番外編 第4話「百万の恵まれたるもの」
9月■日
「すみませ〜〜〜〜〜ん。」
今日は、朝からサバトに尋ねて来る人がいた。
「どちら様ですか?」
と、入り口近くにいた魔女が出ると・・・。
「ハーピー便です。レスカティエからお届け物ですよ〜。」
どうやら、レスカティエの魔女に頼んでいた、シュリフトが残したメモやら、資料の断片やらが到着したようだ。
資料の断片は、大半が『妖蛆の秘密』をこの世界の言語に直したもののようだ。
が、結論から言うと・・・、内容がまったく分からない。
おかしい、言語は私達が使っているのとまったく同じはずなのに・・・。
・・・
その日の夜、領主のカルメシアは件の行部狸から受け取った報告書を見ていた。
明かりの灯っていない部屋は薄暗く、月明かりだけが窓から入り込んでいるが、ヴァンパイアである彼女の眼には報告書の内容がはっきりと見えた。
「結局のところ、教会も“アレ”の正体を把握していなかったということか・・・。」
9月▲日
夜の食堂には、私とバフォ様の2人しかいなかった。
別に、サバトに私とバフォ様の2人しかいなかった訳ではない。単純に、2人が夕食を取る時間が遅くなっただけだ。
私は、昨日レスカティエから届いた資料の確認に追われ、バフォ様はリリルルシアが持っていた本と、今だに睨めっこ(内容が理解できず、本を睨んでいただけだと他の魔女が言ってた)をしていたらしい。
「そういえば、2件目の被害者。今だ、身元不明のようじゃの。」
「ええ。」
「てっきり2件目も、同じこの街の被害者かと思っておったのじゃが、どうやら違ったらしいの〜。他の街の人たちも、被害者は全員この街の者と思っておったようじゃ。」
まあ、教会のスパイだし。この親魔物領で、教会内のどこの誰かなんて知りようがないと思うが。
あれ?っということは・・・。
私は、食堂を出ると、この街の領主の元へ向かおうとした。どうしても、確かめたい事があったのだ。まあ、カルメシア様はヴァンパイアなのだし、夜の方がかえっていいだろう。夜間外出禁止令は・・・、気にしないでおこう。
が、その必要はなくなった。領主本人がこのサバトに来たから。
「ちょっと、貴女に話しておきたい事があってね。」
そう言って、護衛を2人連れたカルメシア様がサバトに訪れたのだ。
ちなみに、2人の護衛とは、デュラハンとリザードマンの2人。この2人の事は良く覚えている、なにしろ4件目の事件のときリリルルシアを連れて来たのが、この2人だったからだ。
あれ、そうなると2人は警備の仕事はどうしたのだろうか?
まあ、そこは私の気にする事ではないか。
私とカルメシア様は、1階の広間で話はじめた。広間には、私とカルメシア様の他には誰もいない。警護の2人も、いつのまにかいなくなっていた。
「あの少女が持っていた本、もともとはレスカティエにあったもののようね。」
「そうらしいですね。」
ビブロフさんにでも聞いたのだろうか?
「私も、独自に調べさせたのよ。」
この人は心でも読めるのだろうか・・・。
「知り合いに、教会の内情に詳しい行商人がいてね、彼女に調べ物を以来したのよ。そしたら、彼女はジパングのクノイチと呼ばれている諜報専門の魔物を雇って、教会の中間層辺りの一人から情報を聞き出したそうよ。」
「はあ。」
「レスカティエが魔界に堕ちたあと、警備の緩くなった所を盗みだされたようね。」
「まあ、警備は今も緩いと思いますけど。」
「盗み出されたあと、どういう経緯を辿ったかは知らないけれど。レスカティエで盗まれてから、だいぶ時間が経ってから教会の手に渡ったようね。」
私のツッコミは、華麗にスルーされたようだ。
「教会側も、魔王を倒した勇者が持ち帰った物を元にして作られたとだけあって、その本を解析しようとしたらしいわ。」
この様子だと、勇者が魔王の城に入ったとき、城は無人だった事は彼女も教団も知らないようだ。
「貴女何か隠してない?」
「いえ、別になにも・・・。」
やっぱり、他人の心が読めるのでは・・・。
「まあ、いいわ・・・。話を続けましょう。」
「・・・。」
「レスカティエから教団の手に渡ったその本だけど、教団は一人の少女にその本の解析をさせたみたいね。」
「・・・え?」
「その少女は、幼くして天才の名を欲しいままにしていた秀才で、教会の秘蔵っ子だったらしいわ。」
「その少女って・・・。」
「名前をリリルルシアと言うそうよ。」
リリルルシアが天才少女?
今の彼女の姿からは、とても想像できない事実だった。
「少女が本の解析をはじめてからしばらくして、教会領内でおかしな事が起き始めたようなの。」
「え?」
「領内で不審死事件が多発、おまけに巨大な影を見たという目撃情報まで出はじめた。」
「・・・。」
「本の正確な情報を得ようにも、レスカティエはすでに魔界に堕ちている。手を拱いた教会関係者達は、当然本を処分しようと考えた。けど・・・。」
「けど?」
「ここで、とんでもない事を言いだした者がいたらしいわ。」
「とんでもない事?」
「ええ。『我々も手を拱いているなら、魔物達にとっても手に負えないだろう。だから、いっそ親魔物領に本を遺棄すれば、その地で混乱を引き起こせるのではないか?』と、そう提案したそうよ。」
「それじゃあ、あの騎士の一団がこの街に来たのって・・・。」
「ええ。リリルルシアと本を、この地に置いていくためよ。」
これで、リリルルシアがこの街に来た理由が分かった。
しかし、それじゃあ・・・。
「本だけでなく、何故リリルルシアまでこちらに連れて来る必要があったのか?って、顔しているわね。」
「・・・。」
「理由は簡単・・・。教会領内で起こった、一連の事件の犯人が彼女だったからよ。」
「!」
予想はしていた。が、いざ事実を突き付けられても、まだなっとくできない自分がいた。
「どういう方法かは知らないけど、教会の連中は事件現場でリリルルシアを捕える事ができたみたい。ま、教会には勇者がいろいろいるからね。」
「・・・。」
「これで、私が此処に来た理由が分かったかしら?」
「最後に一つ、聞いておきたい事があるのですが・・・。」
「何かしら?」
・・・
やはり、私が思っていたとおりだった。それじゃあ、彼女が言っていた事はいったい・・・。
「そういう訳だから、彼女と本は今どこ・・・。」
そうカルメシア様が言いかけたとき・・・。
「本ならここに在るぞ。」
そう言ったのは、本を抱えたバフォ様だ。
「って、いつから居たのですか!」
「だいたい、お主が最後の質問をした辺りかの〜。っと?」
「ん?」
「なに?」
そのとき、2階から魔女達の悲鳴が聞こえたのだ。
「何かしら?」
「まさか・・・。」
私は、いそいで2階へと向かう。カルメシア様もついてきた。バフォ様は・・・、状況がよく分からずついてこなかったようだ。
「何事ですか?」
2階へ行く途中で、カルメシア様の警護のデュラハンに会う。
「よし、お前もついてこい。こういう事を予想して、連れて来たのだからな。」
「はい?って、置いていかないでください〜〜〜。」
そして、私達は悲鳴が聞こえてきたであろう、その部屋に入った。
