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特訓のお休み |
「えーっと。今日の特訓はなしでいいかな」
いつもの場所に集まってから、少年が変なことを言い出した。 今まで特訓を止めようと言ったことはなかった。 何でだろう。 「あえてその状態で特訓をするという手もあるが」 リザードマンの反応も鈍い。 「その状態じゃあ仕方ないよね」 ラージマウスが笑っている。 首をかしげる。 「そんなにしっかり抱きつかれていちゃあね」 「剣など振れないだろう」 二人が私を見る。 そういえば思い出した。 私は朝からずっと、少年に抱きついていた。 「最近、様子が変だなーと思っていたんだけど。今朝はずっと、こうだから」 少年が私を見る。 首をかしげる。 昨日はあまり一緒に居れなかった。 だから今日はその分、一緒に居ようと思った。 「それはわかったが」 「良いじゃない。たまにはノンビリと過ごすのもさ」 リザードマンは特訓が出来なくて残念そう。 そう言えば、最近はラージマウスを良く見かける。 「うん。いつも気づいたらいなくなって居るのに」 それはハーピーの仕業。 「え、そうなの?」 「いやさぁ。私は気づいたんだ!」 「何に気づいたの?」 「あのハーピーが私に付きまとってくる理由だよ」 何だった? 「発情期だったんだよ」 はつじょうき。 「はつじょうき?」 私と少年は首をかしげる。 発情期って何? 「うん。僕も知らない」 「えっとだねー。発情期って言うのはねー」 「子供に教えることではないだろう」 「いや。魔物的には正しいんじゃない?」 「……元人間のお前に言われるのも癪だが」 はつじょうきと言うのは、誰彼構わず仲良くしたくなるものみたい。 動物にもはつじょうきがあるみたい。 でも、発情期とはつじょうきって何が違うんだろう。 ふしぎ不思議。 リザードマンやラージマウスにはつじょうきはないの? 「な!? リザードマンに発情期は、ないな」 「ラージマウスに発情期はないけど。年がら年中、誰彼構わず仲良くしたがるみたいだよ」 「そうなんだ」 「魔力を適度に発散してれば、仲良くしすぎるって事にはならないけど」 首をかしげる。 仲良くしすぎたら困ること、ある? 「えっと。他の人と会わなくなったりするとかさ」 まるで父様と母様みたい。 「あはは。リザードマンもそうなんじゃない?」 「ノーコメントだ」 「リザードマンって、剣の修行は親から受けたの?」 ラージマウスがリザードマンに質問。 リザードマンが頷く。 「ああ。父は強かった。そして、母は厳しかったな」 そうなんだ。 「父と母の馴れ初めはよくある話だ。母との勝負で父が勝った後、母が父に求婚したのだ」 リザードマンは、自分に勝った男性と夫婦になる、みたい。 母様が言っていた。 ドラゴンとリザードマンは似ている所が多いって。 「私は仲のいい両親の姿しか知らないが。昔は険悪な中であったらしい」 「どういう事?」 少年が首をかしげている。 「町の近くに住んでいた母へ、父が何度も襲撃を繰り返していたそうだ」 「うわぁ。お父さんってもしかして、冒険者?」 「そうだ」 「何度も母を襲撃するうちに母を圧倒する様になり、そして母に打ち勝ったという」 「冒険者って基本的に魔物を討伐しようとするからねー」 勝ってからどうなった。 「夫婦になった」 「結婚式は挙げなかったの?」 「夫婦になった」 首をかしげる。 「家ではもっぱら父に甘える母の姿しか見た事がない。私にも当時の事はよくわからないのだ」 「あはは。ご馳走様ってね」 仲が良いことはいいこと。 「たまに夫婦の営みが原因で特訓の時間がなくなる事があった。文句を言いたいのだが、言いづらい。辛い日々だった」 「魔物の娘ならではの悩みだよね」 「私は元人間だったけど、夫婦の仲は良かったよ」 「ほぉ。そう言えば、お前は元人間だったな。どんな生活をしていたのだ」 「どうって言われても。二人とも冒険者だったよ」 興味津々。 「ウチは父さんが探索者、母さんがシーフだったんだ」 「シーフ? 盗賊さん?」 「いやいや。シーフってのは、盗賊の技術を悪用しない人の事を言うんだよ」 でも物を盗む。 「うーん。人に追われるのが盗賊で、追われないのがシーフ?」 首をかしげる。 「実は私もよくわからないんだ。その違い。母さん、普通に人に追っかけられていたし」 「私が生まれてからも色んな場所を転々としていたんだけどね」 何かあった? 「事件があったんだ」 「事件か。それが理由で魔物になったのか」 「そうだよ。母さんがね」 首をかしげる。 「邪教徒のアジトを見つけたので討伐して欲しいって話だったんだけど。あっさり全員捕まったと言うか」 ラージマウスが変な顔をしてる。 