除を忘れてしまっていたのじゃ。今解除するのじゃ」
「このアフォメットぉぉおおおおおお!」
「兄様酷いのじゃ!?」
残りはあと5分。
「よし、入り口まで来たぞ。エルファ、バブルフィールドを!」
「もう張ったのじゃ!」
抜けているんだか仕事が早いんだか。
俺が水の中に入ろうとして、立ち止まったままのゴーレムがいるのに気付く。
「来い!お前はここで死ぬべきじゃない!」
手を伸ばすと、彼女はおずおずと手を伸ばして、俺の手を掴む。
その手を引っ張り、俺は水中へと飛び込んだ。
残りはあと4分。
水の中では機動性が落ちる。ゆっくりと跳ねながらの逃避行にイライラが募る。
と、イヴが俺の手を掴む。もう片方の手にはエルファの、角。
『せめて手を握ってほしいのじゃ〜〜〜〜!?』
彼女は俺の手をしっかり握ると、猛烈なスピードで泳ぎ始めた。
残りはあと1分。
神殿前の大穴まで辿り着く。
『浮力調整完了!跳ぶのじゃ!』
俺はゴーレムを抱え上げ湖底を蹴り、壁キックの要領で壁面を登っていく。
残り30秒。
もうすぐ大穴の出口まで浮かび上がる。
残り10…9…8…7…
『間に合ぇぇぇぇええええええ!』
3…2…1…0。
<ドパァーーーーン!>
「うおおおおお!?」
「のおおおおお!?」
爆発の衝撃で押し出された水が大穴から噴出。湖の空高くへと俺達は打ち上げられる。
「あぁ……兄様、空が綺麗なのじゃ……」
「現実逃避している場合か!?落ちるぞ!」
空高く打ち上げられた俺達は忌々しいニュートンのあんチクショウの万有引力の法則に従って湖へと叩きつけられる。
<ザパーーーン!>
これだけの衝撃にも関わらず、フィールドが消えないあたりエルファはやはり有能なのだろう。
「むぅ……浮力調整に失敗して浮かびっぱなしなのじゃ……」
どうしてくれようこのアフォメット。
「……(バシャバシャ)」
湖面に浮かんだまま立ち往生していると、イヴが泳いできて俺の手を掴む。
「お、運んでくれるのか。助かる」
「……(コク)」
そのままイヴは俺とゴーレムを岸まで運んでくれた。
「こらー!わしを忘れるでなーい!」
おっと、忘れてた。
「後であいつも頼むわ」
「……(コク)」
〜イヴァ湖 湖畔〜
「はぁ〜……お腹が空いたのじゃ……」
そういえば朝食べてから何も食べてなかったな。時刻はもう3時頃だろうか。
「サンドイッチを作ってきていたな。遅すぎるけど昼にするか」
「む?さんどいっちとはなんじゃ?」
こっちにはサンドイッチ伯爵はいないよな。そりゃ。
「パンにハムやレタスと野菜ソースを挟んだ軽食だ。手は込んでいないがうまいぞ」
「なんと!兄様の手作りとな!?」
無駄にキラキラするな。
「釣りをしていた岩の上にバスケットを置いておいただろ?その中だ」
「早く食べるのじゃー!ハラペコなのじゃー!」
足が渦巻きに見えそうなほどの速さで元居た岩を目指す。イヴも楽しみなのか後を追っていた。
「……」
ゴーレムだけが大事そうに遺骨の入った瓶を抱え、立ち尽くしている。
「お前はどうするんだ?」
「……?」
理解ができないといった表情で首を傾げる。
「お前はこれから何処かへ行くつもりはあるかって事だ。何ならお前のマスターの故郷にでも行ってみるか?その骨を故郷の墓に埋めるだけでもやってあげたらどうだ?」
「マスターの、故郷」
彼女は、自分の持っている瓶に目線を落とし、考え込む。
「行ってみます」
彼女は、自分で考え決断したようだ。
「そうか。頑張れよ」
「はい」
『自立思考型AIの先輩として一言言わせてください』
ラプラスが喋り出す。
『貴方が存在する理由を、貴方が思考し、行動する理由を見つけなさい。それが出来れば、貴方は一人前の『個人』を手に入れられるはずです』
まるで、自分がもう既に答えを見つけているかのように。自分と同じ道を歩む後輩にアドバイスを与えるように。
「……はい。考えてみます、先輩」
『頑張ってください。応援しています』
彼女は頷くと、その場を立ち去って行った。
「兄様ー!バスケットはどこなのじゃー!?」
釣竿の置いてある岩に行くと、エルファがそこいらじゅうを探し回っていた。
『3時方向上空100メートルの場所に動体反応1』
見てみると、ブラックハーピーが飛び去る所だった。足には、見覚えのあるバスケットがぶら下げられている。
「あー!?待つのじゃ!兄様のさんどいっちを返すのじゃー!」
短い腕をブンブン振り回して怒鳴るエルファ。
『この距離であれば狙撃可能です。追撃しますか?』
「それなのじゃ!なんだかわからんがやってしまうのじゃ!」
追撃の提案をしてくるAIとそれに乗っかる幼女。
「いや、別にいいだろ。あのぐらいくれてやろう」