そこでは、リザードマンがまさに化け物と呼ぶに相応しいものと戦っていた。
化け物とリザードマンの周囲に、何人かの取り残された魔女がいる。
「カルメシア様!お下がり下さい。」
「な、な、な、なんなのですか、あれは〜〜。」
リザードマンと魔女達が何かを言っているようだが、今はそれどころではない。
私は、化け物から視線を外さずに、近くにいた魔女に尋ねた。
「何があったの?」
「とつぜん、アレが天井をやぶってきて・・・。」
見れば、確かに天井に大穴があいている。
私は再び、化け物に視線を戻した。
その化け物は、鰐のように巨大な口をリザードマンに向けて威嚇しながら、皮膚の無い筋肉だけの様な腕と、その先についた爪でリザードマンをけん制している。その巨大な頭と腕と足に比べ、胴体は小さいようで、化け物の大きさに比べると非常に小さな布をまとっていた。
そして、その布に私は見覚えがあった。そう、それはついさっきまでリリルルシアが身に着けていた服だった。
「カルメシア様、あれです!4件目の事件のときに、私達が見たものは!」
そうデュラハンが言うなか、けん制しあう2人の間に動きがあった。
化け物の放つ、鋭い爪の斬撃がリザードマンの肩口に当たる。
「っく!」
横に避けて、致命傷は避けたものの、傷を追ってしまう。
そのとき、爪から切り裂かれた傷から出た血が流れる事はなかった。
傷口から出た血が、飛ぶように化け物に向かっていったのだ。そのまま、血は化け物の前に出現した、薄く輝く紋章に吸い込まれていく。
「どうりで現場に血痕が無い訳だ、そうやって血を吸収していたのか。」
そうカルメシア様が言っていたが、私にはそれよりも気づいた事があった。
その化け物の前に出現した紋章。それは、以前リリルルシアの胸に有ったアザ、そして本の表紙に書かれているものと同じものだったのだ。
「輝くトラペドヘゾロン・・・。」
そうやって、犠牲者の血を取り続けたから、返り血を浴びず私も彼女の凶行に気付けなかったようだ。
私達が、化け物に対して手を拱いていると。その化け物は、近くで震えていた一人の魔女を、その巨大な手で鷲掴かんだ。
「ひぃ。」
「やめて!」
その化け物は、私の声に一瞬反応したのか、その手を魔女から離すと、そのままベランダへ続く硝子戸を破った。
ガラスの割れる音と共に、その化け物は夜の街へと飛び去ってしまったのだ。
「っく!急いで他の警備の者達にも連絡しろ。」
カルメシア様は、デュラハンとリザードマンの2人に指示を飛ばしている。
「あ、おい何処へ行くつもりなのだ。」
私は、あの化け物が本当にリリルルシアか確かめるために、箒を持って夜の街へと飛び出したのだ。
・・・
と、街へ飛び出してはみたものの・・・。何処を探せばいいのやら、まったく見当がつかなかった。部屋で見たあの身のこなしからすると、見かけによらずけっこう身軽そうだったし、そうとう距離が離された可能性がある。箒で上空から街を見下ろしても、こう暗くてはよく分からなかった。
「何処を探したらいいものやら・・・。っと?」
どこか近くで、女性の悲鳴が上がった気がしたのだ。
私は、その方へ向けて箒を飛ばした。
悲鳴が聞こえたと思しき場所へと降り立つと、そこにはルゼニアさんがしゃがみ込んでいた。
私は、すぐにルゼニアさんに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ええ、私はなんとも。」
「どこへ行ったのよ・・・。」
「彼女なら、あっちへ行ったわ。」
「あっちですね。」
私は、再び箒に乗ってその方向へ駆けだした。
しばらく箒に乗っていて、私はある事に気がついた。
おかしい、夜間外出禁止令が出ているとはいえ、街には警備の者とかがいる。そんな中、あんな姿の者が街を逃亡すれば、騒ぎの一つでも起きておかしくないはずなのに、その様な喧騒は聞こえてこない。せいぜい、私と同じ者を探している、この街の警備の者達の掛け声が聞こえて来る程度だ。
まさか、私をこっちに引きつけておいて、サバトに引き返した!
狙いは・・・、あの本か!
・・・
サバトに戻って来ると、入り口にバフォ様がいた。
「お主無事じゃったか、まったく一人で急に飛び出したからに・・・。他の魔女達は、皆警備の詰め所に避難させておる、お主も早く行くがよい。」
「それより、バフォ様。」
「なんじゃ?」
「例の本は今どこに?」
「あの本なら、カルメシア殿が2階に持って行ったぞい。」
それを聞いて、私は2階のその部屋へ向かったのだ。
その部屋は、外に比べて暖炉に火がついていたぶん暖かかった。
カルメシア様は、その部屋の椅子に腰かけ、本を見ていた。
「あら?さっきは、急に外へ飛び出していったと思ったのに。」
「ちょっと、気になった事がありまして。もしかしたら・・。」
リリルルシアはその本を狙っているのかも。と、言いかけたそのときだった・・・。
ドガアアアァァァァァァ
天井を突き破り、突如としてその化け物が現れたのだ。
その化け物は、そのままカルメシア様に迫って行く。やはり、本が狙いのようだ。
「な!」
化け物は、カルメシア様に迫りながら大きく腕を振り上げ、そのまま爪を振りおろそうとする。
「待って!」
と、私は反射的に化け物とカルメシア様の間に立ちふさがる。
そのまま、私は化け物の爪の餌食になるのを覚悟した。
しかし、予想していたような攻撃が来る事は無かった。化け物は、腕を振り上げたまま、動きを止めていたのだ。
「リリルルシア・・・?」
「ウ、グゥ、ガアァァァァ。」
突然、化け物が頭を抱えて呻きだしたのだ。
すると、化け物の背が徐々に縮んでいく。
背丈は人間並みになり、大きく裂けた口も小さくなっていく。だが、腕だけは元のままだ。やがて、顔には皮膚が覆いその表情が見え始める。足にも皮膚が覆い、人間の素足が来ていた服の下から見えるようになった。
そこにいたのは、両腕だけがあの化け物と化したリリルルシアだった。
そして、彼女は私に向かって、泣いている様な、笑っている様な表情を見せると、そのまま窓のガラスを突き破り夜の闇に消えていった。
「待って!」
そのとき、追いかけようとする私は、異常な気配を感じ思わず立ち止った。
「な!」
「これは!」
どうやら、私だけでなく、カルメシア様も感じ取ったようだ。
「何なのこの力は・・・。」
「魔力のようですけど・・・、私達魔物の負の魔力とも、人間達の正の魔力とも違う・・・。」
この魔力がどこから来るのか見渡すと・・・。
それは、カルメシア様が持っていた本から発せられていた。
いや、これは単純に発せられていたのではない。本に、魔力が収束しており、それを私達が感じ取ったのだ。
次の瞬間、本に溜まった魔力が突如として弾けた。それは、まさに集中した魔力によって、魔法が発動された感覚に非常に近かった。いや、間違いなく、これは本が単独で何らかの魔法を発動させたのだ。
すると、どこからともなく、人を嘲るような、馬鹿にしたような無数の笑い声が聞こえて来たのだ。
「クスクスクス・・・」
「あはははは・・・」
