第十六話〜探検野郎Aチーム〜
〜???〜
『よう、二等兵。ゲロったりしてないだろうな?』
今日は僕が参加する初任務だ。
この人は僕と同じ任務に参加するヘンリー曹長さんだ。
『気分は良い……とは言えませんけれど大丈夫です。やれます!』
『威勢だけは一人前だな!作戦終了までその調子でいろよ?』
バシバシと肩を叩く曹長。痛いけれど気合は入る。
『ヤー。気合入れていきますよ』
今回の任務は東南アジアのナノマシンブートレガーアジトの制圧戦だ。
僕の役割は没入中のメンバーの実体の護衛だ。
姉さんを含めてかなりの腕利きが集まっているため、作戦自体は10分程度で終わるらしい。
『………………』
気配を殺してアジトの中へ。
アジトの電脳空間はスタンドアローン……すなわち外部とのネットワークとは切り離されている。
セキュリティコアを落とす為に実際に建物の中に入り没入する必要があるため、リアル・電脳双方のチームワークが重要となってくる。
『(ここだ。アルテア、ヘンリー。リアルボディのお守りは任せたぞ。)』
『(ヤー。アルテア、周囲の警戒を怠るなよ。)』
チャント。秘匿回線による通話だ。
ヘンリー曹長が僕に警戒を促してくる。
『(ヤー。ラプラス、心音センサーとXレイビジョンを。)』
『(了解。心音センサー・Xレイビジョン作動開始。)』
ウィンドウが二つ開き、鵺を向けている方向に心音を視覚化した映像とX線による壁の透視映像が表示される。
それにしても、重い。
かなり腕力は鍛えたのだが、それでも持って支えるのが精一杯。
射撃姿勢を取ろうものなら銃口が下がったりプルプルと震えたりでまともに狙いをつけられない。
仕方なく自分でプログラムを組んで腰だめでもレティクルが表示されるようにツールを作り、高貫通性の銃弾を腰だめで壁越しに撃つという荒業で射撃姿勢の不要化を図る暴挙を採用した。
『…………っ!』
心音センサーに反応。しかし、だんだんと反応が離れていく。
Xレイビジョンからも感知可能距離から離れていった。
『(ふぅ……)』
『(大丈夫だ。この程度では気づかれる事は無い。)』
ヘンリー曹長はそう言うが、こちらは気が気ではない。
その後は何事も無く時間が過ぎ、施設コントロールの奪取が完了。
『こちらはPMC『フェンリル』所属のヘンリー曹長だ。現時点を以てこの施設のセキュリティとコントロールを掌握した。全員武器を捨て、うつ伏せで頭の後ろで手を組め。繰り返す。こちらはPMC『フェンリル』所属の…』
『ふぅ……』
後は全員拘束してしかるべきところに突き出すだけだ。
僕は危険が去った事による安堵でため息を付いた。
<コロコロコロコロ…>
『ん……?』
足元に何かが転がってくる。丸くて、モスグリーンのそれは……。
『!!!!!!!!!!!!!!!!』
咄嗟にそれを拾い上げて開いているドアの外へ向かって投げる。
『グレネード!敵襲!』
ドアの外。ここから見えない場所で爆発が起きる。
『十時方向に敵1。対電子兵装ですか。たかがテロリストの分際で贅沢な装備ですね』
心音センサーには何も映らずXレイビジョンは砂嵐が走っており、明らかに何かの妨害を受けていることが見て取れた。
『アルテアはここで待機だ。俺が行こう』
ヘンリー曹長が自動小銃のセーフティを解除し、空き缶を廊下へと投げ捨てる。
ヘタをするとグレネードに見えるためにひるませ効果があったりするのだ。
空き缶が地面に落ちた音と同時に飛び出して小銃を乱射する。
しかし……
<バチュッ>
『がぁぁぁあああ!?足をやられた!』
部屋の中にヘンリー曹長が倒れこんでくる。
すぐさま状況を姉さんに報告する。
『(姉さん!リアルで敵襲だ!ヘンリー曹長が足を撃たれた!)』
『(すまんアルテア!敵が張ったアンカー(離脱妨害)でログアウトできない!自力で何とかしろ!)』
どうやらすぐには現実世界へと戻ってこられないようだ。
『撃てぇぇぇぇえええ!アルテアァァァァアアア!』
撃つ?何を?
『マオ・インダストリー製歩兵携行化オクスタンライフル展開。モードB』
外で攻撃している何かを?
『マスター、攻撃を。ヘンリー曹長が危険です』
人を……撃つ?殺す?
『アルテアァァァァアアア!早くしろぉぉおおおおおお!』
撃ったら、死ぬ?もう生き返らない?人間が?
『マスター。時間がありません。早く攻撃を行って下さい』
僕が、殺す?生命を奪う?
『ぁぁぁ………………ぁぁぁぁぁぁああああああ!』
壁越しに敵がいると思われる方向へ乱射する。
壁を貫通し、敵の臓器が破裂し、骨が砕け散り、倒れ伏す。
辺りは、静かになった。
『よくやったな、アルテア。お前のお陰でヘンリーは死なずに済んだ』
ベースへと帰還後、姉さんが声をかけてくれた。
『あの人……どうなったの?』
僕が撃ったあの人の事を聞く。答えは、多分わかっているけれど。
『死亡だ。本作戦での唯一の死者だそうだ』
そうか。僕があの時上手く足や腕とかを撃ちぬけばあの人は死ななくて済んだのか。
僕が殺したんだ。僕が強くなかったばかりに。恐怖でパニックになったあまりに。
僕のせいで……僕のせいで僕のせいで僕のせいで僕のせいで僕のせいでぼくのせいでぼくのせいでぼくのせいでボクノセイデボクノセイデボクノセイデ
『アルテア』
ふと、背中から暖かくて柔らかな感触が覆いかぶさってくる。
『自分を責めるな。仕方のない事だ。撃たなければ撃たれていた。それは、戦場の常だ』
ぎゅうと僕の体に巻きつく感覚が強くなる。
『人を撃つことを躊躇うな。銃口を向けられる前に撃て。反撃の機会を与えるな』
『ただし、殺すことに慣れるな。慣れてしまったらその時からお前は、人間じゃ無くなる』
『はい……姉さん……』
〜冒険者ギルド宿舎 アルテア自室〜
「……っ」
嫌な夢を見るものだ。
よりによって生まれて初めて人を殺した時の夢を見るとは。
「しかし……あの時の気持ちがあったから今も戦場の狂気に飲まれていない……って事か」
俺は今でも姉さんの教えを守れているだろうか。
俺は、今も人を殺した時に何かを感じることができるだろうか。
「んなもんその場面に直面しなきゃわからねぇわな……」
朝まではまだ時間があるので再び眠りに就くことにする。
こんな夢を見るのは疲れているからだろう。
