戻る / 目次 / 次へ

真面目な人は損をしない?

 この砂の町に滞在してからはや1週間が過ぎた。
 長い冒険者生活をしてきた私たちは言ってみれば流浪の旅人。
 見知らぬ町に訪れて情報を収集し、そして去っていく。
 だから今回のように同じ町に1週間滞在するのは珍しい。
 それでも旅人としての経験から、短期間で町の順応する事ができる。
 1週間もあればこの変わった町にも慣れてくる。
 しかし、しかしである。
「野外で襲われる事に関しては、慣れたくは無いですね」
「つれない事を言わないで? ハンサムさん」
「私は外向的で精に対し奔放な人間では無いですから」
 照りつける太陽。
 砂漠地域によくある街並みを楽しむ間もなく、私は走り続けている。
 硬い土壁の建物、整地された砂の道路。
 寝転がっている人たちに足を引っ掛けないように注意しながら、T字路を右に曲がる。
 どうしてこうも必死に走っているかといえばだ。
 浅黒い肌の女性が追いかけてくるのだ。
 どうして女性から逃げているのかと言えば、彼女はちょっと普通の女性では無いから。
 肌の露出の多い服装、と言って良いのか。
 彼女の身につけているものといえば全身に白く幅の狭い布、いや包帯を巻きつけているだけ。
 入院患者が病院から脱走したような姿なんだ。
 ちなみに、詳しく確認していないけど下着は全く身につけていない。
 彼女達はそういうものなんだ。

 下手に下着姿で居るよりも刺激的な彼女がなぜ野外にも拘らずそんな格好で居るのか。
 そして何故追ってくるのか。
 それはこの町の特徴だとしか言いようが無い。
 ちなみに彼女に追いつかれるとどうなるか。
 怪我はしないと思う。
 殺されることもたぶんない。
 ただちょっと、刺激的なコミュニケーションをとる事になる。
「大丈夫だって。嫌なのは最初だけ。すぐ、恥ずかしいのも良いもんだって思うようになるよ」
「ごめんこうむります」
「折角立派な物持っているのにさ」
「くぅっっ!!」
 羞恥に顔が熱くなる。
 追いつかれるとどうなるかと言えば、答えはそこらに転がっている。
 いい加減見飽きた、男女の営みごと。
 この町では当たり前の光景で、そこかしこで裸同然の男女が絡み合っている。
 絡み合う女性達に共通していることだが、彼女達は包帯しか身につけていない。
 その理由を聞こうにも、私は逃げるのに精一杯で質問も出来ない。
「いいじゃないか。たっぷりとサービスするよ?」
「他を当たってください!」
 私は彼女を嫌っているわけではないが、野外で、しかも人目にさらされながら交わる性癖は持っていない。
 冒険者として長年培ってきた体力があればまだ逃げられると思うのだが、そう甘くは無い。
 いずれは捕まって、口ではいえないようなことを。
「しまった、袋小路か!?」
「へへー。もう逃げられないよ?」
 されてしまうのだ。


