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第二十六記 -ラージマウス-
…一冊の、厚手の本に指が止まり…それを引き抜く。

「…『支部・本部間輸送物資記録帳』…」

違う、と思いつつも…ほこりを払い……冊子を開く。

………この物資は…何かの別称なのかもしれない…。
年号だって、30年以上も前だけれど、嘘かもしれない。
受け取った人だって、本当は人身売買の人なのかもしれない。
もしかしたら、この中の物資と記されているモノのひとつが…。

…ソラちゃんなのかもしれない……。

「………」

……溜め息を一つ吐き…本を元の場所に戻す。

何度、ここの本を読む度に、そんな考えが浮かんだだろう。
疑い始めたらキリがないけれど、そう思わせる態度の人達がここにはいる。
私の考えを覗ける人がいたら、その人は、疑心暗鬼の塊がいる…と考えるだろう。
その通りだと思う。今の私は、どんなことでも疑って掛かっている。
そうしないと、騙される。会いたい人にも会えぬまま、終わってしまう。
それは嫌だという一心で、心を醜いものへ明け渡している。

「………」

…今の私の心は……あの時と似ている…。

ソラちゃんが生まれた時…。
新しい命を祝うために、小さな診療所に集まった人たちは、
その一人として……私も含めて……『おめでとう』とは言わなかった。
ただ…父親になったシドさんと、母親になったドーレさんだけが…笑っていた。

『魔物だ』と、誰かが言った。
皆が、その人を戒める様な眼で見たけれど…すぐに、下を向いた。
その誰かは、皆の代弁者にすぎなかった。誰もがそう思っていた。
私も…子供心ながら、周りの雰囲気に呑まれ、生まれたばかりの赤ん坊に恐怖を感じた。

『何か悪いモノがいる』と…漠然的に…。

「…『巡礼者名簿』…」

…でも…最初は、ソラちゃんを村から追い出そうとは誰も言わなかった。

神父さんは、毎晩ソラちゃんのために祈りを捧げ、聖水で行水を行っていた。
お肉屋さんは、たくさん食べて栄養をつければ身体から魔物を追い出せると、
まだ歯も生え揃っていない赤ん坊に、豚の丸焼きを持っていったこともあった。
そんな皆の優しさに…いつもシドさん達が涙を流していたのを覚えている。

「………」

…ソラちゃんが6歳くらいになってから…少しだけ、状況が変わった。

大きくなって、ソラちゃんもいろんな子と遊ぶようになった反面、
人と人同士の付き合い…男の子達による、からかいが始まった。
小さい子が、性のことでからかわれることが…どんなに悔しく、恥ずかしいだろう。
ソラちゃんはからかわれると、すぐに泣き出してしまった。
小さい子達の面倒見を頼まれていた私をはじめ、女の子達がソラちゃんを庇った。
優しくて、泣き虫で、人懐っこいソラちゃんのことを…みんなが好きだった。
もしかしたら、男の子達も気を引きたい一心で、からかっていたのかもしれない。

…でも……恐怖が消えていたのは、子供達だけだった…。

「………」

無邪気さ故だろうけれど…そのことは、大人達の心に突き刺さった。
男の子達の親は、まるで愛犬を殺してしまったかのように、深く謝っていた。
シドさん達は、子供同士の喧嘩、気にしないで…と言っていたけれど、無理な話だった。
大人達は、必要以上に我が子を叱り付けた。男の子達はいつもタンコブを作っていた。
森の奥まで冒険しに行った時の3倍はゲンコツされたと言っていた子もいた。

少しずつだけれど……そんな些細なことで、大人達の心は乱れていった…。

「………」

最大の転機は、ソラちゃんが15歳の時。秋の風が吹き始めた頃。

男の子の一人が、森で行方不明になった。
その子は朝早くに、ソラちゃんを連れて森の奥に入った。
誰も知らなかった。秘密にしてほしいと言われたと、ソラちゃんは言っていた。
夕方頃、ソラちゃんが森から出てくるのを見つけた時、驚いた。
一人で入ったのか尋ねると、男の子と一緒に入ったと言う。
その男の子はどうしたのかと尋ねると、途中で『ここで待っていて』と言って、
更に森の奥深くまで…魔物が出るという森の奥まで、入っていったと言う。

村中が、お祭りの時のように騒々しくなった。
ソラちゃんは、男の子の親に何度も問い詰められていた。
何故、森に入ったのか。森で何をしようとしていたのか。男の子はどこに行ったのか。
あまりの鬼気迫る表情に…ソラちゃんは泣き出して…わからないと繰り返した。
何度も。何度も。ごめんなさい、とも。何度も…。

