連載小説
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影繰の歩む道
夜、人気のない平原。
そこに、僕ともう一人はいた。

「……ふむ、いい顔つきになったのう。余計惚れてしまいそうだ」
「そっちこそ、この前のアレは吹っ切れた?」
「なっ!?そ、それは今はどうでもいいことであろう!?というか思い出させるな!今でも恥ずかしいんじゃ!!」

そう、バフォメットのアリアが。
なぜ、ここに僕と彼女がいるか。
それは、アリアが僕を訪ねてきたからだ。




「久しいのう、影繰」
「バフォメットか」

それは、僕が依頼を終えてギルドに帰還する途中のことだった。
彼女が突然目の前に現れたのだ。

「むぅ、つれないのう……妾の名は教えたはずだが」
「殺す相手の名前なんて、いちいち覚えてられないよ」
「まだそんな物騒なことを言っておるか。おとなしく妾の『兄上』になってくれると、妾はうれしいのだが?」
「冗談。僕は影繰だよ」
「……ふむ、いい顔つきになったのう。余計惚れてしまいそうだ」
「そっちこそ、この前のアレは吹っ切れた?」
「なっ!?そ、それは今はどうでもいいことであろう!?というか思い出させるな!今でも恥ずかしいんじゃ!!」

それっきり、二人の会話は無くなる。

アリアが右手を掲げ、その手の中に大鎌を召還する。
僕の影が形を成し、僕の手の中に漆黒の大鎌が現れる。
それを合図として、僕とアリアは駆け寄り、切り結んだ。

カキン!

金属同士がぶつかり合った音が響き、互いの間に火花が散る。
今回は……影が斬られるということは無かった。

「むぅ!?以前よりも硬度が上がっておるだと!?」
「なんか又能力が進化したみたいでね!より強度のあるものが作れるようになったのさ!!」

鎌を横薙ぎに振るい、彼女の胴体を横一文字に切り裂こうとする。
それを彼女は地面にへばりつくようにしゃがんで避けた。

「ふん!素人が鎌を使って妾を倒そうとは……百年早い!」
「元からそのつもりなんてないさ!」

鎌を振り切った僕を、下から切り上げるように狙う。

「安心せい!殺しはしな……っ!?」

ドガッ!

そのまま、彼女の鎌は僕にあたると思われたが、その彼女は僕の視界から消え去る。
振りぬいた鎌を操り、鈍器を持った腕の形にし、影に彼女を殴らせたのだ。
かなりの速度で僕からみて左に吹き飛んでいった彼女をみて、それを追うようにナイフを三本投げる。

カンカンカァン!

「……防がれちゃったか」

吹き飛ばされた隙を突けば当てれると思ってたけど、そう簡単にはいかないみたいだ。
みると鎌を振りぬいた姿で立っているアリアがいた。

「……これはちと効いたな。少々意識が飛んだぞ?」
「殺す気で来ないと、僕には勝てないよ?バフォメット」
「ふん!侮るな、人間。妾はバフォメットぞ?殺す気でなくとも、おぬしを負かすぐらいの実力は持っておるわ」
「そうかい」

互いににらみ合う。

「…………」

相手に勝つには……あの巨人でも呼ぶか?
あの巨人だったら……

「ああ、あの巨人を作り出そうとしているのなら無駄じゃぞ?」
「……バレバレか」
「あの時はこちらも隙だらけじゃったが、今作り出そうとするならば、その隙を妾は見逃さん」
「ちっ」

結局、このままではこの硬直状態は脱せない。
相手より一歩先にいくために、ここはこちらから何かを仕掛け、この状態をこちらがリードした状態で脱しなければ。
しかし、何をすればいいのか。
向こうも同じ思考のようで、何を持って抜け出すかを考えあぐねているようだった。

(……今の状態で、相手を出し抜けるとしたら……)

ふと、ある存在が頭の中をよぎった。

(……!そうか、あれなら!!)