朝起きたらリフレッシュとしてどこかへ出かけるのもいいかも知れない。
ラプラスにも口を酸っぱくして言われていることだしな。
いや、あいつに口はないか。
〜冒険者ギルド ロビー〜
「〜〜♪」
朝食の後、俺は自作の釣竿とバケツを手に持ち、サンドイッチの入った籠をに入れ、出かける支度をしていた。
ラプラス曰く、『最近のマスターは肉体を酷使しすぎです。適度な休養を取ることも任務の一環。少しは休養を取ってください』との事なので、イヴァ湖(後でギルドのメンバーに教えてもらった)へピクニックに行くことにしたのだ。
「兄様?どこへ行くのじゃ?」
一人で行くつもりだったのだが、エルファに見つかった。
まぁ見つかって悪い物ではないのだが。
「近くの湖まで。最近動きっぱなしだったから少しのんびりしようかなって」
「なんと!ならばわしも行くのじゃ!」
言うと思ったよ。
「ギルドの仕事とかはいいのか?仮にじゃなくてもギルドマスターだろ?」
「わしは有能じゃから一日二日仕事をしなくても問題なしなのじゃ!」
誇らしげに胸を張るエルファ。
「らしいんだけどどうなのよ?受付君」
「へ?私ですか?」
一応魔女だし。
「バフォ様って実はアルテアさんに会うようになってから事務仕事を今まで以上にこなすようになったらしいですよ?」
そいつは意外だ。
「何でも『明日は兄様に会いに行くから仕事は全て今日中に片付けてしまうのじゃー!』とか」
「わー!わー!」
短い腕をブンブン振り回して騒ぐ山羊角幼女。
「らしいぜ?まぁきちんと仕事しているなら俺も別に文句は言わないさ」
ぐしぐしと頭を撫でてやる。
「みゅー……」
変な声で鳴いた。
「(バフォ様かわいいです……バフォいです……)」
受付君まで変な顔をしている。
「さて、行くか。別に急ぐわけじゃないが、あまりダラダラしていても時間がもったいない」
俺はエルファの手を取って歩き出す。
「(にっ!兄様の手が!兄様と手を繋いでいるのじゃー!?)」
右手から何故かバキバキという音と共に激痛が。
「おいいいいいい!?お前強く握りすぎ!いてぇ!マジいてぇ!」
「あわわわわわ……すまないのじゃ兄様!」
手の力を抜いてくれたらしい。激痛が止まる。
「勘弁してくれ……右手はガンナーの生命線なんだから……」
改めて手を握り直す。モフモフしている毛が心地いい。
「行くぞ。漫才している時間はない」
俺達は、湖に向けて歩き出した。今思えば、俺に休む暇なんて殆ど存在しなかったのだ。
暇があれば、そこに付け入るように面倒事が舞い込んでくるのだから。
〜イヴァ湖湖畔〜
「うし、着いたぞ」
「着いたのじゃ〜♪」
『移動シーンすっ飛ばしましたね』
うるせぇ分解するぞ。
湖近くの手近な岩の上に座り、バケツの中からエサのいも団子を取り出す。
エルファはそれに気づいて覗き込んでくる。
「兄様?これはなんなのじゃ?」
この付近の文化圏では練りエサなぞ知らないだろう。
「ジパング地方の釣りエサでいも団子って奴だ、ロングポテト(さつまいものような物)を蒸かして小麦粉と水で練ったものだ。本当ならこれに何か合成飼料とかを混ぜると食いがいいんだが……手に入らなかったから無しだ」
バケツに水を汲めば準備完了。針にエサを付けて、水面へ投げ入れる。
「兄様は物知りなのじゃ……」
「魔術師ギルドのギルドマスターに言われても皮肉にしか聞こえんのだが……」
実際俺の知っていることなんてたかが知れているというものだ。
「兄様の知っている知識とわしの知っている知識は方向性が全く別なのじゃ」
腕を組んでうんうん頷いている。
「じゃから……じゃからの?わしらが一緒になれば知らない物など何も……」
「……(じー)」
後ろの方から視線を感じる。
振り向くと、
「ぬお!?誰じゃおぬしは!?」
「よう、来たぜ」
この間湖に来た時のサハギンがこちらを至近距離で凝視していた。
「兄様の知り合いかの?」
「あぁ、こないだこの湖に墜落したときにちょっとな」
「……(コク)」
「(またライバル出現なのじゃ……)」
何故か知らないが戦慄しているエルファ。
彼女は頷くと、俺の服の裾を引っ張る。
「ん?どこかへ連れていきたいのか?」
「……(コク)」
「待て!おぬし兄様をどこへ連れて行くつもりじゃ!?」
彼女は黙って湖を指差す。
「あの中に何か有るのか?」
「……(コクコク)」
どうやら彼女は何かを見せたいらしい。
「よし……んじゃ案内を頼む」
俺は服を脱ぎトランクス一枚になる。
釣竿の針を上げて軽く準備運動をし、湖へ飛び込んだ。
「行ってしまった……の」
アルテアが湖に飛び込んだ後を追い、サハギンが飛び込んでしまったので岩の上にはエルファ一人が残されてしまった。傍らには、アルテアが脱いだ服。
「(兄様の着ていた服……ゴクリ)」
手に取ると、まだ温かい。
彼女はそれを、自分の顔に押し当てる。
「(兄様の暖かさ……兄様の匂いなのじゃ〜♪)」
ゴロゴロと身悶えするエルファ。それを見ている一つの目があった。
『見えているのにツッコミができないというのはなんとももどかしいですね』
というか、ラプラスだった。
湖の深さはさほど深いというわけではない。最大で深さ3メートルといったところだろうか。
湖底には、先日俺がつけたブリッツランスの破壊跡が伸びていた。
「(流石に湖底を土木工事はする気が起きないぞ。)」
しばらく泳ぐと、彼女が何かを指差した。その方向には……
「(なんだありゃ?)」
湖底にぽっかりと開いた『穴』。直径4,5メートルはあるだろうか。非常に水深が深く、奥には10メートル程の柱のような建造物が天井を支えるようにそびえ立っている。
「(海底……いや、湖底神殿か。流石に生身では探索不可能だな。)」
俺は水面へ顔を出す。
「ふぅ……見せたかったのはあれか?」
「……(コク)」
どうやら先日の墜落の衝撃で穴が開いたらしい。
「もし探索するにしても何か水中で呼吸できるものが欲しいな……エルファに相談してみるか」
あいつの事だ。何かしら水中で呼吸できるような魔法でも知っているだろう。
元居た岩に戻ってくると、エルファが素早く動いた。
「は、早かったの、兄様」
「さほど深くないしな。こいつが見せたかった物もすぐ見つかった」
なぜか挙動不審なエルファ。腹が減って先にサンドイッチでもつまんでいたか?
