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第八十七話・同盟軍
多くの将兵、または傭兵たちがこの日のことを日記や史記など、様々な記録媒体に残している。
ヴァルハリア暦807年、帝国暦15年、セラエノ暦文治2年1月8日。
後世、ルオゥム戦役における『後クスコ川流域攻防戦』と呼ばれる戦闘に参加した敵味方合わせて1万を超える多くの将兵は、自分たちが歴史の証人としてその地に立っていることに打ち震えたという。


出陣の日の朝、神聖ルオゥム帝国皇帝ノエル=ルオゥムは自らの幕舎に、セラエノ軍大将の紅龍雅とその副将アルフォンスを呼び寄せた。
正式な決闘を前に激励をされると思っていた二人だったが、ノエルは二人の予想を嘲笑うかのように、誰もが予想し得なかった言葉を、意地悪な笑みを浮かべて放ったのであった。
「セ、セラエノと…、ど、同盟!?」
最初に声を上げたのはアルフォンスであった。
「ノエル陛下。私の聞き間違いでなければ、今確かに同盟と仰りましたか!?」
「アルフォンス将軍、そなたの耳は正しいぞ。帝国は明日には滅んでしまうやも知れぬ危機的な状況ではあるが、余は確かにそなたたちの町、学園都市セラエノ、ひいてはそなたたちが王であるロウガ王と完全なる対等な同盟を結びたいと言った。」
まさに異例すぎることである。
神聖ルオゥム帝国は、現在ヴァルハリア・旧フウム王国残党による連合軍の侵攻でその領地を大きく減らし、今や帝都とクスコ川流域、そしてロウガたちが補給基地として居座っているムルアケ街道周辺くらいしか支配権がないのだが、本来の領土は帝国の名に相応しく辺境における三大国家の一つであった。
その三大国家のうち一つが、国ですらない一学園都市と対等な盟を結びたいというのに驚かない者はいないであろう。
「そなたたちがここに来る前に、すでにムルアケ街道へ使者は放った。紅将軍が今日の疲れを取る頃には、使者は返事を携えて帰ってくるだろう。そこでだ、紅将軍。」
ノエルは心配などしていない。
龍雅が無事に一騎討ちに勝って帰還すると信じている。
だからこそ一日の疲れを取る頃という言葉を選んだのである。
「もしも、同盟が成立した暁には………。そなた、余に仕えぬか?」
「はぁ!?」
皇帝に対し非常に失礼な態度ではあったが、龍雅は驚き、素っ頓狂な声を上げた。
「もちろんそなたに付き従う者も一緒に招きたい。聞けば紅将軍は、セラエノに仕えているのではなく、戦の不利を見捨てておけぬと加勢しただけと、先日チェスをしていた時、酒に酔ったイチゴに聞いたのでな。」
上機嫌でベラベラと聞かれてもいない秘密まで喋ってしまっているであろうイチゴを想像して、龍雅とアルフォンスは溜息を吐いた。
「ノエル殿、あんた俺たちの武力が目当てなのかい?」
もしもそうだとしたら、と龍雅は皇帝に不遜な態度で問い掛ける。
するとノエル帝は、龍雅の態度を見て、一笑すると頭を下げた。
「そう思わせてしまったのは、余の不徳。確かに考えんでもなかった。そなたたち程の者が帝国軍にいれば、どれ程心強いだろうとな。だが、それ以上に余はそなたたちが好きなのだ。気持ちの良いセラエノの者たちが好きなのだよ。仕えぬかという言葉を選んだが、余はただ友としてそなたたちにいて欲しいと願うものである。まして、そんなそなたたちが王に祭り上げた程の男。盟を結ぶにこれ以上にない人物であると睨んだまで。」
ロウガが聞けば、相手が皇帝であろうと露骨に心の底から嫌そうな表情を浮かべそうな褒め言葉ではあったが、龍雅もアルフォンスも、そこまでノエル帝が考えているのであれば反対する理由もなく、少しばかり事後承諾気味の同盟打診を一応承諾するしかなかった。

この後、ロウガに放たれた使者は決戦の寸前に帰還する。
帝国と学園都市の同盟を打診してきた帝国に対し、ロウガは特に断る理由がなかったために二つ返事でノエル帝の要望に応え、簡略的ではあったものの、ここに『ムルアケ同盟』と後世呼ばれることになる同盟が締結される。
これにより、同盟が締結された日以降の公文書には、セラエノ軍と帝国軍の合同軍を『同盟軍』と改められることになる。
この同盟はノエル帝が信じた通り、終生裏切られることはなかった。
ノエル帝の龍雅への想い、セラエノ軍への憧れから生まれた同盟ではあったが、これがこの後、歴史の流れにどれ程大きな影響を与えていくかなど、この時は誰もがわからなかったのである。


