連載小説
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『混乱と狂瀾と矯激』の31〜40日(前編)
 

 《31日目》


「――どういうことか、説明してくれッ!!」

 ドン、と硬質な音が低く響く。

 同時に、自分の右手にじわりとした痛みを感じた。

「……まさか全部、予想してたっていうのか!?」

 視線を下に向ける。
 そうすると、重厚な木のテーブルに載せられた自分の拳が目に映った。
 机は僅かにも動かず、ただ痛むのは自分の拳だけ。

 自分でも分かってる。

 今の僕が、限りなく冷静ではなくなっているということぐらい。

 くそ、そんなの分かってるんだ。

 でも…………!

「こんなコトがあって、たまるかよッ……!!」

 今まで確かに存在していた基盤が、ボロボロと足元から崩れていくような感覚。
 その感覚がチリチリとした熱を持ち、自分の平静を失わせているのがはっきりと分かる。

「………………」

 その原因こそが、目の前の彼女だった。

 ここまで訴えても、少しも変化のないその顔つき。
 まるでこちらの怒りを観察するかのような表情。

 飄々とした態度を変えない彼女は、小柄な身体相応の小さな手でコーヒーカップを保持し、それを無表情のままにゆらゆらと揺らしてみせる。

 良くないとは思っていても、意識して抑えなければ罵りの言葉を発してしまいそうだった。

「サバト“穏健派”だって!? そんな組織、聞いたこともなかった! “穏健派”とはどういう意味だ!? バフォメットとの関係は!?」

 だから僕は、罵倒の代わりとして追及の言葉を矢継ぎ早に放つ。

 これで答えをはぐらかすようであれば……!

 ――すると、ようやく彼女は口を開いた。

「………………そう、ここは“穏健派”の拠点。十数年前のあの日、バフォメット様と袂を分かった離反者たちの集団……」

 彼女は今、自分たちのことを離反者と呼んだ。

 つまり、サバト“穏健派”とは、同じサバトという名前であってもバフォメットたちとは異なるどころか、敵対する組織ということなのだろうか?

 今まで聞いたこともなかったその存在。
 本当なら今の僕は、続けて“穏健派”という単語の意味や、敵対の理由も訊くべきなのだろう。

 しかし、何よりもまず問わなければならないことがあった。

「それならなぜ、あんたがッ――――!!」

 僕はどこかで、彼女は無関係であると決めつけていたのかもしれない。
 頭にあるのは、ウソだろ、という思いのみ。

 しかし、あのマミヤマだって簡単にサバトへと下ってしまい、かつ積極的に僕とサバトとの闘争に介入してきたのだ。
 何が起きてもおかしくないということか。

「――あんたがッ、ここに居るんだッ!?」

 瞬間。

 ――――ニタァ、と。

 目の前の彼女の顔が、大きく笑みの形に歪んだ。

「………………『あんた』、ねぇ?」

 おもむろに立ち上がると、僕の押し殺した叫びを真正面から受け止めるかのように芝居じみた動きで両腕を大きく横へと伸ばす。

 まるでスポットライトを一身に集めるオペラの主演女優であるかのごとく、小柄な全身を精いっぱい大きく広げる、その彼女は。

「………………イズミ、イズミ、イズミ」

 壊れてしまったかのように僕の名前を連呼しながら、ヤツは緑色の三角帽子の下でさらに笑みを深めていった。

「……ふ、フフ…………ふはははッ…………!!」

 もはや、満面のドヤ顔と表現しても良いレベル。

 悪戯に成功した子どものような、全力の笑顔。

「イズミ。私は『あんた』ではなく――」

 そんな態度で座った僕を見下ろす、いや、立ったところでそこまで背は高くなく、目線が丁度同じ高さになるくらいの背丈の彼女は――――。


 奥のベッドで熟睡しているネクリを全く気遣う様子もないまま、城の一室で威勢よく笑い声を上げている、彼女は――――。


「――――――私は、母さんだっ!」


 …………僕の、母親だった。










 《31日目 同日》


「――ほい。というわけでね、ネクちゃんや私はサバトからはストライキみたいな感じなんだよねぇ。困っちゃうよねぇ」
「………………」
「んじゃ、そろそろネクちゃんを起こしますかねぇ」

 よっこいせー、と小さな外見にそぐわない年寄りじみた掛け声を1つ、母は立ち上がって部屋のクイーンサイズのベッドに歩み寄っていく。

 それを尻目に、僕は考えていた。

 …………というより、頭を抱えていた。

「ネクちゃんやぁ、もう朝だよーん!」
「………………あうあう」

 部屋の向こうから、どう考えても朝っぱらのテンションではない母親の楽しげな声が聞こる。
 そして、ドクロ柄の黒パーカーを羽織っただけのネクリが思いっきり揺さぶられている。

「ネクちゃんが起きないから、母さんが全部イズミに説明しちゃったよーん!」
「…………お、おきてるから…………ぐぅ」

 そのパーカーの裾が大胆にめくれてしまっているのを見て、慌てて目を逸らした。

 まず、なんと言うべきだろうか。

 ここはネクリの部屋である…………らしい。

 部屋を見れば、目の前のテーブルも含めて中世風なインテリアに石製の壁と、磨かれたタイルの床にふんわりと敷かれた真紅のカーペット。

 さっき歩いてきた廊下は長い石造りの回廊構造になっており、壁には等間隔に古めかしいランタンが掛けられ、ところどころ設置されたサイドチェストの上の花瓶には、よく分からないグネグネした花が活けられていた。

