連載小説
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第六十三話〜交錯する信念〜
価値観というのは人それぞれだ。何に価値を見出すかというのはその人物が通ってきた道筋によってだいぶ違ってくる。
友人が少なかった奴はその少ない友人をだれよりも大切にするだろうし、貧乏だった奴は金に固執する傾向がある。
死ぬような目に遭ったことがあれば命を大事にするだろう。
逆を言うと、その価値観は他人でも植えつける事ができるという事でもある。
長い年月をかけて繰り返しそういった価値観を植えつけることができればそいつは何よりもその植えつけられた物を大事にするようになるだろう。要は洗脳みたいなもんだ。
じゃあそいつはそれ以降植えつけられた物のみを頼りに生き続けるしかない……かと思えばそうでもない。周囲の奴がきちんとその洗脳を根気強く解いてやればそいつだって何が本当に大事なのかわかってくれるさ。
……まぁ本当にわからず屋なら鉄拳制裁も辞さないけどな。

〜冒険者ギルド ロビー〜

「ねぇ、誰か声掛けなよ……」
「そうは言っても……ねぇ。なんか怖いし……」

何時もの席に座って空中をぼうっと眺めながら時間を過ごす。
別に何も見ていないという訳ではない。昨日の夜にデータ整理をしていたら古い映像ソフトを見つけたのだ。
題名はゲキ・ガンガー3。2,3世紀程前に放送された昔のアニメだ。
勧善懲悪の単純なストーリーながらその訴える言葉は強く胸に響き、心を震わせる。
それをたまにニヤニヤ笑いながら見ている。
傍から見たら何もない場所を眺めてニタニタしている気味の悪い男に映るのだろうが、これが第二世代なので仕方がない。

「おにいちゃん、おひざすわっていい?」
「ん、アニスちゃんか。おいで」

そんな様子の俺に対して特に嫌悪感を抱くこともなくアニスちゃんが膝の上によじ登ってくる。小さなお尻を俺の膝の上に乗せるとパタパタと上機嫌に足を振り始めた。

「おにいちゃん、さっきからなんでなにもないところみてわらってるの?」
「あ〜……うん、確かにそう見えるよな。頭の中で演劇みたいな物を見ていたんだ」
「おしばい?」
「そ、おしばい。アニスちゃんにも見せられたらいいんだけどなぁ……」

生憎網膜への直接投影は脳チップ処理を受けた者しか使えない。
映像ソフトをニューロジャックで受け渡して見せる、という手順を踏むわけにもいくまい。

「どんなおはなしなの?」
「正義の味方がロボットに乗って悪い人を懲らしめる話。よくある話だけど面白いんだよね」
「ろぼっと?」

出てきた単語の意味がわからなかったのか小首を傾げるアニスちゃん、
少し髪が揺れる度にリンスか何かの爽やかな香りが上がってくる。今は柑橘系か。

「鉄とか合金で出来た巨大な人型の乗り物、っていうのかな。かっこいいんだぜ」
「へ〜……みてみたいなぁ」

無邪気に足をブラブラさせながらまだ見ぬ鋼鉄の巨人に思いを馳せる幼い少女。
……別に可愛いと思うシチュでもないか。

「ゴーレムとかそういった物ではないのかの?」

話を聞いていたエルファが隣から口を挟んでくる。
膝の上は先を越されたので今日は椅子の上だ。

「概ね合ってるかな。基本は生物ではないってのが根本的な違いかも。物によっては機械生命体とか生体コアとかいう半分生き物見たいな奴もいるけどな」
『大別的に見れば私も機械生命体のロボットのような物ですね。中身は有機AIユニットと呼ばれる物です』
「ふむぅ……でんのーくうかんでの兄様のアレもロボットのような物かの?」

電脳空間……シュミクラムか。

「あれは電子体……電脳空間での自分の分身をプログラム……え〜と、その空間内でのみ通じる魔法のようなもので組み替えているから……どちらかというとあれも俺自身と捉えるのが正解か。殴られりゃ痛いし、腕が吹っ飛ばされりゃ現実世界でも暫くは腕が動かせなくなる」
「魔法少女みたいな物かの?」
「色々と語弊がありすぎて否定したくなるが概ねそんな所だ」