「っひっひっひっひ・・・」
その笑い声は、天井に開いた穴から聞こえてくるようだった。
だが、私達にはその声の主の姿を見つける事ができなかった。しかし、笑い声は確実に穴の方から聞こえて来る。
そして、その笑い声達はとうとう、部屋の中からこだまするようになったのだ。
姿は見えない。しかし、確実に笑い声の主は私達の傍にいる。
私はこの状況に、どう動くか思案していると・・・。
「私を笑う痴れ者が!姿を見せい!」
と、本を片手に抱えたカルメシア様が、声のする方へと飛びかかり、鋭い爪の一閃を見舞った。
が、爪は見えない何かに弾かれる。
「なに!」
そこへ、無数の笑い声の一つが、カルメシア様へと向かっていった。
「ぐぅ!」
「え?」
突然、カルメシア様の体が宙に浮き上がったのだ。
カルメシア様は、背筋を伸ばした状態で宙に固定されているかの様である。
と、そのときだった。
突然、カルメシア様の肩の辺りが切り裂かれ、そこから血が噴き出す。
「ぐぁ!」
だが、その血は不自然な飛び方をした。
まるで、何かを形作るかの様に、ゆっくりと血が宙を流れていく。そして、その血が今この部屋に存在する、無数の笑い声の主の姿を私達に見せつけたのだ。
それは、一見すると赤く半透明な、巨大なゼリーのかと思わせた。だが、その表面は無数の触手で埋め尽くされている。それら触手の先端全てに口がついており、たえず獲物を求めて蠢いている。
その触手に埋め尽くされた体からは、特に目立つ4本の大きな触腕とも呼べるモノが生えていいた。その触椀の先は長い指の様に枝分かれしており、その長い指の先には大きな鈎爪がついている。その枝分かれしている根元にも口があり、獲物を求めて開いたり、閉じたりしている。その触椀の一つが、カルメシア様の体を鷲掴み、指の根元にある口から血を吸い出していた。
そして、触手や触椀についた無数の口が獲物を求めて蠢く度に、笑い声のような音が発せられているのだ。
その本来は完全に透明な存在が、飲み込んだカルメシア様の血が全身に廻ることで、その姿を紅く浮き出したのだ。
「カルメシア様!」
その顔に苦痛の表情が見えることから、生きてはいるのであろうが、カルメシア様はその怪物を凝視したまま動こうとはしない。
私は、カルメシア様に走り寄ると、彼女の手から本を取ろうとする。
この本から魔力が発せられ、この怪物が現れた状況から考えても。この本が、この怪物を召喚したと考えるのが自然だ。だから、私はこの本をどうにかしないと、この先どんどん状況が悪化すると考えたのだ。それに、この本がこの怪物を召喚したのなら、この本を処分すれば、この怪物を追い払えるかもしれないという淡い期待もあった。
しかし、カルメシア様は体を強張らせており、私は本を受け取ることも、無理やり奪い取ることもできなかったのだ。
そして、その行動が怪物の注意を引いた様で、残りの3つの触椀が私に襲いかかって来たのだ。
「うわっ!」
が、そのうちの2本は、体から生えている位置が悪かったらしく、運よく私には届かなかった。
私は、残りの1本を避けようとこころみたが・・・、カルメシア様から本を取ろうとしていたため、十分な体制を取る事が出来ず、鈎爪の一撃を食らってしまう。
「うぐぅ・・・。」
そして、触椀の口が私の首筋近くの肩口に食らいつき、そこから血を吸いだしていく。
カルメシア様の血に加え、私の血が廻っていくことで、怪物の姿がより一層はっきりとしていく。
だが、私にはその様子を観察する余裕は無かった。
私はカルメシア様に比べて背が小さい分、同じ量の血を吸われたとしても、体の体積に対する比率が違う。大量の血を吸われた事で、徐々に全身の力が抜けていく。鍵爪で受けた一撃が、意識の喪失に拍車をかけているようだった。
意識が薄れていく中、私はカルメシア様の持っている本へと、最後の力を振り絞って手を伸ばしていく。しかし、(私やカルメシア様に食らいついていない)怪物の触椀の一つが一閃し、カルメシア様の持っていた本を部屋の出口の方へと弾き飛ばしてしまう。
「ここまで・・・なの・・・。」
と、そのとき・・・。
「なんじゃ、騒々しいのう!」
そう言って、部屋の扉を開けたのはバフォ様だった。
そして、ちょうどバフォ様に向かって本が飛んでいき・・・。
バゴォ!
見事に、本がその顔面に直撃する。
「な、なにをするのじゃ〜〜〜。」
そう言って、バフォ様は本をつかむと私たちに向かって放り投げる。
が、適当に投げたのだろう。本は、私達とは見当違いの方向へすっ飛んでいく。そのまま、本は火が燃え盛る暖炉へと吸い込まれるように入っていった。
「なんじゃ、こりゃあああぁぁぁぁぁぁ!」
この時点で、ようやく私達の血を吸っている怪物にバフォ様が気づき、その姿に声を上げたまま硬直してしまう。
一方、暖炉に入った本はというと。当然のように、火が移り暖炉の中で燃え始める。
すると・・・。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
暖炉の中から、すさまじい雄たけびが響きはじめたのだ。
そして、その声を聞いた私は・・・。
・・・
一方その頃・・・。
化け物を追っていたデュラハンと、リザードマンの2人は街中を奔走していた。
「いたか?」
「いや、こっちにはいない・・・。っと、あれは?」
リザードマンが、物陰に何かを見つけた。
「・・・。」
「・・・。」
二人は、用心しながら物陰に近づいていく。
そこにあったのは・・・。
・・・
私は、理解してしまったのだ。
シュリフトは、本の解読にのめり込むうちに、まさに本に取り憑かれるようにその解読のみを探求するようになっていった。そして、メモに残されていた“外なる神の従者”を召喚する事に成功した。その“外なる神の従者”に対し、自分の妻と娘を生贄に捧げることで、引き換えに本を読むのに必要な言語能力を得たのだ。そうやって、シュリフトはますます引き返せない道へとハマり込んでいったのだろう。
シュリフトが解読していた本、『妖蛆の秘密』に書かれていた呪文の一部が、今なら理解できる。なにしろ、魔女が持ってきた資料にその一部が乗っていたのだから。その呪文とは、精神転移に関するものだった。本来は、他人の肉体に自分の精神を移すことで、その肉体を乗っ取る呪文なのだが、シュリフトはそれを別な形で使用した。シュリフトは、自らの精神を他の器に移すことで不老の手段を手に入れたのだ。彼が用意した精神の器とは、自身が制作した“あの本”であることに他ならない。
そうやって、彼は本の中に精神を移すことで今まで生きながらえてきた。そして、なにか行動する必要に迫られると、リリルルシアの様に他人の精神を操って行動を起こしてきた。おそらく、本を親魔物領域に遺棄するように命じたのも、シュリフトの策略であり、本を処分されないようにしたのであろう。
本が燃え尽きると、私達に食らいついていたその怪物は、その口のついた触椀を離し、そのまま天井に開いた穴から空へ向かって上昇していく。そして、そのまま星が見える夜空へと消えていったのだった。