結局、この膠着状態を破ったのは。

「いけっ!」

僕だった。
正確に言えば、僕が影で作り出した獣。
普段は死体掃除に使っているが、どの影で作っても同じ姿、同じ大きさ、同じ耐久力になるこれなら、数で押すということも可能だった。
それにあの巨人と違い、作り出すのに時間がかからない。

「なっ!?くぅ!こやつら……邪魔じゃ!」

アリアの鎌の一薙ぎで数体が切り裂かれる。でも……

「まだまだ作れるよ?」
「くっ!」

切り裂かれた傍から、再び影で獣を作り出す。
それを彼女が切り裂く。その繰り返し。

(とはいえ……きついな、これ)

一見すると押しているのは僕のほう。
しかし、精神的に押されているのは、たぶん僕のほう。
影を連続で操っているためか、頭……特にこめかみ辺りが破裂しそうに痛い。

「でも……向こうも無傷じゃあない」

痛みに顔をわずかにしかめながらも向こうを見やる。
影の獣は彼女に一撃でやられる程度の強度しかない。
しかし、数の力のおかげか、彼女に少しずつ傷を与えている。
一回二回ではわずかな傷だが、それが何十と続けば、無視できないダメージになる。

「そっちが耐えられなくなるのが先か、僕が耐え切れなくなるのが先か……命がけのチキンレースといきますか」




「ぬぅ……思ったよりキツイのう……」

後方から迫ってきた獣を鎌で一薙ぎ。
ついでにその隙を突こうとした獣を魔法で生み出した炎で焼き尽くす。

「まったく、迷いが無くなってよい顔つきになるのはいいのだが……容赦が無くなったという点はいただけないな」

できれば影繰を辞めて妾の兄上になる決意をしてくれればよいものを……

「……そうそう、都合よくことが進まんのは、人間も魔物も一緒、か」

しかし、相手にすればするほど不思議な能力じゃ。
影を操る。そんな魔法は聞いたことが無いし、そもそも魔力が感じられん。

「これが何かわかれば……っと!何か根本的な打開策が見つかるやもしれん……のだが!!」

こちらの怪我もそろそろ無視できないぐらいになってきた。
しかし、あちらを見やると、影繰が顔をわずかにしかめたのが見えた。

「ふむ、向こうもこの勢いをずっと保つのはなかなかに厳しいようじゃの……」

ならば、どちらが先に参るか、競争といこうかのう。

「これで勝ったら、疲れ果てた影繰をお持ち帰りしてくれる」




「はぁ……っ!はぁ……っ!」
「ふぅ……!ふぅ……」

あれから数十分。
結局事態はあまり進行していなかったりする。
僕の精神が疲弊してきたせいか、獣は最早今ある一匹を操るので精一杯。
他の影を作り出す余裕も無い。

「くそっ!数で押せばいけると思ったけど……そうは行かないか」
「言ったであろう……侮るな、と……」

とはいえ、彼女のほうも最早消耗は無視できないようだ。
大鎌を杖代わりにし、なんとか立っている様子だ。

「これが最後になりそうだね……」
「そうじゃのう……これをいうのは何だが、おぬしとの戦いは楽しかったぞ?」
「こっちは楽しくないな……疲れてるよ」
「軟弱者め」

それっきり、会話はなくなる。

僕が右腕を振り上げる。
彼女が何とか己の足で立ち、鎌を振るう。

「これで……」
「終いじゃ!!」

振り上げた腕を振り下ろす。
鎌が振り切られる。

それと同時に、獣が彼女に向かって駆け出し、魔力でできたカマイタチが僕に向かってきた。




「……遅いな、影繰」
「そうですね……何かあったんでしょうか?」

あたしが酒を飲みながら呟くと、それを耳ざとく聞きつけたアニーが返事を返した。

「影繰にいたって、何かあったなんてあるはずがない……とも言いがたいね。世の中、何に関しても絶対なんてありえないからねぇ」
「そうですね……でもククリさん、いくら名言でも、お酒飲みながらいわれても、なんか微妙です」
「はは!悪い悪い」

「ほんとにそう思ってるのかなぁ……」と呟きながらも、なんだかんだいって、私が酒を飲み干すと新しい酒を持ってくるあたり、ほんとアニーはよくできた子だねぇ。

ガタン

「ん?……おお、お帰り、影繰」
「やぁ、ただいま……それと、アニー、何でもいいから食べるもの頂戴」
「あ、はい!分かりました!」

影繰がなにやらふらついた足取りでこちらに向かいつつそういうと、アニーは急いで厨房へと向かっていった。

「……おいおい、ずいぶんボロボロじゃないか。何かあったのかい?」
「ちょっと……ダンスの相手を申し込まれて……ね」
「激しいダンスだこと。傷だらけだよ?」
「はは、じゃじゃ馬でね、相手が」
「ふ〜ん……」