 数人がゆったりと過ごせる宿の一室。
 砂漠町特有の硬い土壁と土床。
 そして木製の丸テーブルと椅子数脚にベッドが2組。
 私たち4人はそれぞれ椅子やベッドに腰掛けてひと時の休息をとっている。
 理由も鳴く空を眺めていると視線を感じた。
 顔に疲労の色を残す若い男の仲間、リードだ。
 彼はガラス板の無い窓枠にもたれかかって気だるそうにしている。
「いよぉ、バード。今日は何回だ?」
「合計すれば7回。使った薬は3本分」
「使いすぎだろう。俺なんて10回だぞ?」
「いや。さすがに7回も捕まれば枯れてしまうよ」
「……ヤッた回数は?」
「聞くな。数えたくも無い」
 私とリードは本日何度目かのため息をつく。
 そこへ後ろから冷ややかな少女の声が聞こえてくる。
 私のパーティのリーダー、ケイトの声だ。
「止めてくれる、そのため息。部屋が湿っぽくなるわよ」
「カラカラ乾いた暑さが和らぐって事にしてくれ」
「なら、ウェットの聞いたジョークでも言いましょうか?」
 今度は幾分年上の女性の声。
 レイチェルだ。
 ちらりと視線を向けると、何時も通り退屈そうに目を細めている。
 ベッドに足を組んで腰掛ける姿は、ショートパンツから見える太ももが実に扇情的で目の毒だ。
 リーダーのケイトが直感で行動するのに対し、レイチェルは計算で行動する。
 いつでも沈着冷静な物腰なので彼女がパーティのリーダーなんじゃないかと思うときがある。
「おいおい、マジかよ」
 ジョーク、という言葉に反応したリードがげんなりと彼女を振り返る。
 レイチェルの眉がぴくりと動く。
「……どういう意味?」
「勘弁してくれ。レイチェルのジョークは涼しくなりすぎるんだ」
「いいじゃないか。ジョークの一つもいえない私よりはずっとマシだよ」
 口論が白熱する、そう感じてすぐさま私が間に入る。
 ノインが不調で動けない分、私が仲裁しなければいけない。
 このパーティのメンバー達は良くも悪くも癖が強いから。
 レイチェルは直ぐに引いてくれたが、リードがまだ文句を続けようとする。
「いや、ジョークが言えればいいってもん、いや、わかった、わかったって」
 その私の努力を無視するようにリードが困った事を言うので、じぃと彼の顔を睨む。
 私の懇願が効いたか、リードもしぶしぶ収めて。


 場が落ち着いたところで私はレイチェルに尋ねる。
「ノインの様子はどうなんだい」
「落ち着いてるわ。供給先が安定しているから暫くは問題ない」
 不満半分安心半分のレイチェル。
 いつも無表情というか仏頂面と言うか、とにかく感情が読めない彼女だが、長い間一緒に冒険をしてきた僕には彼女の表情からそういった感情が読み取れた。
 その言い方は無いんじゃないかと私は内心むっとする。
 可愛い妹分の今の境遇を考えればわからないでもないけど、リードのことをまるで考えていない。
 供給先と言われた当のリードは怒るでもなく、済まなそうに笑っている。
 重苦しくも無い、奇妙な沈黙に包まれる中、ケイトが腰に手を当ててフンと鼻を鳴らす。
「いいわよねー。かわいいノインにしてもらって、しかも感謝までされるんだから」
「そういうなよ。そりゃ、うれし恥ずかし気持ちいいでここが楽園なのか!?ってくらいいいこと尽くめで、俺こんなにいい目に合っていいのかよって思うけどさ。やっぱ、ノインになんかわりぃし」
 一部正直すぎる感想があったものの、その意見には私も同意する。
 他の二人も同じで、視線を床へと落としている。
「仕方ないのよ。マミーは理性を失えば精を補給しようとする。方法を問わず、ね」
 感情を押し殺した声。
 こんなレイチェルを見るのは滅多に無いことだ。
 それだけ状況が悪いという事なのだろう。
 彼女が危惧している事は私にもわかる。
 理性を失ったまま誰かと交わり処女を失ってしまったなら。
 そうして精を補給して理性を取り戻したなら。
 ノインは一体どうなってしまうのか。
 私は女性ではないためその辛さは想像も付かないが、そうなってはいけないのだと言うことはわかる。
 暗い空気を吹き飛ばすような笑顔でケイトがレイチェルの肩に手を置く。
「気にする事無いじゃない。今はまだ多めに飲んでれば大丈夫なんでしょ」
「ええ。対策を錬る時間は幾らでもあるわよ」
「リードが種無しになる前にケリをつけないとね」
 ちらりと悪戯っぽくリードに視線を向ける。
 不穏な発言にリードが愕然とする。
「ちょ、俺の運命までかかってんのか!?」
 想像以上に深刻な問題を突きつけられてリードが大声を出す。