と、その様子を見ていた私は、そのまま意識を手放したのだった。
・・・
その後、デュラハンやリザードマンの警備の2人が見つけたのは、喉を切り裂かれて横たわる“人間の死体”となったリリルルシアであった。他の事件とは違い、その周囲には飛び散った血痕が残されていたらしい。
彼女ら2人は、ずっと外で化け物を追っており、その化け物がリリルルシアに戻りかけている姿を見てなかった。そこへ、“化け物”を追った先にリリルルシアの死体を見つけた事から、リリルルシアが化け物の逃走中に遭遇し巻き込まれたと判断されたのだ。
本が灰になり、リリルルシアの死体が見つかった事で、私は事件がこれで終わったのだと思った。
9月◇日
次の日、意識を取り戻した私は、カルメシア様の所へ行ったのだ。
カルメシア様の屋敷の玄関では、彼女の旦那様が出迎えてくれた。
なんか、妙に痩せこけている感じがしたが、おそらくカルメシア様は失った血を旦那様で補充したのであろう。
そのカルメシア様は、妙に機嫌が悪かった。
彼女いわく、ヴァンパイアが一方的に血を吸われたのが、プライドに障ったらしい。
結局、その日の大半が、事件の後始末をどうするかという話し合いで終わってしまった。
その日の夜、街が収穫の始まりを告げるお祭りで沸く中、私は警備の詰め所に行き“事件の犯人を見つけ出し、戦闘の結果、犯人は燃やされ灰になった”と言った。実際に、事件の裏で手を引いていたシュリフトは暖炉で灰になったのだから、少なくとも嘘は言っていない。
犯人が捕まらないまま、化け物は灰になったと言っても、当初はなかなか信じてもらえなかったが、真相を知るカルメシア様は事件の解決宣言を出してくれた。
街の人たちは、化け物が捕まらないままの解決宣言に、また化け物が出るのではないかと戦々恐々していたが・・・。
領主の事件解決宣言以降、当然事件が起きることはなかった。やがて、街の人々は、事件そのものも忘れていくのだろう。
それと、最近バフォ様の様子がおかしかったのは、単に本の内容を理解できずに“知恵熱”を出していたらしい。無理に内容を理解しようとするから・・・。
もっとも、理解できなくて良かったのかもしれない。
今の私には分かる、シュリフトがあの本を作った時、自身の精神の器以外のもう一つの機能をあの本に持たせていた事を・・・。
あの本には、特定の箇所に無意識に刷り込まれる、一種の魔法陣の断片のようなものが所々に書かれていた。
一つ一つはたいして害はないのだが、それらが無意識に蓄積されていくうちに、頭の中に召喚の魔法が無意識に形づくられる。
召喚されるものは、むろんシュリフトの精神の一部だ。
そうやって、シュリフトは、本を読むものの精神を乗っ取っていったのだ。
私が見ていた妙な夢も、恐らく徐々に精神を蝕まれていたためであろう。だから、本がバフォ様の手に行ってからは、夢を見なくなったのだ。
もっとも、バフォ様の場合は、本の内容が理解できず、まったく頭に入らなかったのだろう。さすがのシュリフトも、頭に入らない者の精神には入り込めなかったようだ。
リリルルシアも、そうやってシュリフトの操り人形にされた犠牲者だったのかもしれないが、今となっては確かめようが無い。
彼女は、“人の姿”で死んでいた。が・・・。その時、彼女は私の声に反応した人の心のリリルルシアだったのか、シュリフトに操られた生贄を捧げる化け物だったのか・・・。彼女が死んでしまった今、それを確かめる術を私は持たなかった。
が、喉を切り裂かれて死んでいたのなら、本が燃やされる事で彼女に対するリュシフトの精神支配が解かれ、自ら命を絶ったのだと私は信じている。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
9月◆日
事件から数日後、レスカティエに行っていた魔女が帰ってきた。
「いや〜、バフォ様に頼まれていた、サバトに相応しい魔法関係の本というが、今のレスカティエにはなかなか無くて。変わりに、これを持ってきちゃいました。」
と、その手には『妖蛆の秘密』と『魔術の真理』が有った・・・。
「持ってきたの・・・。」
「まあ、何が書いてあるのか、言語が違うからさっぱり分かりませんけどね。」
「まあ、読めない方が幸せかもね・・・。」
「はい?」
「いや、こっちの事よ。」
「それと・・・。」
「?」
「件の勇者が魔王の城から持ち帰った魔導書ですけど、どうやらこの2冊以外にも、何冊か存在したらしいですね。」
「まだ、あるの・・・。」
「もっとも、この2冊以外、全て行方不明らしいですけど。」
と、そこへ・・・。
「そういう、意味のない物を持ってきて、どうするのじゃ〜〜〜!」
そう言って、バフォさまはその魔女を追いかけまわす。
その光景を見ながら、このサバトもようやく普通どおりになったのかという思いがあった。
「あ、そうそう。」
そう言って、バフォ様に追いかけられていた魔女が私の所に来た。
「?」
「本ではありませんが、レスカティエで調べ物をしていたら、こんな物も出てきました。」
そう言って、彼女は私に何枚かの紙束を渡した。
「楽譜?」
そう、それには確かに音楽記号が書かれていた楽譜のようだ。
「なんでも、レスカティエの勇者が魔王の城に突入したとき、城の大広間にこの楽譜が散らばっていたそうです。」
「これが?」
「ええ。シュリフトはこの楽譜についても調べていたようで、一種の歌劇の台本の様なものらしいです。」
「台本ね〜。」
「しかし、シュリフトのメモによれば、ここに書かれているモノはオリジナルではなく、何らかの改竄された物のようです。」
その話を聞いて、紙束を見ていた私は、紙の一枚にこの楽譜の題名の様なものを見つけた。それには、こう書かれていたのだ。
『Messa di Requiem per Shuggay』
それを見た私は、即座にその紙束を暖炉にくべたのだ。
「ああ〜!せっかく持って来たのに〜〜。」
わざわざレスカティエで調べ物をしてきた彼女には悪いのだが、どうしてもその楽譜は、“存在してはいけない”ような気がしたのだ。
「ところでバフォ様。」
「どうしたんじゃ?」
私は、ようやく逃げていた魔女をつかまえて、両コメカミにグーでグリグリしているバフォ様に、あの日以来考えていた事を話すことにした。
「少しサバトを離れて、休暇を取りたいのですが・・・。」
「ずいぶんと急じゃの。」
「ええ、今回の事件とか、リリルルシアの事とかで、いろいろと疲れてしまったようで。ここで少し、魔界の静かな所で静養でもしてこようかと。」
「ん〜〜〜。」
バフォ様は、すこし考えたあとこう言ってくれたのだった。
「まあ、たまにはそうするのもよいじゃろう。」
こうして、アルムカームの街における事件は終わりを告げた。
だが、私にはバフォ様やカルメシア様に言っていない事が1つあるのだ。
警備の詰め所で、犯人が灰になったと言ったあと、領主の事件解決宣言が出されるまでの間・・・。
正確には、警備の詰め所を出たあと、私は“とある場所”に向かったのだ・・・。
ある事を確かめるために・・・。
