連載小説
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影繰とサバト
「っ!」

影がざわめき、いっせいにアリアに襲い掛かる。
その影のどれもが、先端を鋭く尖らせ、彼女を貫くのに何の支障も無い。

「え?影繰って……この人が……わわわ!?」

ここにバフォメットである彼女がいると言うことは、この子はサバトの魔女なのだろう。
無視はできないが、今は一番脅威と思われるアリアを……

「ストップじゃ!ここでおぬしが事を起こせば、どうなるか分からぬでもあるまい?」
「……ちっ」

言われて気がつく。
ここは街外れとはいえ、人目が多い。
そんなところで騒ぎを起こすわけには行かない。

「……ここじゃなきゃ、もう殺してたろうな」
「殺されるつもりは毛頭無いぞ?だが、騒ぎになっていたことは確かだろうな」

……魔物に正論を言われるなんてな……ほんと、あの日から調子が出ない。

「さっさとサバトに帰れよ。この場で僕はお前に出会わなかったし、荷物を持ってあげたのは普通の女の子だった。それでいいだろ?」
「ふむ、それが一番いいんじゃろうが……曲がりなりにも、部下が世話になったのじゃ、礼の一つぐらいさせてくれてもよかろう?あわよくばそれでおぬしの好感度UPじゃ」
「ええ!?バフォ様、本気、いえ!正気ですか!?」
「あのさ、人の話聞いてた……って、おい、何唱えてる?」

今回ばかりはこの魔女に同意だ。
魔物の敵に礼をする奴なんて聞いたことが無い。
そう言おうとすると、アリアが何かをぶつぶつ唱えていることに気がついた。

「ん?何って……ただのバフォメット印の転送魔法じゃ。荷物をこのままにはできんからの」
「……そうかい」
「それに、おぬしを招待しようと思っての」
「へぇ……って、招待って……っ!?」

なにやら聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、アリアに問いかけようとしたところ、以前にも感じた浮遊感が襲ってきた。

「……またこのパターンかよ」

最早呆れるしかなかった。
結局、この間のように僕は地面にできた大穴に飲み込まれた。

「バフォ様!ほんとに正気ですか!?拾い食いとかしてませんよね!?何で影繰をサバトに連れて行くなんて……!」
「そう喚くでない……大丈夫じゃよ、普段のあやつならともかく、今の迷いに迷っているあやつなら、な」
「どうしてそこまで……いくら気に入ったとはいえ……」
「そうじゃな……あやつの瞳、じゃな」
「はぁ?」
「瞳が、幼子のようじゃった。救いを求める、な。だから……」

―――妾は、きっとあやつを救いたいんだと思う―――




「ってぇ!!」

以前と同じように背中から落下。
やわらかいところに落下したため、以前と比べて若干痛みは薄いが、それでも受身も取れないのはきつい。

「よっ!……ふふん、今回はちゃんと着地できたぞ」

痛む背中をさすっていると、隣にアリアが降ってきて、着地した。
何故か彼女の頭の上に10.0という数字が見えた気がした。

「おい、一体全体どういうつもりだ?返答しだいじゃこの場で八つ裂きにしてやってもいいぞ」
「おお、おっかないのう。ちと落ち着いて周りを見てみるのじゃ」
「周りを見ろって……」

アリアに言われ、彼女が指差すほうを見ると……

「ああ!いい!いいよぅ!」
「うおおおおおお!出すぞ!出すぞぉ!!」
「うん!だしてぇ!わたしのなかに、いっぱいだしてぇ!!」

裸の男女が人目もはばからず交わっている姿。
女のほうはそういった行為をするにはあまりにも幼い容姿だ。
そして、それが一組だけでなく、数十、いや、数百組はいるだろうか?

「な……これ、は……」
「言ったであろう?おぬしを『招待』する、と」

「ようこそ、我がサバトへ。歓迎しよう影繰、いや……キト・ラファエーラ!」




それから僕は、アリアに連れられある一室に連れて来られた。
そこは豪華な装飾が施された、明らかに並の者が過ごす場所ではない部屋だった。

「まぁそう身構えるな。ここは妾の部屋じゃ。どれ、ちと待ってろ、今茶を淹れさせる」

アリアはそういうと部屋の置くにある大きな机の上にある水晶球に向かって話し始めた。
おそらくそれを使って通信しているのだろう。

「…………」

注意深く部屋を探る。
僕を影繰と知っておきながら、自分の部屋に招く。
これには裏があるに違いない。
いざと言うときは騒ぎになろうとも、影を使って……

(……?なんだ?)

影を操る際、実際には無いが、感覚としてのみ頭に返ってくる、影の手綱を握るような感覚。
その感覚が、一瞬感じられなくなった。
あくまで一瞬のことで、今はその感覚はきちんと頭に返ってくる。

(勘弁してくれよ、こんなところで影が操れないってことになったら、それこそ事だぞ?)

