影繰と幼い魔物
「どうした!?影繰!その程度ではなかろうよ!!」
「簡単に言ってくれる!そこっ!」
ひらりひらりと影の攻撃を避けるアリア。
それに対して連撃をもって対応する僕。
こちらは攻撃してるだけで精一杯だというのに、向こうはあれから……というか最初から攻撃らしい攻撃はしてこない。
「っ!なめられてるってことかよ!やってくれる……!」
影でできた投げナイフを三本、やや軌道をずらして投擲。
もちろんそれは避けられる。しかし、アリアの着地点に仕掛けてあった影でできたトラバサミが、彼女の足に噛み付かんと襲い掛かる。
「おおっ!?あぶなっ!容赦ないのう!おぬしは!!」
「当たり前だ!」
それはギリギリのところで彼女の持っている大鎌を差し込まれることで防がれる。
そのままトラバサミの有効範囲から抜け出し、転送魔法で大鎌を手元に戻す。
「ちっ!せめて大鎌ぐらいはつぶせると思ってたけど……」
「ふん!そう簡単に妾をつぶせると思うでない……さて、そろそろこちらから行こうかのう」
……くる!
「そうら!」
手にした大鎌をくるりと一回転させ、そのまま天にかざす。
すると空気が変わった。
「…………?」
「おお、そうそう。そこでぼやっとしてると……危険じゃぞ?」
「何を言って……っ!?」
背筋の寒気にしたがってその場から全力で後ろに飛ぶ。
その瞬間、さっきまで僕が立っていたところに巨大な水の塊が落下してくる。
「水属性の魔法……?炎属性の使い手じゃない!?」
「言ったであろう?妾は偉大なる魔、バフォメットの末席に名を連ねる者、と。その妾が一つの属性しか扱えぬはずが……なかろうよ!」
今度は鎌を横薙ぎに振るう。
するとその軌道をなぞるかのように風が吹きすさぶ。
その風はカマイタチとなってこちらに向かってきた。
「ぐぅぁ!!」
ギリギリのところで腕に篭手を形成し、防御を行うが、それでも勢いは殺せず、かなり後方に吹き飛ばされてしまった。
「つぅ……!風まで使う……」
「だけじゃないぞ?」
アリアはダンッ!とその小さな足で大地を踏みつけた。
それだけで大地が隆起し、こちらに襲い掛かってきた。
「っのぉ!!」
こちらも影を操り、向かってくる大地の隆起を迎え撃つ。
影の一部は大地を切り裂き、他の部分は殴るように打ち砕き、また他の部分はそのまま大地を飲み込む。
「……押されてるな」
そう、こちらが圧倒的に不利。
まさか向こうが四属性を使えるとは予想外だった。
これは相性最悪どころではない。
「相性という言葉でくくれないくらいだな、最早根本的に合わない」
「つれないのう……」
「言ってくれる……?」
ここまで来て、ふと耳に誰かの声が入ってくる。
目の前の魔物の声じゃない、だとするといったい……?
「こっちでなんかでけー音したよ!」
「なんだろ?」
「いってみようぜ!!」
「っ!?しまった!子どもが……!」
うかつだった。
ここは人気の無い路地裏でもなんでもない。
それどころか好奇心旺盛な子どもが数多くいる孤児院の敷地の近く。
目の前に魔物が現れたせいで失念していたが、このままでは……!