 しかし何よりもこの空間に違和感を感じる点は、窓の外から見える景色がいつまでも変わらず夜の闇のままであるということ。

 自分の腕時計を見れば午前9時あたりを指しているから、天気が曇りであってもここまで暗いというのはあり得ない状況だ。
 それこそ別世界にでも来ないかぎり。

 しかし、ここはその別世界だった。

 僕が今いるこの場所、尖塔が寄り集まった城のような場所は、僕の地元の街に設置された入り口と繋がっている異空間であるらしいのだ。

 世界がいかなる時間においても光に照らされることのない、永遠の宵闇に満たされた空間。
 『不死者の国』とも呼ばれる、別世界。

 うん。

 なるほど。

 なんだそれは。

 ……もう、その時点でわりと自分の思考はキャパシティオーバーを起こしていた。

 しかも困ったことに、問題はそれだけではない。
 むしろ、それはまだ話の序の口だ。

 昨日の夕方、フタバ姉妹に軽トラックの荷台に載せられて、来たこともない場所に初めて連れてこられたと思ったら、なぜか突然ネクリに出迎えられ。

 とりあえず部屋に案内するからと言って客室の一部屋に案内され、そこでネクリに勢いごんで詰問しようとしたところ、「………………じゃ、今日はおやすみ……」と言って突然ネクリに無情に立ち去られてハシゴを外された格好となり。

 悶々とした夜を過ごしてから朝起きてすぐに彼女の部屋に(途中、城の中で迷子になりつつも)駆けつけてみれば、突然自分の母親と相対することになってしまい。

 てっきり説明してくれるものだと僕が思っていた当のネクリはがっつり寝ており、なぜかその場にいた母親に対するこちらの言及は全て変なテンションでいなされ、次いで「んー、とりま母さんが説明するかなぁ」と恐ろしく軽い口調で事の全容を語られてしまった。

 …………そして、今に至る。

 至ってしまうのだ。

 これが混乱せずして、他の何に驚けというのか。

 むしろ驚愕しっぱなしで、今は一周回って落ち着いてきてしまったほどだった。

「…………はい! ということでね、サバト“穏健派”代表のネクリさんがこちらになります」

 気付けば、母がネクリを両脇から持ち上げて僕の前に連れてきていた。

 完膚なきまでにロリータ体型の母親が、これまた比較的ロリータ体型寄りなネクリを抱え上げて持ってくる。
 しかし一方は大学生であり、もう一方に至っては二児の母親という揺るぎなき事実。
 目眩のしそうな光景だった。

 ちなみに、母に輸送されてきたネクリは未だにヨダレを垂らして半分寝ている。

「…………おはよう、イズ…………ぬぅ」

 もうダメだ。

 僕の名前すら呼べてないじゃないか。

 たった三文字だぞ。

 これで彼女はリッチと呼ばれる魔物娘であり、さらに言えばサバトの関係者、しかもサバトの代表格であるというのだから世の中わからないものだ。

 ……まあ、正確にはサバト“穏健派”の代表である、という注釈は付くが。

「こりゃーダメだねぇ。しかたないイズヌ、母さんがもう一度話したげようか!!」
「いや、要らない……。名前も間違ってるし」

 母さんからさっき聞かされた話を整理しよう。

 彼女たちは、サバト“穏健派”である。

 その数は現在、12人。
 うち7名には既に夫が存在するため、人数を合わせて19名といったところか。

 この大きな城の管理は彼女らの中でも雑事に長けたキキーモラにショゴスといった魔物娘、またそのパートナーである夫が行っているようだが、それでも城1つに住むにしてはいささか少ない人員数であると言える。

 しかし、それも当然だった。

 彼女らは、あのバフォメット率いるサバトから離反した者たちの集団なのだから。

 不和の理由としては、『魔王軍としてのサバトの魔術開発における方向性の相違』『メンバー間のいざこざ』『規則への不満』『お昼寝など生活リズムのズレ』『音楽性の違い』『昼食後に饗されたおやつの好みの違い』…………等々が挙げられる。
 それらが複雑に絡み合うことにより、深刻な溝と化しているのだ。

 しかし何よりも大きな亀裂となったのは、僕の住むあの街とその周辺区域のサバトを統括する首領である、あのバフォメットのやり方への不満であった。

 ――いわく、彼女の政策はいささか強引に過ぎる。

 ――いわく、地下組織たるサバトとしては布教活動にはことさら慎重にならなければいけない。それがこの区域の現サバトは、控えめに言っても行動が悪目立ちしている。

 ――いわく、その『過激さ』は周囲からの反感を買い、ひいては今後のサバトにも悪影響を与えかねない。おにいちゃん候補が減ったらどないすんねん、と。

 そのような意見が当時のサバトで表面化し生まれたのが、現首領のバフォメット及び彼女の配下の教徒たちを“過激派”と断じ、自分たちはより穏便な手法で世の中にサバト的思想を広めんとする考え方。

