連載小説
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第七話 バフォメットのザッハーグ@

「エド」
螺旋階段の途中で、グリンバルトは言った。
「お前、何を企んでる?」
「何って、みんなに孤児院を案内してるだけだ」
「あまり俺を舐めるなよ。ここがただの孤児院じゃねえって、とうに分かってんだよ」
グリンバルトは大剣を背中から抜いた。
身の丈ほどもある大剣は、柄をひねればすぐに大剣が抜ける構造の鞘に収まっているため、いついかなる時も即座に戦闘態勢に入れるのだ。
「おいおい、俺が何をしたっていうんだ隊長」
「あいつらが全然降りてこない」
「迷ったのかもしれない。上がるときに探してみよう」
「それに、この下から匂うんだよ」
「匂う?」
「ああ。とんでもなくやべえ奴がいる匂いだ。お前はそこに俺を誘導してどうする気だ?」
「ただ案内したいだけだ」
「茶番は仕舞いだ」
グリンバルトが振るう大剣が、エドの前髪をかすめる。
狭い螺旋階段とはいえ、熟練の技をもつグリンバルトの大剣を丸腰で受けるのは不可能だ。
「お前を斬る。それから、あいつらを連れてここから出る」
「た、隊長。待てって!」
その時。エドの目の前に、転移魔法で剣が転送されてきた。
魔界銀製の、幅広で取り回しがいい剣。前々からエドが装備開発部に要求していたものである。
これで下まで誘い出せって事か。エドはそう察すると、剣を手に取って構えた。
「やはりお前は裏切り者か」
グリンバルトは確実に仕留めるために、一段降りる。
「裏切り者かどうか、俺を斬ればわかる」
エドは剣を構えながら、下に一段降りる。
「ああ、単純でいいな!」
グリンバルトが振り下ろす大剣を受け流し、胸に突きを入れる。
グリンバルトはそれを大剣の腹で受け、そのまま薙ぎ払う。
エドはそれをかがんで躱す。
がつんと手すりに大剣があたる。狭い場所では、長い大剣は不利だ。
「ちいっ!」
グリンバルトが大剣を構えなおす間に、エドはさらに下まで降りる。
最下層まであと少しだ。
「逃げるか!腰抜けめ!」
「腰抜けはそっちだろう。ここまで来て、俺を斬れないくせに」
グリンバルトは最下層にただものではない気配を感じているゆえに、エドを深追いしたくなかった。
だが、裏切り者を許すわけにはいかない。それに、どの道エドを斬らねばここから出ることはできないだろう。
「その言葉を後悔させてやる」
グリンバルトは大剣を構えなおし、エドを追うために階段を降り続けた。