「いや、その心配は恐らく無いよ」
「どうしてそう思うの? いや、私もなんとなーく大丈夫かなとか、思ってるけどさ」
「ケイトの言葉を聞いて確信したよ。魔物と交わっても、不能にはならないさ」
「いや、私の言葉をって……っ」
 唐突に顔を赤くして背けるケイト。
 何か失言があったかとレイチェルを見るが、両手を広げて苦笑された。
 私の疑問などお構い無しに、私の両肩を掴んで必死の表情のリード。
 戦士の怪力で体を揺さぶられて軽いめまいに陥る。
「ほんとか? 本当に俺は種無しにならないんだよな!?」
「ああ。だから、まず揺らすのは止めてくれ」
「へ? ああ」
 くらくらとする頭をさする。
 まだ不安そうにしているリードに人差し指を立ててみせる。
「一番わかりやすいのは、サキュバスだよ。あの魔物に精を吸われても尽きず、むしろより精が活発になるという話を本で読んだ事がある」
「なにそれ?」
「インキュバス。サキュバスの男版って意味が強いらしいけど」
「は? 魔物なのか?」
「詳しい事は本人に聞かないとわからないけどね。他の魔物と夫婦になったからって種無しになった、っていう話も聞かないし」
「わからないわよ。子を作る力の無い精液しか出てこなくなるってことはありえるわよ」
「ちょ、せい……っ」
「私も詳しい話は聞いていないからわからないけど。やはりここは一つ魔物たちに聞いてみたほうが良いんじゃないかい?」
「魔物って、マミーに?」
「いや、どうやらマミーたちには管理者が居るらしいんだ」
「包帯連中の管理者って言うなら、全裸のストリーキングかしら?」
「ぜ、ぜんらっ!? 町中で!?」
「どうも違うみたいだよ。私も詳しい話は聞いていないからわからない」
「だったらマミーとセックスしてばかりいないで、きちんと情報収集しなさい」
「うん。そうするよ」
「せ、せせ、せせせっ!!」
「あとケイトは少し落ち着いてね」
 先ほどから私たちの会話を聞いて一人赤面しているケイト。
 彼女は色恋沙汰に疎いのか、こういった話題にはしきりに顔を赤くしてうろたえてばかりいる。
 顔を真っ赤にして慌てふためくケイトを眺めながら、気がかりがまだ残っている事に気づく。
 言葉だけで顔を赤くしてばかりの彼女が、そこら中で営み合っているこの魔物の町で暮らしていけるのだろうか。
 同じ事を考えていたらしいレイチェルと視線が合い、二人してため息を付く。
「全く。貴女がそんなだから、ノインの食事を見守る役目は私だけになっているのよ」
「え、見守って……?」
 一瞬、聞き間違いかと思った。
 確かに勢いに任せて襲い掛からないようにと見るのは大事だが、よりにもよって行為中を長い間共に過ごしてきた仲間に観察(いや監視か)され続けているというのか。
 酷い話だが私は自分が供給役でなかったことをひそかに感謝した。
 私には彼女の冷ややかな視線を受けながら口淫を受けるなどとてもではないができはしない。
 だからまことに卑怯ながら、私の出番が来ないように彼の退路を断つ事にする。
「リード。君は本当に凄い男だったんだな」
「……ふっ」
 リードはただただ空虚に笑っていた。
 彼は窓枠に腕枕をして晴天の青空を見上げながら、ひっそりと黄昏ていた。