 それこそが、サバト“穏健派”誕生の契機となった。

 これまでに他所の支部でも例がない事態であるため、“過激派”・“穏健派”という名称は、ただ“穏健派”がそう便宜的に区別するために呼んでいるだけと言えばそれまでなのだが。

 “穏健派”サバトが反旗を翻したのはおよそ10年ほど前のこと。
 当時バフォメットの部下であった若き幹部の1人が立ち上がり、数名の賛同者とともに“過激派”から分離したのが始まりとなる。

 そして、その長となった者こそが……。

「……ネクリがこの組織の代表で、母さんは初期からの賛同者。そういうことで間違いないんだな?」
「……………………」
「ネクリ?」

 呼びかければ目の前のソファに座っていた人物は、首がカクッと落ちてから目を覚ました。

「…………はっ……そう、ばっちりおっけー」

 こっちが全然オッケーではないのだが、ネクリが低血圧ぎみであるというのは前から知っていたことではある。

 そっとしておこう。

「それに、母さんがこっちに所属してたなんてな……。てっきりバフォメットの下に付いてるものと思ってたんだけど」
「もうそれはそれは、海よりたかーく山よりふかーい事情があるんだよね! ねえ聞きたい? イズミ聞きたい?」
「……その言葉で猛烈に聞きたくなくなった。母さんはもう少し、普段の行いに落ち着きを持ってもらえれば別になんでもいいや」

 とりあえず近所の八百屋で子どものフリしておまけしてもらうとか、そういうのを止めてもらえれば、それで構わない。

 この人は良く言って典型的なウザキャラ、悪く言えば末期のウザキャラであるから、話を続ければ続けるほどこちらが激しく消耗する可能性がある。
 底なし沼みたいな親だった。

 ああ、話が逸れてしまった。

 どこまで整理したんだったか。

 ネクリを代表として、母さんが幹部の1人である“穏健派”。

 彼女たちは、この街の極力目立たない場所……隣市との境にある林の中というポイントと、魔界の古城とを繋げてアジトとし、少ないメンバーを徐々に増やしながらこれまで活動を行ってきた。

 しかし“過激派”と比べると、“穏健派”のこの街での勢力確保は遅々として進んでいないのが現状であるそうだ。

 その理由は明白。“穏健派”は彼女らの主張からして布教活動にはそこまで能動的ではなく、メンバー各員の裁量に任せているという面があるからだ。

 よって、このサバト支部の大々的な活動を起こせないまま、自組織の維持のみに努めてきたのだが――――。

 コンコン、と部屋のドアが軽くノックされた。

「ね、ネクリちゃん? ここに兄さんがいるって聞いたんだけど……」

 イマリの声だ。

 部屋の主はソファで完全に寝こけ、それを隣に座った母がいじくりまわし、さらにその前で僕が頭を抱えているという混沌とした空間に、イマリの声が外から聞こえてきたのだ。

 こんな状況に妹を巻き込んで良いのだろうかと僕が迷っているうちに、母がのんきな声で返事をしてしまう。

「イマリちゃーん、入って入ってー!」
「…………ん? あれ!? な、なんかお母さんの声がするんだけど!? 幻聴!?」

 可哀想に、イマリも混乱していた。

 おそるおそる、といった様子で大仰な造りの木製扉が開くと、中の様子を窺うようにイマリが覗きこんでくる。

「やっぱりお母さんだ! な、なんで!?」
「そりゃ、子どもの居る所に母ありってことよ!」
「意味がわからないんだけど!? ネクちゃんはお母さんになでられてるし、兄さんもヘンなカッコしてるし!」
「まあまあほらほら、イマリちゃんもとりあえず座りんさい。お茶菓子はさっき私が全部食べちったけどね! ごめんねごめんねー!」

 母が要らんことを言いながら、僕の席の隣を示す。

 その脱力系な口調に毒気を抜かれたのか、妹は歩み寄ってくると僕の横のイスに座った。

 ちなみに変な格好とは、僕の今着ている燕尾服のことだろうか。

 違うんだ、これは朝起きたら部屋の机にこれが着替えであるとばかりに用意されていたから、仕方なく着ているだけなんだ。

 しかしイマリから見れば、魔女っ子姿の母と、変なエセ紳士みたいな格好の兄が向かい合っているという状況。

 うん、彼女が驚くのも当たり前だった。

「イマリも、この城に母さんが居るってことは知らなかったのか?」
「う、うん……。というより、私もこの場所に来るのは2回目だし」

 妹が言うには、彼女とフタバ姉妹らは3日ほど前に初めてこの城に来たらしい。
 僕が無為な独断専行に走っていたその裏で、彼女たちも行動していたのだ。

 その事実にどこか胸が熱くなるとともに、また1つの疑問が鎌首をもたげてくる。

 先ほどの母の説明にもなかった、1つの謎。

「なあ、ネクリ……訊いていいか?」
「………………ん。もう大丈夫」

 ぺいっと母の手をはたいて退け、頷くネクリ。

「イマリもそうだが……皆がこの城に集められた意味を教えてくれないか? どうしてこのサバト“穏健派”のアジトに『アンチ・サバト』を呼んだんだ?」

 これまでネクリは『アンチ・サバト』に所属しつつも、自身の“穏健派”については秘匿していた。
 それを今になって情報開示したのだ。
 恐らく、なんらかの事情があってのことのはずだ。