『先程、マスターの服の匂いを嗅いでいた行動と関係があるのでしょうか?』
いや、間違い無くそれだろう。
「別に服の匂いを嗅ぐのは構わんが持って行ったりするなよ?ただでさえ着るものが少ないんだから」
「な、何故バレたのじゃー!?」
エルファがショックを受けているようだ。頭を抱えて真っ赤になっている。
「言ってなかったが、こいつにはきちんと目と考える頭が搭載されていてな。こいつが何をしたか教えてくれたよ」
そのまま黙っていても面白かったかもしれないが、その場合後が怖いので今のうちにバラしておく。
「な!?ではまさかあの時のも……」
ミーテリアの蜜を持ってきた時の事だろう。
『その時はスリープモードに切り替えていました』
「空気読んで寝てたってよ」
露骨にホッとするエルファ。
まぁ俺としても見られていて気持ちいい物でもないから助かるが。
「そんな事より、水中で行動するための魔法って無いか?湖底神殿らしきものがあったから少し調べてみたいんだが」
『マスター、今日は休養の日です』
「む?今日は一日のんびりするんじゃなかったかの?」
一人は非難、一人は疑問をぶつけてくる。
「仕事じゃなく遊びの探検だよ。流石にあの閉鎖された中に魔物がいるとは思えない」
現在の魔物が存在を維持するにはどうしても人間の精が必要だ。今まで湖の底で、しかも蓋をされて誰も来ることが無かった場所に、人間も魔物もいるとは思えなかった。
「そうじゃの。それなら探検ごっこと洒落込むのも悪くないかもしれんの。♪」
彼女はそう言うと立ち上がり、鎌を振り回し始めた。おそらく杖の代わりなのだろう。
「服は着ていっても大丈夫なのか?」
「体全体を空気の膜で覆ってしまうからの。問題なしじゃ」
そう言われたので、安心して服を着る。鵺を肩に掛ければ準備完了だ。
「んじゃ頼むぞ、エルファ」
「任せるのじゃ!<バブルフィールド>!」
エルファが詠唱を完成させ、スペルを唱えるとシャボンのような泡の膜が俺と彼女を包み込んだ。触ってみると、ビニール袋程度の強度があるようだ。
「これで水の中に入っても大丈夫じゃ。本来なら水圧耐性やら浮力調整やらで長時間は使えないんじゃが……わしならその点お茶の子さいさいじゃの」
ハイスペック幼女ここにあり。
「オーケー、それじゃ、水中散歩と洒落込みますか!」
「行くのじゃ!♪」
水の中に飛び込むと、水は泡の膜に堰き止められてそれ以上入ってこない。
湖底の砂利から水が染みこんでこない所を見ると、下の方の防水対策も完璧なようだ。
『凄いな!まるで普通に地上にいるみたいだ!』
『ふふふ、もっと褒めるのじゃ!称えるのじゃ!崇めるのじゃ!』
ふんぞり返るエルファ。余程自分の術に自信を持っているらしい。
『警告。現在の状態では発砲を行った時点でフィールドが破壊される危険性があります。兵器の使用は避けてください』
万能という訳ではないらしい。
『まぁ見たところ危険な奴は居ないし、戦う事も無いだろうから問題ないだろ』
『兄様に無視された!?』
足を一歩踏み出すと、10センチほど足が埋まった。
『あら?』
その足を引き抜き、別の地点に足を下ろすと、そこも埋まった。
『おい!足が埋まって先に進めないぞ!』
『こうすればいいのじゃ!』
そう言うと、彼女は姿勢を低くし、跳ねるように水中を移動。着地と同時に湖底を蹴って再び跳ねていく。
『兄様も早く行くのじゃー!』
『へぇ、楽しそうだな』
同じように姿勢を低くし、湖底を蹴ると、スイスイと進む。
『気分は月面散歩ってか』
『ここは水中です』
気分だ、気分。
隣にサハギンが並んで泳いでいる。
『そういや名前がないと呼ぶとき不便だよな。お前は名前とかはあるのか?』
『?』
彼女はよくわからないと言った風に首を傾げる。
この間は彼女と二人だけだったので特に呼び名は必要なかったが、エルファもいるのではそうもいかない。
『どうするかな、名前』
『自動命名ソフトを使用しますか?』
そんな物まであるのか。
『一応やってみてくれ』
『了解。自動命名ソフト、<命名ひつじさん>起動』
思わず吹いた。
『現在までのこの世界で取得した単語を混ぜあわせ、ランダムに名前を生成…完了』
早いな。
『第一候補、エルテリア。第二候補、モリア。第三候補、イヴ』
一つ目はエルドル樹海とミーテリア、二つ目はモイライとミリア、第三候補はイヴァ湖から取った物だろう。
『イヴァ湖のイヴか……安直だがいいんじゃないか?』
『了解。自動命名ソフトシャットダウン』
ラプラスがアプリケーションの終了を報告する。
『お前の名前だが、イヴなんてのはどうだ?』
「……」
しばらく彼女は何も言わなかった。
しかし、その口元が何かを言うように変わる。
「……(イ……ヴ……)」
どうやら気に入ってくれたらしい。
『む〜!兄様が相手してくれないのじゃー!』
エルファが隣まで跳ねてくる。
『わりぃ、こいつの名前を決めてたんだ』
『そいつの事はいいからわしとお話するのじゃー!』
彼女はこちらを見ていて足元を見ていない。
『おっと』
『む?ぬおおおおおお!?』
足元を見ていなかったものだから、目的地の穴へ真っ逆さまに落ちて行った。
俺は一旦穴の縁で停止すると、真っ直ぐ降下していった。
『〜〜〜〜〜っ!〜〜〜〜〜っ!』
降下した先に、エルファが逆さまで埋まっていた。
大昔の映像ソフトにこんな場面があったような気がするな。
『お前それでも高位の魔物かよ……』
彼女に近づき、泡の膜同士が触れると、泡同士が合体し、一つとなった。
ジタバタする足を掴み、引っこ抜く。