 町は日中も騒がしく動き回る。
 よくある光景としては市場に響く商人たちの声。
 簡易の屋台で肉を売ったり布を売ったりする光景はこの奇妙な町にあっても同じ様だ。
 購入しているのはやはり旅人や冒険者達だが、まれにマミーらしき姿も確認できる。
 服を着ていても白い包帯を身につけていればよくわかる。
 何度か見たことのあるこの町の光景だが、改めて見てみると不思議な気持ちになってくる。
 人と魔物が共に過ごす環境。
 その一つがここにこうして広がっているのだ。
 教会が広める反魔物思想に馴染めず冒険者となり方々を歩き回ってきた私にとって、この町の存在そのものが大きな意味を持っているのだと気づいている。
 それは、人と魔物の共存。
 魔物を悪とし滅ぼすべき存在だと教わった私は、その可能性をこの町に見出す事が出来て大きな衝撃を受けた。
 この町が「砂漠の町」となったのは今から10年ほど前。
 たった10年で人と魔物が共存できる仕組みが作られたのだ。
 もしかすると、私が生きている間に人と魔物が手に手を取り合い過ごす日々が実現できるのかもしれない。
 この町に来て、この事実に気づいた時、知らず涙が零れた。
「おいおい、そこのにーちゃん」
 万感の思いを振り返っていると、明るい男性の声が無遠慮に投げかけられた。
 見ると、屋台を並べる商人の中で顔と体に脂肪をたっぷりと蓄えた男の商人がこちらに近付いていた。
「いよぉ、そこのにいちゃん。何か買って行けよ」
「いえ、生憎持ち合わせが無くて」
「気にするなって。この町は男にとっちゃ最高の稼ぎ所なんだからよ」
 稼ぎ所、という言葉の使い道が違っているのではないかと無為な思考がよぎる。
 無論彼の言わんとする意味は私にきちんと伝わっている。
「この町で使用可能な貨幣の事ですか」
 にやりと彼が品の良く無い笑みを浮かべる。
 腰に下げている小袋に手を入れ、硬く薄い円形の金属を何枚か取り出す。
 大きさ、色、紋様がバラバラのこれらは、ファランと呼ばれる通貨だ。
 私の持っている通貨の種類と枚数を見ると商人は顔の皺を深めるように笑う。
「にいちゃん、あんた見た目によらず随分とアッチの方は強いんだな」
 私は返事をしなかった。
 真昼の日光以外の理由で顔が熱くなっている。
 なぜなら、ファランという通貨はこの町で貢献したヒトにだけ支給されるものだから。
 貢献と言えば建物を作る事や物品を供給する事も含まれるが、最たるものは食糧の供給。
 ……。
 町の住民への食糧の供給が最もポピュラーな貢献の方法なのだ。
 ……。
 私も好き好んで貢献したかったわけではないが、この町ではおよそ不可能に近いことだとこの1週間で思い知った。
 ……。
「かっかっか。いいじゃないか。気持ちよくて金も稼げて、しかも感謝までされるんだ。案外あんたの天職なんじゃないか?」
「私は露出狂の類ではない!!」
 頭に血が上っていた私は思わず大声を出してしまう。
 一瞬、場が静まり返る。
 静寂に包まれて私の血の気も引いていく。
 皆が私を注目している。
 私は、という言い方はまるで私以外が露出狂だと公言しているように捉えられても仕方が無い。
 殴る蹴るは当たり前かと観念して目を硬く閉じる。
「かーかっかっか。そりゃそうだ。にいちゃんは真面目そうだからなぁ」
 静寂を破る声が聞こえる。
 商人の良く通る笑い声が響く。
 薄く目を開けると、私に話しかけてきた商人が腹を手で押さえて大声で笑っていた。
「いやぁ、わるいわるい。からかって悪かったよ」
 バンバンときつく頭を叩かれる。
 荷運びで鍛えられた太い腕と分厚い掌で叩かれ、視界が明滅する。
 痛みに頭を摩っていると、周囲に市場のざわめきが取り戻されていく。
 私の失言は彼のお陰で上手く流されたようだ。
「すまない。助かった」
「悪かったって思うんなら、何か買っていってくれるか? 今なら特別に割引サービスしてやろう」
 謝罪を断らず、逆に贖罪の機会まで自然に与えてくれる。
 処世術に長けた彼の心遣いに感謝し、私はファラン通貨を一枚摘み上げた。
 