「………………それは、イズミ」

 そこで一旦言葉を切るネクリ。

 普段からあまり血色の良くない、彼女のどこかボーッとした表情をじっと見据えて待つ。

 そして、1秒、2秒、3秒。

「………………」

 じっと待つ。

「………………」

 待つ。

「………………」

 ……待ったが、全く話す様子が見られなかった。

 横でネクリの発言に身構えていた妹が思いっきりズッコケている。

「ネクリ?」
「………………? だから、イズミ」
「……もう少し、詳しく頼む」

 上を向くネクリ。
 何か考えている様子だ。

 少しして、彼女はポンと手をうった。

「……なるほど、くわしく」
「そうだ。詳しくだ」

 …………思えば僕は、その時にもう少し警戒しておくべきだったのかもしれない。

 ネクリのあまりに簡略に過ぎた言葉の意味に、そして、その隣でニヨニヨしている母の存在に。

 しかし聞いてしまえば、もう取り返しは付かなかった。

 次に口を開いたネクリは、こう告げた。


「…………ここに連れてきたのは、私の代わりにイズミに“穏健派”の代表になってもらうため」


 またしても僕は、頭を抱えることとなった。










 《31日目 同日》

 場所は変わり、今は僕に割り当てられた城の一室に戻ってきている。
 昨日案内されて、そのまま床についた客室だ。

 この部屋に集まっているのは4人。

 いや、3人………なのか?

「……本当に、リリラウネだったんだな」
「まあね、別に隠してたワケじゃないんだけどさ」
「普通の双子ってコトにしといたほうが、面倒がないから」

 大学や公的機関への申請をする関係上、2人で分かれて戸籍等を取得しておいたほうが都合が良かったのだそうだ。

 そんなことを、部屋に鎮座した巨大花にすっぽりと入ったフタバ姉妹は交互に話してくれた。

「ということは、親も……」
「そ、ママはアルラウネだねぇ」
「両親が花屋だってのは、もう話してたよね?」
「ああ、昨日もそのトラックで助けてもらったしな」

 花の中でお互いが絡みつくようにして抱き合っているフタバ姉妹を見ていると、なんだか妙な気分になるが……。
 それでも、言われてみれば割合しっくりくる内容だった。

 ただ、服を全く着ておらず、どこからともなく伸びたツタのみで身体を覆っているだけというのはいかがなものか。

 目を逸らしてはいるものの、なんだかやけに自分の頬が熱くなっているのが分か――――

「――フタバ先輩。その変な香りを出すの、ストップです。兄さんが困ってますから」

 そんなことを考えていると、横の妹が硬い声で彼女たちに指摘する。

 どうやらアルラウネ種の使用する、男性を対象とする誘い香を振りまいていたらしい。
 おい、君ら何やってんだ。

「あれ、バレちった?」
「いやぁ……花に戻ってるとつい、こうね?」

 てへー、と悪びれずに笑っているフタバ姉妹。

 よほど薄く香りを撒いていたのだろう、僕からは匂いと言われてもピンとこないが……。
 妹が鋭かったおかげで助かったようだ。

「ごめんごめん、魔物としてはやっぱりやっとかないと……っていう使命感が、ね?」
「その謎の使命感は今は横に置いといてくれ。それより、もっと大事な話があるんだ」
「イズミが執事みたいなカッコしてる理由?」
「違う。これはもうなんというか、成り行きとしか言いようがないんだ」
 
 ここに集まったイマリとフタバ姉妹を順に見回す。

「もう僕以外の皆は、ネクリが“穏健派”の代表であるということは知っていたんだな?」
「一昨日ね、ネクちゃんに私らも連れてこられてネタバレされた感じかなぁ」
「“穏健派”の指揮権移譲については?」
「え、指揮権? 移譲?」

 なるほど。
 イマリと同様、フタバも詳しい話は聞かされていなかったようだ。
 一昨日ということはネクリ、僕を回収してから全員に話そうとでも考えていたのだろう。

「そのネクリから、先程こちらに打診があった――」

 打診の内容は、『アンチ・サバト』と“穏健派”を合流させ、僕に“穏健派”の陣頭指揮を取ってほしいというものだった……と、その場にいなかったフタバ姉妹に説明する。

「彼女ら“穏健派”の勢力は、バフォメット率いる“過激派”に現在押され気味だ。そこで、『アンチ・サバト』の僕らを勢力内の起爆剤として用い、攻勢に移りたいといった意図があるんだろう」
「ほへー、そういうことね」
「良いんじゃない? むしろ、何がダメなの?」

 蜜を湛えた花弁に浸かっている2人の反応はそんな感じだった。

「…………イマリはどう思う?」

 横に座っていた妹に問いかける。

「うーん? そう訊くってことは、兄さんは悩んでるってことなの?」

 悩んでは………………いるな、確かに。

 ああ、そうか。
 僕は悩んでいたのか。

「ようやく事態は呑み込めてきたが、今は正直迷っている」

 ネクリをこの場に呼んでいないのも、そのためだ。

「“穏健派”と名乗っているが、それでもサバトであるのは間違いない。ネクリも、僕の母親も。だから、疑心暗鬼になっているのかもしれない」

 もしかしたら、サバトの勢力争いに巻き込まれているだけなのかもしれない。
 そういった疑いなども含めて、思ったことを誤魔化すことなくありのままに話す。

「……姉さん、イズミが全部正直に話してるよ」
「うん、あんまり考えてることを話してくれない、あの頑固イズミがね……」
「昨日の一件で色々と反省させてもらった。僕一人でどうにもならない事は、皆にきちんと話すと決めたんだ」