―――――――――――――――――――――――


それは実に古式に則った作法に基いて始められた。
神聖ルオゥム帝国・学園都市セラエノ同盟軍は軍師イチゴの指揮の下、本陣に4000の兵を防御のために残し、残る全軍2000の精鋭が正装と威厳を示すように帝国と紅蝶の軍旗を無数にはためかせて布陣していた。
またヴァルハリア・旧フウム王国残党連合軍も同じく、不測の事態に備えたヒロ=ハイルの指揮で前衛に騎兵を、後衛に歩兵を配置した魚鱗陣に近い陣形で威嚇するように全兵力5000の兵を以って布陣していた。
両者が睨み合う戦場の中央にて、ルオゥム帝国皇帝ノエル=ルオゥムと旧フウム王国国王フィリップ=バーントゥスクルは、それぞれの従者に守られながら、戦士を一騎討ちに送り出す口上を述べる。
それはあくまで儀礼的な意味合いが強く、淡々としたものであったと帝国史記は現代に伝える。
当時は特筆する必要性がなかったせいか、この時代の一騎討ちの口上というものがどのようなものであったのか、どの国の書物にもその内容は詳しく書かれていない。
しかし、この連合軍と同盟軍の険悪な雰囲気だけはその文章から読み取ることが出来る。
口上を述べている最中、ノエル帝とフィリップ王が互いに剣の柄に手を掛けるという事態が発生する。
これにより両軍に緊張が走ったが、険悪な雰囲気のまま無事、口上の交換は終了し、両軍の将軍たちはホッと胸を撫で下ろしたと伝えられている。
そして、連合軍より沈黙の天使騎士団長侍従にしてファラ=アロンダイトの義息子、リトル=アロンダイトが愛用のメイスと盾を手に、愛馬の栗毛の馬に跨って騎士団の旗をなびかせて姿を表すと、連合軍から大きな歓声が上がった。
本来戦うべき彼の義父、ファラ=アロンダイトは決戦前夜に『うっかり』釘を踏み抜き、満足に馬にも乗れないという大怪我を負ってしまったと連合軍の記録には記載されている。
そう、あくまで『うっかり』である。
例え、事実彼が怪我を負っていなかったとしても、記録上怪我をしたことになっていれば、怪我を負ってしまっているのである。
リトル=アロンダイトに続いて2mもの長剣を抱えた侍従を引き連れて、重装甲の黒い鎧を自身と愛馬に着け、身体が隠れる程のカイトシールドと4mもの長大なランスを手にした騎士がその姿を現した。
それが連合軍上級騎兵大将、ヒロ=ハイルが歴史の大きな舞台で初めてスポットライトを浴びた瞬間であった。
二人の戦士に、連合軍は声援を以って送り出す。
尚、ヒロ=ハイルの持つランスは、この当時はまだ一般的な武器ではなく、教会勢力下の騎士は基本的に十字を模った剣やメイスなどの鈍器を使用することが当たり前で、槍などの長柄武器を除けば、ランスはごく一部の武将に好まれた、ある種異端の武器であった。
しかしこの戦争でヒロ=ハイル率いる神国鉄鋼騎兵団が、ヒロに倣ってランスとカイトシールドを装備し、戦果を挙げていったことで人々にその威力を十分に見せ付け、一般的な武器の一つへとなっていくのであるが、それはまた別の話。

一方で、同盟軍は連合軍と正反対に静寂そのものであった。
それは悲愴感からではない。
誰もが、その姿に声を挙げることを忘れてしまっていたのである。
セラエノ軍軍師イチゴが、アマゾネスの猛将アキが、副将であるアルフォンスですら彼の姿に、思わず息を飲んで、無言で送り出してしまった。
黒馬に跨る将は、紅龍雅。
ジパングの拵えをした真紅の鎧兜に身を包み、腰には二本の太刀を佩き、右手に刃渡り五尺(およそ150cm)もの抜き身の大太刀を担いだ龍雅は悠然とされど力強く馬を歩ませた。
龍雅は連合軍に目をやることもなく、ただ空を眺めていた。
その心は遠い故郷を見ていたのか。
それとも蒼天の彼方に己の志とロウガとの思い出を重ねていたのか。