「ん?子どもが近づいてきておるのう……」
アリアもそれに気がついたのか、しばし顎に手を当て、やがて手のひらをぽんっと叩いた。
「しばしそこを動くな」
「は?何いっ……てぇ!?」
目の前のバフォメットが呪文を唱えると同時に、足元の感覚が無くなった。
見るとぽっかりと口を開けている大穴があった。
「安心せい、バフォメット印の転送魔法じゃ。人目のつかぬところでしばし語り合おうではないか」
「安心できるか!!」
とはいうものの、影繰とはいえ人間
地面がなければ落ちるのは道理。
そのまま大穴に飲み込まれた。
「さて、妾も行くかのう」
そしてその大穴にアリアも身を投じた。
それと同時に閉じていく大穴。
やがてそこには変に抉られた地面が残っているだけだった。
「ってぇ!」
「ふぎゃ!」
「がっ!?」
大穴に落とされてそれほどかからず、背中から地面にぶつかった。
その痛みにもだえている最中に、今度は腹部に何かが落下してきて、その痛みにもだえることになった。
「う〜……変に格好つけて飛び降りず、普通に飛び降りればよかった……いたた……」
「お前……」
「お?」
僕の上に落下してきた格好のまま、ぶつぶつと呟く姿に、キレた。
「いい加減に降りろ、そして動くな。すぐ殺してやる」
「ん……おお、すまぬすまぬ。今降りようぞ……動きはするがのう。殺されたらたまったものではないわ」
僕の上から降りると同時にすぐさまダッシュ。
その後方を影が突き刺した。
「ちっ」
「落ち着かんか。これで人目を気にせず語り合えるぞ」
「もともと語り合う気なんか、さらさら無いんだけど……」
「まぁ、そうつれないことを言わず……」
ザワリ……
なにやら影がいつもより騒がしい気がする。
それにアリアが顔を真っ青にしている。
「あ〜……これは、さすがの妾も予想外じゃ……おぬし、何と言うものを作り出しておるのじゃ……」
「何って……」
彼女の視線を追い、僕の後ろに目をやる。
そこにいたのは一体の巨人。
大体身長3メートルぐらい。体は筋骨隆々どころか、最早筋肉の塊。
その重さゆえに、立っている部分の地面が落ち窪んでいる。
あの獣のように顔に目はなく、それどころかこの巨人には鼻、口にあたる部分が無い。
髪も当然生えておらず、非常に不気味だ。
「……これは……」
自分の影でも、ここまで大きな物は形作れないはず。
周りを見やると、そこはどこかの谷底。
そこに転がっている岩の内、僕の近くにある物の影がなくなっていた。
「複数の影を一つに集めて、それを操った……?」
今まで、僕は一つの影から一つの物を作り出していた。
自分の影で槍、他の陰で投げナイフといった感じだ。
でも今回は無意識の内に影を一つに寄り合わせ、それでこの巨人を作り出せた。
「…………へぇ」
にやり、と口角が上がったのが自分でも分かった。
今の僕は昔アニーが言ったみたいに、「不気味なくらい無邪気な笑み」を浮かべているんだろう。
幸い、あの巨人は周りの岩の影でできている。
僕自身の影はフリーの状態。
「……よし、あいつを殺すぞ、手伝え」
―――ーーーーーーーーーーーッ!!―――
巨人の顔で、人間で言う口がある部分がパックリと割れ、声にならない叫びをあでた。
「え、ちょ!まっ!?」
向こうがなにやら焦っているが、そんなことはお構いなし。
巨人は一歩、また一歩と歩を進める。
「ええい!何と言うことだ!!」
アリアは風の魔法を使い、巨人の顔面にカマイタチを放つ。
しかし、巨人は両腕を顔の前でクロスし、防ぐ。
「……無傷、と来たか」
顔面はもちろん、防御に使った腕にさえ傷一つつかなかった。
そして巨人はアリアを攻撃範囲内に捉えた。
その大樹のような腕を振り上げ、振り下ろす。
ズドン!