 買った商品を小脇に抱えて町を散策しているとわかる事がある。
 例えば、この町には砂漠特有の種族が居るという事。
 一度だけ獣の特徴を備えた少女を見かけたことがあった。
 耳と尻尾からワーウルフの近似種とわかったが、彼女は「外」のワーウルフにはかなり失礼な言い方になるが、「外」のワーウルフに比べて非常に理知的だった。
 貴族、いや学者の様だと思った。
 特に話しかける用事も無いためその場はソレきりだった。
 他にはアラクネと良く似た種族、ギルダブリル。
 彼女達もまた甲殻の虫脚を下半身に持つ魔物なのだが、アラクネと違うのは甲殻の尾を持っていることだ。
 尾の先端からは麻痺性の媚薬が分泌される。
 効果の程は身を以って知っている。
 彼女達の性欲の強さについても同様だ。
 あの夜の記憶を思い出すだけで隆起してしまうほど激しい体験だった。
 お陰で私はその翌日、昼の太陽が昇るまでは身動きが取れなかった。
 毒の効果と肉体疲労の双方が私の起床を遮るのだ。
 ベッドで横になっている間中ずっと、ケイトの冷たい視線が痛かった。
「幸いなのは、彼女達に対しても貢献となっている部分か」
 精を食糧としない魔物も数多くこの町には生活している。
 その場合でも「サービス料」として通貨が支給される。
 もし通貨が支給されなかったら、私は今頃入院していただろう。
 私のパーティのリーダーは金を使う時は大胆だが、基本的に金銭面にはとてもうるさい。
 現時点で唯一の稼ぎ手である私が「えっちをして」動けないのは非常識だと、何度も耳を引っ張られてしまった。
「リードに大して見せてくれる優しさを私にも向けてくれると大変嬉しいのだけどね」
 普段から無鉄砲な行動が多く女好きが原因で騒動が起きた事もあるリードだが、ケイトとは仲が良い。
 二人で買い物に出かけたり戦闘時にはいつも隣同士にいたりと、数えればきりが無い。
 以前、レイチェルと酒を飲んでいる時にその話をしたのだが、なぜか深いため息を貰ってしまった。
 理由はわからないが、彼女もあの二人に関して思う所があるのだろう。
 まさかとは思うがレイチェルがリードに好意を持っているのか。
 だとすればリードは酷く尻に敷かれそうだ。
「おにーさん。そこのおにーさん」
 彼は気のいい青年だがいかんせん無計画さが目に付く。
 その点、レイチェルは性格のきつさはあるものの締める所は締める。
 ルーズなリードもレイチェルには頭も上がらないし、意外とあの二人はいいカップルになるかもしれない。
「おーい。そこで立ってないで入って来たらどうなのー?」
 ノインに関してはよくわからない。
 普段は無口で感情が読み取れないがパーティ内でケンカが起きると決まって止めに入る。
 私に心を打ち明けてくれるわけでもないから彼女の性格が掴み取れないが、きっと気立ての良く気の利くノインなら良縁に恵まれるだろう。
「おーい、こら、無視してんの? つーか何しにきたんだよアンタ」
 ケイトだって持ち前の明るさと元気良さがある。
 やや癖が強いものの誰とでも仲良くなれる積極性は私にはない物だ。
 太陽がケイト、月がレイチェルなら瞬く星達はノインといった具合に上手く当てはまる。
 さすがにこんな気恥ずかしい例えは誰にも話していないが、自分では上手い例えなのではないかと気に入っている。
「こら。無視しないでってさ」
 いい加減焦れてきた彼女が私の頬を柔らかく抓んできた。
 思考の渦から意識を戻すと、すぐ目の前に膨れっ面をした包帯姿の女性が居る。
「いえ、すみません。少しこう……自分の良心や理性と相談をしていたのですよ」
 彼女の後ろに建物の看板を再確認して諦めの声を漏らす。
 看板には「マミーのお宿」と書いてあった。


