連載小説
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第四記 -グリズリー-
…いた。グリズリーだ。

川の中ほどで、ぼぉ…っとしている。
時折、思い出したように、左手で水をジャブジャブ。魚を獲っているらしい。
辺りを見ると、既に獲った魚が2、3匹、川岸で跳ねている。

こうして見る限り、のんびりとした印象を受ける。おっとりやさんだ。
魚を獲れるのだから素早いとは思うけれど、動きはももちゃんよりスロー。
もしかしたら、獲物に気付かれないようにしているのかもしれない。どっちだろう。

…今、私がこうしてグリズリーを探しに来たのは理由がある。
魔女…うーちゃんが手帳に残してくれたメモ。全3ページと半分。

メモの内容について。
まず、私の身体については…結論からいえば、はっきりとは分からなかったらしい。
分かったのは、女性に近い身体ではあるということと、
『精』というものを男性以上に多く産み出せるということ。
『精』については、人間の魔力のことを魔物はそう呼ぶ、と書いてあった。
つまり、器は女性だけれど、中身は男性…ということなんだと思う。
………心は…女性、だと…思う。
魔物化しないことについては、全然分からなかったと書いてあった。

次に、現状をどうすればいいかだけれど…それに関し、すごいことが判明した。
触手の森。魔界の瘴気により、森が魔界の植物で犯される現象。
あの場所は魔物が全然出ないと思っていたけれど、その理由がこれだったのだ。
近くの魔界の瘴気が森に移り、ずいぶん色濃く染められてしまっているらしい。
魔物も避けて通るほど混沌としているらしいから、余程なんだろう。恐い。
ただ、建物周辺と獣道には、地面に魔除けの何かが埋められているから大丈夫とのこと。
たぶん、教団が処置したんじゃないかっていう、うーちゃんの予想が添えてあった。

で、仕事の対策としては、まず当然として、私から魔物の住処へ訪れること。
そして、できるだけ女性を襲いにくい魔物をターゲットにすること。
加えて、穏やかで、『精』以外の主食を持つ魔物がより望ましい。
更に、足が遅く、身体が大きく、自分より大人びた魔物だとなお良い。
最後に、敵意がないことを示すために贈り物(食べ物等)を持っていくこと。
これを守れば、魔物の性交以外に関するデータは簡単に集められる、と断言されていた。
ご丁寧に、条件に合う魔物の名前と、各々の注意点まで記してくれていた。やさしい。

その中のひとりが、グリズリー。
蜜を舐めた後と、蜜を持つ魔物を襲う時、それと男性を見つけた時以外は、
とても温厚で大人しい魔物…と、曰く、図鑑とうーちゃんメモ。
凶暴化すると、木も抉るパンチと、猫よりも速いスピードで、
こちらに襲いかかってくるので注意…とも、曰く、同。
そうならないことをひたすら祈る。

パーンッ!

何かが弾けたような音でハッとする。
見ると、水しぶきが上がっており、その中でグリズリーが左手で水を叩いていた。
遅れて、びちゃっ、という音。視線を移すと、川岸でのたうつ魚が見える。大物だ。

…ゆっくりと上体を起こし、これまたゆっくりと川を上がっていくグリズリー。
獲れた魚を拾い上げ…大物は持ちきれなかったようで、尻尾を咥え持ち、
巣へ戻るのか、森の方へとゆらゆら歩き始めた。右手は空けたまま。

…まだ恐いけれど、森に入ってしまうと見失ってしまうかもしれない。
気合をひとつ、勇気を出して、隠れていた茂みから身を出し、後ろ姿を追った。

「………?」

こちらに気付いたようで、ゆっくり振り向く。
…魚を咥えた姿はちょっぴりおとぼけだが、ももちゃん並の体格からの威圧感がある。

「………」

じっ…と私を見たまま、動かない。本当に大人しいようだ。
私はリュックを前に持ち、中身がグリズリーに見えるように開いた。
ブドウや林檎、ハチミツ、ウサギや鹿の干し肉、etc…。
リュックいっぱいに詰めて持ってきた。おかげで食料の残りがさびしい。

