影繰の終 -序-
今日も今日とて誰かを殺す。
そのたびに、胸の奥底に突き刺さる何かが大きく、鋭くなっていくのを感じながら。
「…………」
思えばずいぶんなところまで来てしまったものだ。
自分が殺した教会騎士の亡骸の近くにあった岩に座り込み、星空を見上げる。
まず魔物に家族を奪われて、新しい家族は教会に奪われて。
それから復讐のために、殺して、殺して、殺して。
途中から気がついてた。
それが、自分が恨み、もっとも嫌悪する奴らがやったことと同じことだ、と。
でも、そいつらとは違う、自分は違うんだと言い聞かせ、目を背け。
そして、今の僕は自分の行いが正しいのか迷っていながら、今までどおりに誰かを殺す。
「……影繰、帰るぞ」
「……うん」
今日は珍しく一緒に依頼をこなしたククリが僕を呼ぶ。
その呼びかけにこたえ、僕は座っていた岩から飛び降りた。
「珍しいよね、普段は酒飲んでるだけのククリが依頼受けるなんて」
「酒を飲むにも金が要るんだよ。つーわけで金稼ぎだ」
「そう」
ククリの顔からは、言葉のとおりの軽い雰囲気は感じられず、なにか大きなことを隠している様子が見て取れた。
けど、それを聞くことはしない。
彼女が僕にそうしているから。
ククリは僕のことをほとんど知らない。
それは、ククリが僕のことを詮索しないからだ。それは、正直とても助かる。
だから、僕も彼女のことを詮索しない。
帰る間際に振り返る。
僕が殺した騎士の亡骸が目にはいってくる。
チクリ、とまた胸に突き刺さる何かが疼いた。
「……これも違う、か」
あれ以来、すっかり図書館通いが習慣になっちまったよ。
もっとも、まっとうなことを調べに図書館に来てるわけじゃないって言うのがまたなんとも。
あの夜の出来事以来、あたしは今まで以上に熱心に情報収集をしていた。
その勢いたるや、自分で言うのもなんだが、遺失技術コーナーの蔵書を制覇してしまうぐらいの勢いだ。
が、そのぐらいの勢いで蔵書を虱潰ししても、求める情報はいっこうに得られる兆しが無い。
「あ〜……いい加減本の虫になるのは御免こうむりたいんだがねぇ」
酒を飲む間も惜しんでこうして調べてるからアニーに心配されちまったよ。
『ククリさんがお酒を飲まないなんて!もしかして魔王がまた代替わり!?』
とか言われたような気がする。
あの子はあたしを何だと思ってるんだ、まったく。
「っと、これで……ありゃ、これでここのコーナー制覇かい」
ふと気がつくと、あたしが今手に取っている本で打ち止めのようだ。
その本を読んでみたが、やはり求める情報は無し。
「ここまで来て無いとなると……教会に忍び込むか?」
と、自分でも不穏だなぁ、と、しかしながらもっとも求める情報が得られるであろう考えを思い浮かべたときだった。
ズズン!
「っと、とととと?」
大きな揺れが一回。
まるで大地がぴょいっと飛び跳ねたかのような、それぐらいの揺れだった。
一般人なら、ただの強すぎる地震と思うだろう今の揺れ。
しかし、私は嫌な予感をひしひしと感じていた。
それはまるで背中を死者の腕が這い回っているような不快な冷たさを伴い、
それでいて首筋には熱く熱せられた鉄を添えられたかのような危機感を伝えている。
そんな感覚を、私は知っている。
感じなくなって久しいが、この感覚は……
「……まさか、影繰!?」
手にしていた本を棚に戻す間も惜しみ、駆け出す。
職員に走るなと注意されたが一切無視。
いちいち階段を下りる時間がもったいない!
私は方向転換し、窓に向かって加速していき、そして窓を突き破るように外へと飛び出した。
着地の衝撃はすべて逃がし、そのまま影繰の元へと向かおうとしたが、一瞬悩んだ後、ギルドに向かうことにした。
私の予想が正しければ、おそらく手ぶらで行っても死が待ってるだけだろう。
こういう私の嫌な予感ってのはよく当たっちまうからな。
(何だってこんなことになっちまったのかねぇ、ホントにさ……っ!!)
「むむむ……これは参った……」
ヒュンッ!
角のすぐ横を黒い何かが高速で通り過ぎていく。
伴った衝撃波のせいか、角の一部が若干摩擦熱で黒くなったが、そのうちに元に戻るだろう。
「これはあまりにも……」
ヒュンッ!
