影繰の破綻 -人-
―――人殺し―――
首から上の無い誰かが、僕に向かってそう言った。
―――人殺し―――
胴体を袈裟懸けに切り裂かれた誰かが、僕に向かってそう言った。
―――人殺し―――
体中穴だらけの誰かが、僕に向かってそう言った。
―――人殺し、人殺し、人殺し、人殺し、人殺し……―――
腕の無い誰かが、脚の無い誰かが、翼をもがれた誰かが、目の無い誰かが、ありとあらゆる誰かが僕にそう言った。
僕はそれを聞きたくないから、耳をふさぐ。
でも、その声は頭に直接響き、しかも次第に大きくなってくる。
「やめろ……やめろぉ……」
どれだけ拒んでも、その声は僕の中に入ってきて、僕の中をめちゃくちゃにかき乱す。
―――お兄ちゃん……―――
その中で、一つ、小さな声が聞こえた。
「あ、ああ……リン……」
その声の主は目の前にいた。
そしてその姿は、あの日のリン。
体中に穴をあけられていた、あの日の……
―――お兄ちゃん―――
でも、リンはいつものように柔らかな笑みを浮かべ、僕を見る。
普通であれば不気味としか言えないその姿。
でも、今の僕にとっては唯一の救い……
「リン……僕は……僕は……!」
―――お兄ちゃん、お兄ちゃんは……―――
ヒ ト ゴ ロ シ ?
「っ!?」
目の前の妹の姿が一瞬で変わる。
柔らかな笑みを浮かべていたその顔はさらに血にまみれ、もはや人の様相をなしていないような、そんな顔。
そして、やわらかい笑みとは正反対の、口が裂けるかのような笑みを浮かべ、リンだったモノは言う。
―――ヒトゴロシ?―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!?」
体にまとわりつく重い物を振り払い、僕は飛び起きた。
「はあっ!はあっ!……夢……?」
しばらく経って落ち着くと、そこはいつもの部屋。
ギルドの一角にある部屋だった。
「……クソッ!またあの夢かよ……」
あの日、アリアにサバト見学をさせられたときから続く悪夢。
そう、続いているのだ。まるで一つの物語のように。
最初は一人二人の恨み言。
次第にその数は増えていき、ついに今日に至って妹が出てきた。
「……なんだってんだ……畜生……」
「…………」
「…………」
「……おい、影繰」
「……何さ?」
「お前さん、死相が出てるぞ」
影繰が出かけてから早数日。
それ以来、日に日に影繰はやつれているというか、死へと向かっているという言葉がそのまま当てはまる状況だった。
「……まともに寝てないからね……そりゃ、顔も酷くなるよ」
「いや、それにしたって衰弱しすぎだ。……あたしは変に相手を詮索するのは嫌いなんだが、今はあえて聞かせてもらう。影繰、何があった?」
「……いや、嫌な夢見ただけさ。そう、嫌な夢……だな」
「……そうかい」
結局、影繰は何も語ろうとはしなかった。
けど、あたしはそんな影繰をみて、なんとも言いがたい感覚を感じていた。
「……つーわけで、こんなとこに来たワケだけど……っと」
影繰がふらふらと自分の部屋に戻った後、あたしは町にある図書館に来ていた。
前々から感じていた疑問、
影繰のあの影はいったい何なのか。
もちろん、こんなところでその情報が見つかるなんて思っちゃいない。
でも、なにかそれに通ずる足がかりみたいなものでも見つけれればと思っている。
「とはいえ、あたしほどこういうところが似合わない人間も珍しいもんさね」
そう静かにぼやきながらも、あたしの足は図書館のある一角へと向かっていた。
(ありゃ普通の魔法じゃない……そもそも影繰からは魔力を一切感じれないから魔法なわけない。となると、関係がありそうなのは……)