「入った途端に物凄い量の魔力でみんなやられちゃってさ。気づいたら母さんはダークプリースト。父さんもインキュバスになっていたよ」 わぁ、大変。 「私は魔物になんかなるもんかーって逃げ出したけどさ。途中でラージマウスに噛まれて、そのまま魔物になったってわけ」 「両親とはもう会っていないのか」 「そりゃねー。堕落の神様の作った異界にいるらしいからねー。たまに手紙が届くけど、元気にヤってるみたいだよ」 「それは何よりだ」 もうすぐお姉さん? 「それは知らないなぁ」 少年が不思議そうにしている。 「じゃあ、次は少年の番だよ」 「ええ、僕? 僕がどうかしたの」 「少年の家族の話を聞きたいな」 「ええ!?」 「そうだよ。そういう流れだったじゃない」 興味津々。 「僕のお父さんとお母さんは魔物じゃ無かったよ」 「そりゃそうでしょ。魔物だったら、男の子は生まれないしねー」 「あ、そうなんだ」 そういうもの。 「僕のお父さんは商人さんで、お母さんが宿屋さんをしていたんだ」 「へー。冒険者じゃなかったんだ」 「うん」 だから行商人のおじさんとよく話をしていたり、宿屋の手伝いをしていたの? 「そうなんだ」 「なぜ冒険者になったのだ」 「うん。僕、魔物が嫌いじゃないんだ」 「それはわかるよ。こうやって話をしている位なんだし」 「でもね。お父さんもお母さんも魔物が嫌いなんだ」 少年の表情が暗い。 「僕は、もっと小さい頃に魔物と遊んだ事があるんだ」 初耳。 「うん。その子が何の魔物か覚えていないんだけどね。そんな事があってさ。皆が言うみたいに、魔物が怖いと思えなかったんだ」 「我々魔物としては嬉しい限りだが」 「人間の中で過ごすんんじゃ、難しいよね」 「うん。僕が幾ら言ってもさ、お父さんもお母さんも、魔物が怖いって」 魔物はずっと、人を食べ続けていた。 それは仕方のないこと。 「でも本当はそうじゃないってわかって欲しいんだ」 「殊勝な心がけだ。それで冒険者になったのか?」 「んー。ドラゴンってさ。凄く怖いって言われているでしょ」 「あー、なるほど」 ラージマウスは何かわかったみたい。 「だからドラゴンをつれてきて、本当は怖くないんだよって伝えるんだね」 「うん!」 おたくの息子さんを下さいの挨拶? 「なにそれ?」 「あはははは! 魔物的にはそれ以外に無いよね!」 「……つくづく思うのだが。お前たちの考え方は私よりも魔物に向いていないか?」 「頑張れ、剣の子!」 「私の方が年上だ! ……多分」 大丈夫。 きっと年上。 「だったら、頭を撫でないでくれ」 「じゃあ最後に、君のお父さんとお母さんの話だよね」 父様と母様の話は、リザードマンにちょっと似ている。 「そうなんだ」 母様の所に父様が押しかけて。 熱烈なアプローチをして。 母様がそれを受けて。 結婚したって聞いた。 「そうなんだ。お母さんは何をしていたの?」 盗賊を襲っていたって聞いた。 あと行商人とか? 「それって盗賊じゃない!」 でも盗賊じゃないって言ってた。 他には、二人は部屋に篭ると中々出てこなかった。 「中で何をしていたの?」 中に入ると母様も父様も、変な顔をしてた。 「二人の手伝いをしてたとか?」 ご飯は用意した。 「……親としては複雑な心境だったのだろうな」 「でもさー。何で一人旅をしてるの? 家出とか?」 家は出ている。 「そういう意味じゃないんだけどねー」 私は父様と母様しか知らない。 だから他の人をもっと知るために旅をしている。 「色んな所を回っていたの?」 うなずく。 色んな人間を見てきた。 優しい人、厳しい人。 嫌な事を言う人、親切に教えてくれる人。 仲良くなった人もいたし。 仲が悪くなった人もいた。 「そうなんだ。でも、どうしてずっとお酒を飲んでいたの?」 ……。 「お酒を飲んでたの? この子が?」 「うん。ずっとお酒を飲んでたよ。最初に会った時」 ……。 「ひひゃい、ひひゃいよ〜」 「あはははは! まるでそれってさ」 「ギャンブルに負けて不貞腐れた酔っ払いみたいだな」 「ひたたたたた! みみ、みみいたい〜!」 「尻尾、尻尾が千切れる!」 「あははは! ひひゃ、ひひゃいって〜」 少年のことが少しわかって嬉しくなった。 少年はドラゴンと友達になりたかったのかな。 ドラゴンはあまり顔を出さないし、討伐の依頼も無いからどこに居るかわからない。 だからクエストの依頼を見て、受けたのかな。 私と少年の出会いは不思議の塊。 こうして一緒にいるのも不思議のかたまり。 もう少し、不思議が続いたらいいな。 でも。 一つだけ間違ってる。 私は駄目な酔っ払いじゃない。 |
13/01/27 21:00 るーじ
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