あたしが準備を終え、そこにたどり着いた時、そこにはすでに一匹の魔物がいた。

「あいつは……バフォメットかい？けど……」

バフォメットといえばその力は並みの魔物では及びつかないほど。
そんなバフォメットが、今は押されている……？

「とんでもない化物を飼ってたんだね……あんたはさ！」

一息に影繰と魔物がいる場所へとたどり着き、腰に括り付けてある鞘から剣を抜く。
普通の剣では影繰の影を斬ることは到底できないだろうが……

シャァン……

鈴が鳴るような音が響くと同時に、刃一閃。
白銀の軌跡を刃は描き、その軌跡に沿って影が切り落とされる。
切り落とされた影はしばらくはトカゲの尻尾のようにうねうねと動いていたが、やがて動きを止め、
さぁっと消え去った。後には、何も残らない。

「な……！？」
「バフォメットともあろう御方が、なかなかに苦戦してるんじゃないかい？」

突然現れた私にか、それとも私が手にしている「得物」にか、
どちらにかは知らないが、とにかくバフォメットが驚きの声を上げる。

「な、なぜ主がその剣を持っている！？それは……！」
「数年前、まだ旧魔王がその威を振るっていた時代に、ある女勇者が持っているはずの聖剣ティアストーン、だろ？」
「そうだ！それを何故主が持っている！！」
「あたしがあたしの物持ってるのって、そんなにおかしいことかねぇ？」
「主の物……だと？」
「そうさ。まったく、あの日から二度とこれは使わないつもりだったんだけどねぇ……」

そう、あの日、真実を知ってから二度と使わないと誓った聖剣。
それでも、何故か手放せず、結局今日の今日まで持ち続けていた剣。
何故だろう？もう勇者でもなんでもない、今ではただの飲んだくれであるあたしが、なぜこれを手放そうとしなかったのか？
その理由は、今分かった。

「それは、この日のためだったのかね？なぁ、お前さんはどう思う？……影繰」

聖剣を見たときから動かない、影繰を飲み込んだ影。
いや、動かないのではなく、動けないのだ。

「へぇ、分かってるのかい？この剣の特性」

ティアストーンの特性、それは「浄化」
実体あり、実体無し、有機物、無機物、善、悪、人、魔物、それ以外、一切合切を斬ることでことごとく浄化する、浄化という点では比類することなき聖剣。
それは救いや慈悲という枠を超え、最早冷徹にして残酷。
故に、冷徹といわれたあたしとも相性がいいのだろう。

「お前さんが何なのかは結局分からないけど、そんなこたもうどうでもいい。そんなの知らなくたって、「この世界に存在している」という事実さえあれば、この剣はお前さんを浄化できる」

だらりと垂らしていた、腕を前に突き出し、剣の切っ先を影に突きつける。
それから逃げようとしたのか、影が一歩、たった一歩後ずさる。
しかし、その一歩で十分。この瞬間、私はこいつよりも一歩上にいる。

その一歩分が、影繰を助けるために必要な、あたしの、いや、「私」の領域。
そこまで考えて、ふと思う。
何故自分はそこまで影繰のために必死になっているのかと。
少し考えて、自分に苦笑。
それこそ、この場ではどうでもいいことだ。
この世のありとあらゆる理由なんて、所詮後付だ。
救った後考えるのがいいだろう。
だから今は……

「もう一度、私は勇者ククリ・トゥーリワースを名乗ろうじゃないか」

……久しぶりに本気を出すとしようか。




勇者ククリ・トゥーリワース。
旧魔王時代最強の女勇者にして、唯一魔王の元へたどり着くことが無かった勇者。
その手に持つは浄化の聖剣ティアストーン。
あらゆるものを一切、無慈悲なまでに浄化せしめるその姿はまさに冷徹。
しかし、消息不明になっていたその勇者が何故ここに？

背筋に冷や汗が流れ落ちる。
正直に言おう、妾でも勝てるのかは分からない……いや、十割中八割は負けるだろう。
魔物をしてそこまで言わしめるその強さを前にし、冷や汗を流さない者がおろうか？
そんな妾のほうを見て、勇者は笑った。
それは獲物に向けるような笑みではなかった。

「心配しなくても、私はあんたと戦う気は無いよ。それよりも優先しなけりゃならないことがある」

そういって勇者は再び影へと向き直る。

「あ、それとな、私は一応今はククリ・トゥーリワースをまた名乗ってるが、もう勇者は廃業したんでね、普通にククリとでも呼んでくれ」
「……ふふ、これはこれは、実に力強く、なおかつ馬が合う協力者が来てくれたものだ」

そのやり取りで、妾の感情は恐怖とは正反対のほうへ一気に傾いた。
なんだ、こちらが勝手に怖がっていただけか。
あとでその事について謝罪をしなければなるまいな。
まぁ、それは言ったとおりあとでのこと。今やるべきことはすでに決まっている。