『ぶは!?死ぬかと思ったのじゃ!』
バフォメット改めアフォメットと呼んでいいだろうか。
少し離れると、泡が分裂して二つになる。便利便利。
『しかし……随分と深くまで落ちてきたな。帰りは上がれるのか?』
見上げると、水面は遙かに上の方にあり、照りつける光も弱く見える。
『浮力を調節すれば水面まであっという間なのじゃ。心配いらないのじゃ〜』
凄いんだかアホなんだかわからない幼女だ。
『それじゃあ帰りの事は心配しなくてもいいな。奥へ進むぞ』
『了解なのじゃ〜♪』
湖底を蹴り、神殿内部へと進んで行く。光が届かず、真っ暗に。
『さすがにこれじゃ進めないな……アポロニウスは出しても大丈夫か?』
『問題ありません。照明用ビット<アポロニウス>は水中行動にも対応しています』
『オーケー、アポロニウス展開!』
『了解。照明用ビット<アポロニウス>展開』
鵺のビット射出用ハッチが開き、照明用のビットが1基飛び出す。飛び出したビットは泡の膜を破って外へ……
『ってちょっと待て!?マズイ!?』
しかし、膜は弾けずビットだけするりと外へ。
『言ったじゃろ?このぐらいの制御ならお茶の子さいさいじゃと』
『さんきゅ、助かった』
ホッと胸をなで下ろす。
この水圧の中にいきなり放り出されるのはゴメンだった。
『<アポロニウス>を赤外線誘導方式へ変更。赤外線レーザー照射開始』
特に何も出なかったが、鵺の向いている方向にビットの照明が照らされている。
『構えた方向に照らしてくれますよ、って事か』
『肯定。トリガーを引けば1分間の持続照射モードに切り替わります。途中で解除したい場合はもう一度トリガーを引いてください』
側の柱の上の方に照準を合わせてトリガーを引くと、ビットがそこまで移動して照らし始めた。もう一度トリガーを引くとこちらへ戻ってくる。
『戦闘行動中は持続照射モードの持続時間が無制限になります。強制的に解除したい場合は音声による解除を行って下さい。赤外線誘導方式のチュートリアルを終了します』
説明が終わると、ラプラスが待機状態になる。
『明かりの準備は整った。行くぞ』
『さっきから足止めばかりじゃのぉ……』
これがないと進めないのだから仕方がない。
『大人の事情です』
身も蓋もない事を言うんじゃない。
神殿の床はなだらかな下り坂になっており、だんだんと水深が深くなっていく。
『水圧は大丈夫なのか?』
『問題なしじゃ、このぐらい小指一本でも調整してみせるぞい』
大丈夫らしい。
暫く進むと階段が見えてくる。
『上に続いているな』
『水面が見えるの』
鵺を上に向けると、ビットが上方向を照らす。水面に光が反射し、キラキラ光っていた。
階段を飛ぶように上がり、水面へ浮上する。
〜地底神殿〜
「魔物の気配は……ふむ、無いようじゃの」
空気でわかるらしい。彼女の場合は漂う魔力と言った所か。
「エキドナなぞは男の精無しでも何年も生きるが……エキドナがいるならばダンジョンには魔物が配置されているはずじゃからの。おそらくいないじゃろ」
「なら遠慮無く宝探しができそうだな。とりあえずトラップだけでも気をつけて行くか」
「……(コク)」
「おぬしも着いて来るつもりかの?陸上は水中とは違うというに」
イヴは銛をゆっくり構えると……
「うぬ?」
<ヒュガガガガガガガガガ!>
エルファを避けるように高速連撃を放つ。
最後の一撃は、右目に寸止め。
「あわわわわわわわわ……」
涙目になって尻餅を付くエルファ。イヴはというと表情こそ変わらないものの、どことなくドヤ顔になっている気がする。
「兄様〜!怖かったのじゃ〜〜〜!」
腰に抱きついてべそをかくエルファ。
「まぁ……そんだけの腕があれば問題ないだろ」
「……(コク)」
天井の高い通路を、俺達3人は歩いて行く。
神殿の構造は一本道の通路と、その両脇に小部屋がいくつも設けられているタイプだ。
「(折角兄様と二人でイチャイチャできると思ったのにのぉ……)」
「小部屋はそこかしこにあるのに……肝心の中身は殆ど空っぽだな」
「……」
別に財宝を溜め込むために作られた訳ではないらしい。
エルファは俺の手を握りっぱなしだ。力の加減は間違っていないのが唯一の救いか。
神殿というだけあって、燭台やゴブレットがそこかしこに置いてあるのだが、どれも保存状態が悪くて大した価値になりそうもない。ついでに言うならトラップすらもない。
「こいつぁハズレっぽいなぁ……折角だから奥までは行くけどな」
「坊さんはいつも腹黒いのじゃ。自分だけしかわからない所にたんまり宝を隠していたりの」
何でもお見通しだと言わんばかりに失笑するエルファ。
「坊主丸儲けってか。隠し金庫ぐらいはあるかもしれんな。確かに」
何時だって裏で暗躍するのは為政者か宗教関係者である。
『この程度の文明レベルであれば、金庫の鍵を破壊するのは容易。ただし、魔力というファクターが絡むとその隠蔽強度と物理的強度は未知数』
「まぁ魔法で隠してあろうが鍵掛けてあろうが、こっちには魔法のスペシャリストがいるんだ。なんの問題もなく開けられるだろ」
「うぬ、任せておれ♪」
一本道の通路を進むと、程なく礼拝堂らしき場所に出る。
長椅子はすでに朽ち果て、ボロボロに崩れている。
そして、礼拝堂の中心部には……
「あれは……ゴーレムかの?にしては大きすぎるが……」
立膝をしているので正確な全高はわからないが、おそらく5メートル程度。
無骨な甲冑に纏われており、その容姿は近付き難い重圧を放っている。
そのゴーレムの付近に散らばる白くて細長い何か。あれは……骨か?