あのゴツい機械の体を指して『魔法少女です』は無いだろう。
あの装甲だらけの機体にフリフリのドレスを着せ、チンチクリンステッキをもたせた姿を少し想像してみる。

「……ないわぁ」
「何を想像しとるんじゃ兄様は……」
「世にもえげつない光景」

常人が見たらすぐさまその製作者を病院送りにしているレベルだ。
むしろ病院が来て欲しい。

「それにしても……巨大なゴーレムとは面白い話じゃの。やはり世界が違うと考え方も違うという事かのぉ……」
「……エルファ、作ろうとしているならやめとけ。」
「ん、なんでじゃ?」

この機動兵器と呼ばれる物はとんでもないドリームブレイカーだったりする。

「たとえ小型の物1機だったとしても建造費だけで大国の経済が軽く麻痺に陥るぐらいの費用が掛かるんだぜ?」
「な……!?」
「さらにそいつを壊して修理すると小国が一つ吹っ飛ぶぐらいの予算がかかる。」
「────」

おー……エルファの目が真っ白になってる。
しかもこの話、まだ続きがある。

「さらに維持費だけで国家予算の数パーセントを常に消費し続ける事になる。経済的な機動兵器なんて存在しないんだよ」
「もはや金食い虫の域を超えとるの……一時的な出費ならともかく、置いておくだけでも金がかかるとなると1団体の資金だけでは賄いきれんわ……」
「何、この世界じゃそんなもん持ち出す程の相手はいないだろ。全長30メートル近くの侵略者が群れなして来たなんてなったら考えたほうがいいだろうがね」

無論、機動兵器なんて物語の中に収まっているに越したことはない。実際に持ち出すとなると人死は免れないのだから。



「遺跡探索ツアー?」
「そそ。熟練の冒険者が先導するっていう企画なんだけど人手が足りなくてね。そこで貴方にも手伝ってもらいたいのだけれど……どうかしら」

冒険者ギルド発案のパックツアーに人手が足りない、という事でミリアさんに声を掛けられた。なんでも実際に遺跡案内をする人が足りないんだとか。

「熟練つったって俺は冒険者始めて1年も経ってないぜ?熟練って言うには程遠いだろ」
「遺跡といっても観光用に一般開放されている安全な場所だし、その中をはぐれないように引率するだけだから簡単な仕事よ。トラップも殆ど無効化されているからわざわざ解除する必要もなし。本当に熟練じゃなくたって何も問題はないわ」

この仕事は依頼という形を取らずにアルバイト感覚で受ける物らしい。
実際に現地へ行き、そのイベントの日の為に遺跡の中を観光客を連れて歩きまわるのが主な仕事。無論七面倒臭いトラップの解除は既に行われた後なので遺跡の中を見てまわり、簡単な遺跡の紹介をするだけでお小遣いが貰える、と。

「まぁやってみてもいいかな……割と面白そうだし」
『マスター自身が観光に行くわけでは無いのですが』
「決まりね。現地集合で実際の仕事は明日からよ。今日は遺跡の内部構造を下見してしっかり覚えてきて」

そんな訳で観光ガイドの旗持って歩く人的な仕事を引き受けることになった。
ここからも何人か行くらしいので、向こうで鉢合わせする事もあるかもしれないな。



〜遺跡発掘の街 セレニア〜
以前立ち寄った街に旅の館で辿り着いた。
相変わらず通りは掘り出し物の露店で賑わっており、以前と変わらぬ胡散臭さを漂わせている。

「いらっしゃいいらっしゃ〜い!魔物の呪いが掛かった品々を販売中だよ〜!」
誰がそんなもん買うんだよ……

「リ、リザードマンの髪留めを一つ……」
「へい毎度!」
いたよ。

『マスターも何か購入しますか?』
「遠慮しとくよ。俺が買っても自分の首を締めるだけになりそうだからな」

これ以上の修羅場はノーサンキューである。

「すごい量の禁制品だな……」

何かぶつぶつ言いながら辺りをキョロキョロと見回している少年がいる。
比較的若い……15,6歳程度だろうか。腰には繊細な装飾が施された剣を帯びており、マントで隠してはいるものの、堅牢なブレストプレートを装備している事が隙間から垣間見える。
髪は黒髪。日系人のような顔立ちから推察するにジパングとのハーフだろうか。