「…『魔物討伐任務・報告書履歴帳』…」

子供達が、男の子も女の子も、ソラちゃんを庇った。

男の子の一人が言った。『あいつはソラにコクる気だったんだよ!』と。
行方不明になった子の母親が叫び返す。『嘘! その子が誘惑したんでしょう!』

『その悪霊憑きが…魔物のところへ、あの子を誘き寄せたんでしょう!』

「………」

……結局…行方不明になった男の子は、見つからなかった。

その日を境に、ソラちゃんは家から出てこなくなってしまった。
みんなでお見舞いに行くと、シドさん達は笑顔で迎えてくれた。
ソラちゃんは…笑顔を作ってはいたけれど、涙の跡が痛々しかった…。
親に止められて、お見舞いに来れなかった友達の分も含めて、
色々なプレゼントや…吟遊詩人さんから聞いた、楽しい話をした。

「………」

大人達の代表が集い…何度も話し合いが行われた。シドさん達も含めて。

詳しい話し合いの内容は知らない。聞き耳を立てていた友達の話だけ。
会議の題は、いつも同じで…ソラちゃんをどうするか、という内容。
教団に預けてみては…と話す神父さん。家族共々引っ越しては…と提案する村長さん。
村から追い出すべき…と愚痴る守衛長さん。このままでも…となだめるお肉屋さん。
みんながみんな、まとまらない意見の中…シドさん達は、何も言わなかった。

「………」

そして、話し合いが続く中で…もう一つの事件が起こる。

落ち込んだソラちゃんを励まそうと、女の子達で村の温泉に行くことが提案された。
みんな、大賛成だった。一日でも早く、ソラちゃんの笑顔が見たかったから。
戸惑うソラちゃんの手を引いて、シドさんにその案を聞いてもらった。
少し悩んでいたけれど…キミたちなら、と最後はいつもの笑顔を見せてくれた。
大喜びで、村外れにある温泉まで、徒競争のように駆けていった。

「…『御布施記録帳』…」

ソラちゃんを見て、少し怪訝そうな顔をする番台さんを横目に、
脱衣所で服を脱ぎ捨て、毎日貸切状態な温泉へと飛び込んだ。

水飛沫が跳ねて、後から続いた皆にそれがかかる。
お返しとばかりに、岸からお湯をバシャバシャかけ返される。
最後にはみんなお湯の中に入って、水遊びのように、かけ合いっこ。

とても楽しい…久しぶりに心から笑い合えた時間だった。

「………」

……出るときになって…異変に気付いた。
皆が湯船から上がる中…ソラちゃんだけが、動かずにいた。

私と、もう一人の女の子がソラちゃんに駆け寄り、尋ねる。
ソラちゃんは、もう少しだけ浸かったら出る…の一点張り。
体調が悪いのを言いだせないのかと心配になり、もう一人もそう思ったのか、
半ば無理やりソラちゃんに肩を貸して、湯船から連れ出そうとした。

…それが、いけなかった…。

「………」

……タオル越しに、ソラちゃんのそれが…大きくなっているのがわかった。
肩を貸した子もそれに気付いて…無意識に…見つめてしまった…。

こちらの異変に気付いた他の子達も、戻ってきて……それに気付く…。
…ふと、誰かがソラちゃんのことを慌ててなだめ始めた。
見ると…今にも泣き出しそうな顔。恥ずかしいんだと、すぐに気がついた。
皆でソラちゃんをなだめた…。大丈夫、気にしちゃ駄目、生理現象だよ。
そんな優しさを受けて…ソラちゃんは、泣き出しそうな気持ちをなんとか堪えていた。

「…『魔物生態研究・報告書履歴帳』…」

…不意に、その中で唯一…経験のあった子が、ソラちゃんに尋ねた。

『…出さないと……苦しいん、だよね…?』

……………ソラちゃんは……頷いた…。
…尋ねた子が、ソラちゃんのタオルをめくり……ふくらんだそれに、手を添えた…。
ソラちゃんは…小さく声を漏らしただけで…抵抗しようとはしなかった。
友達だからか……数少ない仲間を離したくなかったからかは……わからない…。
その子の手淫に身を任せたまま……不思議な空気を生み出していた…。