「さぁ、影繰を影から引っ張りあげようぞ。影を操ってこその影繰、影に操られるのは不満じゃろうて」
「だね、それに一回でいいから私の酒を飲んでもらうまで退場なんかされてたまるか」

そういって笑いあう。
ああ、もう大丈夫だ。何も不安などあるものか。

さぁ、怨念ども、主らをあるべき場所へと還そうかのう。




「……ふっ」

向かってくる影を斬る。
ティアストーンだからこそできる荒業である。

「いいか！？妾等の目的は影繰……キトを救うことじゃ！とにかく影を斬って浄化するのじゃ！！そして……！」
「キトが見えたら引っ張り出す！！分かってるさ！ヘマはしない！！」

目的は単純明快、故に私に迷いは一切無い。
迷うことが難しいほどの一本道なのだ、その点に関して不安は無かった。
ただ、私が唯一不安に思っていること、それは……

「目的地までの道の長さ……ってところかね！？」

そこである。
どんなにまっすぐの一本道でも、その長さが長ければ長いほど、目的地まではたどり着く可能性は低くなる。
疲れるからだ。私やあのバフォメット、たしか……アリア・アワレス・アリューズだっけ？(アリア・"アレス"・アリューズじゃ！！)
……ともかく、私やアリアが生物である以上、いずれ疲労の度合いは限界を超える。
対して向こうは疲労のひの字も知らない、というか疲労という概念を死後の世界においてきた奴らだ。
だから不安といえばそこ一点なのだ。
現に、あれからしばらく影、アリア曰く人の負の塊とやらを浄化しているが、いっこうにキトが見えてこない。

というか、今思ったが、何で最初の頃は外に出てたキトが今は影に飲まれているのだろうか？
そこに思考が行き着いたとき、最悪の結果が頭をよぎった。
すぐさまその考えを振り払う。
ネガティブな思考ではネガティブな結果しか生まれない。
少しでも前向きに、今はあいつの強さを信じるしかない。
だからさ、

「なるだけ早く出てきておくれよ！一応私も人間なんだからさっ！！」

影が覚悟を決めたのか、こちらへと攻撃をしてくるが、それは私がかわすか、浄化するか、はたまた……

「燃えよ！！」

アリアが魔法でぶっ飛ばすかしてこちらに疲労以外の被害は特に無し。
あー、畜生！こちとら比べるなら根性じゃなくて酒の飲み比べがいいってのねぇ。

「真面目にやらんか！！うぉっと！！？」
「お前さんも！人のこと心配してる余裕があったら自分のこと心配しときな！！」

とはいえ、そういう忠告してる余裕も、こっちはぎりぎりであるぐらいなんだけどね。




「くぬぅ……！よもやここまでとはのぅ！！」

影を燃やして、打ち抜いて、切り裂いて、押しつぶして……
持てる魔導のすべてを用いて何とかしのいでいるが、やはり一筋縄ではいかないか。

何せ相手は数百はくだらないほどの怨念とも呼べるもの。
いや、ククリが浄化をしているにもかかわらず、それでも浄化しきれないとなると、最早千に近い数なのではないか？

とはいえ弱音は実際に口にはしない。
救うと決めた、ついでに兄上にすると決めたのだから。
どっちかと言うと、後者のほうに比重が傾いている気がしなくは無いが、救わなきゃ兄上にできないので比重はどっこいどっこいだろう。
……そう思いたい。

「とはいえ、ちと多すぎじゃろう！？影繰がこれほどまでに殺しているのか！？」

はたまた、影が勝手に喰らっていったか、といったところか。
怨念なんぞ、そこらへんに漂っているからのう。
山道では山賊に襲われた人の怨念、戦場では討ち死にしてしまった兵士どもの怨念、といった風にな。
もし、影繰が殺した者の怨念だけでなく、そういった怨念も取り込んでいるとなれば……

「見通しが、甘かったかのう！？」

とはいえ、こちらも根負けするわけには行かない。

向かってくる影に魔法を放ち、消滅させる。
妾にククリのように怨念を浄化させるすべは無い。
あるのは魔力をぶつけて消滅させるだけだ。

そうやって、二人がかりでだいぶ影を減らしていった。
かれこれ1時間がたったろうか？それとももっと？
影の動きもだいぶ鈍くなってきているだろう。

「よっしゃ！ここいらで一気に決めるとしようか！」
「油断するでないぞ！？」

ククリが影に駆け寄り、剣を振るう。
妾が影に向かって一際威力の強い魔法を放つ。

「こいつで終いだ！！」
「吹き飛ぶがよい！！」

剣と炎が影にあたろうかといった瞬間だった。

【ウォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア！！】

「なっ！？」
「なんと！？」

影が、一気に爆ぜた。

■作者メッセージ
……そして終焉の急へと向かう
さぁ、たどり着く道はどこだろうか

予想外にククリ姐さんがかっこよくなった件について。
ククリ姐さんが勇者やってた頃の話はif本編が終わったら番外編として
書きたいなぁ。

急はどういった形にするかはもう決めてるので、
次は影繰の終の次の話をどうするかを考えます。