「流石にここで騒ぎを起こす訳にはいかないか……あまり気は進まないがここは我慢だな……」

何かを決めた様子で男はそのまま雑踏の中に消えて行ってしまった。
どこか気になるので尾行してみるか……。

「ラプラス、今の奴のバイタル(生体反応)を追ってくれ。後をつける」
『了解。トレース開始』

ミニレーダーに赤い点が表示され、大体の位置が表示される。さて……あいつは何者なんだろうな。少なくともここの品揃えに不満がある奴だという事は確かみたいだが。



人目を避けて路地裏に入った所で少し足を早めて同じ所へ入る。
さほど遠くへは離れていない。彼が何者かを確かめるために俺は思い切って声を掛けることにした。

「おい、兄ちゃん。ちょいと待ちな」
「……っ」

至極面倒そうに振り返り、俺の姿を見た途端に少し驚く。まぁガラの悪いチンピラか何かだと思ったんだろうな。それでも警戒して腰に帯びている剣に手を添えた。

「何か用ですか?」
「ん〜……何、お前の態度にちと変な物を感じてな。どうもここに置いてある品物を見て嫌なものでも見たような感じになっていたからな」
「……呪いの掛かった物や魔物の魔力に侵された道具は禁制の品ですよ。本来であれば売るべきではない」

どうもこの少年は教団とかそういった物の関係者のようだ。よくもまぁここまで無事に来れたものだ。普通であればどこぞの魔物の姉ちゃんにとっつかまっている筈である。

「でも実際に被害に合った奴って皆無だぜ?少なくとも命に関わるような事故は起きん。一生連れ添う嫁はできるかもしれんがね」
「あなたはアレが縁結びか何かのおまじないグッズだとでも?」
「違うのか?」

実際魔物の呪いが掛かった品と言う物はその掛けた魔物の種族から好かれやすくなる効果を持ったものだ。無論、それを持つことにより色んな能力が高められるというメリットもあるので求める奴は多い。

「あれは魔物に呪われた品々……人々が持てば不幸になる」
「いやいや、あいつらがわざわざ本物の呪い込めるわけがねーでしょうが。」

いや、ドッペルゲンガーあたりであれば持つだけで失恋しやすくなる的なアクセサリーはあるかもしれないが。

「あなたは魔物の本当の恐ろしさを知らないんだ。僕の仲間も魔物に何人も連れ去られて戻らなかった」
「そうかい。そりゃよかった」

今頃は嫁とイチャコラしてんだろうな、そいつらは。

「あなたは……僕を馬鹿にしているのか!?」
「生憎大真面目だ。少なくともその連れ去られた奴らは幸せに暮らしているだろうよ」
「嘘だ!連れ去られた仲間はどこを探しても二度と見つからなかった!魔物に食われてしまったか殺されたかしなければ説明がつかない!」

次元の狭間(万魔殿)にでも連れ込まれたんだろ、それは。もしくは海の中とか。
魔王城に行っているという線も捨てがたいな。

「お前よぉ……もう少し固定観念を捨てようぜ?少なくともこの時代に魔物に殺されたって話は出ていない筈なんだけどな」
「実際に村が魔物に攻め滅ぼされた話はいくつも存在している。僕もその村の一つの生まれだ」

悲劇のヒーロー、か。教団の奴らが好みそうな境遇だよな。
だが……真実ってのは得てして歪められて伝えられる事が多いというのも事実。



「お前は、実際に滅ぼされる現場を見た事があるのかよ」



「……」
「無いよな?そりゃそうだ。あいつら人間が死んでも自分が困るだけだし。」
「あなたの言っていることは……わからない。何を言っているかわからない……!」

自分の中の何かを突き崩されるような感覚に恐怖を覚えたのだろうか。
彼は首を振りながら少しずつ後ずさりしている。

「アルテア!そいつから離れろ!」

頭上から声が降り注ぎ、緑の旋風が目の前に降り立つ。そいつは剣を構えて少年の前に対峙した。
見覚えがありすぎるその後姿は……フェルシアその人だった。

「フィー……?」
「お前にこいつは荷が重すぎる。至る所で指名手配中の勇者……フウガ サイジョウだ。」

指名手配犯……しかも勇者と来たか。確かに実力は未知数……それこそアルターなんかよりもヤバい相手なのかもしれない。

「しかし相手は子供だぞ?そんな警戒するべき相手か?」
「見た目がアテにならないのは十分に身にしみているだろう……」

あぁ、確かに。俺の身の周りには姿と中身が全くちぐはぐな奴らが山ほどいるんだった。

「結局……あなたも魔物に魅入られた人だったのか」
「魅入られたというか魅入れられたというか……うん、少なくとも敵とは思っていないな」

彼から凄まじい殺気が溢れ出してくる。うわぁ、こいつはヤバい。
なまじ感情を強くぶつけてくる分アルターなんぞよりも威圧感がある。
あいつはあいつで別の怖さがあるんだけどな……なにせ攻撃の前兆が殆どないから。

