宵闇夢怪譚『濡女子の残響』
どうしても新聞社から受けたコラムに載せるネタがなく、私・志雄京祐は編集部に努める義姉にネタをせびりに行こうと、野良着を脱いで珍しくマトモな洋服を着込んでいた矢先、その義姉から手紙が届いた。 「手紙とは珍しい。」 メールでは駄目だったのか、と思いながら縁側に座って封を開ける。 もっともそれは私にも言えることで、わざわざ出向かず電話なりメールなりで済ませれば良いのだが、私の癖なのか、相手の顔を見ながら話していないとネタが浮かばない。 綺麗に折り畳まれた手紙を開いて、腰を落ち着けて内容を読んでいたその時、 「にゃーん♪」 と我が家に出入りする野良猫のノラ子が、可愛らしい声を上げて庭に停めた私の原付バイクの椅子の上で、猫らしい澄ましたポーズで自己主張をしていた。 「ああ、来たのか。でも今日はこれから出かけるつもりなんだよ。」 「にゃん♪」 わかっているのか、わかっていないのか。 ノラ子は軽やかに原付バイクから飛び降りると、そのままの勢いで縁側に上がり、座っている私の横にチョコンと座った。 「しょうがない。何かご飯あげてから出るとしよう。」 どうせ、締め切りは明後日だし。 義姉が帰宅したなら、家に押し掛ければ良いだけだ。 などと義姉に言えば殴り倒されるであろう失礼千万なことを考えていると、ノラ子は私が手にしている手紙に興味が湧いたのか、爪を出さない柔らかな前足でペシペシと音を立てて叩き始めた。 「………興味、あるのか?」 「にゃん♪」 ………本当に言葉がわかるのだろうか。 もしもそうなら、『野良猫ホームズ』とでも改名してやろうかしら。 ノラ子が何とも良い顔をして見ているような気がして、私は思わず笑いを漏らした。 ほとんど独り言なのだが、心地良い合いの手を入れてくれるので、私はノラ子の頭をやさしく撫でると、この子にもわかるようにゆっくりと手紙の内容を語り始めた。 「これはね、私の義姉から届いたんだよ。締め切り前だってのに一向に編集部から連絡が来ないから、ネタがないんだろうってわざわざコラムのネタになりそうな面白い話を送ってくれたんだよ。良いかい、この話はある雨の日に………。」 手紙に書かれていたのは不思議な話。 与太話も良いところの眉唾物。 だが………、何故か私はそう一笑に付すことが出来なかった。 苦しんだ一人の青年と、悲しいぬれおなごの物語。 聞き人は猫一匹だけれど、私はその物語を筆で残し、そんな二人にこの物語を捧ぐ。 |
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