「………」

…咥えていた魚をゆっくり地面に離すと、リュックの中身を確かめるように、
顔を近付け………しばらくして、鼻を鳴らし………ブドウの一粒を、口に含んだ。

「………」

………長い沈黙の後、にっこりと、私に笑顔を向けてくれた。
そしておでこを合わせ、2、3回擦った後、またゆっくりと置いた魚を咥え、
森の方へと歩いていき………その入り口で、こちらに振り返った。

…案内してくれるのだろうか。そう思うと、何かとても嬉しくなった。
私はリュックを背負い直し、グリズリーの方へ駆けていった。

……………

………



不意に、深い茂みの奥に、かなり急な斜面があらわれた。
よく見ると、正面に横穴のようなものがある。あれが住処だろうか。
そこにグリズリーが近付くと、2つ、穴から影が飛び出したきた。

「ぐぁーっ!」

子供だ。小さなグリズリーがふたり。
母親らしいグリズリーの周りをくるくる回っている。
その子達にも、先程と同じ、にっこりと笑顔を見せて、こちらにゆっくり振り返った。
…来てもいい、という意味だと思い、私も子供たちのところへ近付いていく。

…道中、ひとつ気付いたことがある。
茂みに覆われた森の中なのに、進むのが全然苦じゃなかったこと。
それに気が付き、何故かと思い見たら、前に立って歩いていたグリズリーが、
深い茂みを避け、どうしても通る時は踏み固め、顔に掛かる位置の枝は空いた手で折り、
時折…いや、何度も、何度も振り返って、私の様子を気にしてくれていた。
今思うと…あれは、子供を気遣うそれと同じだったんじゃないかと考える。
それほど心を許してくれたのだろうか。

と、ふたりがこちらに気付き、顔を向けた。
とっさに母親の後ろに隠れ、不思議そうな顔で覗きこんでいる。
それがなんだか…とっても人間っぽくて、可笑しかった。

「…ゔー…」

ふたりに向けて、小さく唸る母親。
子供たちは母親の顔と私の顔を交互に見て…ゆっくりと、近付いてきた。
それを見てなんとなく歩を止める。ゆっくりゆっくり、近付いてくる。
…目の前に来たところで気付いたけれど、ふたりとも結構大きい。
母親を見れば納得だけれど、私よりほんの少し低いくらい。

「…クン、クン…」

鼻をひくひく、余すところなく全身を嗅いでくる。少しだけ恥ずかしい。
…ふと、ひとりが気付いたようで、リュックを開けて中を見る。
瞬間、きらきらと輝くような瞳。と、よだれ。もうひとりも横から覗き込む。
そして増えるきらきら瞳とよだれ。かなりはらぺこさんのよう。

「………」

母親の方を見ると、にこにこ、ずっとこちらを見ていたようだ。
私がそれに気付いたのを確認したのか、ゆっくり巣穴へ入っていく。
私も後ろのふたりに呼びかけ、その後を追った。
言葉が通じたのかわからないけれど、ふたりも並んで歩き始めた。
その顔は、お母さんに負けないくらいにっこにこだった。

……………

………



穴の中は暗かったけれど、奥にぼんやりと光が見える。
進んでいくと………終点、大きな空間。その端にあるランプが光源だった。
父親の姿は…見えない。町かどこかに出かけているのかもしれない。

「………」

母親グリズリーが獲物を離している。
ぼぅ…とそれを見ていると、ぐい、と腕を引っ張られた。
…期待の眼差しがふたつ。魚は飽きてしまっているのだろうか。
ふたりをなだめて手を離してもらい、その場に座った。ふたりも合わせて座る。
リュックを横にし、中身を取り出すと、我先にと食べ物に掴みかかるふたり。