「わかった……これ以上惑わされなくていい。今すぐ楽にしてやる」
「別に惑わされているつもりはないんだけd

俺が返そうとした瞬間、彼が片手を前に突き出して高速で何かを呟く。
すると、手の平の先が軽く歪んで見えた。その歪みが高速で俺達に迫ってくる。
フィーはその歪みを斬り上げるように剣を振り上げた。一体何をしたのかという疑問は数瞬後に明らかになる。
建物の上部がすっぱりと切り落とされ、俺の背後で重々しい音を立てて落ちてきたのだ。

「うぇ……!?」
「……ふぅん」

辺りには瓦礫が落ちたことによる砂埃がもうもうと立ち込めている。
フィーは青年をじっと睨みつけたままだ。

「僕の真空波を切り裂くなんて……あまり出来る人いないよ?」
「この程度は目をつぶっていてもできる。あまり私をなめないほうがいい」

にげてー。フィーが本気になる前ににげてー。この人マジで怖いから。

─何だ、何の騒ぎだ!?─
─誰かが暴れているらしい。誰か、警備兵を呼んでくれ!─

「……く」
「大人しく投降しろ……。例え勇者と言えどこの数相手では捌き切れまい」

先ほどの建物崩壊の騒動を聞きつけた住民が警備兵を呼び集め始める。
路地はあっという間に警備兵で包囲されてしまった。

「仕方がない……ここは手を引かせてもらうよ」

彼の背後の空間が歪んだかと思うと、重力を無視するかのように体が浮かび上がった。
周囲には旋風のような強い風が吹き荒れている。

「命拾いをしたね。次は……こうは行かないよ」
「何度でも挑んでくるがいい。アルテアは傷ひとつ付けん」

つまらなそうに鼻を一つ鳴らすと、彼は猛スピードでその場を飛び去って行った。
速度はブリッツランスにも劣らないな……加速度最高速度どちらも申し分なさそうだ。

「どうでもいいがさっきのセリフは普通男が言う物じゃないか?」
「少なくとも私はまだお前に負けた事が無いからな。そういう事は私に勝ってから言ってもらおう。」
ごもっともです。



今回のツアーコンダクターとして参加したメンバー……フィーとミストと共に食堂で昼食を摂る。
その際に先ほどの勇者について少し聞いてみる事にした。

「フウガ サイジョウ……親魔物領内で指名手配中の勇者だという事は話したな」
「ん、聞いた。でも指名手配されるほどヤバい相手なのか?なんだか勇者ってさっさと魔物にいただかれているようなイメージがあるんだが」

ミストの表情が少し陰る。軍属であるが故に色々と被害報告が来ているのだろうか。

「魔物に対して非常に強い嫌悪感を抱いている勇者だ……今まで幾度も説得、引き入れ行動が行われたが全て失敗に終わっている。そのたびに接触した魔物や人員がズタボロになって帰ってくるのだ。幸い体は頑丈な者を向かわせたから命に別状は無かったが……正直言って我々も匙を投げたい気分だ」
典型的わからず屋+人外クラスの戦闘能力という事らしい。

「たった一人の勇者を引き入れるためにリリムやダークマターを動員するわけにもいかないからな……正直言って被害者が増えるばかりだ」
「凄腕のスナイパーがいるからってそこに核爆弾落とすわけにもいかんもんな……軍にとっちゃ目の上のたんこぶって所か」

ミストが重々しげに頷く。やれやれ……これから楽しい観光ツアーが待っているというのに危険人物が潜伏中か。本来であれば危険を回避するためにツアーが中止されるもんだが……

「今回の観光ツアーは出会いの場も含められているからな……誰も中止したがらない。多少の危険を押してでも決行されるだろう」
「呆れを通り越して感心するわ……命懸けすぎだろ」

尤も、彼女達にとってはそれが全てと言っても過言ではないだろうから無碍に非難もできないが。
まぁそういった危険を含めて俺らが守ってやらにゃいかんのだろうな。

「とにかく、私達の役割はツアー客をその勇者を含めた危険から守る事だ。客に傷一つでも付けようものならギルドの信頼が地に落ちるから気を引き締めていこう」
「おっかしいなぁ……お客さん引き連れて散歩するだけの簡単な仕事って聞いていたのに……」
『世の中うまい話ほど裏があるものです。その辺は身にしみて理解していると思っていたのですが』