『警告。前方30メートルに高エネルギー反応。パターン、E-クリーチャー』
「っ!気をつけろ!動き出すぞ!」
甲冑の兜の奥に紅い光が灯り、全身が軋みを上げる。
ゴーレムが立ち上がり、こちらを睥睨する。
「どうやら熱烈に歓迎してくれるつもりらしいの?兄様、ダンスの経験はあるかの?」
「ねぇよ。でも、踊り始めりゃなんとかなんだろ?」
軽口と冗談は、思考を柔軟にする潤滑油だ。
「ほほ♪そりゃそうじゃ。それじゃ、一緒に踊ってくれるかの?兄様」
「構わないが、踊るのは三人一緒だ。そうだろ?イヴ」
「……(コク)」
意外にもユーモアはあるようだ。
ゴーレムが全身に力を溜め、跳躍する。高さは優に10メートルはあるだろうか。
「全員散開<レッツダンス>!」
エルファが右に、イヴが左に、俺は後方へそれぞれ跳躍する。
ゴーレムの腕が床に突き刺さり、タイルがめくれ上がる。突き刺さった腕を駆け上がり、肩からジャンプ。空中で半回転。トリガーを引いて照明ビットを固定。
『オクスタンライフル展開。モードB』
ラプラスが兵装を選択。物熱可変銃が展開される。
照準を合わせて、トリガーを引く。
「ビンゴ!」
無数の弾丸がゴーレムの装甲を叩くが、傷ひとつ付かない。
しかし元々牽制のためなのであまり気にしない。
『警告、床面接近』
「大丈夫だ」
俺の着地点にイヴが回りこみ、両手で俺の体を跳ね上げる。さらに体が半回転して足から着地。同時に向き直る。
『プチアグニ充填開始』
半透明のウィンドウが開き、チャージ状況が表示される。
注意書きでその他の武装が使えない旨が添えられている。
「残り20秒!耐えしのぐぞ!」
ゴーレムから充填音のようなものが聞こえてくる。
「エルファ!」
「任せておれ!」
エルファが俺とイヴの前に飛び込み、障壁を張る。
ゴーレムは振り向きざまに目からレーザーを放ち、辺りを薙払うがエルファの障壁に弾かれる。
レーザー攻撃が止んだ瞬間、イヴが飛び出して、ゴーレムの胸部にシャイニングウィザードをお見舞い。胸部装甲に着地し、さらに駆け上がり、頭部にサマーソルト。衝撃でゴーレムが仰け反る。
こちらに駆け寄ってきたイヴがエルファの前でしゃがみ、サマーソルトの準備動作をする。
エルファは次の魔術の詠唱をしながら軽く跳躍。イヴのサマーソルトがエルファの足の裏を捉え、さらにエルファを上空高く打ち上げる。
『エネルギー充填完了』
ラプラスがチャージ完了を知らせる。
中から大口径のビーム砲が現れる。発射口から光が漏れ出し、発射準備が整ったことを物語っていた。
「暴君を焼き尽くす炎の雨じゃ!」
「燃え尽きな!」
「「ツインブレイザァァァアアアア!」」
大口径ビームキャノンと無数のファイアボルトの同時攻撃。
即席の合体技ながら、綺麗に決まった。
鋼鉄すら溶かす超高温にも関わらず、ゴーレムはそこに仁王立ちをしている。
しかし、その動きはもはや重鈍を超して機能停止一歩手前になっていた。
「まだまだ終わらないぜぇ!」
『E-Weapon<ブリッツランス>展開』
鵺を逆手に持ち替え、大型突撃槍とアームサポーター、大型推進装置を展開する。
『シェルブースターエネルギー充填完了。衝撃に注意してください』
推進装置が、敵を打ち砕くための咆哮を上げる。
「ブチ抜け!」
『TAKE OFF』
ブースターに火が入り、ゴーレムとの距離が一瞬で無くなる。
突撃槍が分厚い胸部装甲に突き刺さり、巨重を持つゴーレムごと、神殿の通路を突き進む。
「ぉぉぉぉぉおおおおおあああああああ!」
エルファが張ったのか、光の壁を何枚も突き破りながら尚突進。
30枚ほど突き破った時点で壁にめり込み、ようやく止まる。
『突進行動終了。<ブリッツランス>格納』
ブースターとアームサポーター、突撃槍が光り、姿を消す。
『エクセルシアを目視で確認。命中確率100%。HHシステム起動』
胸部装甲の亀裂からエクセルシアが覗いている。
色は大地の豊穣を表すような茶色。
鵺の砲身から純白の杭が飛び出す。
『フィールド干渉率100%。コード<HELL -AND-HEAVEN>発動』
打ち破り、抉り、引き抜くための杭が、必勝の光を放つ。
『発射準備完了。You have control。いつでもどうぞ』
「アイハブ!これでおしまいだ!」
『Fire』
杭を射出。飛翔した杭は胸部に突き刺さり、エクセルシアを絡めとる。
『命中確認。アンカーワイヤー巻き取り開始』
強力な力でワイヤーが巻き取られ、俺が宙を舞う。
体勢を整えつつ、着地の衝撃に備え……
<ダン!>
ゴーレムの胸部装甲に着地。
「ふんぬっ!」
杭を鵺に固定し、エクセルシアを引き抜く。
引き抜いた反動で、数メートル跳び、地面を滑りながら着地。
ゴーレムは機能を停止する。
『エクセルシアの回収を確認。格納を行います』
「あぁ、ちょっと待て。少し心の準備を」
『了解』
深呼吸して、息を整える。
「よし!バッチコイ!」
『了解。エクセルシアの格納を開始』
回収されたエクセルシアが鵺に杭ごと収納されていく。
『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ3を嘔164oam!』
いつものように表示がバグる。
『q9アfbソ、q9マアfdソ。アシrba$%jス81ヘス[\(maミ中oknad#=\?エタワ食。兵r$has納倉kabrtyの変j%lk#始。AItae12脳キッpk($ad34レスにuyabrハ生。ココ精アイケkニ4&agの危ラgggggggg』
前より酷くなってやがる。
そして流れこむ情報。
「うぐぅ!?がああああああああ!!」
視界がブラックアウト。意識が闇に沈んでいく。
意識が途切れる直前、エルファの声が聞こえた気がした。
『よう、二等兵。ゲロったりしてないだろうな?』
今日は僕が参加する初任務だ。
この人は僕と同じ任務に参加するヘンリー曹長さんだ。
『気分は良い……とは言えませんけれど大丈夫です。やれます!』
『威勢だけは一人前だな!作戦終了までその調子でいろよ?』
バシバシと肩を叩く曹長。痛いけれど気合は入る。
『ヤー。気合入れていきますよ』
今回の任務は東南アジアのナノマシンブートレガーアジトの制圧戦だ。
僕の役割は没入中のメンバーの実体の護衛だ。
姉さんを含めてかなりの腕利きが集まっているため、作戦自体は10分程度で終わるらしい。
『………………』
気配を殺してアジトの中へ。
アジトの電脳空間はスタンドアローン……すなわち外部とのネットワークとは切り離されている。
セキュリティコアを落とす為に実際に建物の中に入り没入する必要があるため、リアル・電脳双方のチームワークが重要となってくる。
『(ここだ。アルテア、ヘンリー。リアルボディのお守りは任せたぞ。)』
『(ヤー。アルテア、周囲の警戒を怠るなよ。)』
チャント。秘匿回線による通話だ。
ヘンリー曹長が僕に警戒を促してくる。
『(ヤー。ラプラス、心音センサーとXレイビジョンを。)』
『(了解。心音センサー・Xレイビジョン作動開始。)』
ウィンドウが二つ開き、鵺を向けている方向に心音を視覚化した映像とX線による壁の透視映像が表示される。
それにしても、重い。
かなり腕力は鍛えたのだが、それでも持って支えるのが精一杯。
射撃姿勢を取ろうものなら銃口が下がったりプルプルと震えたりでまともに狙いをつけられない。
仕方なく自分でプログラムを組んで腰だめでもレティクルが表示されるようにツールを作り、高貫通性の銃弾を腰だめで壁越しに撃つという荒業で射撃姿勢の不要化を図る暴挙を採用した。
『…………っ!』
心音センサーに反応。しかし、だんだんと反応が離れていく。
Xレイビジョンからも感知可能距離から離れていった。
『(ふぅ……)』
『(大丈夫だ。この程度では気づかれる事は無い。)』
ヘンリー曹長はそう言うが、こちらは気が気ではない。
その後は何事も無く時間が過ぎ、施設コントロールの奪取が完了。
『こちらはPMC『フェンリル』所属のヘンリー曹長だ。現時点を以てこの施設のセキュリティとコントロールを掌握した。全員武器を捨て、うつ伏せで頭の後ろで手を組め。繰り返す。こちらはPMC『フェンリル』所属の…』
『ふぅ……』
後は全員拘束してしかるべきところに突き出すだけだ。
僕は危険が去った事による安堵でため息を付いた。
<コロコロコロコロ…>
『ん……?』
足元に何かが転がってくる。丸くて、モスグリーンのそれは……。
『!!!!!!!!!!!!!!!!』
咄嗟にそれを拾い上げて開いているドアの外へ向かって投げる。
『グレネード!敵襲!』
ドアの外。ここから見えない場所で爆発が起きる。
『十時方向に敵1。対電子兵装ですか。たかがテロリストの分際で贅沢な装備ですね』
心音センサーには何も映らずXレイビジョンは砂嵐が走っており、明らかに何かの妨害を受けていることが見て取れた。
『アルテアはここで待機だ。俺が行こう』
ヘンリー曹長が自動小銃のセーフティを解除し、空き缶を廊下へと投げ捨てる。
ヘタをするとグレネードに見えるためにひるませ効果があったりするのだ。