「がぅ」

が、ぺしっ、と頭を叩かれる。涙目がふたつ。
母親が何かを話し、頭を押さえながらそれを聞く子供たち。
………話が終わったのか、こちらに向き直る。ばつの悪そうな顔。
その内のひとりが、そっと顔を近付ける。息のかかる位置まで。

「…ぺろ、ぺろ…」

…唇を舐められる。10回ほどで終わり、今度はもうひとり。
それが終わると、母親は子供たちの頭を撫で、離れていった。
また笑顔が戻るふたり。それぞれ林檎とバナナを持つと、ちら、とこちらを見て、
今度はふたり一緒に…ほっぺたを2、3度舐め、食べ始めた。

「がつ、はぐっ…!」

…すごい勢いである。8本1房のバナナが、気付けば3本1房になっている。
林檎に至っては、芯なんてなかったと言わんばかりの豪快さ。種も残らない。
食べ終えると、次はブドウ、そしてオレンジ。果物が好きなようだ。
これまたどちらも、皮も剥かずにもりもりと。

「がぅ…」

圧倒されていると、いつの間にか私の横にお母さん。
手を取り、こちらを見ている。どうやら私に用がある様子。
その手に従い連れられると…何やら、いくつかの壺の前へ。

「………」

その中へ右手を入れるグリズリー。どぷん、という音。
…ゆっくりと引き抜かれた手には、ランプの淡い灯で幻想的に光る液体。
黄金色の、どろりとしたそれから香る、あまいあまい蜜の匂い。
そう、これは…アルラウネの蜜、だ。

「…う……」

差し出される。
…好意。やさしさいっぱいの好意だとは、分かる。でも、アルラウネの蜜。
媚薬を飲みなさいと差し出されているのだ。ご馳走をどうぞ、かもしれないけれど。
ちら、とグリズリーの顔を見る。にっこり。
………断る、のは、すごく気が引ける。…少しだけなら、大丈夫、だと…いいな。

「………」

掬おうとしたら、その手をやんわりと阻まれた。…直飲みらしい。
………意を決して、グリズリーの手を掴み、お椀の中の水を飲むように、口に含む。

「…♪」

…手が、大きい。かなりの量が流れ込んでくる。
大半はこぼれて服や地面に垂れていくけれど、それでも多い。
味は…すごく甘いけれど、嫌な甘ったるさじゃない。ハチミツよりも断然甘い。
でも、味よりも、匂いの方が甘い。頭がふわふわする。酔うってこんな感じなのかな。

「ゔー…」

…飲み終えた。
コップ1杯は飲んだかもしれない。まだ口の中に残っている。
ふらふらする…が、揺れる世界の中で、壺に伸びる手が見え、あわてて止めた。
グリズリーはきょとん、とした表情だったが、
しばらくして分かってくれたのか、ゆっくり手をひっこめた。

「………」

手を引いて、立ち上がるグリズリー。
…子供たちのいる方へ戻るらしい。ふらつく足で、必死に立ち上がり、歩く。
ふたりはリュックの中身を、もう半分近くも食べ終えているようだ。
…私をそこにおいて、また魚を置いた方へ向かう母親。
………爪で、雑ではあるけれど、魚を捌いているようだ。ご飯の準備だろうか。

「がぅーっ♪」

引っ張られる手。子供のひとり。流されるまま、座る。
と同時に、抱き付かれ、ほおずり。…ふさふさの毛が、くすぐったい。
この、くすぐったさは、今、少し…あぶない。…身体が…反応しちゃっている。
もうひとりも食べ終えたらしく、今度は逆側から。すりすり、ふさふさ。
…がまん、がまん、がまん。

「ゔぅ〜…♪」

………帰るまで、がまん、できる…かな…。これ……。

……………

………



…夜。
身体を擦り合わせて寝るさんにん。その間に、私。
父親は今日帰ってこないようだ。完全に帰るタイミングを逸してしまった。

「…すぅ……」

でも…それ以上に、タイミングを逸してしまったのが…トイレ。
蜜の作用のがまんだけでも辛いのに、トイレまでがまんになったら…、
たぶん、ううん、間違いなく、間違いなく頭がおかしくなると思う。