つづく
「すみませ〜〜〜〜〜ん。」
今日は、朝からサバトに尋ねて来る人がいた。
「どちら様ですか?」
と、入り口近くにいた魔女が出ると・・・。
「ハーピー便です。レスカティエからお届け物ですよ〜。」
どうやら、レスカティエの魔女に頼んでいた、シュリフトが残したメモやら、資料の断片やらが到着したようだ。
資料の断片は、大半が『妖蛆の秘密』をこの世界の言語に直したもののようだ。
が、結論から言うと・・・、内容がまったく分からない。
おかしい、言語は私達が使っているのとまったく同じはずなのに・・・。
・・・
その日の夜、領主のカルメシアは件の行部狸から受け取った報告書を見ていた。
明かりの灯っていない部屋は薄暗く、月明かりだけが窓から入り込んでいるが、ヴァンパイアである彼女の眼には報告書の内容がはっきりと見えた。
「結局のところ、教会も“アレ”の正体を把握していなかったということか・・・。」
9月▲日
夜の食堂には、私とバフォ様の2人しかいなかった。
別に、サバトに私とバフォ様の2人しかいなかった訳ではない。単純に、2人が夕食を取る時間が遅くなっただけだ。
私は、昨日レスカティエから届いた資料の確認に追われ、バフォ様はリリルルシアが持っていた本と、今だに睨めっこ(内容が理解できず、本を睨んでいただけだと他の魔女が言ってた)をしていたらしい。
「そういえば、2件目の被害者。今だ、身元不明のようじゃの。」
「ええ。」
「てっきり2件目も、同じこの街の被害者かと思っておったのじゃが、どうやら違ったらしいの〜。他の街の人たちも、被害者は全員この街の者と思っておったようじゃ。」
まあ、教会のスパイだし。この親魔物領で、教会内のどこの誰かなんて知りようがないと思うが。
あれ?っということは・・・。
私は、食堂を出ると、この街の領主の元へ向かおうとした。どうしても、確かめたい事があったのだ。まあ、カルメシア様はヴァンパイアなのだし、夜の方がかえっていいだろう。夜間外出禁止令は・・・、気にしないでおこう。
が、その必要はなくなった。領主本人がこのサバトに来たから。
「ちょっと、貴女に話しておきたい事があってね。」
そう言って、護衛を2人連れたカルメシア様がサバトに訪れたのだ。
ちなみに、2人の護衛とは、デュラハンとリザードマンの2人。この2人の事は良く覚えている、なにしろ4件目の事件のときリリルルシアを連れて来たのが、この2人だったからだ。
あれ、そうなると2人は警備の仕事はどうしたのだろうか?
まあ、そこは私の気にする事ではないか。
私とカルメシア様は、1階の広間で話はじめた。広間には、私とカルメシア様の他には誰もいない。警護の2人も、いつのまにかいなくなっていた。
「あの少女が持っていた本、もともとはレスカティエにあったもののようね。」
「そうらしいですね。」
ビブロフさんにでも聞いたのだろうか?
「私も、独自に調べさせたのよ。」
この人は心でも読めるのだろうか・・・。
「知り合いに、教会の内情に詳しい行商人がいてね、彼女に調べ物を以来したのよ。そしたら、彼女はジパングのクノイチと呼ばれている諜報専門の魔物を雇って、教会の中間層辺りの一人から情報を聞き出したそうよ。」
「はあ。」
「レスカティエが魔界に堕ちたあと、警備の緩くなった所を盗みだされたようね。」
「まあ、警備は今も緩いと思いますけど。」
「盗み出されたあと、どういう経緯を辿ったかは知らないけれど。レスカティエで盗まれてから、だいぶ時間が経ってから教会の手に渡ったようね。」
私のツッコミは、華麗にスルーされたようだ。
「教会側も、魔王を倒した勇者が持ち帰った物を元にして作られたとだけあって、その本を解析しようとしたらしいわ。」
この様子だと、勇者が魔王の城に入ったとき、城は無人だった事は彼女も教団も知らないようだ。
「貴女何か隠してない?」
「いえ、別になにも・・・。」
やっぱり、他人の心が読めるのでは・・・。
「まあ、いいわ・・・。話を続けましょう。」
「・・・。」
「レスカティエから教団の手に渡ったその本だけど、教団は一人の少女にその本の解析をさせたみたいね。」
「・・・え?」
「その少女は、幼くして天才の名を欲しいままにしていた秀才で、教会の秘蔵っ子だったらしいわ。」
「その少女って・・・。」
「名前をリリルルシアと言うそうよ。」
リリルルシアが天才少女?
今の彼女の姿からは、とても想像できない事実だった。
「少女が本の解析をはじめてからしばらくして、教会領内でおかしな事が起き始めたようなの。」
「え?」
「領内で不審死事件が多発、おまけに巨大な影を見たという目撃情報まで出はじめた。」
「・・・。」
「本の正確な情報を得ようにも、レスカティエはすでに魔界に堕ちている。手を拱いた教会関係者達は、当然本を処分しようと考えた。けど・・・。」
「けど?」
「ここで、とんでもない事を言いだした者がいたらしいわ。」
「とんでもない事?」
「ええ。『我々も手を拱いているなら、魔物達にとっても手に負えないだろう。だから、いっそ親魔物領に本を遺棄すれば、その地で混乱を引き起こせるのではないか?』と、そう提案したそうよ。」
「それじゃあ、あの騎士の一団がこの街に来たのって・・・。」
「ええ。リリルルシアと本を、この地に置いていくためよ。」
これで、リリルルシアがこの街に来た理由が分かった。
しかし、それじゃあ・・・。
「本だけでなく、何故リリルルシアまでこちらに連れて来る必要があったのか?って、顔しているわね。」
「・・・。」
「理由は簡単・・・。教会領内で起こった、一連の事件の犯人が彼女だったからよ。」
「!」
予想はしていた。が、いざ事実を突き付けられても、まだなっとくできない自分がいた。
「どういう方法かは知らないけど、教会の連中は事件現場でリリルルシアを捕える事ができたみたい。ま、教会には勇者がいろいろいるからね。」
「・・・。」
「これで、私が此処に来た理由が分かったかしら?」
「最後に一つ、聞いておきたい事があるのですが・・・。」
「何かしら?」
・・・
やはり、私が思っていたとおりだった。それじゃあ、彼女が言っていた事はいったい・・・。
「そういう訳だから、彼女と本は今どこ・・・。」
そうカルメシア様が言いかけたとき・・・。
「本ならここに在るぞ。」
そう言ったのは、本を抱えたバフォ様だ。
「って、いつから居たのですか!」
「だいたい、お主が最後の質問をした辺りかの〜。っと?」
「ん?」
「なに?」
そのとき、2階から魔女達の悲鳴が聞こえたのだ。
「何かしら?」
「まさか・・・。」
私は、いそいで2階へと向かう。カルメシア様もついてきた。バフォ様は・・・、状況がよく分からずついてこなかったようだ。
「何事ですか?」
2階へ行く途中で、カルメシア様の警護のデュラハンに会う。
「よし、お前もついてこい。こういう事を予想して、連れて来たのだからな。」
「はい?って、置いていかないでください〜〜〜。」
そして、私達は悲鳴が聞こえてきたであろう、その部屋に入った。