やれやれ……今回は楽できると思ったが、予想以上に気を張る仕事になりそうだ。
いっそ観光客全員魔物にさらわれねぇかな。そうすりゃすぐに上がれるだろうし。

『油断しているとマスターが拐われますよ』
「縁起でもないこと言うな。マジになりそうだから」

ふと、目線を上げると二人共妙に俺から視線を逸らしている。
はぁ……やれやれ。

「言っておくが……ツアーコンダクターがツアーコンダクターを誘拐するなんて馬鹿な真似はよせよ」
「ナニヲイッテイルノヤラ」
「駄目なのか?」
「開き直んなよ!?」

あくまでしらを切るフィーと堂々と誘拐を匂わせる言動をするミストに呆れながら、食休みの後に遺跡の下見をする事にした。



〜バレアナ遺跡群〜

「ようこそバレアナ遺跡群へ。私はこの遺跡の管理をしているタティですわ」
「冒険者ギルドから派遣されたアルテアだ。後ろのリザードマンがフェルシアで……そっちのデュラハンがミストだ」
「よろしく頼む」
「それでは、中を案内いたしますわね」

予め連絡を入れておいたので、遺跡の入り口に管理者であるタティ女史が来ていた。
彼女はこの遺跡全体を統括しているエキドナだ。
管理人と言っても基本的にトラップ付きのマンション経営者みたいな位置づけらしい。
尤も、一般的なマンションにはトラップなんて付いていないのだが。

「遺跡の概要はもうご存知?」
「ん、大体はな」

このバレアナ遺跡群は面積463,000平方メートル、階層が5階層の比較的大きな遺跡だ。
今一広さが理解しにくいなら、某夢の国より若干小さいと考えてくれればいい。
しかし、地下にも階層があるためにその総面積はその夢の国の4,5倍近くの広さを持つ。本来であれば食料を持ち込んで数日掛けて歩きまわるような規模である。

「おまけにトラップ謎解きてんこ盛りと来ている。そこに魔物がいるとなると入って出てくる頃には魔物になっているか魔物を引き連れて出てくるか……最悪二度と出てこれないかのどれかだろうな」
「ふふ……私は知性も持久力も兼ね備えた殿方が好みですから」

この広大な遺跡を突破して最奥の彼女の所まで来てくれるような奴が好み、という事らしい。俺だったら仕事でもなければそこまで行く気がしない。

「だったら俺は無理だな。奥まで辿り着く前に帰ってる」
「あら、何故です?」
「面倒だからだ」

何故か露骨に安堵するような様子を見せるミストとフィー。お前らそこまで心配か。

「それならば面倒が無いように全ての罠を停止して住んでいる娘達に手出しを禁止したらどうです?」
「そりゃ本末転倒だろうが。頭良くなくても地道に地図作ってりゃ辿りつける」
「それもそうですわね」

クスクスと上品に笑うタティ女史。まぁ俺自身エキドナに釣り合うほどの能力を持っている訳でもないし、何よりラミア種だけは手を出すまいと固く心に誓っているからな。
ヤキモチを焼かれる度にあのぶっとい胴で締め付けられたら体が幾つ合っても足りん。

「それにしても……特に照明器具も無いのに結構明るいんだな」
「違う吹き抜けの底にある鏡で日の光を遺跡全体に届けているんですの。鏡を操作すれば一部の区間だけ真っ暗闇にさせることもできるんですのよ」

そりゃまた凝った仕掛けだ。一体設計と建設にどれだけの時間が掛かっているのだろうか。
費用も馬鹿にならないだろうに。

「魔物の婚活って大変なんだなぁ……」
『何をいきなり言い出すのですか』
「だってよ?たった一人の婿探すためにこんな広大なダンジョン作るんだぜ?一体いくら掛かると思ってんだ。」
「遺跡自体は何代にも渡って受け継がれている物ですのよ?確かに建設当初は莫大な費用が掛かったでしょうが……居住している魔物娘達からも家賃は取れますし、一部の区画では土産物屋もやっているので収益には困りませんわ」

ダンジョンと言えば命の危険が迫るようなトラップやら複雑に入り組んだ通路、凶悪なモンスター達が跋扈する危険な場所というのが通説なのだが……

「なんだか巨大住宅街+商店街的な施設になってねぇ?」
「あら、今の時代にそんな危険なダンジョンは時代遅れでしてよ?第一そんな危険な罠が沢山あっては住みづらくはなくて?」
「ごもっともで……」

