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第六十二話〜モイライの休日〜

〜冒険ギルド宿舎 連絡通路〜

今日も張り切って行くか、とギルドへの扉を開けようとしたが、硬い手応えと共にドアノブがガチャガチャと硬質な音を立てる。無論、押しても引いても開かない。

「あっれ……鍵かかってんのか?」
『ミリア様が鍵を開け忘れたのでしょうか。』
「んな馬鹿な……あの人ここを通ってギルドへ行くんだぜ?ここの鍵閉まっていたら入れないだろうが。」

暫し扉の前でラプラスと押し問答をしていると背後から誰かが近づく気配。
何か大きい物が動くような……これは……

「あら、アルテア君。ギルドに何か用事?」
「寮母さん……鍵が開いてないみたいなんだけど何かしらないか?」

自慢のしっぽをふさふさと揺らしながら妙齢の女性が後ろに立っていた。
ギルドの寮母である妖狐……イーフェイさんだ。

「今日は完全安息日だからどこも開いていないわよ?聞いていなかった?」
「あ〜……なんだかそんな事を聞いたような聞かなかったような……。」

そういや街の掲示板にそんな様な事が貼り出されていたような気がしなくもない。何でも全てのギルド、商店が休日を取る日だっけ。

このモイライは他の都市と比べても休日が極端に少ない。
商業が活発なこの街では休み=その分商いに遅れが出るという図式が根付いている。それは魔物も同じで、彼女達も基本的にはあまり休みを取らない。
そうなると徐々にだが欲求不満が溜まってくる。
そこで3ヶ月に一回ほど全ての人が休みを取り、その日で一気に日ごろの欲求不満やストレスを発散するという風習がある。
以前は丁度クエストに出かけていてその時期に当たらなかったのだったか。

「寮母さんはこれから相手探し?」
「そ。という訳でアルテア君?今日一日どうかしら?」
「はは……気持ちは有難いけど遠慮しておきますよ。」
ぶっちゃけ言うと妖狐の相手を出来る程体力には自身がない。

「それは残念。それじゃ、良い休日を。」
「はい、いってらっしゃい。」

そんな訳で唐突に一日休みができてしまった。以前から予定していた物では無かったために暇を持て余す。

「え〜と……ミリアさんは家族総出で里帰り……ニータは自分の部下を連れて慰安旅行に出ているみたいだし……」

ツールのスケジュール帳を開いて暇な奴がいないか確認する。

「チャルは……自分の故郷で何かするって言ってたな。ミストは帰還日で、メイ達は……行方がわからんな。」

フィーは徒歩でクエストの遂行に向かったために2,3日は帰ってこない。なんでも修行の一環なんだとか。

「エルファは……うん、今日は何もないはずだ。サバトも魔術師ギルドもやっていない筈だし。」

そんな訳で俺はラプラスを連れ立って魔術師ギルドまで行くことに。



〜魔術師ギルド〜

「何、研修?」
「は、い……丁度今日と日付がかさな、ってしまったみたいなので。」

なんとギルドが開いていた。中には微妙な表情で受付をしている魔女が。

「そっか……んじゃ仕方ないな。邪魔した。」
「いえい、え……お気になさらず……」

エルファがいないことも分かったのでその場を後にする。

<おに、ちゃ……だめだってぇ……!また誰か来ちゃうからぁ……

俺は何も聞いてない。なーんにも聞いてないぞー。



「わぁお、久々の完全フリーだ。」
『珍しい事もあるものですね。』

恐らくはヒロトの診療所も開いていないだろうから時間も潰せない。
喫茶店はどこも軒並み閉まっており、商業地区周辺はほぼゴーストタウン化している。
珍しいっちゃ珍しいがここにいてもなんにもならないな。

『せっかくですから今日一日モイライを観光してみてはいかがでしょうか。何しろここで暮らしている割にあまり名所を見てまわるという事もありませんでしたし。』
「だな。さてと……どこへ行こうか。」



〜自由市〜

街中を歩く前に軽く腹ごしらえをしようと自由市まで来てみたのだが……

「しまった、今日は市も完全にやってないじゃないか。」

普段はテントやらカーペットやらが乱立し、雑多なものが売られている自由市はがらんどう状態。
物珍しさで見に来たカップルが数組歩きまわっているだけだった。

「浮いてるな。」
『反重力装置は使っていませんが。』
「そっちじゃねぇよ。つーかわかって言ってるだろお前。」

ポツリと一人武器を携えて棒立ちになっている男が一人。浮きまくっている事この上ない。

「あぁ、これだよこれ……久々に味わったよ、この感覚。」
『マスターは向こうでは何時もこんな感じでしたからね。』

フリーの日に電脳世界に潜るとこんな感じだったか。リアルの方の公園とかは荒れ果てて浮浪者ばかりで心休まる物じゃなかったし。
結局一日トレーニングに費やすという休みの意味を問いただしたくなるような事が度々あった。

