連載小説
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影繰が持った迷い、そして決意
「う〜……」

あの日、妾が影繰と戦った日から2日ぐらい。
妾はいまだに布団の中に引きこもり、うなっていた。

……あまりの恥ずかしさゆえに。

「当たり前じゃ〜……影繰が影をああ使うのは十分予想できたはずじゃ〜……それなのに、『影でつかむのはずっこい』とか……あああああ〜……!」

ま、まるであれではただのお子ちゃまでは無いか!
影繰に泣き顔見られるわ、気がついたら影繰はいないわで、散々だ。

「ああ〜……もうだめじゃ、これは末代までの恥、首くくろう」

なまじ本気でそう思い、手にした縄を魔法で天井に結んだ。

「お待ちください!バフォ様!」
「ん……?なんじゃ、妾はこれからご先祖達に謝罪しにいくのだ。邪魔をするでない」

それを部屋に突撃してきた魔女が止めようとする。

「だからそれを待って下さいと!バフォ様がいなくなったら誰がこのサバトを率いるんですか!?」
「……む」

魔女に言われてふとそこに考えが及ぶ。
そうだ、今の妾はサバトを率いる身、むやみやたらに死んでいいものではない。

「……そうじゃな。妾が悪かった」
「バフォ様が思い直してくれたならよかったです」
「うむ」

我ながらいい部下達を持ったものじゃ。
しかし、ここで聞いておかなければならないことがある。

「しかし、どうやって部屋に入ってきた?部屋には鍵がかけてあったはずだが……」
「へ?もちろんこの間こっそり魔法で複製した合鍵で……」
「…………没収」
「えぇ!?」

前言撤回。
もう少し持つ部下は厳選すべきかもしれん。




「…………」
「お〜い、影繰〜?どうした〜?」

コトリ

水の入ったコップをあおり、そしてテーブルの上に置く。
そしてため息。

(……あの日、何で僕は殺せなかった……?魔物を)

思考はそれ一色だ。
あの日、アリアと名乗ったバフォメット。
彼女は魔物だ。僕が憎み、殺すべき対象。
でも、あの日、僕は殺せなかった。

「……アニー、影繰どうしたのさ?ずっとこの様子だけど」
「さぁ……依頼禁止の日からずっとこうですよね?」
「なんかあったのかねぇ……」
「ククリさん、何かやったんじゃないんですか?又無理やりお酒飲ませたとか」
「あいにく、あの日は影繰とは別行動さね。……でも、そうだね、あれ持ってきて」
「あれ……本気、いえ、正気ですか?酔ってませんか?こんな昼間から」
「酒飲まないでどう酔えと?いいから早く」

僕は影繰だ、魔物も、教会も関係ない。
僕から全てを奪っていった連中を殺す。それだけの存在。

(どうして……?)

再びコップをあおる。
喉を柑橘系の味がする液体が流れ込んで……柑橘系の味?
コップを見る。
オレンジ色の果実酒が入っていた。
おかしい、さっきまではただの水が入っていたはずだが……

「……ククリ」
「なにさ」
「そこまでして酒を飲ませたいか?僕に」
「いんや、お前さんが反応しないんでね。つい」
「…………」

無言で睨み付けると「ごめんごめん」とほんとに悪いと思ってるのか分からない謝罪が返ってきた。

「……まぁ、いいけどさ。で、何?」
「ん?おお、なんか影繰がさ……ん〜……迷ってるって思ったからさ」
「迷ってる……ねぇ」

まったく、この人にはいつまでたっても勝てそうに無い。
昔から今まで、こうやって僕の心を的確についてくる。

「うん、そうだね。迷ってるのかもしれない。今更……そう、今更、ね」
「ふ〜ん……で、何を迷ってるんだい?」
「……魔物、殺せなかった」
「……ほぅ。影繰がねぇ」

さして驚いてない感じだ。

「あんまり驚かないんだね」
「そうだねぇ……ま、いずれそこらへんにぶち当たると思ってたけどさ」
「まるで預言者だ」

「ま〜な〜」といいながら手にした酒ビンをあおる。

「まぁ、それはお前さんの悩みだ。あたしや周りがとやかくいっても、結果を出すのはあんたさね。……ただ、一ついっておくと、お前さん、今日は依頼受けるな」
「……なんでさ?」
「迷いってのは恐ろしいもんでね。自分では大丈夫だとそのときは思っていても、いつの間にか足を引っつかんで引きずりこんでくる」

どこに引きずり込むかは、僕も分かっているので、あえて聞き返さないでおいた。

「はっきり言おう。迷いは人を殺すよ。だから、迷ってるあんたを むざむざ死なせに行かせはしない」
「……ずいぶん僕をかばうね。どうしたのさ」
「ばっか、あんたはあたしのお気に入りなんだ。死なれちゃ困るんだよ」
「へぇ……」
「それと、今の精神状態で、まともに影操れるか?」
「……それもそうか」