「ここ、ってわけだ」
その一角とは、遺失技術のコーナー。
かつての魔物との争いの中で失われていった技術について書かれている書物が集められた場所だ。
もっとも、いくら本があり、再現する方法が分かったところで、ほとんど再現することは不可能な場合が多い。
なぜなら、その技術に使う材料などが今もあるとは限らないからだ。
旧魔王軍との争いの影響で地形はさまざまな形で変わっていった。
地形が変われば環境が変わる、そして、そこに住まう生命の種類も。
技術に必要な鉱物資源が取れる場所が、今はクレーターですなんてざらなことだ。
閑話休題
「んー……やっぱ見た感じ儀式、いや、呪術系かねぇ……」
魔法と呪術は同じようでぜんぜん違う。
成り立ちからしてそもそも違うのだから、当然といえば当然だ。
呪術とは、自身の魔力を使う魔法と違い、魔力を持たない存在がそれに対抗するため、魔力を持った植物とか、そういったものを使って行うものだ。
似てるようでぜんぜん違う。
とにかく、そういった類のものに当たりをつけ、それに関係する書物をかき集める。
といっても、それほどの量があるわけじゃない。
その中からさらに関係しそうなものを厳選していく。
「……んー……収穫なし、かな?」
しかし、結局は無駄足だったようだ。
それっぽいことすら書いちゃいなかった。
「せっかく似合わない場所まで出向いてきたってのに……やってらんないよ」
棚から取り出した本をもとあった場所に戻して、あたしは図書館を後にした。
「はぁ〜……無駄足かぁ……」
結局あたしはギルドの部屋に戻ってきていた。
ベッドに横たわり、うだうだとする。
「影繰……あのままじゃかなりやばいな」
何があったかは知らないが、相当精神にガタが来てると見える。
今日も依頼を受けずに部屋でうなされているようだ。
「……はぁ〜、冷徹(アイスコフィン)って呼ばれたあたしが、ここまで誰かに肩入れするようになるとは……時間ってのは恐ろしいね、まったく」
そう、それはあまり語りたくは無い昔のこと。
かつての仲間に言われたこと。
『この……冷徹が!』
「……あ〜、いや〜なこと思い出しちまったねぇ」
頭を振り、嫌な過去を振り払う。
そう、もうあの頃のあたしはいない。
今ここにいるのは飲んだくれのククリ、それでいい。
「……んで?そこにいる誰かさんは、あたしに何の用だい?」
『…………』
つい先ほどから何かを感じていたほうに声をかける。
すると、それはまるで空間からにじみ出るように現れた。
「ゴースト……じゃあなさそうだね?少なくとも普通の奴じゃない。普通のゴーストだったらあたしはとっくに取り憑かれてるだろうしね」
『……おねがい、助けて』
その子は、幼い少女の姿をしていた。
そして、とても悲しそうに「助けて」といってきたのだ。
「助ける……って、あいにくあたしはあんたらみたいな死人を助けることはできないよ。教会の奴らのところにでも化けて出てな」
『私じゃない、お兄ちゃんを助けて……』
「お兄ちゃん?」
『このままじゃお兄ちゃん、死んじゃうよ……』
「お兄ちゃんとか言われても分かるわけないだろ?」
『このままじゃ、影に食べられちゃう……!』
だから私に助けてといわれても……影?
影って人食うのか?普通食わない。
でも、あたしの中に、影にそれをさせることのできる存在が一人だけいる。
「ちょっと待った、影?……お前さんのお兄さんの名前は、キトって言う名前かい?」
『……うん』
「……マジかよ」
ってことはアレか?
こいつはもしかしてあの影繰の妹さん、ってわけか?