「…ぐぅ……」

…みんな、ぐっすり眠っている。
行くなら…今しかない。こっそり抜け出して、行くしか。
身体はくっついているけど、抜け出せる程度のスペースはある。
…起きないように…慎重に、慎重に…。

………抜け出せた!
よかった、本当によかった。早くすませちゃおう。
ランプは消えてるけれど、今度は月の光が出入口を教えてくれている。
さぁ、急いで…。

「がぅ」

…鳴き声。振り向く。

「………」

…母親が、のっそりと身体を起こしている。
見つかってしまった…。どうしよう。でも、分かってくれるかもしれない。
分かってほしい。

「………」

…グリズリーは私の横を通り過ぎ、その際、にこっ、と軽い笑み。
そのまま入口の方へ、ゆっくりと歩いていく。…後を追う私。

「………」

入口付近で立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回している。
それが何をしているか分からず、少し手前で私も立ち止まる。
…こちらを向き、近寄り、手を引く母親。
そしてまた入口前で、首を出し、辺りを確認するしぐさ。
…もしかして、警戒のしぐさ…?

「…ゔ」

危ないものはいなかったのか、私の後ろに回り、背を押すグリズリー。
…頭の中は、がまんでいっぱいだったけれど…とても、やわらかい気持ちになった。

「がぅ」

が、それは一気に吹っ飛んだ。
突然、ひざカックンの要領で腰を落とされる。同時に、情けない声。
腰が抜けたような格好でグリズリーに支えられ、混乱する。
それも覚めぬ内に、グリズリーの左手が、スカートの中に滑り込み…下着を横にずらす。
驚きのせいで…がまんの気が、ゆるんだ。

「………」

………私の、出すものを…じっと、見つめている…。
音を立てて、斜面に水たまり………小さな、川ができていく。
視線が、音が、恥ずかしくて、たまらなかった。
早く終わってと…止まってと…繰り返した。

「………」

………勢いが弱くなり………とまっ、た。
…力が入らない…。頭がぼぉ…っとする。
グリズリーが、私のあそこを撫で拭き…下着を戻す。
ねば…としたものが、その手に絡まる。…気付かないで、ほしい。

「………」

支えられながら、何とか立ち上がり、並んで奥へ戻る。
…左手を顔に近付け、鼻を鳴らしている。そして、グルーミングのような、舐めとり。
気にしないように…音を聞かないように、一歩、一歩、進む。
あれは…あれは、ただの、毛づくろい。ただの…。

「………」

…寝場所に戻り、横になるグリズリー。
ぽん、ぽん、と地面を叩く。…呼んでいる。
従うまま、隣で横になる。

「…ゔ」

もふ、と覆い被さる。
…ふかふかで、あたたかい。…まだ、疼きが、止まらない。

「………」

………いい、匂いがする…。あったかい、おひさまみたいな、匂い…。

「………」

………おかあさんの…におい……。

「……がぅ…」

……………

………



「ゔ〜」

手を引っ張って、住処に戻そうとするふたり。
あどけなさに笑いながら、ごめんねと、ひとりの乱れた髪を直す。

「……ぅ…」

…分かってくれたのか、母親の方へ駆けていくふたり。
途中、何度も、何度も、こちらを振り向いて。

「………」

ふたりを抱きとめる母親。
…さんにんに手を振り、昨日の道を引き返す。
真似するように、バイバイを返してくれるグリズリーの親子。
何度も、何度も振り返って、手を振った。

……………

………




…森を出る。
よいしょ、とリュックを背負い直す。
大事なおみやげが入っている。一壺まるまる、この中に。
跳ねる魚、川の音。水しぶきが辺りを濡らす。
花咲く森の道を背に。私は一歩、前に出る。

さぁ、帰って仕事を始めなきゃ。

……………

………


12/03/04 00:08更新 / コジコジ
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