「うおわ!?」
その場から走って逃げ、直撃は避けたものの、巨大な物体が地面に落下した際の衝撃で宙に放り投げられ、お尻から地面に落下した。
「あいたっ!」
「……チェックだ、バフォメット」
スラリ、とアリアの首筋に影で作った剣を突きつける。
「何か言い残すことは?」
「う〜む、しばし待て。いきなりそう言われても何を言えばいいのか考え付かんよ」
「よし、それが最後の言葉だな」
「ちが〜う!!」
なにやらわめいているが一切無視。
「それじゃ、自分の胴体とお別れを告げるんだね!!」
「お断る!!」
それは苦し紛れだったのか、はたまた最初から計画していたのか。
アリアがこちらに何かを投げつけてくる。
「……っ!?」
「よしっ!」
その時の彼女の表情は「してやったり!」と言わんばかりの表情だった。
その何か……なにやらどピンクな色をした液体が入ったビンは、僕の顔に迫り、そして当たる……
パシッ
「……は?」
……直前で剣の形を解いた影でキャッチ。
そのときの彼女の表情は「どうしてそうなった!?」と言わんばかりの表情だった。
……さすがの僕も、その瞬間は憎しみとか殺意とかを忘れ、彼女に問うた。
「……何、これ」
「あ〜、えっと……メロウの血を生成して効果をより強くした奴……に媚薬を、ちょっと……いや、かなり……な?」
「…………」
影がキャッチしたビンを見やり、彼女の言葉を聞き、僕が取った行動。
「あ、ああ!!?」
影に処分させるだった。
まるで影に飲み込まれるように消えていくそのビン。
その光景を見る彼女の表情は「この世の終わりが来た」と言わんばかりの表情だった。
「……なんで戦いに使えない物を?」
一応聞いておく。
「いや、これを浴びたらそれはもう性欲を持て余す状態になってあわよくば妾としっぽり……というか!返せ!!せっかく妾が作ったのに〜!!」
「誰が返すか。というかふざけてるの?僕は馬鹿にされてるの?」
「馬鹿にしてもないしふざけてもないやい!妾は兄上がほしいだけじゃ!」
なにやら涙目でこちらをぽかぽか叩いてくる。
いくら魔物とはいえ、やりにくい……
「ひどいのじゃ〜!ずっこいのじゃ〜!!影でつかむなんて聞いてないのじゃ〜!!!」
終いには泣き出してしまった。
はじめの威厳はどこへやら。もはや見た目の年齢相応に大泣きし始めた。
「えぇ〜?」
さすがの僕もこれは驚いた。
思わず影の操作を放棄してしまうほどに。
だって、さっきまで命のやり取りをしてた相手が急に泣き出したんだよ?
驚かない奴はまずいないだろ?
「……僕にどうしろって言うんだ……」
普段なら、多少焦っても冷静さを何とか取り戻し、相手を殺すという手段をとるのだろうが、目の前で泣いている彼女は……
『おにいちゃん……』
「っ!」
完全に魔物なはずなのに、だから憎い相手なはずなのに……
かつてよく見た、妹の泣き顔と重なった。
……結局、僕は彼女を殺せなかった。
「簡単に言ってくれる!そこっ!」
ひらりひらりと影の攻撃を避けるアリア。
それに対して連撃をもって対応する僕。
こちらは攻撃してるだけで精一杯だというのに、向こうはあれから……というか最初から攻撃らしい攻撃はしてこない。
「っ!なめられてるってことかよ!やってくれる……!」
影でできた投げナイフを三本、やや軌道をずらして投擲。
もちろんそれは避けられる。しかし、アリアの着地点に仕掛けてあった影でできたトラバサミが、彼女の足に噛み付かんと襲い掛かる。
「おおっ!?あぶなっ!容赦ないのう!おぬしは!!」
「当たり前だ!」
それはギリギリのところで彼女の持っている大鎌を差し込まれることで防がれる。
そのままトラバサミの有効範囲から抜け出し、転送魔法で大鎌を手元に戻す。
「ちっ!せめて大鎌ぐらいはつぶせると思ってたけど……」
「ふん!そう簡単に妾をつぶせると思うでない……さて、そろそろこちらから行こうかのう」
……くる!
「そうら!」
手にした大鎌をくるりと一回転させ、そのまま天にかざす。
すると空気が変わった。
「…………?」
「おお、そうそう。そこでぼやっとしてると……危険じゃぞ?」
「何を言って……っ!?」
背筋の寒気にしたがってその場から全力で後ろに飛ぶ。
その瞬間、さっきまで僕が立っていたところに巨大な水の塊が落下してくる。
「水属性の魔法……?炎属性の使い手じゃない!?」
「言ったであろう?妾は偉大なる魔、バフォメットの末席に名を連ねる者、と。その妾が一つの属性しか扱えぬはずが……なかろうよ!」
今度は鎌を横薙ぎに振るう。
するとその軌道をなぞるかのように風が吹きすさぶ。
その風はカマイタチとなってこちらに向かってきた。
「ぐぅぁ!!」
ギリギリのところで腕に篭手を形成し、防御を行うが、それでも勢いは殺せず、かなり後方に吹き飛ばされてしまった。
「つぅ……!風まで使う……」
「だけじゃないぞ?」
アリアはダンッ!とその小さな足で大地を踏みつけた。
それだけで大地が隆起し、こちらに襲い掛かってきた。
「っのぉ!!」
こちらも影を操り、向かってくる大地の隆起を迎え撃つ。
影の一部は大地を切り裂き、他の部分は殴るように打ち砕き、また他の部分はそのまま大地を飲み込む。
「……押されてるな」
そう、こちらが圧倒的に不利。
まさか向こうが四属性を使えるとは予想外だった。
これは相性最悪どころではない。
「相性という言葉でくくれないくらいだな、最早根本的に合わない」
「つれないのう……」
「言ってくれる……?」
ここまで来て、ふと耳に誰かの声が入ってくる。
目の前の魔物の声じゃない、だとするといったい……?