今はただ、馬の背に自らを預け、ゆらりゆらりと楽しそうに戦場へと向かう。


―――――――――――――――――――――――


何の会話もない。
僕もヒロ上級大将もここに来るまで一切の会話がなかった。
背後でこれから始まる一騎討ちを見守る味方をチラリと見やると、味方の中の温度差がハッキリと手に取るように理解出来た。
僕らの勝利を信じて固唾を呑んで見守る兵卒たち。
後方で豪勢な馬車で高みの見物を決め込む貴族たち。
………あんなもののために、彼らは命を捨てねばならないのか。
ふと、ヒロ上級大将の顔を盗み見ると、兜を深く被っていて表情こそ読み取れないが、悔しさからか強く歯を食い縛っているのがわかった。
ハインケルから聞いた話では、彼もまた貴族たちと反目し合う立場らしい。
確かに酷い話だ。
これ以上に馬鹿げた話もあるまい、と僕は内心呟いた。
連合軍は大軍だ。
だが、それを率いる者に大軍を維持し、大軍を大軍らしく用いる技量が乏しいために度重なる大敗を喫し、兵の数は常に大きく上下し続けている。
思えばクゥジュロ草原でもそうだった。
あの時、僕も義父上に諭されなければ伏兵に気が付かなかったが、伏兵以前にフィリップ王の采配によってどれ程の多くの将兵が命を落としたか。
再三にわたる出撃命令を無視し続けたとは言え、フィリップ王は無為無策で戦をし、しかも戦場における勝敗を策や計略ではなく、あくまで武将個人の武力や数での戦で決めようとする傾向が強すぎる。
そして勝ち戦として喜んだ戦いも、宣戦布告もない完全な騙まし討ちで非戦闘員を巻き込んで、一切合財を虐殺するような貴人にあるまじき戦い方。
もっともそれを正義だと信じているから性質が悪い。
直情的過ぎるようでは戦場でもどのような場所でも生き残れないと言っていた義父上の言葉がこれ程、心から理解出来るようになるとは思いもしなかったが…。
事実、ここまで帝国領土奥深くまで侵攻出来たというのに、連合軍に味方する勢力が何一つ声を挙げないのは、あまりに残酷すぎる進軍、あまりに乱雑すぎる内情が諸外国に筒抜けになっているからなのだろう。
フィリップ王やヴァルハリアの大司教は、それが宣伝になると信じているようだが、その行いを恐怖する国家はあっても、味方になろうとする国家は出て来ないであろうと理解出来ないのは、閉鎖された世界でその人生の大半を過ごしてきたからなのだろうか…。
………まんまとハインケルの策略に乗せられているだけなのかもしれないけど。
「お互いに、辛い立場ですね…。」
上司に恵まれないな、と含みを込めて僕が声をかけるとヒロ上級大将は静かに頷く。
一度も僕に振り向くことはないけれど、その視線は帝国軍とセラエノ軍の陣から出て来た真っ赤な鎧を着た武将に向けられていた。
あの帝国軍から出て来た武将、確か前のクスコ川での戦いでも見たことがあったな。
セラエノ軍……、か。
ヒロ上級大将は何かしら因縁があるらしいが、僕は正直なところ、心の底からホッとしていた。
もしも魔物が一騎討ちの相手として出て来たら……。
きっと僕はどう戦えば良いのかわからなくて、困るところだった。
「上級大将閣下、では僕からお先に行かせていただきます。」
「わかりました…。御武運を祈ります。」
御武運か…。
適当に戦ったら退くつもりなんだけどな…。
「ありがとうございます。それでは…!!」
礼を返し、愛用のメイスを握ると、盾を構えて一騎討ちの相手へと馬の腹を蹴って走らせる。
一騎討ちは初めてではない。
戦場で何度か経験済みだ。
…それなのに、セラエノ軍の大将に馬が一歩、また一歩と近付くたびに、心も身体も重くなっていくような錯覚に僕は襲われていた。
あんなにやさしげな雰囲気なのに、
あんなに落ち着いた戦士なのに、
その奥に押さえ込んでいる猛将としての気迫を、この時僕は感じていたんだと思う。
初めて出会う英雄と呼べる男に僕の心は怯えて、そうだというのに喜んでいて、何とも言えない不思議な心地を、少年のように楽しんでいる僕がそこにいた。


11/04/14 23:15更新 / 宿利京祐
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■作者メッセージ
お久し振りです。
ちょっぴりリアルで忙しい目に遭って、
なかなか更新出来ずに申し訳ありませんでした。
今回は一騎討ちの導入部をお送りいたしました。
そんな訳で帝国軍・セラエノ軍が同盟軍と改められますw
決して手抜きじゃないですよ^^;

(ぴろりん)

おっと同盟というフラグが立った…?
これで外伝へのキーワードが2つめか。
『ムルアケ戦役』、『同盟』、さて次は…?
では次のキーワードは何が出てくるのか。
そのあたりも、どうぞお楽しみに〜♪

では最後になりましたが
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次回はついにお茶も育つ八十八夜、じゃなくて八十八話ですw
ついに一騎討ちが開幕。
その時、リトルはどう戦うのか……。

平行世界の歴史がまた1ペー(殴

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