 そこまで頑固と言われるのかは疑問だが、でもこうして話してみると、少し胸の重しが取れたような気がする自分がいた。

「兄さんはきっと、サバトって部分に引っかかってるんだよね?」
「そう、かもしれない。主義主張は聞かされたが、それでも僕はあくまで『アンチ・サバト』の同志であり、副代表だ。それが一転して“穏健派”の代表になるというのは……少し、抵抗があるんだ」
「抵抗、かぁ…………」

 サバトの長。
 字面だけ見れば、それはもはやバフォメットと同じ立場ではないのだろうか。

 いや、実際には“穏健派”と“過激派”、スタンスが対極にあるというのは頭では理解しているのだけれど。

 アネサキ先輩が遺してくれた『アンチ・サバト』と、今日初めて聞かされた“穏健派”。
 どちらかを選べと訊かれたのならば、恐らく僕は前者を選ぶ。

 思い入れと言われればそれまでかもしれない。
 あるいは、新しい事物への不信感か。

 ……なるほど確かに、自分は頑固なヤツだ。

「兄さん、兄さん」

 腕組みをして考えていると、横から燕尾服の裾を引っ張られる。
 僕とフタバ達の視線が、妹へと集中した。

「こうして話してくれたってことは、フタバ先輩と私は、その、信頼されてるってことで良いんだよね?」
「……うん、そうだな。むしろ隠し事をしていたのはこちらだ。あっさりバレていたみたいだが……」
「じゃあさ、ネクちゃんは? “穏健派”がどうというよりは、兄さんがネクちゃん本人を信頼できるかどうかじゃないかな? どう?」

 ネクリを信頼、か。

 『アンチ・サバト』の時のネクリは、いつも大事な局面で的確なアドバイスを出してくれていた。

 普段ボーッとしてはいるが、実際には活動にかなり精力的でもあり、これまでの作戦も彼女なしには上手く働かなかっただろう。
 部室を僕らのために貸してくれていたのもそうだ。

 そして思い出すのは、深夜の部室に泊まったあの日のこと。
 先輩のノートを読んでいたのは僕だけではない。あいつも一緒に読んでいたのだ。

 僕の行動を予想できたあいつが居たからこそイマリもフタバ姉妹も動けたし、僕自身も彼女たちのお陰で昨日はマミヤマから逃げることができた。

 これだけ要素が揃っていても、僕はまだ彼女に信を置けないのだろうか?

 いや、そんな事はないだろう。

 仕事の面でも、人間的な面でも。

 僕は、ネクリのことを…………。

「どうかな、兄さん?」
「……そう言えば、ネクリにはまだ助けてもらった礼を言えてなかったな」
「そりゃ良くないねぇ、イズミ?」

 ニヤッとしたフタバが、僕の言葉をすぐに拾う。

 ネクリを今よりもっと信頼するためにはきっと、さらによく言葉を交わす必要があるだろう。
 組織の同志という枠組みではない、個人同士での会話で分かってくることもある。

 それこそ、以前までの僕が怠っていたことだった。

「ああ、僕はあいつと会ってくる。その間、皆に少し頼みごとをしても良いか?」
「ちなみにそれは、今まで解散してたのを復活させた『アンチ・サバト』の、副代表であるイズミからの頼みごと?」

 少し考える。

 そして、答えはすぐに出た。

「――――『アンチ・サバト』の活動は全て、ネクリが戻ってからだ。メンバーが揃ってから、改めて始めよう」

 だからこれは、ただの学生であるイズミから発せられた、友人たちと妹への頼みごとでしかない。

 皆が笑って頷いたのを見て、僕は伝えるべきことを伝えてから部屋の外に出る。

 気分はいつの間にか、どこか晴れ晴れとしたものに変わっていた。








 《32日目》


 城の一階奥、表の札に厨房と書かれた部屋に入る。

 聞いた限りでは、ここに行けば会えるとのことだが、果たしてどうだろう。

「おや、あなたは……?」

 先に存在に気づいたのは向こうだった。

 厨房の奥に居た彼は、年齢にして五十代か六十代ほどだろうか。
 燕尾服をスラリと着こなした壮年の男性だ。

「初めまして。一昨日の夕方からここに来ている、イズミと言います」
「これはご丁寧に、私はインキュバスの瀬蓮でございます。あなたがネクリ様の仰られていた、『アンチ・サバト』の?」
「セハス……さんですね。はい、一応僕がその組織の副代表を務めています」

 なるほど失礼しました、と一分の隙もないお辞儀をするセハス老。

 こちらのなんちゃって執事服とは違い、実に所作が板についていた。

 なんでもここの城の掃除洗濯、料理までをこのセハスさんとその奥さんが中心となって回しているそうだ。
 納得の執事姿であった。

「セハスさんは、いつからこの“穏健派”で活動してらっしゃるんですか?」
「ふむ……。最初から、ですかな。私も妻も、あまり騒々しいのを好ましいと感じない性質でして」