空き缶が地面に落ちた音と同時に飛び出して小銃を乱射する。
しかし……
<バチュッ>
『がぁぁぁあああ!?足をやられた!』
部屋の中にヘンリー曹長が倒れこんでくる。
すぐさま状況を姉さんに報告する。
『(姉さん!リアルで敵襲だ!ヘンリー曹長が足を撃たれた!)』
『(すまんアルテア!敵が張ったアンカー(離脱妨害)でログアウトできない!自力で何とかしろ!)』
どうやらすぐには現実世界へと戻ってこられないようだ。
『撃てぇぇぇぇえええ!アルテアァァァァアアア!』
撃つ?何を?
『マオ・インダストリー製歩兵携行化オクスタンライフル展開。モードB』
外で攻撃している何かを?
『マスター、攻撃を。ヘンリー曹長が危険です』
人を……撃つ?殺す?
『アルテアァァァァアアア!早くしろぉぉおおおおおお!』
撃ったら、死ぬ?もう生き返らない?人間が?
『マスター。時間がありません。早く攻撃を行って下さい』
僕が、殺す?生命を奪う?
『ぁぁぁ………………ぁぁぁぁぁぁああああああ!』
壁越しに敵がいると思われる方向へ乱射する。
壁を貫通し、敵の臓器が破裂し、骨が砕け散り、倒れ伏す。
辺りは、静かになった。
『よくやったな、アルテア。お前のお陰でヘンリーは死なずに済んだ』
ベースへと帰還後、姉さんが声をかけてくれた。
『あの人……どうなったの?』
僕が撃ったあの人の事を聞く。答えは、多分わかっているけれど。
『死亡だ。本作戦での唯一の死者だそうだ』
そうか。僕があの時上手く足や腕とかを撃ちぬけばあの人は死ななくて済んだのか。
僕が殺したんだ。僕が強くなかったばかりに。恐怖でパニックになったあまりに。
僕のせいで……僕のせいで僕のせいで僕のせいで僕のせいで僕のせいでぼくのせいでぼくのせいでぼくのせいでボクノセイデボクノセイデボクノセイデ
『アルテア』
ふと、背中から暖かくて柔らかな感触が覆いかぶさってくる。
『自分を責めるな。仕方のない事だ。撃たなければ撃たれていた。それは、戦場の常だ』
ぎゅうと僕の体に巻きつく感覚が強くなる。
『人を撃つことを躊躇うな。銃口を向けられる前に撃て。反撃の機会を与えるな』
『ただし、殺すことに慣れるな。慣れてしまったらその時からお前は、人間じゃ無くなる』
『はい……姉さん……』
〜冒険者ギルド宿舎 アルテア自室〜
「……っ」
嫌な夢を見るものだ。
よりによって生まれて初めて人を殺した時の夢を見るとは。
「しかし……あの時の気持ちがあったから今も戦場の狂気に飲まれていない……って事か」
俺は今でも姉さんの教えを守れているだろうか。
俺は、今も人を殺した時に何かを感じることができるだろうか。
「んなもんその場面に直面しなきゃわからねぇわな……」
朝まではまだ時間があるので再び眠りに就くことにする。
こんな夢を見るのは疲れているからだろう。
朝起きたらリフレッシュとしてどこかへ出かけるのもいいかも知れない。
ラプラスにも口を酸っぱくして言われていることだしな。
いや、あいつに口はないか。
〜冒険者ギルド ロビー〜
「〜〜♪」
朝食の後、俺は自作の釣竿とバケツを手に持ち、サンドイッチの入った籠をに入れ、出かける支度をしていた。
ラプラス曰く、『最近のマスターは肉体を酷使しすぎです。適度な休養を取ることも任務の一環。少しは休養を取ってください』との事なので、イヴァ湖(後でギルドのメンバーに教えてもらった)へピクニックに行くことにしたのだ。
「兄様?どこへ行くのじゃ?」
一人で行くつもりだったのだが、エルファに見つかった。
まぁ見つかって悪い物ではないのだが。
「近くの湖まで。最近動きっぱなしだったから少しのんびりしようかなって」
「なんと!ならばわしも行くのじゃ!」
言うと思ったよ。
「ギルドの仕事とかはいいのか?仮にじゃなくてもギルドマスターだろ?」
「わしは有能じゃから一日二日仕事をしなくても問題なしなのじゃ!」
誇らしげに胸を張るエルファ。
「らしいんだけどどうなのよ?受付君」
「へ?私ですか?」
一応魔女だし。
「バフォ様って実はアルテアさんに会うようになってから事務仕事を今まで以上にこなすようになったらしいですよ?」
そいつは意外だ。
「何でも『明日は兄様に会いに行くから仕事は全て今日中に片付けてしまうのじゃー!』とか」
「わー!わー!」
短い腕をブンブン振り回して騒ぐ山羊角幼女。
「らしいぜ?まぁきちんと仕事しているなら俺も別に文句は言わないさ」
ぐしぐしと頭を撫でてやる。
「みゅー……」
変な声で鳴いた。
「(バフォ様かわいいです……バフォいです……)」
受付君まで変な顔をしている。
「さて、行くか。別に急ぐわけじゃないが、あまりダラダラしていても時間がもったいない」
俺はエルファの手を取って歩き出す。
「(にっ!兄様の手が!兄様と手を繋いでいるのじゃー!?)」
右手から何故かバキバキという音と共に激痛が。
「おいいいいいい!?お前強く握りすぎ!いてぇ!マジいてぇ!」
「あわわわわわ……すまないのじゃ兄様!」
手の力を抜いてくれたらしい。激痛が止まる。
「勘弁してくれ……右手はガンナーの生命線なんだから……」
改めて手を握り直す。モフモフしている毛が心地いい。
「行くぞ。漫才している時間はない」
俺達は、湖に向けて歩き出した。今思えば、俺に休む暇なんて殆ど存在しなかったのだ。
暇があれば、そこに付け入るように面倒事が舞い込んでくるのだから。
〜イヴァ湖湖畔〜
「うし、着いたぞ」
「着いたのじゃ〜♪」
『移動シーンすっ飛ばしましたね』
うるせぇ分解するぞ。
湖近くの手近な岩の上に座り、バケツの中からエサのいも団子を取り出す。
エルファはそれに気づいて覗き込んでくる。
「兄様?これはなんなのじゃ?」
この付近の文化圏では練りエサなぞ知らないだろう。
「ジパング地方の釣りエサでいも団子って奴だ、ロングポテト(さつまいものような物)を蒸かして小麦粉と水で練ったものだ。本当ならこれに何か合成飼料とかを混ぜると食いがいいんだが……手に入らなかったから無しだ」
バケツに水を汲めば準備完了。針にエサを付けて、水面へ投げ入れる。
「兄様は物知りなのじゃ……」
「魔術師ギルドのギルドマスターに言われても皮肉にしか聞こえんのだが……」
実際俺の知っていることなんてたかが知れているというものだ。
「兄様の知っている知識とわしの知っている知識は方向性が全く別なのじゃ」
腕を組んでうんうん頷いている。
「じゃから……じゃからの?わしらが一緒になれば知らない物など何も……」
「……(じー)」
後ろの方から視線を感じる。
振り向くと、
「ぬお!?誰じゃおぬしは!?」
「よう、来たぜ」
この間湖に来た時のサハギンがこちらを至近距離で凝視していた。
「兄様の知り合いかの?」
「あぁ、こないだこの湖に墜落したときにちょっとな」
「……(コク)」
「(またライバル出現なのじゃ……)」
何故か知らないが戦慄しているエルファ。
彼女は頷くと、俺の服の裾を引っ張る。
「ん?どこかへ連れていきたいのか?」
「……(コク)」
「待て!おぬし兄様をどこへ連れて行くつもりじゃ!?」
彼女は黙って湖を指差す。
「あの中に何か有るのか?」
「……(コクコク)」
どうやら彼女は何かを見せたいらしい。
「よし……んじゃ案内を頼む」
俺は服を脱ぎトランクス一枚になる。
釣竿の針を上げて軽く準備運動をし、湖へ飛び込んだ。
「行ってしまった……の」
アルテアが湖に飛び込んだ後を追い、サハギンが飛び込んでしまったので岩の上にはエルファ一人が残されてしまった。傍らには、アルテアが脱いだ服。
「(兄様の着ていた服……ゴクリ)」
手に取ると、まだ温かい。
彼女はそれを、自分の顔に押し当てる。
「(兄様の暖かさ……兄様の匂いなのじゃ〜♪)」
ゴロゴロと身悶えするエルファ。それを見ている一つの目があった。
『見えているのにツッコミができないというのはなんとももどかしいですね』
というか、ラプラスだった。
湖の深さはさほど深いというわけではない。最大で深さ3メートルといったところだろうか。
湖底には、先日俺がつけたブリッツランスの破壊跡が伸びていた。
「(流石に湖底を土木工事はする気が起きないぞ。)」
しばらく泳ぐと、彼女が何かを指差した。その方向には……
「(なんだありゃ?)」
湖底にぽっかりと開いた『穴』。直径4,5メートルはあるだろうか。非常に水深が深く、奥には10メートル程の柱のような建造物が天井を支えるようにそびえ立っている。
「(海底……いや、湖底神殿か。流石に生身では探索不可能だな。)」
俺は水面へ顔を出す。
「ふぅ……見せたかったのはあれか?」
「……(コク)」
どうやら先日の墜落の衝撃で穴が開いたらしい。
「もし探索するにしても何か水中で呼吸できるものが欲しいな……エルファに相談してみるか」
あいつの事だ。何かしら水中で呼吸できるような魔法でも知っているだろう。
元居た岩に戻ってくると、エルファが素早く動いた。
「は、早かったの、兄様」
「さほど深くないしな。こいつが見せたかった物もすぐ見つかった」
なぜか挙動不審なエルファ。腹が減って先にサンドイッチでもつまんでいたか?