影は僕の精神を如実に表す。
僕が怒りや憎しみを覚えたら、それに反応して命令せずともその対象を抹殺しようとすることから、よくわかる。
もし僕が迷いを持っていたら?
たぶん、まともに影を操れないどころか、もしかしたら影が暴走するかもしれない。
影を操るには揺ぎ無い精神が必要なのだ。

「今日一日、ゆっくり休みな。そして迷いをぶった切れ。その結果、お前さんがこのギルドを立ち去ったからって、誰も文句は言わないさ。というか、そういうやつって結構いるからな。ふとした拍子に良心なんてものが戻ってきちまって、耐え切れなくなる奴とかさ」
「良心……か」

果たして、僕の迷いは良心に呵責から来てるのだろうか?



それから僕は、長い休みを取った。
休みを取ったといっても、ギルドで依頼を受けなければいいだけなので、
僕はアニーとククリに「ちょっと遠出する」とだけ言っておいた。
もっとも……

「いやぁ!外で飲む酒は又格別だねぇ!」
「なんでついてきたし」
「ん?いいじゃないかいいじゃないか!」

ククリが「あたしもついていこうかね」と言い出して、結局二人旅になったが。

「……故郷に戻るんだろ?」
「ほんと、何でもお見通しだね」

そう、僕はこれから故郷に戻る。
僕の家族が死んだリゼル村。そしてグレッグ夫妻が死んだオース村に。
僕の、影繰の出発点であるそこに。

「いいんじゃないかい?自分の原点に立ち返るってのもさ」
「そっか」

もうすぐ、最初の目的地、オース村。




「ここがあんたの第2の故郷?しっかし、何で第2から?」
「ん……近いからってのもあるけど、自分でもよく分からないや」

オース村。
しかし、村と言っても、そこはもうただの平野。
唯一の名残が、最早腐り、コケが生えている家の骨組み達。

「僕はここで教会に全てを奪われた」
「……そうかい」

ククリは、それ以上は何もいわずにいてくれた。
家の残骸に近寄り、その木に触れる。

「…………」

村人達が殺される場面を、僕は見ていない。
でも、殺されるときの断末魔が聞こえた気がした。

「……それじゃ、次にいこうか」
「次はリゼル村だっけ?」
「うん……僕の生まれ故郷」




「うわ……オースもひどいけど、ここはもっとひどい」
「唯一の名残がこの看板なんだね」

リゼル村は、オース村よりも、何も無かった。
幸い、地形は変わってないから、僕の足は迷い無く進む。
たどり着いたのは小高い丘。
かつて、僕の家があったところ。
この村の家は、どうやら全部崩れてしまったようだ。
僕が隠れていたあの廃屋も、僕が出たあと、きっと崩れてしまったのだろう。

「ここが僕の家があった場所。ここで、家族はみんな死んでた。……魔物に殺された」
「……あたしも、家族を魔物に殺されたんだ」
「ククリが自分の過去を話すなんて珍しい」
「酒の肴にもなりゃしない、辛気臭い過去だからね」

目を閉じて深呼吸。
するとあの日の光景が今でも思い浮かぶ。
村人の悲鳴も、肉が引き裂かれる、やけに大きい音も。
そして、僕の中にまだ影繰がいることがよく分かった。

「……ふぅ」
「迷いは吹っ切れたかい?」
「ああ、もう大丈夫」

そう、もう大丈夫だ。
僕はまだ、忘れちゃいない。
あの日の憎しみも、あの日の悲しみも、あの日の絶望も。
これからも、僕は自分の行動について回る矛盾に苦しむだろう。
でも、それは分かりきってたはずだ。
自分の進む道は、そういうものだと分かってたはずだった。
あの日、「僕から全てを奪った奴らの全てを、同じように奪ってやる」と決意した。
だから……

「僕は……影繰だ」
11/02/22 13:13更新 / 日鞠朔莉
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■作者メッセージ
キト君、迷いを吹っ切るの巻。

さて、今回の話はいかがだったでしょうか?
ちょっと展開が急だったでしょうか?それとも訳が分からない?

今回の話で、キト君は影繰であることを再び選びました。
それをは、自分の行動が矛盾しているという事実さえも受け入れ、
それでもなお影繰でいることを決めた、ということです。
彼はもう迷いません。これからも影繰でありつつけるでしょう。

でも、あれ?おかしいな?
最初の段階では、アリアがヒロイン(的な立ち位置)だったのに、気がつけば
ククリの姉御が名実共にヒロインになってる感じ。
これはひどい(ヒロインキャラの移り変わり的な意味)

さて、この先の展開もいろいろ考えていたのですが、これ以上長くすると、
ほんとにグダグダな話になってしまう危機。
そこで、あと1〜2話ぐらいで、完結させようと思ってます。
いわば脳内編集部からの打ち切り要請。
ですので、もうしばらく、ほんとにもうしばらくの間、影繰のお話にお付き合いください。

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