その場でかがむと、先ほどまで首があったところを高速で何かが通り過ぎる。
余裕を持ってよけたはずが、髪の毛が数本ハラリと宙を舞った。
うむぅ、髪は女の命と言うのに、まったく持って容赦が無い。
それも当然だった、何せ、今の妾の相手は……
「影繰であってそうでない物、影繰が抱え込んだ幾多の負、か」
ヒュヒュンッ!
鞭のようにしなる黒い何か……影が迫ってくる。
狙いは……足!
「させぬ!!」
地面を思い切り踏みつける。
すると、そこからまるで生えてきたかのように鎌が出現する。
「ふんぬっ!」
その鎌で影を一閃、二閃、三閃。
一瞬のうちに、数えるのがあほらしくなるくらいの影との応酬。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
まるで狂ったかのように、助けを求める幼子のように叫びながら、慟哭しながら影を飛ばしてくる影繰。
しかし、その姿は異形。
巨大な影に四肢を飲み込まれ、四肢を飲み込んだ影はまるでいったいの巨大な悪魔のような形をとっている。
どうしてこうなってしまったのかは、かれこれ30分ほど前に遡ることになる。
それはまったくの偶然だった。
街外れにある孤児院。
その孤児院から遠く、しかし見えないほどは遠くない場所にある大きな木の木陰に、それはいた。
「……主、キト……なのか?」
「……ああ、あんたか……何のよう……?」
「いや、見かけたから声をかけただけだが……ほんとにキトなのか?」
そう何度も問いかけたくなる、そんな様相。
一瞬死者かと思うくらいに暗く、今すぐに死んでもおかしくないくらい、精神的に弱った男。
「……悪いけど、今日は君の相手をする気にはなれないな……どっかに消えてくれ」
そういって影を操ろうとしているのか、影がざわざわと蠢く。だが、それだけ。
いつものように刃の形をとることもなければ、獣の形をとることもない。
影は影のまま、変わろうとはしなかった。
「……はぁ、やっぱり操れない、か……」
そうつぶやいたキトの声は、皺枯れた老人のように弱弱しいものだった。
「なにが……あった?」
「…………」
妾の問いに、しばらくだんまりを決めたかと思ったら、視線を孤児院のほうへ向けて、ぽつぽつと呟いた。
「あの孤児院、見える?」
「ああ、見えておるぞ」
「じゃあ、あの庭にいる黒髪の女の子は?」
「む……あぁ、あやつか」
キトの言っている少女は、意外と簡単に見つかった。
金や青、緑といったカラフルな色の髪を持つ子どもたちの中で、視界に入っているうちでは唯一黒い髪を持った少女。
相当男勝りなのか、やんちゃなのか、男子に混じりかけっこなどをしている。
「元気そうな少女……というだけで、特に変わったところは見当たらんが」
「……あの子、僕に家族を殺されてるんだ」
「む……」
「もちろん彼女は知らない。すべては彼女が寝ている間に起こったこと……親も、世話係も、たぶん親戚も、みんな死んだ……僕が殺した」
その少女を見つめるキトは、そのまま放っておいたら風に流されて消えてしまいそうなほど儚く感じた。
「僕が……殺したんだ……」
妾には、何もいえなかった。
主のせいではない、こんなこと、言えるはずも無く。
仕方なかったのだろう、こんなことをいっても詮無きこと。
辛いのだな、そんなこと、言われなくても分かりきったこと。
結果、妾には何も言うべき言葉が残らなかったのだ。
「キト……」
何もできない自分が恨めしい。
いくら悠久の時を生きたところで、いくら尋常ならぬ力を扱えたとて、
惚れた男一人も救えないとは、情けないことこの上ない。
「僕が殺したんだ……ああそうだ、僕が殺した……」
「……?キト……?」
「殺した、殺したんだ、そうだよ、僕が殺したんだ……!」
「キト、何を……!」
「そうだ!!お前たちに言われなくても分かってる!!僕が殺したんだ!!あの子のすべてを!!それだけじゃない!今までたくさん殺してきた!お前の言うとおり!!」
急にキトが声を張り上げる。
頭を抱え、この場にいる誰に向けたでもない言葉を。
いや、『いた』。
キトの言葉に反応するように影が蠢いている。
それはやがて、影に大きな波をつくり、そしてキトを飲み込んだ。
「っ!キト!!?」
「うわっ……!」
それは一瞬だった。
そして、そこからも一瞬。
ヒュンッ
「ッ!!」
黒い何かが顔を掠める。