 それが造反の理由である、とのことだった。

 僕が訊こうとしていた質問に先回りして答えてもらった格好になる。

「ということは、訪ねた理由ももうお察しで?」
「“穏健派”の内情調査、といったところでしょうか? 昨日もあなたの妹様が訪ねてこられましたが、だいぶ熱心なようですな」

 それもあるけれど、それだけが理由ではない。

 そう言うと、白髪の老執事は怪訝な顔をした。

「では、なぜでしょうか?」
「ネクリがいるから……ですかね。あいつは『アンチ・サバト』の同志でもあるので。ネクリが信を置く人達がどのような方達なのか、自分の目で見て話をするべきだろうと思ったんです」

 そして、僕だけでなく他の『アンチ・サバト』メンバーにもしっかりと“穏健派”を見定めてもらっている。
 昨日彼女らに頼んだのは、つまりはそういうことだ。

 相手の目が僅かに見開かれる。

「イズミ様はもっと苛烈で峻烈な、革命家然とした人格かと思い描いておりましたが……」
「……そ、それはネクリからの話ですか? それとも、ここにいる母から?」

 なんだその、凶悪テロ組織の親玉みたいな人物像は。

「いえ、伝え聞きからの私の勝手な想像でございました。目で見て話す、確かに重要ですな。目で見たあなたは、なかなかに端然とした様子でおられるようです」
「そんなことはありません。活動家としても未だ若輩ですから」

 ……そんな、あまり持ち上げられても実感はない。

 だが、もしそうなのだとしたら……。
 それはイマリやフタバ姉妹、ネクリのおかげだろう。

 さらにそこから、他愛もない話を幾つか。

 そうすることで、こちらも彼の人となりをある程度知ることができた。

「良ければ、妻にも会ってやって下さいませんか? キキーモラのマリーという名です」
「はい、もちろん全員に挨拶させていただくつもりです」

 年相応に落ち着いた性格に感じ、かつ会話も非常スムーズ。それどころか、こちらの話の1を聴いて10を理解してくれる御仁。

 セハスさん、“穏健派”の中でもかなり重要なウェイトを占めていそうだ。

 時間を取らせてしまったことを詫びてから、厨房の外の廊下へと退出する。

 今度はそこで、メイド姿をした2人組と出会うことになった。
 それぞれ魔物娘のキキーモラと、ショゴスである。

「さあ、まだ西棟のお掃除が残ってますからね! 今日はてってー的にやっちゃいますよっ!」
「………………」

 恐ろしく張り切っている様子のキキーモラ、マリーさんと、それに無言で頷いて追従するショゴスの少女。

 しかし見れば、どちらも背丈が僕の半分程度だ。
 隠しようのないロリロリしさに溢れている。

 やはりここはサバトの拠点であるのだと、変なところで改めて思い知った。

 ……そして、セハス老がロリコン紳士であることも思い知った。

「どうも、マリーさんですよね? セハスさんから話を伺いました――」

 そんな感じの取っ掛かりで話しかける。
 自己紹介と、それからここに自分がやって来た目的。

 まあ、内容はセハス氏にしたものと大差ない。

「――とまあ、そのような具合です」
「なるほどなるほど……! あの親にしてこの子ありって感じですね!」

 褒め言葉なのだろうか、それは。

「……母さん、ここではどうしてるんですか?」
「うーん。どうしてる、というよりはぁ……。ムードメーカー? ここの皆様の、精神的支柱? とか?」

 疑問形だった。

 なんか凄い不安になってくる。

 それって、ここの人達がただあの人の発する雰囲気というかなんというか、母親時空とでも呼ぶべきものに巻き込まれているだけなんじゃないだろうか?

 とはいえ、僕も一言であの母親を表現しろと他人に問われた場合、ものすごく困ることには間違いない。

「本人の話では、この“穏健派”に最初からいてネクリの補佐をしてるって言ってましたけど」
「ああー、そうですね、それもありますしぃ……」

 他にも何かあるのだろうか。

 マリーさんに訊こうとした時、横から燕尾服の袖を引っ張られているのに気づいた。

 メイド姿の小さなショゴスがこちらに腕……ではなく、ブニョっとした触手を一本伸ばしてきている。

 彼女の両手は、掃除用具が満載されたポリバケツを抱えたままだ。

「………………♪」

 無言だ。

 無言ではあるが、なんだかニコニコと微笑みながらこちらの服の裾を整え、毛ブラシに変化させた触手(?)で服のホコリを取ってくれている。

「おやぁイズミ様、スミに置けないですねぇ! いつの間にこの子に気に入られちゃったんですか?」
「え゛っ!?」
「あはは、ジョーダンですよっ」

 なんとも心臓に悪い冗談だった。

 マリーさんが言うには、僕が今着ている服を用意して部屋に置いていたのはこの子であるとのこと。

「何年か前に、魔界でふらふらしてたところをネクリ様が見つけて拾ってきたんですけど…………あれ、何年くらい前だっけ?」

 ショゴスの子に訊いているが、微笑んで首をかしげるだけで答えはない。

「そっか、詳しく覚えてないかぁ……。イズミ様、不定形生物のテルちゃんです。無口で触手たっぷりな子ですけど、どうか仲良くしてあげてくださいな」

 そんな紹介で良いのだろうか、そもそもショゴスなら身体の大きさなど幾らでも変化させられるしサバト的にはどうなんだろうか、とは思ったものの。

「あ、そだ。お掃除が終わったら使用人たちでご飯にしますけど、ご一緒しませんか?」
「はい、ぜひお願いします」
「わー! 男性は私のおじ様しかいなかったので、きっとあの人も喜んでくれると思います!」