確かに自宅に命の危険があるような罠をてんこ盛り仕掛けるような奴はいるまい。
もし引っかかったとしても発情程度で済むのであれば住むのに支障はないのだろう。

「こちらの転送陣に乗れば私の部屋まで直通で行けますわ。今回の企画に関する説明はそちらで行いますわ。」
「そっか。そんじゃ、いきます……「待て、アルテア」

転送陣に足を踏み入れようとしたその時、ミストに呼び止められた。
そしてフィーに肩を掴まれて転送陣から引き離される。

「どうしたんだ?お前ら」
「何、お前と彼女が入った瞬間に転送陣を止められては向こうで何が起こるかわからないからな。私とミストが先に行こう」

タティ女史が小さく舌を鳴らす。おいおい……本当に何かするつもりだったのかよ。



「さて、遺跡の案内人を任せるにあたって幾つか覚えていただきたい事がありますの」

彼女が部屋の隅に突っ込まれている羊皮紙の巻紙を抜き取ってテーブルの上へと広げる。
書かれていたのは遺跡の詳細な全体図だった。しかも全階層分ある。

「基本的に罠は止めてありますので、差し当たって遺跡の全ての通路と部屋を頭の中に納めて頂きますわ」
「な、なんだってぇ!?」
「そんな無茶苦茶な……」

度肝を抜かれたように身を震わせる二人。俺はというと余裕だ。
何しろスクリーンショットでも撮れば後から何度でも見直せるし、加工して注釈を添えればさらに詳細な情報も見直せる。

「なんなら仕掛けられている罠もある程度教えてもらいたい。万が一罠を起動させなけりゃならなくなった時に頭に入れておいたほうが便利だろう」
「「余計な事を言うな!」」

そういやこの二人、微妙に脳筋気味なのだったか。

「あら、それは重畳ですわ。学習意欲のある殿方は嫌いではなくてよ?」
「何、職業病みたいなもんだ。これから動き回ろうという施設内の構造を把握しないのはどうも気持ちが悪くてな」

そんな俺と彼女の様子を見てムっとしたのか、二人共必死になって内部構造を覚えようとマップに目を走らせている。その集中力が続けばいんだがな……。


─五分後─


「すぴ〜……」
『もうやだねむいつまんないからだうごかしたいアルテア連れ去りたいかえりたい』

あっという間に二人共ダウン。
フィーはテーブルに額をくっつけて居眠りをしているし、ミストに至っては首が転がり落ちて本音が駄々漏れになっていた。とりあえず落ちた首をミストに戻してやると、正気に返ったようでばつが悪そうに頬を掻いていた。やれやれ……

「そのままにしておけば私が素晴らしいサービスをして差し上げましたのに」
「生憎だがラミア種には手を出さないって決めているんだ」

俺の言葉に露骨に安堵したような表情を作るミスト。首が外れなくても本音が駄々漏れだ。

「あら、蛇の異形はお嫌い?」
「問題は姿じゃない、あんたらの気質だ」

ラミア種というのは総じて嫉妬深い物だ。そんな彼女達が俺の側にいたらどうなるか。
多分仕事に行くことすら出来なくなるほど毎日締め上げられて絞られるだろう。

「あんたは俺が他の女と話していたらどうする?」
「家に強制連行して締め上げますわ♪」
「はい失格」
「!?」

浮気を許せとかそういうレベルではない。依頼人が女性であった場合で仕事に差し支えが出るようではもはや伴侶とかそういう物以前の問題だ。

「この私の愛が……失格と……?」
「愛情と束縛は紙一重ってね。そういうのが重く感じる奴にとって相性は最悪と言ってもいいだろうな」
「受けている内に快感に……」
「洗脳イクナイ。マジで」

軽口を叩きながらツールでマップにトラップの詳細を書きこんでいく。
対応するスイッチ、解除法、安全なルート……書きこむことは山ほどある。

『トラップが比較的少ないルートを選定し、後で書き写せばお二人用の地図が作れますね』
「あぁ、それも考えてた。いくらトラップが止まっているとはいえ、危険な区域もある。その場合あの二人だと漢探知になりかねないからな」

二人共女なのに漢探知とはこれいかに。

「実際に遺跡の中を見て回ってみてはどうです?机の上だけでは理解しにくい物もありますわ」
「そう、だな。少し見てくるか」
「それならば案内致しますわ♪」

俺とタティが立ち上がると、慌てたようにミストも立ち上がった。

「私も行こう。二人きりにさせては何かがあった時に困る」
「無理して付いてこなくてm「お前は彼女に言い寄られた時に完全に跳ね除けられる自信があるのか?」……お願いします」