間一髪でそれをかわし、それが飛んできた方向を見やる。
「おおう……これはちと、厄介……いや、かなり厄介、かのう……」
そこには、キトの四肢を飲み込んだ影が立っていた。
そのたびに、胸の奥底に突き刺さる何かが大きく、鋭くなっていくのを感じながら。
「…………」
思えばずいぶんなところまで来てしまったものだ。
自分が殺した教会騎士の亡骸の近くにあった岩に座り込み、星空を見上げる。
まず魔物に家族を奪われて、新しい家族は教会に奪われて。
それから復讐のために、殺して、殺して、殺して。
途中から気がついてた。
それが、自分が恨み、もっとも嫌悪する奴らがやったことと同じことだ、と。
でも、そいつらとは違う、自分は違うんだと言い聞かせ、目を背け。
そして、今の僕は自分の行いが正しいのか迷っていながら、今までどおりに誰かを殺す。
「……影繰、帰るぞ」
「……うん」
今日は珍しく一緒に依頼をこなしたククリが僕を呼ぶ。
その呼びかけにこたえ、僕は座っていた岩から飛び降りた。
「珍しいよね、普段は酒飲んでるだけのククリが依頼受けるなんて」
「酒を飲むにも金が要るんだよ。つーわけで金稼ぎだ」
「そう」
ククリの顔からは、言葉のとおりの軽い雰囲気は感じられず、なにか大きなことを隠している様子が見て取れた。
けど、それを聞くことはしない。
彼女が僕にそうしているから。
ククリは僕のことをほとんど知らない。
それは、ククリが僕のことを詮索しないからだ。それは、正直とても助かる。
だから、僕も彼女のことを詮索しない。
帰る間際に振り返る。
僕が殺した騎士の亡骸が目にはいってくる。
チクリ、とまた胸に突き刺さる何かが疼いた。
「……これも違う、か」
あれ以来、すっかり図書館通いが習慣になっちまったよ。
もっとも、まっとうなことを調べに図書館に来てるわけじゃないって言うのがまたなんとも。
あの夜の出来事以来、あたしは今まで以上に熱心に情報収集をしていた。
その勢いたるや、自分で言うのもなんだが、遺失技術コーナーの蔵書を制覇してしまうぐらいの勢いだ。
が、そのぐらいの勢いで蔵書を虱潰ししても、求める情報はいっこうに得られる兆しが無い。
「あ〜……いい加減本の虫になるのは御免こうむりたいんだがねぇ」
酒を飲む間も惜しんでこうして調べてるからアニーに心配されちまったよ。
『ククリさんがお酒を飲まないなんて!もしかして魔王がまた代替わり!?』
とか言われたような気がする。
あの子はあたしを何だと思ってるんだ、まったく。
「っと、これで……ありゃ、これでここのコーナー制覇かい」
ふと気がつくと、あたしが今手に取っている本で打ち止めのようだ。
その本を読んでみたが、やはり求める情報は無し。
「ここまで来て無いとなると……教会に忍び込むか?」
と、自分でも不穏だなぁ、と、しかしながらもっとも求める情報が得られるであろう考えを思い浮かべたときだった。
ズズン!
「っと、とととと?」
大きな揺れが一回。
まるで大地がぴょいっと飛び跳ねたかのような、それぐらいの揺れだった。
一般人なら、ただの強すぎる地震と思うだろう今の揺れ。
しかし、私は嫌な予感をひしひしと感じていた。
それはまるで背中を死者の腕が這い回っているような不快な冷たさを伴い、
それでいて首筋には熱く熱せられた鉄を添えられたかのような危機感を伝えている。
そんな感覚を、私は知っている。
感じなくなって久しいが、この感覚は……
「……まさか、影繰!?」
手にしていた本を棚に戻す間も惜しみ、駆け出す。
職員に走るなと注意されたが一切無視。
いちいち階段を下りる時間がもったいない!
私は方向転換し、窓に向かって加速していき、そして窓を突き破るように外へと飛び出した。
着地の衝撃はすべて逃がし、そのまま影繰の元へと向かおうとしたが、一瞬悩んだ後、ギルドに向かうことにした。
私の予想が正しければ、おそらく手ぶらで行っても死が待ってるだけだろう。
こういう私の嫌な予感ってのはよく当たっちまうからな。
(何だってこんなことになっちまったのかねぇ、ホントにさ……っ!!)
「むむむ……これは参った……」
ヒュンッ!
角のすぐ横を黒い何かが高速で通り過ぎていく。
伴った衝撃波のせいか、角の一部が若干摩擦熱で黒くなったが、そのうちに元に戻るだろう。
「これはあまりにも……」
ヒュンッ!