「こっちでなんかでけー音したよ!」
「なんだろ?」
「いってみようぜ!!」
「っ!?しまった!子どもが……!」
うかつだった。
ここは人気の無い路地裏でもなんでもない。
それどころか好奇心旺盛な子どもが数多くいる孤児院の敷地の近く。
目の前に魔物が現れたせいで失念していたが、このままでは……!
「ん?子どもが近づいてきておるのう……」
アリアもそれに気がついたのか、しばし顎に手を当て、やがて手のひらをぽんっと叩いた。
「しばしそこを動くな」
「は?何いっ……てぇ!?」
目の前のバフォメットが呪文を唱えると同時に、足元の感覚が無くなった。
見るとぽっかりと口を開けている大穴があった。
「安心せい、バフォメット印の転送魔法じゃ。人目のつかぬところでしばし語り合おうではないか」
「安心できるか!!」
とはいうものの、影繰とはいえ人間
地面がなければ落ちるのは道理。
そのまま大穴に飲み込まれた。
「さて、妾も行くかのう」
そしてその大穴にアリアも身を投じた。
それと同時に閉じていく大穴。
やがてそこには変に抉られた地面が残っているだけだった。
「ってぇ!」
「ふぎゃ!」
「がっ!?」
大穴に落とされてそれほどかからず、背中から地面にぶつかった。
その痛みにもだえている最中に、今度は腹部に何かが落下してきて、その痛みにもだえることになった。
「う〜……変に格好つけて飛び降りず、普通に飛び降りればよかった……いたた……」
「お前……」
「お?」
僕の上に落下してきた格好のまま、ぶつぶつと呟く姿に、キレた。
「いい加減に降りろ、そして動くな。すぐ殺してやる」
「ん……おお、すまぬすまぬ。今降りようぞ……動きはするがのう。殺されたらたまったものではないわ」
僕の上から降りると同時にすぐさまダッシュ。
その後方を影が突き刺した。
「ちっ」
「落ち着かんか。これで人目を気にせず語り合えるぞ」
「もともと語り合う気なんか、さらさら無いんだけど……」
「まぁ、そうつれないことを言わず……」
ザワリ……
なにやら影がいつもより騒がしい気がする。
それにアリアが顔を真っ青にしている。
「あ〜……これは、さすがの妾も予想外じゃ……おぬし、何と言うものを作り出しておるのじゃ……」
「何って……」
彼女の視線を追い、僕の後ろに目をやる。
そこにいたのは一体の巨人。
大体身長3メートルぐらい。体は筋骨隆々どころか、最早筋肉の塊。
その重さゆえに、立っている部分の地面が落ち窪んでいる。
あの獣のように顔に目はなく、それどころかこの巨人には鼻、口にあたる部分が無い。
髪も当然生えておらず、非常に不気味だ。
「……これは……」
自分の影でも、ここまで大きな物は形作れないはず。
周りを見やると、そこはどこかの谷底。
そこに転がっている岩の内、僕の近くにある物の影がなくなっていた。
「複数の影を一つに集めて、それを操った……?」
今まで、僕は一つの影から一つの物を作り出していた。
自分の影で槍、他の陰で投げナイフといった感じだ。
でも今回は無意識の内に影を一つに寄り合わせ、それでこの巨人を作り出せた。
「…………へぇ」
にやり、と口角が上がったのが自分でも分かった。
今の僕は昔アニーが言ったみたいに、「不気味なくらい無邪気な笑み」を浮かべているんだろう。
幸い、あの巨人は周りの岩の影でできている。
僕自身の影はフリーの状態。
「……よし、あいつを殺すぞ、手伝え」
―――ーーーーーーーーーーーッ!!―――
巨人の顔で、人間で言う口がある部分がパックリと割れ、声にならない叫びをあでた。
「え、ちょ!まっ!?」
向こうがなにやら焦っているが、そんなことはお構いなし。
巨人は一歩、また一歩と歩を進める。
「ええい!何と言うことだ!!」
アリアは風の魔法を使い、巨人の顔面にカマイタチを放つ。
しかし、巨人は両腕を顔の前でクロスし、防ぐ。
「……無傷、と来たか」
顔面はもちろん、防御に使った腕にさえ傷一つつかなかった。
そして巨人はアリアを攻撃範囲内に捉えた。
その大樹のような腕を振り上げ、振り下ろす。
ズドン!