俺よえぇ〜……。

「くぅ……くぅ……」
「こいつは置いてくか?」
「無理に起こす必要も無いだろう。寝かせておけ」

ばっさりと切り捨てるミストさんマジ容赦ねぇ。


実際に遺跡の中を案内してもらう。
苔むした石壁や光の反射を利用した照明システムを見ているとなんだかワクワクしてくる。

「古くから改装を重ねて来たダンジョンですので、中には危険なトラップが忘れられたように置かれている物もありますの。大抵の場合は立入禁止になっていますので、近づく事はないでしょうけれど」
「古くからって……一体どのぐらい前からある物なんだ?ここは」
「少なくとも現魔王の代替わり以前からあったことは確かですわね。当時は今ほど整備が進んでいませんでしたわ。現在の形になったのは……100年程前の話ですわね。」

どうやら100年で命の危険に関わるトラップをかたっぱしから撤去し、住宅用に改造していったらしい。
最初に遺跡を立てた奴涙目だな。

「そういやこの遺跡って元々はどういった目的で建てられた物なんだ?」
「それに関してはまた後ほど……今は注意すべき所を案内致しますわ」

吹き抜けになっているフロアの下を見下ろすと、ベンチに誰かが座っているのが見えた。人数は二人……片方はうなだれるように顔を下げ、片方はそれを励ましているようだ。
うなだれている方は……昆虫族のようだ。特徴からいってベルゼブブ……?かなり高位の魔物だった気がする。

「…………」
『気になりますか?マスター』
「ま、気にならない訳じゃないが……」
「お〜い、アルテアー!置いて行くぞー!」
「ん、今行く」

今の俺にはどうこうする事はできないだろう。それに頼れる友人もいるみたいだしな。
若干後ろ髪を惹かれながらも、彼女達の後を追って遺跡内の下見を続行した。



タティに案内され、遺跡の最深部へと到達する。
最深部と言っても彼女の部屋ではない。彼女の部屋はまた別の場所にある。
なんでも万が一の事があった時にその方が便利だからだそうだが……。

「ここがその遺跡が作られた理由ってやつか?」

最深部には光の反射による照明が届かず、ほぼ真っ暗闇の状態だ。
しかし、その暗闇の中で何か巨大なシルエットが横たわっているのが見える。
形からして人のようにも見えるが……まさか魔物娘とか言わないよな?

「遙か昔、この遺跡は巨像神と呼ばれる機械兵の格納庫として作られたと言われていたんですの。当時はこの最深部の他にメンテナンス用のドックと部品の製造用の工房しか無く、他の部分はその後住み着いた旧世代の魔物達によって拡張された部分になりますわ」

彼女が指を鳴らすと周囲の壁に掛けてある松明が次々と灯されていく。
松明の光に照らされたその巨大なシルエットは……

「な……機動兵器だと!?」
『規模は中型と小型の中間程度……ASよりも大型でモビルスーツより小型と言った所でしょうか。』

岩で作られた装甲、その間から見える材質不明の配線、巨大な四肢……それは正に現世界で見たような機動兵器その物だった。
ただし装甲自体は風化して苔生しており、駆動音すら聞こえないという事は完全に機能を停止しているのだろうが。

「古の勇者によって封印された巨像神……名前は残されていませんの。私どもは便宜上『ガーランド』と呼んでいますわ。」

彼女はその機動兵器にするすると滑るように近づき、そのボディを登っていく。
よく見ると倒れこんだ胸部に剣のようなものが刺さっていた。

「あくまでこの巨像神は封印されただけ……この剣を引き抜けば復活するとされていますが……」

タティがその剣を引きぬこうとする。ってちょっと待て!?

「おい、ちょ……やめ!」

硬質な音をたてて剣が引き抜かれる……が、巨像神はうんともすんとも言わない。

「ご覧のとおり、引き抜いた所で何も起こりませんわ」
『どうやら動力が完全に死んでいるようですね……所詮は機械という事ですか』

装甲の劣化具合……材質が岩であるならば、その状態から数百年以上は経っているのだろう。
通常機動兵器というのはこまめなメンテナンスが必要だ。そりゃ数百年も放置したら動かなくもなるか……