最下層についた二人は、積み上げられた本に囲まれた広間で、剣を打ち合っていた。
大剣のリーチと重さでグリンバルトが押したかと思えば、エドは巧みな受け流しと素早い斬りこみでそれを押し返す。
ミールとの幾度にも及ぶ性交でインキュバスと化したエドと、長年の経験で巧みに大剣を振るうグリンバルト。
互角の戦いを繰り広げる中、グリンバルトが吠える。
「なぜだ!なぜ、お前が裏切る……!?」
「あんたらを死なせたくないからだ!」
「だから、俺たちをハメたってわけか」
「ここの魔物達は、あんたらに必要なものを与えてくれる」
「俺が必要なのは、戦いだ!魔物なんかじゃねえ!」
大剣の勢いが増し、エドの目先を大剣がかする。
エドはグリンバルトの連撃を弾き、受け流しながら、なんとか踏みとどまる。
「魔物は、あんたらが思っているような存在じゃない」
「既に魔物の手下になったお前に、耳を貸せるか!」
エドの剣とグリンバルトの剣がかち合う瞬間、グリンバルトの動きが止まった。
「なっ!?なんだこれは!?」
「ほほう、なかなか生きが良いのう」
身体を動かそうと、必死に身をよじらせるグリンバルトを見て、本の山に座ったバフォメットが暢気そうに言った。
「ザッハーグさん、助かりました」
「大儀だったぞ、エド。あとは儂に任せい」
「わかりました。隊長を頼みましたよ」
エドはそう言うと、螺旋階段を上がっていった。
ザッハーグは本の山から下りた。山羊の角を頭から生やし、同じく山羊の手足を持つ魔物。
生まれながらにして強大な魔力を持つ魔法の申し子、サバトの最高権力者たる種族。
バフォメットのザッハーグは、呪縛の魔法で動けないグリンバルトの目の前に立ち、値踏みするようにじろじろと眺めた。
「ふむ、そこそこと言ったところかの」
「何が、そこそこだァ!!!」
動けないはずのグリンバルトの身体が動き、ザッハーグ目がけて大剣が振り下ろされる。
しかしザッハーグはそれを魔力の糸で受け止める。
「ほう、魔法を力ではねのけるとは中々やるのう」
「ほざけ!!!」
グリンバルトが大剣で薙ぎ払おうとしたとき、空中で大剣が静止する。
「なっ!?」
「たわけ。なんでわざわざエドに足止めさせてたか分からんか?」
ザッハーグが指を広げて魔力を流すと、部屋の隅から隅まで張り巡らされた魔力の糸が紫色に光って可視化される。
「いつの間にこんな……」
グリンバルトは自身の周りに張り巡らされた魔力の糸を、驚嘆しながら眺める。
「わらわは『縛界のザッハーグ』。このくらい朝飯前よ。ほれ」
ザッハーグが指をひとつ折り曲げると、魔力の糸がグリンバルトの腕に絡みつく。
カラン、と大剣が床に落ちる。
「く、くそっ!」
「ほれ」
二つ目の指を折り曲げると、今度は足に魔力の糸が絡みつき、グリンバルトは床に倒れる。
「がああああ!!!放せ!!!」
「うるさいのう、ほれほれ」
三つ目の指を折り曲げると、グリンバルトの身体から力が抜け、おとなしくなる。
「仕上げじゃ、ほれ」
ザッハーグが糸を引っ張るように動かすと、グリンバルトはザッハーグの目の前に転移した。
「さて、お主の事を少し調べさせてもらうぞ」
ザッハーグは自らの額をグリンバルトの額にこつんと当てた。
グリンバルトの記憶が、ザッハーグの中に流れ込んでいく……



「お母さん!なんで行っちゃうの!?」
「ごめんね、グリンバルト……」
「ねえ、なんで!?」
幼き日の出来事だった。
母は俺と親父を置いて、別の男の所へ行った。
理由は分からない。親父は立派に傭兵として働いていたし、俺もいい子にしていたはずだった。
なのに、母は俺を捨てた。愛なんて不確かなモノは信じられなくなった。
それから親父は酒に浸るようになった。飲み屋のツケはかさみ、俺は親父の代わりに傭兵として働かなくてはならなかった。
ぶかぶかの親父の鎧を着て、でかくて身体に合わない親父の剣を振るった。
何度も戦場に出ているうちに、親父は深酒がたたって死んだ。
俺はそのまま戦場が住み家になった。
戦場で暮らすうち、十数年が経った。
ある日、マクナイトとかいう若造とやけに気が合い、傭兵団を立ち上げようという話になった。
その方が色々都合がよかったし、わざわざ戦いの度に傭兵たちに自分を売り込まなくてよかったから、俺はそれに乗った。
戦場から戦場を渡り歩くにつれ、いろんな奴が俺の元に集った。
街で盗人をしていたガキのライル。
人を癒す魔法を作るために戦場を渡る、魔術師のエムリス。
図体がデカくて大喰らいだが、怪力のダムド。
血が凍りつくような恐ろしい剣技を使う、剣士のエド。
他にもいろんな奴が集まった。
デカくなった俺の傭兵団は有名になった。
どんな戦場にも行き、どんな辛い戦いさえも切り抜けてみせた。
だが、魔物がレスカティエを陥落してから、すべてが変わっちまった。
戦場に出れば、突然魔物が乱入してきて、兵士たちを片端からさらっていった。
俺の傭兵団からも、魔物にさらわれるやつが出てきた。
魔物にさらわれたら、頭から丸かじりにされるだとか、手足を一本ずつちぎられながら食い殺されるだとか、そんな噂が流れた。
傭兵団を辞めたいというやつが後をたたなくなった。当然だ。人間相手ならまだしも、魔物相手じゃ人間は絶対に勝てない。
傭兵稼業もここまで。俺は次の戦場を死に場所にすると決めた。
マクナイト、ライル、エムリス、ダムド。それと俺の五人。
もう団と言える規模じゃないが、最後まで付いてきてくれる仲間がいることは嬉しかった。
俺たちは主神教団の軍に入り、親魔物派の軍と戦う予定だ。
俺たちから戦いを奪った魔物どもに、一泡ふかせてやる……
20/06/08 19:11更新 / KSニンジャ
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