「………」

…そこに、もうひとつ……手が触れる。
一番運動が得意で、何事にも積極的な子。指を絡めるように、それに触れる。
また、ひとつ…。大人しめの子の手。ソラちゃんの名前を呟きながら…。

ひとつ…、またひとつ…。譲り合うように…奪い合うように…。
いつの間にか……私もその中の一つになって…ソラちゃんを愛撫していた…。
ソラちゃんは、身体を震わせながら……切なそうな声で、皆の名前を呼んでいた。

「………」

………不意に…手に何かがかかる感触…。
…手を離して見ると……白い、どろどろとした液体…。

精液。
初めて見たそれは…汚いとも、気持ち悪いとも思わなかった…。
…一番最初に触れた子が、ソラちゃんの耳元で囁く。

『…スッキリした…?』

…ソラちゃんは頷いて……謝罪した。
その子はソラちゃんの頭を撫でて…皆に、お湯で流しちゃおう、と言った。
私もその言葉に従い、手を温泉の中で洗い……空いた手で、ソラちゃんを撫でた。
その手に擦り付いてくるソラちゃんを立たせて、どろどろになったあそこも洗った。

…あの時の、ソラちゃんの表情は……今でもはっきり思い出せる…。

「………」

…その一部始終を……番台さんは、見ていた。

境に、会議の場は…ソラちゃんを村から追い出すべき、の意見が強くなった。
特に子供を持つ親達が先陣に立って、シドさん達に迫り、子供達を汚すなと罵った。
それでも…シドさんとドーレさんは、謝る言葉以外、何も言わなかった…。

子供達も限界だった。
自分の両親を責めた。ソラちゃんを虐めるな。友達を酷く言わないで。
血気盛んな男の子の中には、父親を殴った子もいた。お互い頬を腫らしていた。

村が…ソラちゃんを巡り、大きく混乱していた…。

「……記入者名が消されてる……?」

そして……決定的な出来事。

シドさんとドーレさんが、川に落ちて…溺れ死んでしまった。
守衛長さんが見つけた時には、もう手遅れだったらしい。
主婦として、洗濯で川に行くことがあるドーレさんはともかく、
木こりのシドさんが何故川にいたかは分からない。詳しい調査も無かった。
現状に耐えられず、身投げしたのでは…と言う人もいた。
心無いことに…それを、ソラちゃんの前で……。

「………」

…それから少し後に…ソラちゃんは、教団の人に連れられ、村を出ていった。
この村にいるのは、本人にとっても辛いだろうという、神父さんの案だった。
大人達も、子供達も、その案を前に…何も言えなかった。言える筈がなかった。

「…透かしても……読めない、か…」

……ソラちゃんがいなくなった村は…少しずつ、以前のように戻っていった。
お肉屋さんが活気ある声で安売りだと叫び、村長さんは相変わらず長話、
神父さんは優しく頬笑み、守衛長さんは頑固な顔、みんな、みんな…。

…私だけ、だ…。戻れていないのは、私だけ…。
みんな、ソラちゃんのことを忘れてしまったわけじゃない。
会いたがっている。また、遊んだりおしゃべりしたいと言っている。

でも……村に戻してあげたいと思っているのは…私だけ…。
ソラちゃんの居場所は、この村にないんだって…皆諦めている…。
そんなこと、ないのに。ソラちゃんの居場所は、ちゃんと…あの村にあるのに…。
皆の気持ちだってわかる。でも……、それでも…、そうだとしても。

それじゃあ……ソラちゃんが…可哀想すぎるよ………。

「……うーん…」

ガタンッ。

「っ!?」

物音に驚いて、掲げていた本を下ろし、音が聞こえた方を見る。

「………」

………誰も、いない。教団の人も、他の誰も見当たらない。
あるのは……書庫には少し不釣り合いな、大きな壺だけ。

「………」

…そーっと……壺に近付く…。
もしかしたら、ネズミが壺にぶつかっただけかもしれない。
そんな確証のない予想が、本当かどうか確かめるために…。

「……み、ミッキちゃん…。狭いんだから、暴れないでよぅ…」

声。壺から。

「しょーがないじゃーん! この中、めっちゃ狭いんだもん!」

「しーっ! ばれちゃうよぅ!」

「だーいじょーぶっ! もう行ったって! ほらっ!」

ひょいっ、と、目の前に顔。

「………」

「………」

「……ミッキちゃん…?」

「……に」

に?

「人間だーっ!!?!?」

……………

………

12/03/26 00:02更新 / コジコジ
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