その場でかがむと、先ほどまで首があったところを高速で何かが通り過ぎる。
余裕を持ってよけたはずが、髪の毛が数本ハラリと宙を舞った。
うむぅ、髪は女の命と言うのに、まったく持って容赦が無い。
それも当然だった、何せ、今の妾の相手は……
「影繰であってそうでない物、影繰が抱え込んだ幾多の負、か」
ヒュヒュンッ!
鞭のようにしなる黒い何か……影が迫ってくる。
狙いは……足!
「させぬ!!」
地面を思い切り踏みつける。
すると、そこからまるで生えてきたかのように鎌が出現する。
「ふんぬっ!」
その鎌で影を一閃、二閃、三閃。
一瞬のうちに、数えるのがあほらしくなるくらいの影との応酬。
「うああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
まるで狂ったかのように、助けを求める幼子のように叫びながら、慟哭しながら影を飛ばしてくる影繰。
しかし、その姿は異形。
巨大な影に四肢を飲み込まれ、四肢を飲み込んだ影はまるでいったいの巨大な悪魔のような形をとっている。
どうしてこうなってしまったのかは、かれこれ30分ほど前に遡ることになる。
それはまったくの偶然だった。
街外れにある孤児院。
その孤児院から遠く、しかし見えないほどは遠くない場所にある大きな木の木陰に、それはいた。
「……主、キト……なのか?」
「……ああ、あんたか……何のよう……?」
「いや、見かけたから声をかけただけだが……ほんとにキトなのか?」
そう何度も問いかけたくなる、そんな様相。
一瞬死者かと思うくらいに暗く、今すぐに死んでもおかしくないくらい、精神的に弱った男。
「……悪いけど、今日は君の相手をする気にはなれないな……どっかに消えてくれ」
そういって影を操ろうとしているのか、影がざわざわと蠢く。だが、それだけ。
いつものように刃の形をとることもなければ、獣の形をとることもない。
影は影のまま、変わろうとはしなかった。
「……はぁ、やっぱり操れない、か……」
そうつぶやいたキトの声は、皺枯れた老人のように弱弱しいものだった。
「なにが……あった?」
「…………」
妾の問いに、しばらくだんまりを決めたかと思ったら、視線を孤児院のほうへ向けて、ぽつぽつと呟いた。
「あの孤児院、見える?」
「ああ、見えておるぞ」
「じゃあ、あの庭にいる黒髪の女の子は?」
「む……あぁ、あやつか」
キトの言っている少女は、意外と簡単に見つかった。
金や青、緑といったカラフルな色の髪を持つ子どもたちの中で、視界に入っているうちでは唯一黒い髪を持った少女。
相当男勝りなのか、やんちゃなのか、男子に混じりかけっこなどをしている。
「元気そうな少女……というだけで、特に変わったところは見当たらんが」
「……あの子、僕に家族を殺されてるんだ」
「む……」
「もちろん彼女は知らない。すべては彼女が寝ている間に起こったこと……親も、世話係も、たぶん親戚も、みんな死んだ……僕が殺した」
その少女を見つめるキトは、そのまま放っておいたら風に流されて消えてしまいそうなほど儚く感じた。
「僕が……殺したんだ……」
妾には、何もいえなかった。
主のせいではない、こんなこと、言えるはずも無く。
仕方なかったのだろう、こんなことをいっても詮無きこと。
辛いのだな、そんなこと、言われなくても分かりきったこと。
結果、妾には何も言うべき言葉が残らなかったのだ。
「キト……」
何もできない自分が恨めしい。
いくら悠久の時を生きたところで、いくら尋常ならぬ力を扱えたとて、
惚れた男一人も救えないとは、情けないことこの上ない。
「僕が殺したんだ……ああそうだ、僕が殺した……」
「……?キト……?」
「殺した、殺したんだ、そうだよ、僕が殺したんだ……!」
「キト、何を……!」
「そうだ!!お前たちに言われなくても分かってる!!僕が殺したんだ!!あの子のすべてを!!それだけじゃない!今までたくさん殺してきた!お前の言うとおり!!」
急にキトが声を張り上げる。
頭を抱え、この場にいる誰に向けたでもない言葉を。
いや、『いた』。
キトの言葉に反応するように影が蠢いている。
それはやがて、影に大きな波をつくり、そしてキトを飲み込んだ。
「っ!キト!!?」
「うわっ……!」
それは一瞬だった。
そして、そこからも一瞬。
ヒュンッ
「ッ!!」
黒い何かが顔を掠める。
間一髪でそれをかわし、それが飛んできた方向を見やる。
「おおう……これはちと、厄介……いや、かなり厄介、かのう……」
そこには、キトの四肢を飲み込んだ影が立っていた。
11/08/05 15:22更新 / 日鞠朔莉
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