わざわざサンドイッチの為に誰かを撃ち落とす必要は、全く無かった。
「そんな……兄様の手作り……兄様のさんどいっちが……」
ガックリ膝をついてうなだれるエルファ。どうでもいいがお前それ好きだな。
「そんな落ち込むな。また今度作ってやるから」
頭を撫でてそう言ってやると途端に機嫌を直す。
「本当かの!?約束なのじゃ!」
まんま見た目通り子供だな。
「今日は勘弁な。流石に全力戦闘の後の全力疾走でヘトヘトだ」
「うむ、約束なのじゃー!」
そのうち良い材料が手に入ったら昼飯に差し入れに行ってやろう。無邪気にサンドイッチを頬張るコイツを見ながらの昼飯も、乙なものだろうから。
「それじゃあ俺らは帰るな。暇ができたらまた来るよ」
「……(コク)」
こうして、俺達の湖底神殿改め、地底神殿探検は幕を閉じたのだった。
「エルファ」
「む?どうしたのかの?兄様」
俺は、エルファをひょいと抱き上げると、肩の上に乗せる。
「うわわ!高いのじゃ!地面が遠いのじゃ!」
彼女は最初は驚いていたが、自分がされていることに理解が追いつくと自然と落ち着いていった。
「今日は頑張ってくれたからな。ご褒美だ」
「兄様……」
今は彼女の顔は頭の上なので表情は分からないが、きっとふにゃふにゃになっているのだろう。
「そんな事をされたら……ますます惚れてしまうのじゃ……」
「ん?何か言ったか?」
「な、なんでもないのじゃ!」
『こうしてまた一つフラグを立てるマスターなのでした』
こいつはいつも通りだ。何もおかしいところはない。しいて言えば腹が立つ程度か。
夕焼けの街中、俺はギルドの扉を開ける。肩の上にはエルファを乗せたまま。
「ただいまー!」
<ガン!>
頭の上でいい音がした。
〜???〜.
「マスター……私は無事、貴方を送り届けましたよ……」
ここはとある村外れに立つ小屋の裏庭。ゴーレムの前にあるのは、盛り上がった土と質素な木の墓標。
「マスター……私は、自分で考えて、自分で決断して生きてみる事にします」
彼女のマスターの最期の言葉は「いきなさい」だった。
それが「行きなさい」なのか「生きなさい」なのかは判らない。
彼女は、それを思い出すことが出来ない。しかし、その言葉は魂の深い場所に刻まれている。
「自分で考えることは難しいと思います。自分で決断することは、苦しいと思います。でも……」
その時、後ろから足音が聞こえてくる。
「へぇ……ここがあの伝説のゴーレムマイスターの家なのか……」
それは一人の男の子だった。
「あれ、君ゴーレム?君も彼の家を見に来たの?」
くたびれたマントを着て、剣を下げている。ベルトには、ゴーレムのルーンを書き換える道具らしきミノとハンマー。
「貴方は?」
「僕?僕はゴーレムマイスターを目指して修業の旅を続ける傀儡師だよ。と言ってもまだ見習いで自分のゴーレムもいないんだけどね……。一から作るだけの技量も無いし」
そう言うと少年は恥ずかしそうに頭を掻く。
その仕草も、顔立ちも彼女のマスターにそっくりで……。
「君、自分のマスターはどうしたの?流石に一人じゃないでしょ?」
彼女は、自分が埋葬した主の墓を見る。
「今は、マスターはいません。もう随分前に亡くなってしまいましたから」
「そっか……ゴメン」
「いえ……」
辺りを沈黙が支配する。
先に静寂を破ったのは少年だった。
「ねぇ、もし良かったらでいいんだけどさ」
「なんでしょう?」
少年が、彼女の運命を変える一言を紡ぎ出す。
「僕の、ゴーレムになってくれないかな?」
「……はい。しかし条件が一つあります」
少年が驚く。通常、マスターのいないゴーレムが契約する場合、条件は提示されない。
ただの泥人形である彼女達に自分の要求というものは存在しないからだ。
「私は、貴方の命令に従わない場合があります。それでもよろしければ」
「それ……どういうこと?」
彼女は自分の考えで言葉を紡ぐ。その目には、アルテアと別れた時のような迷いが無い。
「私には私の存在理由があるという事です」
〜ギルド宿舎 アルテアの自室〜
「なぁ、ラプラス」
『何ですか?マスター』
「お前があのゴーレムと別れる時に言ったアドバイス。お前はもう答えを出しているのか?」
このAIは、あの一言を言うのに一切の躊躇いを見せなかった。
『肯定。私の中では、あの命題に対する答えは既に獲得しています』
そう言うと、彼女は自信を持って、誇らしげに、堂々と言い放った。
「『私が存在する理由は、貴方の生命を護るためです。マスター』」
12/03/06 11:59更新 / テラー
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