背筋に若干の冷や汗が流れる。
と、そこで扉がノックされて、数人の幼い女の子が入ってきた。
おそらく、この子達も魔女だろう。

「バフォ様〜お茶をお持ちしました〜」
「おお!すまぬな。そこにテーブルを出すから、そこにおいてほしい」

そして、それを見たアリアがなにやら呪文を唱えると、部屋にソファーとテーブルが現れた。

「……これは?」
「ん?転送魔法の応用で、異次元にしまってあるものを取り出す魔法じゃ。ほれ、そこに突っ立っておらんで、座ればよかろう?おぬしは今、妾の客人なのだから、遠慮することは無い」
「…………」

罠の危険性を考慮し、座るのは遠慮しようと思ったが、アリアと魔女全員からのなにやらキラキラした視線に、
仕方なく座ることにした。
まぁ、もし罠があったとして、命の危険が迫ったら影が勝手に動き出すだろう。
前もそんなことがあったし。

「……罠はない……か?」

座ってみたところ、いたって普通の革張りのソファーだった。
いや、普通ではないだろう。きっと高級な品だろうな。
見ると、後ろでアリアと魔女が何かをしていた。
なんとなく見ているとやがて魔女に一人が嬉しそうに腕を点に突き上げた。
アリアを含むそれ以外の魔女はがっくりとうなだれている。

「……?」

首をひねっていると、嬉しそうにしていた魔女が僕の隣に座った。
ひどくご満悦そうだ。
どうやらさっきのは誰が僕の隣に座るかの争いだったようだ。

「……なんで好かれてるんだ?僕は」

ちなみに、アリアは僕の正面、他の魔女はそれぞれ開いた場所に座っていた。
ちなみに、アリアたちは僕の隣に座っている魔女をひどくにらんでいた。

「……まぁよい。それでは、ティータイムと洒落込むとするかのう」
「…………」

目の前には紅茶の注がれたティーカップ。
しかし、不用意に口をつけるわけにも行かない。ここはサバト、いわば魔物の巣窟だ。

「ん?どうしたのじゃ?遠慮せずに飲めばよかろうに」
「いや、遠慮する。何か混入してあるかもしれないし」

その言葉に、ビクッと反応した存在がいた。
僕の隣に座っていた魔女だった。
当然、誰から見ても分かりやすい反応だったため、アリアがそれを問い詰める。

「……おぬし、何かを混ぜたのか?何を混ぜた?さぁ、吐け」
「う……その、媚薬を少々……」
「ば……ばかも〜ん!!媚薬入り紅茶を飲ませるのはサバトに入ると決めた人だけにしろと言ったはずじゃろうが!!その気も無い相手に飲ませて問題が起こったらどうする気じゃ!?」

戦闘中に媚薬を投げつけるような人(魔物か)の言うセリフじゃないよね?それ。
とりあえずギャーギャー騒いで、こちらに注意がいってないうちに、影に紅茶を処分させることにした。
誰にも見られないようにこっそりと影をティーカップとティーポット、ついでに何か混ぜてあるだろうと推測できるお茶菓子のクッキーに伸ばし、そして影に飲食させる。
…いつも酒とか処分させてる身で今更だけど、変なもの処分させてごめん。
そして、アリアたちが魔女への制裁(くすぐり地獄だ、あれは)を終える前に何とか危険物を処理することができた。
魔女は目を放した隙に無くなった紅茶達に首をかしげていたが、アリアは僕が何をしたのか理解したらしく、サムズアップをよこしてきた。
魔物に感謝されるのはなんか癪だ。




「しかし、ずいぶんおとなしかったのう?影繰」
「…………」

あれから数十分。
結局、紅茶はアリアが僕の目の前で淹れなおした。
その後、頼んでもいないのにサバトの中を案内された。
そのどこででも、幼い女の子と男が交わっている姿が確認できたのは言うまでもない。
そして、今僕は再びアリアの部屋にいる。

「……幸せそうだね、あの人たち」
「ん?」

サバト内で見た多くの人や魔物。
その誰もが、辛そうな顔や苦しそうな顔を一切せず、一様に幸せそうな顔をしていた。
殺すのは簡単だった。あんな気の緩みまくった奴らを殺すのは。
でも、それをしなかった、いやできなかった。
それは幸せそうだったから。

「……今まではそういうの分からなかったから。相手が幸せそうなんて分からなかったから、簡単に殺せた」

そう、そうなのだ。
今まで僕が殺した相手にも幸せはあったのだ。
それを、僕が奪っている。
普段はそんなこと分からないが、ああやってまざまざと見せられるといやでも理解してしまう。

「なんだろうね?僕は……結局、僕も変わらないじゃないか……」
「……影繰」

あの日、孤児院のあの子を遠巻きから見ていたときに襲い掛かってきた罪悪感と、自身の行動に対する矛盾。
それが、再び襲い掛かってきた。
より強く、より大きく。

「……のう、キトよ……おぬしは……」
「―――――――っ」
「っ!おぬし……今、なんと?」

―――誰か……助けてよ……っ―――

言ったところで、叶うはずのない望み。
僕がかなえる資格のない、望み。
叶えてはいけない……望み。
でも、襲い掛かってくる罪悪感という苦しみ、矛盾と言う苦しみ。
それから、助けてほしかった。

たぶん、そのとき僕はそう思ったんだと思う。

―――僕は、きっと誰かに助けてほしかったんだと思う―――
11/03/02 23:07更新 / 日鞠朔莉
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■作者メッセージ
朔「親方!ifの新しい話です!!」
親「たわけ!もっと精進せい!パッションを燃やすのじゃ!」
朔「(´・ω・`)」

と言うわけで、影繰ifの2話でございます。
キト君、相当参ってます。精神的に。
今まで見ぬ振りをしていた事実、
「今まで誰かの幸せを奪っていた」
という事実を回避不能で叩きつけられて、最早グロッキー。
それに追撃をかますのが自分が奪われる絶望を知っているということ。
こっからどんどんキト君は転がります。

いや〜、話が思い浮かばなくて、読切かいたら親方・ザ・パッションにしかられたのでifの続きです。
でもまた詰まったら読切を書いてしまうかもです。

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