 ドクドクと心臓が脈打つ。
 案内された部屋はベッドが一つある簡素な内装。
 かなり使用されているにも関わらず室内はあまり汚れていない。
 代わりと言っては何だが、シーツを変えてなお残る強い性臭が立ち込めている。
 私は性欲をグツグツ煮立たせる様な甘い匂いが立ち昇るベッドに腰掛けている。
 顔が熱い、手が震える。
 この部屋の用途、いやそもそも自分が何故ここに居るのかを意識してしまう。
 早く終わって欲しい。
 私はこういうことには慣れていないし、慣れたくもない。
 だが慣れなければいけないのだろうとも思ってしまい自己嫌悪に陥る。
 先ほどからその繰り返しだ。
 町では珍しい木製のドアがノックされる音に、ひときわ心臓が強く脈打つ。
「ど、どうぞ」
「はーい」
 ドアを開けて入ってきたのは頭部以外を包帯できつく巻いているマミーの女性。
 私よりも数才年下に見える、女性とも少女とも付かない顔立ち。
 健康的に焼けた肌は艶やかで頬は柔らかなカーブを形作っている。
「ふふー。あなたは初めて見る顔だねー」
「え、ええ」
「あはは。そんなに緊張しなくて良いよー」
 私の体を見てうっとりと目を細める。
 見た目にそぐわぬ艶っぽい表情に私はゾクリとし、唾を飲み込む。
 私の反応を見て彼女がおかしそうに笑う。
「まさかとは思うけどさ。お兄さんは童貞さん?」
「い、いや。経験はあるほう、だ」
「でもこういう「お仕事」の経験はないって顔だね」
 図星だ。
 甘える猫のように近付いてきた彼女は手を伸ばし私の頬に触れる。
 絹の様に滑らかな包帯の感触。
 頬の柔らかさを確かめるように繊細な動きは、体を巻きつけていく蛇を思わせる。
「3回コースだけどさ。お兄さんの好きな方法で良いよ?」
「では、3回とも手でお願いしたい」
「んー? お兄さんって手コキフェチ? 意外ー」
 うっすら細めた目が観察するように私を見つめ続ける。
 彼女は笑いながらも彼女は手の動きを止めない。
 私の緊張を解すように、あるいは獲物の毒が回るのを待つ蛇のように、ゆったりと私の頬を撫で続ける。
「違うねー。もしかしてさ。お兄さんは所謂「恋人としかえっちしたくないんだ」っていうタイプ?」
 返答に困り言葉を詰まらせる。
 すると彼女は楽しそうに笑って唇を重ねてきた。
「ん、ちゅ、ちゅっ、ちゅ」
 啄むように唇同士を合わせる若々しいキス。
 角度を変え、吸う長さを変え、唇同士を擦り合わせる。
 てっきり舌を絡める深いキスをするものだと思った私は戸惑いながらキスを受け続ける。
 キスを堪能した彼女は甘い吐息と共に唇を離す。
 うすく開いた目は変わらず私を観察する。
「ねぇ。正直に答えて。あなたは気持ちよくなりたいからここに来た?」
「いや違う」
「じゃあさ、お金が欲しいからここに来たの?」
「……」
 金の為だけに女性を抱く。
 あまりに身勝手な行為だ。
 愛情も何もない、道徳的に許されてはいけない行為だ。
 私がいまこうして女性をキスをし、その先へと進むことは道徳的に許されてはいけない。
 今更ながら私は他の方法は無かったのかと悔やみ出す。
 沈黙。
 居心地の悪い静寂を破ったのは彼女だった。
「……?」
 軽い、本当に唇を重ねるだけのキス。
 互いの体温を分け合い、柔らかさを確かめある優しいキス。
 この町に来て以来初めての経験に私は当惑する。
「ふふー。お兄さん、いい人だね。ちょーっと真面目すぎるけど」
 彼女は最初見たときよりも爽やかで綺麗な笑顔をしている。
 顔立ちが綺麗とかではなく、どういえばいいのか。
 物欲も性欲もない、感情そのままの笑顔だった。
「折角だから覚えておいて」
 優しく笑ったまま彼女は体重をかけて私をベッドへ横たわらせる。
「女ってのはね、どれだけ良い男と寝たかで人生が変わるもんなのよ」
 可愛らしい外見に似合わない人生の深みを感じさせる言葉、と感想を抱く間に唇が重ねられた。
 今度は荒々しく暖かな舌が私の口内を蹂躙し、柔らかな胸が押し付けられる。
 思考が纏まらずにぼぅとし始めてから彼女が少しだけ離れる。
「ついでにおまけ。女の子の年を推し量っちゃ駄目だよ?」
 クスリとおかしそうに笑う彼女を見て、女性は魔物だと言う父の言葉を思い出した。