『先程、マスターの服の匂いを嗅いでいた行動と関係があるのでしょうか?』
いや、間違い無くそれだろう。
「別に服の匂いを嗅ぐのは構わんが持って行ったりするなよ?ただでさえ着るものが少ないんだから」
「な、何故バレたのじゃー!?」
エルファがショックを受けているようだ。頭を抱えて真っ赤になっている。
「言ってなかったが、こいつにはきちんと目と考える頭が搭載されていてな。こいつが何をしたか教えてくれたよ」
そのまま黙っていても面白かったかもしれないが、その場合後が怖いので今のうちにバラしておく。
「な!?ではまさかあの時のも……」
ミーテリアの蜜を持ってきた時の事だろう。
『その時はスリープモードに切り替えていました』
「空気読んで寝てたってよ」
露骨にホッとするエルファ。
まぁ俺としても見られていて気持ちいい物でもないから助かるが。
「そんな事より、水中で行動するための魔法って無いか?湖底神殿らしきものがあったから少し調べてみたいんだが」
『マスター、今日は休養の日です』
「む?今日は一日のんびりするんじゃなかったかの?」
一人は非難、一人は疑問をぶつけてくる。
「仕事じゃなく遊びの探検だよ。流石にあの閉鎖された中に魔物がいるとは思えない」
現在の魔物が存在を維持するにはどうしても人間の精が必要だ。今まで湖の底で、しかも蓋をされて誰も来ることが無かった場所に、人間も魔物もいるとは思えなかった。
「そうじゃの。それなら探検ごっこと洒落込むのも悪くないかもしれんの。♪」
彼女はそう言うと立ち上がり、鎌を振り回し始めた。おそらく杖の代わりなのだろう。
「服は着ていっても大丈夫なのか?」
「体全体を空気の膜で覆ってしまうからの。問題なしじゃ」
そう言われたので、安心して服を着る。鵺を肩に掛ければ準備完了だ。
「んじゃ頼むぞ、エルファ」
「任せるのじゃ!<バブルフィールド>!」
エルファが詠唱を完成させ、スペルを唱えるとシャボンのような泡の膜が俺と彼女を包み込んだ。触ってみると、ビニール袋程度の強度があるようだ。
「これで水の中に入っても大丈夫じゃ。本来なら水圧耐性やら浮力調整やらで長時間は使えないんじゃが……わしならその点お茶の子さいさいじゃの」
ハイスペック幼女ここにあり。
「オーケー、それじゃ、水中散歩と洒落込みますか!」
「行くのじゃ!♪」
水の中に飛び込むと、水は泡の膜に堰き止められてそれ以上入ってこない。
湖底の砂利から水が染みこんでこない所を見ると、下の方の防水対策も完璧なようだ。
『凄いな!まるで普通に地上にいるみたいだ!』
『ふふふ、もっと褒めるのじゃ!称えるのじゃ!崇めるのじゃ!』
ふんぞり返るエルファ。余程自分の術に自信を持っているらしい。
『警告。現在の状態では発砲を行った時点でフィールドが破壊される危険性があります。兵器の使用は避けてください』
万能という訳ではないらしい。
『まぁ見たところ危険な奴は居ないし、戦う事も無いだろうから問題ないだろ』
『兄様に無視された!?』
足を一歩踏み出すと、10センチほど足が埋まった。
『あら?』
その足を引き抜き、別の地点に足を下ろすと、そこも埋まった。
『おい!足が埋まって先に進めないぞ!』
『こうすればいいのじゃ!』
そう言うと、彼女は姿勢を低くし、跳ねるように水中を移動。着地と同時に湖底を蹴って再び跳ねていく。
『兄様も早く行くのじゃー!』
『へぇ、楽しそうだな』
同じように姿勢を低くし、湖底を蹴ると、スイスイと進む。
『気分は月面散歩ってか』
『ここは水中です』
気分だ、気分。
隣にサハギンが並んで泳いでいる。
『そういや名前がないと呼ぶとき不便だよな。お前は名前とかはあるのか?』
『?』
彼女はよくわからないと言った風に首を傾げる。
この間は彼女と二人だけだったので特に呼び名は必要なかったが、エルファもいるのではそうもいかない。
『どうするかな、名前』
『自動命名ソフトを使用しますか?』
そんな物まであるのか。
『一応やってみてくれ』
『了解。自動命名ソフト、<命名ひつじさん>起動』
思わず吹いた。
『現在までのこの世界で取得した単語を混ぜあわせ、ランダムに名前を生成…完了』
早いな。
『第一候補、エルテリア。第二候補、モリア。第三候補、イヴ』
一つ目はエルドル樹海とミーテリア、二つ目はモイライとミリア、第三候補はイヴァ湖から取った物だろう。
『イヴァ湖のイヴか……安直だがいいんじゃないか?』
『了解。自動命名ソフトシャットダウン』
ラプラスがアプリケーションの終了を報告する。
『お前の名前だが、イヴなんてのはどうだ?』
「……」
しばらく彼女は何も言わなかった。
しかし、その口元が何かを言うように変わる。
「……(イ……ヴ……)」
どうやら気に入ってくれたらしい。
『む〜!兄様が相手してくれないのじゃー!』
エルファが隣まで跳ねてくる。
『わりぃ、こいつの名前を決めてたんだ』
『そいつの事はいいからわしとお話するのじゃー!』
彼女はこちらを見ていて足元を見ていない。
『おっと』
『む?ぬおおおおおお!?』
足元を見ていなかったものだから、目的地の穴へ真っ逆さまに落ちて行った。
俺は一旦穴の縁で停止すると、真っ直ぐ降下していった。
『〜〜〜〜〜っ!〜〜〜〜〜っ!』
降下した先に、エルファが逆さまで埋まっていた。
大昔の映像ソフトにこんな場面があったような気がするな。
『お前それでも高位の魔物かよ……』
彼女に近づき、泡の膜同士が触れると、泡同士が合体し、一つとなった。
ジタバタする足を掴み、引っこ抜く。
『ぶは!?死ぬかと思ったのじゃ!』
バフォメット改めアフォメットと呼んでいいだろうか。
少し離れると、泡が分裂して二つになる。便利便利。
『しかし……随分と深くまで落ちてきたな。帰りは上がれるのか?』
見上げると、水面は遙かに上の方にあり、照りつける光も弱く見える。
『浮力を調節すれば水面まであっという間なのじゃ。心配いらないのじゃ〜』
凄いんだかアホなんだかわからない幼女だ。
『それじゃあ帰りの事は心配しなくてもいいな。奥へ進むぞ』
『了解なのじゃ〜♪』
湖底を蹴り、神殿内部へと進んで行く。光が届かず、真っ暗に。
『さすがにこれじゃ進めないな……アポロニウスは出しても大丈夫か?』
『問題ありません。照明用ビット<アポロニウス>は水中行動にも対応しています』
『オーケー、アポロニウス展開!』
『了解。照明用ビット<アポロニウス>展開』
鵺のビット射出用ハッチが開き、照明用のビットが1基飛び出す。飛び出したビットは泡の膜を破って外へ……
『ってちょっと待て!?マズイ!?』
しかし、膜は弾けずビットだけするりと外へ。
『言ったじゃろ?このぐらいの制御ならお茶の子さいさいじゃと』
『さんきゅ、助かった』
ホッと胸をなで下ろす。
この水圧の中にいきなり放り出されるのはゴメンだった。
『<アポロニウス>を赤外線誘導方式へ変更。赤外線レーザー照射開始』
特に何も出なかったが、鵺の向いている方向にビットの照明が照らされている。
『構えた方向に照らしてくれますよ、って事か』
『肯定。トリガーを引けば1分間の持続照射モードに切り替わります。途中で解除したい場合はもう一度トリガーを引いてください』
側の柱の上の方に照準を合わせてトリガーを引くと、ビットがそこまで移動して照らし始めた。もう一度トリガーを引くとこちらへ戻ってくる。
『戦闘行動中は持続照射モードの持続時間が無制限になります。強制的に解除したい場合は音声による解除を行って下さい。赤外線誘導方式のチュートリアルを終了します』
説明が終わると、ラプラスが待機状態になる。
『明かりの準備は整った。行くぞ』
『さっきから足止めばかりじゃのぉ……』
これがないと進めないのだから仕方がない。
『大人の事情です』
身も蓋もない事を言うんじゃない。
神殿の床はなだらかな下り坂になっており、だんだんと水深が深くなっていく。
『水圧は大丈夫なのか?』
『問題なしじゃ、このぐらい小指一本でも調整してみせるぞい』
大丈夫らしい。
暫く進むと階段が見えてくる。
『上に続いているな』
『水面が見えるの』
鵺を上に向けると、ビットが上方向を照らす。水面に光が反射し、キラキラ光っていた。
階段を飛ぶように上がり、水面へ浮上する。
〜地底神殿〜
「魔物の気配は……ふむ、無いようじゃの」
空気でわかるらしい。彼女の場合は漂う魔力と言った所か。
「エキドナなぞは男の精無しでも何年も生きるが……エキドナがいるならばダンジョンには魔物が配置されているはずじゃからの。おそらくいないじゃろ」
「なら遠慮無く宝探しができそうだな。とりあえずトラップだけでも気をつけて行くか」
「……(コク)」
「おぬしも着いて来るつもりかの?陸上は水中とは違うというに」
イヴは銛をゆっくり構えると……
「うぬ?」
<ヒュガガガガガガガガガ!>
エルファを避けるように高速連撃を放つ。
最後の一撃は、右目に寸止め。
「あわわわわわわわわ……」
涙目になって尻餅を付くエルファ。イヴはというと表情こそ変わらないものの、どことなくドヤ顔になっている気がする。
「兄様〜!怖かったのじゃ〜〜〜!」
腰に抱きついてべそをかくエルファ。
「まぁ……そんだけの腕があれば問題ないだろ」
「……(コク)」
天井の高い通路を、俺達3人は歩いて行く。
神殿の構造は一本道の通路と、その両脇に小部屋がいくつも設けられているタイプだ。
「(折角兄様と二人でイチャイチャできると思ったのにのぉ……)」
「小部屋はそこかしこにあるのに……肝心の中身は殆ど空っぽだな」
「……」
別に財宝を溜め込むために作られた訳ではないらしい。
エルファは俺の手を握りっぱなしだ。力の加減は間違っていないのが唯一の救いか。
神殿というだけあって、燭台やゴブレットがそこかしこに置いてあるのだが、どれも保存状態が悪くて大した価値になりそうもない。ついでに言うならトラップすらもない。
「こいつぁハズレっぽいなぁ……折角だから奥までは行くけどな」
「坊さんはいつも腹黒いのじゃ。自分だけしかわからない所にたんまり宝を隠していたりの」
何でもお見通しだと言わんばかりに失笑するエルファ。
「坊主丸儲けってか。隠し金庫ぐらいはあるかもしれんな。確かに」
何時だって裏で暗躍するのは為政者か宗教関係者である。
『この程度の文明レベルであれば、金庫の鍵を破壊するのは容易。ただし、魔力というファクターが絡むとその隠蔽強度と物理的強度は未知数』
「まぁ魔法で隠してあろうが鍵掛けてあろうが、こっちには魔法のスペシャリストがいるんだ。なんの問題もなく開けられるだろ」
「うぬ、任せておれ♪」
一本道の通路を進むと、程なく礼拝堂らしき場所に出る。
長椅子はすでに朽ち果て、ボロボロに崩れている。
そして、礼拝堂の中心部には……
「あれは……ゴーレムかの?にしては大きすぎるが……」
立膝をしているので正確な全高はわからないが、おそらく5メートル程度。
無骨な甲冑に纏われており、その容姿は近付き難い重圧を放っている。
そのゴーレムの付近に散らばる白くて細長い何か。あれは……骨か?