「別のとこに行こう。心が荒むだけだ。」
『荒みストリートですね、わかります。』
「超絶BPMの猟奇バンドか。随分懐かしいネタを持ちだしてきたな。」



〜中央広場〜

この中央広場はモイライの名所の一つでもある。
噴水を中心に直径100メートルにも及ぶこの広場は石畳が敷かれ、合間合間に芝生が植えられている。
樹木の下にはベンチが設置されており、夏には涼しい木陰を休憩する者に提供する。
今思えばあの時よく木にぶつからなかったな……我ながら幸運だったと思う。
俺もここでよく買ってきた昼食を食べたりするお気に入りの場所だ。
しかし今は……

─ぐぎゅるるる……─

「どこの飲食店も開いてないー……」

空きっ腹を抱えてぐったりとベンチに寄りかかる。朝、昼共に食料を調達できなかったのだ。
どこかで何か食べないと力が出そうもないな……
ふと、視線を感じると一人の少年がこちらをじっと見ている。
正確には俺の胸元辺り……

─ウホッ、いい男─

なんとなくそんな声が聞こえてきた気がしたので……

「やらねぇよ」

至極自然にそう言い放ち、その場を去る。あまり長居したくないね、特にベンチは。



教会

実はモイライには一個だけ教会がある。
それも堕落神ではなく、主神を信仰する物だ。だからと言ってここに通う人は別に魔物が嫌いだという訳ではない。
訳あって教団に身を置けなくなった人々や、純粋な信者、人間から魔物になった後も信仰している者など、理由は様々なれど宗教を信仰する人はいる。
なのに祈りを捧げる場所が無いというのは不便だろうという事で街をあげて教会を作ったのだ。
今現在では元教団の兵士の詰所や孤児院替わりとして機能している。

「っと、アルテアか。来るとは思ってたよ。」
「悪いな、アレン。また世話になる。」
「なぁに、気にするな。我らが姫様は困った者に手を差し伸べずにはいられない方だからな。」

手持ちがどうしても少ない時などはここで食事を分けてもらっていたりする。それなりに寄付が集まるのでここを頼ってくる人々を賄うぐらいは問題無いのだとか。
尤も、ここを頼ってくる浮浪者や生活困窮者など全くいないからなのだが。多分俺だけ。
誰か来た気配を察したのか、シェリアが奥からエプロン姿で顔を覗かせた。

「あら、アルテアさんですか。もうすぐお昼ですからもう少しだけ待っていてくださいね♪」
「毎度毎度済まないな……。今日が安息日だってすっかり忘れてたもんで。」

気にしないでください、と彼女は鼻歌を歌いながら再び奥へと消えて行く。
いい嫁さんになりそうだよなぁ……

「手を出しても構わんが……彼女を慕う奴は思いの外多いってことを忘れるなよ?」
「いや、流石の俺もそこまで節操なしじゃねぇよ」
「どーだか(笑)」
「てめこのやろ!」

ヘッドロックを掛けて拳で頭をグリグリとにじってやる。こういうふざけあいができる友人がいるっていいよな。



「〜〜♪」

シェリアが聖堂の中を行ったり来たりして箒で掃除をしている。
その表情は極めて穏やかだ。

「(あれで結構辛い経験しているんだよなぁ……)」

聞いた話によると彼女はソウルパペットやチャイルドの事を知ってしまった為に教団に命を狙われる事になったそうだ。
今はこのモイライの庇護下にいるために安全なのだが、彼女の部下はまだ全て見つかってはいない。
運良く他の魔物に保護(娶られる)されていればいいが、最悪の状況というのもありえる。

「……手伝うよ。」
「えぇ!?そんな、お手伝いさせる訳には……アルテアさんはお客様なんですからゆっくりしていてください。」
「いや、丁度暇だったしな。」

有無をいわさずに掃除用具入れから箒を取り出して床の塵を掃き集める。
掃除機と違ってアナログこの上ないが、これはこれで趣があるというものだ。



「天使のおねーちゃん遊んでー!」
「遊んでー!」

掃除が終わると同時に近所の子供達が教会の中になだれ込んで来る。どうやら掃除が終わるのを待っていたらしい。

「はいはい、アルテアさんもどうですか?」
「ん〜……話し相手なら俺よりラプラスの方が適しているだろう。」

そう言って長椅子の上にラプラスを寄せてやる。別に逃げたわけではない。
口を開くと戦いの事が出てくる俺よりは適任と思っただけだ。

『そうですね。マスターが子供と話すとそれだけで子供が妊娠しそうですから』
「おい、そりゃどういう意味だ。」
「p「シャットダウンじゃなく負荷掛けて無理矢理落とすぞコラ。」