「ん、んぶぅ、じゅるるるる」
「く、うぅっ」
 空気を吸う音が部屋に響くほど強力な吸引に、私は思わず精を放ってしまう。
 射精に陰茎が脈打つ度に彼女は頬をすぼめ、喉を鳴らして精液を飲み下す。
 尿道に残っている精液も残らず吸われ、私は射精後の脱力感に身を委ねる。
「ん。やっぱり濃いね、お兄さんは」
「そういうものか」
「魔法とか体力とかに自信のある人って大抵精が濃いんだけど。お兄さんって何してる人?」
「私は、冒険者だよ」
「ふーん」
 冒険者にも色々とある。
 それこそ戦士やシーフ、レンジャーに魔法使い、アーチャー。
 変わった所では動物使いや召喚術士なんてものも居る。
 要するに仕事の為ならば遠く離れた所へでも旅をするフリーランサーが冒険者なのだ。
 職業を訊ねられて応える分には問題はない。
 だが、彼女の問いかけに対しての返答としては不十分だ。
 それを承知で私は冒険者と答えた。
「ま、いいけどさ」
 深く問わずに彼女は包帯を解きだす。
 出鱈目に巻きつけている様に見えた包帯は彼女の手により胸元だけが露出されていく。
 手に余るほどの大きな、とまではいかないまでも程よい形と大きさの胸が現れる。
 日に焼けている滑らかな肌質は室内の明かりに照らされ、健康的な色気と妖しい色気の二つを内包している。
 胸の大きな魔物から何度も胸でされた事のある私はその感触を想像する。
「パイズリしたいって顔だねー?」
「そういう訳では、その」
「残念だけど今回はお預けー。さ、手を出して」
 お預けと言われて意気消沈した自分を内心で叱り付けていると、彼女が私の腰に跨ってきた。

 本番をするのかと思ったが彼女は私の性器を通り過ぎた位置で腰を下ろした。
 疑問を抱く私を無視し、彼女は圧し掛かるような姿勢のまま私の手をとり自分の胸へと導いていく。
 砂漠地帯にあってなお私の肌は白いままで、色違いの私の手はまるで聖域を侵すようだ。
 しかし明かりの影になっているの彼女はまるで私を犯すかのように、笑みを浮かべて覆いかぶさっている。
 奇妙に背徳的な興奮。
 脈打つ心臓、疼く男根。
 焦らす様に、躊躇う様に、ゆっくりと私の手が近付いていき、そして触れる。
 柔らかい。
 そう思い浸る間もなく柔らかく弾力のある胸に私の白い指が沈んでいく。
「んんっ」
 自分以外の手に快楽を感じたか、彼女が気持ち良さそうに体をよじる。
 彼女の押し付ける力が増すにつれて強い弾力が手に伝わる。
 もっと触れていたいと思うほど肌は滑らかに官能的で、硬くしこった乳首が私の欲情を燃え上がらせる。
「好きに弄って良いよ」
 手を握ろうかという調子で彼女が誘いかける。
 彼女の許しを得た私は理性を失い、きつく胸を揉み、あるいは褐色の肌に舌を這わせる。
 揉めば揉むほど甘い疼きが掌を通じて腕に伝わり、舐めれば舐めるほど甘い味わいに体が震える。
 魔物。
 その単語が頭をよぎり、快楽に押し流される。
 呼吸は獣の様に荒く、思考は獣その物へと変貌する。
「じゃ、君はこっちで満足してね」
 強く甘い刺激が下腹部に走る。
 ぬるりと痺れるような快楽が広がる。
 視線を向けて気づいた。
 彼女は自身と私の腹の間に挟むようにして、陰茎の上に跨っていた。