馬鹿馬鹿しい、と切り捨てたいところだが、現にあたしの目の前に現れている。
『お願い、このままじゃ……お兄ちゃんが……』
「あ、おい!ちょっと待て!助けろって言われたって、どうやって助ければいいのさ!?おい!」
目の前の少女は次第に薄くなっていく。
そしてあたしの呼びかけにも答えず、消えてしまった。
結局、助けてといってきただけで、どう助ければいいのかはまったく教えてくれなかった。
「……なんだってんだい……まったく」
首から上の無い誰かが、僕に向かってそう言った。
―――人殺し―――
胴体を袈裟懸けに切り裂かれた誰かが、僕に向かってそう言った。
―――人殺し―――
体中穴だらけの誰かが、僕に向かってそう言った。
―――人殺し、人殺し、人殺し、人殺し、人殺し……―――
腕の無い誰かが、脚の無い誰かが、翼をもがれた誰かが、目の無い誰かが、ありとあらゆる誰かが僕にそう言った。
僕はそれを聞きたくないから、耳をふさぐ。
でも、その声は頭に直接響き、しかも次第に大きくなってくる。
「やめろ……やめろぉ……」
どれだけ拒んでも、その声は僕の中に入ってきて、僕の中をめちゃくちゃにかき乱す。
―――お兄ちゃん……―――
その中で、一つ、小さな声が聞こえた。
「あ、ああ……リン……」
その声の主は目の前にいた。
そしてその姿は、あの日のリン。
体中に穴をあけられていた、あの日の……
―――お兄ちゃん―――
でも、リンはいつものように柔らかな笑みを浮かべ、僕を見る。
普通であれば不気味としか言えないその姿。
でも、今の僕にとっては唯一の救い……
「リン……僕は……僕は……!」
―――お兄ちゃん、お兄ちゃんは……―――
ヒ ト ゴ ロ シ ?
「っ!?」
目の前の妹の姿が一瞬で変わる。
柔らかな笑みを浮かべていたその顔はさらに血にまみれ、もはや人の様相をなしていないような、そんな顔。
そして、やわらかい笑みとは正反対の、口が裂けるかのような笑みを浮かべ、リンだったモノは言う。
―――ヒトゴロシ?―――
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!?」
体にまとわりつく重い物を振り払い、僕は飛び起きた。
「はあっ!はあっ!……夢……?」
しばらく経って落ち着くと、そこはいつもの部屋。
ギルドの一角にある部屋だった。
「……クソッ!またあの夢かよ……」
あの日、アリアにサバト見学をさせられたときから続く悪夢。
そう、続いているのだ。まるで一つの物語のように。
最初は一人二人の恨み言。
次第にその数は増えていき、ついに今日に至って妹が出てきた。
「……なんだってんだ……畜生……」
「…………」
「…………」
「……おい、影繰」
「……何さ?」
「お前さん、死相が出てるぞ」
影繰が出かけてから早数日。
それ以来、日に日に影繰はやつれているというか、死へと向かっているという言葉がそのまま当てはまる状況だった。
「……まともに寝てないからね……そりゃ、顔も酷くなるよ」
「いや、それにしたって衰弱しすぎだ。……あたしは変に相手を詮索するのは嫌いなんだが、今はあえて聞かせてもらう。影繰、何があった?」
「……いや、嫌な夢見ただけさ。そう、嫌な夢……だな」
「……そうかい」
結局、影繰は何も語ろうとはしなかった。
けど、あたしはそんな影繰をみて、なんとも言いがたい感覚を感じていた。
「……つーわけで、こんなとこに来たワケだけど……っと」
影繰がふらふらと自分の部屋に戻った後、あたしは町にある図書館に来ていた。
前々から感じていた疑問、
影繰のあの影はいったい何なのか。
もちろん、こんなところでその情報が見つかるなんて思っちゃいない。
でも、なにかそれに通ずる足がかりみたいなものでも見つけれればと思っている。
「とはいえ、あたしほどこういうところが似合わない人間も珍しいもんさね」
そう静かにぼやきながらも、あたしの足は図書館のある一角へと向かっていた。
(ありゃ普通の魔法じゃない……そもそも影繰からは魔力を一切感じれないから魔法なわけない。となると、関係がありそうなのは……)
「ここ、ってわけだ」
その一角とは、遺失技術のコーナー。