 ……セハスさん、奥さんに自分のことおじ様って呼ばせてるのか…………。

 とりあえずそんな感じで、“穏健派”で働く小さなメイド2人との邂逅は、ごくスムーズに進んだのであった。

 午後からはまた、他の“穏健派”メンバーと話をさせてもらおう。



 











 《33日目》


「皆さん。本日はこの『集会』にお集まりいただき、ありがとうございます」

 集会。

 『アンチ・サバト』時代からの馴染みある言葉だ。

「改めて皆さんに自己紹介を。僕は『アンチ・サバト』副代表、イズミと申します」

 しかしまさか、こうなるとは。

 場所は、古城のダイニングルーム。

 立つ僕の前にある円卓は、部室のそれと比して途方もなく巨大。

 円卓の席に着いているのは、イマリやフタバ姉妹といった『アンチ・サバト』のメンバーと、“穏健派”とはいえサバトの魔物娘と、その夫であるインキュバスたち。

 今この空間には、サバトと『アンチ・サバト』がともに座しているのだ。

 サバト“穏健派”…………全員出席。

 『アンチ・サバト』…………2名除き出席。

 あの部室で会議をしていた頃の僕からは、想像もできないような状況だった。

 自然と自分の身に力が入るのを感じる。

 よし、ここは一つ、気合いを入れて演述を……!

「まず、副代表がここに立っている理由からですが、それは代表が現在“過激派”に囚われているためです。そこで、自動的に組織の次点の責任者である自分が――――」
「…………イズミ。話が長い、硬い」

 途端にダメ出しを受けた。

 横を見ると、隣に立っていた眠そうな顔のリッチがこちらを見上げている。
 リッチの正装であるらしい紫色のローブの下から、手のひらを僕に見せてくる。

「…………こういう時は、『人』という字をてのひらに書いて……」

 緊張してると思われていた。

「いや、悪い。少し気負っている部分があったみたいだ」
「…………ふらんく、ふらんく」

 気分を一新するため、咳払いを一つ。

 なぜか自身の手に『人』を書いてこちらの顔に押し付けてこようとするネクリをやんわりと抑え、この食堂の全員が聞こえるような声で皆に話しかける。

 フランク、か。

「じゃ、『アンチ・サバト』の時と同じ感じでやりましょう。こちらも自由に話すので、皆さんも何か疑義があれば自由に発言して下さい」
「はいはいはいはい!!」

 速攻で手が上がった。

 緑色のとんがり三角帽子をかぶった魔女だ。

「そこの人、発言をどうぞ」
「母さんだ! イズミ、お尻が痛いので父さんのヒザにのってもいいですか!?」
「ダメです。もう少しガマンしなさい」

 最初の質問がコレってなんなのもう。

 話の本筋に関係なさすぎるし、まだ始まって5分も経ってないぞ。

「……本題に戻ります。聞いたのが一昨日なので少し唐突な感もありましたが、“穏健派”の代表をやってもらえないかという打診がありました」

 ぐるりと会議用の円卓を見回す。

「ここの現在の代表であるネクリからの提案でしたが……。残念ながら、僕は自身が不適当であると考えます。これまで“穏健派”として活動されてきた皆様には“穏健派”としての考え方があるだろうし、逆にこちらには『アンチ・サバト』としての意志がある。矜持、かどうかは分かりませんが」

 皆の視線が集まっているが、1人1人を見ればすでに知っている顔だった。

 魔物娘はゾンビやスケルトンなど、アンデッド系の魔物が多いのは“穏健派”の気質ゆえだろうか。
 全員ちっちゃいけど。

 夫がいる魔物娘からは、昨日話した時には例外なくその仲睦まじさも本人たちから語られている。

 そうして、昨日から今日までにかけて個々人とは直接会っているし、それぞれの人となりも多少は分かってきた。

 だが、まだ足りない。

「“過激派”という共通の敵はいますが、ここに集まった二組織を今すぐ結合させる、というのは少し早まった決断ではないでしょうか?」
「はいっ、はーいっ!」
「どうぞ、マリーさん。……あ、背伸びしなくても大丈夫ですよ」

 ピョンピョンと跳ねて主張しているが、円卓なので別にそこまでする必要はない。

「それならイズミ様、その『アンチ・サバト』はまだしばらく単独で活動する、というお話なのでしょーか?」
「いや、そうでもありません」

 不思議そうな顔をしている者が大多数、冷静に話を待っている者が数割、紙ナプキンで鶴を折っている母親が1人。

 反応は上々だ。
 ごく一部を除いて。

 こういう場では、最初に聞く耳さえ持ってもらえればもう買ったも同然なのだから。
 無関心、それが僕が一番に恐れていたことだった。

「今日こうして集会を開いたのは、他でもない、“穏健派”と『アンチ・サバト』の共同作戦の提案をするためです――――」

 隠し立てなくここに居る皆に向けて話す。

 自分が今まさに、バフォメットの言うところの『ゲーム』の標的とされ、当事者として巻き込まれていること。

 目的も勝利条件も未設定のまま、あいつの横暴によって決められたようなものではあるが、だからこそこちらから付け入る隙があるということ。

 そして僕は、いや『アンチ・サバト』は、彼女と戦うための作戦を進めている最中だということ。

「――これだけの人数があれば、今回の作戦はさらに大規模に仕掛けることが出来ます。そこで、本作戦を“穏健派”と『アンチ・サバト』の共同歩調の第一歩、あるいは試用期間として考えていただけないでしょうか?」