 じゅ、にちゅ、くちゅ。
 私は彼女の胸を無我夢中に弄り、舐める。
 彼女はベッドに手をついて腰を動かし、互いの性器を擦り合わせる。
 多量に分泌された愛液は私の太ももや腹部を濡らすほど。
 その愛液で滑るの良くなった部分を擦り合わせる。
 何分経ったか、何秒経ったか。
 私はすぐに限界に至る。
 ドクンと強く脈打ち、私の腹から胸にまで精液が飛び散る。
 自らの精液で自らを汚す。
 下らなくも堕落した自らの有様にさえ興奮する。
 2度、3度。
 脈打ち精液を放ち、自らを汚し続ける。
 精を放ち終わると私と彼女は息を荒くしたまましばらく動きを止める。
「ふふ。どう? こういうのは」
「私の数少ない理性が、警鐘を鳴らしている気がする」
「……あははっ。本当に面白いね、お兄さんは」
 にちゃりと体を離すと、彼女は私の体に付着した精液を丁寧に舐め採っていく。
 上目遣いに私を時折見つめ上げる愛らしい仕草に興奮が増す。
 自然な流れで私は彼女の頭を撫でていた。
 嬉しそうに彼女は笑って、舐め上げる行為に熱を込める。
 私の精液が全て彼女の唾液に代わった頃、彼女がまた私に跨ってきた。
 触れるか触れないかという位置で腰を下ろさないまま、彼女が悪戯っぽく問いかける。
「どんな体位がいい? 犯されたい? それとも……犯したい?」
 犯す。
 そのフレーズにぞくりと背筋が震える。
 ゾンビの様に手が動き、彼女の細い腰に添えられる。
 この少女を犯す。
 思うが様に貪る。
 とても魅力的な響きで、抗い難い。
 試す様に細められた目が私を見つめる。
 私はカラカラに渇いた口を開き、
「ぐっ!!」
 自らの指を血が出るほど噛み締めた。
 体に染み渡る快楽を追いやろうときつく噛み締める。
 肉が避けようと骨が砕けようと構わない力の加え方で噛み締める。
 鈍い痛みが指から広がり、快楽の毒とせめぎ合う。 
 快楽に溶け込んだ思考が形を取り戻していく。
「折角の申し出だが、君のやりたいようにしてくれ」
 血の溢れる指を舐めとる。
 彼女がこの行為を奇怪に思って顔を張り飛ばすのならそれも構わない、と言う意味も含めて。
「うん。それじゃあ好きにするよ」
 呆れた様に笑って彼女が腰を下ろす。
 クチリと先端が触れただけで腰が震える。
「これだけでイッちゃったらもったいないし、ね」
 言って、彼女が一気に腰を下ろす。
 甘くきつく、ねっとりと肉棒に絡みついてくる。
 私の先端が弾力のある何かに押し当てられる。
 くぃと彼女が腰をひねり、その部分と先端が濃厚なキスをする。
 直後、私の思考は白熱して精を放った。
「あはは、ごめんね。あんまりにいい男だったから、瞬殺しちゃった♪」
 気だるさに脱力している私の両頬を手で挟んで、彼女が詫びるように軽いキスをしてきた。

 

「ただいま」
「おかえり。どうだった?」
「いや。当面の資金を、稼いで来ただけだよ」
 夕日が沈む頃になってやっと私は宿に戻ってきた。
 手には数日は過ごせる分の食糧。
 私は空いているベッドに歩み寄ると食料を床に落とし、ベッドへと倒れこむ。
「随分と疲れているみたいね」
「精も根も尽きた気分だよ」
「そう。お疲れ様」
 うつぶせに倒れこんだ私の上に体重がかかる。
「頑張ってよね。リードはノインの事があるし私たちも迂闊に外には出れないから、バードに倒れられるとすごく困るんだから」
 聞こえる声はケイトと言う事は、私の上に乗っているのはケイトらしい。
 背中のツボを押されて、心地よさに思わず声を漏らす。
「サポートはしてあげるから、明日も頑張ってね」
 普段より優しく感じるのは気のせいだろうか。
 私はケイトの体重を感じながら、気持ちのよいマッサージに身を委ね、次第に眠りに落ちて行った。 

戻る / 目次 / 次へ

「あぅ〜、ノインのやつ、遠慮もせずに搾り取りやがってー」
「っっっ、リード、帰ってきたの!?」
「いや、つーかここは俺とバードの部屋なんだけどー、おやすみー」
「へ、ああ、うん、おつかれさまー」
「……」
「……レイチェル、何か言いたいの?」
「何か言って欲しいの?」
「勘弁してよ」


----作者より
今回はイリスいません、ごめんなさい(。。
せっかく主人公(?)パーティがあるのでそっちメインで書きました。
ついでに「文章力が弱いからちょっと詳しく書いてみるか」とか、「えろが弱いからもっと書いてみるか」と考えたら、こうなりました(’’

……かっとなってやった。
今は反省している(。。

ちなみにこういう話での主人公は精力抜群ってのはセオリーなので、
今後は6回7回は当たり前!と思ってください(’’

ちなみにリード君は今回、連続8回絞られたようです(。。



10/05/06 01:17 るーじ

top / 感想 / 投票 / RSS / DL

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33