そこでは、リザードマンがまさに化け物と呼ぶに相応しいものと戦っていた。
化け物とリザードマンの周囲に、何人かの取り残された魔女がいる。
「カルメシア様!お下がり下さい。」
「な、な、な、なんなのですか、あれは〜〜。」
リザードマンと魔女達が何かを言っているようだが、今はそれどころではない。
私は、化け物から視線を外さずに、近くにいた魔女に尋ねた。
「何があったの?」
「とつぜん、アレが天井をやぶってきて・・・。」
見れば、確かに天井に大穴があいている。
私は再び、化け物に視線を戻した。
その化け物は、鰐のように巨大な口をリザードマンに向けて威嚇しながら、皮膚の無い筋肉だけの様な腕と、その先についた爪でリザードマンをけん制している。その巨大な頭と腕と足に比べ、胴体は小さいようで、化け物の大きさに比べると非常に小さな布をまとっていた。
そして、その布に私は見覚えがあった。そう、それはついさっきまでリリルルシアが身に着けていた服だった。
「カルメシア様、あれです!4件目の事件のときに、私達が見たものは!」
そうデュラハンが言うなか、けん制しあう2人の間に動きがあった。
化け物の放つ、鋭い爪の斬撃がリザードマンの肩口に当たる。
「っく!」
横に避けて、致命傷は避けたものの、傷を追ってしまう。
そのとき、爪から切り裂かれた傷から出た血が流れる事はなかった。
傷口から出た血が、飛ぶように化け物に向かっていったのだ。そのまま、血は化け物の前に出現した、薄く輝く紋章に吸い込まれていく。
「どうりで現場に血痕が無い訳だ、そうやって血を吸収していたのか。」
そうカルメシア様が言っていたが、私にはそれよりも気づいた事があった。
その化け物の前に出現した紋章。それは、以前リリルルシアの胸に有ったアザ、そして本の表紙に書かれているものと同じものだったのだ。
「輝くトラペドヘゾロン・・・。」
そうやって、犠牲者の血を取り続けたから、返り血を浴びず私も彼女の凶行に気付けなかったようだ。
私達が、化け物に対して手を拱いていると。その化け物は、近くで震えていた一人の魔女を、その巨大な手で鷲掴かんだ。
「ひぃ。」
「やめて!」
その化け物は、私の声に一瞬反応したのか、その手を魔女から離すと、そのままベランダへ続く硝子戸を破った。
ガラスの割れる音と共に、その化け物は夜の街へと飛び去ってしまったのだ。
「っく!急いで他の警備の者達にも連絡しろ。」
カルメシア様は、デュラハンとリザードマンの2人に指示を飛ばしている。
「あ、おい何処へ行くつもりなのだ。」
私は、あの化け物が本当にリリルルシアか確かめるために、箒を持って夜の街へと飛び出したのだ。
・・・
と、街へ飛び出してはみたものの・・・。何処を探せばいいのやら、まったく見当がつかなかった。部屋で見たあの身のこなしからすると、見かけによらずけっこう身軽そうだったし、そうとう距離が離された可能性がある。箒で上空から街を見下ろしても、こう暗くてはよく分からなかった。
「何処を探したらいいものやら・・・。っと?」
どこか近くで、女性の悲鳴が上がった気がしたのだ。
私は、その方へ向けて箒を飛ばした。
悲鳴が聞こえたと思しき場所へと降り立つと、そこにはルゼニアさんがしゃがみ込んでいた。
私は、すぐにルゼニアさんに駆け寄る。
「大丈夫ですか?」
「ええ、私はなんとも。」
「どこへ行ったのよ・・・。」
「彼女なら、あっちへ行ったわ。」
「あっちですね。」
私は、再び箒に乗ってその方向へ駆けだした。
しばらく箒に乗っていて、私はある事に気がついた。
おかしい、夜間外出禁止令が出ているとはいえ、街には警備の者とかがいる。そんな中、あんな姿の者が街を逃亡すれば、騒ぎの一つでも起きておかしくないはずなのに、その様な喧騒は聞こえてこない。せいぜい、私と同じ者を探している、この街の警備の者達の掛け声が聞こえて来る程度だ。
まさか、私をこっちに引きつけておいて、サバトに引き返した!
狙いは・・・、あの本か!
・・・
サバトに戻って来ると、入り口にバフォ様がいた。
「お主無事じゃったか、まったく一人で急に飛び出したからに・・・。他の魔女達は、皆警備の詰め所に避難させておる、お主も早く行くがよい。」
「それより、バフォ様。」
「なんじゃ?」
「例の本は今どこに?」
「あの本なら、カルメシア殿が2階に持って行ったぞい。」
それを聞いて、私は2階のその部屋へ向かったのだ。
その部屋は、外に比べて暖炉に火がついていたぶん暖かかった。
カルメシア様は、その部屋の椅子に腰かけ、本を見ていた。
「あら?さっきは、急に外へ飛び出していったと思ったのに。」
「ちょっと、気になった事がありまして。もしかしたら・・。」
リリルルシアはその本を狙っているのかも。と、言いかけたそのときだった・・・。
ドガアアアァァァァァァ
天井を突き破り、突如としてその化け物が現れたのだ。
その化け物は、そのままカルメシア様に迫って行く。やはり、本が狙いのようだ。
「な!」
化け物は、カルメシア様に迫りながら大きく腕を振り上げ、そのまま爪を振りおろそうとする。
「待って!」
と、私は反射的に化け物とカルメシア様の間に立ちふさがる。
そのまま、私は化け物の爪の餌食になるのを覚悟した。
しかし、予想していたような攻撃が来る事は無かった。化け物は、腕を振り上げたまま、動きを止めていたのだ。
「リリルルシア・・・?」
「ウ、グゥ、ガアァァァァ。」
突然、化け物が頭を抱えて呻きだしたのだ。
すると、化け物の背が徐々に縮んでいく。
背丈は人間並みになり、大きく裂けた口も小さくなっていく。だが、腕だけは元のままだ。やがて、顔には皮膚が覆いその表情が見え始める。足にも皮膚が覆い、人間の素足が来ていた服の下から見えるようになった。
そこにいたのは、両腕だけがあの化け物と化したリリルルシアだった。
そして、彼女は私に向かって、泣いている様な、笑っている様な表情を見せると、そのまま窓のガラスを突き破り夜の闇に消えていった。
「待って!」
そのとき、追いかけようとする私は、異常な気配を感じ思わず立ち止った。
「な!」
「これは!」
どうやら、私だけでなく、カルメシア様も感じ取ったようだ。
「何なのこの力は・・・。」
「魔力のようですけど・・・、私達魔物の負の魔力とも、人間達の正の魔力とも違う・・・。」
この魔力がどこから来るのか見渡すと・・・。
それは、カルメシア様が持っていた本から発せられていた。
いや、これは単純に発せられていたのではない。本に、魔力が収束しており、それを私達が感じ取ったのだ。
次の瞬間、本に溜まった魔力が突如として弾けた。それは、まさに集中した魔力によって、魔法が発動された感覚に非常に近かった。いや、間違いなく、これは本が単独で何らかの魔法を発動させたのだ。
すると、どこからともなく、人を嘲るような、馬鹿にしたような無数の笑い声が聞こえて来たのだ。
「クスクスクス・・・」
「あはははは・・・」
「っひっひっひっひ・・・」
その笑い声は、天井に開いた穴から聞こえてくるようだった。