E-Weaponの強制高速連続切替えでもしたろうか、この無駄口AIは。
シェリアとしては俺にも子供の相手をさせたかったらしく、結局俺も子守をすることになった。
子供相手のチャンバラってのは結構キツイ物がある。何分加減を知らないので叩かれる事の痛いこと痛いこと。
それとは別にリザードマンの子供との手合わせもしたのだがコテンパンに伸された。無論本気で。何、リザードマンって子供の頃からこんなに強いの。

「俺……傭兵辞めようかな……」
『辞めても構いませんが今請け負っている任務が終わってからにして下さい。』

得意げに鼻を鳴らすリザードマンの子供を眺めながらそう思うのであった。



暮れなずむ街の中をギルド目指して歩いて行く。
ふと、目に映った場所を見て足を向ける方向を変えた。

『マスター、どこへ?』
「何、少し寄り道だ。」

歩みを向ける先はこの街の外れにある大鐘楼。
頂上にある鐘を鳴らす場所までは入れないが、途中の展望台までは一般開放されている。
受付箱に入場料を払い、中の螺旋階段を登っていく。
ここに寄ったことの意味はさほど無い。ただ単に夕暮れの街を高いところから眺めてみたいと思っただけだ。

「思った以上にいい景色だな……」

沈みかけた太陽がもたらすオレンジ色の光がモイライの街全体を照らし、濃い陰影を与えている。
夕暮れ時の涼しい風が頬を撫でていく。
完全休息日であるが為か、街はどこもかしこも静まり返っていた。
同じように街の風景を見に来たカップルが何組か怪訝そうな目線をこちらに向けていたが知ったことではない。

『マスター』
「ん〜……?」

夕暮れの街をぼーっと眺めているとラプラスが声を掛けてきた。
どうせくだらないことでも言い出すだろうと思ったので、気の抜けたような返事を返してやる。

『マスターはこの任務が終わった後、どうするつもりですか?』
「そう、だな」

俺とて向こうの住人……この桃源郷のような世界にいつまでもとどまっていたいとは思うが、向こうにだって俺の帰りを待ってくれている人々はいるだろう。

「向こうに帰って……また傭兵暮らしかねぇ。戦って戦って戦って……まぁその内誰かに撃ち殺されるだろ」
『……マスターはそれでいいのですか?』
「それが傭兵(俺ら)だろ。絶対無敵の正義の味方になんかなれねぇよ。第一……」

夕日に照らしだされた自身の手をじっと見つめる。
度重なる酷使のためにその手は常人では決してつかないであろう銃ダコが山ほど付き、歪な形をしていた。

「もしこの世界に残って普通に暮らすとして……ここまでどっぷり戦争に漬かっちまった人間がそう簡単に日常生活に戻れると思うか?」
『……コンバット・ハイ、ですか』

コンバット・ハイ
戦闘中の極度の興奮状態により、アドレナリンが過剰分泌。
これにより一時的に高揚感が得られる物だ。その間に行った殺戮行動をまるでスポーツか何かのように感じてしまう。ある意味これは麻薬のようなものだ。

「今でも時々何かに銃を向けていないと落ち着かなくなる時がある。そんな必要が無いってわかっているのに。」
『それが異常だとわかっているのであれば……マスターはまだ大丈夫です。』

今の所その銃口の先には大切な人がいる、という事はない。
しかし、万が一にもその先に大切な人が出てきてしまった場合……俺はそこから立ち直れる自信がない。

「あれ、アルじゃない。こんな所にいるなんてめずらしいね?」

ふと顔を上げるとそこにはチャルニがホバリング状態で俺の目の前に静止していた。

「俺だってたまにはこういう所でぼーっとしたくなる事もある」
「ふぅん……まぁここからの景色って綺麗だしね。夕暮れっていうのもいいチョイスだねぇ……うん、絶景絶景」