「うおわ!?」
その場から走って逃げ、直撃は避けたものの、巨大な物体が地面に落下した際の衝撃で宙に放り投げられ、お尻から地面に落下した。
「あいたっ!」
「……チェックだ、バフォメット」
スラリ、とアリアの首筋に影で作った剣を突きつける。
「何か言い残すことは?」
「う〜む、しばし待て。いきなりそう言われても何を言えばいいのか考え付かんよ」
「よし、それが最後の言葉だな」
「ちが〜う!!」
なにやらわめいているが一切無視。
「それじゃ、自分の胴体とお別れを告げるんだね!!」
「お断る!!」
それは苦し紛れだったのか、はたまた最初から計画していたのか。
アリアがこちらに何かを投げつけてくる。
「……っ!?」
「よしっ!」
その時の彼女の表情は「してやったり!」と言わんばかりの表情だった。
その何か……なにやらどピンクな色をした液体が入ったビンは、僕の顔に迫り、そして当たる……
パシッ
「……は?」
……直前で剣の形を解いた影でキャッチ。
そのときの彼女の表情は「どうしてそうなった!?」と言わんばかりの表情だった。
……さすがの僕も、その瞬間は憎しみとか殺意とかを忘れ、彼女に問うた。
「……何、これ」
「あ〜、えっと……メロウの血を生成して効果をより強くした奴……に媚薬を、ちょっと……いや、かなり……な?」
「…………」
影がキャッチしたビンを見やり、彼女の言葉を聞き、僕が取った行動。
「あ、ああ!!?」
影に処分させるだった。
まるで影に飲み込まれるように消えていくそのビン。
その光景を見る彼女の表情は「この世の終わりが来た」と言わんばかりの表情だった。
「……なんで戦いに使えない物を?」
一応聞いておく。
「いや、これを浴びたらそれはもう性欲を持て余す状態になってあわよくば妾としっぽり……というか!返せ!!せっかく妾が作ったのに〜!!」
「誰が返すか。というかふざけてるの?僕は馬鹿にされてるの?」
「馬鹿にしてもないしふざけてもないやい!妾は兄上がほしいだけじゃ!」
なにやら涙目でこちらをぽかぽか叩いてくる。
いくら魔物とはいえ、やりにくい……
「ひどいのじゃ〜!ずっこいのじゃ〜!!影でつかむなんて聞いてないのじゃ〜!!!」
終いには泣き出してしまった。
はじめの威厳はどこへやら。もはや見た目の年齢相応に大泣きし始めた。
「えぇ〜?」
さすがの僕もこれは驚いた。
思わず影の操作を放棄してしまうほどに。
だって、さっきまで命のやり取りをしてた相手が急に泣き出したんだよ?
驚かない奴はまずいないだろ?
「……僕にどうしろって言うんだ……」
普段なら、多少焦っても冷静さを何とか取り戻し、相手を殺すという手段をとるのだろうが、目の前で泣いている彼女は……
『おにいちゃん……』
「っ!」
完全に魔物なはずなのに、だから憎い相手なはずなのに……
かつてよく見た、妹の泣き顔と重なった。
……結局、僕は彼女を殺せなかった。
11/02/21 13:04更新 / 日鞠朔莉
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