かつての魔物との争いの中で失われていった技術について書かれている書物が集められた場所だ。
もっとも、いくら本があり、再現する方法が分かったところで、ほとんど再現することは不可能な場合が多い。
なぜなら、その技術に使う材料などが今もあるとは限らないからだ。
旧魔王軍との争いの影響で地形はさまざまな形で変わっていった。
地形が変われば環境が変わる、そして、そこに住まう生命の種類も。
技術に必要な鉱物資源が取れる場所が、今はクレーターですなんてざらなことだ。
閑話休題
「んー……やっぱ見た感じ儀式、いや、呪術系かねぇ……」
魔法と呪術は同じようでぜんぜん違う。
成り立ちからしてそもそも違うのだから、当然といえば当然だ。
呪術とは、自身の魔力を使う魔法と違い、魔力を持たない存在がそれに対抗するため、魔力を持った植物とか、そういったものを使って行うものだ。
似てるようでぜんぜん違う。
とにかく、そういった類のものに当たりをつけ、それに関係する書物をかき集める。
といっても、それほどの量があるわけじゃない。
その中からさらに関係しそうなものを厳選していく。
「……んー……収穫なし、かな?」
しかし、結局は無駄足だったようだ。
それっぽいことすら書いちゃいなかった。
「せっかく似合わない場所まで出向いてきたってのに……やってらんないよ」
棚から取り出した本をもとあった場所に戻して、あたしは図書館を後にした。
「はぁ〜……無駄足かぁ……」
結局あたしはギルドの部屋に戻ってきていた。
ベッドに横たわり、うだうだとする。
「影繰……あのままじゃかなりやばいな」
何があったかは知らないが、相当精神にガタが来てると見える。
今日も依頼を受けずに部屋でうなされているようだ。
「……はぁ〜、冷徹(アイスコフィン)って呼ばれたあたしが、ここまで誰かに肩入れするようになるとは……時間ってのは恐ろしいね、まったく」
そう、それはあまり語りたくは無い昔のこと。
かつての仲間に言われたこと。
『この……冷徹が!』
「……あ〜、いや〜なこと思い出しちまったねぇ」
頭を振り、嫌な過去を振り払う。
そう、もうあの頃のあたしはいない。
今ここにいるのは飲んだくれのククリ、それでいい。
「……んで?そこにいる誰かさんは、あたしに何の用だい?」
『…………』
つい先ほどから何かを感じていたほうに声をかける。
すると、それはまるで空間からにじみ出るように現れた。
「ゴースト……じゃあなさそうだね?少なくとも普通の奴じゃない。普通のゴーストだったらあたしはとっくに取り憑かれてるだろうしね」
『……おねがい、助けて』
その子は、幼い少女の姿をしていた。
そして、とても悲しそうに「助けて」といってきたのだ。
「助ける……って、あいにくあたしはあんたらみたいな死人を助けることはできないよ。教会の奴らのところにでも化けて出てな」
『私じゃない、お兄ちゃんを助けて……』
「お兄ちゃん?」
『このままじゃお兄ちゃん、死んじゃうよ……』
「お兄ちゃんとか言われても分かるわけないだろ?」
『このままじゃ、影に食べられちゃう……!』
だから私に助けてといわれても……影?
影って人食うのか?普通食わない。
でも、あたしの中に、影にそれをさせることのできる存在が一人だけいる。
「ちょっと待った、影?……お前さんのお兄さんの名前は、キトって言う名前かい?」
『……うん』
「……マジかよ」
ってことはアレか?
こいつはもしかしてあの影繰の妹さん、ってわけか?
馬鹿馬鹿しい、と切り捨てたいところだが、現にあたしの目の前に現れている。
『お願い、このままじゃ……お兄ちゃんが……』
「あ、おい!ちょっと待て!助けろって言われたって、どうやって助ければいいのさ!?おい!」
目の前の少女は次第に薄くなっていく。
そしてあたしの呼びかけにも答えず、消えてしまった。
結局、助けてといってきただけで、どう助ければいいのかはまったく教えてくれなかった。
「……なんだってんだい……まったく」
11/03/08 14:03更新 / 日鞠朔莉
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