彼女は俺と同じ方向を向いてしきりと頷いている。彼女の言う通りこの展望台からの景色は心が洗われるかのように綺麗だった。

「里帰りはもういいのか?」
「ん、元々日帰りのつもりだったしね。色々と用事も済ませてきたよ」

少しだけ、チャルニの顔が曇る。ここは……何も聞かないほうがいいのだろうな。

「さ、帰ろ。日が暮れるとお腹をすかせた魔物にぱっくり食べられちゃうよ?」
「お前とかか?」
「お望みとあらば……♪」
「悪いが今はそんな気分じゃない」
「ん〜、残念」

チャルニが展望台の下の方へと下がっていく。多分下の方で俺を待って一緒に帰ろうとかいう考えなのだろう。

『マスター、貴方は彼女に銃口を向けることができますか?』
「できるわけが無いだろうが。何言ってやがる」

彼女の問いに即答する。もはや考える価値もない問いだ。

『ならば大丈夫です。まともな判断能力が残っているのであれば戦争の狂気には侵されきっていない筈。十分間に合います』
「……もし、俺が道を踏み外したらどうする?大切な誰かに牙を向くような事があったら?」

俺は怖くて仕方がない。人殺しによる快楽が染み付き、その対象が守るべき者にまで向けられた時に正気に返ることができなかったら……




『その時は、私が止めてみせます。私は貴方のパートナーです』




「……そうか」
『はい』

俺が短く返し、彼女も短く返す。俺と彼女が通じるにはそれだけで十分だった。

「さて、帰るか。下でチャルも待っているだろうしな」

いつだったか、震えながら銃をこちらに向ける男に対して言ったことがある。

「戦いたくなければ銃を捨てろ」と

結局その男は銃を捨てず、俺にゴム弾を撃ちこまれてあっさりと鎮圧されたのだが。
今思えば皮肉な話だ。
日常生活という争いの無い世界を考える俺が銃を捨てたがらないのだから。
いつか俺は……銃を捨てることができるのだろうか。

「……ラプラス」
『なんでしょう、マスター』
「俺が銃を捨てると言ったら、お前はどうする?」
『とりあえず鵺から私のAIユニットを外す事を提案します。適当な家電かゴーレムにでも組み込んでいただければ私は銃として動かなくても良くなりますから』
「……そうかい」

なんとなく期待していた答えと違っていたが、まぁ鵺以外の物に乗り移って動きまわるこいつも見てみたくない訳では無かったのでよしとした。
12/03/30 21:38更新 / テラー
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■作者メッセージ
〜あとがき〜
特に何もない、オチもない話。唯一モイライが完全休業する日の中で退屈な一日を過ごすアルテアの図。

恒例の感想返信。この場を借りて謝辞をば。

>>マイクロミーさん
彼女はアルテアとはまた別ベクトルでピーキーな人物です。戦闘能力さえ無いものの、彼女に武器を向けることは決してできないでしょう。本編では封印は解けない予定。ある話では必要になるものの、それはもっと後のお話……
ミリアさんの旦那は空気王〜

>>ネームレスさん
いくら魔物といえどやはり利己的な考えは持っていると思うんです。流石に非合法過ぎる事には手を突っ込まないとは思いますが。

>>Wさん
何故自分の書く物には何かしらいわくつきの過去を持つ人物ばかり出てくるのだろうか……無意識って恐ろしい。
左腕と両足ちぎれても敵に鵺を向けるアルテアを幻視してしまった……この男、やりかねん。

>>名無しさん
国王28歳童貞性知識皆無。普通であればありえないですよねぇ……
果たして彼女の魅了は脳チップ持ちに有効なのか……あまり強力すぎると焼け付いて使い物にならなくなりそうな気がしてきた。

>>銀さん
本編を書くのも楽しいのですが、こういったバックステージを考えるのも好きだったりします。それがたたって自分の首を締めなければいいのですが……w

>>『エックス』さん
アリスは無意識の内に魅了を振りまいているそうなので、内在する魔力の量が膨大であるほど魅了の効果が強くなる……という仮説。ここまで来るともはや悪質な洗脳かもしれない。

「おじゃま……」
『お帰り下さい』
「……しました」

「ん……ふぁ……何かあったのか?」
『いいえ、何も。』
「そうか……今月ピンチだしなぁ……折角貰ったものだけど売っちまうか、これ」
『それがいいでしょう。あとは変な物が憑いていない事を祈るだけですね』
「何か憑いてたらご愁傷さまってか。まぁこの世界のゴーストは無害だし別にいいか」


「……シクシク」

>>TATさん
本当は龍を出したかったのだけれど当時は公開されていませんでしたからねぇ……泣く泣くジパングに渡ってきたドラゴンという設定に

書き溜めが少ない……残り2話程度。
一度書き溜めの為に離れたほうがいいのだろうか。

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