だが、私達にはその声の主の姿を見つける事ができなかった。しかし、笑い声は確実に穴の方から聞こえて来る。
そして、その笑い声達はとうとう、部屋の中からこだまするようになったのだ。
姿は見えない。しかし、確実に笑い声の主は私達の傍にいる。
私はこの状況に、どう動くか思案していると・・・。
「私を笑う痴れ者が!姿を見せい!」
と、本を片手に抱えたカルメシア様が、声のする方へと飛びかかり、鋭い爪の一閃を見舞った。
が、爪は見えない何かに弾かれる。
「なに!」
そこへ、無数の笑い声の一つが、カルメシア様へと向かっていった。
「ぐぅ!」
「え?」
突然、カルメシア様の体が宙に浮き上がったのだ。
カルメシア様は、背筋を伸ばした状態で宙に固定されているかの様である。
と、そのときだった。
突然、カルメシア様の肩の辺りが切り裂かれ、そこから血が噴き出す。
「ぐぁ!」
だが、その血は不自然な飛び方をした。
まるで、何かを形作るかの様に、ゆっくりと血が宙を流れていく。そして、その血が今この部屋に存在する、無数の笑い声の主の姿を私達に見せつけたのだ。
それは、一見すると赤く半透明な、巨大なゼリーのかと思わせた。だが、その表面は無数の触手で埋め尽くされている。それら触手の先端全てに口がついており、たえず獲物を求めて蠢いている。
その触手に埋め尽くされた体からは、特に目立つ4本の大きな触腕とも呼べるモノが生えていいた。その触椀の先は長い指の様に枝分かれしており、その長い指の先には大きな鈎爪がついている。その枝分かれしている根元にも口があり、獲物を求めて開いたり、閉じたりしている。その触椀の一つが、カルメシア様の体を鷲掴み、指の根元にある口から血を吸い出していた。
そして、触手や触椀についた無数の口が獲物を求めて蠢く度に、笑い声のような音が発せられているのだ。
その本来は完全に透明な存在が、飲み込んだカルメシア様の血が全身に廻ることで、その姿を紅く浮き出したのだ。
「カルメシア様!」
その顔に苦痛の表情が見えることから、生きてはいるのであろうが、カルメシア様はその怪物を凝視したまま動こうとはしない。
私は、カルメシア様に走り寄ると、彼女の手から本を取ろうとする。
この本から魔力が発せられ、この怪物が現れた状況から考えても。この本が、この怪物を召喚したと考えるのが自然だ。だから、私はこの本をどうにかしないと、この先どんどん状況が悪化すると考えたのだ。それに、この本がこの怪物を召喚したのなら、この本を処分すれば、この怪物を追い払えるかもしれないという淡い期待もあった。
しかし、カルメシア様は体を強張らせており、私は本を受け取ることも、無理やり奪い取ることもできなかったのだ。
そして、その行動が怪物の注意を引いた様で、残りの3つの触椀が私に襲いかかって来たのだ。
「うわっ!」
が、そのうちの2本は、体から生えている位置が悪かったらしく、運よく私には届かなかった。
私は、残りの1本を避けようとこころみたが・・・、カルメシア様から本を取ろうとしていたため、十分な体制を取る事が出来ず、鈎爪の一撃を食らってしまう。
「うぐぅ・・・。」
そして、触椀の口が私の首筋近くの肩口に食らいつき、そこから血を吸いだしていく。
カルメシア様の血に加え、私の血が廻っていくことで、怪物の姿がより一層はっきりとしていく。
だが、私にはその様子を観察する余裕は無かった。
私はカルメシア様に比べて背が小さい分、同じ量の血を吸われたとしても、体の体積に対する比率が違う。大量の血を吸われた事で、徐々に全身の力が抜けていく。鍵爪で受けた一撃が、意識の喪失に拍車をかけているようだった。
意識が薄れていく中、私はカルメシア様の持っている本へと、最後の力を振り絞って手を伸ばしていく。しかし、(私やカルメシア様に食らいついていない)怪物の触椀の一つが一閃し、カルメシア様の持っていた本を部屋の出口の方へと弾き飛ばしてしまう。
「ここまで・・・なの・・・。」
と、そのとき・・・。
「なんじゃ、騒々しいのう!」
そう言って、部屋の扉を開けたのはバフォ様だった。
そして、ちょうどバフォ様に向かって本が飛んでいき・・・。
バゴォ!
見事に、本がその顔面に直撃する。
「な、なにをするのじゃ〜〜〜。」
そう言って、バフォ様は本をつかむと私たちに向かって放り投げる。
が、適当に投げたのだろう。本は、私達とは見当違いの方向へすっ飛んでいく。そのまま、本は火が燃え盛る暖炉へと吸い込まれるように入っていった。
「なんじゃ、こりゃあああぁぁぁぁぁぁ!」
この時点で、ようやく私達の血を吸っている怪物にバフォ様が気づき、その姿に声を上げたまま硬直してしまう。
一方、暖炉に入った本はというと。当然のように、火が移り暖炉の中で燃え始める。
すると・・・。
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
暖炉の中から、すさまじい雄たけびが響きはじめたのだ。
そして、その声を聞いた私は・・・。
・・・
一方その頃・・・。
化け物を追っていたデュラハンと、リザードマンの2人は街中を奔走していた。
「いたか?」
「いや、こっちにはいない・・・。っと、あれは?」
リザードマンが、物陰に何かを見つけた。
「・・・。」
「・・・。」
二人は、用心しながら物陰に近づいていく。
そこにあったのは・・・。
・・・
私は、理解してしまったのだ。
シュリフトは、本の解読にのめり込むうちに、まさに本に取り憑かれるようにその解読のみを探求するようになっていった。そして、メモに残されていた“外なる神の従者”を召喚する事に成功した。その“外なる神の従者”に対し、自分の妻と娘を生贄に捧げることで、引き換えに本を読むのに必要な言語能力を得たのだ。そうやって、シュリフトはますます引き返せない道へとハマり込んでいったのだろう。
シュリフトが解読していた本、『妖蛆の秘密』に書かれていた呪文の一部が、今なら理解できる。なにしろ、魔女が持ってきた資料にその一部が乗っていたのだから。その呪文とは、精神転移に関するものだった。本来は、他人の肉体に自分の精神を移すことで、その肉体を乗っ取る呪文なのだが、シュリフトはそれを別な形で使用した。シュリフトは、自らの精神を他の器に移すことで不老の手段を手に入れたのだ。彼が用意した精神の器とは、自身が制作した“あの本”であることに他ならない。
そうやって、彼は本の中に精神を移すことで今まで生きながらえてきた。そして、なにか行動する必要に迫られると、リリルルシアの様に他人の精神を操って行動を起こしてきた。おそらく、本を親魔物領域に遺棄するように命じたのも、シュリフトの策略であり、本を処分されないようにしたのであろう。
本が燃え尽きると、私達に食らいついていたその怪物は、その口のついた触椀を離し、そのまま天井に開いた穴から空へ向かって上昇していく。そして、そのまま星が見える夜空へと消えていったのだった。
と、その様子を見ていた私は、そのまま意識を手放したのだった。
・・・