 話を続けていると、ネクリがどこからかホワイトボードを転がして持ってきた。
 説明の補助をしてくれるようだ。

 なんだか、あの部室での今までの会議を思い出す。

 しかし、かつての仲間は敵の手に落ち、今や残った僕らは新たな形へと生まれ変わろうとしていた。

「では、作戦の概要を――――」

 そうして、アネサキ先輩が遺したノートを元にした作戦をこの場にいる全員に伝える。

 作戦開始日時や当日の行動、さらに、前日の備え。
 もちろん、本作戦の有用性も。

 “穏健派”の皆はあまりこうしたアクティブな攻勢を行った経験が無いらしいので、出来うる限り分かりやすく説明を心掛ける。

 もちろん説明の合間には質問も投げかけられた。

 「作戦の意義は?」「必要なものは何か?」「“穏健派”が参加する意味は?」などなど、幾つも提示される疑問に一つずつ答えていく。

 ざっくりとした説明が終わるまで、時間はそうかからなかっただろう。

 最初は作戦についての疑問の意見は多かったが、徐々に納得の声が増えていくのが分かった。

「――――作戦の説明は、以上です。『アンチ・サバト』の皆も、“穏健派”の皆も、どうか協力してほしく思います」

 頭を下げる。

 これが僕なりの誠意の見せ方だ。

「………………はい、じゃあこれ」
「ん?」

 横からにゅっと手が伸びてきて、僕の前に四角いモノが置かれた。

 色紙サイズの白い紙だ。

「………………名前、書く」
「ああ、そういうことか。……皆さん、本作戦に協力して下さるという方は、この紙に順々に名を書いていって下さい」

 自分の名を書き、一番近くに座っていた妹に渡す。

 そして紙が自分から離れていき、円卓を回って1人ずつ名前が記されていくのをじっと見守った。

 手元に戻ってきた紙の、名前の数は22個。

 どれも既に見知った名前が並べられている。

 『アンチ・サバト』が4人、“穏健派”が12人に夫が7人で…………。

 ……あれ、1人足りないぞ!?

「…………イズミ。私、私」
「あっ」

 隣で立っていたリッチの子を忘れていた。

 微妙に半眼でこちらを見てくるネクリに謝りつつ、最後の1人として名前を連ねてもらう。

 書き終わると、ネクリは紙に手をかざした。

「………………古来より、こうした誓約や契約は必ず履行される決まりとなっている。……えい」

 ぼっ、と音がして生じたのは、青い炎。
 なんらかの魔法的なものを使ったのだろうか。

 紙面を舐めるように広がった青い炎は、すぐに紙を燃やし尽くしてしまった。

「………………ということで、おわり。改めてよろしく、イズミ」

 ネクリが伸ばした手を、こちらからも掴む。
 小さな手だった。
 だが、それを今はとても頼もしく感じる。

 ところどころからパチパチと拍手の音が聞こえ、それが周囲に広がっていく。

「まあ……まだ本作戦も始まったばかりだ。気を引き締めていこう」
「ねぇ、イズミ? 後で記録を取る時に『本作戦』のままじゃ書きづらくない?」
「なんか名前考えてよ、イズミ」

 そう言ったのはフタバ姉妹だ。

 確かに、『アンチ・サバト』の時は代表のアネサキ先輩がその都度、作戦に名前を付けていたが……。

 今回参考にしたノートは仮案だったのか、名前は何も記されていなかった。

 そうなると考えるのは、僕、なのだろうか?

「そうだな、何が良いかな……?」

 あまり素晴らしいネーミングを期待されても困るが……。
 あいにく、アネサキ先輩のようなセンスは自分にはないのだし。

 そこで、円卓に着いた各人の前に置かれたモノが目に入った。

 メイドのマリーさんが、会議が始まる前に用意したカップの紅茶と、グラスに盛られた『それ』。

 うん、作戦内容とも合致しているか。

「イズミぃ、決まった?」
「ああ、決まった」

 これまでの作戦は、どれもバフォメットたち……“過激派”の彼女たちの後塵を拝していた。

 しかし今や我々は、彼女らに共に対抗する“穏健派”という仲間を得ている。

 サバトを持ってサバトを制するのだ。

 次は負けるつもりはない。

 作戦名にして、それは――――。


「――――『ビターチョコレート』作戦だ。皆、必ず成功させよう」


 さあ、反撃開始だ。

 僕らとサバトの戦争を始めよう。

 
17/05/30 01:04更新 / しっぽ屋
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■作者メッセージ
 
_人人人人人人_
> 突然の母 <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y ̄

次回は(中編)です。

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