『警告。前方30メートルに高エネルギー反応。パターン、E-クリーチャー』
「っ!気をつけろ!動き出すぞ!」
甲冑の兜の奥に紅い光が灯り、全身が軋みを上げる。
ゴーレムが立ち上がり、こちらを睥睨する。
「どうやら熱烈に歓迎してくれるつもりらしいの?兄様、ダンスの経験はあるかの?」
「ねぇよ。でも、踊り始めりゃなんとかなんだろ?」
軽口と冗談は、思考を柔軟にする潤滑油だ。
「ほほ♪そりゃそうじゃ。それじゃ、一緒に踊ってくれるかの?兄様」
「構わないが、踊るのは三人一緒だ。そうだろ?イヴ」
「……(コク)」
意外にもユーモアはあるようだ。
ゴーレムが全身に力を溜め、跳躍する。高さは優に10メートルはあるだろうか。
「全員散開<レッツダンス>!」
エルファが右に、イヴが左に、俺は後方へそれぞれ跳躍する。
ゴーレムの腕が床に突き刺さり、タイルがめくれ上がる。突き刺さった腕を駆け上がり、肩からジャンプ。空中で半回転。トリガーを引いて照明ビットを固定。
『オクスタンライフル展開。モードB』
ラプラスが兵装を選択。物熱可変銃が展開される。
照準を合わせて、トリガーを引く。
「ビンゴ!」
無数の弾丸がゴーレムの装甲を叩くが、傷ひとつ付かない。
しかし元々牽制のためなのであまり気にしない。
『警告、床面接近』
「大丈夫だ」
俺の着地点にイヴが回りこみ、両手で俺の体を跳ね上げる。さらに体が半回転して足から着地。同時に向き直る。
『プチアグニ充填開始』
半透明のウィンドウが開き、チャージ状況が表示される。
注意書きでその他の武装が使えない旨が添えられている。
「残り20秒!耐えしのぐぞ!」
ゴーレムから充填音のようなものが聞こえてくる。
「エルファ!」
「任せておれ!」
エルファが俺とイヴの前に飛び込み、障壁を張る。
ゴーレムは振り向きざまに目からレーザーを放ち、辺りを薙払うがエルファの障壁に弾かれる。
レーザー攻撃が止んだ瞬間、イヴが飛び出して、ゴーレムの胸部にシャイニングウィザードをお見舞い。胸部装甲に着地し、さらに駆け上がり、頭部にサマーソルト。衝撃でゴーレムが仰け反る。
こちらに駆け寄ってきたイヴがエルファの前でしゃがみ、サマーソルトの準備動作をする。
エルファは次の魔術の詠唱をしながら軽く跳躍。イヴのサマーソルトがエルファの足の裏を捉え、さらにエルファを上空高く打ち上げる。
『エネルギー充填完了』
ラプラスがチャージ完了を知らせる。
中から大口径のビーム砲が現れる。発射口から光が漏れ出し、発射準備が整ったことを物語っていた。
「暴君を焼き尽くす炎の雨じゃ!」
「燃え尽きな!」
「「ツインブレイザァァァアアアア!」」
大口径ビームキャノンと無数のファイアボルトの同時攻撃。
即席の合体技ながら、綺麗に決まった。
鋼鉄すら溶かす超高温にも関わらず、ゴーレムはそこに仁王立ちをしている。
しかし、その動きはもはや重鈍を超して機能停止一歩手前になっていた。
「まだまだ終わらないぜぇ!」
『E-Weapon<ブリッツランス>展開』
鵺を逆手に持ち替え、大型突撃槍とアームサポーター、大型推進装置を展開する。
『シェルブースターエネルギー充填完了。衝撃に注意してください』
推進装置が、敵を打ち砕くための咆哮を上げる。
「ブチ抜け!」
『TAKE OFF』
ブースターに火が入り、ゴーレムとの距離が一瞬で無くなる。
突撃槍が分厚い胸部装甲に突き刺さり、巨重を持つゴーレムごと、神殿の通路を突き進む。
「ぉぉぉぉぉおおおおおあああああああ!」
エルファが張ったのか、光の壁を何枚も突き破りながら尚突進。
30枚ほど突き破った時点で壁にめり込み、ようやく止まる。
『突進行動終了。<ブリッツランス>格納』
ブースターとアームサポーター、突撃槍が光り、姿を消す。
『エクセルシアを目視で確認。命中確率100%。HHシステム起動』
胸部装甲の亀裂からエクセルシアが覗いている。
色は大地の豊穣を表すような茶色。
鵺の砲身から純白の杭が飛び出す。
『フィールド干渉率100%。コード<HELL -AND-HEAVEN>発動』
打ち破り、抉り、引き抜くための杭が、必勝の光を放つ。
『発射準備完了。You have control。いつでもどうぞ』
「アイハブ!これでおしまいだ!」
『Fire』
杭を射出。飛翔した杭は胸部に突き刺さり、エクセルシアを絡めとる。
『命中確認。アンカーワイヤー巻き取り開始』
強力な力でワイヤーが巻き取られ、俺が宙を舞う。
体勢を整えつつ、着地の衝撃に備え……
<ダン!>
ゴーレムの胸部装甲に着地。
「ふんぬっ!」
杭を鵺に固定し、エクセルシアを引き抜く。
引き抜いた反動で、数メートル跳び、地面を滑りながら着地。
ゴーレムは機能を停止する。
『エクセルシアの回収を確認。格納を行います』
「あぁ、ちょっと待て。少し心の準備を」
『了解』
深呼吸して、息を整える。
「よし!バッチコイ!」
『了解。エクセルシアの格納を開始』
回収されたエクセルシアが鵺に杭ごと収納されていく。
『格納用空間に挿入完了。任務の第一段階、フェーズ3を嘔164oam!』
いつものように表示がバグる。
『q9アfbソ、q9マアfdソ。アシrba$%jス81ヘス[\(maミ中oknad#=\?エタワ食。兵r$has納倉kabrtyの変j%lk#始。AItae12脳キッpk($ad34レスにuyabrハ生。ココ精アイケkニ4&agの危ラgggggggg』
前より酷くなってやがる。
そして流れこむ情報。
「うぐぅ!?がああああああああ!!」
視界がブラックアウト。意識が闇に沈んでいく。
意識が途切れる直前、エルファの声が聞こえた気がした。
12/03/06 11:57更新 / テラー
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