その後、デュラハンやリザードマンの警備の2人が見つけたのは、喉を切り裂かれて横たわる“人間の死体”となったリリルルシアであった。他の事件とは違い、その周囲には飛び散った血痕が残されていたらしい。
彼女ら2人は、ずっと外で化け物を追っており、その化け物がリリルルシアに戻りかけている姿を見てなかった。そこへ、“化け物”を追った先にリリルルシアの死体を見つけた事から、リリルルシアが化け物の逃走中に遭遇し巻き込まれたと判断されたのだ。
本が灰になり、リリルルシアの死体が見つかった事で、私は事件がこれで終わったのだと思った。
9月◇日
次の日、意識を取り戻した私は、カルメシア様の所へ行ったのだ。
カルメシア様の屋敷の玄関では、彼女の旦那様が出迎えてくれた。
なんか、妙に痩せこけている感じがしたが、おそらくカルメシア様は失った血を旦那様で補充したのであろう。
そのカルメシア様は、妙に機嫌が悪かった。
彼女いわく、ヴァンパイアが一方的に血を吸われたのが、プライドに障ったらしい。
結局、その日の大半が、事件の後始末をどうするかという話し合いで終わってしまった。
その日の夜、街が収穫の始まりを告げるお祭りで沸く中、私は警備の詰め所に行き“事件の犯人を見つけ出し、戦闘の結果、犯人は燃やされ灰になった”と言った。実際に、事件の裏で手を引いていたシュリフトは暖炉で灰になったのだから、少なくとも嘘は言っていない。
犯人が捕まらないまま、化け物は灰になったと言っても、当初はなかなか信じてもらえなかったが、真相を知るカルメシア様は事件の解決宣言を出してくれた。
街の人たちは、化け物が捕まらないままの解決宣言に、また化け物が出るのではないかと戦々恐々していたが・・・。
領主の事件解決宣言以降、当然事件が起きることはなかった。やがて、街の人々は、事件そのものも忘れていくのだろう。
それと、最近バフォ様の様子がおかしかったのは、単に本の内容を理解できずに“知恵熱”を出していたらしい。無理に内容を理解しようとするから・・・。
もっとも、理解できなくて良かったのかもしれない。
今の私には分かる、シュリフトがあの本を作った時、自身の精神の器以外のもう一つの機能をあの本に持たせていた事を・・・。
あの本には、特定の箇所に無意識に刷り込まれる、一種の魔法陣の断片のようなものが所々に書かれていた。
一つ一つはたいして害はないのだが、それらが無意識に蓄積されていくうちに、頭の中に召喚の魔法が無意識に形づくられる。
召喚されるものは、むろんシュリフトの精神の一部だ。
そうやって、シュリフトは、本を読むものの精神を乗っ取っていったのだ。
私が見ていた妙な夢も、恐らく徐々に精神を蝕まれていたためであろう。だから、本がバフォ様の手に行ってからは、夢を見なくなったのだ。
もっとも、バフォ様の場合は、本の内容が理解できず、まったく頭に入らなかったのだろう。さすがのシュリフトも、頭に入らない者の精神には入り込めなかったようだ。
リリルルシアも、そうやってシュリフトの操り人形にされた犠牲者だったのかもしれないが、今となっては確かめようが無い。
彼女は、“人の姿”で死んでいた。が・・・。その時、彼女は私の声に反応した人の心のリリルルシアだったのか、シュリフトに操られた生贄を捧げる化け物だったのか・・・。彼女が死んでしまった今、それを確かめる術を私は持たなかった。
が、喉を切り裂かれて死んでいたのなら、本が燃やされる事で彼女に対するリュシフトの精神支配が解かれ、自ら命を絶ったのだと私は信じている。
・・・・・・
・・・・・
・・・・
・・・
9月◆日
事件から数日後、レスカティエに行っていた魔女が帰ってきた。
「いや〜、バフォ様に頼まれていた、サバトに相応しい魔法関係の本というが、今のレスカティエにはなかなか無くて。変わりに、これを持ってきちゃいました。」
と、その手には『妖蛆の秘密』と『魔術の真理』が有った・・・。
「持ってきたの・・・。」
「まあ、何が書いてあるのか、言語が違うからさっぱり分かりませんけどね。」
「まあ、読めない方が幸せかもね・・・。」
「はい?」
「いや、こっちの事よ。」
「それと・・・。」
「?」
「件の勇者が魔王の城から持ち帰った魔導書ですけど、どうやらこの2冊以外にも、何冊か存在したらしいですね。」
「まだ、あるの・・・。」
「もっとも、この2冊以外、全て行方不明らしいですけど。」
と、そこへ・・・。
「そういう、意味のない物を持ってきて、どうするのじゃ〜〜〜!」
そう言って、バフォさまはその魔女を追いかけまわす。
その光景を見ながら、このサバトもようやく普通どおりになったのかという思いがあった。
「あ、そうそう。」
そう言って、バフォ様に追いかけられていた魔女が私の所に来た。
「?」
「本ではありませんが、レスカティエで調べ物をしていたら、こんな物も出てきました。」
そう言って、彼女は私に何枚かの紙束を渡した。
「楽譜?」
そう、それには確かに音楽記号が書かれていた楽譜のようだ。
「なんでも、レスカティエの勇者が魔王の城に突入したとき、城の大広間にこの楽譜が散らばっていたそうです。」
「これが?」
「ええ。シュリフトはこの楽譜についても調べていたようで、一種の歌劇の台本の様なものらしいです。」
「台本ね〜。」
「しかし、シュリフトのメモによれば、ここに書かれているモノはオリジナルではなく、何らかの改竄された物のようです。」
その話を聞いて、紙束を見ていた私は、紙の一枚にこの楽譜の題名の様なものを見つけた。それには、こう書かれていたのだ。
『Messa di Requiem per Shuggay』
それを見た私は、即座にその紙束を暖炉にくべたのだ。
「ああ〜!せっかく持って来たのに〜〜。」
わざわざレスカティエで調べ物をしてきた彼女には悪いのだが、どうしてもその楽譜は、“存在してはいけない”ような気がしたのだ。
「ところでバフォ様。」
「どうしたんじゃ?」
私は、ようやく逃げていた魔女をつかまえて、両コメカミにグーでグリグリしているバフォ様に、あの日以来考えていた事を話すことにした。
「少しサバトを離れて、休暇を取りたいのですが・・・。」
「ずいぶんと急じゃの。」
「ええ、今回の事件とか、リリルルシアの事とかで、いろいろと疲れてしまったようで。ここで少し、魔界の静かな所で静養でもしてこようかと。」
「ん〜〜〜。」
バフォ様は、すこし考えたあとこう言ってくれたのだった。
「まあ、たまにはそうするのもよいじゃろう。」
こうして、アルムカームの街における事件は終わりを告げた。
だが、私にはバフォ様やカルメシア様に言っていない事が1つあるのだ。
警備の詰め所で、犯人が灰になったと言ったあと、領主の事件解決宣言が出されるまでの間・・・。
正確には、警備の詰め所を出たあと、私は“とある場所”に向かったのだ・・・。
ある事を確かめるために・・・。
つづく
13/05/09 08:02更新 / KのHF
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