「でもそんな昔の勇者の剣が未だにその保存状態か……よく今まで盗掘されなかったな」
「単純な話ですわ。」

降りてきたタティが剣先を地面に軽く突き立て、手を放す。
すると……石畳でできた床にみるみるうちに深々と突き刺さっていく。

「この剣、物凄く重すぎて並みの盗掘者じゃ持ち帰れないんですの」
「……何、昔の勇者ってみんなそんな怪力だったの?」

タティは魔力か何かで筋力を増強しているから持てるのはわかるが……大昔の勇者もそれを装備出来るだけの腕力や魔力を持っていたのだろうか。

「そんな訳でこの遺跡に眠る宝物で一番価値があるのはこの剣で、尚且つ持ち出し不可。さらに上層に点在する宝箱には魔物娘の呪い付きの道具とミミックだけ。実に効率のいい婿探しではありませんこと?」

剣を探して潜れば途中で捕まる。万が一たどり着いても持ち帰れない。
手ぶらじゃなんだからと他の物を持ち帰れば呪い付き……どの道嫁が付いて来るって寸法か。

「タティ殿……お主も悪よのぅ……」
「いえいえ、お代官様こそ……」
「何をやっているのだ、お前達は……」

悪乗りする俺とタティを見て呆れ返った様子でため息をつくミスト。このノリがわからんとは……まだまだ修行が足りないな。



大体の遺跡の下見も終わり、タティの部屋で眠りこけているフィーを起こしてからセレニアへと戻って宿を取った。
無論二人とは別の部屋だ。何故かって?明日仕事が控えているのに二人に襲い掛かられたら何もできなくなるだろうが。

「そういや見学ツアーってどんな奴らが来るのかねぇ」

フィーとミスト用の地図を書き写しながらふとした疑問をラプラスに投げかけてみる。

『大部分が物見遊山の見物客、残りが下心込みで来る人達でしょう』
「下心?」

少なくともあの遺跡には持ち帰って得をする物は殆ど無いはずだ。
トラップを全部止めるとしても魔物達は平常営業だし、落ちている道具は全て呪い付き……

「あぁ、嫁探しの連中か」
『そういう事です。ツアーガイドが連れ去られてはツアーそのものが破綻するのでマスターはなるべく身の守りを固めて行く事をお勧めします』
「肝に銘じとくよ……そんじゃ、おやすみ……」

あらかた地図を書き写し終わりったので、枕元のランプを吹き消して眠りにつく。
眠る直前、何故か気になったのは吹き抜けの下の方で落ち込んでいるベルゼブブの事だった……。


12/04/06 21:19更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
久しぶりに話を分割。意外と長くなった。

今回は遺跡探索ツアーの案内係という役回り。しかしそう簡単に行くはずもなく……つくづくバーロー体質の主人公です。

>>マイクロミーさん
時々のんびりした話を書かないと死ぬ病です。嘘です。
彼が銃を手放す日はそれ以上戦わなくていい、と自覚をした時ですね。現にIFスーリーの大半にはラプラスの姿がありませんし。
親魔だからといって教会が一つもない、というのは不自然だと思ったのでこういう話に。信仰捨てられない人用。
実はこのあとがきを書いている時点で次回分までの話までしか書けていなかったり……そろそろ気を引き締めねば。

>>銀さん
ボツが出来るのは珍しくないさぁ。現にエルフ男を主人公にした読み切りを書こうとして挫折した事もありますし。
ちなみにアルテアのBADエンドもあります。これも種明かしの一つなので話が終わった頃に書く予定。

>>ネームレスさん
自分が守ってきた物を実感できるからこそ戦い続けられる……そんな人かもしれません。

>>名無しさん
ここでこういった悩みなどを抱えながら戦い続ける主人公というのも場違いな気がしなくもなかったり……。
戦いが終わった後であれば不器用なりに普通に生きていこうとしたりするかもしれません。

基本的に傭兵は死んだら終わりの使い捨てと考えているので、彼にとって自分の命はかなり軽い価値としてしか見ていません。それだけに周囲はハラハラが止まらないという事に気づいていない、ある意味の朴念仁。恋愛に関する鈍感よりよほど質が悪い。

「あの人情事後に出されたシーツをオカズに自慰して満足しているような人だから貰い手がいないんじゃないかな、と思ったりもする」
『本人の前では言わないほうが良いかと』

>>道下さん
や ら せ ね ぇ よ。

>>Wさん
お姉様を書くより幼女を書くほうが何故か得意という。年上が好きなはずなのに……!
ちなみにロリコンは脳チップでは防げませんので悪しからず。

さて、書き溜めがあと一話分。投稿できない週は姉僕投下予定です。
それではまた来週〜

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