ま、大体何をしてたかは予想がついてはいるけどさ。

「んで、どうだった?」
「ははっ、今回も殺せなかったよ。影繰の名が泣くね、これは」
「その割りに、それほど思い悩んでないじゃん」
「殺せなかった理由が違うからね。」
「ほう?そりゃどういうことだい?」

あたしが、さっきアニーが持ってきた酒の内、一つを影繰に放り投げると、影繰はそれを影を使わず自分でキャッチ。
こちらをジト目でみてきたが、何もいわずコルク栓を抜き、ビンの中身を一気にあおった。

「お!」
「……相手が強かった。ことら結構本気で殺しにいったのに、向こうはこちらを殺そうとしないくせに、僕の全力と相打ちだった」
「それはそれは、一体誰とドンパチかましたよ」
「バフォメット」
「……むしろよくここに帰ってこれたな」

並みの男だったらまず速攻返り討ち。
影繰くらいの実力者で、しかもいい男なら……下手したらお持ち帰りされるか。
それをこの影繰、バフォメット相手に相打ちといいましたか。

「……強くなったねぇ」
「まぁね……ああ、ククリ、そこにある酒もう一本頂戴」
「おや?酒はまだ飲まないんじゃなかったのかい?そういやさっきも飲んでたけどさ」
「……たまには、付き合ってやってもいいかなって思ってさ」
「へぇ……」

ちょうどアニーが料理を持ってくる。
影繰に持ってきたと思われる料理のほかに、酒のツマミになりそうな料理を持ってくるあたり、
ほんとにアニーはできてるねぇ。
そんなアニーが、影繰が酒を飲んでるのをみて、

「キトさんがお酒のんでるぅぅぅぅうううううううう!?」

と驚きの声をあげ、そのときギルドにいた全員が影繰を注目したのは当然のことだった。
影繰はその様子をみて苦笑い。
あたしも苦笑いで返し、酒ビンを影繰に放り投げる。

「ま、今日ぐらいは飲み明かそうや……注目されつつさ」
「そうだね……それがいいかな」

今度は、影繰は影で酒ビンをキャッチした。




「バフォ様おかえりなさ……ひどい怪我じゃないですか〜!!大丈夫ですか!?」
「おお、問題ない。気にするな」
「気にします!ちょっと治療魔法得意な子連れてきますね!」
「やれやれ、ちと心配しすぎではないかのう……」

それだけ愛されてるという事かのう……?
妾は腕の怪我をそっとなでる。
最後の一撃のとき、獣に噛み付かれた怪我。

「……『お兄ちゃんをいじめるな』……か」

あの獣にかまれた瞬間、頭に響いた、幼い少女の声。あれは……

「……影繰の影、その正体……少し分かった気がするぞ」

その後、治療魔法が得意な魔女に怪我を直してもらった後、魔女総出の説教にあったことは、
……まぁ、どうでもいいことか。

「影繰……妾は諦めんぞ?……覚悟しておけ」
「バフォ様!聞いてますか!?バフォ様!!?」
「う〜……もう勘弁してほしいのじゃ〜」
11/02/23 13:41更新 / 日鞠朔莉
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■作者メッセージ
はい、これにて影繰の歩む道は完結です。
ここまで読んで、応援していただいた皆様、感謝してもしきれないです。
さて、毎回恒例のあの一言を……
これはひどい(皆さんの応援への依存度的な意味)

というわけで、影繰は影繰のまま、これからも魔物、教会へ復讐を続けていくでしょう。
そして、アリアも彼へアタックし続けるでしょう。
もはやこれは殺し愛になってしまった……でも、これでいいか。
でも、思いのほか謎が残ってしまった感はぬぐえません。
影繰の能力とはなんだったのか?これをもう少し説明したかった感。

というわけで、この話はこれで終わります、
でも、感想欄での「魔物を殺すのをやめる」という展開はやめてくれという意見。
今回の話では、彼に魔物殺しから手を引かせる気は毛頭ありませんでした。
しかし、この意見でふと思った。
「もし彼が魔物殺しをやめる」というご都合主義全開な展開になったらどうなんだろう。
そこで、いつになるかは分かりませんが、ifストーリーなるものを書いてみたいと思っております。
もちろん、今の影繰がお好きな方はそれは読まれないほうがよろしいかも。
もし、一欠片でも、「そういうご都合主義、嫌いじゃないぜ……」
と思っていただけたら、その話ができた際はぜひ。

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